王都リ・エスティーゼ。
リ・エスティーゼ王国の国王ランポッサⅢ世直轄の地であり、王国最大の首都である。
多くの商人や貴族の住まうこの土地は、商工業ともに栄えており、歴史を感じさせる町並みが広がっている。
そんな王都の一画、大通りに面した一等地に大きな宿屋が建っていた。
立地はもちろん、建物を飾る意匠からして、高級宿と見て取れるそれは、とある冒険者達の拠点である事が知られている。
宿屋の1階部分は酒場兼食堂となっており、店の最奥スペースに設けられた丸テーブルには、3人の女性達の姿があった。
彼女達こそが、この王都を代表する最高ランクの冒険者チームの一つ――アダマンタイト級冒険者『青の薔薇』のメンバーである。
本来は5人からなるチームなので、今この場には2人が欠けている事になる。
「あぁ?エ・ランテル?」
具沢山のスープを掬う匙を止め、大柄の女戦士、ガガーランは怪訝そうな表情を浮かべて声を上げた。
「そう。エ・ランテル」
対面に座る小柄の少女が返事を返す。
少女が身に纏っている服は、身体のラインが出るぴっちりとしたもので、脇や大腿部が大胆に露出した、いわゆる忍装束と呼ばれるものだ。
その容姿は十代半ば程度で、酷く幼く見えるが、諜報活動に長けた手練れの盗賊職である。
名をティナと言うのだが、彼女にはティアと言う、名前同様全く同じ外見を持つ双子の姉妹がおり、彼女らを見分けるのは至難の業だ。
「……帝国との戦争における要所だな。そんな都市が最近騒がしいとは、随分きな臭い話だな」
真っ赤なフード付マントを羽織り、顔を白磁の仮面で覆った少女――イビルアイが口を開く。
仮面の下から響く声は、落ち着いていながらも幼さを隠せない声色であり、不遜な言葉遣いとのチグハグ感が否めない。
青の薔薇の中で最も小柄な彼女だが、他のメンバー達と比較して、一人飛び抜けた実力を持つ魔法詠唱者だ。
「一番のニュースは、最近エ・ランテルで新しいアダマンタイト級冒険者が生まれた事」
ティナは、町で収集した情報を得意げに語る。
最近、とある事情で王都を離れていた青の薔薇は、久方ぶりにホームである王都で束の間の休暇を過ごしているのだが、暇を持て余した諜報のプロであるティアが、不在の間の出来事や巷の噂話やらを収集してきた所なのであった。
「へぇ!そりゃ良いニュースじゃねぇか!どんな奴らなんだ?」
エ・ランテルは王国の東端にある城塞都市であり、王国からはそれなりの距離がある為、あまり頻繁に足を運ぶ機会の無い土地である。
そんな土地にアダマンタイト級が誕生したとなれば、王国全体をカバーするという意味でも、非常に喜ばしいニュースではある。
「それが非常にミステリアス。一人は兜で顔を隠す全身鎧の戦士。もう一人は超絶美人の魔法詠唱者。『漆黒』と呼ばれるツーマンセルのチームらしい」
「……なんだそりゃ。噂に尾ヒレがついてんじゃねぇのか?」
「二人一組の冒険者なんぞ、聞いた事が無いな。成り立たんだろう」
通常、冒険者は最低でも4人で構成されている事が多い。
戦士職、魔法職、盗賊職、神官職。
単独で依頼を遂行する冒険者には、戦闘に回復、斥候といった様々なスキルを要求されるからだ。
戦士職のみで構成したところで、回復訳がいなければ息切れしてしまうし、サポート職ばかりでは荒事に対応できない。
それが、エ・ランテルに誕生したアダマンタイト級は、戦士職と魔法職のみ。
どう考えても、冒険者チームと呼ぶには、バランスが悪い。
「組合にも裏はとった。トブの大森林の賢王を服従させ、ズーラーノーンの計画を看破してのアンデッド討伐。僻地の森に現れた上級吸血鬼の退治。最近ではギガントバジリスク討伐なんかもやってのけたらしい」
「ギガントバジリスクだ?それを二人でって……どんな化物だよ、その二人は」
「……にわかには信じがたいな。それに、それだけの出来事がエ・ランテルで集中発生しているというのも怪しい」
ティナも当然、眉唾モノだろうと考えた為、冒険者組合関係者に確認をとったのだが、得られた証言はどれも真実であるとの回答であった。
だからこそ、この短期間でアダマンタイト級として認められたという事なのだろう。
「そもそも、あそこは精々がミスリル級の、小粒な連中しかいなかった印象だが……」
「それが、ある日突然現れたらしい。だからミステリアス。とっても人気者」
