「このような料理食べられないわ!こんなレベルの料理を出す店……いえ、街にはもういたくありません!」
金髪の令嬢、ソリュシャン・イプシロンは金切り声を上げ、ナプキンをテーブルの上に放った。
ここ『黄金の輝き亭』は高級店である。
広い店内で食事をする客のほとんどは貴族や大商人であり、彼らの訝し気な視線が彼女に集中する。
エ・ランテル一と謳われる店の料理を否定する事は、彼らの舌を否定する事にも繋がるのだから当然であろう。
無論、ソリュシャンにはそんな事に一切の関心は無い。
ナザリックで提供される食事に比べれば犬の餌ともいえる程度のものであるのは事実だが、この振る舞いは街を出る為の口実作りである。
「セバス!すぐに出立の準備をなさい!」
「……ですがお嬢様。既に夕刻を過ぎております――」
「黙りなさい!私が街を出ると言っているのです!」
「……畏まりました。すぐに準備を致します」
人の良さそうな、それでいて隙の無い剛人といった雰囲気を併せ持つ執事が、数秒の逡巡の後、頭を下げる。
「分かったのならいいのよ!私は部屋に戻ります!」
ソリュシャンは乱暴に立ち上がると、腰を折ったままの執事に声を掛け、メインダイニングを後にした。
その際、横目でダイニング中央の席を盗み見るのも忘れない。
そこには、ぽかんとした表情を浮かべた
同じテーブルには銀級冒険者チームの面子もおり、ヘルメス同様、こちらを凝視している。
(白々しい……現地人との交流という名目で、こちらを視察するという腹積もりの様ですわね。)
デミウルゴスからの事前情報の通り、あの闇妖精は我々の動向を視察するつもりでいるらしい。
失態を演じるつもりは無いが、じっと見られているというのは気持ちが悪いものだ。
部屋に戻り、設けられている粗末なベッドに腰かけていると、しばらくして上司であるセバスがやって来た。
「先程は失礼致しました。セバス様」
ソリュシャンは頭を下げる。
上司であるセバスに対し、演技とは言え、下劣な言葉遣いで接したためだ。
「いえ、完璧な演技でしたよソリュシャン。貴方が頭を下げる必要はありません」
セバスは僅かに微笑みを浮かべながら、手で頭を下げるソリュシャンを制す。
「……して、彼は上手く動いていますか?」
「はい。今は街に潜伏している仲間と合流し、町の外で私達を襲う算段を付けている様子ですわ」
「それは上々。では、シャルティア様にも連絡をつけると致しましょうか」
街を出る口実は作った。
あとは今回の餌であるザックという子悪党に馬車を用意させ、奴らの罠に掛かってやるだけである。
無論、罠にかかった獲物を喰らうのは此方であるが。
「……セバス様。例の――ヘルメス様はどうなさるおつもりなのでしょうか?」
「ヘルメス様ですか。ふむ……デミウルゴスの話では、臨機応変にとの事でしたが……」
「いっそのこと、此方に合流してもらうというのは如何でしょうか?」
「どういう事でしょうか、ソリュシャン?」
遠くからこちらをじっと見張られているのが気持ち悪い、と正直に意見する程ソリュシャンは愚かでは無い。
不快極まり無いが、闇妖精は偉大な主が友人と認めた人物であり、その人物を不当に見下すことを、堅物であるセバスが許すとは思えない。
「……いえ、いくら視察とは言え、我々だけが馬車で移動するというのも不敬かと思いまして。ヘルメス様もお姿を隠しながら此方を伺う……という雰囲気でもありませんでしたので、いっそ馬車に同乗して頂いた方がよろしいのではないかと」
ソリュシャンの言葉にセバスはふむと首肯し、口元に手をやった。
同じ店内でぽかんと此方を見ていたくらいなのである。
さすがに完全隠密で覗き見る程、悪趣味な奴では無いということであろうか。
「そうですね。無理強いも出来ませんし、直接ヘルメス様にお伺いを立ててみるとしましょう」
ソリュシャンとセバスは互いに目を合わせ、頷き合った。
◆
どうしてこうなった。
この世界の基準に照らし合わせ、それでもやや華美と言える豪奢な馬車に揺られながら、ヘルメスは頭を抱える。
「ヘルメス様。お気分が優れませんか?なにかお飲み物をご用意いたしましょう」
「だ、大丈夫で――だよ。セバス、ありがとう」
言葉を取り繕いながら、頭を上げて車内をぐるりと見渡す。
向かいには
(お忍びで視察って……一体何の話なんだ。俺は単に高い飯食いに来ただけだったのに……)
