莫名灯火   作:しラぬイ

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感想欄を見ました。
思いのほか職業リンクスやレイヴンの方がいらっしゃってびっくりです。
早く情報欲しいですね。

そんな中で、だ。

>最後の台詞で空を飛ぶ夢が「あんなものを浮かべて喜ぶか!変態どもが!!」に変換されてしまったじゃないかどうしてくれる

はおー様が言ったら合いそうな気がしてきたんだ、どうしてくれる()


始まります。
(誤字報告ありがとうございます。修正しました)



File№10

宮中内にて円卓を囲む人物達。

その何れもが女性である。

 

「揃ったな。ではこれより軍議を始める。先ずは現状の確認だ………盧植」

 

「はい。───つい先日隣の群である弘農にて、洛陽に向かう途中の董仲穎殿の軍が大規模な賊を発見。これを討伐したとの報告を受けました。この最大規模の賊討伐により司隷内の鎮静化は時間の問題かと思われます。一方で大陸各地、賊蜂起の報告があがっております。賊は何れも黄巾を纏っている事からこれらを“黄巾党”と以降命名。それらの対処も行っていく必要がございます。今現在報告が上がっている中で冀州・荊州・豫洲・徐州・青洲。この5つから官軍の派遣要請が届いております」

 

「ご苦労」

 

官軍の将、盧植が席へ座る。

報告を受けた上座に座る青髪の女性が薄く笑いながら月を見た。

 

「流石は“都の英雄”を擁する董卓殿ですね。我ら十常侍も首を長くして待った甲斐がありました」

 

「………ありがとうございます、趙忠殿」

 

洛陽に到着した翌日。

月が率いる董卓軍はその日の疲れを癒し、現在遠征の準備を整えている。

この軍議が終わり次第、さっそく各地へ遠征となる。

 

「それに比べ官軍は………。よっぽど酷い指揮だったのですね。董卓軍が一日で討伐した賊に何度も苦戦を強いられるなど」

 

「末端の兵の弱卒を私の責任に転嫁して貰っては困るな。元より、この各地での賊の蜂起の原因は貴様ら十常侍が朝廷を腐らせた結果であろうが」

 

「あら、我らは常に漢を想い政務に取り組んでおりますよ。だからこそいつまでも解決できない何進殿を想い(・・・・・・)、こうして董仲穎殿をお呼びしたのですから」

 

「………貴様」

 

英雄の帰還。

 

その最中で噂はすぐさま広まった。

と言うよりは広められた、と言うべきだろう。

 

何せ“英雄”。しかも名ばかりではなくしっかり過去の実績を伴った“英雄”だ。

加えてこの洛陽に来るまでに既に賊………しかも司隷内最大規模の賊を一軍で討伐している。

何進率いる官軍だけでは解決できなかった問題に、十常侍が都民のために(・・・・・・)呼び寄せ、早速手柄を立てた。

そんな一文を付け加えるだけで民や兵の末端がどう思うか、というのは容易に把握できる。

 

十常侍。

中央の政権にて圧倒的な権力を誇るその十名は、地方の官職に親族を取り立て好き放題やるくらいには各地の繋がりがある。

十常侍にとって都合のいいように噂を広めるのに苦労は無く、噂はあっという間に各地の太守や州牧の耳まで届くこととなる。

ただし、その噂をどこまで信じるかは太守や州牧達次第ではあるが。

 

一方で面白くないのは何進。

確かに飛将軍を始めとした武官が増援としてやってくるのは有難い。

が、“都の英雄”が活躍すればするほどにそれを最初に登用した十常侍の評価も上がっていく。

上がっていくというよりかは上げていく、という言葉の方が正しいだろうが。

 

何せこの時代人々は迷信に対する傾倒も強く、預言書が皇帝・官僚らにも大真面目に取り扱われたりしている。

知る由も無いが噂の内容次第では事実とは異なっていたとしても連合軍が結成されるくらいなのだ。

 

