錬金術師世に憚る   作:みずのと

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第3話 カルネ村

 穏やかな陽射しが、惰眠を貪る闇妖精(ダークエルフ)の顔に差している。

 

 木目調で統一され、随所に凝った装飾が施された室内の一画には、仕立ての良いダブルサイズのベッドが鎮座しており、その上に転がるヘルメスは静かな寝息を立てていた。

 陽の光を受けて煌めく黄金色の髪、露わになっているキメの細やかな褐色の肌は、異性でなくとも見惚れてしまう程度の神秘性を纏っているのだが、その寝相の悪さと口の端からだらしなく流れる涎のせいで霞んでしまっている。

 

 ヘルメスは、幾度かの痙攣を経た後、日も昇りきった昼過ぎにようやく目を覚ました。

 

「……あぁ。よく寝た。何年ぶりだろうこんなに寝たの。」

 

 独り言をこぼし、リビングルームに向かう。

 何故か紅茶を淹れることが出来ないため、水差しからグラスに水を注ぎ、喉の渇きを癒す。

 

「……しかし。腹が減ったな。」

 

 昨夜は焼き菓子を少し食べたが、それで成人男性の腹が膨れるはずも無く、ヘルメスは腹を摩りつつ、現在の状況についても思案する。

 

 

『この世界はゲームでは無い』

 

 

 革新的な新世代エンジンというだけでは説明できない五感と生理現象。

 そして、昼過ぎになるまで寝入ったというのにログアウトしていないという事実に、ヘルメスは認識を改めることにした。

 

 ヘルメスは、慣れた動作でアイテムボックスから神話級(ゴッズ)装備である落ち着いた碧色のフード付ローブを取り出し、袖を通した。

 昨夜は、ベッドのあまりの肌触りの良さに感動し、裸で寝ていたためだ。

 明るくなったし、村の様子でも見に行き、あわよくば食べ物を調達しようと考え、扉に手をかけ開け放つと、

 

「きゃあっ」

 

 可愛らしい声を上げ、身体を硬直させる10代と思しき少女と扉の前で鉢合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと……あの……すみません。決して覗いたりしていた訳ではなくて……。」

 

 少女はこちらをちらちらと見やりながら、言い訳の様に言葉を紡ぐ。

 三つ編みにした栗毛色の髪の毛は、胸元まで伸びている。

 健康的な小麦色の肌をしており、純朴な農家の娘、というものを絵に描いた様な出で立ちであった。

 

「あぁ。構いません。こちらの村の方でしょうか?……私はヘルメスという者です。」

「……!失礼しました!私はエンリ・エモットと申します。この村で暮らしている者です。」

 

 何か失礼なことなどされただろうか、と途端に姿勢を正して自己紹介をする少女、エンリを不思議に思っていると、恐る恐るといった様子の彼女から問いを投げられた。

 

「あの……!昨日まではこちらにこんな屋敷は無かったと思うのですが、ヘルメス……様が建てられたのでしょうか?」

 

 建てるというと語弊はあるが、さてなんと答えるべきかと逡巡する。

 この世界の常識が分からない以上、下手なことを話して面倒なトラブルに巻き込まれるのは御免である。

 ヘルメスは既にこの世界を現実のものとして考え、行動しようと決めていた。

 もし仮にゲームの中の世界だとしても、新作ゲームのテスターとして行動している自分を観測している()()の様な者がいるはずであり、この世界の人間としてのロールをするのも一興と考えたためだ。

 

「えぇ。私の作成したアイテムによるものです。」

 

 その上で、ここはあえて正直に答えてみることにした。

 何か非常識なことを言っているのだとしても、序盤なら取り返すことも可能であろうが、後になってからでは修正も効きにくくなる。

 

 ちなみに、グリーシークレットハウスはユグドラシルで手に入る拠点設置用アイテムであるが、アーティファクト扱いでは無いため、自ら手を加えることが出来る。

 雑魚モンスターがドロップする木っ端データクリスタルを使って装飾を施し、オリジナルのコテージを作成することが出来るのである。

 故に、今の発言に嘘は無い。

 

「……すごい。ヘルメス様は大魔術詠唱者(マジックキャスター)なんですね……!」

「ん?」

 

