満点の星空である。
目の前に広がっているのは、おそらく星空に違いないのだが、何せ生まれてこの方星空なんて見たことがない。
図鑑やゲームの中だけだ。
身体に叩きつけられる風と、身体の芯を掬われている様な心地悪い浮揚感の中、ヘルメスは思案した。
数瞬前まで、自分はヘルヘイムでユグドラシル最後の時を多くの他のユーザーとともに迎えようとしていたはずだが、何が起きたのか。
とりあえず《飛行/フライ》の効果が切れ、落下している最中だということには気が付いた。
慌てて、ショートカットキーを起動しようとするも存在しない。
(なんだ?何が起きた?画面がおかしい?ディスプレイキーが無い?待て、地面……がっ――ちょっと待っ――……)
轟音と共に、一人の
「うわぁ……落下とか駆け出しプレイヤーかよ……恥ずかし……」
初めてユグドラシルで《飛行/フライ》を使用した時のことを思い出し、照れ隠しに独り言を呟いた。
仰向けに落下したヘルメスはそれなりの衝撃を受けて、痺れる身体を起こし、辺りを見回す。
草原である。
そして空には星が燦然と輝いている。
と、ここでようやく違和感について思案する余裕が出てきた。
(なんだ……?
星空なら、ユグドラシルにだってある。
それなのに違和感を抱いたのは、それがまるで
地べたに座り込んだ姿勢のまま、手元の草を千切り、口元まで近づけた。
(へんな匂い……草の匂い……なのか?これ……)
星が出てるということは夜のはずであるが、何故か視界は鮮明である。
不自然ではあるが、何故か違和感を感じない。
歩きながら考えよう、とヘルメスは何処へとも無くとぼとぼと歩き始めた。
(……ユグドラシル最後のお祭り騒ぎの真っ只中にいたはずだけど……気付いたら、落下していて……辺りには草原以外何もなくて……)
草を踏みしめる音が妙に煩い。
自分の歩く音以外、何も聞こえない。
恐怖さえ感じる静寂だけが辺りには広がっている。
(ユグドラシル2……?とか?……いや、でもリアル過ぎない?えぇ……でも……あぁ、なんかふわふわしてるな。夢じゃないのこれ……)
ヘルメスは、サービス終了日まで遊んでくれたプレイヤーに対して実施された新作ゲームの体験版ではあるまいかとの仮説を立てる。
(ありえるんじゃないか……?革新的なダイブエンジンが開発されて……そのテスト……的な。五感があるのは……なんでだろう……電脳法をパスする画期的なナニカガ……?)
どう考えても現実としか思えない様な五感を不思議に思いながら、歩みを進めていくと、遠くに家の明かりが見えてきた。
どうやら村があるようだ。
先程までは、丁度背の広い丘の様なところにいたようで、村を見下ろす形となっている。
(あぁ!人だ!リアルなのはいいけど、BGMどころか環境音すら無いから怖かったんだよなぁ!他の人たちもいるかな?)
ヘルメスが駆け出そうとし、右足に力を入れたところ――地面がそのまま抉れた。
「うわぁ!」
草の根本ごと抉れた地面を振り返り、思わず声を上げる。
「うっそぉ……いや、リアルすぎるでしょう……すげぇ……」
ヘルメスはふと思いつき、手を前方にかざした。
そして、心の中で念じる。
《火炎球/ファイアボール》
瞬間。
掌から直径1メートルはあろうかという赤く煌めく炎の球が生まれ、前方に飛んで行き――― 先の地面に着弾、破裂した。
「……間違いない。……思念型操作ドライブが出来たんだ!すごい……!すごいな……クソ運営のくせに!」
ヘルメスは声を出し、カラカラと笑った。
ひとしきり笑った後、ふと思い立った。
「……そういや、これどうやってログアウトするんだ……?」
ログアウトする手段について思考放棄したまま、「これは新世代エンジンのテストを兼ねた新作ゲームの世界である。」とヘルメスは結論付け、村に向かう前に自身の状態について確認することにした。
異常な身体能力はひとまず置いておき、魔法についてだが、これは思考するだけで発動することが判明した。
無限に撃てるのかと思い、《魔法最強三重化/トリプレット・マキシマイズ・マジック》をかけた《現断/リアリティスラッシュ》を空に放ったところ、体の中から何かがごそっと減るのを感じ、考えを改める。
(感覚的なものだけど、これはMPを消費した感覚だろうな。朧げながら最大MP量と消費量を捉えることが出来る。これMP空っぽになったらどうなるんだろうか。)
次にアイテムだが、アイテムについて思案しながら手をさまよわせると、手首から先が消え、アイテムボックス内のイメージが頭の中に浮かんできた。
ぎょっとしたが、試しにと
綺麗なガラス細工を施されたガラス瓶で、中には赤色の液体が入っており、ユグドラシルで表示されていたテクスチャと一致することを確認した。
意を決し、蓋を開けて飲んでみたが、滋養強壮ドリンクをもう少し薬臭くしたような感じで「なかなか悪くない」味であった。
最後にスキルだが、自身の中に意識を向けると『上位物理無効化』『上位魔法無効化』といった
とりあえずは、自身の生命線である錬金術スキルを確認しようと、アイテムボックスに手を突っ込み、いまやゴミ同然の銅インゴットを取り出す。
『素材強化』
ヘルメスが、スキルを発動すると、銅インゴットは一度強く光を放ち、銀インゴットへと強化された。
(ふむ。やはりスキルも問題無いな。とりあえず一安心できそうだ。)
