錬金術師世に憚る   作:みずのと

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第23話 血の狂乱

 

 

 

 

 戻して。

 

 ヘルメスは頭を抱えて、そう願った。

 つい先刻まで、蝶よ花よといった見目麗しい容姿であった筈の彼女(シャルティア)は、四つ足で走り回り、まるでヤツメウナギの様な面容で、山賊達が可愛そうになる程の虐殺の限りを尽くすモンスターと化していた。

 少なくとも、馬車で会話をしていた時のような理性を彼女に感じることは出来ず、バーサク状態に近いステータスにある事は一目瞭然であった。

 

(なんてこった。まさか「血の狂乱」持ちだったとは……製作者は何を考えてこの設定(性癖)を作ったんだ?)

 

 この場にいない鳥人に心の底からの「何故?」を突きつけつつ、ヘルメスはこの場を収拾する手段について思案する。

 シャルティア達が山賊達のアジトである洞穴に辿り着いた後、じっと見られていては仕事もやり辛かろうと、吸血鬼の花嫁の一人が残った出口付近で待機していたのが間違いだった。

 いつまで経っても戻ってこない2人を不思議に思い、不可知化を解除して後を追って中に来てみれば、既にこの状況が出来上がっていたのだ。

 シャルティアに仕える吸血鬼の花嫁は、レベル差もあって手が出せない様子であり、困惑顔でこちらを見るだけであった。

 とりあえず落ち着け、とばかりに組み付いてみたが、100レベルである神官戦士に魔法詠唱者が敵う筈も無く、「邪魔ぁ」という声と共に吹き飛ばされてしまう。

 

「えーと……吸血鬼の花嫁さん?どうすればシャルティアは元に戻る?」

 

 楽しそうに山賊達を引き千切っているシャルティを他所に、おろおろするばかりの従者に言葉を投げかけてみる。

 

「普段であれば……一定時間暴れると元に戻ります。それ以外の方法にあっては、存じ上げません」

「……そうですか」

 

 やはり実力行使しかないようである。

 ヘルメスが多少のダメージを受け入れる覚悟を決めていると――動く者がいなくなったのを確認したシャルティアが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に駆け出していく。

 やがて、洞穴の壁に行き当たったかと思うと、振り返りながら叫ぶ。

 

「にげぇえええみぃぃぃいいちぃぃかああああ!」

「……逃げ道?」

 

 シャルティアの睨んだ先にあった壁の一角だけは真新しい土で埋もれており、気になったヘルメスが鼻をひくつかせると、僅かに外界の空気が漏れ出ているのに気が付く。

 通った後で、出入口を埋めるギミックが仕込まれていたのだろう。

 てっきり洞穴は入口からの一方通行だと思っていたヘルメスは嫌な汗をかく。

 多少シャルティアが暴れようと、目撃者さえいなければよいかと考えていたが、抜け道があるのであれば話が変わってくる。

 ナザリックの存在が明るみに出るのはまずい。

 モモンガの計画として、いずれ表に出ることになるにせよ、今このタイミングで虐殺好きの吸血鬼が表に出るのは、非常にまずい筈である。

 

「一応確認しますが、誰かこの場から逃げていたり……しますか?」

 

 全員ここに肉片となって散らばっています、という回答を期待したヘルメスであったが、吸血鬼の花嫁からの回答は非情なものであった。

 

「……ブレインという青髪の戦士が一人見当たりませんので、あるいは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 厄日だ。

 

 ヘルメスは今日という日の運の無さを呪いたくなる。

 洞穴の外に待機していた吸血鬼の花嫁から、冒険者らしき集団がこちらに向かっているという報告を受けたシャルティアが、更なる獲物を求め、今度は洞穴を全速力で戻っていったのだ。

 ヘルメスも、己にバフをかけながら後を追う。

 既に、視察がどうこうというレベルを超えている。

 目撃者である青髪の戦士を早急に追わなければならない上、山賊では無く、冒険者に手を出されると非常にまずいことになるのは容易に想像できる。

 頼むから間に合ってくれ、と祈りながら漸く出口に辿りつくも、既に何人かの冒険者達は地に伏しており、一人残った冒険者はどうやら女の様だった。

 

(ああ、くそ。間に合わなかったか!)

