時臣って、魔術師としてあろうとするあまりに、色々とため込んでそうですね……。
そんな感じで書きました。
再び、縁側。
月夜の空を見上げ、雁夜は、ボーッと座り込んでいた。
呼ばれても部屋から出なかったので、部屋の前にお盆に載った夕食を置いてもらっていて、それを食べた後、桜達が寝入った頃になって、足音を殺して縁側まで来た。
ツツジに散々、葵に対する未練とか、そういうのをツッコまれ、桜にそのことを知られた。桜を救うなどと誓っておきながら、その本心が結局は初恋の相手の想いを自分に向けさせるためだったということを知られ、けれど許され、思考がまとまらず思わず部屋にこもってしまった。
「俺は…、これからどうしたらいいんだ?」
まだ桜を葵のもとへ返せていない。だが桜は、帰ることを拒んでいる。そしてなぜか自分と共にいることを望んでいる。
これでは、葵との約束を反故にしてしまう。かといって、桜の意思を曲げたくはない。
桜は、もしかしたら、自分の居場所があそこにはないと思っているのかもしれない。痛みと屈辱を負わされたこの間桐の家にいまだに残って自分の傍にいるのも、そのせいなのだろうか?
また、一方で雁夜は、ツツジから授かった寄生虫バオーの力…、いまだ自力で制御できないが、最近……、少しずつだが普通の状態でも異常が少しずつ表面化しているのを感じている。
例えば、握りしめたコインをグニャグニャに握りつぶせるほどの怪力。間桐邸の中にある手すりに何気なく手を添えていたら、表面を溶かしていたりもした。
時と共に、バオーの力は増す。それは、最初の頃、ツツジから聞いていたではないか。だが実感すると、恐ろしくなる。支配された状態で、キャスター(と龍之介)を追い回してたり、衛宮切嗣達を追い詰め殺す寸前まで追い詰めたこと、それらが自力で、自覚した状態で可能になること、それは、あの妖怪と自分が形容していた臓現をも越える怪物になったことを受け入れなければならないということだ。(※綺礼を負傷させたことは聞いてない)
暴走する理性無きサーヴァント・バーサーカーをも従順にさせているのも、バオーのおかげなのだろうが、その時点でもすでに臓現を越えていたのかもしれない。
一時は、バオーのこの力を制御できたならと望んだが、いざ制御できるようなり始めると力に対する恐ろしさが増した。
なんて、臆病なのだ! 結局自分は、落伍者か! 恐ろしい恐ろしい!
だが、もはや後戻りすら許されない。葵に近づくために桜を理由に、自身の命を捨ててこの聖杯戦争に参じ、望まずしてツツジから与えられた力を受け入れさせられたことで、知らず知らずにあの妖怪のジジイを殺せた時点ですべてが、もう、何もかも手遅れなのだと。
ライダーに問われたではないか。なんのために戦うのかと。あの時は、ツツジの言葉に乗じて聖杯などどうでもいいと答えた。だがすぐにライダーから桜の心身を清い状態に戻すという願いを叶えるという案があったことを突かれた。そんなことも思いつかなかった己を恥じた!
そして……、桜が自らすべてを受け入れたうえで生きると宣言したことで、ライダーを納得させた。ずっと年上の自分が、本来加護者でなければならない大人の自分が、幼い少女に救われてしまったのだ!
結局…、結局自分は…!!
雁夜は、顔を手で覆って嗚咽を漏らした。
「俺は、結局何も…、できてないじゃないか!! くそったれ!!」
「……何も出来ないなんて、ことはないよ。」
「っ!?」
ツツジの声が聞こえたのでそちらを見ると、ツツジが立っていた。
「……誰も責めてないでしょう?」
「けど…、俺は…。」
「あなたは、よくやってると思う。私が言うのもなんだけど、あのキャスターっていうサーヴァントを倒すのに一番貢献したのって、結局雁夜さんだったじゃん。他のサーヴァント達もみんなびっくりしてたでしょ? あなたは、すごいんだよ。」
「俺は…、自分本位の人間だ…。桜ちゃんを助けるなんて言っておきながら…、俺は…本心じゃ…。」
「でも、桜ちゃんは、あなたを責めてない。むしろ、希望をくれた、そして救ってくれたあなたに感謝しているよ?」
「…嘘吐くなよ。」
「嘘じゃないよ。」
「……ハハ…ハハハハ…。」
「雁夜さん?」
「俺は結局桜ちゃんに助けられてばっかりだ! だいの大人がだぜ? 女の子一人助けるどころか、助けられるなんて…、なんて情けねーんだ。」
「人間は…、一人じゃ生きていけないと思うよ。例えそれが、どれだけ年の差があってもね。雁夜さん、あなたは、独りぼっちじゃないよ。」
「お前みたいなガキ(小娘)が知ったようなことを言うな!」
「うん。そうだね。でも言わせて。…あなたは、独りぼっちじゃない。」
「ちくしょう…、ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!」
雁夜は、頭をかきむしり喚いた。
