莫名灯火   作:しラぬイ

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本日2話目。

まだ日付変わってないからセーフ。






始まります。


(誤字報告ありがとうございます!修正しました)


File№09

侵攻防衛線に賊の討伐。

加える様に西域の商人達との商談や新たな内政への準備、豫洲の喜雨との定期的な農業・農政談義。

 

非常に忙しくも都に居た頃では感じ得なかった毎日に、香風は一人心躍らせていた。

特に涼州最果ての敦煌への定期的な交易では、まるで灯火達と短い旅をしている様な感覚。(無論周囲の警戒は怠らない)

楽しくない訳が無い。

 

一時刃を向け合った西域の商人達とも今では商談を交わす仲だし、馬家の長女と次女である翠と鶸、馬家の城に赴いた際はその妹達とも出会った。

そこで出会った馬騰に何故か気に入られた結果、灯火、香風、恋の三人に三頭の馬が送られた。

どうやら五胡の一部の人間相手とは言え、商談するという提案をし、実現させた灯火の胆力や器量を認めたらしい。

 

今後も同じ涼州民として仲良くやっていこうと酒飲みをするまで至った次第だ。

 

また西域との商談は馬家だけではなく、香風自身にも思わぬ影響をもたらした。

 

『香風、ちょっと時間大丈夫か?』

 

灯火が“武もこなせる文官”と称するのであれば、香風は“文もこなせる武官”と称する事が出来る。

 

軍の再編で新設された徐晃隊の練兵が終わった後は、基本的に灯火の仕事の手伝いをしていた。

残念ながら戯志才や程立、趙雲達は既にこの地を離れており、文官は再び詠、ねね、灯火の三人に戻ってしまっている。

加えてねねはどちらかと言えばあまり喋らない恋の補佐に徹する事が多いので、実質的には詠と灯火の二人となる。

 

『うん。シャンもお兄ちゃんのところに行こうと思ってたから。何か問題?』

 

『いや、仕事の話じゃないんだ』

 

『………??』

 

香風の首を傾げる姿に薄く笑った灯火は、一言。

 

『─────空を飛ぶ。その実験をしてみないか』

 

そう言い放った。

 

それを聞いて香風が驚かない訳がない。

大きく見開いた瞳には星すら見えるほど輝いていた。

 

「~~………♪」

 

答えは勿論Yes。

これがここ数日香風の気分が最高潮な理由だ。

 

『依頼自体は西域との交易をし始めた時にしていた。向こう側の持ってくる生地を見た時に決めたんだよ』

 

どうやら西域から取り入れた布生地がかなり良質なものだったらしく、その生地と設計図を元に服屋に依頼を出していたらしい。

その服屋というのは香風達のバニーガール衣装を購入した店である。

この街では指折りの技術を持っているというのは、あの衣装からしても十分に分かる話だった。

 

『耐久実験は霞や恋にお願いして、既に何度か行ってる。幾度の実験を経て十分な確証を得られたからな。次はいよいよ、って言う所だ』

 

霞や恋が灯火にお願いされて何かをしているというのは知っていたが、それがまさか自身の夢の為の実験だったとは思わなかった。

感極まって灯火に抱き着きながらお礼を言った香風。頭の中は既にワクワクでいっぱいである。

 

『………しゃんふーと、灯火。恋も手伝うのは、あたりまえ』

 

『ええって、ええって!ウチも最初灯火から聞いた時は驚いたけどな、そんな楽しい事に関わらん方が可笑しいやろ!』

 

手伝ってくれた恋と霞にもお礼を言うのは忘れない。

 

実験名『ぱらぐらいだー』。

それが香風に聞かされた、今回の実験に使うモノである。

モノ自体は既に完成しており、灯火とねねが最終チェックをした後、香風にお披露目。

詳しい説明を受けた後に場所を街の外にある小高い丘へ移し、そこで行うらしい。

 

『本来は山の斜面から使うモノだけどね。流石に万が一の事があってはいけないから、そういう意味でも先に小高い丘で実験するんだ』

 

最終目標は山からの飛行との事。

どういうものになるのか、好奇心は止まらない。

 

そんな事もあり香風は文武共により一層やる気を出していた。

何なら灯火の仕事を代わりにやるくらいの勢いである。

 