「……まぁ、本当にそんな連中が突然現れりゃヒーローにもなるわなぁ」
誰ともなく、溜息が漏れる。
最近の自分達の不甲斐なさを想うと、颯爽と現れ、華々しい活躍を見せる新人が羨ましく思えるというものだ。
最近まで王都を離れていた理由――それは、この王国に巣食う”闇”に他ならない。
黒粉と呼ばれる麻薬生産拠点の殲滅。
それが現在、青の薔薇が取り組んでいる活動であった。
王都周辺の拠点を飛び回り、見つけては焼き払っているのだが、外れも多い上に、なんせ数が多すぎる。
「あ。あともういっこ。バレアレばあちゃんのお店が販売し始めた薬が凄いらしい」
暗くなった雰囲気を払拭する様に、ティナが人差し指を立てながら報告する。
「バレアレばあさんの?あぁ、ポーションならあの店がピカイチだったな」
「……あの第三位階まで行使する薬師の店か。小僧にやったポーションもあの店のだったか?」
ガガーランは、豪傑な戦士であるが、武具や消耗アイテムの準備を怠らない性である。
そんなガガーランが認めた数少ない店の一つが、バレアレ薬品店であった。
値は張るが、確かな効能と品質が約束された優良店だ。
「治癒ポーションだけに限らず、安価な胃腸薬や頭痛薬。噂では精力剤なんかも売り始めたとか」
「はぁ?あのばあさん、なんでまた手を広げたんだ?」
「し・か・も、最近新人君が弟子入りしたらしく、それがまた、超絶可愛い闇妖精らしい」
報告をするティナの頬は僅かに赤みを帯び、口の端から、唾液がつうと垂れる。
幼いながらも整った容姿が台無しであるが、彼女は極度のショタコンであった。
「闇妖精だと?また珍しい種族の奴が、弟子入りしたもんだな」
「店番に出るのは不定期らしい。外見年齢は15、6とか。闇妖精だから見た目の外見と一致するとは考え辛いけど、逆に考えればいつまでも美少年。時折変な事を口走るらしいけど、そこもキュート。出自も不明らしいけど、そこもミステリアス。ばあちゃんに傷物にされる前に私が貰ってあげねば。いや貰うべき。いつエ・ランテルに発つ?」
「おい、落ち着けティナ。顔がやべぇよ。涎拭け、涎」
「この変態姉妹どもは……」
急に早口になる
どうやら、この件については随分と細かな部分まで調査したようだ。
ちなみに、ティナはショタコンであるが、ティアはレズであり、嗜好は異なるが、変態としての強度は似たようなものである。
「ふん……まぁ、エ・ランテル方面にも例の麻薬は蔓延っているからな。いずれ向かう機会はあるだろうから、顔を合わせる事もあるだろう」
「イビルアイの言う通りだな。その時まで、ばあさんが手を出してなけりゃいいが……。闇妖精の坊やってのは見た事ねぇが、やはり初物ってのは極上だからな」
「なんの話をしている!例の冒険者の話だ!」
イビルアイが立ち上がり、テーブルを両の手で叩きながら叫ぶ。
ガガーランは所謂
「ガガーラン。それは聞き捨てならない。ヘルメスきゅんの初めては私が美味しく頂く」
「お前、名前までもう調べてあんのかよ!いいだろ、別に。初めてがお前とか、きっとトラウマになるぞ。やさしさが必要なんだよ。初めてってのには」
「ガガーランこそ、壊しかねない。少年は繊細。私が丸1日かけて、じっくり、たっぷり教える方がいいに決まっている」
「馬鹿。お前、丸一日もかけてたら枯れるっつうんだよ。闇妖精の性力なんて知らねぇが、男は組み敷いてやって、ガツンと一気に抱いてやるのが一番なんだよ」
「そこはテクニック。ねぶる様に時間を掛ければ、それだけ頂の快楽は増す。もう許してと泣き出してからが本番」
闇妖精は童貞である、という前提の元に会話の応酬が始まる。
話が変態談義に発展し、イビルアイはもはや何も言うまいと天井を仰ぎ見る。
なんでうちのチームには、リーダー以外、変態しかいないのか、と仮面の下で顔を顰めながら。
◆
青の薔薇のリーダーであり、貴族位も持つ令嬢、ラキュース・アルベイル・デイル・アインドラ。
艶のある金の流れる髪に、翠色の澄んだ瞳を持ち、容姿端麗にして、類まれな剣と魔法の才能に恵まれたという、天に二物も三物も与えられた才女である。
そんな彼女は現在、同じチームメイトであるティアと共に、王都最奥にそびえたつ王城――ロ・レンテ城の一室にいた。
白を基調としたドレスに身を包み、優雅に紅茶を嗜む姿は、とてもアダマンタイト級冒険者の頭を務める人物とは思えない程の優雅さを持っていた。
