ステータスプレートを渡されてから二週間が経つ。
鷹裕たちはこの二週間、座学と訓練に明け暮れていた。この間、そ元から道場や部活で武道に励んでいた者以外も、戦い方がそれなりに様になり始めている。普通たった二週間ではここまで成果が成長しないはずなのだが、それがイシュタルの言っていた潜在能力の一つなのだろう。
光輝は10レベルに到達し、全ステータスが200になっているという。メルド団長のレベルが65で、各ステータスの平均が300であることを考えれば、特異な成長率である。さすが勇者というべきか。
鷹裕はそんなことを考えながら色とりどりの花々が咲いている王宮の庭を散策していた。地球にはない花を見ることができるこの庭は、主に環境委員の女子を中心に人気を集めている。しかし訓練前のこの時間はほとんど誰も来ないので、一人で何かを考えるには都合が良かった。
設置されているベンチに座り、自分のステータスプレートを見る。
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越鷹裕 17歳 男 レベル:5
天職:破壊者
筋力:300
体力:100
耐性:150
敏捷:130
魔力:5
魔耐:130
技能:剣術・弓術・馬術・棍棒術・拳術・縮地・鷹の目・剛力・狂化・直観・言語理解
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(こういうのを確か、“脳筋”っていうんだったか?)
レベル5。これは現在のクラスの平均的なレベルでもある。だが、ステータスの成長にはそれぞれ差があった。鷹裕の場合、筋力の成長速度が凄まじく、魔力の成長が著しく低い。メルド団長は全体の成長には魔力の成長が重要だと言っていたが、この筋力ステータスの伸びは何なのか?そしてどこまで伸びるのか?このまま成長すれば、もしかしたら名字に“花”がつく伝説の喧嘩士みたいになるのかもしれない。
訓練の過程では、全員が魔法適性を調べられた。やはりというか、光輝の規格外さはここにおいても発揮され、全属性に適性があった。その他の生徒はほとんどが火属性、水属性、風属性など、それぞれ何らかの適性を持っていた。中でも珍しかったのは、ナチュラルボブと眼鏡が特徴的な、中村恵里の降霊術だ。温和で優しい少女がまさかのネクロマンサーとは驚きだ。人は見かけによらないものだと、鷹裕は思う。
ところで、魔法適正とは何か。それをここで軽く説明しよう。
魔法を使うのに必要なのは、魔力・詠唱・魔法陣の三つである。体内の魔力を詠唱によって魔法陣に注入し、魔法陣に組み込まれた式に従って発動する。これが魔法の発動プロセスだ。魔法陣を介さず、人の手で直接魔力を“火球”などの指向性のあるものに変えることはできない。それができるのは固有魔法を持つ魔物に限られる。彼らにとって固有魔法とは、人のように行使するものではなく、本能のようなもの。例えるならDNAに魔法陣があるようなものだ。
魔法陣に流し込む魔力量は詠唱の長さに比例して多くなり、その分魔法の効果も上昇する。また、強力な魔法を行使しようとすればその分魔法陣も大きくなる。
だが、適正があれば魔法行使の難易度は一気に下がる。例えば火属性の適性がある者は、魔力を自由に炎に変えることができる。つまり魔力を火に変換する式を省略できるので、強力な魔法を適正のない者に比べて小さな魔法陣で魔法を行使できる。
鷹裕はあらゆる魔法の適性がないため、簡単な魔法を使うにも魔法陣は大きくなる。要は殴るなり斬るなりする方が効率的に敵を倒せるのだ。現状を楽しんではいけないと考えていた鷹裕も、魔法には憧れを持っていた。だから適性がないと知ったときはかなり落ち込んだ。
また、【ハイリヒ王国】の宝物庫が勇者一行に開放され、それぞれ適性がある者に国宝であるアーテイファクトが配られた。勇者である光輝は聖剣を、治癒師である香織は錫杖をもらっている。唯一ハジメは錬成に役立つアーテイファクトがないと言われ、アーテイファクトではない、錬成の魔法陣を刻まれた手袋を渡されていた。
誰に何を渡すかはメルド団長によって決められたが、彼は鷹裕に渡す物に非常に困った。何せ鷹裕の技能には“剣術”“弓術”“棍棒術”“拳術”と、適正がある武器が四つもあった。四種類の武器を持たせることは量的に無理があり、そもそも王国の宝物庫とはいえ、その中身は有限だ。
そこで渡されたのが、長さが1,8メートル、重さ25kgの両刃の大剣。極厚の刀身はもはや剣というよりも鉄塊である。鋭い切れ味と壊れないというのが特徴のこの武器は、メルド団長や鷹裕ほどの筋力ステータスがなければ実戦では使えない。鞘が無いと言われたときは背負っているときに間違って自分や誰かを斬ってしまわないかと心配になった。だが斬れる/斬れないは持ち主によって決められるらしい。つまり棍棒代わりの鈍器にもなる。さすがはアーテイファクトだ。
「鷹裕様、そろそろ訓練の時間です」
「了解」
呼びに来たメイドに短く返答すると、訓練所に向かって歩き出した。
訓練所に着くと、既にほとんどの生徒が集まっていた。仲のいい者たちで固まって談笑しているか、光輝のように意識の高い者たちが自主練をしている。自分も腹筋でもして待っていようかと考えていると、香織が近づいて来た。