そんな西域との交易が本格的になり始め、香風の夢もまた一歩前進し始めた矢先。

 

 

「………洛陽に?」

 

 

朝の評定に集った董卓軍の将達。

そこで告げられた詠の言葉だった。

 

「そう。『中郎将に任命する。朝廷へ赴き、天子様の下でその智武を揮え』ってね」

 

時折朝廷に呼び出される月と詠に護衛として霞や華雄がついて行く。

そういうのは過去に何度もあったが、今回のは全く違った。

 

「昇進話か。目出度い話だ、そうだろう霞」

 

純粋にその報告を聞いた華雄が称賛する。

 

その言葉に肯定するも霞は難しい表情を崩さない。

 

「中郎将、ねぇ………」

 

灯火は記憶の片隅から情報を引っ張りあげる。

 

中郎将とは皇帝が政務を行う宮殿を守る衛兵である「郎官」を率いる指揮官のこと。

つまりは皇帝直属のエリート兵士だ。

 

「普通に考えれば確かに出世おめでとう………って言うところだけど」

 

「うん。───シャンでもわかる」

 

もう一つの都、長安で働いていた灯火と香風からしてみれば『で、本音はなに?』と言うのは当然だった。

それは実際赴いた月や詠も分かっているし、その理由も分かっている。

 

「ここ最近、都付近で賊が増えて来ているんです。皇甫嵩将軍や盧植将軍達が奮起するも数が増える一方でどんどん収集がつかなくなって」

 

「戦力を増やすために僕達に声がかかった、ってワケ。ボク達は前々から朝廷にも出向いてたし、皇甫嵩将軍や盧植将軍とも面識があるからね。そういうのもあってか十常侍の一人である張譲から声をかけられたの」

 

それに、と詠が香風の顔を見る。

洛陽内で風に運ばれて聞こえてきた話を語った。

 

「都では香風を“英雄”扱いしてるみたい。もっとも、上の連中がじゃなくてそこに住まう民が、だけど」

 

「………シャンを?」

 

「ええ。………かつて長安・洛陽といった都周りに巣食う賊を一掃して、その時は確実に都に平穏を齎した。けど今は都にいる将軍達が頑張っても香風一人が討伐した頃とは雲泥の差。………そんな現状の嘆きから『あの頃はよかった』と回顧して“英雄”って噂が出回ってるみたい」

 

香風が都に居た頃は少なからず噂されることがあったが、“英雄”なんて呼ばれた事は一度もない。

故に今の都で自身が“英雄”と呼ばれているなど知る由もなかった。

 

「けど、あれはシャン一人じゃ無理だった。お兄ちゃんがいろいろ助けてくれたから出来たこと。………シャン一人の手柄にしたくない」

 

「それでも、民衆からすれば香風一人の功績なのよ。民は分かりやすい結果を享受する(・・・・・・・・・・・・・・・)。………文学を積んでいないなら、なおさらね」

 

詠の言葉に押し黙るも不満は隠せない。

あの時二人で駆け抜けた時間は彼女にとって大きな転換点だったのだから。

そして。

 

「………香風さんもお気づきと思います。都でそんな噂があるものだから、一層私に声がかかったんです」

 

月の言葉に香風は理解する。

 

今、都の治安は悪化の一途を辿っている。都に住まう上役としても流石にいい気分ではない。

 

そんな中で民が噂する“英雄”。ならそれを利用しない手はない。

彼女が賊討伐の為に再び都に赴いたとあれば、民は諸手を上げて喜ぶだろう。

民の意識の好転による不安不満の早期鎮静化、都防備の戦力増加、頭を悩ませる賊の討伐。

 

民が喜ぶのもあるが、上役も笑みを浮かべるのは間違いない。

民が欲している“英雄”を自分達の配下に置いている、と言うのは上役にとっても権威の誇示・実力の誇示が出来て手間が省ける。

 

「わかるで、香風。全然おもろない話や。民が今の都の連中じゃ無理だと悟って過去の思い出に浸かって今更勝手に英雄呼ばわり、それを利用して上の連中が香風を呼び戻すことで事態の鎮静化。したら香風を呼び戻したのは英断だったと威張れるし、もし仮にやけど失敗しても全部香風に丸投げや」

