ただし、事情はほとんど話さない。
雁夜は、目を覚ました。
まず見えたのは、和式作りの天井だった。
「…ここ…は?」
「おじさん。」
「さ…、桜ちゃん?」
すぐ横で桜の声が聞こえたので見ると、桜がチョコンッと座っていた。
雁夜は、ようやく自分が布団に寝かされているのだということに気がついた。
「?」
しかしなにかおかしいことに気づく。
まず視界だ。
半分無くなっていたに等しい視界がいやにクリアだ。
そして桜を見つけたときに咄嗟に起きようとした時に感じたもうひとつのおかしいこと。
それは、感覚を無くし、死体も同然の状態になっていた半身に感覚が戻っていたことだ。
さらにあれほど苦しかった…というか、危篤同然の体の体調がすっかり治っていた。体の中に蠢いていた蟲の感触もない。
「起きた?」
「…君は?」
ふすまが開いて入ってきた少女の姿に、雁夜は驚きつつ聞いた。
「覚えてない?」
「? 君とは初めて会うけど…。」
「そっか、まあしょうがないよね。私は、ツツジ。初めまして、間桐雁夜さん。」
「なぜ、俺の名前を?」
「この子から聞いたの。」
そう言ってツツジと名乗った少女が桜の隣に座った。
「ところで、間桐さん。」
「…雁夜でいい。苗字は嫌いなんだ。」
「じゃあ、雁夜さん。体の調子はどう?」
「……すこぶる良いよ。」
「半分死んでたもんね。」
そう言ってニコッと笑うツツジ。
「俺は、いったい…? 何があったんだ?」
「桜ちゃん。鏡持ってきて。」
ツツジが桜に手鏡を持ってこさせた。
そして桜が雁夜の顔を鏡に映す。
それを見て雁夜は、目を見開いた。
「ば、馬鹿な!」
「驚いた?」
「髪が…顔が…。」
半分ただれていた顔も、白く染まってしまっていた髪も、急拵えの魔術師になる前の状態になっていたのだ。
雁夜は慌てて、服をまくるなどして、体の方も確認した。体の方も顔と同じように元通りになっていた。
「ツツジさんが…、助けてくれたんだって。」
「そうなのかい? 桜ちゃん…。ツツジ…さんだったな、君は俺に何をしたんだ?」
「寄生させたの。」
「…は?」
「これを。」
そう言ってポケットから出したのは、一枚の写真。
差し出されたのを見ると、そこには、何か…見たこともない、寄生虫のような虫が映っていた。
先端が吸盤になっており壁に張り付いていて、体部分はムカデのように節があり、吸盤のところが頭なのだろうか、そこから細い糸のような触手が一本生えた奇妙な虫だ。
「きせい? …これを? この写真に載っているのをか? 冗談だろ?」
「冗談じゃないよ。今、この寄生虫は、あなたの脳の中にいるわ。」
「だから、冗談を言うなら、もう少しマシな…。」
「……雨もやんだね。ちょっと外に行って、見て。あなたが、昨晩やったこと。」
「?」
ツツジがそう言って立ち上がる。
***
桜と共にツツジの後を追って外に出て、そして雁夜は呆然とした。
あのおぞましい蟲で満ちていた蟲蔵が、黒焦げの瓦礫と木材だけを残して完全に倒壊していたのだ。
「あれは、あなたが、やったんだよ。」
「俺が? は、ハハハ…、嘘だろ?」
「本当だよ。ねえ、桜ちゃん。」
「……。」
「桜ちゃん…?」
戸惑っていた雁夜の手を、桜が握ってきた。
「雁夜さん。あなたが、この子を救ったんだよ。」
「俺が…? ……あのジジイは…?」
「死んだ。あなたが、殺した。」
「俺が? 俺が、あのジジイを? 俺にそんな…力…、っ?」
桜に握られていない手を見た時、雁夜は気づいた。
自分の手の皮膚が一部、青白くただれていることに。
このただれ方は、蟲の陵辱を受けて出来たものじゃない。
「だいじょうぶ。それは、ちょっとした最初の症状みたいなものだから。馴染んでくれば…、消えるよ。」
「君は、俺に何をしたんだ?」
「だから、さっきも言ったけど。あの写真に載ってた寄生虫を寄生させたの。」
「そんなことで…、あの魔術師のジジイを殺せるわけが!」
「それが、できるんだよ。」
ツツジがニッコリと笑った。
その笑顔に、雁夜は、なぜか背筋がゾッとした。
