アーチャーが綺礼と組んで裏切ります。
その際に、時臣が右手を切断されてしまうので、グロ注意。
雁夜は、予想外の人間の登場に、固まった。
固まっていた雁夜だったが、ふいに片手を引っ張られて、ハッと我に帰った。桜が正気づかせたのだ。
「雁夜くん…。」
「葵…さん…。」
「桜…、こっちへ来なさい。」
一瞬見つめ合った二人だったが、前へ踏み出した葵は、桜にこちらに来るよう言った。
しかし桜は動かない。
「桜! 聞こえないの? こっちへ…。」
「イヤ。」
桜は、ハッキリと、拒絶した。そして、雁夜の後ろに隠れた。
「時臣さん…、どういうつもり?」
「桜…。」
桜は、いまだ祭壇の前の方に立っている時臣の方を見て、冷めた声で聞いた。おおよそ十にもならない子供が発する響きじゃない。
その背筋をゾッとさせるような冷めた少女の声に、時臣は、表情を崩しかけた。
「桜? どうしたの? どうしてお父さんのことを、名前で…? 雁夜くん…、まさか、あなた桜に…。」
「違う…。俺は何もしていない!」
「だって、時臣さんが、もしかしたら雁夜くんに暗示をかけられてるかもって!」
「違うよ。お母さ…、いえ、葵さん…。」
「さく…ら…?」
「暗示なんてかけられてないよ。桜が嘘言ってるって思ってるの?」
「そんなことないわ! でも…。」
「私がここに来たのはね…。あなた達に、お別れを言いに来たの。」
「桜!?」
「私は…、二度と遠坂には帰らない。あそこは、姉さんの居場所だもの。私の居場所なんてない。」
「そんなことないわ! どうしてそんなこと言うの!?」
「じゃあ、どうして私を間桐の養子にしたの?」
「それは…、だって時臣さんが…。」
「あなたは、何も知らないでしょう? 遠坂と間桐の盟約なんて…。」
「めいやく?」
「それがあるから、私は余所に出された。だから、間桐の家に連れて行かれた。そのせいで私は……、何もを奪われ、踏みにじられた!!」
桜がひときわ大きな声で叫んだ。
これまで感情を抑制されていた彼女からは想像も出来ない激情だった。
「気持ちの悪い蟲の中に放り込まれて、どんなに痛くて苦しくて、泣き叫んでも、あなた達は助けてくれなかった! 私を助けてくれたのは、雁夜おじさんだけだった!! 私を踏みにじった、あの家の主人を殺して私を解放してくれたのも!! 全部、全部!! 雁夜おじさんだった!!」
「桜…。時臣さん…、どういうこと?」
「葵……。」
「気持ちの悪いムシって…、なに? 桜が行ったところは…、桜を守るために…、じゃなかったの?」
「そうだ…。桜は、魔術師として凄まじい才能があった。だから、盟約を結んでいた間桐で花咲かせようと…。」
「間引きしたわけじゃなかったのか!?」
それを聞いて今度は雁夜が驚いた。桜は、決して魔術師の才能が無かったから間桐に養子に出されたのではないのだと分かったからだ。
「そうだ。そうだとも! だが、雁夜! お前のせいで、桜の才能は…!!」
「ふざけんな! ジジイは、臓現は、桜ちゃんを魔術師になんかする気なんてこれっぽっちなかったんだぞ!」
「なに!?」
「それどころか、次世代の間桐の子を産ませるための、“胎盤”だって言いやがったんだ!! お前は、あのジジイの甘言にまんまとは嵌められたんだ!!」
「そんな…、馬鹿な! 嘘を吐くな!!」
「嘘なわけあるか! そのために桜ちゃんは、無理矢理、蟲の魔術で施術されて、この通り…髪の毛の色が変わって、女の子としての……幸せだって…。」
「黙れ! 嘘を吐くな、雁夜あぁぁぁああああああああああああああああ!!」
「嘘じゃねぇっつってんだろうがあああああああああああ!!」
「もういい!!」
二人の言い合いは、桜の叫び声で止まった。
話が見えず、オロオロしていた葵は、その叫び声で固まった。
「もういい。分かった…。もう分かった…。」
「さ、くら…?」
「呼ばないで。気持ち悪い。」
桜の名を呼んだ時臣に、バッサリと桜が拒絶した。
時臣は、その瞬間、弾かれたように駆けだし、桜の手を掴んで引っ張り、もう片手を振り上げた。
その手が振り下ろされようとしたが、雁夜がその手首を掴んで止めた。
「時臣! 今…、桜ちゃんを叩こうとしただろ!?」
