ウェイバーは、ただただ呆れた。
ライダーが、勝手にバーサーカー陣営に対して休戦を約束してしまったのだ。
「どういう風の吹き回しなんだ!」
「なぁに、ただの気まぐれよ。」
「この戦いは負けられないんだぞ! 勝手に休戦を持ちかけるなんてありえない!」
「しかしのう、小僧。彼奴らは聖杯なんぞいらんと言っておったのだぞ。」
「そんな馬鹿な!?」
ウェイバーは、信じられないと声を上げた。
「しかし事実よ。この征服王イスカンダルが言うのだぞ?」
ウェイバーは、ただただ呆然とした。
ありえないっという思いで頭の中がグルグルしていた。
キャスター陣営が聖杯戦争を無視して暴走しているのは知っていたが、まさかバーサーカー陣営までも聖杯戦争に興味を持っていないとは思わなかった。
ならば、なぜバーサーカーを四人のサーヴァントが集結していた場に寄越したのか?
もしかしたら何かしら理由があったのだろうが、途中でその理由が変化したのか、そもそも最初から戦う理由自体が聖杯とは無関係だったのか……。
あれこれ考えても、ライダーがバーサーカー陣営と戦ってくれないのは変わりない。ウェイバーは、ため息を吐いた。
その後、ウェイバーとライダーは、街に出るなどして買い物をするなどして楽しみ、マスターとサーヴァントとして会話を交わしたりした。
そして、異常な魔力を感知することになる。
異変は、河の方で起こっていた。
***
その異変は当然だが、すべてのマスター達が感知していた。
バーサーカー陣営である、雁夜達も異変にすぐに気づいて、雁夜はバーサーカーと共に異変が起こっている現場へ急いだ。
先に到着していたセイバーが、河にいるキャスターと何か会話している。
そして、河の中から巨大海魔が現れ、キャスターを包み込み…そして、同化した。
それは、まさに、汚肉(おにく)。
おびただしい数の触手と、膨大な肉によって形成された、島…だった。
そのおぞましい光景を呆然とみていると、姿を消してしまったキャスターの狂った演説の声だけが聞こえた。
「…んな…馬鹿な…。嘘だろ?」
その圧倒的な物量に、雁夜は、ふるふると信じられないと首を振った。
そんな中、“匂い”によって、離れた場所にいるセイバーと、アイリスフィールの会話を感じ取れた。
要約すると、あの巨大な海魔は、キャスターの制御下にないこと。
魔力と門さえあれば、呼び出すこと自体は容易なこと。
数時間もせず、街一つ食らいつくされること。
「クソッ! なんてこった! どうしたら…、どうしたらいいってんだよ!?」
雁夜は、頭を抱え、何か打つ手は無いかと考えるが、いくら攻撃力に突出したバーサーカーがいるとはいえ、あの巨大な海魔は、倒せないだろう。かといって、自分の中に秘めたるバオーの力を持ってても勝てる見込みはないだろう。それほどに圧倒的な敵なのだ。
すると、横にいたバーサーカーが、チョンチョンと指先で雁夜の肩をつついた。
「なんだ!?」
顔を向けてきた雁夜に、バーサーカーが空を指さした。
そこには、戦闘機…F15が飛んでいた。
「はっ? おい、バーサーカー…まさか、アレを?」
バーサーカーは、頷きもしない。どうやらあの巨大な海魔に対抗しうる強大な武器として、F15を認識したらしい。
雁夜は、うーーんっと唸りながら頭を抱えて悩んだ。
そして。
「……よし! バーサーカー、やるぞ!」
戦闘機乗りと、お国には申し訳ないが、拝借することにしたのだった。
許可を得たバーサーカーが動き出す。
あっという間に戦闘機が飛ぶ飛行高度まで跳んだバーサーカーが、翼に乗り、パイロットを驚かせる。
風防を無理矢理こじ開け、パイロットを引っ張りだし、雁夜が視覚共有で指示を念話で伝えながら翼に接触しないよう、遠くに放り捨てた。