故に“噂”というのは決して馬鹿にならない。

ましてや何進にとって相手はあの十常侍で政敵だ。

現代の様に選挙制度など存在はしないが、敵の良い噂が立ち、自身の悪い噂が流れるというのは以ての外だった。

 

「おやめ下さい。宮中での喧嘩口論はご法度。それに今は左様な話をしている場合では無いのでは?」

 

皇甫嵩の一言で二人とも言葉を収めるが、ピリピリとした雰囲気はより一層肌を刺激する。

元より十常侍の一人である趙忠とそれと敵対関係と言っても過言ではない何進が一つの卓にいるのだから、こういう雰囲気にもなろう。

 

「………まあ良いわ。司隷については先の董卓によりほぼ無力化されたと言っていいだろう。後は残り粕の掃除だけだ」

 

趙忠を一睨みしたが睨まれた方はどこ吹く風。

視線を切った何進は皇甫嵩へ目を向ける。

 

「皇甫嵩。貴様は如何様に考える」

 

「はっ、司隷の賊についてはもはや大規模と言える賊はいないでしょう。残りの賊を討伐しつつ、各地の黄巾党を討伐する兵を向かわせるべきかと」

 

「司隷の賊については此方で対処致します。“都の英雄”、徐公明が居れば討伐は容易でしょう」

 

皇甫嵩の説明に詠が捕捉する。

既に詠の中では各地の黄巾党の規模、どのように詰めていくかは組みあがっている。

その中で『香風と灯火に都の賊を討伐させる』というのは非常に重要な意味を持っていた。

 

「ええ、それは私も賛成です、賈駆殿。“都の英雄”の奮起によって民はより一層意気高揚となるでしょう。主上様もさぞお喜びになるかと」

 

十常侍である趙忠も詠の意見に同調した。

それに動揺する詠ではない。相手がどんな思惑を抱いているかなど把握済みだ。

だからこそ(・・・・・)、大将軍である何進に香風が都に残るように進言する。

それが何進にとって好ましくない事だとわかっていても。

 

「………いいだろう。但し、徐晃何某だけだ。他の将には北の冀州、南に荊州、東へ青洲に赴き黄巾党の討伐を行ってもらう」

 

「畏まりました」

 

詠は内心嗤う。

今の所何進も十常侍も気付いていない。

 

「向かわせる将の内訳ですが、北に呂布、南に張遼、東に華雄を提案致します。冀州の袁紹はこの大陸でも最大規模を誇る軍です。官軍の立場を明確にするためにも『飛将軍』呂奉先の武は必要。盧植殿がいれば武力知略ともに後れを取る事は無いかと」

 

「確かにな。良かろう」

 

相手に説明し了承を得る為には何よりも納得させることが第一。

分かりやすく相手の利となる部分を、しかして口には出さずに説明すること。

そうすれば相手は勝手に自分の都合のいいように納得してくれる。

また此方が口に出さない事で相手に言質を取られないというのもある。

 

「南の荊州はとにかく広域です。この河南のすぐ南の“南陽”の袁術殿、“江夏”太守の黄祖殿、他にもまだ名のある将も居ます。その中で官軍として責を果たすには『神速』と謳われる張文遠の用兵術は必須と考えます。」

 

「荊州を張遼一人に任せる気か? それは構わんが潰すなよ?」

 

何進の言う“潰す”というのは張遼の事ではなく、大将軍である何進の面子のこと。

それくらいの判断は月も詠も出来た。

何進を心の中で罵倒しながら、しかし表には一切見せずに詠は発言を続ける。

 

「いえ、流石の彼女でも一軍だけでは厳しくあります。その為官軍の中でも武勇で活躍する皇甫嵩殿と共に行軍を提案します。張遼隊で相手を攪乱し、手堅い皇甫嵩隊が居れば賊相手に苦戦することもないでしょう」

 

「なるほどな。確かに皇甫嵩は我が軍の中でも唯一戦果をあげている将だ。広い荊州と言えど二人が合わされば、という事か」

 

