ナザリックで迎える3日目の朝――ようやく失っていた魂(経験値)を取り戻し、レベル100に戻る事が出来たヘルメスは、ベッドから抜け出すとモモンガが回収しておいてくれた碧色の神器級ローブを纏い、身体が十全に動く事を確認する。
(よし、体調は戻ったな。しかし時間がかかったな……
与えられた豪華な部屋のソファに深く腰掛けると、起きた事をどうやって察知しているのか不明だが、メイドが音も無くワゴンを押して現れる。
「おはようございます。シクススさん」
「おはようございます。ヘルメス様」
メイドのシクススは爽やかな笑顔を浮かべると、陶器で出来た細かな細工の施されたソーサーとカップを静かにテーブルに乗せ、淹れたての珈琲を注いでくれた。
本当はミルクと砂糖も欲しかったのだが、格好をつけて最初に「ブラックが好みなんだ」と伝えた為、毎朝ブラックだ。
「本日の珈琲は、アースガルズ産の豆を使用しております。香りが良く、強めの酸味と爽やかな後味が特徴です」
「……なるほど。ありがとうございます」
口をつけてみると、成程確かに香りが強く、苦みよりも酸味が立っていてすっきりした飲み口だった。
ヘルメスは「アースガルズ産は酸っぱくて飲みやすい」と噛み砕いて頭に叩き込む。
どんな情報でも、どこかでロールをする際に役立つかもしれない。
シクススは、珈琲を入れると一礼をして部屋を出ていく。
次に部屋に来るのは、朝食の時だろう。
「……」
ヘルメスは珈琲の香りを楽しみつつ、静かに目を閉じる。
「……」
ここナザリックの食事は毎度、超がつく程美味である。
初日のディナーにはドラゴンステーキなるパワーワードのメインが出てきた。
今朝の朝食は何だろうか。
「……」
部屋、スパ、食事、どれもが一級品であり、昨夜はバーも嗜んだ。
ユグドラシルのテーマソングがJAZZアレンジで流れていてとても良い雰囲気の空間であった。
あれが大人の嗜みというやつなのだろう。
「…………あかん。俺、完全にヒモになっとるやん」
ヘルメスはようやく気が付いた。
◆
「え!?ナザリックを出ていく?」
ヘルメスの提案に、モモンガは素っ頓狂な声を上げる。
まるで想定していなかった、と言わんばかりの声量だ。
「え、どうして?何か粗相でもありました?」
「違う違う違う違う!」
ヘルメスが首を激しく左右に振り、モモンガの言葉を否定する。
「逆ですよ!逆!俺、こんな生活送ってたら本当に駄目になる!いや、もう駄目になりかけてるかもしれないけれど!」
ヘルメスの夢――と言うと大袈裟かも知れないが、当面の目標は、この世界の錬金術を修めることだ。
そしてそれは、ナザリックでのニート暮らしでは無く、現地での修行あってこそのものであり、このままズルズルと堕落した生活を送っていて身につくものではない。
「……モモンガさんには本当にお世話になりました。助けてもらった後の面倒までみてもらっちゃいまして……この御恩は忘れません。何か困った事があれば、いつでも力になりますよ」
「いえいえ、そんな大した事はしてませんし……そうですね。頃合いでしたし、そろそろ本題に入りましょうか」
モモンガは咳払いを一つ挟む。
骨の身では意味のない行動の筈であるが、血肉を持っていた頃の名残りを感じさせる。
「ヘルメスさん、正式に
「へ?」
ヘルメスは少し間抜けな声をあげる。
「えっと、もちろんヘルメスさんが良ければなんですけど……当然無理強いはしません。ただ……現実世界を知る、更に言うならユグドラシルを知っているプレイヤーは、今の所ヘルメスさんだけなんです」
ナザリック滞在中に、モモンガとはそれなりの話をする仲になっていた。
拠点ごと転移したことで、NPC達が自我を持ち、期待されるナザリックの絶対支配者に相応しいロールを続けなければならない事。
そして、並々ならぬプレッシャーのかかる日々を送っているという事情は既に聞かされている。
ヘルメスがここを去るという事は、また一人で支配者業を続けていく、という事になるのだろう。
