錬金術師世に憚る   作:みずのと

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ジャックオーランタンさん、えりのるさん

誤字報告ありがとうございます。
めちゃ便利ですねこの機能!


第6話 闇に潜む者

「……なるほど。随分と恨まれているのですね。戦士長殿は」

 

 窓の外を睨むガゼフは口の端をわずかに上げ、皮肉気に笑うことで、ヘルメスの言葉を肯定した。

 

 夕方に差し掛かり、辺り一面はオレンジ色に染め上げられている。

 ヘルメスとガゼフは村の出入口に一番近い家を間借りし、情報共有を行っていた。

 ガゼフは、村を囲んでいるであろう者達の正体、リ・エスティーゼ王国の闇、そして戦士長である自分がここにいる――より正確に言うのであれば()()()()()()理由について語った。

 

 カルネ村に訪れた3番目の訪問者は、帝国とは別の隣国、スレイン法国という宗教国家所属の『陽光聖典』の名を持つ特殊部隊だという。

 スレイン法国とは、人類至上主義を掲げる大国で、人間種の支配する国としては周辺国最強の国力を持ち、その中枢については謎に包まれているとの事である。

 ガゼフは、闇妖精(ダークエルフ)であるヘルメスの容姿を見て驚いた様子を見せたが、村を救った事実と顔を見せた事で此方を信用してくれたのか、時間が無いながらもそんな説明をしてくれた。

 

 ヘルメスは、ガゼフの視線を追い、窓の外を眺める。

 まだ距離はあるが、似たような装備の人間達が横並びに陣を組み、それらに侍る様に天使が浮遊していた。

 ユグドラシルで何度も見たことがある下級天使のそれに酷似している。

 

(あれって炎の上位天使(アークエンジェルフレイム)だよなぁ。……正直殴っただけで消えそうだけど、戦士長さんの雰囲気からして、この世界では強いモンスターって認識なのかな……)

 

 ガゼフの話では、第一陣であった帝国の鎧を着た騎士達も法国の手の者だという。

 その者らの手により、死者も出ていると聞いてるだけあって、笑って馬鹿にするのも憚られた。

 

(国家間の争いに巻き込まれて死ぬ……か。まぁ可愛そうだとは思うけど……なんというか、どこか他人事なんだよなぁ……ゲーム脳がまだ抜けてないのかな。)

 

 ヘルメスは、隣の村で人が虐殺されたという話を聞かされても、『理不尽な話だが、弱いのだから仕方がない』と、どこか遠い国の出来事を見聞きしている様な感覚を覚えていた。

 この世界で数日暮らし、ヘルメスが現地の住人に抱いた印象は、『例えレベル差にギャップがあろうとも友好的に交流できるし、場合によっては友人となれるかも知れない。ただし、敵対するのであれば殺すことに躊躇は無い』というものであった。

 騎士達を捕縛で済ませたのは、情報が少なく、()()()()()()()()()()()()だけであり、深い慈悲からではない。

 それは、人間から闇妖精(ダークエルフ)という人間種に変化した影響であるのだが、今だ現実世界の頃の人間としての残滓も残っている為、感情の処理に齟齬が生じ、違和感を覚えるのである。

 

 ヘルメスが黙っていると、ガゼフが徐に口を開いた。

 

「ヘルメス殿は、冒険者……でいいのかな?」

「……いえ。私は冒険者ではありません。しがない旅の錬金術師です。」

「ふふ……。凄腕の魔法詠唱者の……な。……ヘルメス殿、無理を承知でお願いしたいのだが、共に戦ってはくれないだろうか。……無論、金銭で良いなら望む額を出そう。」

 

 ヘルメスは決して表には出さず、心の中で黒く笑う。

 その言葉を待っていた。

 

 人の生き死にが掛かっている状況下での金勘定。

 現実世界の彼であれば考えられない心の動きなのであるが、彼自身が「ゲーム脳」と処理している為、気付くことは無かった。

 

「まぁ、元よりそのつもりでしたので……。やましい話ですが、旅をするにも金銭が必要。弾んでもらえるとありがたいですね。」

「貴殿の勇気に、心から敬意を……。生きて帰った暁には、私の支払える額で構わなければ即金で支払おう。」

「では、契約成立という事で……。あ、ただ他の兵士の方々は退げた方が良いかと……魔法に巻き込まれては元も子もありません。」

「それは……。うむ……貴殿がその方が戦いやすいのであれば待機させよう……。」

 

 ガゼフは一瞬、何か言いたげだったが言葉を飲み込み了承した。

 

「……自信家であるのだな。ヘルメス殿は。」

 

(よかれと思って言ったんだけど……。)