何進が一通りの納得を示しているのを確認する。

隣にいる趙忠は特に興味を示していなかった。

十常侍にとっては“都の英雄”がこの司隷で活躍すればそれでいいという考えなのだろう。

 

「東の青洲は北と南に比べれば黄巾党の規模・土地の規模共に大きくはありません。ですがその分州牧の力も強いとは言えず、苦戦は免れない。『猛将』華雄の武が加われば青洲の黄巾党を追い出すのは容易でしょう」

 

以上です、と一礼して席についた。

何進の反応を見る限り司隷に香風を置くと言った事以外は、不満そうな考えは持っていなかった。

 

「よかろう。良き進言であった、賈駆。皇甫嵩、早速その様に手配いたせ」

 

「はっ」

 

「(アンタに褒められたってちっとも嬉しくないわよ!)」

 

「(詠ちゃん、落ち着いて………)」

 

内心荒れ狂う詠を月が宥め、何とか自分達の想定通りに進んだと安堵する。

 

「何進殿………いずれにせよ、早く乱を鎮めてください。斯様な下らぬ事で主上様の御心を煩わせぬように」

 

「ふん、言われるまでも無いわ」

 

「くれぐれもお気をつけを。今、悠々と胡坐をかいている場所が………突然抜け落ちて怪我をする事もありますからね?」

 

そんな言葉を言い残してこの場を後にする趙忠。

後ろ姿をいっそ人を殺せる程に睨め付けた何進。

そんな光景をこの場に集まった四人は内心溜息をつきながら同じように出ていくのであった。

 

 

 

 

「霞、そっちの準備は? 足りてないのはあるか?」

 

「いや、前の賊討伐じゃ大して消費もせぇへんかったからな。ウチは大丈夫や」

 

現在、灯火は洛陽にて戦支度を進めている将達へ訪問していた。

今回彼自身も香風と共に前線に立つ事になるわけだが、本来の彼は文官。

こうして各隊の状況把握や事前準備の手回しに奔走するのが仕事である。

 

「心配やった兵站も長安の灯火の部下やった連中が工面してくれたっちゅうやん?」

 

「………まあ、洛陽行きが決まってすぐに文を送ったからな」

 

「流石は“長安の聖人”やな!」

 

「………やめてくれ」

 

バンバンと肩を叩いてくる霞の言葉に顰めっ面をしながら、細筆で手記帳に記載していく。

長安から涼州に移りかなりの日数が経過していたが、長安にいた頃の部下や民は灯火の顔を忘れてはいなかった。

 

「いやいや、褒めてんねんで? 戦準備にだって金は必要、ましてやここはウチらの街やない。そんな場所で必要分の兵站やら何やら準備するのって、上が都合してくれんと難しいんやから」

 

そう言って改めて霞は考えてみる。

洛陽の隣の旧都で物資調達が出来たのは灯火の都時代の行いの結果だ。

またそこで必要となる経費も涼州にて西域貿易で儲けた資金を用いている。

加えて───

 

「ほんと、ウチの為に馬超達に掛け合ってくれたんやから。もう感謝感謝やで!!」

 

「あーはいはい、子供か」

 

首に腕を回し、体を密着させ肩を組んでくる霞に、何度目だと思いながら手記帳から目を離さない。

馬騰から恋・香風・灯火の三名に軍馬が送られたのは霞も知っている。

そして相当羨んだのは全員の記憶に新しい。

それほど馬家の軍馬は素晴らしい馬であるということであり、“神速”と謳われる霞からすれば─────

 

『ウチも欲しい!なあ、どうにかして貰われへん!? 何なら灯火から買うから!』

 

と文官である灯火に迫るのは必然だった。

いつもは“何で灯火は文官なんや~”と言いながら酒を飲み交わしているのに、こういう時だけは文官扱いする霞である。

 

『まあ確かに文官である俺には勿体ないのもあるだろうけど、俺に送ってくれたのを勝手に誰かにあげるのもな。馬騰殿に確認してみるよ』

 