モモンガは「無理強いしない」と言うが、ここまで世話になっておきながら、断るというのも酷な気がする。
何より、ソロプレイヤーである自分にナザリックの様な組織がつくというのは大きい。
「確か……ギルドの加入条件は、異形種である事ってモモンガさん言ってませんでした?」
「あぁ、まぁそれはそうなんですが……そこで、ギルドに入るというよりは、協力関係を結ぶって形なら問題無いかなと。うん、色々な意味で」
モモンガは何やら含みのある言い方でそう続けた。
なんだかとんでも無い事に足を突っ込んでいる様な気もするが、なんと答えればよいのだろうか。
「……やっぱ駄目ですかね?昔から、うちとも縁があったみたいですし、悪い話じゃないかなと思ったんですが……もちろん外での活動に制限なんてしません」
しゅんとする
ここで断れる程、ヘルメスは鈍くない。
精神的に疲弊する毎日を送る中、自分との繋がりが少しでもそれを和らげる事になるなら、それは受けた恩を返すことになるのではないか。
ヘルメスはローブをはためかせ、腰を折ると、瞳を閉じて宣言する。
「……承知致しました。不肖の身ながら、未知なる知識の探究者、
久々のロールは上手くいっただろうか。
片目を開いて様子を伺う。
「……世界が異なろうとも我ら一蓮托生。我らがギルド――アインズ・ウール・ゴウンのギルド長として、このモモンガ、貴殿の進言を喜んで受けよう。」
そこには、ヘルメス程度では足元にも及ばない堂の入った厨二ロール、もとい支配者ロール全開の
◆
ナザリック地下大墳墓、第十階層「玉座の間」。
ここには現在、最低限の警備に割かれた人員を除き、全ての配下が勢揃いしており、皆一様に膝を折り、至高の主の登場を静かに待っている。
竜型から人型に至るまで、大小様々な種族が一堂に会する様は、中々に壮大であった。
第七階層守護者にしてナザリックの頭脳、
(全配下の招集という異例の対応――やはり、例の
ヘルメスをナザリックに所属させる、それが至高の主の希望であるとデミウルゴスは予想している。
栄えあるロイヤルスイートの一室を与え、専用メイドの配置から料理長による食事提供等、ここまでの高待遇を与える理由なぞ、それ以外にないと言える。
それをナザリックの僕が一同に会する玉座の間で宣言し、その存在を周知させる。
これはその為の儀式である――と。
それが至高の主の願いであるならば、それに従うのが忠臣としての当然の務めであり、共にナザリック発展の為に尽力しようと心を同じくするのが正しいのであろう。
しかし、である。
そこまで理解しているデミウルゴスであっても、他の守護者同様、いわゆる「面白くない」という感情が無い訳では無い。
現状、未だ帰還されていない至高の存在を除き、ナザリックの配下は未だ一人として欠けずにいる。
よって、現時点で行われる人員の補充という行為の意味するところは、すなわち自分達の力不足を暗に告げられているに等しい。
配下として、これほど口惜しい事があろうか。
ナザリックの配下は、皆一様に創造主より、ナザリックの為にかくあれしという理念のもとに存在しているのである。
存在意義を否定されている様な、そんな暗い感情が生まれてしまう自分がいる事を、デミウルゴスは自覚していた。
(……いけませんね。至高の御方のご意思こそ全て、そんな事は分かり切っているのですが)
雑念を振り払うように一度強く目を閉じると、玉座の間の後方より、プレアデスの一人であるユリの声が響き渡った。
「至高の御方――モモンガ様のご入場です」
場内に満ちていた緊張感がさらに強まるのを感じる。
大扉の軋む音が響いた後、こつこつと静かな、それでいて威厳に満ちた緩やかな速度の靴音が後方から玉座の間へと伸びていく。
至高の存在が持つ独特のオーラは、強大な悪魔であるデミウルゴスをもってしても身震いするものであり、畏怖の念を覚えると同時にこれ以上ないという程の幸福感で満たしてくれるのを感じる。
――と、近付くにつれ、靴音が一つでない事に気が付く。
(これは……これ程の扱いをなされるとは……彼の者は一体……?)