 

 最後の冒険者にシャルティアが迫るのを目撃したヘルメスは、冒険者に《睡眠/スリープ》の魔法を飛ばしながら、シャルティアに突っ込んでいった。

 体重を乗せた不意の突進にシャルティアは体勢を崩し、ヘルメスは視界の端で女冒険者が眠りに落ちるのを確認する。

 

「でざぁぁとのぉぉ!じゃああああまぁをおおお、するうぅぅうなぁあぁぁ!」

 

 お預けを喰らった形になったシャルティアに、鳩尾を思いきり蹴り上げられたヘルメスは、空高くにその華奢な身体を打ち上げられた。

 激しい痛みに悶絶しながら、ここでシャルティアを抑え込むと腹を決める。

 

「こんのッ……いい子にしろッ……!」

 

 数十人の人間を引き千切って血肉を貪ったシャルティアがいい子がどうかは置いておいて、とにかく血の狂乱の効果時間終了まで大人しくさせる必要がある。

 かと言って、攻撃魔法を加えれば、いよいよ本格的な戦闘が始まってしまうだろう。

 そう思い、魔法の使用を戸惑っていると、シャルティアは此方の思惑等知ったことかと告げるように、高位魔法の《朱の神星/ヴァーミリオンノヴァ》を放ってきた。

 

「あっづ……!」

 

 闇夜に鮮烈に輝く爆炎がヘルメスを包み、耐性を有してなお感じる熱量に思わず呻く。

 炎が身を焼く中、両手を地面に生える芝に突き、錬金術師専用魔法を唱えた。

 

「《環境(フィールド)魔法・茨の束縛/ホールド・オブ・ソーン》!」

 

 大地に自生する植物を触媒に、無数の芝がシャルティアを縛り上げる。

 シャルティアを中心に、半径10メートル四方の大地から茨のついた蔓がびっしりと巻き付くが、鋭い爪を振り回すことで拘束は数秒と持たずに解かれた。

 

「あああはははははははああ!ああぁぁそんでぇぇぇぇあげぇぇるうううう!」

 

 完全に我を失っているのか、それともヘルメスの存在をやはり面白く感じていなかっただけなのか、拘束を解いたシャルティアは、瞬時に間合いを詰めると、ヘルメスの顔面を目掛けて横蹴りを放った。

 寸での所で、両腕でガードをするも、慣性まで殺すことは出来ずに100メートル程吹き飛ばされ、幾つもの木々をなぎ倒して漸く停止する。

 静寂が支配していた森の中に、轟音が鳴り響き、羽を休めていた野生の鳥や獣たちが発狂したように周囲から逃げ出していく。

 舌打ちをしつつ顔を上げれば、同じ距離を跳躍一つで追いついたシャルティアが、隕石のような踵落としを繰り出す所であった。

 

「洒落になってないぞ、シャルティア!」

 

 慌てて転がり、横っ飛びに攻撃を避けると、シャルティアの踵が大地を割り、陥没させ、巨大な土煙が上がった。

 ヘルメスはアイテムボックスから中位魔法のリキャストタイムを緩和させるスクロールを取り出して使用すると《転移/テレポーテーション》を連続発動させ、シャルティアの怒涛の攻撃を回避していく。

 血の狂乱の影響か、シャルティアの攻撃は単調であり、回避には成功するが、その度に森と大地が爆音と共に崩壊していく様は、まさにレベル100の戦士に相応しい恐ろしい光景であった。

 大振りな攻撃の隙を盗み、《大治癒/ヒール》と《自動回復/ジェネレート》を唱え、体力を一度全回復させる。

 後衛職にとって、中途半端な回復の渋りは、死を招く。特に相手が高レベルの戦士職であれば猶更だ。

 

「くっそぉ……血の狂乱の効果時間長くないか?……ユグドラシルならとっくに終わっているのに……」

「あああははははあああ!たあああのしぃぃぃねええええ!」

 

 