そんな事で話をしてみればもう一頭軍馬を売ってくれた。

流石に譲るという訳にはいかなかったが、灯火自身霞の馬が馬家の馬となれば単純に戦力向上に繋がるのは分かる。

軍馬一頭を買い、こうして霞の馬となったのだった。

 

『なんか霞が大きな子供に見えた』

 

とは灯火の談である。

 

「灯火、霞」

 

宮中から出てきた月と詠。

後ろには皇甫嵩と盧植の二名も居た。

 

「お疲れさん、月、詠。楼杏と風鈴は久しぶりやな!」

 

「ええ、お久しぶり、霞さん」

 

「お久しぶりです。お元気そうで何より」

 

霞の姿を見た二人が笑いながら挨拶をする一方で、その霞が肩を組んでいた男性に目を向ける。

二人は初対面であったが、こうして将軍である霞と肩組みできる男性となると一人しかいない。

 

「貴方が詠さんや月さんが言っていた莫殿かしら?」

 

「ええ。初めまして、皇甫嵩殿、盧植殿」

 

「あら、私達の名前はご存知なのね」

 

皇甫嵩の言葉に肯定する。

 

「月や詠からは聞かされていましたので。この朝廷内でも信が置ける二名だと」

 

「あら嬉しい。私達としても月さんや詠さんは頼りにさせて貰っているわ」

 

にこやかに話ながら二人と握手する。

これから共に賊討伐をする仲だ、最低限でも互いを知っていなければ話にならない。

 

「灯火、華雄や恋、香風達は?」

 

「各自自分の隊の最終確認をし終えて僅かばかりの休息中。俺は全体の兵站とかの取りまとめで霞に確認を取ってたところで、今しがたそれも終わった。─────それで?」

 

「ええ、軍議を開く。みんなを呼んで頂戴。その場で改めて二人には自己紹介をして貰うわ」

 

詠の言葉に頷いた灯火はすぐさま三人を呼びに向かう。

その背を五人は眺め、後に続くように移動を開始した。

 

「久しぶりにあの顔を見たけれど、面影は残っていたわね」

 

「? 風鈴さんは灯火さんをご存知だったのですか?」

 

「ええ、私塾時代に。………とは言っても直接会話した事は無いし、遠目で見ただけだから向こうも覚えていないでしょう」

 

盧子幹。

将として取り立てられる以前は私塾の講師をしており、門下生にはあの劉備や現在幽州で太守を務める公孫賛がいる。

その穏やかな風貌で先生として慕われるくらいには有名な人物だった。

 

そんな時代に聞こえてきた噂があった。

 

「………神童?」

 

「ええ、私塾仲間から聞いた話よ。文武共に優れた教え子が居るって。その知識量は勿論、立ち振る舞いも到底子供のそれじゃなかった、と言っていたわね」

 

思い出すのは昔に会話した内容。

伊達に講師として勉学を揮っていた訳ではなく、ちゃんと記憶の中に残っていた。

 

「最初は読み書きもできなかった………というよりは独自のクセ(・・・・・)で読み書きをしてたみたい」

 

独自のクセ(・・・・・)?」

 

「ええ。独学なのでしょうね、見たことも無い文字を用いて書物を読んでいたと聞いたわ。………そういう事が出来るくらいには智を最初から持っていた、ということなのでしょう。私の友人もいっそ恐ろしさを感じるほどに優秀だと呟いていたわ」

 

ちなみにこの時の見た事の無い文字というのはカタカナやひらがなといった文字である。

この漢にそんな文字は存在しないので大抵は子供の落書きにしか見られていなかったが、それが文字であると間接的に説明され盧植も驚いていた。

 

「それで少し前に長安で噂になった“聖人”と呼ばれた人物。その人が莫殿と知ってね。一度会いに行こうと思ったのだけれど」

 

そう言って首を振った。

その時期は既に盧植も将軍として官軍の指揮を執っていた。

中々都合があわなかったのだろう。

 

「けれど月さんや詠さんの話を聞く限りじゃ、無理をしてでも会っておくべきだったかしら。将としてもそうだけど、講師としても心惹かれるわね」

 