「わ……わた…しは…。い、ぎっ!?」
ワナワナと震えている時臣の手首を握る力を、雁夜は強めた。
「このまま右手を溶かしてやってもいいんだぞ?」
「な…。」
雁夜は、桜から手を離し、その手を教会に並ぶ長椅子のひとつに乗せた。
すると、椅子の一部がグジュグジュに一瞬で溶けた。
「!?」
「……こうなりたいか? あぁん?」
「か、り…や…!」
「やめ、て…、やめて、雁夜くん!」
固まっていた葵がやがて我に返って、青ざめながら悲鳴じみた制止の声をあげた。
雁夜は、不思議と葵の訴えが心に響かなかった。もし少し昔の自分なら、狼狽えていただろう。
しかし今の雁夜には、葵のことはすでに心になかった。
すでに初恋は初恋だと、知らず知らずのうちにケジメを付けていたのだ。
「時臣。てめぇに…、選択させる。生きて、罰を受けるか。このまま、右手を無くして芋虫みたいに生きながらえるか!」
「…なっ。」
「桜ちゃんが受けた痛みと屈辱をその身をもって味わう罰を受けるか、この場で令呪ごとサーヴァントを失うか、選べっつってんだよ!」
「やめて、やめてぇ!! 雁夜くん、お願い、やめてーーー!!」
「葵さん。あなたも付き合ってもらうからな。」
「…えっ…?」
「桜ちゃんが、間桐でどんな仕打ちを受けていたのか…、それをその目でしっかりと見てもらうから。例え、あなたが魔術について何も知らなくても赦さない。あなたの無知も、時臣に対する忠節も、全部が桜ちゃんを地獄へ堕とすことになったんだから!」
「ひっ…!」
雁夜の自分に向けられる怒声に、葵は怯み、短い悲鳴を上げた。
「無様よのう。時臣。真(まこと)つまらん、男だ。」
その声が教会内に響いた瞬間、雁夜が掴んでいた時臣の手首と腕の中間が切れて、離れた。
何が起こったのか、それは、右手を失った時臣も、切り離された時臣の手首を掴んだままの雁夜も、桜も葵も分からなかった。
「が…あああああああああああああああああああああああああ!?」
失った手首を押さえ、その場にへたり込んだ時臣が驚きと苦痛で絶叫した。
「おお。つまらんくせに、中々よい悲鳴をあげるではないか。」
そこへ、現れたのは、アーチャーだった。
アーチャーは、心底愉快そうに笑っている。
「お…王…? まさか…、そんな…あなたが…?」
吹き出る血で体を汚しながら、信じられないという顔でアーチャーを見る。
「まったく、なんだその間抜けな顔は。そんな顔も出来るのだな?」
「な、ぜ…?」
「ここまでされて、まだ分からんか? 間抜けめ。」
「時臣! 失血するから見せろ!」
ハッと我に返った雁夜が、掴んだままの時臣の右手を持ったまま、自分もしゃがんで強引に時臣の右腕を掴み、そこに自分の拳から垂れさせた血を垂らして、離ればなれ手になっている時臣の右手と腕をくっつけさせた。
「ほう? ゲテモノが、そんなこともできるのか? まあ、パスは、さっきのことで切れてしもうたし、新たに繋ぐとしよう。綺礼。」
「はい。」
そこへ、陰から綺礼が現れ、サーヴァントの再契約をその場で行った。
右手が繋がり、感覚が戻った時臣は、自分の右手の令呪とアーチャーとの繋がりが消えたことに目を見開いた。
「綺礼! おまえがなぜ!? なぜお前に令呪が!?」
「やれやれ…、もう少し面白いモノが見れると思ったが、とんだ番狂わせだったな? なあ、綺礼。」
「ええ。まったくだ。」
アーチャーに同意する綺礼に、時臣は、信じられないという顔をますます歪めた。
「なぜだ…、なぜだ綺礼! 君は私の…。」
「ええ、弟子です。ですが、私はこれより先、貴方を師事することはないでしょう。」
「綺礼?」
「私は、私の生き方に沿って生きるのみですから。」
そう言って笑った。
初めて見る綺礼のその笑顔は、酷く歪で、歪んで見え、時臣は、背筋がゾッと寒くなるのを感じた。
「初めから、結託してたってことか?」
「おお、ゲテモノの方が物わかりが良いようだな? だが、少しばかり間違いがある。初めからというわけではないぞ? 我が誘いをかけたのだ。“愉悦”というものがなんであるかを、この男がなにを求めてるのかを教えただけのこと。」
「馬鹿な…。そんな馬鹿なことが…。」
「時臣…。」
