「ほぉ……冒険者モモンとナーベの二つ名が『漆黒』で定着ねぇ……こないだの一件でもうミスリル級に昇格か。すごいなぁ大出世じゃん」
エ・ランテルの朝は今日も平和である。
ヘルメスはベッドの上に座り込み、ナザリックから取り寄せた香りの良い珈琲を啜りながら、今朝の日刊・なざりっく(新聞)の三面記事――冒険者チーム漆黒の最近の動向――に目を通していた。
よもや現実世界の頃の習慣を、こちらの世界でも体験する事になるとは思っていなかったが、少なくとも現実世界よりも新聞は面白いし、人工物でない珈琲は抜群に美味い。
(慣れてみるとブラックの方が美味しいな。……大人の味が分かる様になったという事だろうか)
この珈琲だが、ナザリックから取り寄せたといってもタダで貰った訳では無く、きちんとした対価を支払って手に入れたものである。
物々交換――ヘルメス製の錬金術師ブランドアイテムをナザリックに納め、お代として、破格の品質を誇るナザリック産の食料品や飲料を頂戴している形だ。
ちなみに、現在のこの世界における収入はリィジーより支払われる給金であるが、これが中々悪くない額であり、転移当初から懸念していたお金についての心配はほぼ無くなり、安定した生活を送ることが出来ていた。
高級ポーション様様である。
ヘルメスがゆっくりと朝の時間を過ごしていると、部屋の扉がノックされ、扉の向こうからリィジーの声が響く。
「ヘルメスや、そろそろ店の準備をするんだよ」
「了解、ばあちゃん」
ヘルメスは扉に向かって返事を返しながら、新聞と珈琲をアイテムボックス内に仕舞い込む。
師匠と呼べ、とあきれ声を出しながら、リィジーの足音が遠ざかっていく。
バレアレ薬品店で働きだしてしばらくたつヘルメスであるが、リィジーを通じ、既にこの世界におけるポーション作成のいろはのほとんどを習得していた。
教わった事を一度で吸収し、また、ヘルメスが持っている――事になっている――素材強化のタレントにより、師匠であるリィジーをも上回る質の良いポーションを錬成する仕事振りから、異例のスピードではあるが、一人前と認められたのである。
今日は昼間の仕事を終えた後、所謂アフターファイブにはニニャや漆黒の剣のメンバー達と黄金の輝き亭で食事会をする事になっている。
嬉しいことに、ヘルメスの快気祝いの席を設けてくれたのだ。
今夜の飲み会に内心わくわくしながら部屋で身支度を始めたところ、不意に頭の中に何かが接続する感覚――《伝言/メッセージ》の魔法がヘルメスに繋がるのを感じた。
『ヘルメス様。デミウルゴスに御座います。少しお時間よろしいでしょうか』
『デミウルゴス?えぇと……んんっ――大丈夫です。どうかしましたか?』
デミウルゴスからの唐突な《伝言/メッセージ》に、ヘルメスは若干慌てながらも
相手はナザリック一の知恵者であり、下手なロールをしては見破られる可能性もある為、気を引き締める。
『では、御前失礼致します』
『何?』
次の瞬間。
部屋の中央に《転移門/ゲート》が開かれ、高級そうなスーツに身を包んだデミウルゴスが姿を現した。
髪を後ろに撫でつけたオールバック、眼鏡の奥に光る宝石を思わせる瞳、そしてうっすらと笑みを浮かべた口元――ウルベルトがかつて創造した最上位悪魔は、静かに部屋に降り立つと、ヘルメスの前で傅いた。
「突然の訪問をお許し下さい、ヘルメス様」
「あぁ。かまわないよ」
こんな朝からなんの用だろうか。
例のお披露目式以来の守護者の登場に、内心焦るヘルメスは必死に平静を装う。
一方のデミウルゴスは、怪訝そうな表情を浮かべて部屋を見回した。
「……それにしても、至高の御方のご友人であらせられるヘルメス様に、このような粗末な部屋をあてがうとは……せめてナザリックより家具一式を運び込ませましょう」
言うが早いか、《伝言/メッセージ》でナザリックに連絡をしようとするデミウルゴスに、ヘルメスは慌てて止めに入る。
「よいのです。これも現地の情報収集の一環。……貴方のお気持ちだけで私は嬉しく思いますよ、デミウルゴス」
デミウルゴスはしかし、と食い下がるが、ヘルメスが首を横に振るのを見て、諦めたように頭を下げた。