死のオーラに続くのは、至高の存在が持つものとは全く異なる別の気配。
だが、間違いなく強者の者が発する気配であった。
思わず顔を上げたくなるが、そんな不敬な態度を取ることは許されない。
場内も同様に、無言ではあるものの、僅かな動揺の気配が感じられる。
至高の存在と連れ歩くことが許される――それは即ち、至高の存在と「同格」である事を意味するからに他ならない。
やがて主が玉座の間に座す気配があった後、絶対支配者の言葉が壇上より告げられる。
「面を上げよ」
全ての配下が一糸乱れぬ動きで、面を上げる。
視界に入ったのは、玉座に座す至高の存在。
そして、その隣に立つ、見た事も無い碧色のローブを纏った闇妖精、ヘルメスの姿であった。
「まずは忙しい中、この場に参集してくれた皆に感謝を。突然の事にも関わらず、よくぞ集まってくれた」
「感謝など。僕にとって、モモンガ様のお言葉は絶対。お気になどなさらないでください」
モモンガの言葉に、玉座の脇に佇む守護者統括アルベドが言葉を返す。
「そう言うな。こういった事は口に出すことが大事なのだ。傲慢な主になんぞ私はなりたくないのだ、アルベドよ」
なんと慈悲深く、寛大な主なのだろうと、デミウルゴスを含めたすべての配下が感動に打ち震えるのを感じた。
「さて、あまり言葉を飾るのも好きではないし、皆も気になっているであろうから早めに紹介といこうか。――では、ヘルメスさん」
モモンガの言葉に、隣に立っていた闇妖精が一歩前に出る。
碧色のローブは、複雑な幾何学模様が縫い付けられ、模様部分が薄っすらと発光しており、派手さはないものの、神器級あるいは伝説級ではないかと思わせる程の魔力を秘めている。
名を告げられたヘルメスは、そんなローブのフードを捲ると、その面容を明らかにした。
アウラやマーレと同じ闇妖精らしく、褐色の肌に黄金の髪。
華奢な体躯ではあるが、二人よりも身長は高く、年齢も上だと思われる。
「初めまして。ナザリック地下大墳墓の皆さま。只今ご紹介にあずかりました――
年相応な、穏やかそうな声でヘルメスはそう告げると、モモンガに振り返った。
「……これでいいかい?モモンガさん」
「自己紹介としては短すぎないか?まったく」
守護者、否、全僕に戦慄が走る。
たった今、目の前にいる闇妖精はあろうことか、至高の存在を敬称も無しに「モモンガさん」と呼んだのである。
当人であるモモンガが気にかけていない様子であるのに反し、全僕達から空間が歪むのではないかと思える様な、殺意に満ちた視線がヘルメスに集中する。
「……おやおや、中々にいい殺気を向けてくれますね」
常人であれば卒倒しそうな程の殺意を向けられながらも、ヘルメスは飄々とした雰囲気で笑う。
まるで意に介していない、そんな表情は、火に油を注ぐ様なものであった。
まさに一触即発。
誰もがヘルメスに襲いかからんと、殺意をさらに膨らませた瞬間――
「やめよ。私に恥をかかせるな」
モモンガの言葉が、場内に満ちた殺意を一瞬にして霧散させる。
「いや、説明が足りなかった私の責任だな。――改めて紹介しよう、彼の名はヘルメス。この度、私の「友人」となった錬金術師を生業とする者だ」
モモンガの言葉に、デミウルゴスは息を飲む。
至高の存在であるモモンガの友人、それは、彼が至高の存在に限りなく等しい立場にある事を意味する。
当然、至高の存在と同義という意味ではないが、ナザリックにおける序列としては配下である自分達よりも遥か上位に位置する事になるのだから。
至高の主が、彼の者を優遇していたのはその能力が稀有なものであり、利用するにあたり、ナザリックに依存させる為であると推察していたのだが、友人となれば話が変わって来る。
それ相応の対応をしなければ、彼の者に、ひいてはモモンガに対する不敬にあたるだろう。
他の僕達もそれを察したのか、先程とは一転、「至高の主の友人」に向けてしまった殺意について、どう謝罪すべきかと戸惑うような雰囲気が広がっている。
そして、それを察したかの様なタイミングでヘルメスが口を開いた。
「ナザリックの皆様。先程の事はお気になさらず、全ては我が友人――モモンガさんを思ったが故のもの。私は彼の友人として、貴方たちの忠義は素晴らしいものだと思います」