「ああ、あの“学校”の事ね」

 

月の街で進められていた“学校計画”。

灯火が豫洲に赴き喜雨を講師として誘う一方で、月もまた講師役になってくれそうな人物に心当たりがあった。

それがこの盧植である。

何せ太守となった公孫賛に学を与えた人物。“学校”の講師役としてこれほど適任である人物はそういないだろう。

月との仲も良いことから内密を条件に話したのだった。

 

「武も良し、文も良し、手腕も良し、性格も良し。楼杏、いい出会いじゃない?」

 

「なっ、何を言ってるのよ、風鈴………。まだ会ってすぐよ? そんな話になるワケないじゃない」

 

「けれど、月さんの話を聞いていた限りではいいと思っていたのでしょう? この前のお酒の席で零していたわよ」

 

「………覚えてないわ。そういう風鈴こそ、どうなのよ。さっき心惹かれるとか言ってたじゃない」

 

「さあ、どうなのでしょうね」

 

そっぽを向く皇甫嵩とそれを見てくすくすと笑う盧植。

月と詠はそれに曖昧に笑うだけだ。

皇甫嵩が酒の席で出会いが~出会いが~と愚痴を零しながら飲んでいるのは二人とも知っていたのである。

 

 

 

 

「「………!」」

 

「ん? どうした、恋、香風」

 

「………何でもない」

 

「うん。………変な感じがした」

 

「………まあどこに目や耳が潜んでいるか分からんからな」

 

 

 

 

「─────恋とねねは風鈴と共に北の冀州。霞は楼杏と共に南の荊州、華雄は少し遠いけど東の青洲に赴く事になった」

 

全員が集まったところで挨拶を交わし、軍議を始めた。

皇甫嵩と盧植は、月の配下である将達と真名を交換し合った。

二人とも月から話は聞いていたし、月と真名を交換しているのであれば信頼できるとの事だ。

 

「四人はその武を活かして賊の討伐をお願いするわ。………無いとは思うけど、こんな賊討伐で死ぬのは許さないから」

 

「………大丈夫」

 

「ねねと恋殿が居れば袁紹軍如きに後れなど取る訳が無いのですぞ」

 

「同感だな。私が賊如きに後れなど取るワケもない」

 

「ウチは早くあの馬で駆け巡りたいわ。弘農じゃ物足りんかったからなぁ」

 

四者四様の反応を見せた。

これから賊討伐というのに、まるで緊張した様子を見せない。

それだけで彼女らが実力者であるというのは楼杏と風鈴の二人も理解した。

それに比べると、ついこの間まで共に戦っていた将達を思い出し、内心溜息しか出ない。

自分達の指揮の悪さを棚に上げるつもりはないが、賊相手に苦戦する官軍というのは彼女達自身も情けないと思うのだ。

 

「香風と灯火はこの司隷で残りの賊の討伐。此方の予定通り(・・・・・・・)と言ったところよ」

 

「そうか、それは良かった」

 

灯火達が司隷を担当する理由は二つある。

 

一つは単純に経験の違いだ。

灯火と香風は都時代に賊討伐を行っている。

賊討伐時に間者を忍ばせ、情報を入手し、そこへ討伐を掛ける。

 

都時代から香風と灯火が使用していた常套手段。

 

密偵が忍び込んだ賊の討伐は全滅させず逃がすのもミソである。

逃がす際もあからさまではなく、“全滅させる勢いで迫っておきながら取り逃がした”を相手に感じさせる装いだ。

諦めて投降する者は別とし、そうして逃げ延びた者は他の賊の集団と合流し再起を図る。

 

なら、後はそれの繰り返しだ。

賊の中でも上の連中に逃げるよう唆せば簡単に逃げていく。

官軍が知らない、使わない様な道も逃げる中に密偵が居れば情報として降りてくる。

敵である賊やその結果を知る事となる都の民からすれば、まるで賊がどこに潜んでいるか、潜む規模はどれほどのものかを把握している様に映るだろう。

これが“都の英雄”、その賊討伐の実体である。

 