「差し出がましい真似をしました。どうかお許し下さいヘルメス様」
登場してまだ数秒だというのに、ヘルメスはこの仰々しい遣り取りに早くも精神的な疲労を感じ始めていた。
ナザリックの配下は人間種であるヘルメスに否定的――それは既に肌で感じていたし、モモンガからも言われていたので気にしていなかったのだが、ヘルメスはこの仰々しく振舞うデミウルゴスが苦手であった。
ウルベルトの創造した僕であったし、ナザリックの皆に形式上のものであれ、認めてもらうきっかけになってくれた彼には悪いのだが、モモンガを(自業自得な側面も否めないが)精神的に追いつめている守護者筆頭であったし、あのお披露目式以降、妙に仰々しく振舞う彼を不気味に思ってしまうのだ。
「さてヘルメス様、つかぬ事をお伺いしますが、本日の夜は何かご予定は御座いますでしょうか?」
「ん?あぁ、今夜はちょっと野暮用がね。何かあったかい?」
モモンガからの助言の通り、少し不遜な態度を取りながらのロールに心を痛めながら返答をすると、何故かデミウルゴスが驚いた様な表情を一瞬だけ浮かべた。
すぐにいつもの表情を取り繕ったようだが、闇妖精の洞察力は人間の並みでは無く、否が応にも察知できてしまう。
別に変な事を言ったつもりは無いが、今の言葉にデミウルゴスの琴線に触れる何かがあっただろうか。
「……恐れながらヘルメス様。そのご予定とは何かお伺いしても?」
「なに、モモンガさんとも縁のある冒険者チームの面子と食事にね。そう、食事に行くだけだよ」
「……成程。口実としては非常に自然ですね。さすがはヘルメス様です」
(……ん?)
本当の理由を告げただけなのだが、何故か悪い笑顔を浮かべたデミウルゴスに、ヘルメスは疑問符を浮かべる。
なんだろうか、この掛け違っているような妙な感覚は。
さすがは?
口実?
何かを勘違いしているようだが、なんだか嫌な予感がする。
「いや本当に飯喰いに行くだけだよ。君は一体何をすると勘違いしているの?」と、素直に聞いてしまいたい衝動に駆られるが、何故だか聞くことが憚られる。
謎のプレッシャー――デミウルゴスから向けられる「至高の御方のご友人」というプレッシャーが、ヘルメスの行動を縛る。
ヘルメスは無表情を装いながらデミウルゴスの発言の意図を必死になって考える。
「して、ヘルメス様。食事はどちらでなされるおつもりでしょうか?護衛として配下の僕を潜ませますので、お決まりでしたらお伺いしたいのですが」
ヘルメスが脳をフル回転させていると、デミウルゴスから別の質問が投げかけられた。
護衛、護衛と、自分は海外からの国賓か何かなのだろうか。
「黄金の輝き亭……宿と酒場が一体となったエ・ランテル一の高級店です。
これはンフィーレアから仕入れた情報である。
高級店ではあるが、今のヘルメスの稼ぎならば問題無い。
ナザリックには遠く及ばないにしても、この世界における最高級の味というものを知っておくのも悪くないなと奮発する事にしたのだ。
しかし、ヘルメスの言葉に対するデミウルゴスの反応は予想外のものであった。
「……よもやそこまで。……ご報告のつもりで参ったのですが、不要な配慮――いえ、もはや不躾な配慮でした。お許し下さい」
何がだ。
何が不躾なんだ。
報告があるなら、ちゃんと報告してくれ。
報連相って大事だと思うんだが。
部下の教育どうなってんだ、モモンガさん。
デミウルゴスは先程の笑みを更に深め、邪悪ともいえる笑みを湛え、ヘルメスを真っすぐに見据えている。
心無しか、目が輝いているように見えるのは気のせいだと信じたい。
ヘルメスは今更ながらに「デミウルゴスが”成程”とか言い出したら気を付けて下さいね」と言っていたモモンガの忠告を思い出し、その意味を理解した。
どうやら言葉の無い裏を深読みし、ヘルメスが「現地の人間と飯を食う」事をスケープゴートに「何か」をすると勘違いしているようだ。
モモンガも、同じようなやり取りを繰り返していく内に引き返せなくなり、全知全能のナザリックの絶対支配者として振舞わざるを得ない状況に陥ったのであろう。
ならばここは、同じ轍を踏まない様に行動すべき時だ。