「ねえ、たかちゃん。ハジメ君見なかった?」
「南雲?悪いが俺は今来たばかりだから知らないな。どうかしたのか?」
「少し話したいことがあったんだけれど、見つからないの」
そう言われた鷹裕は訓練所を見渡す。だが、もうすぐ訓練が始まるというのにハジメの姿が見当たらない。まだ図書館で本でも読んでいるのかと、考えていると、あることに気づいた。
「(檜山たちがいない…?)なあ、檜山たちはもう来ているのか?」
「檜山君?檜山君なら大分前に来ていたけれど?」
「…そうか。とりあえず探してくるから待ってろ」
「ううん。私も行く」
「…そうか」
速足で訓練所の周囲を探し始める。訓練は全員参加が義務。だからそんなに遠くにはいないはずだ。
訓練所の周囲を回っていると、ハジメはすぐに見つかった。
「おら!」
「お前がどんくらい強くなったか試してやるよ。ここに焼撃を望む――“火球”」
「ここに風撃を望む――“風球”」
「相変わらずよえ~な!この能無し!」
檜山、中野、斎藤、近藤の四人がハジメを囲んでリンチしていた。ハジメはうずくまって耐えている。檜山と斎藤が唱えている魔法は初球魔法だが、それでもそれぞれ風属性と火属性に適性がある彼らの魔法は通常よりも強化されている。それに魔耐ステータスが低いハジメには無視できない威力のはずだ。
「何してるの!」
鷹裕の口から怒号が発せられるよりも先に、香織が叫んだ。檜山たちは彼女を見てなぜここに?とは思ったが、慌てて取り繕う。思い人である香織に嫌われるわけにはいかないと、必死に取り繕うが、その姿を見る者には滑稽に映る。
「いや、これはイジメじゃないよ?ただ南雲の特訓に付き合ってやってただけで…」
「そ、そうだぜ?」
檜山と近藤が香織に体の正面を向けたために、彼らの隙間からハジメの姿が見えた。服は破れ、あらわになった肌には火傷の後があった。
「南雲!」
鷹裕が弁明する彼らのことを突き飛ばしてハジメに近づく。筋力300の彼に突き飛ばされた檜山と近藤は飛ばされたが、彼の意識は今南雲だけを向いている。
気道を確保するためにハジメを仰向けにする。彼は苦悶の表情を浮かべていた。
「すぐに治癒を!」
「任せて!」
香織の手から温かな光がハジメに注ぎ込まれる。香織の天職は“治癒師”。それも破格の才能を持っている彼女の魔法はあっという間にハジメの傷を癒した。
「大丈夫?まだ痛いところない?」
「ありがとう、白崎さん」
そういうハジメの表情は何かに堪えているようだと鷹裕には見えた。
「もう一回言うよ白崎さん。俺たちは南雲の訓練に付き合っていただけで、こんな大けがさせるつもりはなかったんだ」
「へ~。これが訓練。リンチの訓練なんて必要なのかしら?」
香織の大声を聞いた雫、光輝、坂上が香織たちの反対側から現れた。
「だから!これは、」
「見苦しい。いくら南雲が弱くても同じクラスメイトだ。こんなことはするべきじゃない」
「お前ら性根腐ってんな」
クラスの中でも特に影響力を持つ者たちから吐き捨てるように責められた檜山たちは、笑って誤魔化しながらそそくさと逃げて行った。
「南雲、もう先生に言うべきだ。香織だって」
「やめて鷹裕君。でもありがとう」
「お前!…分かった」
小さいころからハジメは人と争うことを極端に嫌った。だから喧嘩しそうになったときはすぐに謝るし、殴られたときは決して殴り返さなかった。それは彼の美徳であり、強さでもあったが、同時に何度殴っても殴り返さない彼はイジメの標的になりやすかった。だから鷹裕の提案を却下する。
香織は二人が何を話しているのか分からなかったが、雫だけは気づいた。
「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。その方が鷹裕も香織も納得するわ」
ハジメは雫の言ったことを聞くつもりはなかったが、雫にもお礼を言う。その場が一段落ついたと誰もが思ったが、勇者はそこに水を差す。
「南雲、君はもっと真面目に訓練するべきだ。図書館で本を読んでいても強くなれるはずがないだろ?メルドさんに個人特訓を頼むくらいしないと駄目だ。ただでさえ君は弱いんだから」
これを見てなぜそんなことが言えるのかと、鷹裕は怒りを通り越して呆れて何も言えなくなった。そしてやっぱりこいつは苦手だと思う。
光輝は、人は生まれながらにして善だと信じて疑わない人間だ。だから常に喧嘩両成敗的な考えを持っており、人は何事にも正当な理由を持って行動すると考えている。だから光輝の言葉には悪意がない。これが厄介なのだ。
「さ、もうすぐ訓練が始まる。香織も一緒に行こう」
勝手なことを言いつつ場をとりしきろうとする光輝に対し、鷹裕の内心では怒りが燻る。しかし、確かに今行かなければ訓練に間に合わない。光輝たちについていく雫は口パクで「ごめんなさい」と告げる。ハジメと鷹裕は各々手を挙げて応え、ほぼ同時にため息をついた。
その日の夕食が始まる前、メルド団長から明日は【オルクス大迷宮】で訓練することが伝えられた。
ある者はいよいよかと笑みを浮かべる。またある者は誰も死んでほしくないと不安がる。
それぞれが、それぞれの感情を抱き、その日は床に就いた。