その男は、死にかけていた。
体の半分が死人のように朽ちており、白髪。なぜいまだに生きているのか不思議なくらいの有様だが、だが今にも、その息吹が途切れかけていた。
聖杯戦争。
この男がいる土地で行われている、願いを叶えることができる聖杯と呼ばれる存在を賭けた魔術師同士の戦いがあった。
魔術師達は、サーヴァントと呼ばれる、英霊達をそれぞれ召喚し戦わせるのだ。
男もそれに参戦する一人で、サーヴァントでももっとも強いクラスと呼ばれるバーサーカーの主人であった。
しかし、バーサーカーは、強い反面、主人の魔力を凄まじく消費する諸刃の剣であった。
そして男は知らない。男にバーサーカーの主人になるよう勧めた異形の老人の思惑を……。
男は、騙されているのだ。いや、事実は間違ってないのかもしれないが、利用されているのだ。
男は、ある女性を愛していた。その女性はすでに結婚しており、二人の女の子を産んでいる。
その内の次女である少女がいたのだが、あろうことか異形の老人の元へ養女に出されてしまった。結果、少女は女性としての喜びを奪われ、傷つき、感情を喪失した。
男は、かつて少女が養女に来た家を飛び出した経歴がある。
間桐。
それが、その家の名だ。
おぞましい蟲を使う魔術師の家で、男が愛した女性が嫁いだ魔術師の家・遠坂とは、同盟関係にある。
男が愛した女性の娘であるその少女・桜が、おぞましい間桐の家に行ったことを知ったのは、一年前だ。
それを知った男は激怒し、そしてあれほど嫌っていた間桐の家に帰ってきた。
そして現当主である、異形の老人・間桐臓現から、聖杯戦争のこと、そしてそれに勝てれば桜を解放してやると言われ、あれほど嫌っていた蟲の魔術を身につけるために自らの身を、命を削り、そして半分死人の体になってやっと、聖杯戦争に参加する力を手に入れた。
やっとの思いでバーサーカーを召喚し、最初の聖杯戦争の戦いを終えたばかりで、すでに男は虫の息となっていた。
こんなところで、こんな始まりの時に死ぬわけにはいかないと分かっていても、体が言うことを聞かない。
体を蝕む、蟲が、そしてバーサーカーに吸い取られる魔力の量によって、男の体は限界を超えつつあった。
早く帰らなければ、自分が帰らなければ、勝たなければ、桜が酷い目にあってしまう……。
そう思うのに、体が動かない。
神にも縋る思いで、立ち上がろうとする男に、場違いな声が聞こえた。
「……ねえ。生きたい?」
声色からするに、若い少女の声だった。桜よりは年を取った。少し低めで聞きようによっては、少年の声にも聞こえる。
道路に突っ伏している男は首を動かしたが、見えたのは、誰かの足だった。しかも、すでに失明した目が上を向いていて、顔を確認することも出来ない。
「ねえ…? どうしたい?」
さらに声の主は尋ねてくる。
「このままじゃ、死ぬよ?」
そんなことは、言われなくても分かっている。だがここで死んだら……。あの少女が…桜が…。
「助けてあげようか?」
思わず、男は、はあ?っと声を漏らしていた。
この声の主は何を言ってるのだと……、まず思ってしまった。
「ねえ……、その代わり……ーーー…。」
男は途中から声が聞こえなくなった。
不意に目の前が暗くなって、意識が沈みそうになったのだ。
「……ね…。」
意識が闇に沈みそうになった直後。
男の意識が一気に現実に戻されるほどの衝撃と、凄まじい激痛が走った。
男は、のたうった。
おぞましい蟲蔵で陵辱された時を遙かに超える、苦痛に。
体の内にいる、蟲たちが騒ぎ立て、それが余計に苦痛となった。
「がんばって。」
少女の声の励ますような、声に、男の中の何かがキレた。
フザケルナフザケルナフザケルナフザケルナ!
実際に声に出せたのかは分からない。だが、男はあらんばかりに声の主に向かって罵声を浴びせた。
ナニガ、がんばれダ!
こんな、こんな…、痛み! 誰が望むか!
俺は、まだ死ねない! 死んでたまるか!
彼女の元へ! あの子を帰さなければならないのだ! そう誓ったのだ!
「誰に向かって?」
それは……。
「その女の人? それとも、その子? それとも……、“自分”?」
ああ! そうだとも、自分に誓ったんだ!
「あの子を…、桜ちゃんを助けるんだあああああああああああああああああああああああ!!」
ついに立ち上がった男の叫び声が夜の闇に響き渡った。
その頃には、男の体は大きな変化を遂げていた。だが男が、そのことに気づくのは……、まだ少し後。
この時点じゃ、男の名前すら出してませんが、雁夜おじさんです。