錬金術師世に憚る   作:みずのと

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第4話 交渉

 取り囲まれた。

 

 

 

 完全に冤罪である。

 

 

 

 決して少女をかどわかしてなどいない。

「お菓子あげるよ」と声を掛けて、ちょっと家の中に連れ込んで、メイドの真似事をさせ、おしゃべりしただけだ。

 

 ヘルメスはエンリとの情報交換を済ませ、お礼にとマジックアイテムを渡し、「では改めて村に挨拶でも」と屋敷から彼女と連れ立って表に出た所、20人以上はいるだろう村の男連中に取り囲まれたのである。

 色々と有益な情報を得ることが出来たのだが、残念ながら今はそれについて思案している余裕は無い。

 

“エンリから離れろ。”

 

 何せ、その言葉が村人とのファーストコンタクトである。

 なんと手には先の鋭い農具を持っている者もいる。

 自分の知識に間違いが無ければ、それは土を耕す道具のはずだ。

 決して両手に構えて人に向ける道具ではないはずだ。

 

(あぁ。第一印象最悪だな……これ……。どうしよう……そりゃ勝手に村の外れに家建てたのはまずかったかも知れないけど……。)

 

 あくまで少女を連れ込んだ事についての過失は認めず、これからの対応について頭を悩ませていると、隣にいたエンリが前に出て口を開いた。

 

「みんな待って!この人は悪い人じゃないの!私が……勝手に……ヘルメス様の屋敷に近づいていっただけなの!」

 

(あっ……。様は止めてって言ったのに……。まずいまずい。)

 

 村人達がさらに殺気立っていくのが分かる。

 少女を連れ込んだあげく、自分のことを様付けで呼ばせているのだ。

 このまま膠着状態が続いても仕方ない、とヘルメスはエンリの肩に手を置く。

 肩がぴくりと跳ねるが、ヘルメスはそれには気付かない。

 

「ありがとう。エンリさん。……皆さん、お騒がせしてすみませんでした。どうか私の話を聞いて頂けないでしょうか。」

 

 ローブのフードを捲り、顔を見せてヘルメスは語り掛ける。

 幾人かが目を見開き「闇妖精(ダークエルフ)だ」と声を上げる。

 

(まずは顔を見せて安心させて……それから誤解を解いて、有益な人物であると認めてもらう……大丈夫、出来る出来る。頑張れ俺。)

 

 右手を胸に当て、軽く会釈をしてみせてからヘルメスは語り掛ける。

 

「初めまして。私は、ヘルメス……錬金術師をしております、ご覧の通りの闇妖精(ダークエルフ)です。」

 

 村人達は何も言わずにこちらを見ている。

 冷静になって観察してみると、彼らの目にあるのは敵意というよりも怯えに近いもののように思える。

 

「まずは謝罪を。私は最近までトブの大森林奥地……人の踏み入ることの出来ぬ程の奥地で、錬金術の研究で籠っていたのですが……ふらりと森の外に出たはいいものの、村にたどり着いたのが皆さんの寝静まる深夜……非礼にならぬ様にと村の外れに仮宿を設けさせて頂いたのですが、それがいらぬ混乱を招いてしまったようで……。」

 

 自分でも驚く程スラスラと()()を捲し立てる。

 

「……すると、貴方はかつてこの地を支配されていた闇妖精(ダークエルフ)の一人……ということでしょうか。」

 

 一人の体格の良い初老の男が、声を上げる。

 

(よかった。とりあえず話は聞いてくれそうだ。)

 

「はい。かつて私の同胞達が森で暮らしていたのは事実です。……ですが私は、所謂変わり者というやつでして。いかんせん定命ではあるものの長命種であることが災いしてか、研究に没頭し、工房から出た時には既に誰もおりませんでした。どこかに拠点を移したのかも知れません……。」

 

 エンリから得た、かつてここには闇妖精(ダークエルフ)達が暮らしていたという情報をここで提供する。

 村人共通の知識だという事も聞いていたので、これで少しは説得力が増すといいのだがどうだろう。

 

「私は、事を荒立てるつもりはありませんでした。私の不勉強故に招いた混乱、深く陳謝致します。」

 

 ヘルメスは改めて頭を下げる。

 

「……だが、エンリを屋敷に連れ込んだのは事実だ。目的は?」

 

 20代後半程度だろうか、精悍な顔つきの青年は厳しい表情を崩さぬまま、ヘルメスを睨みつけている。

 

「ま……待って!さっきも言ったけど、近づいちゃ駄目っていう通達を無視して屋敷に近づいたのは私なの!……変なこともされてないし、その……優しかったし……とっても紳士だった!」

 

(エ、エンリさん……ちょっと待って……援護は嬉しいけど、君が喋るとややこしくなる。)

 

「私は長年の研究の成果を世に広めて回ろうと思い、森を出たのです……。そして、同胞達が既にこの地にいない事を悟り……そうですね……寂しかったんだと思います。村に灯る明かりを……とても暖かく……羨ましく思ったのです……。」

 

 最終手段。

 泣き落としである。

 