漆黒の剣の面々と食事をしていたところ、貴族の様なドレスを着たソリュシャンが怒鳴るシーンを目撃してしまい、何が起きているのかと混乱していると、セバスがやって来て「一緒に来られますか?」と声を掛けてきたのである。
ナザリック配下の面々との付き合いはまだまだ浅いが、自分の中の何かが「ここは流れに乗っておけ」と囁き、今のこの状況がある。
とりあえず食事代については十分な金貨を置いてきたが、漆黒の剣には後日謝らなければなるまい。
「して、ヘルメス様。この後の予定ですが、今御者をしておりますザックという男の所属する一味の接触を待ち、その者らの中に武技を有する者がいないかの選別を行うこととなっております」
何故かピリピリしている車内で、唯一の癒しであるセバスが今後の予定を説明してくれる。
突然の嵐に巻き込まれた心境のヘルメスであったが、これまでの会話で、なんとなくではあるが事態を把握しつつあった。
どうやら、ナザリック外部協力員であるヘルメスが、セバス達の活動を視察しに来たと勘違いしているのだ。
朝に顔を合わせたデミウルゴスの意味深な台詞はそういう意味だったのか、と思うと同時に、もっと分かりやすく言ってくれと意見したくもなる。
兎に角、ここからはモモンガの指示通り、「至高の御方」の友人として、適切な振る舞いをしなくてはならなくなったという事だ。
「……シャルティア」
「は……ひゃい!」
とりあえずはこの緊張した空気をなんとかしようと対面にいるシャルティアに話しかけたのだが、何故だか彼女は素っ頓狂な返事を返した。
緊張しているのは自分だけでは無いと分かり、少しだけ肩の荷が軽くなったような気がする。
「そんなに緊張しなくても結構ですよ。こうしてお話するのは初めてですね。視察と言っても、モモンガさんに意地悪な報告などしませんからご安心を。どうかよろしく」
ヘルメスは精一杯の引き攣った笑顔を浮かべる。
リアルなら兎も角、ゲームアバターである闇妖精の顔ならそれなりの笑顔を浮かべることには成功しているだろう。
モモンガと共に練りに練った「至高の御方の友人ヘルメス」の設定である「基本丁寧語。いつも余裕のある感じの親しまれやすい雰囲気の知者」というロールを思い出しながら、必死に演じる。
「あ、ありがとうございます……でありんす!」
シャルティアは緊張を引き摺ったまま、どもりながらもお礼を述べると、顔を伏せてしまった。
これは事前にデミウルゴスから「決して無礼の無いように」と散々脅されたせいであったのだが、ヘルメスは知る由も無い。
「あはは。照れた様子も可愛いですね。さすがぺロロンチーノさんの娘だ」
ぴくり。
と、発言したのを機に、先程とは違った雰囲気に車内が包まれた。
なにか地雷を踏んだか、とヘルメスは身構える。
「……ヘルメス様は、ぺロロンチーノ様とも交友がおありだったのでありんすか?」
顔を上げ、瞳を潤ませた少女は、まさに絶世の美少女と呼ぶにふさわしい可憐さを持っており、ヘルメスは自身の心臓がどきりと跳ねるのを感じた。
「えぇ、もちろん。今この場にいる皆さんの創造主であるぺロロンチーノさん、たっち・みーさん、ヘロヘロさんには良くして頂きましたよ。素敵な偶然ですね」
ヘルメスの言葉に、隣にいるセバスやソリュシャンからも息を飲む音が聞こえてくる。
モモンガの言っていた通り、NPC達にとって創造主とはまさに神の様な存在である、というのは本当らしい。
「さすがヘルメス様でありんす!……あの、もし良ければぺロロンチーノ様のお話をして頂けないでありんしょうか?」
予想以上の食いつきに若干引きながらも、ヘルメスはなんとか世間話程度ならやれそうだと安堵する。
幸い、彼ら三人の創造主とは交友があり、ユグドラシル内でも有名人の部類に入る為、エピソードが多く――特にぺロロンチーノは珍エピソードも豊富なため、会話のネタには困らない。
ヘルメスは一つ咳払いを挟むと、遠い過去を思いだすように瞳を閉じ、語りだす。
「古き友人、黄金の翼王は言いました……――ロリは至高なり――」
守護者達との友好関係構築のため、闇妖精は――若干以上の脚色を加え――言葉をつむぐ。
かつての友人達の
◆
「――どうやら、目的地に着いたようです」
楽しい談笑の時間はあっという間に過ぎ、馬車が停止したのを慣性で感じた。
セバスの言葉に、ヘルメスは無詠唱化した《敵感知/センスエネミー》を発動させ、おおよそ20人程度の人間に囲まれている事を察知する。
「あぁん!もっとお話しが聞きたかったでありんすのに!」