『まあ、大なり小なり志を持って軍に仕官したのに、賊に潜んで情報を流し続けるっていう地味な仕事をやる人を探す方が大変だけど』

 

この時代、首級を上げる事が一番の戦果と認識される世の中。

情報収集と言ってもせいぜい討伐した賊の何人かを尋問する程度。

そんな時代に光を浴びる事の無い、ましてや相手はただの賊に入り込みそんな仕事をする人材は貴重だろう。

 

「じゃあ俺は賊討伐を行いつつ、各地への補給の確保………だな」

 

「ええ。大々的に立ち回って頂戴。正直何進や十常侍からの支援なんて当てにしてないから。灯火と香風の名声を利用して市民や商人達を味方に引き入れて」

 

これが二つ目の理由である。

 

こと洛陽や長安といった都に限れば、“都の英雄”という名声は今や飛将軍よりも上だ。

その陰に隠れてはいるが、主に長安では“聖人”の名声もある。

何せ貧困に喘いだ民が噂を聞きつけて食を求めにくるぐらいだ。

 

「………俺としてはなんか申し訳ない気持ちもあるんだけどな」

 

ボランティアの一環として都時代に行っていたが、涼州に行った後は当然そういうことはしていない。

食を求めてやってきた民は長安から灯火が居なくなっている事は知らない。

その結果どうなるかは言うまでも無いだろう。

食べるモノに困り果てた民は賊となる。

 

この司隷に賊が多かったのはその為だ。

 

その賊を討伐し、名声を上げ、支援を募る。

ある種マッチポンプであるが、それを指摘する者はいない。

 

「灯火は悪くないわよ。大元は何進や十常侍が税ばっかり上げて改善の一つもしなかったのが悪いんだから」

 

そういう理由で賊へ堕ちた者は出来る限り保護している。

無論ただ保護するだけでは賊に襲われた民に示しがつかないためある程度の罰は科しているが。

当然だが悪意を以て賊に堕ちた人物は容赦しない。

 

「そういう意味では、この司隷にいた賊と各地で蜂起した賊とは若干毛色が違うのも事実ね」

 

少なくとも楼杏が受け取った報告の中で黄巾の文字が出てこない報告書はなかった。

 

「はい。弘農の賊は黄巾を纏っていませんでしたけど、各地の報告を聞く限りでは誰も彼も黄巾を纏っているとのことでした」

 

「黄巾党………。まだ情報は集まっていないけれど、各地の賊が偶然黄巾を纏って蜂起、なんてことはないでしょう。誰かが裏にいるのは確実よ」

 

月と詠の言葉を耳に一人思案する。

知識が正しければ相手は張角を筆頭とした旅芸人三姉妹。

が、現実がそうであるという確証は残念ながらない。

 

知識を有していても知識に振り回されてはいけない。

それは幼い頃の戒めである。

 

「月」

 

「うん。………皆さん、これから大変な毎日になります。ですが誰一人欠ける事は許しません。───必ずここにまた集まりましょう」

 

『了解!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!? こっちにも官軍が居やがる!」

 

「囲まれてるぞ!」

 

「どうなってんだ!なんでバレた!」

 

司隷河内群の中でも并州の州境に近い位置。

官軍に追い詰められた賊は慌てていた。

自分達の中に内通者がいるとは夢にも思わない。まさか官軍が賊に密偵を送り込むなど考えもしないのだから。

 

「………追い詰めた」

 

「!!」

 

つい後ろにいた賊の仲間の一人が倒れ、振り向けば大斧を担いだ少女がいた。

 

「くそっ………こうなったらやってやる!」

 

「ああ!相手は子供だ!全員で掛かれば切り抜けられる!」

 

剣を握りしめる。

相手が何者かは分からないが、一人でこの人数を相手取る事など出来やしない。

一人で追ってきたのであれば袋叩きにして人質にしてしまえば切り抜けられる。

そんな考えが脳裏に過った。

 