同行したティアはと言えば、こちらはいつもと同じ忍装束に身を包み、その脇の床上に座り込んでいる。
「お疲れ様、ラキュース。いつもごめんなさいね、急に呼び出して」
ラキュースの向かいに座る人物、この国の第三王女――ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフは、ラキュースに労いの言葉を掛ける。
”黄金”と称される由来である、黄金の髪は長く後ろに艶やかに流れており、唇は微笑を浮かべた桜の花の如く、色素は薄いが健康的な色合いをしている。
絶世の美女という言葉が陳腐に感じられるほど、美しい容姿を有した彼女は、城の内外を問わず、人気のある人物であった。
彼女とラキュースは、宮中で知り合った友人同士である。
「構わないわよ。もっと頼ってくれてもいい位なんだから」
ラキュースは紅茶に一口嗜むと、カップを静かにソーサーに戻す。
「そうそう。もっと色々と頼ってくれていい。報酬も美味しい」
「あら。今日はティアさんなんですね。珍しい」
容姿の判別が難しい双子を、ラナーは一目で見抜いた。
「よく分かったわね。ラナー」
毎日顔を合わせているラキュースでさえ、見分けるのが難しい双子の区別を、こうして時々顔を合わせる程度のラナーが見抜いた事に驚いた。
如何にもお人好しな王女然とした雰囲気の彼女は、その見た目に反して優れた頭脳と洞察力を持っているのだ。
「ふふ。声が少し違いますし、ティナさんであれば、部屋に入ってきた際に、クライムにちょっかいを出す筈ですから」
扉の前で仁王立ちしていた青年――ラナーの傍仕えであるクライムは、突然自分の名前が出た事に動揺し、僅かに鎧を軋ませた。
「確かに。もう育ち過ぎ。位は言いそう」
「ティア……クライムは犬じゃないのよ……」
「そうですよ。わんちゃんよりもクライムの方が凄いんですから」
「ラナー、ちょっと黙ってて」
話が脱線し始め、ラキュースは頭を抱える。
第三王女であるラナーは、力――そう、権力の中枢において振るう力を持ち合わせていない。
類まれなる頭脳を持ちながらも、自分の意思で動かすことの出来る重役や、軍を持っていないのだ。
彼女の優れた頭脳は、この国の施策にも大きく影響されているが、中には新しすぎたり、既得権益を刺激する様なものが多く、全てが通る訳では無い。
そんな中、現在、ラキュース達がこうしてラナーの元を訪れる理由。
それは、王国内に蔓延る黒粉と呼ばれる麻薬の根絶のためだ。
麻薬の蔓延には、『八本指』という裏組織が関わっており、嘆かわしいことにその組織と王国貴族の一部は癒着していた。
その為、貴族の横槍が入り、表だっての麻薬根絶活動を行う事が出来ない為、ラナーの頭脳を借りながら、少しずつその拠点を潰して回る活動に従事しているのである。
それなりの成果を上げてはいるが、組織が大きくなりすぎてしまい、もはや焼け石に水、いたちごっこの様相を呈していた。
ラキュースは、今回の遠征で行った黒粉栽培畑焼き払いの成果を報告する。
こちらの動向を察知してか、段々と警備が厳重になっていること、手口が複雑になってきていることも忘れずに伝えた。
そして、その拠点で手に入れた一つのメモをラナーに渡す。
「もしかしたら、別の拠点に繋がるヒントでもあるかと思うんだけど……どう?」
「……」
ラナーはしばし、そのメモを眺める。
「……暗号のようですが、解読には少し時間がかかりそうですね。お預かりしても?」
「ええ、もちろん」
頭の切れるラナーの事である。
時間がかかると言っても数日の内に、解読してのけるだろう。
その後、宮殿内のメイド達を介して収集した、八本指に関する情報や、宮中の動きについて情報のすり合わせを行った。
お互いの情報の遣り取りを終えた頃には、結構な時間が経過しており、窓の外にはオレンジの陽が差し掛かっていた。
ラナーはメモ用紙を大事そうに懐に仕舞うと、さて、と手を顔の前で叩いて笑顔を浮かべる。
「――難しいお話はこれ位にしましょう。ラキュース。実は面白いお話を聞いたの」
「え?面白い話?」
突然、話題が切り替わったことにラキュースは面食らう。
が、彼女がコロコロと話題を変えるのはいつもの事である為、特に気にせず先を促す。
