錬金術師世に憚る   作:みずのと

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もう忘れられているだろうな…と思いつつの投稿。
14巻発売おめでたい!


第27話 蒼の薔薇

 

 

 人間は学習する生き物である。

 過去の失敗を反省し、次はどうするべきか思考する事が出来るのだ。

 

 自分と同じく、異世界に転移したきた友人(ヘルメス)は、モモンガから見れば、失敗の連続で見ていてヒヤヒヤするものがある。

 その大本の原因ははっきりとしている。

 報告・連絡・相談――ホウレンソウの不徹底だ。

 そんな彼が、過去の数ある失敗を経て、社会人の基本である報連相を実践しているという事実に、モモンガは感動すら覚えていた。

 

「――なるほど、セバスがそんな事になっていたとは。よく報告してくれました。ありがとうございます」

 

 決済業務――アルベドから提出された書類に目を通してハンコをつくだけの、本来なら簡単であってはならない筈の簡単な仕事――をこなしながら、モモンガはヘルメスからの《伝言/メッセージ》による報告を受けていた。

 ヘルメスによれば、王都で商人に偽装して情報収集中のセバスが、奴隷と思しき少女を匿っており、それをネタに悪徳役人どもに強請られているとのことであった。

 

(まぁ、あのたっちさんが創造したセバス(NPC)だしなぁ。大方ほっとけなくて、拾ってきたとかそんな感じだろうな)

 

 セバスの行動に、かつての仲間の姿を見たような気がして、モモンガは笑むことの出来ない骨の身でくつくつと笑う。

 とはいえ、セバス班がそれなりのトラブルを抱えているのは問題である。

 ヘルメスに徹底して指導していた報連相問題が、まさか忠誠心高き守護者格から出るとは思ってもいなかった。

 

『……どうする?俺のほうでなんとかしようか?多分、モモンガさんには失態を晒したくなくて、こっちに連絡してきたっぽいし』

 

「んー。でも今、ヘルメスさんアイテム関連で忙しいしなぁ。デミウルゴスあたりに相談してみますよ」

 

 その後、簡単な近況報告を終え、《伝言/メッセージ》を終える。

 ふぅ、と一息つき、手が止まっていた決済業務を再開したところで、隣に控えていたアルベドが口を開いた。

 

「……ヘルメス様でしょうか?」

「うん?あぁ、そうだ。ちょっと王都関連で報告があってな」

 

 絶世の美女が隣に控え続けるというのは、真の魔法使いであるところのモモンガとしてはつらいものがあるのだが、書類の捕捉や確認を是非共同で行いたい、と本人の強い希望もあり、もはや慣例となりつつある。

 

「トラブルであれば、すぐに私の方で対処いたしますが」

「まぁ大したものではないが……そうだな。後でデミウルゴスも交え、対応を検討するとしようか。お前の知恵を貸してもらうことになるだろう」

「まぁ!私は、守護者統括として当然の進言をしたまでです!どうぞ!どうぞ、なんなりと、この身、この頭脳、全てをモモンガ様のご自由にお使いください!なんなら、今からでm」

 

 天井の八本肢の暗殺蟲が、わずかに身動ぎしたあたりで、モモンガは手でもって興奮しだしたアルベドを制止する。

 気付けば身体をくねらせたアルベドがモモンガの座る椅子に、しなだれかかっていた。

 これさえなければ、とモモンガは何度目かも分からない台詞を己の中で呟く。

 

「それにしても、ヘルメスさん加入によるアイテム関連の生産性拡充は目覚ましいものがあるな」

 

 ユグドラシルトップ錬金術師であるヘルメスは、その能力とこの世界における錬金術の技術習得により、ユグドラシルポーションはもちろん、第二位階まで使用可能なスクロール、その他消費アイテムから、本来作成にはツールが必要なオブジェクトアイテムの納品まで手を広げていた。

 現地通貨の融通もしてもらっており、バレアレ薬品店のお給料から分けてくれている分だけでも相当な額だ。

 一方で、その対価には僅かなユグドラシル金貨と、料理長のおいしい食事(おやつ含む)だけだと言うのだから、ナザリック貢献度で言えば文句なしの一位である。

 ヘルメスが唯一作り出すことが出来ないのが、ユグドラシル金貨だというのも、錬金術とは皮肉なものだ。

 