 

同じ武人として霞も眉間に皺を寄せる。

民が助けを欲しているというのは理解しているが、今になって香風を讃える噂が出始めるのは違う(・・)

そしてそれをただ利用しようとしか考えていない十常侍始めとした上役らについてはもはや話す言葉もない。

 

「ごめんなさい、香風さん。香風さんにとって決して気持ちのいい事ではないのは分かってます。ただ───」

 

「───いい。シャンも月さまが言いたい事は分かるし…………それでも、苦しんでる人を放っておくワケにはいかない」

 

視線が合う二人の目はお互い強い意思を垣間見た。

時間にすれば僅かな間だが、それでも『今の現状を放置するわけには行かない』というのはお互い共通する意見だった。

 

「話、戻すわよ。月が中郎将に任命された事でボク達は洛陽に行く必要がある。しかも今までみたいに定期的に通って、ではなくて向こうを主として、ってことになる。─────となれば必然的にボク達は洛陽に居を構える事になる」

 

「この街の軍をそのまま洛陽に、か? だとすればこの街の防備はどうなる?」

 

華雄の疑問に対し、詠もある程度は考えていたのだろう。

悩む様子なく頭の中にある回答を口にする。

 

「全兵を連れていく事はしないわ。流石に将である皆が残る訳にはいかないけれど。最低限必要な兵と文官を残して、残りは馬騰達に引き継ぐよう頼む必要がある」

 

「馬騰、か。なら、俺が行くよ。馬騰とは一度会ってるし娘の馬超達とは真名も交換してる。余計な話もなくて済むと思う」

 

「………そうね。ついでに西域の商人達との打ち合わせもしてきて頂戴。せっかく灯火達が頑張って進めてくれたのに、ここで終わってしまうのはダメだから」

 

灯火としてもここまで苦労して色々漕ぎ付けた商談。

幸いなのは商談の場に馬超と馬休も同席し始めていた事だろう。全くの初見で西域の商人達との会合になる事は無い。

 

「………流石にこの街で計画してた内政の数々を馬家に引き継がせるのは無理でしょうから、こっちはしばらく凍結ね」

 

「そうだね………。ごめんね、詠ちゃん、灯火さん、ねねちゃん。みんな頑張って色々してくれたのに」

 

「月殿の所為ではないのです。元はと言えば賊を今の都の軍だけで鎮圧できない向こうが悪いのです!」

 

「………ねねの言う通り」

 

ねねの言葉に全員が同意する。

それを踏まえた上で詠は香風を見た。

 

「向こうの連中は特に香風の帰還と活躍を期待してる。………別に思惑通り動く必要はないけど、都の民も関わってるとなると動かざるを得ない。なら─────」

 

「うん。大きく動いて突き破る。………もう煩わしいのはこりごりだから、シャンもお兄ちゃんも」

 

向こうは利用するつもりで香風を呼び戻したのであれば、それに応えよう。

ただし、向こうが想定する以上の成果を伴わさせてもらうが。

 

「となれば俺は必然的に香風の補佐になるか。………洛陽に行ってからは大立ち回りになるな、これ」

 

「お兄ちゃん、一緒にがんばろう。いざとなったら、お兄ちゃんはシャンが守る」

 

「大丈夫………恋もいる」

 

「ねねもいますぞ!」

 

自分よりも小さい身体である香風達がぐっと拳に力を入れるのを見て、顔が緩む。

 

「ああ、頼りにしてる。………ただ俺もお荷物になるつもりはないからな?」

 

「当たり前だ。初見とは言えこの私を一撃で行動不能にせしめた奴が、何を言っている。そもそも私は不意を突かれたとはいえ馬超に攻撃を掠められたのも許していないのだからな」

 

「というか、よーやく灯火も前線に立つんか。………そりゃあ内政案には驚かされるしそっちの才があるのはわかるけど、ウチらから見れば武の方もやっていけるんやで? それで荷物になるのは許さんで、灯火」

 

「………わかった。元より死ぬつもりも死なせるつもりも無いからな」

 

董卓軍屈指の武官二人にそうも言われると苦笑いしかない。

今では二人ともと酒を飲み交わすくらいには良好な関係を築けているが、やはり今でも灯火が『ただの文官』というのは腑に落ちないらしい。

 