闇妖精(ダークエルフ)である私が、この人の地に馴染めない事位は知っています。……ですが、せめてその近くで……森の獣では無い、人の営みの暖かさを感じたかったのでしょう……。そして今日……屋敷の外に出たところ、エンリさんに出くわしました。優しく話しかけてくれた彼女に甘えて、つい話し込んでしまったのです。今、人の世はどんな情勢であるのか……そしてかつての同胞達が何処へ去ったのか知らないのかを……。」

 

 ヘルメスは時に目を伏せ、大袈裟にならない程度の身振り手振りを混ぜ、即興の設定を捲し立てた。

 村人達の目には、既に怯えや憤りは無く、俯いて話に聞き入っている者もいる。

 

(今だ。)

 

 ヘルメスは心の中で黒い笑みを浮かべると、《魔法無詠唱化/サイレントマジック》した《全種族魅了/チャーム・スピーシーズ》を唱えた。

 すると、黙って聞いていた村人達の何人かのすすり泣く声が聞こえてくる。

 隣に立っているエンリにあっては、グズグズと音を立てて涙を流している。

 即興のため、先程彼女に説明した設定と異なる部分が多々あるのだが、何故か受け入れている様だ。

 少し心配になる程の純粋さである。

 

 やがて、最初に声を掛けてきた初老の男がヘルメスの前に歩み出ると、一度目頭を押さえた後、肩に手を置く。

 

「……ここは王国の影響が良い意味でも悪い意味でも少なく、寂れた村ではあるが……君さえ良ければ好きに出入りしたまえ……。先程は話も聞かずに囲んだりして済まなかったね……。そうだ、あの屋敷は魔法によるものだろうか?良ければその話も含め、もう少し話をしようじゃないか。ここには冒険者が来ることも少ない。何か面白い魔法に纏わる逸話でも……聞かせてくれないかい?」

「……ええ。喜んで。」

 

 ヘルメスは魔法の効き目に若干引きつつも、笑顔を浮かべて頷いた。

 

 その日、ヘルメスは拠点を村の中に移すことを許され、更には村長や村の代表らの集まる会合に呼ばれ、顔合わせまでもが行われた。

 先程の初老の男が村長であったようで、ヘルメスの生い立ち(設定)を熱く語り、しばらく村に置いてやりたいと熱弁までしてくれる。

 魔法を使った泣き落としという中々に下衆な手段を用いた事に、少しばかり良心が痛んだが、事を上手く運べたという嬉しさの方が勝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カルネ村は農業を生業とした村で、共同生活が主であり、所謂商店に当たるものが存在しない。

 その為、生活をする上で、ヘルメスは仕事をする必要があったのだが、畑を耕すつもりは毛頭無かった。

 ヘルメスはこの世界においても『錬金術師』でありたかったのだ。

 

 村の案内役を買って出たエンリに連れられながら、ヘルメスは村の貴重な財源に薬草採集というものがある事を知った。

 それは治癒薬(ヒーリング・ポーション)の材料となる薬草であり、トブの大森林に自生しているもので、高い値が付くのだという。

 興味を持ったヘルメスは、薬草を保管しているという倉庫に案内してもらい、現物を確認させてもらった。

 

 ツンと鼻を突く匂いが立ち込める倉庫には、籠が並べられた棚があり、籠の中に詰められた植物を一つ手に取らせてもらう。

 

「もうすぐ売りに出す、エンカイシっていう名前の薬草らしいです。治癒の効能を秘めていると……薬師の友人の受け売りですが。」

「ふむ……。しかし薬草で治癒薬(ヒーリング・ポーション)作成なんて聞いたことがないけどなぁ……。」

 

 呟きながら、ヘルメスは手に取った植物に魔法を発動させる。

 

 

《構造上位解析/オール・アナリシス・アイテム》

 

解析結果――治癒効果(微)、解毒効果(微)、便通改善(小)、依存性(微)

 

 

 錬金術師専用魔法であり、《道具鑑定/アプレイザル・マジックアイテム》系魔法とは異なり、アイテムとしての効果だけでなくアイテムの構造や成分を解析する魔法である。

 

 解析の結果、確かに治癒効果はあるものの最低の(微)評価であり、もしこれで錬成できるのだとしても、大した治癒薬(ヒーリング・ポーション)にはなるまいと溜息をついた。

 薬草を触媒にするという、この世界独自の治癒薬(ヒーリング・ポーション)作成技術に興味はあるが、それはとてつもなく手間の掛かるものではないかと推察する。

 

 ユグドラシルにおいて、水薬(ポーション)作成は錬金術師の専売特許である。

 通常の手順では、錬金術溶液・込めたい魔法・特定物質を調合し、『水薬錬成』のスキルを発動して生成するのだが、『錬金術師(アルケミスト)』と『大錬金術師(グレーター・アルケミスト)』、更に『熟練者(エキスパート)』という生産系補助職業(クラス)をそれぞれ最大レベルまで取得すると、錬金術溶液と特定物質の効果が一つになった『万能錬金術溶液』を1日の使用回数制限はあるものの、スキルによって作成することが可能となる。

 