「なぜこんなことになった? 私は間違って等ない…!」
「その通りよ。お前は、魔術師としては間違ってはいなかった。間違いがあるとしたら、その生き方に実直すぎた。愉悦を切り捨て、骨の髄まで魔術師であろとしたことぞ。見ろ、綺礼。あれほどつまらんかった男が、この世の全てに否定されたとばかりに嘆いておるぞ! どうだ? お前の感想としては。」
「……まあ、予定通りだったかと。」
「ハーハハハハ! そうか、そう…、っ!」
次の瞬間、横から凄まじい速度で教会内にある長椅子のひとつが投げられてきた。それを王の財宝で防ぎ、壊れた椅子の瓦礫が散らばった。
「ツツジ!」
「ごめん。気づくのが遅れちゃった。」
たった今何か大きなモノを投げましたっという姿勢で、ツツジが教会の出入り口に立っていた。
「ちぃ、良いところを、ゲテモノ娘が…、がっ!?」
「ゲテモノゲテモノ、五月蠅いよ、金ぴか成金サーヴァント。」
悪態を吐いたアーチャーに、一瞬で距離を詰めてきたツツジが顔面跳び膝蹴りを食らわして吹っ飛ばした。
ガラガラゴン!っと、鎧を纏っているためあちこちぶつけながら教会の端まで転がっていったアーチャー。
「こら! 綺礼! 貴様、なぜ我がやられているのに応戦しない!?」
「…まさかこれほどとはと思わなかったから、つい見とれてしまった。」
「雁夜さん、桜ちゃん! 逃げよう!」
「おい、時臣! 葵さんも! 立って、逃げるぞ!」
「逃がすと思うてか!」
「やらせるか!」
その瞬間、雁夜の額が、バリッと割れた。
そして、あっという間に、自身の意思でバオー・武装現象を発動し、飛んでくる王の財宝の武器を放電で止めた。バーサーカーも実体化し、止まっている武器を奪い取って自らの宝具にした。
「雁夜くん? かりや…く、ん?」
「いいから、早く走って。」
雁夜の変化に驚愕する葵を引っ張り、ツツジは、時臣を担いで桜も連れて教会から脱出した。
***
教会から逃げ出して、結構な距離を進んだところで止まった。
「……おじさん。だいじょうぶかな?」
「だいじょうぶ。雁夜さんも、私達が十分距離を逃げたことを“匂い”で感じてから退却したわ。」
「よかった…。」
ホッとする桜。
ツツジは、フウッと息を吐き、ふと、時臣の方を見た。
時臣は、ツツジが下ろしてから座り込んだまま、廃人のように俯き、呆然としていた。葵がその傍らで泣いていた。
この様子では、これから蟲蔵に連れて行って、罰を与えてもあまり効果は無いだろう。
「せっかく捕まえたのに、これじゃあ…。」
「ううん。いいの。」
「桜ちゃん?」
「元気になってから…、放り込めばいい。」
「わぁお。」
元気になってから地獄に落とすのか、この子は…。どうやら実の父親を赦す気は一切ないらしい。
「桜…、この期に及んで…そんなことを言うの? 実のお父さんに?」
信じられないと桜を見て言う葵の目から涙が引っ込んだ。
そんな葵を、桜は冷たい目で見る。
その目に射貫かれ、葵は、ヒッと悲鳴を上げた。葵は、桜が本当に自分の娘なのかという疑問が湧いた。実の娘が自分を…母である自分をこんな目で見るわけがないと。
桜は、そんな葵から見切りを付けるように顔を余所へ向けた。
「桜ちゃんのお母さん。何を言っても無駄ですよ。」
「違う…。」
「ん?」
「…桜じゃない…、桜なはずない…。あの優しい、あの子であるはずが…。」
「現実逃避してもしかたないのに…。」
ついに現実逃避を始めた葵に、雁夜は呆れたのだった。
その後、しばらくして雁夜がバーサーカーと共に帰ってきて、時臣と葵を運んで間桐邸に撤退した。
今まで感情を喪失していた桜が、感情を爆破。これにより、感情を取り戻します。
そして、親に対して容赦なし。蟲蔵に突き落とす気満々。
葵さんは、桜が自分の娘なのかという疑問を持って現実逃避。髪の色が変わっているのせいもある。
そしてサーヴァントと弟子の裏切りで廃人に近い状態になっちゃった時臣。元気になったら、蟲蔵が待ってるぞ……。
そろそろ話も終わりに近づいてるかな。原作小説の時間軸もそろそろ終わりに近いし。
実は、この時間軸、雁夜が綺礼に嵌められて時臣殺害容疑を葵さんに抱かせてしまうイベント頃のつもりです。