「ヘルメス様は素晴らしい錬金術師ですね」

 

 アルベドは、アイテム在庫の数字がまとめられた書類に触れながら呟く。

 

「そうだろう。いや、本当に敵対せずに済んでよかったとも」

「ええ……本当に」

「そういえば、牧場を建設中と言っていたな。高位階に耐えうる羊皮紙用の羊を作りたいらしい。闇妖精同士、アウラなんかとも上手くやれているようだな」

「……」

「もう人間の街なんかじゃなくて、ナザリック(こっち)に住めば、よっぽど仕事も楽だろうにな」

「……」

 

 思わず漏れたモモンガの本音。

 執務室には僅かな間が生まれた。

 

「……モモンガ様。ヘルメス様は錬金術師として、この世界の技術を習得するという崇高な務めがございます。あまり我儘を言われては、ヘルメス様もお困りになってしまいますよ」

 

 アルベドは口の端をわずかに持ち上げた、慈母と見まごう微笑を称えながらモモンガに苦言を呈する。

 美人は何をしても絵になるというが、咎める姿すら魅力的に映るのは、もはや反則ではないだろうか。

 

「はは。そうだな、それは贅沢な希望であったな」

「さ、モモンガ様。執務の続きを致しましょう。明日はまたエ・ランテルに行ってしまわれるのでしょう?それまでは、このアルベドいつまでもお手伝いをさせて頂きます。守護者統括として――いえ、妻として!」

「……そ、そうだな。ううむ、では次の書類をたのむ」

 

 咳払いをしながら話を逸らすモモンガは、机上の書類を纏め、わざとらしく捲っていく。

 

 

 モモンガは気付けない。

 アルベドが浮かべた瞳の奥の暗さに。

 

 モモンガは気付かない。

 嫉妬という感情の重さに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お客さんらさぁ……もう閉店時間になるんだよね。……冷やかしなら帰ってくんないかなぁ」

 

 閉店間際のバレアレ薬品店。

 窓からは橙色の夕日が差し始めたころ、ヘルメスは店の隅で商品を眺めていた少女らしき人物に背後から声を掛ける。

 少女らしき――というのも、ヘルメスよりも頭一つ低い背丈のこの人物は赤いフード付マントに全身を包み、白磁のマスクによって顔を隠した不審人物であったからだ。

 

「……失礼な。私や私の仲間達は、ここの上客だぞ。リィジーバレアレに聞けば分かる」

 

 思っていた以上に幼い、かつ不遜な言葉遣いをする少女であった。

 リィジーとンフィーレアは今日も隣町まで出張中であった為、確認のしようも無い。

 最近はすっかり店を任されており、ヘルメス一人で店番につく事が珍しくなくなっていた。

 

「そういうのは口に出したら無粋ってやつだぜ、イビルアイ。それに、兄ちゃんもよ。久しぶりに来たら店の品揃えが随分と増えてるからよ。もちっと見させてくれや。な?」

 

 ヘルメスの肩に手を置き、撫でる様にさすりながら、少女を庇うような言動をするのは殴打武器を担いだ大柄の女戦士であった。

 初対面なのに馴れ馴れしい上、妙に顔も近い気がする。

 

 見た目からして対照的な二人は、閉店間際の店に顔を出すなり、買い物をする素振りも見せぬまま、店内を物色し続けている。

 今日は忙しく、昼食を取れていない為、さっさと店じまいをして食事を取りたいヘルメスとしては、さっさとお引き取り願いたいというのが本音であった。

 

「……それにしても兄ちゃん、本当にかわいい顔してんなぁ」

 

 そんな事を言いながら、ガガーランと呼ばれた大柄の女戦士が、肩に置いた手をスライドさせてヘルメスの首筋に指を這わせた。

 

「ひぃ……ッ」

 

 鳥肌が立ったヘルメスは、思わず力を込めて、その手を振り払う。

 大きな体躯のガガーランが、腕を弾かれた勢いそのままに、床を転がった。

 

「うおっ!まじかよ。兄ちゃん見た目によらず、力あんなぁ」

 