「よし。それじゃ各人、洛陽に向かう準備を進めて頂戴。あんまり遅くなるとそれはそれで面倒この上なくなるんだから。この街に残す兵を選定した後に軍の再編を掛ける。洛陽には共に戦う事になる皇甫嵩将軍や盧植将軍達もいるから、洛陽についたらまた紹介するわ」

 

 

 

 

香風は一人城壁から街を眺めていた。

 

またあの魑魅魍魎が跋扈する魔窟へと戻る。

香風は知る由もないが、あの曹孟徳ですら好んで近寄ろうと思わない場所、と言えばその悪辣さがわかるというものだろう。

 

ここ数日の高揚気分は一気に醒めてしまった。

 

明日にはすぐさま馬騰らがいる城へ赴き、この街の警備と西域の商人達とのやりとりをしなければならない。

出会った当初こそ褒められた出会い方ではなかったが、その後は灯火も香風も良好な関係を築けている。

元より同じ涼州。断られる事はないだろう。

それ以外にもこの街に残しておく兵の選定、それに伴った全軍の部隊再編制。

 

恋の家のこともある。

今までは恋やねね、香風や灯火が帰っていたので動物達の餌や家の掃除が出来ていたが洛陽に移り住むとなれば此方の家の管理を誰かに頼む必要がある。

 

そんな慌ただしい日を過ぎればすぐさま洛陽に向けて出発。

 

とてもじゃないが、先日灯火と話した“空を飛ぶ実験”は出来そうにない。

それが何よりも香風の心を沈めていた。

 

「……………」

 

この街に来てからは楽しい時間ばかりだった。

 

灯火とは勿論、同じ家に住む恋やねねとの日常。猪突猛進な華雄や香風と同格の武を持つ霞。心優しき主の月にそれを支える詠。

同じ客将だった星達に最近では同じ涼州内にいる馬超や馬休達も知り合って、真名を交換した。

西域の商人達と商談するなど、香風では考えられなかった出来事だ。

都に居た頃は考えられない、騒がしくも穏やかな日常だったと今改めて思う。

 

「香風、ここにいたか」

 

「あ、お兄ちゃん。どうしたの?」

 

「それはこっちの科白だな。街を眺めてたのか?」

 

「………うん。この街に来てからいろいろあったな、って」

 

これも全て隣に立つ灯火が居てくれたから、と思うと自然と笑みが零れてくる。

 

城というだけあって、この城壁からは街を見下ろせる。

太陽はもう沈みかけで周囲は薄暗くなり、それに応じる様にポツポツと家の明かりが灯っていく。

こうして夜になっても家の明かりがしっかりとついていくのは、ちゃんと統治されているが故である。

 

「お城からこの光景を見てると、お兄ちゃんに見せて貰った“てんとう”を思い出して」

 

「ああ、なるほど」

 

確かに、と眺める光景を見て思う。

この時代に眩い街灯やらネオン煌めく広告に大量の光を放つ施設はない。

今広がる全ての明かりが電気ではなく蝋や焚き木から来る火の光。

夜が深まればいつか見た夜空に浮かんでいく天灯がそこにあるかのように見えるだろう。

 

「ごめんな、香風。空を飛ぶの、楽しみにしてたのに。せめてもう少し早く済ませてれば」

 

「ううん、それは仕方ないこと。お兄ちゃんはシャンの為に色々してくれた。それにお礼を言う事はあっても、お兄ちゃんを責める事は無い」

 

残念ではある。

落ち込みもした。

けれど、空を飛べなくなったワケじゃない。

ちょっと先延ばしになっただけだ。

 

ならこれ以上落ち込む必要はない。

早く都に行って賊討伐をして騒ぎが収まれば、またきっとすぐに機会はやってくる。

 

「お兄ちゃん、家に帰ろう」

 

「そうだな。今日は腕に縒りを掛けて作るから、お腹いっぱい食べてくれ。あの家で食べるご飯も最後だからな」

 

「うん。その後はシャンと一緒にお風呂に入ろう?」

 

「………香風がいいなら」

 

 

 

 

翌日。

灯火と香風は二人、馬騰治める金城の街までやって来ていた。

 

昨日の時点で今日伺うのは伝えていたのですんなりと城へ案内される。

のだが。

 

