おぞましい形状をした蟲たちが蠢く、蔵の中。
その中に、しわくちゃの老人と、無表情の少女がいた。
老人は、笑い声を上げていた。
少女は、黙って聞いていた。
「桜よ。残念な知らせじゃ。」
老人は、笑いを堪えながら、告げる。
「雁夜の中の蟲が死に絶えおった。つまり…、雁夜は死んだということじゃ。」
「……。」
「残念じゃったのう。」
嘘つき…。
少女は、いまだ笑っている老人の声を聞きながら心の中でポツリッと思った。
異形の老人…、間桐臓現は、間桐雁夜に言った。
聖杯戦争に勝利すれば、少女…桜を解放してやると。
だが、臓現が言うとおり、彼の中の蟲が死んだということは、彼を生かすと同時に苦しめていた蟲は、彼…雁夜の死を臓現に告げたのだ。
雁夜という男にバーサーカーを勧めたのは、この異形の老人・臓現だ。
すべては、間桐の新たな母体となるべく“教育”していた桜の“教育”材料にするため、あえて消耗が激しいバーサーカーを召喚させたのだ。
つまり、初めから臓現は、桜を解放する気などなかったのだ。
桜が冷え切り、傷つききった心の中で思った、『嘘つき』という言葉が、果たして、臓現に向けられたのか、それとも死んだ雁夜に向けられたのかは分からないし、桜はすでに幼いながら諦めてしまっていたので、考えようともしなかった。
そして、やがて笑いに笑った臓現が、桜に命令する。
蔵の中に蠢く、おぞましい蟲たちの中に飛び込めと。
桜は、表情の無い顔で、蟲の海を見つめる。
結局、雁夜は、誓いを破った。
結局、自分を救う者は誰もいない。
二度と、あの幸せだった家族の元へ帰ることも、あの頃に帰ることも二度と出来ないのだと。
桜は、蜘蛛の糸のように脆い雁夜の誓いに縋った己を捨てるように、蟲の海に向かって一歩進もうとした。
その時だった。
「むっ?」
臓現が、何かを感じ取り、しわくちゃな顔を歪めた。
桜はそれに気がつき歩を止めた。
「なんじゃ? 蟲共が……、これは…?」
蔵の出入り口を見つめ、臓現は、呟く。
「な、…何事じゃ? ……死んでおる? 蟲共が…、わしの…!」
臓現の声が徐々に焦りの色を浮かべはじめた。
すると、桜の背後にある蟲の海が騒ぎ出した。
まるで何か……、自分達よりも圧倒的に恐ろしい……何かを恐れているかのように。
バルバルバル……
「なんじゃ? この…声は?」
臓現は、外にいる蟲たちが聞き取る声に耳を傾ける。
バルバルバルバルバルバルバル!
「近づいておる! ここに!」
汗をかいた臓現がそう叫んだ直後、
桜と臓現は、ハッキリと聞いた。
『バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!』
その咆吼ともいえるような声と共に、蟲蔵の出入り口が爆発するように破られた。
暗い闇だというのに、ハッキリとそれは、二人の目に見えた。
青白くひび割れた皮膚。
重力に逆らうように揺れる、同じ色の頭髪。
瞳のない目。
両腕にある刃のようなモノ。
それは、“人(ヒト)”ではなかった。
「なんじゃ、貴様は!」
汗をダラダラとかく臓現が杖を突きつけ、叫ぶ。
だがその“来訪者”は、全く答えることなく、二人を見つめているだけだった。
蟲蔵にはこびる蟲たちが忽ち、臓現の意思によってその来訪者に襲いかかる。
だが、その蟲たちは、何か細いモノに撃たれ、そして落ち、燃えた。
「き、貴様……、何者なんじゃ! 答えぬか!」
臓現は、唾を散らしながら叫び、蟲たちを襲わせる。
だが、燃やされるか、腕にある刃で切り裂かれて死ぬ。
その謎の来訪者が、ゆっくりと歩を進め始めた。
臓現は、焦り、蟲たちに命令する。来訪者を殺せと。
だが、すべて無駄に終わる。
桜は、自分に向けられている、来訪者からの視線に、不思議な優しさを感じていた。
そして、横で焦っている臓現やどんどん数を減らしていく蟲がまるで他人事のように…まるで別世界の事のように思えるほど、冷静に、来訪者を観察していた。
服は、腕の部位が破れ、隆起した筋肉などでパンパンになっているが……、その服装には見覚えがあった。
「……おじさん?」
無意識に呟いた桜の言葉に、臓現が大きく目を見開いた。
「かり…や? じゃと……?」
臓現が、桜の方を見た直後、距離を詰めた来訪者が、杖を握っていた臓現の手を杖ごと握った。
「!? は、離せ!」
『ウォーーーーム、バルバルバルバル!』
「ぎ、ぎぃぃやああああああああああああああああ!?」