「あはは。それはまた別の機会としましょう」
最初の頃の緊張は何処へやら、といった風のシャルティアは可愛らしく頬を膨らませた。
シャルティに限らず、セバス、ソリュシャンも同様に苦笑を浮かべながら首肯する様子から察するに、大分打ち解けることが出来たのではないかと思える。
尤も、女性プレイヤーであったぶくぶく茶釜さんのリアルでの職業である声優を、生命創造系の職業と解釈していた程の彼らである。
今日話した内容も神格化というフィルターを介して別次元の物語として記憶されていないだろうか、という一抹の不安を覚えるが、こちらの印象が良くなったのは間違いないだろう。
「……では、皆さんの仕事振り。しかと見学させて頂きます。勿論、危なくなったら手助けも致しますのでご心配なさらず」
「いえ、そのようなお手間はとらせません。ヘルメス様のお仕事を邪魔するような真似は決して致しませんので、どうかご安心下さい」
たっち・みーに関する逸話を聞いていた際の表情とは打って変わり、厳しい表情に切り替わったセバスはそう告げると、見事な礼を見せる。
「その通りでありんす。では、セバスにソリュシャン。またナザリックで会いんしょう」
同様に仕事モードに切り替わったのであろうシャルティアは、ヘルメスに礼をして優雅に立ち上がると、吸血鬼の花嫁を連れ、馬車の外の夜闇に消えた。
ヘルメスは、このままエ・ランテルに戻るという二人に簡単な別れの言葉をかけると、《完全不可知化/パーフェクト・アンノウアブル》を唱え、そのあとに続く。
(さて……それじゃあ成り行きだけど、俺も仕事しますかね)
視察と言っても何をすればいいのだろうか、とぼんやり考えながらヘルメスは馬車を降りた。
◆
虐殺。
目の前で繰り広げられる光景はそれであった。
人の死ぬ場面を見るのは初めてではなかったが、やはり特に何も感じず、感情の波は静かなままであった。
それは彼らが一目に野党、山賊の類であり、所謂悪人に分類される者達であるからだろうか。
闇妖精であるヘルメスは、もはやリアルの頃の倫理観がほぼ無くなっている事を再確認する。
見た目は可憐で華奢な少女でしか無いシャルティアは、もはや武器すら装備せず、爪を振るう事のみで人間達を千切っていく。
相手がレベル100に至る強者とは言え、改めてこの世界の標準レベルの低さが伺いしれる。
やがて、吸血鬼の花嫁に拘束された一人を残し、馬車を取り囲んでいた人間は物言わぬ肉塊となった。
「シャルティア様。どうやら近くに人間達のアジトがある様です」
「そうでありんすか。お前、案内しんす」
拘束されていた野党の一人は、顎の骨を外されているのか、だらりと空いた口から涎を垂れ流しながら必死に首肯する。
案内さえすれば自分は助かると、そう信じたいのであろう。
しかし、激しく頷くあまり、口角に溜まっていた涎がシャルティアに掛かった瞬間――
「汚ねぇな。糞が」
イラっとしたのであろうシャルティアが、最後の野盗の頭を握りつぶしてしまった。
「あ……」
沈黙。
気まずそうな吸血鬼の花嫁二人とシャルティアの姿がそこにはあった。
「お前達……レンジャーのスキルとか……持ってるでありんすか?」
「い、いえ、申し訳ありません……」
「……」
「……」
ヘルメスは視察要員――である。
少なくともそういう事になっている。
視察とは、本来の仕事振りを見ることであり、一緒に仕事をする事ではない。
視察対象に落ち度があれば、それを記録、報告することが仕事であり、助ける事はしない。
だが、ヘルメスは――外部協力員である。
だから……
ポトリ
と、シャルティアの足元に魔封じの水晶が転がった。
「これは……?」
シャルティアは水晶を拾い上げると、首を傾げる。
「……追跡用の魔封じの水晶……そこに落ちてたから……使うかどうかは自由……」
暗闇から声が聞こえる。
ぼそぼそと呟く様な声であるが、まちがいなくヘルメスのものであった。
シャルティアはしばらく呆けたように声の聞こえてきた虚空を見つめると顔を真っ赤に染め上げ、その場に片膝をついた。
「ありがとうございます!至高の品、有り難く使わせていただくでありんす!」
シャルティアは水晶に込められた魔法を発動させると、「あっちでありんす」と北方を指差し、吸血鬼の花嫁達を率いてずんずんと歩き出した。
(なんというか……おばかな子っていうか……放っとけないんだよなぁ)
少女らから少し離れた位置から、ヘルメスは呟き、そのあとを追っていくのであった。