 

 戦いを前に、僅かな擦れ違いを披露するも、二人は揃って家を出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒野が広がっていた。

 カルネ村の周囲は草原が主に広がっているが、村から少し離れれば所々草も生い茂っていない荒れた土地が点在している。

 そんな荒野にまるで待っていたかの様に、彼ら――『陽光聖典』はいた。

 ヘルメスらを囲む様に立ち並び、皆一様に黒を基調とした神官服を纏っている。

 

 ガゼフは徒歩で、ヘルメスは《飛行/フライ》によって彼らと相対する位置につく。

 

「……ガゼフ・ストロノーフ。村人の命乞いにでも来たか?」

 

 髪を短く切り揃え、蒼白といったイメージの男が、ガゼフに声を掛ける。

 男の横にいる天使は他の天使よりも一回り大きく、指揮官系スキルを持つ個体と考えられた。

 おそらく隊長はこいつなのだろう、とヘルメスは当たりをつける。

 

「帝国兵を装い、王国の村々を荒らして回った騎士達は貴様の差し金か?」

 

 ガゼフは質問には答えず、質問に質問を返して挑発する。

 

「だったら、どうする。大局が見えぬ愚か者よ」

「……!なぜその様なことを!なんの罪もな――」

「全ては貴様を抹殺する為。そのための犠牲者だ、ガゼフ・ストロノーフ。お前と、王国の愚かさが村人達を殺したのだ。」

 

 ガゼフの台詞を遮って告げた男は、ふと隣に立つヘルメスを見やった。

 

「……村に冒険者でもいたか?見たところ、魔法詠唱者の様だが……金で釣った助っ人を己が死地に引き込むとは、王国最強の戦士が聞いて呆れるな」

「お初n――」

「貴様らの様な卑怯な手を使う者とは違う!彼は真の勇者だ!私と共に戦ってくれると――……どうした、ヘルメス殿?」

「いえ……」

 

 ヘルメスが少しだけ赤くなった顔を抑えて俯いていると、男と、その脇に立つ部下と思しき隊員が耳打ちするのを視界の隅に捉えた。

 

「ニグン隊長、あの魔法詠唱者はどうしましょう。」

「どうもせん。ガゼフもろとも始末する。」

 

 人間であれば聞き取りようも無い距離であったが、闇妖精(ダークエルフ)の優れた聴覚が二人の会話を正確に拾う。

 我ながら便利な身体だな、と考えながら、仕切り直すようにヘルメスは咳払いを一つ挟んだ。

 

「んんっ……。お初にお目にかかります。陽光聖典隊長……()()()殿、私は未知なる知識の探究者……古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)ヘルメスと申します。以後お見知りおきを」

「貴様……」

 

 名乗ってもいない名を口にしたことに警戒を強めたのか、ニグンは眉根をひそめヘルメスを睨みつける。

 

「得体の知れない魔法詠唱者を先に殺せ。……行け」

 

 ニグンの合図を受け、天使2体が滑空してヘルメスの下に突貫してきた。

 

「ヘルメス殿!援護は頼んだ!私の後ろに――」

「それには及びません」

 

 ヘルメスは、前に出ようとしたガゼフを遮ると、自らが一歩前に出る――必然、天使たちの手にある炎を纏う剣がヘルメスの華奢な肉体に深々と突き刺さる。

 

「ヘルメス殿!」

「愚かなものだ……いくら積まれたのかは知らんが、死んでしまっては金の使いようもあるまいに」

 

 天使達は、剣をヘルメスに深々と突き立て、空中に静止している。

 ガゼフは駆け寄り、天使達を振り払おうと剣を振りあげた瞬間――ヘルメスの足元から轟音と共に大地から巨大な岩槍2本が突出した。

 天使は岩槍に胴体を貫かれ、ひしゃげた後に光の粒となって霧散する。

 

「何!?」

 

 ニグンは目を見開き、相対するヘルメスはゆっくりとした動作で両手を広げ、フードの下から『敵』を見据える。

 その体に、天使から受けた筈の刺し傷は無い。

 

「血の気の多い人達だ……遊びたいのなら付き合いましょう。せいぜい楽しませてください」

 

 ヘルメスは碧眼をギラリと輝かせ、あくまで優雅な錬金術師ロールを装いつつも、その心臓は早鐘を打っていた。

 

(……滅茶苦茶怖かった……。『上位物理無効化』が効いてるとは分かってたけど、やっぱり刃物が身体に刺さるのをただ待つのは怖かったな……。とりあえず、これで常時発動型(パッシブ)スキルの確認も出来たし、後はさくっと倒してしまおう。……あぁ心臓に悪かった)