放り捨てられたパイロットは、狂乱しながらも咄嗟にパラシュートを出し生還した。
パイロットがいなくなった戦闘機が、瞬く間にバーサーカーの支配を受け、赤い血管のような筋が全体に走った。
そして機体の矛先を、河にいる巨大な海魔へと向けた。
海魔は、体全体にある目玉をギョロギョロと動かし、飛んでくる戦闘機を補足した。
触手が蠢き、戦闘機をたたき落とそうと振られる。
その触手の群れの間を紙一重で、ありえない動きで避けながらバーサーカーは、F15の機関銃を目玉にぶち込んでいく。
ブチュブチュと、正確に、表面にあった目の多くが潰され、巨大な海魔は、おぞましい悲鳴をあげた。
ジェットエンジン音を残しながら、いったん空へと上ったバーサーカーが操るF15は、一回転して、目玉を失った海魔の頭頂部にミサイルを撃ち込んだ。
ただの人間が作り出した兵器も、バーサーカーの力が加われば、瞬く間に魔道兵器と変わる。
ゆえに、いかに強大な魔術によって呼び出された巨大な海魔といえど、ひとたまりもない。
ミサイルによる大爆発が、海魔の巨体を焼き、爆ぜさせ、中心を…浮き彫りにした。
心臓としての役割を果たしていた中心で海魔と同化しているキャスターが、悲痛な、狂ったような悲鳴をあげた。
あまりの光景にうっかり呆然としてしまった他のサーヴァント達が、その声でハッとして、それぞれ武器を手に、海魔の中心にいるキャスターめがけて襲いかかった。
『じゃ…んぬ…!!』
「私は、騎士王…、アルトリア・ペンドラゴンだ!!」
セイバーの剣が、キャスターの首を切断した。
ランサーが、槍で海魔を維持している魔力の根源である宝具の本を破壊した。
河に陣取っていた巨大な海魔は、己を維持する力を失い、やがて消滅した。
***
巨大な海魔が消えたのを見て、雁夜は、その場に力尽きたように座り込んだ。
「…やった……。よくやったぞ、バーサーカー…。」
うれし涙がこみ上げ、雁夜は、袖で目をこすった。
「雁夜。」
すると、そこへ、喜びを吹き飛ばす、男の声が聞こえた。
「……時臣…!」
雁夜は、慌てて立ち上がった。
時臣は、アーチャーを連れていなかった。気配もないので、本当に時臣が一人で来ているのだと分かった。
「どうしてここに?」
「あれだけの魔力を感知して、ここに来ぬマスターがいないはずがないだろう?」
「……それだけじゃないだろう?」
雁夜は挑むように聞いた。
そんな雁夜に、ピクリッと時臣の眉が動いた。
「どういうつもりだ、雁夜。」
「どうとは?」
「なぜ、今になって間桐に戻った?」
「それを聞いてどうする?」
「君は、11年前…、家督の相続を捨てて出奔した。落伍者だ。」
「ああ…。そうだな。」
「その君がなぜ、今になって戻ってきた? しかも…、人ならざる異形の力を得て!」
「……知ってたのか。」
「私の弟子と、サーヴァントをよくもあれだけ痛めつけてくれたものだ。よーく聞いているよ。君が得た力の恐ろしさを。」
「ちょっと事情があって、半ば無理矢理に手に入れた力だ。それよりも、時臣。お前に聞きたいことがある。」
「なんだね?」
「なぜ、桜ちゃんを間桐の家に養子に出した?」
「? なぜそんなことを聞く?」
「お前は…、間桐の魔術を知っているのか?」
「間桐の魔術は、蟲を使うとは聞いている。それがどうした?」
「……お前は…何も知らないのか? そうなんだな?」
「御三家である間桐の家督を捨てた落伍者になど分かるまい。むしろ、新たな家督となる魔術師の素質のある者を養子として迎えさせたのだ。むしろ感謝してもらいたいも…っ!?」
時臣は、最後まで言葉を発せなかった。
雁夜に殴られたからだ。