しかし、やがて静かになり、俯いた。
「俺は、ただ……情けなくって……。守りたいのに、守ってやりたいのに……。どうして守らなきゃいけない側に助けられてばっかりなんだろうって…。」
「強くてごめんねー。」
「それを言うな、あほぉぉぉぉ!!」
「でも雁夜さん。生きて傍にいてくれるだけで、助けになるって事もあるよ。現に桜ちゃんにとって、あなたが生きて傍にいてくれることが一番の助けになってるんだよ。」
「……そうか。」
「時臣さんに、報復をした後のこと…、これからのこと……、私は、あたなに力と命を与える代わりに、秘密機関ドレスを一緒に潰すことを約束してもらった。それも忘れないでね。」
「分かってるよ。」
ハアッとため息を吐いた雁夜が顔を上げてヤレヤレといった調子で言った。
「…なんか大声出しまくったら、ちょっとすっきりした気がする。」
「それはよかったね。」
「……ありがとう。ツツジ。」
「ん?」
「君がいてくれて…、よかった。俺一人だったら、耐えられなかったかもしれない。」
「……こちらこそ。ありがとう。」
ツツジは、そう言って笑顔になった。
二人が笑い合っていると、間桐邸の周囲に、無数の魔力が出現した。
それにいち早く反応したのは、霊体化していたバーサーカーだった。
***
その夜。
雁夜がツツジと共に会話を交わしていた一方で……。
時臣もまた別の意味で苦悩していた。こちらは、たった一人で。
顔が半分へしゃげるほどのパンチ力で雁夜に殴られ、薄れた意識の中で、喚かれた雁夜の言葉を思い返していたのだ。
『何も調べずに……何も分かろうとせずに…、自分の娘を差し出したのか!! てめぇは、ど畜生だ! 父親失格だ!!』。
「……なぜ私は…。」
自分の価値に則って、落伍者だと断じていた、家の盟約相手の家の男。間桐雁夜。
彼は、魔術師としての資格を捨てたあげく、聖杯に縋るために人ならざる力を手に入れた、最悪の存在ではないかと考えていた……。だが考えれば考えるほどに、心のどこかで、否、だという訴えが聞こえてくる気がした。
本当にそうなのか? 彼は本当に、聖杯に対して未練がましく縋るために戻ってきたのか? それとも何か別の理由があるのか? そう…、あの時殴られた後に言われたあの言葉の羅列のように…。
しかしっと、時臣は、首を振った。
二人の娘…、凜と桜には、最初から、産まれたときから選択の余地がなかったのだ。
凜は、全元素・五十複合属性。桜は、架空元素・虚数属性。
どちらも、奇跡に等しい希有な資質を持っていたのだ。
この両者は、望む望まないにかかわらず、日常の外側…つまり怪異と呼ばれるこの世ならざるモノをところかまわず引き寄せる。そして、それを防ぐには、自らが意図して、そちら側との繋がりを保つ魔道を極めるしかないのだ。
特に問題だったのは、桜だ。
桜の持つ資質は、その存在を魔道の家の加護がなければ、魔術協会によってホルマリン漬け確定だった。それほどに珍しい資質だったのだ。
そんな運命を、骨の髄まで魔術師などと影で揶揄されている時臣であろうが、苦悩しなかったなどといったら、確実に嘘である。
苦悩の日々の中で、盟約を結ぶ間桐から来た養子の件は、まさに天恵に等しいモノだった。片方の娘を犠牲にせずに、なおかつ一流の魔術の道を極められる。これは願ってもないものだった。
だから、応じたのだ。
桜を…、救うために。
なのに……、雁夜は、そんな時臣の苦悩と喜びを、畜生だと罵った。
時臣は、知らず知らず歯を食いしばった。
貴様(雁夜)に何が分かると。
すでに痛みも後遺症もないが、殴れた箇所が疼く気がした。まるで、雁夜からの呪いのように。
何が分かるのだと? 自分が何も考えず娘を差し出したと思ったのかあの落伍者は!っという怒りがこみ上げる。だが残念なことに、時臣の不幸は、それをぶつけられる相手がいなかったことだ。赤の他人であろうとも、共有できる相手がいなかったことだ。自らを魔術師として律しすぎるがために、最愛の妻にも娘にも、弟子である綺礼にも、自分のサーヴァントであるアーチャーにも、吐き出すことが出来なかった。
自室の机で、時臣は、思考の袋小路に入る。
そうして、自分の中に押し込めて、教え込まれてきた魔術師としてのあり方で己を律して、問題に目を向けない……。
時臣は、自ら孤独という袋小路に入ってしまっていることに気づかない。
その後、どれくらい時間が経ってからだろうか。
綺礼からの通信で、辛そうな息づかいが聞こえ、そして、綺礼のサーヴァントであったアサシンが全滅したという知らせが入った。
赤の他人でも、吐き出せる相手がいる、いないじゃ全然違うと思って……。
実は、アインツベルンの城にアサシンを差し向けてなかった設定にしました。突発的に思いついた展開です。
そして、間桐邸にアサシンの群れが襲撃。
次回は、戦闘です。