まだ傷が浅い今の内に、勘違いを正しておいた方が良い。
ヘルメスは至高の御方とは違い、凡人であると。
「……それで?デミウルゴスからの報告とは、一体何でしょうか?」
ヘルメスは眉根に力を籠め、失望されるのを覚悟で質問を口にする。
何やら納得していますが勘違いなんですよ、と伝わるよう、敢えてすっとぼけた風を装うのを忘れずに。
ぎこちないが笑顔を浮かべることには成功した筈だ。
「ご容赦くださいヘルメス様。思慮の浅い私を揶揄うのはご勘弁願います」
だから何がだ。
もう駄目だ。
はぐらかされた今、もはや聞き直せる雰囲気では無くなってしまった。
苦笑するデミウルゴスが何を勘違いしているのかは結局分からず仕舞いだが、ここで更に食い下がれば「至高の存在の友人といえどその程度か」と失望される未来しか待っていない。
ここはもう、知っている風を貫く他ない。
「ふふ。そうですか。……今夜の件は、デミウルゴスからモモンガさんに伝えてくれるかな。あ、それと……これも渡しておいてくれますか?」
ヘルメスはもうどうにでもなれ、と投げやりな気分になりながら言伝を頼むと、アイテムボックスから
デミウルゴスはそれを恭しく受け取ると、首をわずかに傾げた。
「……これは?」
「こちらの世界のポーション生成技術と、私の持つ錬金術スキルを組み合わせて作ったポーションの試作品です」
渡したポーションは、言葉通り、ヘルメスが試作したハイブリッドポーションである。
この世界におけるポーション錬成技術を習得したので、思いつきで自身のスキルを使って錬成したところ、赤でも青でもない紫色のポーションが出来上がったのだ。
面白い結果になったので、モモンガさんにあげるつもりであったその一本を、デミウルゴスに持って行ってもらう事にする。
「効果はユグドラシル製のものの7割程度……といった所ですか。経年劣化の問題はクリアしましたが、効果とコストが今後の課題ですね」
ヘルメスの言葉にデミウルゴスは目を見開く。
そして、大事そうに自身のアイテムボックスへとポーションを仕舞い込むと、華麗なお辞儀をしてみせた。
「さすがは偉大なる
「ああ。頼むよデミウルゴス」
その後、ニ三言葉を交わした後に、転移門を開くと、デミウルゴスは再度の礼をとりながら帰還した。
(……疲れた。……デミウルゴスの頭の中の俺は一体何をするつもりだろうか……)
ヘルメスはベッドへとダイブし、しばし脳を休ませてやることにする。
せめてリィジーが怒鳴り込んでくるまでは休ませてやろう、と二度寝を始めるのであった。
◆
エ・ランテルの高級住宅街の立ち並ぶ通りの中に、一際大きな屋敷があった。
屋敷には不可視化されたモンスターが多数配置されており、罠も複数張り巡らされているのだが、複雑な隠蔽魔法により、それらが露見する事は無い。
その屋敷は、至高の主より命を受けた家令のセバスと、プレアデスの一人であるソリュシャンが活動拠点として借り上げたものである。
二人は、大商人の娘とそのお付きの執事、という
「これはデミウルゴス様」
「敬称は不要だよセバス」
そんな屋敷の一室で、転移門から姿を現したデミウルゴスの姿に、セバスは声をかける。
「貴方が来るとは珍しい。何かございましたか」
「いやなに。君の仕事振りを見に来ただけさ」
目の前の悪魔の軽口に、セバスは表情には出さないものの、心中で眉根を顰める。
この同僚は、意味の無い事をする悪魔では無い。
単なる様子見であるなら別の僕で事足りる筈であり、わざわざ守護者である彼が動く必要など無いからだ。
もしや何かしらの失態を演じたのか、と顔を強張らせた。
セバスのただならぬ雰囲気を察知した背後のソリュシャンも、その表情を曇らせる。
「まず君が気にしているような事態は起こっていない。安心したまえ」
デミウルゴスはセバスの思考を一瞬にして読み取ったのか、笑顔を浮かべながらそう告げた。
安堵すると共に、ではなぜ屋敷に来たのかという疑問が沸く。
セバスが質問をしようと口を開きかけるのと同時に、デミウルゴスは言葉を続けた。
「
「……デミウルゴス。それはどういう意味でしょうか」
回りくどい言い方をする同僚に、セバスは若干の苛立たしさを感じる。