(余談であるが、これだけ聞くと、無から有を作り出すという「凄いスキル」の様に聞こえるが、駆け出しならともかく、カンストプレイヤーにとって、この錬金術溶液と特定物質は腐るほど手に入るものであり、「いちいち用意するのが面倒臭いから、錬金術師スキルで作れるようにしろ」との要望が多くの錬金術師プレイヤーからユグドラシル運営に届けられ、基本的に不人気・不遇な職業(クラス)ということもあって、たいしてゲームバランスに影響なしとの判断を下した運営が実装したという悲しい秘話がある。)

 

 水薬(ポーション)に込められる魔法は通常であれば、第5位階までが限度なのだが、ヘルメスの場合は第6位階(治癒系統であれば《大治癒/ヒール》の魔法が該当する)まで込めることができ、更に職業(クラス)によるボーナスが加算されることで、ユグドラシルにおいて通常手段で手に入る水薬(ポーション)としては最高品質のものを錬成することが出来る。

 

(万能錬金術溶液錬成のスキル……。ユグドラシルにいた頃は大して有り難くもないスキルだったけど、錬金術溶液と特定物質の入手目途の無い今となっては、生命線ともいえるスキルになっちゃったな……。)

 

 ヘルメスはアイテムボックスに手を突っ込み、いまだ在庫は腐る程あるものの、現状で()()といえる資産になってしまった水薬(ポーション)触媒を指先で弄りながら思案した。

 

「……ヘルメスさん?」

「……いや失礼、なんでもありません。いつか会ってみたいですね、その薬師のご友人に。」

「ンフィーは定期的に村にやってきますし、ここから少し距離はありますが、エ・ランテルに行けば会えますよ。」

 

 エ・ランテルとはこの村から一番近い都市との事だ。

 ヘルメスは、薬師ンフィーという名を頭の片隅にメモしておく。

 

(この世界特有の錬金術を学ぶのも悪くないね。未知の知識を得ることこそ、古代の錬金術師(エルダーアルケミスト)の本懐というもの……ふふ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が沈むころ、ヘルメスは村長夫妻の自宅で早めの夕食をご馳走になった。

 エンリが頻りに夕食に誘ってくれたのだが、年頃の娘のいる家にお邪魔するのは気が引けたため、村の代表者でもある村長宅にお邪魔した次第である。

 

 歯が欠けそうな程固いパンに、山羊のチーズ、野菜の入った薄味のスープ、と素朴な味ながらどれも美味であった。

 現実世界における食事とは、栄養補給を目的とした味気無いものであり、それに比べれば食卓に並んだ全てがご馳走と言えた。

 

 食事が終わり、ひと段落したところで、ヘルメスは姿勢を正して、夫妻に向かい合う。

 さすがに村に置かせてもらい、タダ飯を食らえる程、ヘルメスの神経は図太くないため、何かしらの礼をしようと用意をしてきたのだ。

 ユグドラシル金貨……現在所持している貨幣が流通していないことは、事前にエンリから話を聞いて把握していた為、彼女同様、マジックアイテムを礼にしようと決めていた。

 

「こちらをお納め下さい。」

 

 ヘルメスは、夫妻から見えない位置からアイテムボックスに手を突っ込むと、()()()()()()()()を取り出した。

 

「こ……これは……いけません!こんな……金貨何枚分という品でしょう!」

 

 村長は椅子から立ち上がって声を上げる。

 

(ふむ。やはり、この世界では水薬(ポーション)の価値が相当高いらしい。)

 

 村長の反応を予想していたヘルメスは、村長の狼狽振りを冷静に観察する。

 エンリからもたらされた情報で、この世界におけるマジックアイテムに類するものの価値は飛び抜けて高いという事が分かった。

 さらに気になる追加情報として、()()治癒薬(ヒーリングポーション)は貴族や冒険者しか持っていない、というのである。

 ただし、問題になるのはその『色』である。

 ヘルメスの知識にあり、大量に所持しているユグドラシル製水薬(ポーション)の色は全て()()なのである。

 

(青色の治癒薬(ヒーリングポーション)なんて聞いたことないよ……。まだまだ情報収集は重要そうだな。)

 

 情報収集が終わるまで、ヘルメスは錬金術師として振る舞いつつも、悪目立ちするような事は避けようと方針を固め、事前に下級治癒薬(マイナー・ヒーリングポーション)に色変更のスキルを使用し、それを渡すことにしたのだ。

 

(なんか嘘ついたり、騙したりばっかりで悪い気もするけど、情報が少ない状態で変に注目とかされても嫌だしなぁ。)

 

 自身が相当目立つ種族、出で立ちであることには気付かず、ぼんやりとそんな事を考える。

 

 その後、村長夫妻に無理矢理水薬(ポーション)を押し付けると、村の中へと移動させたグリーンシークレットハウスに戻り、この世界で迎える二度目の夜に様々な思いを抱きながら、ヘルメスは眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隣の村――と言っても距離にすれば、このカルネ村からはまだ遠い地で、多くの村人達の悲鳴がこだましていたが、まだ誰もそれに気付くものはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 




書籍版とウェブ版の設定を摘まみ食いの上、捏造設定マシマシ

そろそろ戦闘ですね

めげないように頑張ります

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