錬金術師世に憚る   作:みずのと

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第8話 宴

 

 

 土煙が巻き上がる中、ヘルメスは大地がクレーター状に抉れた周囲を見渡す。

 既にアンデッド反応は無い。

 

「……逃げたか?」

 

 ニグンを下した直後、自身の攻性防壁が発動し、間を開けずに別の攻性防壁が発動した――間違いなくあの場にはもう一人いたはずである。

 ユグドラシル時代の所謂『煽りプレイ』をしていた人物、否、アンデッドはこの世界の住人では無く、自らと同じユグドラシルプレイヤーではないかと思案する。

 

(でなければ、攻撃もせずに近くでじっとしている理由がないしな。何より敵性判定が無かった……糞……完全にからかわれたって事か)

 

 先程、柄にもなく激高したヘルメスは、想像以上の破壊力の第9位階魔法《核爆発/ニュークリアブラスト》を放ったことで幾分か冷静になっていた。

 ユグドラシルに存在する魔法の中でもトップの効果範囲を誇り、強いノックバック効果を持つ魔法であるが、どうやら不発に終わったようである。

 

 ヘルメスの情報系魔法に対する守りはやや脆弱といえる。

 錬金術師等の生産系職業と、魔力系魔法詠唱者としての職業構成、つまりは二足の草鞋を履くヘルメスは、100レベル上限のビルドでカツカツであり、常時発動型(パッシブ)の防御魔法を取得できていない為だ。

 ヘルメスが対人戦(PVP)を得意としない理由の一つでもあるのだが、「覗き見を警戒する位なら、一つでも多くの役に立つ魔法を習得したい」という考えで放棄していた。

 実際、覗き見を警戒する必要があるのは、本拠地(ギルドホーム)を持つプレイヤーや、未知のダンジョンを一番に攻略するプレイヤー、PKを警戒する異形種プレイヤー等であり、ヘルメスはいずれにも縁が無く、戦闘時等に使用する任意発動型(アクティブ)の魔法で十分であった。

 錬金術師として他のプレイヤーと接触する機会が多かったこともあり、優先度を低く設定していたのだが、ここに来てそれが裏目に出た形だ。

 

(こっちの世界に来て気が緩みすぎていたな……ここはユグドラシルとは違うんだ。認識を改めないと)

 

「……にしたって、100レベルにもなって煽りプレイ喰らうとは……自分が情けない……これは勉強代ということにしておくか」 

 

 ヘルメスは自身の頬を張り、少し悩んで攻撃力上昇ボーナスを付与する指輪を外すと、代わりに常時発動型の探知妨害魔法が込められた指輪を嵌め、カルネ村へと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 その夜、村人らによる宴が、細やかながら開かれた。

 宴とは言いつつも、広場で行われた簡素なものである。

 普段であればとうに寝静まっているであろう夜闇の中、幾つもの篝火が焚かれ、橙色の灯が広場と人々を照らし出している。

 乾杯の挨拶を村長が行い、「今宵の主役、偉大なる錬金術師に乾杯」という静かな音頭を以て食事が振舞われる。

 ヘルメスは、こういった場は慣れていなかったが、普段の食卓には上がらないであろう肉料理を使ったメニューは、いつもより美味く感じられた。

 

「ヘルメスさん」

 

 振り返れば、エンリが酒瓶を両手で持っていた。

 どうやらお酌に来てくれたらしいが、この世界でもこういった慣習はあるのだろうか。

 

「聞きました。すごい魔法を駆使して騎士や神官たちをやっつけたって……村長さんなんて興奮しっぱなしで同じ話を何度もするんです」

 

 エンリはくすくすと笑いながら、ヘルメスの持つ杯に酒を注ぐ。

 ヘルメスは礼を述べた後、それを一気に呷る。

 現実世界のヘルメスは下戸であった筈だが、何故だか水のようにすいすい飲める。

 王国では一般的な酒らしいが、なかなかに美味い。

 

「ふむ。錬金術師としての研究成果を荒事で示すのは、あまり好きではありませんが……」

 

