それは突然やってきた。
全身を鋼の鎧で武装した騎士の集団。
馬を駆けてやってきたそれは、門扉等存在しないカルネ村に速度を緩めることなく雪崩れ込む。
騎士達は、腰から剣を引き抜くと手当たり次第に村人を斬って回る。
ある者は馬上から、ある者は馬から下り、家屋に押し入って。
名乗り等無く。
慈悲等無く。
あるのは村人の悲鳴だけ。
そう――
ならなかったのは、
異物がこの世界に入り込んでいたためだ。
そして異物は、
その日、ヘルメスは村のはるか上空に佇んでいた。
初めて村人達の前で《飛行/フライ》を披露した際の、彼らの驚きは相当なものであった。
(まさか《飛行/フライ》が使えるだけで、大
いまだゲーム脳が抜けきらない思考に陥りながら、村の周囲を確認する。
村から少し北上した先にはトブの大森林が広がっており、その更に北には雪の降り積もる山脈が連なっているのが見える。
南側に目を向けると、霞んで見えるのがエ・ランテルという都市の砦だ。
(まずは、エ・ランテルに向かって情報収集と仕事探しだな。森と山脈の探索もしてみたいがとりあえず目先の金だ。)
ヘルメスは、今日にもカルネ村を発つつもりであった。
この村で得られる情報には限界があり、見聞きした物価も大まかすぎて判然としない上、魔法やスキルといった知識に至ってはほぼ皆無である。
(冒険者……ねぇ、あんまり魅力を感じないなぁ。レベルとかはピンキリなんだろうか。あぁ……そういえばランクがあるとかって言ってたなぁ。)
村で得た情報の中にあった冒険者という仕事について思案する。
モンスター討伐や商人の護衛等を行う、戦士や魔法詠唱者の専門職との事であった。
ヘルメスの魔法を目の当たりにした村人達からは、「あんたならすぐに名のある冒険者になれる」と勧められたが、今だ保留中である。
(遺跡探索とかなら喜んで参加したところだけど、護衛とか勘弁なんだよな。俺のビルドって
カルネ村から見て北東側にバハルス帝国、南西側にはスレイン法国という国が隣接しているとのことだが、とりあえず今いるリ・エスティーゼ王国とやらに根を張ることにする。
「……ん?」
西側から、何かしらの集団がこちらに向かってくるのが見えた。
「お客さんか?」
アイテムボックスから望遠鏡型のアイテムを取り出し、覗き込む。
青地の布に金属鎧を組んだ装備に身を包み、馬を駆けている。
旗の様なものを掲げているが、どこの所属かヘルメスは知る由もない。
(よく分からんが、村長に伝えておくか。)
ヘルメスは下降すると、村長宅へと向かった。
目前に迫ってくる騎士達。
村長曰く、所属はおそらくバハルス帝国だという。
リ・エスティーゼ王国にとっての敵性国家である。
(えらいことになった……。強制イベントというやつなのか……クエスト達成条件は村人の生存、みたいな。)
騎士達を出迎える形で、ヘルメスと村長は村の外に立っている。
先程、ヘルメスに「一緒に騎士達への対応をお願いしたい」と泣きついてきた村長は顔面蒼白である。
毎年戦争を繰り広げている敵国の騎士が、何の先触れも無く村に突貫してきているのだから、当然と言えば当然であるが。
既に、他の村人達は一か所にまとめ、ヘルメスが守護の魔法をかけた避難所に押し込んである。
念のため、男たちが持っていたナマクラ以上に酷い武器にも
(心配はいらないと思うが、初の戦闘スキルを持った現地人との接触になるだろう。一応気を引き締めておこう。)
「……村長。あまり気負わずに。心配いりません、この
緊張をほぐすつもりで大袈裟なロールをしてみたのだが、効果はあまり無いようで、村長は「ああ。うむ。」とだけ答えて眼前に迫る騎士達を見やっていた。
(ストレスで死にそうな顔だな……。)
やがて、村のすぐ手前まで来たところで行進は止まり、一人の騎士が前に出る。
「はて。どこかの村からか、早馬でも飛んだか……?」
ヘルメスらが事前に村の外で待機していたことが不思議だったのか。
隊長と思しき男は、首を傾げながら馬をゆっくりと進ませる。
「まぁいい。……聞け!我らはバハルス帝国が騎士、帝国の敵である王国民を討ちに来た!恨むのであれば、民を守れぬ王国の愚かさを呪うがいい!」
(えぇ……?まじ?無茶苦茶だなぁ。)
ヘルメスはこの世界における国家情勢など全くと言っていい程、把握できていないが、それにしても向こうの言い分が無茶苦茶なのは分かる。
不正入国した上、非戦闘員に対して虐殺行為をすると宣言しているのである。
この世界には条約、国際法といった概念は無いのだろうか。
「進め!