この悪魔は基本的にナザリックの者達に寛大であるが、どうにもセバスに対しては癇に障る立ち振る舞いをすることが多いのだ。
そんなデミウルゴスは、笑みを消すと真面目な表情でセバスを見据えた。
「君の方から報告のあった今夜の「狩り」の件だがね……ヘルメス様は既に気付いておいででしたよ」
「……それは」
まさか、という言葉を飲み込むセバス。
しかし、相手は常に千手先を見据えて行動を示す至高の主が、対等な友人だと宣言した人物である事を思い出す。
であるならば、今回の計画――狩りの事を事前に察知していたとしても不思議はない、と思い直した。
「先程、ヘルメス様に今夜の件をご報告しようと参じたのだがね。とんだ道化師を演じてしまったよ」
「……さすがは至高の御方々のご友人、という事ですね」
「全くだね。さて、そんなヘルメス様だが……今夜、黄金の輝き亭に自ら来られるとの事だ。無論心配などしていないが、至高の御方のご友人の前で、いや『外部活動協力員』であるヘルメス様の前で、失態を晒さぬ様、忠告しておこうと思ってね」
セバス、ソリュシャン両名の表情が固まる。
バレアレ薬品店で現地の錬金術について調査をしている筈のヘルメスが、今夜、計画実行の地である黄金の輝き亭に来られる。
それは――
「……私達の仕事振りに関する視察。……という事ですね?」
「そのとおりだよ。セバス」
ヘルメスはナザリックへと帰属した。
至高の御方として数えられる事こそ無いが、至高の御方々の「友人」としてモモンガにも認められており、僕の立場から見れば、至高の存在と同等の位に位置する人物である。
そして、ヘルメスの兼務する多くの役職の一つに『外部活動協力員』というものがある。
ナザリック外での活動を補佐する立場であるとの説明がなされたが、外部で自由に動く権限を持ち、至高の存在と同等の立場に位置する者――その者が今夜、セバス達と同じ店に顔を出しに来るというのであれば、考えられる理由は一つしかない。
「ただし、影から君達の仕事振りを見るだけのおつもりなのか、あるいはその後の「狩り」にも立ち会うおつもりなのかは現時点では不明だ。臨機応変に頼むよ」
デミウルゴスの言葉にソリュシャンは動揺する。
是非は別として、ヘルメスとモモンガが非常に近しい関係にある事は、二人の遣り取りを見ていた為に知っている。
故に、自分達の仕事振りがその眼鏡に適わなければ、それは当然モモンガの耳にも入ることになるであろう。
今回の
それは、武技やタレントといった特殊技能を持つ人間の確保である。
そのために今日まで準備を行い、一芝居打ち、始末しても問題の無い
なお、今回釣れたのは、貴族や商人の馬車を襲って小銭を稼ぐ子悪党の下っ端であるザックという男であり、現在ソリュシャンが小間使いとして雇っている。
ザックは度々二人の目を盗んでは仲間と連絡を取り合い、二人がエ・ランテルを出るタイミングを図って襲う算段をつけており、現に今も仲間のいるアジトに顔を出しに行っている所だ。
「畏まりました。ご忠告有難うございます、デミウルゴス」
言いながら、自分達の行動が読まれていたという事実にセバスは背中に冷たいものを感じる。
セバス個人としては、ヘルメスはナザリックに所属する多くの僕とは異なり、悪性の強い人物という認識は無い。
だが、ナザリック所属となり、監査役としての彼の顔がどんなものになるのか想像ができないのだ。
(下劣な者達とはいえ、人間狩りのような真似はあまり好きではないのですが……ヘルメス様は今回の件をどう思っていらっしゃるのでしょう)
闇妖精であるヘルメスは人間種である。
同じ闇妖精のナザリックの双子であれば、気にしないのであろうが、彼の御方はどう感じているのだろうか。
「……もし、狩りの方にもヘルメス様が参加なされるとしたら……」
それまで黙っていたソリュシャンが口を開く。
自然、セバスとデミウルゴスの視線も彼女に向けられた。
「どちらかというと、シャルティア様のご対応が心配ですわ……」
ソリュシャンの言葉に、三人がほぼ同時に溜息をついた。
◆