 ヘルメスはエンリから酒瓶を受け取ると、エンリの持つ杯にお酌をする。

 

「……まぁ皆が無事に済んだのですから、良しとしましょう」

 

 ヘルメスは錬金術師ロールをしながらも、クサいセリフだなと途中から思い、赤面しながら言い繋ぐ。

 変なことを口走っても酒のせいにできるのは便利だ。

 

「……ヘルメス様はすごいなぁ」

 

 エンリは杯を両手で持ち、注がれた酒で唇を湿らせると小さく呟く。

 赤面した頬に、とろんとした目を見るに、酒には強くない様だ。

 

「……ところでエンリさん。失礼ですが、今おいくつですか?」

「え……今年16になります」

「……そうですか」

「えっえっ……な、なんでですか?」

 

 現実世界で可愛い女の子にお酌される経験などある筈もなく、つい自分からもお酌してしまったのだが、この世界では未成年の飲酒を禁止する法律はあるのだろうかとぼんやり考える。

 

「あの……ヘルメスさんは明日にでもエ・ランテルに行かれてしまうんですよね?」

「そうですね。とりあえずそのつもりです」

「じ、じゃあ、もし私の幼馴染の……薬師の友人の店に顔を出すようでしたら、よろしくお伝え下さい」

「えぇ。ンフィーレアさんでしたね。お伝えしましょう」

 

 それっきり、会話は途切れてしまった。

 静かに談笑する村人たちの話声と、焚かれた篝火から炭の爆ぜる音がするのみだ。

 

「……そういえば、戦士長さん達の姿がありませんね」

「は、はい!えっと……あの法国の神官達を見張っていなければいけないので辞退する、との事でした」

「あぁ、それもそうか。一応公務員ですもんね、仕事中に飲む訳にはいかないか」

 

 ガゼフ達を一足先に《転移門/ゲート》でカルネ村に帰還させ、その後の一悶着の後、ヘルメスが村に戻った時の事を思い出す。

 ガゼフはヘルメスの姿を見るなり「無事であったか」と抱き着き、何があったのか質問攻めにしてきたのだが、ヘルメスがのらりくらりとはぐらかすのを見て、渋々といった表情を浮かべ諦めた。

 ひとまずは、ヘルメスが殺めた陽光聖典の部下達の亡骸の処理、その後、ニグンと名乗った神官と先行隊である帝国の鎧を着た騎士達を王国に連れ帰るという事で、しばらくは村に留まるそうだ。

 謝礼の支払いについては、ヘルメスが後日、王都に行った際に改めてという段取りとなっている。

 

 腹が膨れてきたヘルメスは今後の事について思案する。

 ひとまずは、大都市であるらしいエ・ランテルに向かい、この世界についての情報を得つつ、仕事を探す。

 問題はどんな仕事に就いて日銭を稼ぐかだが、事前に聞いている冒険者という仕事にはびっくりする程、魅力を感じない。

 レベル100に至った自分ならば相当な活躍は出来るのであろうが、そもそも戦闘はそんなに好きでは無いし、初心者狩りみたいであまり気乗りしない。

 何かしらの生産職に就くのが一番だと考えているが、この世界に一体どんな仕事があるのか、そこから調べる必要がありそうである……と、そこでヘルメスは閃いた。

 

「エンリさん」

「は、はいっ?」

 

 滅多に口にしない酒に酔ったのか、こちらをぼんやりと眺めていたエンリが慌てて返事をする様子を不思議に思いながら、ヘルメスは質問する。

 

「その……ンフィーレアさんの所の……ポーション工房、弟子とか取りますかね?」

「え?……うーん、どうでしょう。ンフィーの所は、おばあちゃんと二人で経営しているお店ですから……」

「ふむ。家族経営か……とすると難しいかな」

「……ヘルメスさんは、ンフィーのお店で働きたいんですか?」

「まぁ……村の皆さんには冒険者を勧められましたけど、あまり荒事は好きではないのでね……であれば、錬金術の研究成果を活かせる職種に就きたいと考えまして」

 