こちらの無礼を責める事は無く、ただし、あくまでも至高の御方と対等な関係である事を匂わせるヘルメスに、デミウルゴスは興味を惹かれた。
「さて、単刀直入に言おう。この度、彼は我がナザリックに属する者となった。もし異議のある者がいれば、それを立って示して欲しい」
デミウルゴスはやはり、と心中で頷くが、僕達の中には戸惑う者も多くいる様で、僅かに場内がざわめく。
このナザリックにおいて、至高の御方が決めた事に対して異議を申し立てる存在などいる筈もないのだが、突然の宣言に戸惑っている様子は伝わってくる。
「……私としては、新たな至高の四十一人として迎え入れたかったのだがな。……彼に固辞されたことから見送ることとした」
「至高の存在はナザリックの中でも特別な存在。私などでは力不足というものですよ」
ヘルメスは辞退したというが、至高の存在に数えられる程の人物であったという事にさらに困惑の色が強まっていく。
何故彼が、という疑念に狩られる僕が多くを占める中、モモンガが僅かに息を吐くと、口を開いた。
「さて、皆はこう思っているだろう。なぜヘルメスさんをそこまで評価するのかと」
場内が静まり返る。
まさに僕の誰もが抱いていた疑問であったからだ。
デミウルゴスもまた、モモンガの次の言葉を待つ。
「……それは彼が、かつてアインズ・ウール・ゴウンの危機に尽力してくれた功労者に他ならないからだ」
まさか、という思いが沸きあがる。
ヘルメスはこの世界で初めて会ったユグドラシルプレイヤーという話であった。
仲間に加えようとする根拠としては、錬金術師という希少職である事、同郷の者である事、その程度のものの筈である。
至高の御方を疑うなど不敬にすら値するが、この場を収めるための方便だとするなら、思慮深い至高の主にしては、あまりに稚拙ではないだろうか。
「……かつて、このナザリック地下大墳墓に1500人のプレイヤーが侵攻するという事態があったのは、皆も覚えているであろう」
デミウルゴスのみならず、アルベドを除いた守護者各位はモモンガの言葉に苦い表情を浮かべる。
何故ならば、あの時は奮戦むなしくも、最奥に控えていたアルベドを除き、守護者が全滅したうえ第八階層までの侵入を許すというかつてない大失態を犯したのだから。
モモンガは記憶を辿る様に、遠くを見つめながら語りだす。
「近々、ナザリックへの大侵攻があるとの情報を掴んだ我々は、事前に迎え撃つ準備を行った。その時に知り合ったのが、何を隠そうこのヘルメスさんだ」
ヘルメスもまた、遠い過去を思い出すように胸に手を当て瞳を閉じる。
「大侵攻が計画されてからというもの、敵対ギルドによる買い占め等によりアイテムの備蓄が困難になっていてな。錬金術師であるタブラさん一人ではとても供給が追い付かなかった。大陸中の錬金術師に接触を試みたが、そのほとんどが敵対ギルドのお抱え錬金術師であり、我々へのアイテム供給を断った。……そんな折に出会ったのが、当時ユグドラシル随一の錬金術師と言われていたヘルメスさんだ。彼は異形種である我々に、多くの高品質なポーションやスクロールといったマジックアイテムの融通をしてくれたのだ。それこそ、己が消される危険を冒してまでな」
「ふふ。懐かしい話ですね。忘れてください」
ヘルメスが照れた様に苦笑するが、ナザリックの面々はモモンガの話に食い入る様に聞き入っている。
苦い記憶の話ではあるが、全盛期のアインズ・ウール・ゴウンの話を聞く機会というのは、僕達にとって何物にも代えがたいものであった。
「正直な話をすれば……当時の私自身はヘルメスさんとの直接のつながりは無かった。彼とはこの世界で知り合ったからな。ギルドメンバーの一部とは、その後も親交があったそうだから、そんな話もおいおい聞けるであろう」
モモンガから付け加えられた情報に、守護者やプレアデス達は目を見開いて反応する。
他所から来た気に入らない存在であった闇妖精が、実は自らの創造主と繋がっていたのだとすれば、モモンガが彼を友と呼ぶ理由も、ナザリックに迎え入れたいという理由にもつながるからだ。
何より、創造主に関わる話が聞けるかもしれないとあらば、食いつかない筈も無かった。
「そうだな……デミウルゴス」
「……っは!」
突然、名指しにされた事で僅かに返答が遅れた自分を呪いながら、デミウルゴスは面を向ける。