 さすがは戦士と言うべきか、流れるように受け身をとったガガーランは、身体を捻りながら顔を上げ、驚愕の声をあげる。

 

「……何をしているんだガガーラン。……すまないな。仲間が失礼をした」

「いや、本当ですよ。なんなんですかいきなり」

 

 はっきりと貞操の危機を感じた。

 女戦士に代わって謝罪をしてきたイビルアイは、格好こそ奇抜であるが、常識は持ち合わせていそうである。

 

「時に……最近バレアレ店が取扱い商品を増やしたのは、お前が関係しているのか?」

 

 前言撤回。

 初対面の人間を「お前」呼びする非常識人である。

 それ以前に、言葉遣いが全体的に尊大である。

 ――もしかしたら『そういうお年頃』なのかもしれない。

 

「まぁ……そうといえばそうですが。あんたら本当に買物する気ないなら帰ってくんないかなぁ」

「という事はお前は魔法詠唱者か。ちなみに何位階まで扱えるんだ?」

 

 こちらの進言を無視して、ずけずけと仮面ロリっ子が質問をする。

 これも接客業と思い、ぐっと堪える。

 

「――第三位階を修めています。錬金術師として、このお店にお世話になっている次第です」

 

 ほぅ、とガガーランの方から息を飲む声がきこえた。

 

「成程。その歳で第三位階とはかなり優秀なんだな……いや、闇妖精だからそれなりの年齢なのか?……まぁ店が繁盛するのも納得だ」

「店主のばあさんと同位階か……なるほどねぇ」

 

 この世界の一般常識や適性レベルに関する情報は、『日刊なざりっく』やンフィーレアらからの世間話で得ているため、弱すぎず、かつ舐められることが無いという理由から、ヘルメスは第三位階まで行使できる、と説明することにしている。

 

「ヘルメスきゅん。弟とかいたりしない?」

 

 店内に居座る集団の最後の一人、忍者装束の少女が、背後からヘルメスの尻をさすりながら耳元で囁いた。

 ちっちゃい方の痴女である。

 痴女大、痴女小、厨二娘、の三人組である。

 客を選べないのが、接客業のつらいところだ。

 

「……いませんよ。仮にいたとしても、絶対にあなたには言いませんよ」

 

 ヘルメスが手を払おうとすると、忍者娘は軽い身のこなしで距離をとった。

 色々と際どい部分の肌が露出した忍者衣を身にまとい、非常に整った容姿をしている彼女は、心底残念だという表情を浮かべている。

 忍者の職業(クラス)取得には、それなりのレベルが必要な筈であるが、彼女のレベルは大したことが無いように見える。

 ユグドラシルの常識が通じないこの異世界のことであるから、なんかしらのカラクリがあるのかもしれない。

 

「残念。ヘルメスきゅんは少し育ちすぎ。素材は悪くはない」

「……帰ってくれ。頼むから」

「ティナ、お前そりゃ贅沢ってもんだろ。こいつぁ上物の童貞だぜ?」

「ち、違」

「素材は悪くないといった。キメが細かい褐色肌。水も弾きそう」

「やめ」

「まずは顧客との信頼関係の構築!それが接客業ってもんだ。例えば兄ちゃん、今晩どうだい?毎日ばあさんと顔突っつきあわせてんじゃ溜まってんだろう」

 

 ガガーランが再びヘルメスに接近してきた。

 ヘルメスに対する軽口や、ちょっかいを侮辱と受け取ったのか、()()()()()()()()影の悪魔(シャドウデーモン)が僅かに殺気立っているのを感じ、少し焦り始める。

 どうやったら帰ってくれるのか、思案していたところ――

 

「――ま、冗談はさておき、この最高級治癒ポーション3本ほど、見繕ってくれや」

「私も」

 

 さっきまでのふざけた雰囲気を霧散させ、ガガーランとティアが金貨をじゃらりとカウンターに積んだ。

 繰り返すが、ポーションは高級品である。

 個人で数本をまとめ買いなど、そうそう出来る事では無い。

 

「長く冒険者やってっとよ。ある程度、目利きも利いてくるんだ。今、この店に並んでるポーションをざっと見てみたが、間違いなく今までみたどのポーションよりも上等と来た。俺ぁ、こういうのには金掛ける主義でよ」