 瞳を輝かせるエンリという少女の反応からするに、拠点設置のアイテムはこの世界における大魔術詠唱者(マジックキャスター)の業に相当するらしい。

 

(大魔術詠唱者(マジックキャスター)ねぇ……。悪くない響きだけどなんか違うんだよなぁ……そう……そんな王道な感じは好きじゃなくて……もっとこう……)

 

 ヘルメスは咳払いをすると軽く右手を胸に当て、左手をやや開き気味に構え、ゆっくりと会釈をする。

 

「大魔術詠唱者(マジックキャスター)など恐れ多い……私は古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)。未知なる知識の探求者……以後、お見知りおきを。麗しいお嬢さん。」

 

 エンリは目をぱちくりと瞬かせると、「えるだぁ……?」と首を傾げた。

 ヘルメスの目から見ても可愛いと思える仕草であったが、その反応から見るに渾身の錬金術師ロールは不発に終わった(スベった)ようだ。

 

「ま、まぁ……要はしがない錬金術師(アルケミスト)という訳です。戦闘スタイルは魔力系魔法詠唱者(マジックキャスター)ですので、間違いでもないですが。」

「は、はぁ。でも、えっとあの、こんな魔法見たことないです。きっと高名な方なのでしょうね!」

 

 おまけになんか気を遣われている。

 

「えーと、そうだ。こんな所で立ち話もなんです。中で少し話していかれませんか?お茶菓子くらいなら出せますよ。」

 

 いたたまれなくなったヘルメスは、そんな言葉を口にしていた。

 茶菓子は出せるが、茶は出せないことは伏せておく。

 

 エンリはしばし焦った様に視線を宙に彷徨わせた後、小さく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットはただの村娘である。

 

 リ・エスティーゼ王国の一大城塞都市エ・ランテルの北東に位置し、トブの大森林の外れにあるカルネ村に住む農家の長女だ。

 今日も、いつも通りの平和な一日が始まる予定であった。

 朝の日課である水汲みをしようと、桶を持って家を出ると、何やら広場に人が集まっており、中には村長夫婦の姿もあった。

 

「おはようございます。皆さんどうかしたんですか?」

 

 何かあったのだろうか、と声を掛けると、その場にいた住人達は皆一様に不安げな表情を浮かべていた。

 エンリに気が付いた村長が口を開く。

 

「あぁ、おはようエンリちゃん。実はね……。」

 

 

『一晩で村の外れに怪しげな屋敷が建っている。』

 

 

 話の内容は端的に表すとそういう事であった。

 荒唐無稽な話である。

 村長らの話では、ノックをしても誰も出ず、また扉を開けようにもまるで魔法が掛かっているかのようにびくともしないとの事だ。

 しばらく様子を見る事とし、村の男達が一定時間ごとに巡回を行い、女子供は屋敷に近づかない様にとの通達が回った。

 

(一晩で工事なんて出来っこないから、きっと魔法なんだろうな。すごいなぁ。)

 

 エンリは危機感というよりも、そんな事をやってのける存在が村の近くにいるという事に好奇心を覚えていた。

 午前中の仕事を終え、噂の屋敷があるという村のはずれまで足を伸ばすと、それは確かに存在していた。

 まるで違和感の塊のような屋敷がポツンと建っている。

 誰も屋敷の近くにおらず、巡回のいない今がチャンスとばかりに遠巻きに屋敷の外周を歩いて観察をする。

 丸太で組まれた立派な造りになっており、人が住んでいるのかいないのか、物音一つしない不思議な屋敷である。

 

(危ないから近づいたらダメって偉そうにネムに言い聞かせたのに、駄目なお姉ちゃんだなぁ。)

 

 まだ年端も行かない妹のことを思い浮かべて苦笑しつつ、なんとなしに屋敷の2階にある窓を見ていたところ、ふと何かの影が動いたような気がした。

 

(誰かいる!?……男の人を呼んだ方がいいかな?……でもどんな人なのか気になるなぁ。)

 

 迷いながらも扉の前までふらふらと来てしまい、ノックしようか悩んでいるうちに、内側から扉が急に開く。

 

「きゃあっ」

 

 不意打ちをくらう形で、つい悲鳴のような声を上げてしまったが、目の前に立つ人物を見やり、思わず固まってしまう。

 

森妖精(エルフ)……いや、この人……闇妖精(ダークエルフ)だ……!)