「お前の創造主であるウルベルトさんは、最初にヘルメスさんと接触した事もあり、特に仲が良かったそうだ」
「……それは……なんと、いう……」
漆黒の大災厄。
至高の創造主であるウルベルト・アレイン・オードルの姿をフラッシュバックさせながら、デミウルゴスは茫然とする。
愚かしい事に自分は、至高の存在であるモモンガはおろか、自らの創造主のご友人に不敬ともいえる感情を向けていたのだ。
動揺からくる震えを必死に押し殺し、モモンガの隣に立つヘルメスへと視線を動かすと、彼はにこりと笑顔を浮かべた。
「初めまして。ウルベルトの理想の全てをつぎ込んだという
デミウルゴスは悪魔という種族の特性上、他人の嘘や感情の機微に敏感であり、その観察眼を以てしても、今のヘルメスが嘘をついているとは思えなかった。
「さて皆、ここで私が嘘をついている訳では無いという事を証明しようと思う……まぁデモンストレーションのようなものだな。デミウルゴス、前へ」
「はっ!御前、失礼致します」
今度は遅れることは無かった。
デミウルゴスが玉座の前まで進み出ると、モモンガが一本のスクロールを取り出し、それを受け取ったアルベドがデミウルゴスへとそれを受け渡す。
「それは《上位道具鑑定/グレーター・アプレイザルマジックアイテム》が込められたスクロールだ。さて、デミウルゴスよ。お前のアイテムボックスから最も効果の高いヒーリングポーションを取り出してみよ、皆に見えるようにな」
「畏まりました」
デミウルゴスはこの時点で、モモンガが自分に何をさせようとしているのかを理解したが、言われるがままに、ガラスの小瓶に入ったポーションを取り出し、頭上に掲げる。
何故か、モモンガがヘルメスに目配せし、ヘルメスが頷くのが目に入った。
「では、そのポーションをスクロールを使用して鑑定にかけてみよ」
「畏まりました。《上位道具鑑定/グレーター・アプレイザルマジックアイテム》」
デミウルゴスは魔法を発動させる。
普段、使い慣れない鑑定魔法だが、鑑定結果は頭の中に直接流れ込んでくるようで、奇妙な感覚があった。
(これは……)
鑑定結果が文字情報として、脳内に浮かび上がる。
『最上位治癒水薬【付与魔法:効果最大】/効果:デミウルゴス専用のヒーリングポーション。小瓶には細かな細工が施されており、一流の悪魔に相応しい一品。/制作者:ヘルメス』
デミウルゴスは、自らの創造主ウルベルト・アレイン・オードルが凝り性な性格である事を知っている。
有限であるデミウルゴスのアイテムボックスに詰めるアイテムにもこだわりを見せていた創造主は、かつてこのアイテムを自分に持たせたのであろう。
そう、それが例え、消耗品に類するアイテムであってもである。
第九階層の自室で、自分を傍に置き、所持させるアイテムを吟味するかつての創造主。
選び抜いた末に持たされたポーションは、友人の手で作らせたユグドラシル最高峰の品であったのだ。
遠い過去――在りし日のナザリックの光景を思い出したデミウルゴスの瞳からは、一筋の涙が零れ落ちていた。
「ど、どうした!?デミウルゴス?」
「え、嘘。違った?」
何故か慌てた様な口調のモモンガとヘルメスに、無様な姿を見せまいと、背筋を伸ばしたデミウルゴスは踵を返す。
そしてポーションを掲げると、全僕に聞こえる様、声を張り上げた。
「失礼致しました。このポーション……間違いなく、ヘルメス様がお作りになり、ウルベルト・アレイン・オードル様が持たせてくださったポーションに御座います!」
おお、と守護者を含めた全ての僕達が感嘆の声を上げる。
これで、過去にギルドに貢献したというヘルメスの実績が証明された事になるだろう。
もっとも、もはやデミウルゴスにヘルメスを疑う気など、毛頭なかった。
この御方を疑うなど、今日までの自分はなんと愚かであったのだろうとさえ思う。
この御方こそ、至高の主の「友人」に相応しき、最高の仕事を手掛ける優れた錬金術師であると、そう確信していた。
「恐れながら、ヘルメス様」
「えっ、ん?」
ヘルメスが驚いた様に此方に顔を向ける。
双子と同じ黄金の髪がさらりと揺れ、宝石を思わせる青色の瞳がまっすぐにデミウルゴスの瞳を見据えた。
主の断りなしに発言したため、視界の隅で、アルベドが眉を顰めるのが目に入る。
「このデミウルゴス。貴方様に対し、至高の御方々のご友人として、忠義を捧げますことをここに誓います」