「…………?」

 

僅かな違和感を感じ取った。

どうやらそれは香風も同じらしく、首を傾げながら謁見の間に通された。

 

「よっ、灯火、香風。久しぶりだな!」

 

「ああ、前の商談の時以来だから………何日ぶりかね」

 

この場に恋がいないということもあってか、今では元通りの翠。

が、それでも。

 

「? どうした?」

 

「………翠、馬騰殿はどうした?」

 

ある程度推測した灯火と香風がアイコンタクトし、前にいる翠に尋ねた。

 

「………別に、母様は」

 

「ああ。確かに送った手紙には翠と鶸と今後の話をするために会いたいと伝えた。この場にいないのは別に問題ない。けど、翠。お前は嘘が苦手なんだから」

 

灯火の言葉に翠は難しい顔をするしかなかった。

 

「別にシャン達は外に言いふらすつもりはないよ。………体調が優れない? 前会った時はお酒とか一緒に飲んでたけど」

 

二人の言葉を聞いた翠が瞼を閉じた。

彼女の中で何を判断しているのかは分からないが、その中で出てきた言葉は─────

 

「母様が、倒れたんだ」

 

灯火が予想した通りだった。

 

「医者は?」

 

「見て貰ったさ。疲労とか過労とか言ってたけど、症状らしい症状が分からない(・・・・・・・・・・・・・)からそう言っているだけだってのはあたしでもわかる」

 

「………そうか。悪い、大変な時期に急に来てしまって」

 

「いや、いいさ。誰も母様が倒れるなんて想像してなかったんだ。灯火達が悪いわけじゃない」

 

翠とて母親が倒れて心配なのは当然。

それでも妹三人が不安がっている中で長女である自身まで落ち込んではダメだと、こうして灯火達と会っている。

 

悉くタイミングが悪いと内心愚痴を零す灯火。

商談・内政・香風との実験に馬騰の一件。

山あれば谷ありとはこういう事なのだろう。

 

その後合流した馬休こと鶸と共に今後について話し合った。

 

「街には防衛に必要な兵は残していくから、翠達はもし応援要請があれば駆けつけてほしい」

 

「ああ、いいぜ。………にしても、あの街が早々に窮地に陥るとは思えないんだけどな。なんだよあの外壁回りの大穴。落とし穴にしちゃ大きすぎるし広いし」

 

「そうですね。あれの所為で外壁と地面との差が普通よりも高くなってますから、梯子をかけようとしても高さが全然足りないでしょう」

 

かつて一度だけ訪れたことがある翠と鶸が思い出しながら灯火達に尋ねた。

人が二人ほど縦に並べて入れそうな高さ。

横幅は人が何十人と並べる程と横幅。

そんな大穴が外壁回りに出来上がりつつあった。

 

「あれは防衛計画の一環で、“堀”ってヤツだ。狙いは今鶸が言った通り、梯子をかけられて上ってくるのを防ぐため。そして敵の侵入路を一本にまとめるため」

 

「門の前以外を全部“堀”にしちゃえば、攻めてくる敵は残ってる門正面の道に行くしかない。そこに弓矢を放てば敵も絞れて大損害。………シャンも練兵の一環で穴掘りしてた」

 

翠が訪れた頃はまだ街の外周全てを囲むほど出来ていなかった。

が、日常的に仕事で従事している者達を含めた徐晃隊・張遼隊・華雄隊・呂布隊の働きによって堀は完成。

掘り出した土は治水の為に使われたり、家の建材の材料、布袋に詰めた物を積み上げて即席の修復壁や戦場での矢避け壁にするなど用途は広い。

また火矢によって延焼が発生した時はその布袋の中身をかけてやれば水入らずの消火活動にも使える。

防衛強化が出来て、掘り出した土も有効活用できる。有用性ありと詠が認め、練兵の一環として粛々と進められていたのだ。

 

「なるほど………。それに堀の高さ分を含めた梯子となれば巨大になるから掛けるまでが大変だし、掛かったとしても上ってくるのにも時間がかかる、という訳ですか」

 

「へぇ、考えてるんだな。………けどあんな大規模な“堀”、五胡の連中相手にするには大袈裟すぎやしないか?」

 