「ヘルメスきゅん。いい仕事する」

 

 ふざけている様に見えて、中々に目敏くポーションを見ていた様である。

 身なりからすると冒険者の様だが、それなりに実績のあるチームなのかもしれない。

 褒められて嬉しくない訳もなく、ヘルメスは自然と笑みを浮かべていた。

 

「毎度。今後も御贔屓ねがいます」

「お。今笑ったな!やっぱ可愛いなぁお前!まじで抱かせろよ今夜、天国見せてやっから」

「熟しすぎた果実も悪くない。宿のカギは明けておく」

 

 前言撤回。

 ただの変態チームである。

 

「……お前ら、いい加減にしておけ」

 

 静かに棚を眺めていたイビルアイが、頭を抱えながら、やれやれと二人の首根っこを掴む。

 背丈は一番小さいが、二人の監督役なのだろう。

 この世界の人間にしては実力が飛び抜けて高いのも無詠唱化した探知魔法で()()()()だ。

 以前に襲撃されたスレイン法国の戦士の一人には劣るが。

 

「えっと、イビルアイ様――は、何かお探しの品はございますか?」

 

 このチームが金を持っている事は把握出来た。

 ならば、多少揶揄われようとも、大事な――お金持ち――否、お客様である。

 ヘルメスは態度を改め、お手製の――この世界基準に照らし合わせたものとしては――最高級ポーションを紙袋に詰めながら、イビルアイにも営業スマイルを向ける。

 

「……いや、私はいい」

「そうですか。魔法詠唱者の様に見受けられますが、それならば此方など如何でしょう」

 

 ヘルメスは言いながら、カウンターの下から青色の液体の入った小瓶を取り出す。

 イビルアイは、顰めるようにそれを見やる。

 

「それは?」

「こちらは、一定時間、魔法の威力が少しですが上昇する秘薬になります。試作品ですが、お試しいただけたらと」

 

 イビルアイだけでなく、ガガーラン、ティナも大きく目を見開く。

 

「は、はぁ!?おいおい、それ本当かよ?そんなすげぇもん、作れるのか?」

「眉唾。怪しい」

「……麻薬の類じゃないだろうな?」

 

 三者三様の反応であった。

 

「はい。既に懇意の冒険者の方にはお試しいただいており、問題無い品となっております。もちろん副作用などもございませんので、ご心配なく」

 

 ちなみに懇意の冒険者とは、これまた漆黒の剣のニニャの事である。

 試作品だったので、無料で提供したのだが、効果を実感できると非常に喜ばれた。

 ヘルメスはニコニコと営業スマイルを浮かべたまま、小瓶を紙袋の中に詰めていく。

 閉店間際の思わぬ売り上げで気分が良くなっているところに、イビルアイが質問を投げかけてくる。

 

「……そういえば、この店は精力剤の類も置いていると聞いたのだが、今は陳列されていない様だな。よく売れる品なのか?」

 

 笑顔を顔に張り付けたまま、ヘルメスは一瞬だけ固まる。

 どう見ても未成年の少女の口から『精力剤』という単語が飛び出てきたのだから当然である。

 やはりお年頃、という事なのだろうか、そういうものに積極的な娘なのだろうか。

 どう答えたら良いか、と思案しているヘルメスを不審に思ったのか、イビルアイが更にグイと距離を詰めてくる。

 

「……動揺したな。ふん。何かやましい事でもあるのか?」

 

 別に違法薬物を売っている訳でも無く、世の男性の強い味方を売っているだけなのだから、やましい事などある筈もない。

 何故か挑発するような物言いをするイビルアイに、ヘルメスは大人の対応をすることにした。

 

「お嬢ちゃんにはまだ早いかな」

「……なっ」

 

 直接的な表現を避けたいのと、話題を変えてしまいたいという思いから、挑発し返す様な言葉を使ってしまった。

 あまりトゲトゲしくならない様にと、微笑を浮かべながらの台詞だったのだが、それが小馬鹿にするように映ったかもしれないと、言ってから気付く。

 

「ぶっ!」

 

 ガガーランとティナが同時に噴き出す。

 イビルアイのつけている白磁の仮面から僅かに見える耳が真っ赤に染まっている。

 