隊長と思しき男が剣を抜くと、雄叫びを上げ、土埃を巻き上げながら馬で駆けだす騎士達。
その表情はカブトに覆われて伺い知ることは出来ないが、躊躇は無いようだ。
ヘルメスは心の底から引きながら、
《
ヘルメスが地面を軽く爪先で蹴ると、轟音と共に、大地から幾つもの極太の岩石の槍が天に向かって突き出される。
槍は先を見通せない程に幾重にも重なっており、騎士の集団を囲う様に円状に突き出されたことで、彼らは巨大な槍の壁の中に閉じ込められる形となった。
――前に出ていた隊長と思しき男を除いて。
錬金術師は生産系の職業に該当するが、決して戦えない職業ではなく、専用の攻撃魔法もそれなりに存在する。
大地を隆起させる魔法であれば、足が地面に接地している事。
枝から剣を錬成する魔法であれば、樹木の幹に触れている事。
炎を纏う魔法であれば、かがり火に手を突っ込む事……などが発動の条件になる訳である。
ユグドラシルにおいては、錬金術師ロールをする為のエッセンスとしての側面が強く、MP消費が非常に少なく、見栄えが良い(ここが最も重要である)ので多くの錬金術師に好まれたが、フィールドによって使用できる魔法が限定されるという欠点を持つ。
この《大地の万槍/アーススピアーズ》は、地面の露出があれば行使可能な魔法で、本来は突き出した槍で相手を攻撃するものであるが、壁として利用できないかの実験を行ってみたのだが、どうやら成功したようである。
自然物を触媒にすることが多くなる為、初見だと
「な……なんだ、何が起きた!貴様、そこの……怪しげな
隊長と思しき男は、唾を飛ばしながらヘルメスと背後に突如現れた岩槍の壁とを見やり、叫ぶように声を上げる。
「ベリュース隊長!そちらはご無事ですか!……駄目です、この岩壁……剣では崩せそうにありません!」
岩壁の中から、男に呼び掛ける声があがる。
何やら金属音が繰り返し響いているが、剣で岩槍を崩そうと試みているようだ、ロープを上から投げるでもしないと脱出は不可能であろう。
「ふむ……ベリュース隊長殿、ですか。さて、部下の皆さんは拘束させて頂きました。これ以上の抵抗は無意味と思われますが……いかがいたしますか?」
ヘルメスは努めて落ち着いた声色を意識しながら言葉を紡ぐ。
(ちょっと格好つけすぎかな……。……ちょっと、いやかなり気持ちいいなこれは……癖になりそう……。)
『敵集団を相手に自らは一歩も動かず、魔法一つで無力化し引導を渡す』という所謂強者のロールが思惑通りに成功し、ヘルメスはわずかに高揚した。
やっている事はただの初心者狩りに近い行為なのは自覚している。
「こ、降参だ……。降参する……。」
手にもっていた頼りない剣を地に落とし、卑屈な表情を浮かべたベリュースは項垂れながら投降した。
「村長!西の方角から、また兵士風の者たちが、この村に近付いてきています!」
ヘルメスが投降した騎士達をようやく捕縛し終えて一息ついたころ、村人の一人からそんな報せが届けられた。
(嘘やん……。波状攻撃?面倒だなぁ……。)
村長はヘルメスを見ると、申し訳なさそうに口を開く。
「ヘルメス様……。」
「えぇ……構いませんよ。では先程と同じように村人達を一か所に集めて下さい。村長と私は、また村の外で待ちましょうか。一応、この者達を見張る人員をお願いします。」
ヘルメスは、親指で騎士達を差しながら指示すると、再度村の外に出向くこととする。
(さっきと同じレベル位の騎士達だったら、全く同じ展開になりそうだな……作業ゲーというやつだ。それにしても……こいつら質問しても何にも喋らんな……まぁペラペラ喋る騎士なんているはずもないか。)
さっさと魔法を使って色々と情報を吸い上げたいところだが、またも来客とあらば後回しにするしかない。
ヘルメスは先程とは異なり、リラックスしながら思案する。
というのも、この騎士達の強さから推察するに、理由は不明であるが、『この世界の住人達は極めてレベルが低い』と結論付けていたためだ。
戦闘員であるはずの騎士の強さは《ライフエッセンス/生命の精髄》で測ったHP量から考えるにレベル二桁に満たないレベルであり、魔法職のヘルメスが小突けば死ぬんじゃないかと思える程に弱いのだ。
(まぁ、スキルや魔法で強さを偽装しているという可能性も……いや、無いな。あの粗末な装備を見る限り……)