 ヘルメスは両手を広げ、宙を眺める。

 そこには、偉そうに語る無職の闇妖精がいた。

 

「……ヘルメスさんなら、個人でお店も開けるんじゃ?」

「え」

 

 思いもしない提案がエンリからなされ、ヘルメスは呆けた声を出してしまう。

 

「店……?」

「はい……だって、ヘルメス様……ヘルメスさんなら、とんでもないアイテムを簡単に作りだしそうな気がして……」

 

 盲点であった。

 しかし、商人スキルを持たない自分にお店なんて開けるのだろうか。

 まだ実験は行っていないが、一部例外を除き、錬金材料や触媒の調達目途は立っておらず、まだまだ大量の在庫はあるものの、いまや有限となったユグドラシル由来のアイテムを消費するのは気が引ける。

 マジックアイテムは文字通りヘルメスの生命線であり、戦闘スタイルもアイテム使用を前提としたもので構築されている。

 そもそも特別顧客を除き、ユグドラシル時代でも商人ギルドに販売は丸投げしていたのだから。

 

「店……ですか。私は知識の探究が出来ればそれでいいのですが、まぁお金は大事ですしね。考えてみます」

「あはは。きっと私達じゃ手も出せない様な高級店になりますね」

 

 エンリは少しだけ寂しそうに笑うが、ヘルメスはそこまで彼女の心の機微に気付くことはない。

 

「まぁ、何事も経験は大事です。まずはどこかで働いて下積みを積むのも悪くないでしょう」

 

 ヘルメスは、杯にわずかに残った酒を飲み干すと、当面の方針を固める。

 この世界における生産系の職業にどういったものがあるのかを調べ、まずはそこで働いて知識を得る。

 この世界独特のポーション作成技術といったものも存在しているのだから、その技術を学ぶことは無駄にはならない筈だ。

 もしかしたら、それを切っ掛けに新たなアイテムの作成方法を習得することが出来るかもしれない。

 

(そう……。俺は『未知なる知識の探究者』古代の錬金術師(エルダー・アルケミスト)。この世界の未知を既知とし、そしてまた錬金術師として大成するのだ)

 

 ヘルメスは頷き、決意を新たに己の手を握り締める。

 ――と、思い至ったヘルメスはエンリに顔を向ける。

 

「……ところで、やっぱり新人って道具磨きとか掃除とか、最初はそういう仕事しかやらせてもらえないもんかね?」

「……ぷっ。あはは。ヘルメスさんが掃除とか似合わないかも……しれないです」

 

 エンリは真面目な顔で小首を傾げて問うヘルメスの様子が可笑しくなって噴き出した。

 下戸では無い筈だが、急に世俗染みた物言いをするのがツボに入ってしまった。

 

「いやマジな話」

 

 続けて問うヘルメスの様子に、声を殺すが笑いが止まらなくなる。

 普段はその身に纏う高級そうなローブに似合った凄腕の魔術師然とした立ち振る舞いなのに、時折、これが素なのではと思わせる言動を見せるのだ。

 あれはマジックアイテムを礼だと言って、自分に下賜してくれた時だったか、まるで子供の様に振舞う彼に戸惑ったのが記憶に新しい。

 

「ねぇ。なんで笑うの」

「やめて……いつものヘルメスさんに戻って……」

 

 震えながら懇願するが、畳みかけるように素のヘルメスを出してくる。

 確信犯なのではないか。

 

 ヘルメスが困惑顔を浮かべる中、彼の右中指に収まっている世界級(ワールド)アイテム『賢者の石』が、僅かに光を放っていた。

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、宴がお開きとなる頃、ヘルメスはエンリに手を引かれ、強引に自宅に招待されると、今日こそうちに泊まる様にと念を押された。

 グリーンシークレットハウスに設置されたベッドの天にも昇る寝心地の良さを知るヘルメスは、家族の迷惑になると断ったのだが、彼女の両親とまだ年端も行かない幼い妹のネムを紹介され、最後なのだからと厄介になることとなった。