 

「全天使達を攻撃させろ!急げ!」

 

 ニグンは、たった今目の前で起こった事象が理解出来ずにいたが、この謎の魔法詠唱者が危険な存在であることだけはかろうじて理解できた。

 今日まで何度も死線を潜り抜けてきたからこそ、相手に時間を与えず、全天使による突貫という指示を飛ばす事が出来た。

 しかし――

 

「遅すぎます」

 

 

 

環境(フィールド)魔法・黄金石の弾丸/ゴールドバレット》

 

 

 

 ヘルメスが地面を踏みつけると、周囲に転がっていた無数の石が黄金色に輝きだす。

 僅かに大地から浮き上がった石は、瞬く間に黄金の弾丸へと錬成されると、今まさに斬りかからんとする天使達に向かって一斉に射出された。

 上位個体と思しきものも含めた天使達の悉くが、弾丸に撃ち抜かれ、まるでガラスのように砕かれ、光に還っていく。

 いっそ幻想的なまでに美しい光景が戦場に生まれた。

 

(ちょいと敵の数が多いな……せっかくだし錬成アイテムの効果のテストもしてしまおう)

 

 ヘルメスは、アイテムボックスから魔封じの水晶を取り出すと、魔法を詠唱する。

 

《魔法三重最強化・電撃球/トリプレットマキシマイズマジック・エレクトロスフィア》

 

「――開放(リリース)

 

 手元の水晶が光り輝き、遅れて合計()()もの電気を帯びた巨大な白球が、天使達を失い茫然としていた陽光聖典の隊員達に着弾する。

 周囲が激しい光に包まれ、土埃が巻き上がる中、立っていたのは直撃弾の無かったニグン一人のみであった。

 

「な……なんだ。何が起きた?……貴様、何をした?」

「ただの第三位階魔法ですよ……。まぁそれと……私の研究成果の一部をすこしだけ披露したまでです」

「ふざけるな……。あの数、《魔法の矢/マジックアロー》でもあるまいし……」

 

 ニグンは憎々し気に言葉を返すが、その表情は驚きに満ちており、ヘルメスは少しだけ気を良くする。

 ユグドラシル時代、不遇の職業であったこともあり、自身の錬金術師としての研究成果を驚きをもって評価されたという事実に、悪い気がする筈もない。

 背後のガゼフは魔法を受けた陽光聖典の隊員達が事切れているのを遠目からでも察知し、その厳しい目をニグンだけでなく、ヘルメスにも向けていたのだが、それに気付くことはなかった。

 

「まぁ、詳しくは企業秘密というやつです。……で、投降しますか?」

 

 ヘルメスが掌を天に向け、ニグンに問う。

 気分が良いので見逃してやろう、そんな気分であった。

 

 ニグンは地に伏した隊員達を眺め、一間を置くとヘルメスを睨む。

 

「……どうやら貴様にとっての切札を早々に切った様だが、残念だったな」

「ん……?」

「貴様は強い。……おそらく私が今までに会ったどの魔法詠唱者よりもな……その強さに敬意を表し、私も切り札を使わせてもらう!」

 

 ニグンは、懐からヘルメス同様、魔封じの水晶を取り出す。

 

(おっ?こっちに来てユグドラシル産アイテムを見たのは初めてだな。……問題は何を封じているかだけど)

 

「見よ!最高位天使の力を!――威光の主天使(ドミニオン・オーソリティー)!」

 

 ニグンの持つ魔封じの水晶が輝き、辺り一面が光に包まれる。

 光はやがて上空に集約し、一同の目線もそこに向けられた。

 

 光り輝くは、翼の集合体。

 手には荘厳な笏を持ち、何対もの翼からは純白の翼が舞い散る。

 巨大な天使が、ヘルメス達を見下ろす様に空の只中に顕現した。

 

「人類に到達することは出来ない、第七位階魔法による召喚だ!我が国に逆らった愚かさ、その身をもって知るがいい!」

 

 ニグンは声を張り上げる。

 祖国から託された秘宝を持ち出したのだ、負けるはずがないと、自分に言い聞かせる様に。

 そして事実、天使の威光は、魔法に疎い身であるガゼフをもってして、もはや勝利は無くなったと確信させた。

 

 ガゼフは、強大な魔法を行使してみせたヘルメスの肩に手を置く。

 強大な魔法詠唱者であることは証明してくれた……が、いくら何でもこれは相手が悪すぎる。

 彼はここで死すべき人物では無い。

 そして、彼一人なら何らかの魔法的手段で逃げることくらいは出来るのではないか、と考えた。

 