「えー……それでは、ヘルメスさんの復活と、エ・ランテルの無事をお祝いしまして……」
「かんぱーい!」
ペテルの短い挨拶の後、男女5人の音頭が重なる。
いつもより声量が抑え目なのは、ここが普段使いの酒場では無く、エ・ランテル一の高級店であるからだ。
黄金の輝き亭。
飛び抜けて広い店内は、天井の高い吹き抜けとなっており、美しいシャンデリアや装飾品が壁や天井を飾っている。
漆黒の剣の面々とヘルメスは一つのテーブルを囲んで宴の席を設けていた。
高級店という雰囲気に飲まれているのか、漆黒の剣の面子の表情はやや硬く動きもぎこちない。
「皆さんすみませんね。わざわざこんな席をご用意いただきまして」
「いえいえ。普段からお世話になっていますから。たまには普段と違うお店でお酒でも、と思い立ちまして」
ヘルメスが礼を述べると、ペテルがぎこちない笑顔のまま言葉を返した。
先日、バレアレ薬品店を訪れたニニャに誘われた段階では、いつもの店で快気祝いの席を設けてもらう予定であった。
そこを強引に、ヘルメスが「じゃあ黄金の輝き亭でやりましょう。そうしましょう」と押し切ったのである。
たかが一度の食事だけとはいえ、銀級冒険者の稼ぎでは、相当な出費となる筈だ。
「……それはいいんだけどよ、リーダー。金……足りんの?皿洗いとか嫌だぜ俺……」
「だ、大丈夫だ。明日からまた依頼も始められるしな。大丈夫……のはず……」
案の定、不安そうな表情を浮かべたルクルットがペテルを小突く。
ダインとニニャも場違いの様な雰囲気に戸惑いながら、ペテルを表情を伺う。
ヘルメスはその様子を見て、待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「ふふ……ご安心ください、皆さん」
一同の視線がヘルメスに集中する。
今から言うセリフは一生に一度は言ってみたい台詞であった。
現実世界では恐らく一生言う事は出来なかったであろう台詞だ。
ヘルメスは十分な溜めを作ってから、満面の笑顔を浮かべ、両手を広げた。
「今夜は私のオゴリです。朝までパーッと楽しみましょう」
一瞬の間の後、漆黒の剣の面々が声を上げる。
「うおおおおお!まじでぇ!?さっすがヘルメスさん!!」
「ちょ、こらぺテル!ヘルメスさん!5人分ですよ?」
「そうですよ!そもそもヘルメスさんの快気祝いなんですから!」
「ヘルメス殿……漢であるなっ!」
同時に声を張り上げた為、周りの客から厳しい視線が向けられ、皆が肩を竦めた。
ヘルメスは手にしたグラスに注がれた酒を一気に煽る。
「
「「うおおおおおお!」」
ヘルメスは得意げに金貨の詰まった革袋を掲げる。
高級品であるポーションの稼ぎは相当なものであり、住み込みの為に貯金が捗るヘルメスにとって、高級店といえど一回分の食事代はたいした額では無かった。
そう、これは日々労働に励む自分に対するご褒美なのである。
決して、現実世界では到底手に入れる事ができない金を手に入れて、調子に乗った成金野郎ではないのである。
「でも……ヘルメスさんに悪い気が……」
「いいんですよ。ニニャさん。たまには格好つけさせてください」
なおも渋るニニャにヘルメスは笑顔を浮かべて説得する。
「いやー。最初はすかしたイケメンだと思ってたけど、やっぱイイ奴だよなーヘルメスの旦那は!」
ルクルットの軽口にダインが肘鉄を入れるが、ヘルメスとしてはそれくらいの気軽さの方が新鮮で気持ちが良い。
何度か同じような説得を繰り返し、ペテルとニニャに提案を受け入れてもらい、食事に舌鼓をうつ。
皆が美味しい美味しいと口を動かす中、ヘルメスは確かめる様に料理の味を確認する。
ナザリックの料理長お手製と比べる事は出来ないが、十二分に美味であり、金貨数枚分の価値はあるといえた。
コースが進み、お酒も入り、全員の顔に赤みが差し始め、気持ちよくなってきた頃であった。
「なんなのよこの料理は!美味しくないわ!」
女性の声である。
それもヒステリックなそれであった。
(なんだぁ?人がせっかく楽しく飲んでるっていうのに……)
ヘルメスが振り返ると、そこには癇癪を起してなお美しい金髪の令嬢と、その背後に立つ老練な執事の姿があった。