 エンリの両親は人柄が良く、また聞き上手であったこともあり、ついユグドラシルでの逸話や武勇伝を熱っぽく語ってしまった。

 やがて全員が寝静まり、宛がわれたベッドに寝ころんでいたヘルメスは、エンリ家に近付く一つの足音に気付く。

 

 ヘルメスはエンリ達が起きない様に静かに玄関まで移動すると、静かに戸を開ける。

 扉前にいた人物は少しだけ驚いた様に目を見張った。

 

「……さすがはヘルメス殿であるな。酒も入った夜分に申し訳ないが、ご足労願えないだろうか」

「戦士長殿ですか。構いませんとも」

 

 扉前にいたガゼフは、ローブを纏いなおしたヘルメスを村の倉庫区画へと案内した。

 そこは、捕縛した騎士達とニグンとかいう神官を押し込んでいた場所のはずであり、ヘルメスは僅かに苦い表情を浮かべた。

 

「……戦士長殿。出来れば国同士の面倒事にはこれ以上関わりたくないというのが、正直なところなのですが?」

「悪いとは思っている……いや、少々厄介なことになってな。どう転んだとしても、ヘルメス殿は明日一番にこの村を去ってもらって構わない……構わないのだが、その前にどうしても奴の話を聞いてもらいたくてな」

 

 溜息をつくヘルメスをよそにガゼフは事情を説明する。

 ヘルメス達が宴を楽しんでいた間、ガゼフらは捕縛したスレイン法国の騎士達と神官らに尋問を行っていたらしい。

 まず帝国兵に扮していた騎士達であるが、彼らは情報を得るに値しない末端も末端の法国の民であり、ただ上からの指示で村々を襲って回っていたというもの。

 把握している情報はロンデスとかいう隊長格の男が全て喋ったとの事である。

 問題は陽光聖典という名の特殊部隊を率いていたニグンであり、何をしようとも一言も喋らないのだという。

 

「あの闇妖精(ダークエルフ)の魔術詠唱者を呼べ」

 

 先程になってようやく、その一言だけを発し再びだんまりを決め込んでいるそうだ。

 

(……錬金術師だって言ってるのにイマイチ浸透しないな)

 

 ヘルメスがそんな見当違いな感情を抱いていると、やがて倉庫の扉が開かれ、件の人物と対面する形となる。

 ニグンは両手足を拘束され、椅子に縛られており、やや感情が抜け落ちた様な瞳でヘルメスを見つめた。

 倉庫の中には騎士達の他、ガゼフ配下の兵士達が待機していた。

 

「さぁ、ヘルメス殿は連れてきてやったぞ。今度はそちらの番だ。知っていることを喋ってもらおう」

 

 ニグンはガゼフを横目に見ると、一度口を開きかけ――固く閉じ、ヘルメスに向き直る。

 

「一切の質問には応じない。そこの闇妖精(ダークエルフ)以外、全員この倉庫から出てもらおう」

 

 ヘルメスは感心した。

 捕虜として、生殺与奪がまさに相手の手中にあるなかでのこの強気な発言。

 自分だったら大人しく全部喋ってしまうだろうに、とお気楽な感想を抱く。

 

「ふざけるな!貴様がした――」

「戦士長殿。構いませんよ、それで何か喋ってくれるなら。癪ですが、ひとまずは彼の言う通りにしてあげましょう」

 

 しかし、と食い下がるガゼフだが、ヘルメスであれば万に一つも無いと理解したのか、すぐに倉庫を空ける様手配してくれた。

 倉庫内にはヘルメスとニグン、二人きりだ。

 

 ヘルメスは《静寂/サイレンス》を唱えると、口を開いた。

 

「さ、これでここの会話を盗み聞き出来る者はいない。喋りたいことがあればどうぞ……出来れば私でなく、戦士長にお願いしたい所ですが」

「……」

 

 対してニグンは無言。

 ここまでしてやったのにだんまりかこいつ、と声を上げようとするが

 

「……貴方様は神人……いや、ぷれいやーではあらせられぬか?」

 

 ニグンから発せられたのは、プレイヤーという単語。

 そして聞きなれない神人という単語であった。

 

 

 

 

 

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