 獲物をいたぶるのが心底楽しいとばかりに嗤うシャルティアの姿に、ふと、モモンガに《伝言/メッセージ》を繋ぎ、助けを求めてしまおうかという考えが脳裏をよぎるが、すぐに頭を振った。

 これだけの大失態が公になれば、どんな罰が待っているのか、部外者であるヘルメスには分からないし、これだけボロボロにされてもなお、ぺロロンチーノの話をした際の彼女の笑顔が忘れられなかったからだ。

 異世界に一人放り出され、軽いホームシックも経験したせいか、ユグドラシルを思い出させる存在にはどうも甘くなる自分を自覚する。

 なにより、彼女に何かあれば、ナザリック外部協力員として、モモンガに合わせる顔が無い。

 

(なんせ借りばっかり作っちゃったし、ナザリックでは贅沢させてもらったしなぁ……)

 

 豪奢な食事やスパを思い出しながら、思考がずれていっている事に思い至り、頬を張って気合を入れなおす。

 

「戦闘じゃ勝ち目ないし、もう力づくで押さえつけるしかないな……」

 

 ヘルメスは深呼吸を一度挟むと、突貫してくるシャルティアを睨みながら、錬金術師専用スキルを発動させる。

 

「スキル――『能力錬成/ステータス・トランスミューテーション』!」

 

 スキルを発動させると同時、ヘルメスは自己の持つステータス値のうち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 忍者等の隠密系ビルドの100レベル相当の素早さを得たヘルメスは、シャルティアの背後に一瞬にして回り込む。

 そして、背後からシャルティアを羽交い絞めにすると、今度は全ステータス値を物理攻撃力と物理防御力に全て注ぎ込む。

 

「ぐがががあああああ?!……はぁぁあなぁぁれぇろぉおおおお!」

 

 100レベルの戦士職ビルドに相当する筋力と防御力を得たヘルメスがシャルティアを締め上げる。

 シャルティアは我武者羅に暴れて藻掻くが、拘束が外れることは無い。

 

 特殊技術(スキル)『能力錬成』は、自身のステータス値を()()に能力値の再分配を行うスキルである。

 ユグドラシルにおいては、振り分けるステータス値を選択し、振り分け先を選ぶというコマンド作業があったことから多様される事の無かった死にスキルであったが、魔法同様、思うだけで使用できるこの世界においては、非常に使いやすいスキルとなっていた。

 無論、数値が100レベル相当の別職業になれたからといって、スキルは使用出来ないし、職業取得による恩恵も無いのだが、先程のように素早さに全振りしてボス級から逃走したり、耐久値に全振りして急場を凌ぐといった使い方の出来るスキルである。

 デメリットとしては、スキルであるのに、発動中はMPをごっそり消費するという燃費の悪さがあり、魔法である《完全なる戦士化/パーフェクト・ウォリアー》を取得した方がよっぽど効率は良い。

 

 なんにせよ、拘束に成功した今、ヘルメスに出来ることは――MPが尽きるまでの我慢比べであった。

 

「……暴れても無駄だ。神官職も選択しているお前じゃ、100%筋力に全振りしている俺には勝てない」

 

 少女を背後から羽交い絞めにするという、格好のつかないシチュエーションではあるが、ヘルメスは息を切らしながらシャルティアに宣言する。

 

「ああああああっ……はあああなぁぁせぇぇええ!」

 

 シャルティアは食いしばった口の端から血を流し、なおも必死に藻掻くが、拘束は外れない。

 ヘルメスも知らない彼女の切り札(エインヘリヤル)を使用すれば、この状況は簡単に破る事ができるのだが、血の狂乱に狂う身では思い至る事は無かった。

 

「うぐううううううう」

 

 拗ねた様な、唸る様な、そんな低い声がシャルティアの口から洩れる。

 

「ぐぎいいいいいい……いぃぃいやづだとぉぉ……おもっでたのにぃぃぃいいいい!」

「……シャルティア……」

 

 思ってもみなかったシャルティアの内心の吐露に、思わず力を緩めかけるが、気を取り直す。

 この捨て身の作戦は、ヘルメスのMPが切れた段階で終了するのだ。

 下手を打てば殺されるが、その際にはすっぱりと諦めてモモンガに助けてもらうしかなくなる。

 ガンガンと減りつづける自身のMP残量に内心冷や冷やしながら、ヘルメスは血の狂乱の発動終了時刻をまだかまだかと待ち続ける。

 