錬金術のスキルである『素材強化』は、文字通り錬金術の素材となるアイテムを強化するものであるが、さらに位階が存在するアイテムにあっては、より上位のものへ変質させる能力がある。
金属であるなら、銅から銀、銀から金といった具合である。
ユグドラシルで使用していたスキルが、文字通り念じるだけで使えることが判明し、ヘルメスは歓喜した。
(すごいすごい。正式なサービス開始になれば、また初期ステータスからのスタートだろうけれど、テスト版で色々なことが出来るのは嬉しいな。次のゲームでは純粋な戦士職にしようかと思ってたけど、これなら火力特化型
それにしても、と今までのゲームでは考えられないあまりにもリアルな各挙動に興奮していたが、自身に眠気が迫っていることに気が付く。
かれこれ様々なテストを行って数時間は経過しており、ヘルヘイムで花火を見ていたのが日付変更前だとすると、今は夜中の2時3時だろうか。
(一人称画面で、ステータスバーとかの表示が無いのはリアルでいいけど、時間も分からないのはちょっとなぁ……。明日も仕事だしそろそろログアウトしたいんだが……。)
人差し指を様々な方向に振り、コンソール画面を呼び出そうとするが何も表示されない。
さらに、オープンチャットやGMコールを行おうとするも、一切が使用できないことを確認する。
(うーん……。不具合か仕様か……あのクソ運営ならどちらもありえそうで困る……。まぁ、寝落ちすればとりあえずは出られるだろう。)
ヘルメスはあまり深く考えず、先程発見した村に向かうことにする。
(同様にログインしている他のプレイヤーもいるかもしれないし、幸いユグドラシル金貨も腐る程ある。村の宿屋一泊くらい大丈夫だろう。)
重い瞼をこすりながら、村に向かって再び歩を進めた。
村を発見した当初、明かりはまだ幾つか灯っていたのだが、今は何も灯っておらず人が出歩く様子は無かった。
実験に夢中になっている間に寝静まってしまったのだろうか。
ヘルメスはとりあえず宿屋を探そうと、《飛行/フライ》を唱え、低空を滑走しながらそれらしき建物を探す。
村には囲いらしい囲いも無く、建物はどれも木製で年季が入っており、お世辞にも栄えているとは言い難い雰囲気である。
散々村の中を飛び回って得た結論は、「宿屋ねぇんじゃねぇか?」というものであった。
ユグドラシルであれば、吊り看板などが設置された大き目の建物で、ひとめで
唯一大きな建物といえば、穀物等の備蓄に使用されているであろう倉庫らしきものであるが、倉庫と家屋の違いくらいは自分でも分かる。
ごめんください、と手近な家にノックしてみるという手もあるが、このリアルすぎる世界観の中でそれをするのは気が引けた。
言葉では表しにくいが、人の匂いというか、生活感というものが感じられ、相手がNPCであったとしても、こんな夜中に叩き起こすというのは非常識であると感じるのだ。
(仕方ない……村のすぐ横にテント張って寝るか。)
ヘルメスは村のすぐ横の開けた土地に向かうと、アイテムボックスからグリーンシークレットハウスを取り出して使用する。
途端に、目の前に小奇麗な丸太のコテージが現れるが、そのあまりの浮きっぷりに若干引いてしまう。
(こんな寂れた村の隣に立派なコテージって違和感すごいな……リアルになった弊害か。……モンスター倒したら血しぶきあげるとかないだろうな……。)
思考が別の方に向きつつも、コテージのドアを開いて中に入る。
室内は魔法効果により外見よりも広くなっており、入ってすぐにリビングが設けられ、そこから延びる廊下から各寝室や書斎に繋がっている。
やはり室内もユグドラシルより細かなテクスチャが施されており、まるで本物の家の様だ。
中央にあるテーブルの上には、果物や焼き菓子が置かれており、奥のキッチンには湯が沸かされている。
「うわぁ!すっごい。あはは。ここ住みてぇ……。」
リアルの生活環境を思い出し、誰にでもなく乾いた笑い声を上げると、テーブル上の焼き菓子を手に取ってみる。
「……まさか。食べられたりする?……味覚とかあったらすごいけど……。」
恐る恐るマーブル模様の可愛いらしい焼き菓子を齧ると、サクサクとした触感とほんのりとした甘みが口の中に広がり、ヘルメスは感動した。
そこからの行動は早かった。
何も言わずにキッチンに駆け込むと、湯気を上げている細かな細工を施されたポット、棚からティーセット、カップを取り出し、テーブルに並べる。
紅茶を入れたことなど無いが、知識はある。
なんせお湯を注ぐだけだ。
(た、食べた事の無い甘さのお菓子だ……!天然の甘味料ってこんな感じなのか!?……これには紅茶が合うに違いない……!そうだ。映画で見たアフタヌーンティーってやつをやらざるを得ない……!)
はやる気持ちを抑えながら、ティーポットからカップに紅茶を注ぎ、美しき午前(深夜)の紅茶セットの完成―――……にはならなかった。
何故か紅茶が用意出来ないのである。
カップにいざ注ごうとティーポットを傾けると、意識が飛んでしまうのだ。
テーブルの上には熱湯が海を作っており、慌てて用意されていた布巾で拭き取る。
疲れているのか、と思い何度か繰り返すも結果は同じであった。
紅茶を飲めない事を残念に思いながら、ヘルメスは椅子に座ると焼き菓子を齧る。
室内には、
……。
…………。
………………。
「これって、ゲームじゃなくね?」
まだまだ文字数とか感覚がつかめていませんので、しばらくは安定しないかもしれません。
まったりのんびりお楽しみください。