「ウチの筆頭軍師殿にも言われたよ。けど、何も五胡相手だけじゃない。この大陸情勢を考えれば防衛能力を“強化”して備えておくのは悪いことじゃないだろ? 備えあれば患いなし、ってヤツだ」

 

灯火からしてみれば万が一魏国を始めとした他国に攻め入られる、という事態を考慮してである。

流石にこれほど大規模な計画となれば一日二日で終わる作業ではない。

故にこうして先に強化しておく案を詠や月に進言した。

無論、そうならない様に立ち回るのがベストだし、そもそもそうなるかどうかすら未知数ではあるのだが。

 

「そういう事ならわかった。定期的に灯火達の街に行って様子を見ればいいんだな? で、救援要請があれば助けに行く、と」

 

「ああ、頼む。もし五胡相手に途中で物資の補給がしたいとかであれば、残る兵達には翠達の事は話しておく。翠と俺の名前を出してくれれば、城まで入って補給を受けれるように手筈は整えておくよ」

 

「本当か!?それは助かる! あたしらとしても東西南北駆け巡ってるからな。純粋に補給地が一つ増えるってのは嬉しいぞ!」

 

「───喜んでくれたのなら何より。その分しっかりと守ってくれよ?」

 

「ああ!錦馬超の名において約束するよ!」

 

分かりやすい反応に思わず笑ってしまう。

腹芸や策略といったモノは出来そうにないなと思う一方で、こういう性格は好ましくも思えた。

 

「これが商談でのやりとりですか」

 

「うん。鶸はシャン達の商談も見てたし、相手の商人も鶸の顔は知ってるから事情を説明して─────」

 

隣では香風が鶸に西域の商人達とのやりとりを説明していた。

この件に関しては香風に任せていいだろう。

西域の商人達との信頼関係はある程度構築した。

後はそれを出来る限り長く続けてお互い交易を続けることだ。

 

そうなった時、馬家姉妹の中で一番冷静(つまりはストッパー役)である鶸に任せようと判断した。

残念ながら長女である翠や妹である馬鉄こと蒼、従妹である蒲公英ではどうしても不安があったためだ。

香風の話を真剣に聞いているし、頭も恐らく姉妹の中では一番回る方。

彼女が翠と一緒に商談に同席してくれて助かったと思う灯火だった。

 

 

 

 

 

数日後。

 

城に残る兵の選定、内政の引継ぎ、防衛計画の見直しと運用。

街の住人達への説明に馬家との連携。

 

諸々の処理を終えた一行は大勢の民に見送られながら出立した。

 

朝廷の魑魅魍魎とした裏側を知らない民からしてみれば、自分達の街を守護してきた月が昇進、しかも天子様直属となる。

それでいてこの街の防衛やその後の事など考慮し対策を施し、民に説明した上で都に行く。

となれば多少の不安こそあれど大きな混乱を生むことも無く、結果多くの声援を受けて気持ちのいい門出となった。

 

「それではよろしくお願いしますね、馬孟起殿」

 

「ああ、任せてくれ董卓殿。この街を含めてこの涼州、あたしらが守るよ」

 

「ふふ、ありがとうございます。馬騰殿にもよろしくお伝えください」

 

馬騰の名代としてやってきた翠が月と挨拶を交わす。

その妹達は董卓軍の中で最も交流があった灯火や香風達の元にいた。

 

「それじゃ、鶸。西域の商人達のこと、よろしく頼んだ」

 

「もし何かあればシャン達に連絡をくれればいいよ」

 

「はい、ありがとうございます。灯火さん、香風さん。恋さんやねねさんも、お気をつけて」

 

「そっかーもう行っちゃうんだねー。蒲公英達は姉さん達と違ってあんまり一緒に居られなかったから、ちょっと不満だなー」

 

「仕方ないよ、蒲公英様。蒼達まで姉さまについて行っちゃうと誰もいなくなっちゃうよ?」

 

蒲公英こと馬岱、蒼こと馬鉄もこの場にやって来ていた。

母親の体調もまだ優れないため残るという話だったのだが、その当の本人からお前達も行けと言われれば行かない訳にはいかない。

 

「恋さん!蒲公英達が渡したあの子はどう?」

 

恋の後ろにいる馬。

それは馬騰が恋達に送った馬である。

 