 

 金色の髪に、褐色の肌、尖った耳。

 服の価値など分からないエンリでさえ、高そうだと直感出来るローブを纏った人物は、フードの下から青色の瞳でエンリを見据えている。

 

(綺麗な人だな……。男の人に抱く印象じゃないかもしれないけれど……。)

 

 まるで瞳の中に吸い込まれてしまいそうだ、とエンリはまじまじと顔を見つめてしまった。

 

 このカルネ村近くにあるトブの大森林の支配者として、かつて闇妖精(ダークエルフ)が住んでいたことを、エンリは父や母から聞いたことがあった。

 しかし、直接見たのは初めてである。

 隣国である帝国では森妖精(エルフ)は奴隷として扱われているが、闇妖精(ダークエルフ)はそもそも人間との接触を嫌っており、姿を見た者はほとんどいないと聞く。

 

 思いがけない人物の登場に焦っていたエンリは、目の前の闇妖精(ダークエルフ)が、ヘルメスという名を名乗ったことで、さらに焦る。

 

(き、きっとまだ森の奥で暮らしていた人達に違いない……となると王族?ど、どうしよう?村長呼んできた方が……。)

 

 ヘルメスと名乗る闇妖精(ダークエルフ)と、しどろもどろになりながらも何度か言葉を交わすが、所々話している内容が頭に入ってこない。

 そうこうしているうちに、屋敷の中へ入る様に誘導されてしまっている。

 

(ここで断ったら失礼になるのかな?こんな魔法を使う位だからとても強そうだし……うーん、でもちょっと気になるなぁ。悪い人じゃなさそうだし大丈夫……だよね。)

 

 相手は人間を食料とすることもある亜人ではないのだ。

 エンリは頷くと、そろりとヘルメスの後を追い、屋敷の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……すごい。」

 

 エンリはため息を吐きながら、室内を見回す。

 自分の家と比べることすら不敬かもしれないが、玄関の先は広いリビングとなっており、壁紙から各調度品に至るまで、細かな細工が施されたものがほとんどで、華美さとはちがう洗練された室内に圧倒される。

 

 ヘルメスは、中央に設けられたテーブルの椅子に腰かけると、エンリにも座る様に手で示す。

 慌てて、「失礼します。」と断りを入れてから、同様に腰かける。

 

「まぁ、大したものはありませんが、どうぞ。」

 

 ヘルメスが掌をテーブル中央にある籠に向ける。

 マーブル模様の茶菓子が載せられており、甘味など滅多に口にしないエンリは緊張してしまう。

 

「……あぁ、そうだ。時に……えっと、エンリさんは紅茶とか淹れられるかな?」

「え?」

「あぁ!いや、失礼!……その、私は紅茶を淹れることが出来なくてね。昨日から飲めなくて困っているんだ。」

「えっと……、お湯があれば……出来るとは思いますが、正しい仕立て方とかはその……私はただの村娘なので……。」

 

 エンリは、「紅茶を淹れてくれ」というヘルメスのお願いに戸惑うもなんとか返答する。

 

「招いておいて、茶を淹れさせるというのも失礼なお願いだったな……いや、そういう格式ばったものじゃない。お湯を入れる。そそぐ。それだけなんだ、希望しているのは。」

「は、はぁ。」

 

 よく分からないが、とにかく普通にお茶を淹れて欲しいらしい。

 そういえば従者の様な者も室内には見当たらない。

 

(もしかしたら王族じゃないのかも……それとも王族だからこそお茶の淹れ方を知らないとか?)