村人達は「騎士達の着ていた装備を売れば大金になるぞ」等と話していたが、ユグドラシルであれば何も装備していないに等しい位の貧弱な物だ。
思うだけで口にはしないが、ヘルメスからすればもはやボロ布である。
村長と共に村の出入口に向かうと、今度はまた別の村人が声を掛けてきた。
「村長にヘルメスさん!どうやら今度来たのは王国の兵士の様です。もしかしたら、先程の騎士達を追ってきていたのかも知れません」
村長は安心したのか、深いため息をついた。
「ふむ。別の地で戦端が開かれたものがここまで流れ込んできた……という事ですかね?では、騎士達のもとへ連れて行ってあげればいいですかね」
やがて、立派な馬に乗り、赤色を基調とした鎧に身を包んだ兵士の一団が村の入口までやって来ると、先頭を行く男が口を開いた。
「馬上より失礼。私はリ・エスティーゼ王国の王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。この辺りの村々を荒らして回っている帝国騎士討伐の為、王の命により派遣された者だ。」
全身鎧を着込み、まさに歴戦の戦士然とした男は村長に向けて話しかける。
鎧で覆われていないのは、丸太の様に太い腕と厳めしい顔だけであり、周りの兵士達と比較しても一つ抜けて屈強な体格を有している。
村長は、先程あった出来事を簡潔に話して聞かせる。
騎士達が突如現れたこと、ヘルメスがそれを察知したこと、そして魔法一つで無力化し、現在は捕縛している事等だ。
ガゼフは信じられないというような目で、村長の隣に立っていたヘルメスを見ると、やがて馬から下り、頭を下げた。
村人達と兵士らがどよめく。
「村人達を救っていただき、感謝の言葉も無い!」
ガゼフというのが実直な男である事をヘルメスは感じ取る。
戦士長というのが、王国でどの程度の位置にいる人物なのかは判然としないが、恐らく簡単に頭を下げていい様な人物では無いのだろう。
「頭をお上げください、戦士長殿。……私は自分に出来る事をしたまでです。」
「……なんという素晴らしい人物か。手前勝手ではあるが、ぜひ王国までご足労願えないだろうか……王からの褒賞を私から進言しよう。」
(ひえ。王様出てきちゃった……これ以上目立つのは嫌だなぁ。名が売れるのはいいけど、それはもっとこの世界の事を知ってからの方がいい。)
「いえいえ、お言葉は嬉しいですが、それには及びません。そんな大それた事をした訳でもありませんので」
「……!何をおっしゃる!それでは私の気が収まらん。貴殿は王国の偉大な貢献者だ。是非!礼をさせて欲しい」
「い、いえ……えぇと、そうですね。私はすぐにこの地を去りますので……そう、それはまた別の機会に……という事で……」
「それは……そうか。いや、済まない。少し興奮してしまったようだ……。」
これ以上断ったら逆に失礼に当たるのでないかと冷や冷やしていたヘルメスであったが、ガゼフは急に何か思い当たったという風に了承した。
「ところで、貴殿は
(よくぞ聞いてくれました。)
「魔法は行使しますが少々異なります。申し遅れました……未知なる知識の探究者……
目立ちたくないと言ったばかりであるが、錬金術師ロールは別である。
こればかりは譲れない。
戦士長は少しばかり間を空け、顎に手を当てた。
「ほぉ。錬金術師……騎士共を無力化することの出来る錬金術師など聞いたことがないな……」
終始柔和な表情であったガゼフが、ここで初めて眉根を寄せた。
これ以上、調子に乗っていると色々ボロが出そうだとヘルメスは少し慌てる。
「この辺りの土地の者ではないもので……その……錬金術自体の体系が少々異なるのです。故に……多少の攻撃魔法にも精通しているのです……」
薄っぺらい設定のメッキがどんどんと剥げていき、言葉がたどたどしくなる。
あまり話が長くなると本格的にまずいなと思い始めた頃、村の外から、ガゼフの部下と思われる一人の兵士が走り込んできた。
「戦士長!お話し中のところ申し訳ありません!村の周囲に複数の影あり、囲い込む様にこちら向けて……進行中です!」
助かった。
と思うと同時に、また厄介ごとが増えるのか、とヘルメスは頭を抱えた。
という訳で初戦闘でした。
環境魔法は、某●の錬金術師よろしく、見た目が格好良いので好んで使います。
転移後だと周りの物全てがオブジェクトになりますので応用が効きそうです。