「なんでもメイド達の間で、とある化粧品……というかお薬が流行っていてね。お肌がつるつるになったり、お通じが良くなったり、とにかくとっても良く効く薬なんですって」
「あぁ。また美容ブームってわけね」
暗い話題から一転、いかにも女性らしい話題を持ち出したラナーに、ラキュースは苦笑する。
ラナーやラキュースはもちろん、宮中内外を問わず、王国女性は美容や流行に敏感である。
やれどこの化粧品が素晴らしい、やれあの店の商品が素晴らしい、と流行の風は常に変化しており、それに乗ることは一つのステータスでもあった。
特に、美容に直結する話題は、定期的に流行っては廃れる、というループを繰り返す人気のコンテンツである。
「それがね。本業がポーション屋さんなだけあって、本当にすごい効き目らしいの!クチコミで評判が広まって、今じゃお店に行っても中々手に入らない位なんですって!」
「ポーション屋……?へぇ、王都のどこら辺なのかしら?」
ポーションやマジックアイテム関連は、ガガーランやイビルアイが詳しいが、そんな店に心当たりは無かった。
「それが王都じゃなくて、エ・ランテルにあるお店らしいの」
「エ・ランテル?」
エ・ランテルと言えば、帝国や法国との境目にある都市であり、王都からでは馬を使っても数日はかかるだろう。
随分と遠いお店が流行っているものだとラキュースは不思議に思う。
都市を跨いで話題になっていると考えれば、その店の評判も本物という事かも知れない。
「ただ、噂の中にちょっと気になることがあって……その……殿方の……」
「殿方の……?」
「その……元気になるお薬……というのも売っているそうなの……」
「あぁ。殿方のって、そういう……」
言いづらそうに言うラナーは顔を紅潮させ、ラキュースもつられて赤面する。
そして、何故か関係が無い筈のクライムまで紅潮していた。
「鬼リーダー。むっつり」
「う、うるさいわね!」
それまで黙っていたティアが、軽口を叩いた。
「そ、それでね。思ったんですけど、そんなお薬があるって知ったら、彼ら……『八本指』達が目をつけるんじゃないか。と思いまして」
「……成程。娼館を運営している連中ね……」
ラナーの提言により、現在、王国では奴隷売買が禁止されている。
その煽りを受け、人身売買に関わる犯罪は減少傾向にあったのだが、隠れ蓑として、女性の性を商品とした闇営業の娼館が問題となっていた。
そして、その元締めを行っているのが、八本指という組織なのだ。
麻薬に限らず、裏社会の闇を牛耳る八本指は、今やこの王国を飲み込まんとする程に大きな組織となっている。
「それだけ効能が高いと評判のお店であれば、そういった強壮剤等の効果も高い筈。薬の買い占めとまでいかずとも、店に対して何らかの強請りや商品の融通を強要する可能性は高いと思います」
「王都でも、一部の店では、みかじめ料と称して強請りを受けることもあるって言うしね」
ラキュースは、言いながら舌打ちをしたくなる。
汚れを知らないラナーの前である為、敢えて触れなかったが、八本指の娼館の中には、「女性を痛めつけることで得られる快楽」を提供する店もあるという噂がある。
そういった店にとっては、強壮剤の類に限らず、安価であれば回復薬の類も重宝するだろう。
「ですので、ラキュース。このエ・ランテルのお店の事を少し調べて来て頂けないでしょうか?」
「……そうね。黒粉方面からだけでなく、そっちの方面から色々探りを入れてみるのもいいかもしれない。そろそろ手詰まりだったし」
娼館という、土地に根差した商売であれば、黒粉以上に地域の権力者との結びつきは強いかもしれない。
戦争含め、国の事柄には関与しない、という冒険者の立場でどこまで出来るのかは分からないが、ラキュースは、この心優しい友人の為にも弱気なところを見せるわけにはいかない。
「任せて。やれるだけやってみるわ」
「……ありがとう」
ラキュースの言葉に、ラナーは微笑む。
その笑みは、頼もしい友人に向ける信頼から来るものだったのかもしれない。
或いは――
◆
「いやぁ。今日も大盛況だったね、ばあちゃん」
「師匠と呼びな、バカたれ」
夕刻のバレアレ薬品店。
棚の片づけをしながら、ヘルメスはリィジーに尻を叩かれる。
既に店の外には「閉店」の札が掛けられ、営業を終了した店内には穏やかな空気が流れていた。
「すごいなぁヘルメスは。新薬を次々と作り出すんだもの」
床の掃き掃除をしながら、孫のンフィーレアが言う。