「ばっ……馬鹿者!私が欲しいと言った訳ではない!だ、大体、貴様こそ小僧ではないか!私はお前よりずっと年上だぞ!子供扱いするんじゃない!」

 

 カウンターをばんばんと両手で叩きながら、イビルアイは喚きたてた。

 しまった。失敗した。

 ポーションの小瓶が振動で落ちそうになるのを、片手で抑える。

 だが、自分が闇妖精という長命種である事を差し引いても、イビルアイは年下であり、どう見たって子供である。

 

「あっはっは。いや、イビルアイ、落ち着けって。悪いな兄ちゃん、変なこと聞いてよ」

「いえ……その、すみません。失礼な言い方をしてしまったみたいで……」

 

 まさにヘルメスに飛び掛からんとするイビルアイを、ティナが羽交い絞めにしているのを背景に、ガガーランが入れ替わり、ヘルメスから紙袋を受け取る。

 

「――んで、買い物ついでに聞きたいんだけどよ。真面目な話、その精力剤……結構売れてんのか?」

「……まぁ、おかげさまで」

「そうかい、そうかい。この店の商品は質がいいって王都でも評判でよ!その精力剤ってのもよく効くんだろう?」

「別に依存性も、危険性もありませんよ。他所の品より品質が良いのは自負するところですが」

 

 異世界バージョンとして、あえて質を抑えて提供しているとは言え、ヘルメスブランドの商品なのである。

 そこらへんの店で提供されるものより、高品質なのは言うまでもない。

 

「どういった連中が買いに来る?貴族連中は好きそうなもんだが」

 

 ガガーランの声の調子が如何にも冒険者然としたものに変わり、ヘルメスは警戒度を1段階上げる。

 今の質問が、この店に来た本命なのだとしたら、結構な役者連中である。

 何故そんなことを尋ねるのか。

 質問の意図は何か。

 ――すぐに思いつくのは、精力剤が性犯罪にでも利用された、といった所か。

 いずれにせよ、ヘルメスに直接非がある訳では無いだろうが、答え方には注意を払わなければならないだろう。

 歴戦の戦士は諜報にも通ずるところがあるのか、ガガーランは穏やかな表情ながらも、相手の沈黙を許さない、そんな圧力を感じた。

 

「ガガーラン様。それ以上は顧客のプライバシーの問題にもなりますので、どうか」

「ほぅ……兄ちゃん、意外と肝っ玉据わってんなぁ。ますます気に入った」

 

 ガガーランが破顔する。

 

「だけどまぁ、協力してくれねぇかな。別にあんたが何かしたってんじゃねぇ。とある組織を追っててよ。自己紹介が遅れて悪かった……俺達は『蒼の薔薇』ってんだ。名前くらいなら聞いたことあんだろう?」

 

 王国に二つしか存在しないとされる、最高位の冒険者チーム。

 アダマンタイト級冒険者。

 ンフィーレアらから仕入れていた情報にあった、その名に内心驚く。

 これは思わぬ人脈が作れたのかも知れない、とヘルメスは腹の中で黒く笑う。

 

「そうでしたか。只者では無いと感じてはいましたが、貴方たちがあの……分かりました。私が提供できる情報であれば、ご協力いたします」

「ありがとうよ。まぁそんな畏まらないでよ、さっきみたいな砕けた口調で構わないぜ。で、どうだい?どんな客が買っていく?」

「そうですね。他の新商品である便秘薬や乳液などは、やはり女性に人気ですが、精力剤はやはり貴族の遣いの方――男性が多いですね」

 

 常識として、貴族位にある様な人物が市街で買い物をする場合、店は貸し切りにされる。だが、今までそんな事は無く、お忍びか、或いは貴族の遣いの者がこっそり買いに来るケースが多い。

 精力剤という、ある種デリケートな商品ともなれば、貴族本人が店頭に姿を現す筈もなく、遣いの者を寄越すのも当然と言えよう。

 

「小僧。客の中に脛に疵のありそうな者……不審な連中はいなかったか?」

 