「元気いっぱいすぎて大変だったから、ちょっと気になってたんだけど………随分大人しいね」

 

「………セキト、すごいいい馬。懐いてるから大丈夫」

 

「………セキト?」

 

「馬の名前ですぞ、蒲公英殿。恋殿は受け取った馬に“赤兎”と名付けたのです」

 

「へぇーそうなんだ。………でも、なんで兎? 馬なのに」

 

「…………兎の様に飛ぶからですぞ(以前街で見かけて購入したあの兎の衣装を見て付けた、なんて言えないのです)」

 

ねねの言葉を受けて納得する蒲公英と蒼。

その後に呟いたねねの言葉は耳に届かなかったようだった。

 

「に、しても姉さんはこのまま挨拶もしないのかな。全く、いくら照れてるからって」

 

「………照れてる?」

 

頭を傾げた恋が蒲公英に尋ねた。

 

「そ!母様から散々いい相手はいないのか~って言われててね。今までは本当にそんな人いなかったから母様も強くは言ってこなかったんだけど」

 

「灯火さんと出会って、母様が気に入っちゃったでしょ? 蒼もまさか西域の商人達と商談をするなんて思っても無かったから、母様が気に入るのも無理ないんだけど」

 

「で、姉さんの相手として灯火さんを~って!まあ、そうだよね~。この街の周りの“堀”とか西域との商談、内政手腕とか、蒲公英達じゃ思いつきもしないことを実現してきた有能な文官って聞いちゃえば余計にそう言うのも仕方ないよ」

 

灯火の知らない場所でそんな話が出ていた。

ニヤニヤと笑いながら姉である翠を眺めている蒲公英と蒼。

 

「………ダメ」

 

「? ダメって何が?」

 

「………灯火は恋と一緒にいる。翠には渡さない」

 

相変わらずの表情だが、しっかりとした語調で否定した。

 

以前見たときといい仲がいいのは知っていたが………。

 

蒲公英と蒼が互いの目を見た。

 

「あっちゃー。これ、姉さん勝ち目あるかなー?」

 

「姉さんはあれで奥手なところがあるから、勝てないんじゃないかな」

 

翠が聞けば全力で否定するだろうが、当の本人達はこの会話に参加することはなかった。

 

 

 

 

 

 

「あら、姉様。お疲れ様」

 

部屋に入ってきた人物を見た緑髪の女性が声をかけた。

 

「ああ。………全く、アイツらめ。揃いも揃って無能を晒しおって」

 

長い髪を乱暴に扱いながら対面の椅子に座る。

 

何進。

この漢の大将軍であり、昨今この都を騒がせている賊討伐の最高責任者である。

 

その苛立ちは将達に向けて、そして十常侍に向けてである。

特に将達への苛立ちは相当のものだった。

 

賊討伐を命じても賊を取り逃がしたり、討伐した矢先に別の場所に賊が湧いたりと終わる気配を見せない。

賊討伐など容易いだろうと楽観視していた何進は憤りを隠せないでいた。

 

「………ソレはなんだ、瑞姫。見た事ない杯だが」

 

「これ?………ふふ、“夜光杯”っていうらしいわ」

 

机に並べられた複数の杯。

形は同じだがその輝きは一つとして同じ模様を描いていない。

 

「都に来ていた商人の献上品よ。確か涼州の………莫、だったかしら。そんな名前の人から手に入れたみたい」

 

「涼州、莫………?」

 

「ええ。しかもこれ、凄いのよ。杯もさることながらそれを保管する包みも木箱で、割れない様に上質な生地で包まれてる。これほど丁寧に梱包された杯など今まであったかしら?」

 

御眼鏡に適った夜光杯を手に取りうっとりと眺める。

どうやら彼女はかなりご機嫌らしい。

 

「瑞姫が喜んでいるのであれば、私としても問題ない。………しかし、涼州か」

 

「? 何かあるの、姉様?」

 

手に包んだ夜光杯を弄びながら思案顔になる何進を見る妹、何太后。

何進は一人の小娘を思い出していた。

 

「なに、涼州に董卓なる者が居てな。………此度の賊討伐の為、軍を率いて我らに加勢することになった」

 

「ふーん………。それ、戦力になるの?」

 