「ヘルメス殿……助太刀感謝している。……今からでも遅くない、逃げてくれ」

「……」

 

 振り返ったヘルメスは無言であった。

 

「……構わんさ。一対一に持ち込んでくれただけでも有難い。……ただの旅人にこれ以上の無茶をさせては、戦士長の名が泣くというものだ」

「……」

「ヘルメス殿?」

「……褒賞……」

 

 ヘルメスは小さく呟く。

 

「ふっ……。ははは!いや、失礼。そうであったな……ここを切り抜けられたなら幾らでも支払いたいが――」

「……それは良かった。であれば問題はありません」

「何?」

 

(あやうく、タダ働きになるところだった……)

 

 ヘルメスは、ガゼフに見られない様な角度からアイテムボックスに手を突っ込み、(スタッフ)を取り出す。

 ユグドラシルプレイヤーであるなら看過したであろうが、その杖は酷くシンプルなデザインの黒樹製のものであり、消耗品に類するアイテムであった。

 

(主天使は第七位階だから、上位魔法無効化を貫通してくる……痛いのは嫌だから、速攻させてもらおう)

 

 

 

《暗黒孔/ブラックホール》

 

 

 

 ヘルメスは唱えながら、杖を主天使に突き出し、込められた魔法を発動する。

 空に小さな黒点が生まれ、それは少しずつ大きくなると、魔力による力場を発生させた。

 やがて、主天使はその荘厳な造形を歪ませながら、無理矢理その小さな孔の中へと引きずり込まれていく。

 

「な……にが……起きている?」

 

 ニグンは召喚した主天使に攻撃を指示する暇も無く、茫然とただそれを眺める事しか出来ない。

 切り札を召喚したはずだった。

 敵を葬り去るはずだった。

 己が信仰の象徴、神の御使いである主天使が、力付くで捻じ伏せられ、堕とされ、存在を無かった事にされる、そんな悪魔の様な魔法が執行されていく様を眺めていた。

 

 残ったのは静寂。

 夕日は沈み、薄明りはあるものの、辺りには闇が広がっていた。

 三者三様、様々な思いが交錯する中、口を開いたのはニグンであった。

 

「……お前は……何者なんだ……」

 

 質問であるのか、独り言であるのか。

 その声は、もはや祖国を背負い、使命を帯びた戦士のそれでは無い。

 

「……古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)です……ヘルメス……です」

 

 さっき聞いてなかったのかよ、と不意打ちを食らった気分のヘルメスは、虚を突かれて間抜けな自己紹介をしてしまった。

 

「……殺せ。もはや我が命運は尽きた。六大神の奇蹟を冒涜せし魔法詠唱者……いつの日か我が同志達が貴様を葬る日が来るだろう」

 

 ニグンは両膝を着き、力無く、言葉を紡ぐ。

 

(なんだよ同志って……これから、こいつらの仲間が何度も襲ってくるとか、そういうの無いだろうな……)

 

 ヘルメスは、呪われたら嫌だなと思いながら、ニグンの処遇についてガゼフに一任してしまおうと、小首を傾げながら振り返る。

 ガゼフは目を見開いてヘルメスの顔を見ていたが、言わんとすることが伝わったのか、すぐに頷いた。

 

「奴の身柄はこちらで預かろう。……もちろんヘルメス殿に厄介ごとが降りかからぬ様、取り計らせてもらう」

「……すみませんね。悪目立ちするのは好きでは無いもので」

 

 ガゼフは、あの様な大魔法を行使しておいて何を、と言いかけるが口を噤む。

 

「では……一度村に戻って――」

 

 辺りは暗くなり、戦闘も終了した。

 今日はお礼という形で、村でご馳走にありつけるのでは、と気を緩めたヘルメスが口にした瞬間であった。

 

 

 

 

 

 びきり

 

 

 

 

 

 ――と不気味な音を立て、()()()()()()()()

 

 あれは何だったか。

 すぐに思い出せなかったヘルメスは、ぼんやりと空を見上げた。

 

 あれは何時だったか――

 

 ユグドラシル時代――

 

 そう、何らかの情報系魔法が自分を観測した際に――

 

 用意した攻性防壁が発動した時のエフェクト――

 

 この世界にもあったのか。

 厄介だな。

 

 

 

 

 

 びきり

 

 

 

 

 

 ――あれ

 

 ヘルメスがその現象についてようやく思い出した時、不可思議な事が起きた。

 空に亀裂が、()()()()生まれたのである。

 

 ヘルメスはニグンとガゼフを交互に振り返る。

 

 ()()……。()()()()()()()()

 

 一つ目の空の亀裂はおそらく自分の攻性防壁によるものである。

 おそらくは、作戦に失敗したニグンに対するスレイン法国とやらによる監視魔法であろう。

 

 ニグンの傍にいる自分は、十分に効果範囲の中にいる。

 何も不思議は無い。

 

 では連続で、監視魔法が放たれたのか?