「シャルティア様!」

 

 ――と、声の方に顔だけを向けると、木々の間から二人の吸血鬼の花嫁達が見えた。

 派手に吹っ飛ばされたため、離れていた山賊のアジトから漸く追いついた様だ。

 

「貴様!至高の御方の友人といえど、シャルティア様になんという無礼を!」

「すぐに離れなさい!この下郎!」

 

 二人はその綺麗な面容を崩すと、鍵爪を立て、無防備なヘルメスの背中に切りかかってきた。

 当然レベル差からダメージ等無いが、誰の為にこんな事をしているのかを考えて欲しい。

 

「馬鹿!やめろ!ようやく取り押さえたんだから!血の狂乱が終わったら離すから!今はやめろ!まじで!」

 

 ヘルメスは動けぬ姿勢のまま、もはや「余裕のある知者」のロールを取り繕う事も出来ず、子供のように抗議の声を上げる。

 どこか弛緩した空気が流れ、シャルティアも抵抗を諦めたのか、大人しく荒い息をするだけになっていった頃であった。

 

 ぎゃっ

 

 ――と、吸血鬼の花嫁の一人が悲鳴を上げて倒れこんだ。

 そして、その視線の先には、見覚えのあるどこか懐かしさすら感じる装備に身を包んだ「人間達」が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「吸血鬼3体!……闇妖精が襲われている様だ!注意しろ!」

 

 集団の先頭。

 中世的な顔立ちをした若めの男が、声を張り上げ、槍を構える。

 全身鎧を身に付けているが、どこかで見たようなデザインのものであった。

 シャルティアやヘルメスと異なり、夜目が効かない人間達は松明を幾つも掲げ、陣形の様なものを築きつつあり、周囲が火の灯りに照らされる。

 人数は十二人程であろうか。

 無詠唱化した《生命感知/ライフエッセンス》から、そのうちの一人、先頭に立った男が飛び抜けてHP値――つまりはレベルが高い事を察知する。

 無論、自分やシャルティア程では無いが、この世界において強者といえるであろうその男に、警戒レベルを引き上げた。

 

「闇妖精!息はあるか!」

 

 間合いは保ったまま、その先頭の男が声を上げる。

 シャルティアを羽交い絞めにして地面に横たわったままの姿勢のヘルメスは考え込む。

 どうやら、人間達は吸血鬼の花嫁達に背中を攻撃されている自分を見て、襲われていると捉えたらしい。

 なんにせよ、とにかく今は邪魔である。

 どうしてこう、次から次へと事態が収拾しないうちに問題が起きるのか。

 こうしている間にもヘルメスのMPはガンガン消耗していっており、既に半分を切っている。

 トラブルに次ぐトラブル、次いで現れた不審な人間達。

 ヘルメスの頭脳が煙を吐き出しかけた時、腕の中でぐったりとしていたシャルティアが小さく口を開いた。

 

「……ヘルメス様。もう……大丈夫でありんす……大変なご迷惑を……おかけ致しました」

 

 消え入りそうな、元のシャルティアの声が聞こえてくる。

 わずかに震える肩は、顔を見ずとも泣いている事が伺えた。

 

「……そうか。良かった」

 

 ヘルメスはひとまず一つの問題が解決した事に安堵し、拘束とスキルの発動を解く。

 二人は立ち上がり、ヘルメスは倒れた吸血鬼の花嫁の一人の元に向かう。

 目には銀の矢が突き立っていたが、まだ息はあるようであった。

 

「《大致死/グレーター・リーサル》」

 

 不死属性の者を回復させる魔法をかけてやると、吸血鬼の花嫁は驚いた様な表情で起き上がる。

 そして、シャルティアがヘルメスの前で跪くのを見やると、花嫁二人もそれに倣って頭を垂れた。

 

「……まさか……仲間だったのか?」

 

 先頭の男は構えた槍の矛先をヘルメスへ向けると、警戒の色を強め、顔を顰めて問う。

 