溶けた。文字通り。
臓現の手が杖ごと、来訪者の握った部分から溶かされたのだ。ドロドロに。
「か、雁夜! 貴様…! わしにこのようなことをして…!!」
『バオオオオオオオオオオオオオオオ!』
腕を抑えて下がる臓現の言葉など通じるはずがない。
なぜなら、来訪者……雁夜は、“人間”ではないからだ。
臓現は、思い知る。真に人間ではないモノには、理屈だのといったへったくれも通じないのだと。
だが、それでも臓現は叫ぶ。
「例えココにいるわしを殺しても無駄じゃ! なぜなら、桜に、わしの……。」
『バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
雁夜の体が放電を始めた。
それは、暗い蟲蔵を照らし、周囲にいた、そしてまだ残っている小さな蟲の海を痺れさせる。臓現を形作る蟲たちも形を崩していった。
桜は、ボーッとその光景を見つめていた。
「さっ、あなたは逃げないと。」
「っ、…誰?」
「話は、あとで。」
十代半ばくらいのボーイッシュな少女が桜の手を掴み、そして軽々とその体を抱き上げられて、桜は、蟲蔵から脱出させられた。
桜が、謎の少女に抱えられた状態で、蟲蔵から数メートル離れた直後、蟲蔵が、内部から発生した凄まじい電撃によって爆発し、粉々になって炎上した。
***
謎の少女に地面に下ろされ、桜は、燃えている蟲蔵を見つめた。
「…おじさん……。」
「だいじょうぶ。彼は、死んでないから。」
そう謎の少女は言った。
数秒してからだろうか。燃える蟲蔵から、燃える瓦礫を吹っ飛ばして雁夜が飛び出した。
高く跳躍した彼は、地面に着地し、桜と謎の少女の方を見ると、歩いてきた。
「ん?」
「?」
謎の少女が、桜を見おろし急にしゃがんで、桜の胸の辺りを見つめた。
すると、変わり果てた姿となっている雁夜が二人の傍に来た。
雁夜の表情は変わらないが、何か言いたげである。
「…ねえ…、君…。」
「? なに?」
「何かに寄生されてない?」
そう言われて、桜は、ピクッと震えた。
寄生されているとか言われると、思い当たるのは、蟲蔵の蟲だ。あれだけの蟲に陵辱されてきたのだ、何匹かには寄生されているかもしれない。
「ねえ…。分かってるでしょ。あなたも。」
謎の少女は、雁夜を見上げて問うた。
すると、雁夜は、自分の手のひらを、鋭い爪で切った。
あふれ出る血が手のひらに溜まる。
それを桜の前に差し出した。
「? 飲めって…こと?」
桜は、言われずともなんとなく雰囲気で察した。
雁夜は、桜の言葉に返答しない。
桜は、雁夜と雁夜の手のひらの上の血を交互に見た。
そして、両手を差し出されている雁夜の手に添えて、溜まっている血に口を近づけた。
チュッと、血を吸い込み、コクリッと飲み込む。
十秒ほどして……。
「っ!」
桜は突然胸を押さえ、へたり込んだ。
「うぇぇ…!」
急な嘔吐感を堪えきれず、地面に吐き出した。
吐き出したモノは……、一匹の蟲だった。
蟲は、粘液にまみれ、ビクッビクッと痙攣している。
すると、雁夜がその蟲を手で掴んだ。
ギギギギ!っと鳴く蟲を、雁夜は、手から分泌される特殊な溶解液によって溶かし、握りつぶした。
「だいじょうぶ?」
「……うん。」
謎の少女に背中を摩られ、桜は、口元を手で拭いながら頷いた。
その直後、ドサッと何かが倒れる音がしたので、見ると、雁夜が倒れていた。
「おじさん!」
変異していた雁夜の体がみるみるうちに人間の形に戻る。
そして完全に普通の人間の姿に戻った時には、あの半分死人のようになっていた体が以前の体に戻っていた。
「ふう…。とりあえず、上手くいったみたい。」
「…あなたがやったの?」
「ん?」
「おじさんに…何をしたの?」
桜が少女を見て聞いた。
「……分けてあげたの。」
「なにを?」
「力を…。」
「ちから…? あの姿を?」
「そう。」
「あなたは、何者?」
「……私の名前は、ツツジ。」
やがて、雨が降り出し、ツツジと名乗った少女が軽々と雁夜の体を背負って、桜も続いて家の中に入った。
蟲蔵の火災は、雨によってやがて消えた。
最初の段階から、電撃放ってますが、雁夜おじさんの体が危篤状態だったこともあり、浸透速度は、おそらく育郎以上に速かった…っということにします。
バオーの体液で、桜の中に埋め込まれていた蟲ジジイの本体を駆除できたのは、捏造です。実際出来るかは分かりません。