「少なくとも現状の打破には繋がるだろう。董卓の下にはあの飛将軍呂奉先がいる。加えて今都の民が噂している“英雄”徐公明もいると聞いた」

 

「“英雄”、ねぇ。まあ私としても都周りがうるさいのはほとほと困っていた訳だし。一掃してくれるのであれば何だっていいわ」

 

当然だが都で賊が跋扈すればやってくる商人達の数も少なくなる。

そうなれば買い物をしようにも品が無いことになる、それは困るのだ。

 

「皇甫嵩はまだいい。盧植が………もはや限界点だな。それ以下の者どもは話にもならん」

 

「んもー。姉様ったら。憤るのは分かるけど、あまり怒鳴り散らかさないでよ? 姉様は今や大将軍なんだから、もっと品性を持って、ね」

 

「む………うむ、そうだな………」

 

そもそもその董卓を呼び寄せたのが十常侍というのも気に食わない。

報告を受けたのは呼び寄せた後だったというのも気に食わない。

だが確かに現状を容易に打破するには“董卓”という人物は好都合なカードだった。

 

武にはあの『飛将軍』呂奉先を筆頭に、『神速』張遼、そして華雄。

ここ最近になって噂される『都の英雄』徐公明がいた。

 

武・名声ともに申し分ないカードが揃っているし、何進自身董卓とは何度か会っている。

 

十常侍に説明されるまでもない。

現時点における鬼札であるというのは何進とて理解していたし、あれはこの朝廷内部においていつまでも生き続けられる様な者ではないというのは分かっていた。

自身を脅かす様な存在にはならない。

 

が。

 

「気になるのは“莫”という男の事だ」

 

「………? そういえばこの夜光杯を献上した商人もその名前を出していたわね。姉様、その人って?」

 

「ああ。瑞姫は知らんだろうが、長安にて“聖人”と噂されていた男でな。無償で民に食を与え、学を与え、民に慕われていた下っ端役人よ」

 

「その下っ端役人が気になるって………?」

 

「………下っ端だったのは何も奴が無能だったからではない。我々にとって不都合な政策を提案するくらい有能な奴(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)だったから、下っ端だったのだ」

 

「………? だったら何か適当な理由をつけて、追放すればよかったんじゃ?」

 

不都合な、という言葉を元に言う何太后。

だがそれに対して淡々と何進が答えた。

 

「言ったであろう? 有能な奴(・・・・)、と。我ら漢の名声が上がる様な政策・人物だったのだ」

 

近い人物で言えば皇甫嵩や盧植だろう。

彼女達も何進からしてみれば随分と綺麗な連中(・・・・・・・・)でありながら、将という立場にまでこの都に上り詰めるくらいには有能である。

 

「………つまり。政策そのものは実に現状の問題に対して的を得ていて、けれどその政策が私達には許容できるものじゃない、と?」

 

「ふん。真っ当に生きる人間、ということだ。学の無い民達の識字率を上げる? そんなことをすれば民が“裏側”まで知りかねない」

 

「ああ………それは、そうね」

 

「そしてそんな政策を抜きにしても、仕事が出来る人間だと聞いた。だからこその下っ端だ」

 

魑魅魍魎の蠱毒壺。

賄賂や不正、もみ消しなんて当たり前。

そこに学のついた民が気付けば暴動どころか反乱が起きる。

 

「飛将軍や“英雄”など、所詮は猪だ。人の言葉など解さんだろう。………故に私は“聖人”が気になる、という事だ」

 

「………気にし過ぎじゃない? 現に盧植将軍はどちらかと言えば文官寄りの将でしょう? その人が現状姉様の言いなりなのだから」

 

愛しの妹である何太后に言われ、頭の中の思考を止める。

莫何某がどの様な人物か詳しくは知らないが、長安から涼州へ逃げ出す程度の人物だ。

気に掛ける必要もないだろう。

 

 

「それもそうだな。─────それにいざとなれば、相手は男だ。…………誑かしようはいくらでもあるか」

 

「まあ、姉様ったら。わ・る・い・ひ・と♪」

 

 

洛陽は今日も陽が落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




???「所詮は獣だ。人の言葉など解さんだろう」



言わせたかった言葉です。



新作はよ。
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