「……私が襲われていると判断して射った矢でしょうから、この事で腹を立てるのは筋違いでしょう。今日はもう色々ありましてね。正直……もう疲れたのでこのまま立ち去って下されば追いません」

 

 ヘルメスは現在の心境をそのまま口にした。

 自身の影に潜ませたモモンガ謹製の影の悪魔を彼らの中に送り込み、後ほど様子を伺えばいいだろうとの考えからだ。

 

「そうはいきません……こんな危険な森で、()()()()()()()()()()()()()()()でもって我々を誘き出した貴方を……このまま見過ごすとお思いですか?」

 

(そりゃそうか……怪しさ全開だもんな)

 

 あれだけ派手に暴れまわれば気付くのも当然のことであろう。

 しいて言うのであれば、演技ではなく本当に襲われていたのだが、馬鹿正直に説明する訳にもいかず、ヘルメスはすっかり草臥れた頭を掻く。

 険悪な空気が流れ始めた頃、組まれた即席の陣形の奥から、奇抜な格好をした老婆が現れ、先頭の男を小突いた。

 奇抜といえば当たり障りがないが、言ってしまえば年不相応な、より具体的に言ってしまえば、老婆が来ていたのは際どいスリットの入ったチャイナドレスであった。

 そんな老婆が小さく会釈したことで、呆気に取られたヘルメスもつい会釈を返してしまう。

 

「大変失礼致しました。其方にもどうやら複雑な事情があるご様子……無礼を承知で、一つお尋ねしたい事がございます」

「……なんでしょう?お答えできる事ならお答えしますが」

 

 老婆は一度間を空けると、徐に口を開いた。

 

「……貴方様は、ぷれいやー様に相違ございませんか?」

 

 シャルティアの肩がピクリと反応する。

 この子は本当に嘘が下手だな、と可愛らしく思うと同時に、さて面倒臭いことになったぞと顔を顰める。

 ぷれいやーという単語を使うのは、現在のところ、スレイン法国の人間だけである。

 かつてカルネ村を襲った部隊を派遣した国であり、異業種の根絶を国是とした、ナザリックとは決して交わらないであろう存在だ。

 ヘルメスの沈黙を肯定と取った老婆は、やはりと呟き、さらに言葉を続けた。

 

「……以前に我が国が派遣した部隊の行いに、そのお心を痛められた事は承知しております。部隊長であったニグンからも説明を申し上げたと思いますが、全てはこの世界で人間が生き残るために必要と信じ、行った所業にございます……無論、我らの力が及ばない故の愚策であったことも認めましょう」

 

 老婆は、年齢を感じさせない力強さで声を張り上げる。

 

「ですが!我らの信仰する六大神と生まれを同じくする貴方様が、導いてくださるならば……このような愚策も振るわなくて済むようになるのです。どうか!どうか、お考えを改め、我らの国に来ては頂けないでしょうか?」

 

 考えを改め、という事はニグンに断りの返事をした事は知っているという事である。

 王国の獄中にいる筈の彼と、どうやって連絡をとったのかという部分に思考が反れる。

 なんにせよ、ヘルメスの中で返事は既に決まっているのだが。

 

「……悪いですが、あなた方の思想とは相容れないのです。お引き取り下さい」

 

 ヘルメスはフードを被りなおし、来た道を戻る様、手で示す。

 

「……左様でございますか。しかし、我らは貴方様との接触以外にも、別の命を帯びております故、しばらくはこの森で活動する事をお伝えしておきます……」

「――カイレ様!」

 

 話を黙って聞いていた先頭の男が、カイレと呼ぶ老婆に喰ってかかるが、老婆が片手を上げてそれを制する。

 

「――ですが……ぷれいやー様にも色々おりましてな……吸血鬼という悪鬼をしたがえる貴方様は……はたして、()()()なのでしょうな?」

 

 老婆が目を見開き、その言葉を口にした瞬間、先頭の男と背後にいた人間達が飛び出した。

 つい先ほどまで、シャルティアと取っ組み合いをしていたヘルメスからすれば、それは酷く緩慢な動きであった。

 