 お前呼ばわりから小僧呼ばわりにランクダウンしている。

 ようやく落ち着きを取り戻したイビルアイが、腕組みをしながらヘルメスに尋ねる。

 人にものを尋ねる態度では無いと思うが、年下の少女に見下した態度を取られるのも悪くないな、などという思いを抱かなくもない。

 いや違う。

 脱線している。

 自分はぺロロンチーノ(変態顧客)とは違う人種の筈である。

 

「そうですね――」

 

 思考を切り替え、ヘルメスは今までの顧客の事を思い返す。

 下世話な話、精力剤をどんな人間が買い求めるのか興味があったので、よく観察していたのだ。

 その為、ある程度の客層の印象なら思い出せる。

 まずは地味だが、小奇麗な格好をした中年男性。

 これが最も多かった。

 市街で浮かないよう、地味な格好をしていたが、着ている服の仕立てがよく、金払いもいいので、恐らくは貴族や、それなりに稼ぎのある商人の遣いの者だろう。

 次に、薬の効果の噂を聞きつけた若者。

 小遣いを溜め、娼婦の館にでも通うつもりであったのか、ギラギラした表情を隠しきれていないのが可笑しかったので覚えている。

 こうして思い返してみても、正直なところ、不審な人間が買っていったという記憶は無い。

 ただ――

 

「……店で商品を出し始めて、しばらくしてから、ポーションとの抱き合わせで、まとめ買いする者が現れましたね」

「ほう。どんな奴だ?特徴は?」

「うーん……不審な人間では無かったと思うのですが、常連さんという訳でもないですし……」

「ふん。使えんな……」

 

 小僧と呼んでも言い返してこないとみて、調子に乗ったのか、イビルアイが吐き捨てるように言う。

 不思議と悪い気はしない。

 ――否。

 大人は子供の言うことに、いちいち怒ったりしない、というだけだ。

 それだけの筈だ。

 

「イビルアイ。大人げない」

「そういう所が子供なんだよなぁ。気ぃ悪くしないでくれよな、兄ちゃん。良い話聞けたよ」

「お前達まで!子供扱いはやめろ!」

 

 イビルアイがティナに振るう手拳は空を切っている。

 なんとなく微笑ましい。

 

「……だが面白いな。ポーションと抱き合わせで買っていくって事は、()()()()の顧客用って事かも知れねぇ……趣味の悪ぃ奴らってのはいくらでもいるしな。兄ちゃんの印象に残らねぇってことは、足がつかねぇように、毎回違う人間を使っているって線もある。まぁ別にそいつが黒って決めつけるのは早計かも知れねぇがな」

 

 ヘルメスはガガーランの言うとおり、童貞であるが、大人である。

 そっち系、とは、所謂()()()()()()()の事を言っているのであろう。

 心の中で、ヘルメスは眉を顰める。

 

「なぁ兄ちゃん。俺らはしばらくエ・ランテルに留まるからよ。もしまた、そんな客が来たら……もしくは、暴力をチラつかせて買い叩こうなんて客が来たら、俺らに教えて欲しいんだ。頼まれてくれるか?」

 

 ガガーランが真面目な顔で、ヘルメスに向き合う。

 

「……小僧とリィジー、第三位階を行使する錬金術師が二人も在籍するこの店に、そんな真似をする輩だとは思わんがな。話を聞く限り、奴らが出入りしている可能性は高い」

 

 イビルアイが補足するように呟く。

 話を整理するに、蒼の薔薇は、違法娼館についての手繰り捜査をしている――という事なのだろう。

 そんなのは警察――この世界では憲兵あたりか――がする仕事だろうに、である。

 そして、それはこの国の公的機関が機能していないことを意味する。

 反社会組織が幅を利かせているという事は、貴族連中との癒着があるのだろう。

 冒険者は夢の無い仕事だ、とはモモンガの言葉であったが、最高位のアダマンタイト級冒険者がこういった事案を扱っているあたり、それは真なのかもしれない。

 

「分かりました。《伝言/メッセージ》を送る様にしますね」

「おう。そうだな……まぁ、とりあえずはそれで頼む。迷惑はかけない様にするからよ」

 

 情報料、と言ってガガーランが更に金貨をカウンターに乗せ、店を後にしようとする。

 店の外はすっかり暗くなっており、どうやら随分と話し込んでしまったようだ。

 