バオーにより筋力が強化された雁夜のパンチ力により、時臣の体は大きく吹っ飛び、建物の壁に叩き付けられた。
「何も調べずに……何も分かろうとせずに…、自分の娘を差し出したのか!! てめぇは、ど畜生だ! 父親失格だ!! おい、聞いてるのか、時臣!!」
「待って雁夜さん。」
「ツツジ!? なんでおまえ……、って桜ちゃんまで!」
「時臣さん…、顔が潰れてる。」
「えっ? わわわ!?」
「ほら、早く、血をあげれば治るから。死ぬ前に急いで。」
「わ、分かった…!」
顔が半分潰れてしまった時臣に大慌てで、自分の血を飲ませ、回復させた。
「うぅ…。わ…私は…? …桜? 桜なのか?」
「お久しぶりです。時臣さん。」
起き上がった時臣は、雁夜の腕を掴んで寄り添っている桜を見て驚いた。
「どういうことだ? なぜ、桜がココに?」
「桜ちゃんが、どうしてもって…。」
「君は?」
「私は、雁夜さんの協力者です。単刀直入に言います。あなたをこれから捕まえて、制裁します。」
「…なっ…。」
「…悪いな時臣。桜ちゃんの痛みを知ってもらうにはこれしかないんだ。」
雁夜が、ガッと時臣の肩を掴んだ。
「待て、雁夜、何をする気だ!?」
「ごめんなさい。間桐邸に帰るまでの間、寝てください。当て身。」
「グフッ!」
ツツジの容赦のない当て身を受け、時臣は気絶した。
「よーし、あとは、蟲蔵に運ぶだけだね。」
「そうだね。」
「……本当にいいのかな…。」
「今更でしょ? 殺すよりはマシだよ。」
「いやその……。」
殺してくれた方がマシなんじゃねぇのか?っと言いたかったが、口に出せなかった雁夜だった。
ツツジが軽々と時臣を肩に担ぎ、雁夜は、桜の手を握って、三人は間桐邸に帰ることにしたのだった。
……ところが。
周囲に黒装束と、仮面を被った者達が突如現れた。
「なに?」
「こいつらは…、この魔力は…、サーヴァント!?」
「えっ? サーヴァントって、一体じゃないの?」
「そんなの知るか! とにかくこいつらはサーヴァントだ!」
「桜ちゃん!」
ツツジが桜の安全を確保しようと気絶している時臣を道路に捨てた。
ジリジリと、凄まじい数のサーヴァント達が迫ってくる。
その時、空から機関銃の雨が来て、サーヴァント達を撃ち抜いた。F15にいまだ乗っていたバーサーカーによるものだった。
「逃げよう!」
「おい、時臣はどうすんだ!?」
「たぶん、このサーヴァントの人達の狙いは、時臣を私達に奪われないようにするためだよ。なんか、そんな“匂い”がする。」
「……チッ。」
時臣を連れていくのを諦め、三人はバーサーカーが開いた道を走った。
サーヴァント達は追って来なかった。ツツジの言うとおり、彼らの狙いは、時臣を自分達に奪われないようにするためだったらしい。
雁夜は、時臣を捨て置かなければならなかったことに、歯がみしたが、同時に、一瞬でも時臣が受けるはずだった蟲による陵辱を受けるよりは殺してくれた方がマシだったなんて考えた自分に驚いていたのだった。
原作小説での雁夜と時臣の会話で、時臣マジ分かってねぇ!って思いましたよ。はい。
本当は、この時点で蟲蔵まで運ぶ予定でしたが、もうちょっと先延ばしにしました。
次の話で、時臣の根性無しとか、なさけな~い姿を晒させる予定でしたが、変更しました。なんか違うなって思って。
なぜ時臣が一人だったのか……、アーチャーが動いてくれなかったのと、綺礼がいたけど助けてくれなかったのと、あーでもアサシン使って一応は助けてますからね。
雁夜の時臣に対する憎しみは、もうだいぶ薄れてます。
ここで書いてないけど、龍之介は、切嗣に殺されてます。
ここで解かれるはずだったセイバーの左腕の呪いだけど、まだ解けてません。