 ――否。

 自分の攻性防壁にもリキャストタイムが存在する。

 つまり、2つ目の亀裂は、自分の防壁によるものではない。

 

 では、その()()()()()()()二つ目は――

 

 

 

 

 

 

「今この場に、俺以外の誰かがいる?」

 

 

 

 

 

 

 冷や汗が噴き出す。

 

 今、この場に《完全不可知化/パーフェクト・アンノウアブル》を使用した第三者がいる。

 

 何故?

 目的は?

 ずっと見ていたのか?

 どこから?

 

 もしかすると、ずっと俺のすぐ背後から――?

 

 背筋が凍る。

 ヘルメスは、この世界に来てから初めて『恐怖」を感じた。

 《核爆発/ニュークリアブラスト》を無詠唱化して発動しかけ、――寸前で思いとどまる。

 

(ぐ……くそ、こいつらのレベルじゃ死んじまう……)

 

 《核爆発/ニュークリアブラスト》の爆発範囲は広く、視覚・行動阻害の効果がある。

 爆発に紛れ、こちらも《完全不可知化/パーフェクト・アンノウアブル》で不可知化し、転移で離脱――しようとしたのだが、今は一人では無いことを思い出す。

 

「「()()!」」

 

 代わりに叫ぶ。

 なんの効果も無いが叫ぶ。

 俺は気付いているんだぞ、というアピールをする。

 

 アイテムボックスに手を突っ込み、《敵探知/センスエネミー》《生命感知/ディテクトライフ》《感知増幅/センサーブースト》といった探知系スクロールを4、5本、乱暴に取り出すと順番もバラバラに発動させる。

 

 ――反応は無い。

 敵はいない。

 敵性生物もいない。

 

「ど、どうした!ヘルメス殿!」

 

 ガゼフが、ヘルメスの両肩を強く抱き、揺さぶる。

 

「へ?……あぁ、いや。その」

 

 突然取り乱したことを恥ずかしく思い、言葉を濁す。

 

「……ふ。無理も無い。あんな、とんでもない大魔法の大立ち回りを繰り広げたのだ……疲れたのだろう」

「え、あぁ……えぇ、誰かがいた様な気がしたのですが、気のせいだった様です……お恥ずかしい」

 

 ガゼフが酷く安心したような表情で声を掛けたのは、簡単に言えばヘルメスに人間味を初めて感じたからであった。

 化物然とした魔法詠唱者もまた、疲弊し、神経が過敏になる様な、人間臭いところもあるのだと。

 

「もう大丈夫です……失礼しました。古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)にあるまじき失態……お見苦しい所をお見せした」

「ははは。何を言う救国の英雄……。さぁ村に帰って、少し休もう。……私は何もしていないがな」

 

 戦士長という立場の者に、自虐の冗談を言わせてしまう程、狼狽していたのかとヘルメスは引きつった笑顔を浮かべる。

 

「なんなら、背負ってやってもいいがどうする?」

 

 これも冗談のつもりだろう。

 ガゼフが、自分に背を向けて笑いかける。

 しかし、ヘルメスはもう笑っていない。

 

「いえいえ。それには及びません」

 

 次の刹那。

 ヘルメスは、すばやく《転移門/ゲート》をカルネ村に繋いで開くと、ニグンとガゼフを押し込む。

 

「ヘルメ――」

 

 ガゼフが言い切るより前に、開いた《転移門/ゲート》を閉じる。

 ガゼフが最後に見たヘルメスの顔は、今までの穏やかな闇妖精(ダークエルフ)のそれでは無く、碧眼をぎらつかせた邪悪な笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ヘルメスは最初に感じていた恐怖はどこかに吹き飛んでいた。

 感情の起伏が、現実世界にいた頃よりも激しくなっている気がするが、今はそんな事はどうでもいい。

 

 

 

 

 

 

 

 敵はいなかった。

 敵性生物はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――だが、()()()()()()()はあった。

 

 

 

 

 

 

()()()()な訳ねぇよなぁぁ!舐めやがって、この覗き見野郎がぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

 近くに潜んでいるであろうアンデッドに対し、恥をかかされた礼とばかりに。

 ヘルメスは《核爆発/ニュークリアブラスト》を地面に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




という訳で、テンプレ陽光聖典との接触でした。

説明不足の一部箇所については、後々語らせる予定です。
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