「……」

 

 ふと、イビルアイがヘルメスを見つめている事に気が付く。

 仮面をしているので、判然としないが、何やら値踏みされているような、そんな視線を感じる。

 

「何か?イビルアイ様」

「……いや。なんでもない。……邪魔したな」

「……?」

 

 二人に遅れ、イビルアイも赤いマントを翻して店外にでる。

 

「またね。ヘルメスきゅん」

「気が変わったら宿に来いよ」

「ではな。小僧」

 

 痴女小、痴女大、厨二娘がそれぞれの挨拶を交わし、通りを歩き去っていく。

 嵐のような連中であったが、同時に面白い連中だとも思う。

 ヘルメスは店の戸締りをすませ、2階の自室に戻るとベッドにダイブする。

 

「さて……一応モモンガさんにも知らせておくかな。……あれ、そういやセバスのトラブルも娼館絡みじゃなかったか?」

 

 ヘルメスさんは忙しいでしょうからこっちで対処します、と言われていた王都にいるセバスとソリュシャンが抱えていたトラブルについて思い出した。

 まさか、繋がってたりしないよな、と思わなくもないが、なおのこと、情報は共有しておいた方がいいだろう。

 

「それにしても……人の欲ってのは業が深いね」

 

 異世界に転移し、ファンタジーを満喫していたヘルメスにとって、今日蒼の薔薇から聞かされた話は、正直うんざりするものであった。

 まるで現実世界の様な、欲望渦巻く裏世界の現実。

 異世界に来てまで、そんな暗い話題は聞きたくなかったというのが本音だ。

 

 もし。

 もしも、である。

 ヘルメスの錬成したポーションと、精力剤が悪用されていたとして。

 自分は義に駆られて憤慨したりするのだろうか。

 純粋な人間だった頃の人格は大分薄れてきている自覚はある。

 食い物にされている人間。

 食い物にする人間。

 いまいち、ピンと来ない。

 それを見知ったとして、気分は悪くなるかも知れないが、やるなら自分の預かり知らないところで勝手にやっててくれという思いしか沸かない。

 

 ヘルメスが精力剤を作ったのは、正直な話をすればネタでしかない。

 世の男性の自信に繋がれば、というネタである。

 モモンガとする馬鹿話のネタになればいいな、という、その程度のものである。

 

 では同族なら?

 闇妖精が娼婦として、使われていて。

 なんの生産性も無く、闇妖精が傷付けられ、快楽の道具とされていたとしたらどうか。

 ふと、大墳墓にいる双子が脳裏に浮かぶ。

 今度はどうだろう。

 ヘルメスは、自身の腹の中にチリチリと黒いなにかが燃えあがるのを感じた

 面白くない。

 それは許せない。

 なんとも自分勝手で、都合の良い倫理感ではあるが、それは許せない。

 そんな事の為に錬金術師をやっているのではない。

 

「さぁて。それじゃ、いっちょ悪い奴を見つけてやりますか」

 

 ヘルメスは一枚のスクロールをアイテムボックスから取り出し、虚空に投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘルメスきゅん。噂にたがわぬ美少年。あと数年早ければ」

 

 薄暗い大通りを歩きながら、ティナが呟く。

 まだまだ人の通りは多いが、非常に目立つ蒼の薔薇の面々の周りは、自然と人が避けていく為、歩き辛さは無い。

 宿まではもうしばらくある為、雑談をしながらの道中である。

 

「お前は基準が厳しいんだよ。十分童顔だったし、喰い頃だろうに」

 

 ガガーランが、両腕を頭の後ろで組みながらティナに意見する。

 いつものやり取りなので、イビルアイは会話を無視して歩き続ける。

 いい奴らであるが、リーダーを除き、メンバーの性癖がいかんともしがたいのが玉に瑕である。

 それよりも、少し――気になることがあった。

 もちろん、先程まで、年上である筈の自分に無礼な口をきいた闇妖精の事だ。

 

「……ガガーラン。真面目な話、あの闇妖精の事をどう評価する?」

「あん?そりゃ向こうがOKなら、ガツンと抱いてやりてぇよ。ありゃいい声で鳴くぜ」

「真面目な話だと言っただろうが!」

「……冗談だよ。ったく。……そうだな、相当な実力者だとは思うぜ。魔法詠唱者とは思えない膂力だったしな」

「そうか……」

 