最上位悪魔は頭を垂れ、一息に宣言する。
その姿に、他の守護者達は目を丸くしていた。
「……ありがとうデミウルゴス。君の忠義に応えられる様、尽力しましょう」
ヘルメスが穏やかにそう告げると、二人の遣り取りを見守っていたモモンガが玉座から立ち上がり、両の手を広げた。
「では、ヘルメスさんのナザリック所属を、改めてここに宣言する!なお、所属としては新設の『外部協力員』及び『ナザリック専属錬金術師』『マジックアイテム生産部門総括』とする!」
決はとれた――とばかりに、声高らかに宣言した至高の主の姿に、アルベドは他の守護者同様に跪いた。
「御尊命承りました。――モモンガ様万歳!アインズ・ウール・ゴウン万歳!」
アルベドの唱和に続き、場内を響かせる僕達による唱和がいつまでも続いた。
◆
「いやぁ吃驚しちゃった。まさか至高の御方のご友人だったなんて」
がらんとした玉座の間に、あっけらかんとしたアウラの声が響く。
既にモモンガとヘルメスは転移により席を外し、その他の多くの僕達も退室済みであり、この場に残っているのは守護者各位のみである。
ヘルメスの素性が、転移以前からの協力者であった事も判明し、守護者達の反応はそこまで悪くない様であった。
「ウム……。ソレニアノ魔力二満チタ姿……中々ノ強者二思エタ」
実際には迫力を出す為、登場前にバフを掛けまくっただけなのだが、そんな事を知る由も無いコキュートスは顎をガチガチと鳴らしながら、ヘルメスを称える。
「まぁ前評判よりも、それなりの人物であった事は認めるわ。でもデミウルゴス……最後のあの態度は何?不敬に過ぎると思うのだけれど」
アルベドは、式がつつがなく終了してから口数の少ないデミウルゴスに苦言を呈する。
至高の御方の面前で、感情的になって許可なく発言した上、モモンガ以外に忠義を捧げると宣言した事が酷く気に入らなかったためだ。
「感情的になってしまったことについては謝罪するがね。ヘルメス様は至高の御方々のご友人だ。忠義を捧げることの何が問題なのかは分かりかねるね」
「今ここにいらっしゃる至高の御方はモモンガ様よ」
「……言葉には気を遣いたまえ。ウルベルト様も同様に至高の御方の筈だが」
アルベドの言葉に殺気立った空気が流れる。
頭脳派で知られるデミウルゴスが珍しく苛立っている事に、コキュートスらは驚愕する。
闇妖精の双子が慌てて仲裁に入った。
「ちょ、ちょっとやめなよ二人とも!もう!……モモンガ様が「ご友人」としてヘルメス…様をお認めになったんだから、それでこの話はおしまいでしょ!」
「け、喧嘩は良くない……です!」
アルベドとデミウルゴスは互いに謝罪の言葉を口にするが、なんとなく気まずい雰囲気が場に流れる。
「で、でもさー。そんなに年上って感じでもなかったよね。背もそこまで高くないし!」
「チビが何か言っているでありんす」
場を和ませようと発言した台詞に、シャルティアが嗜虐的な笑みを浮かべてからかう。
「だ、だから喧嘩はよくないよう……そ、そういえば、『外部協力員』ってどんな役職なんだろう?」
マーレも必死に場を和ませようとしているのか、ヘルメスが就くという新設の役職についての疑問を口にする。
「……おそらくは、ナザリック外での活動の際の補佐、という事だろうね。元々外で活動していたヘルメス様は、その方が動きやすく、またナザリック内に籠りきりの役職では不和を抱える……と配慮されての配置でしょう」
モモンガの宣言はあれど、アルベドの様にいまだ面白くないと感じている僕が多い事も事実であり、そういった配慮が働いたと考えるのが自然であった。
「まぁいいわ。それぞれ配置に戻りましょう。ヘルメス…様のことで浮つく事が無いよう、配下の僕達にもよく言っておいて頂戴ね」
アルベドは、雑談染みてきた会話を打ち切ると、早々に玉座の間を後にする。
他の守護者達も、肩をすくませると、それに続いていく。
やがて、玉座の間に残ったのはデミウルゴスのみとなった。
「ウルベルト様……。ご友人の事は、このデミウルゴスにお任せ下さい」
デミウルゴスは一人呟き、手にしたポーションを大事そうに抱えると、遅れて玉座の間を後にした。
モモンガ「おやおや、中々にいい殺気をむけてくれますね」
ヘルメス「やめてくらさい」