「まだあなたは、あなたに与えた力を使えないけど…、日が経つにつれて、自分の力を使えるようなる。その力は、日が経つにつれて、より強くなる。きっと、あなたが魔術師だったのがよかったんだね。桜ちゃんから聞いたけど、あの変な蟲って、魔術で作られたんだって? それじゃあ普通の方法じゃ殺せなかった。」
ペラペラと、よかったよかったと言わんばかりに喋るツツジに、雁夜は、軽いめまいを覚えた。
「おじさん、だいじょうぶ?」
「あ、ああ…、だいじょうぶだよ、桜ちゃん。」
「ところで、雁夜さん。約束したことなんだけど。」
「は? 約束?」
「覚えてないの? そのために助けてあげたのに…。」
「そんな約束、いつしたんだ?」
「道ばたで倒れてたとき。」
「知らないぞ」
「私に協力してもらう代わりに、助けてあげるって。」
「知らん! そもそも協力って何だ!?」
「私、どうしても滅ぼしてやりたい連中がいるの。そのためには、戦力がいるから。」
「だから、知らんって!」
「雁夜さん、すっごい未練が強そうだったから、寄生させても生き残れるだろうって思ったの。その代わり、私に協力してって聞いたよ。許可は取ったよ。」
「許可した覚えはない!」
「えー? じゃあ、狙われるよ?」
「何に!?」
「部屋に戻って話そう。」
***
部屋に戻り、三人は座って、ツツジが話を始めた。
曰く、この世界の裏の闇の世界を牛耳る、秘密機関ドレスという組織が存在すること。
曰く、そのドレスが作ったのが『寄生虫バオー』であること。
曰く、その寄生虫バオーの幼体をツツジが死にかけていた雁夜に寄生させて生きながらえさせたこと。
曰く、寄生虫バオーは、宿主が危険に陥ると、凄まじい力を与えること。その力であの魔術師・間桐臓現を殺したのだと。
曰く、ドレスが雁夜に寄生虫バオーが寄生していると知れば、徹底的に殺しにかかってくるだろうと。
「…つまり、ツツジ…、俺を巻き込んだのか?」
「まあ、一言で言ってしまえばそうなるかも。」
「迷惑だ! つまり、俺のことがその組織にバレたら、桜ちゃんまで危険な目にあうってことだろ!?」
「そうだね。」
「そうだね、じゃねぇぇぇぇぇぇ!! どうしてくれるんだぁぁぁぁぁ!?」
「もちろん、タダじゃないよ。私は、ドレスを壊滅できればそれでいい。そのために力を貸してくれれば、私は、雁夜さんに力を貸すから。」
「はっ?」
「あなたが、聖杯戦争をやっている間、桜ちゃんを守ってあげるから。」
「…信用できない。」
「私は、ドレスを倒すために魔術師の力が欲しくてこの市に来た。願いを叶える聖杯は、雁夜さんの自由にすればいいから。」
「…いいのか? ツツジは、聖杯のことを知っているんだろ? ドレスを倒したいなら、聖杯に願うことだってできるはずだ。」
「でも、それは、魔術師じゃないとできないんでしょう? 私は魔術師じゃないからできない。それに……私がドレスを倒したいのは…。」
そこまで言ってツツジは、急に口をつぐんだ。
「? どうした?」
「秘密にしておく。」
「はあ? ここまで喋っておいて?」
「名前だって本名じゃないかもしれないよ?」
「なっ……。なんだそれ! そんなの不公平だぞ!」
「言わなーい。」
「言えよ!」
「言わなーい。」
「くっそ……。」
言わないととぼけるツツジに、雁夜は舌打ちをした。
「だいじょうぶよ。おじさん。」
「桜ちゃん…?」
「この人…、信用していいと思う。」
「でも…。」
「たぶん…だいじょうぶ。」
桜は、雁夜の左腕に寄り添ってきた。
「だから…、おじさんは安心していいと思う。」
「……分かったよ。桜ちゃん。」
「どうする? 雁夜さん? 私に協力してくれる?」
「……まだ完全には信用したわけじゃないが、桜ちゃんを守る約束を守ってくれるなら、俺も力を貸す。」
「ありがとう。」
ツツジは、微笑みを浮かべた。
こうして、ツツジという謎の少女と組むことになったのだった。
秘密機関ドレスがあるというのも捏造です。
pixivにて、先にバオー来訪者のクロスオーバーをあげてらした方の設定を一部用いました(※パクってもいいと書いてありましたので)。
桜は、直感でツツジが信用できる相手だと感じました。