 

 エンリはキッチンを借り、ポットから茶葉の入ったティーポットにお湯を注いだ。

 室内に良い香りが充満する。

 その工程を、ヘルメスが背後からずっと観察しており、時折「ほぉ……。」などというよく分からない感嘆の声が漏れてくる。

 その様子がなんだか可笑しくて、エンリは笑いそうになる自分を抑えつける。

 

 やがて、テーブルには綺麗なアフタヌーンティーセットが完成した。

 

「うんま!」

「ひっ!」

 

 カップに口をつけたヘルメスが突然声を上げたため、エンリは思わず小さな悲鳴を漏らす。

 

「し、失礼……。いや、こんな美味しい紅茶を飲んだのは初めてで……。こんな時、なんて言うんだったか、そう……結構なお点前で。」

 

 室内に招かれてから恐縮しきりのエンリであったが、自分の淹れた紅茶を口にし、あけすけな笑顔を浮かべるヘルメスを見て、幾分か気が楽になってきた。

 テーブルに並べられた焼き菓子を一つ手に取り、下品にならない様に気を付けながら一口齧る。

 

「美味しい!ヘルメス様、私こんな美味しいお菓子食べたの初めてです。」

 

 少し打ち解けたことで、ぎこちないながらも笑顔を浮かべ、お世辞では無い本心からの言葉を述べたのだが、ヘルメスは少しの間、間を空けた。

 

「……その、様っていうのはやめてくれないかな。どうにもむず痒い。」

「え、そうですか……えっと、じゃあヘルメスさん。私も呼び捨てで結構です。」

「えぇ!呼び捨て!」

「えぇ!何か変でしょうか?」

 

 その後、「呼び捨てはまずい」と譲らないヘルメスに負ける形で、エンリは会話を続ける。

 

(それにしても……お屋敷といい、お菓子といい、ヘルメスさんは一体何者なんだろう……?)

 

 エンリはまず、ヘルメスから自らの生い立ちについて説明された。

 

 曰く、自らは未知の知識を探求する錬金術師であるとのこと(何故か古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)という単語を強調された)。

 人里離れた僻地に魔術工房なるものを構え、日々一人で錬金術の研鑽に勤しんでいたが、ふと外の世界を見たくなってこうして村の近くまで出てきたのだと言う。

 故に所謂一般常識に疎く、世を知ることも修行の一つという考えに至った為、この世界について知っていることを教えて欲しい。

 

 ついでに食べ物も欲しい。

 

 との事だった。

 

「あぁ、その……もちろんタダでとは言わない。何か欲しいものとかあるかな?こうして知り合えたのも何かの縁。大抵のマジックアイテムなら用意出来るよ。」

「マ、マジックアイテム?」

 

 エンリは出てきた単語に驚愕する。

 もちろんヘルメスが、えるだぁ…錬金術師であることを疑っている訳ではないが、マジックアイテムとは一般に超が付く高級品だ。

 幼馴染の薬師は、治癒薬(ポーション)職人であるが、どれも希少な品であり、高価な値がつくと聞いたことがある。

 

「データクリスタルのまんまがいいならそれでもいいし、あぁ魔法付与(エンチャント)でもいいよ。」

「え、えーと……じゃあ、アイテム……がいいですかね?」

 

(データクリスタルって何?エンチャントってのもよく分からないし……アイテムでいいって事にしよう。)

 

「では、どんなアイテムがいいかな?んふふ、君は運が良い。『錬金術師ブランド』の中でも『ヘルメスブランド』は一級品だよ。さぁ、なににする?」

 

 マジックアイテムの話をしだした途端、ヘルメスからは先程までの少し堅苦しい振る舞いは完全に消え去っていた。

 自らの研究成果であるマジックアイテムを披露するのが楽しいのかも知れない。

 

治癒薬(ヒーリング・ポーション)が無難かな?まぁポーションにも色々な種類があるし。誰でも使える魔導書(ブック)もオススメだ。村に魔法詠唱者(マジックキャスター)がいるなら、巻物(スクロール)(スタッフ)短杖(ワンド)もあるよ。装飾品は今すぐ用意できるのは少ないけれど、オーダーメイドも受け付けてる。それから後は――」

 

 子供の様に捲し立てるヘルメスを見て、つい頬が緩むのを感じながら、エンリは説明に聞き入っていた。

 

 

 

 そんな大事な交渉事に村長を立てることも無く、ただの村娘が臨んでいるという事実に気が付きもしないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




捏造設定過多。

会話全てを描いてると中々話が進みませんね。

でもその会話の中で、設定などを滲ませていくのが楽しいジレンマ…
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