(味方につかないとあらば、拘束もしくは排除ということか。分かりやすい)

 

 もうこれは仕方ない。

 こちらはここまで譲歩をしたのだから、ここまでされて容赦をする必要はない。

 文字通り、一番槍として突貫してきた男の槍が目前に迫る。

 

「《道具分解/デコンポーズ・アイテム》」

 

 装備している鎧に反し、見すぼらしい槍の切っ先にヘルメスが触れると、槍はその形を失い、砂のようにボロボロと崩れ落ちた。

 錬金術師専用魔法により、アイテムは素材の状態に分解される。

 何の抵抗も無く、素材化したという事は聖遺物級以下の代物であったという事だ。

 

「な……に?」

 

 信じられないものを見た、という表情の男は体勢を崩しながらも後方に飛びのく。

 過去の慢心を反省し、一人も逃がさないと決めたヘルメスは続けて別の錬金術師専用魔法を詠唱する。

 

「《閉鎖空間錬成/クリエイト・フィールドオール》」

 

 フィールドを構成する全ての物質を触媒に発動するその魔法は、術者であるヘルメスを中心に半径約40メートルの空間をまるごと錬成し、効果範囲内の敵を封じ込める結界を作り出す。

 先程まで居た森をまるで切り取ったように、半円のドーム状の空間にヘルメスらと人間達が閉じ込められる。 

 見た事も無い魔法に囚われた事を察知した部隊は恐慌状態に陥るも、別の武器を隊員から借り受けた男が声を張り上げる。

 

使()()!」

 

 その声に反応し、カイレが両手を合わせたかと思えば、着ていたチャイナドレスが光を帯び、龍の刺繍から黄金の龍が顕現した。

 

 ぞわり

 

 ――と、嫌な予感がした。

 集団自体は大した事が無いのだ。

 先頭の男を除けば、せいぜいがレベル30前後であろう。

 であるならば、この悪寒の正体は、間違いなくこのチャイナドレス型のアイテムによるものである。

 

(どこかで見た気がする)

 

 そのぼんやりとした直感を切っ掛けに、思い出す。

 

 チャイナドレス。

 

 龍。

 

「……傾城傾国!」

 

 その能力は対象の絶対支配。

 破格の性能をもつ――世界級(ワールド)アイテムだ。

 

「ヘルメス様!」

 

 同じく危険を察知したのであろう、正気を取り戻したシャルティアがヘルメスの前に立ちふさがろうとするが、ヘルメスは押しとどめる。

 直後、黄金の龍の咢がヘルメスを捕らえ、周囲は光に包まれた。

 

「やったか!」

 

 声を上げたのは誰だったか。

 光の晴れた先、闇妖精が立ち尽くす姿を見て、術者であるカイレ以外の部隊員は勝利を確信していた。

 しかし、どうにも様子がおかしい。

 龍に打たれたはずのヘルメスは平然としており、手足を触り、自身の身なりを確認している様であったからだ。

 そして、何が起きたのか理解していないシャルティアは目を丸くしていた。

 

「何故だ……確かに発動したのに……何故支配出来ない……?」

 

 六大神より授かった神の業が通じないことに、カイレが大きく狼狽する。

 カイレの台詞の意味を理解した部隊は、彼女以上に狼狽し、再び恐慌状態に陥った。

 

「世界級アイテムは、世界級アイテムを持つ者には通用しない……いずれにせよ、驚きました。まさか世界級アイテムまで持っているとは」

 

 部隊員の何人かが武器を落とす音が鳴り響く。

 

「シャルティア。老婆の着ているチャイナドレスは世界級アイテムです。殺して奪ってください。他の連中は生きたまま捕らえましょう、お願い出来ますか?」

「御心のままに――至高なるヘルメス様」

 

 シャルティアは、馬車の中で見せたような素敵な笑顔を浮かべ、行動を開始する。

 

 閉鎖空間内の出来事は、外界に一切の影響を及ぼさない。

 如何な悲鳴も叫び声も、漏れ出る事は無い。

 

 その夜、森が再び騒がしさを取り戻す事は無かった。

 

 

 

 

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