 ガガーランがふざけて、ヘルメスの首筋を触った際、その手を払いのけられたガガーランが床を転がったのだ。

 冗談だと思ったが、あの時、一瞬浮かべた驚愕の表情は本物であったということか。

 

「ヘルメスきゅん。一体いくつ?イビルアイの見立てでは」

 

 ティナの質問に、イビルアイは仮面に手を当て思案する。

 

「難しいな。おそらくは100歳から200歳には満たないくらい、といったところか。エルフは若い外見の期間が長いから断言できんな」

 

 かつて、イビルアイが13英雄として共に旅をした仲間の一人に森妖精がいた。

 不死者である自分も大概ではあるが、エルフの様な長命種の年齢を推し量るのは難しい。

 だが、当時の彼の年齢容姿を参考にした場合、やはり自分の方が年上、と言っていい筈である。

 

「気付いていたか?あの店、《静寂/サイレンス》の魔法が掛かっていた。以前に来た時には無かったから、あのヘルメスという男が設置したマジックアイテムによるものだろうな」

「まじかよ。やるなぁ可愛い顔して」

「第三位階までしか使えんと言っていたが、それも怪しいものだ。100年以上生きている上に、錬金術に造詣が深いエルフだ。それ以上の位階を修めていても不思議では無い」

「実力を隠してるって言いてぇのか?高位階を修めてるって吹聴すれば、厄介ごとも多くなる。方便ってやつだろ」

「……それはそうなんだが。だからこそ、最後の台詞が気になってな」

「あん?最後の台詞?」

 

 ヘルメスは別れ際、《伝言/メッセージ》を送ると言っていた。

 この世界において、その魔法は便利ではあるが、非常に安全性に乏しい連絡手段である。

 これは国を問わない、いわば魔法詠唱者にとっての常識であり、熟練した魔法詠唱者であるほど、この魔法を嫌う傾向は強く、イビルアイも同意する所である。

 使用したとしても、あくまで緊急性の高いものに限り、なおかつ、それ以外の方法による連絡手段を確保し、内容の真偽を確かめるのが普通である。

 だが、ヘルメスは《伝言/メッセージ》以外の連絡手段について何も言及しなかった。

 最低でも第三位階を修める実力者であるのに、である。

 ガガーランを払いのける膂力を持つという点もそうだが、不自然――歪なのだ。

 

「ふぅん。まぁ、お前が気になるってんなら一応気をつけておくか」

「ああ。別に悪い奴という訳ではないが、どうにもな」

「人里離れて暮らす闇妖精が、こんな町で商売してるんだ。変わった奴には違いないしな」

「……イビルアイ。恋に落ちた?」

 

 ティナの揶揄いに、イビルアイは頭を振って溜息をつく。

 つまらない冗談である。

 この不死の身に堕ちて、200年。

 止まった心臓が早鐘を打つことなど無かった。

 なにせ、見知った友たちは皆、私より脆弱で――私を追い越して、老い、死んでいくのだ。

 吸血鬼が恋に落ちるなど、それこそ酒場の吟遊詩人(バード)が好みそうな物語であるが、現実にそんな夢物語は転がっていない。

 

「馬鹿なことを言ってないで、明日の方針を宿で話し合うぞ。奴の話が真実なら、末端とは言え、組織の人間が出入りしている可能性があるんだ」

 

 イビルアイの言葉に、二人は真面目な表情を取り戻し、頷いた。

 ふと、蒼の薔薇と出会うより遥か昔――かつて、()()()()と呼んでいた人物に出会ったころ、彼が口にした素っ頓狂な言葉をなんとなく思い出す。

 

 

『えっ。《伝言/メッセージ》って誰でも使えるんじゃないの?』

 

 

 何故、今になってそんな出来事を思い出したのだろう。

 確かにリーダーも常識知らず、というか変わり者であったが。

 

「まさかな」

 

 イビルアイは、自身の中に浮かんだ一つの推測を一笑に付し、宿の門扉を開いた。

 

 

 

 

 

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