「あはは。まぁ、お店の足しになればと思ってね」
「やめな、ンフィーレアや。こいつはすぐに調子に乗りよる」
錬金器具であるガラス製のフラスコやシリンダーを磨きながらぼやくリィジーも、口の端が持ち上がっており、満更でも無い様子であった。
現在、店の収益は、店舗始まって以来の右肩上がりである。
それというのも、全てはヘルメスの開発した新薬によるところが大きい。
今まで、バレアレ薬品店で扱っていた商品は、冒険者や貴族御用達の高級ポーションが主であった。
治癒ポーション、行動阻害のポーション、毒消しのポーション等、いずれも非常に値が張るものばかりである。
そこで、ヘルメスが「手を加える」事で、それらの品質を更に高めると共に、一般人にも手に入れやすい新商品に着手し始めたのである。
ヘルメスが目を付けたのは、薬草等を解析した際に判明する、様々な
例えば、今の季節に採取する薬草の代表は、エンカイシというものであるが、このエンカイシを解析すると、
治癒効果(微)、解毒効果(微)、便通改善(小)、依存性(微)
という解析結果が得られる。
これらの内、一般的な治癒ポーションを錬成する場合、治癒効果の部分を抽出していく訳だが、ノイズとなるその他の効果を上手く抽出し、別の薬を作成したのだ。
初めに試したのが、便通改善の部分を抽出して作成した、いわゆる便秘薬である。
何故か便秘に悩んでいるというニニャに試してもらった所、効果てきめんとの回答が得られた事から、他の効果も色々と試してみた。
店中の様々な種類の薬草をかき集め、同じ要領で、酔い止め、肌質改善、果ては男の自身を取り戻す強壮剤――などの作成に成功した。
更に、ポーションの形に拘らず、粉末、錠剤にしてみたりと、様々な工夫を凝らして加工を試みた。
この辺りは、ゲームシステムに縛られる必要がなくなった事で実現可能となった技術である。
もちろん、ヘルメスのスキルである『効能抽出』を使用すれば、一発大量生産が可能なのであるが、そこはこの世界の技術レベルに合わせ、煮沸や常温抽出等、創意工夫で試行錯誤した。
ただし、ここで注意すべきは「やり過ぎない」様にすることである。
例えば、治癒ポーションに関しては、ヘルメスのスキルや魔法を持ってすれば、赤色のユグドラシルポーションを錬成する事が可能だが、そんな事をするつもりは無い。
ユグドラシルポーションを納める先は、ナザリックだけで良いのだ。
新しく開発した薬に関しても、効果が即発動するような尖った効果にならない様、微妙な効能を示す程度に調整している。
無論、調整したところで、この世界に存在する薬の効果はたかが知れている為、こうして評判になっている訳だが。
新薬はポーション材料のあまりで錬成できる為、コストを抑え、一般人でも辛うじて手が出せる様な価格帯で売る事が出来る訳である。
ちなみに、新薬にこの絶妙な価格をつけたのは、リィジーである。
「安売りする必要はない」と黒い笑いを浮かべたリィジーは、安過ぎず高すぎずの価格で売り出す事で、莫大な利益を上げていた。
この辺りの見極め、長年にわたって老舗を営んできた商売人なだけはある。
なんにせよ、今やバレアレ薬品店は、冒険者が稀に訪れる近寄りがたい店ではなく、貴族から一般市民までもが訪れる繁盛店と様変わりしていた。
「新薬の噂、凄いらしいよ。今日なんて、わざわざ王都から買いに来たって人もいたよ」
「へぇ……王都ねぇ。そんな遠い所から。クチコミってのは凄いもんだね」
王都。
この国の王が住まう都市である。
ナザリック勢にとってはともかく、この世界の人間にとってはかなりの距離の筈である。
(王都か……そういや、あのガゼフのおっちゃんからまだ報酬貰ってなかったなぁ)
すっかり守銭奴の思考になったヘルメスの脳内に、ふと《伝言/メッセージ》が繋がる感覚が生じた。
『――ヘルメス様でしょうか?』
『ん?この声……ソリュシャン?』
伝言の相手は、現在、セバスと共に、エ・ランテルから王都へと活動の拠点を移したソリュシャンであった。
ヘルメスはリィジーらに悟られぬ様、物陰に隠れながら会話をする。
『どうしましたか?あなたが連絡してくるとは珍しい』
『……』
『ソリュシャン?』
『セバス様に……裏切りの可能性があります』
『…………はいぃ?』
青の薔薇の面子が、書いてて楽しすぎます……