流石はここまで逃げ切り生き残った賊と言うべきだろう。

或いはこの土壇場でそこまで頭の回転力があったからこそ、ここまで生き残ったとも言うべきか。

 

「………圧倒的に力の差がある敵を相手取る時、その実力差を覆すには数に頼るのが一番」

 

こんな状況など興味がないとばかりに羅列する。

まさに今この状況。目の前には此方の倍以上の人数がいる。

数的不利は誰の目からも明らかだ。

 

「呼吸を合わせ、心体ともに氣を練り、最もそれが充実した瞬間………一斉に斬りかかる」

 

「死ねぇぇええ!!!」

 

少女の言葉が聞こえてか、或いはそんなものなど関係がなかったか。

握った剣を大きく振りかぶり、そのまま斬りかかってきた。

 

確かにその通りだ。

一人では勝てないのであれば力を合わせ一斉に襲い掛かる。

それが出来る最善の手段。

だが─────

 

「そして────………何もできないまま死んでしまう」

 

─────そんな手段を容易く蹴散らす。

それが“圧倒的差”である。

 

「なっ………」

 

少女のたった一撃で斬りかかった大人全員が吹き飛ばされた。

当たり所が良かった者は辛うじて生きているが、刃に触れた者がどうなったかなど問うまでもない。

 

「ひっ……ば、化け物め………!!」

 

「………シャン、化け物じゃない。シャンより強い人ならいる」

 

涼州での同居人の顔が思い浮かぶ。

全てにおいて圧倒的な武を持つ大切な友人に、速さという点において未だに師事する大切な人。

 

「く、くそっ!!てめぇ、一体何者だ!!」

 

逃げようにも囲まれているため逃げ場は無い。

包囲網は着実に狭まっており、捕まるのはもう時間の問題。

捕まればどうなるかなど分かる筈も無い。

ただ碌な目に合わないのは確かだろう。

そして目の前の子供のような姿をした少女にいい様にあしらわれる。

 

状況に追い詰められた賊の一人が破れかぶれに放った一言は、ただ少女の呆れを誘発するだけだった。

相手が自分達を『官軍』としてしか見ていない証拠である。

確かに少女は官軍だ。だが、今までこの賊が対峙してきた官軍とはワケが違う。

 

 

「─────董卓軍所属、第四師団師団長、徐公明」

 

 

都で“英雄”なんて呼ばれてるよ

 

それが、賊が聞いた最期の言葉だった。

 

 

 

 

風鈴が袁紹と面会し、賊の討伐を行う事となった翌日。

 

前衛に呂布・盧植軍。

後衛に袁紹軍の形で陣取っていた。

 

風鈴はその言葉の節々から此方の軍を当て馬にし、弱ったところを袁紹軍が掻っ攫うという手法を取るだろうと感じ取っていた。

無論それは同行している同じ軍師のねねにも伝えている。

 

「なんだ、そんな事ですか」

 

「なんだ、って………ねねちゃんはいいの? 戦果の横取りを狙っていると思うのだけれど」

 

「戦果の横取りなど、出来るのであればしてみれば良いのです。当て馬? いいでしょう、やってやるのです。─────ですが」

 

伝えた結果、どうでもいいと言わんばかりの反応をしたねねに心配した風鈴が説明する。

風鈴とて苦労して攻めた結果の末、何の戦果も得られないというのはいい感情を覚えない。

 

「別に、相手を全滅してしまっても構わないでしょう?」

 

そんな言葉に、風鈴はたらりと冷や汗を流した。

目の前の少女が、これから相手をする敵の戦力を把握していない訳が無い。

それを知った上でなお平然と言ってのける。

 

「そういえば風鈴殿は恋殿の戦いを見た事は無かったのですな」

 

納得納得と一人首を振る。

確かにあの飛将軍の戦いを直に目にした事は無い。

あくまでも噂である。

 

「…………ねね」

 

「おお、恋殿!」

 

「…………準備、出来た。────行く」

 

「御意!! 風鈴殿、陣の指揮は任せるのです。 ねねは恋殿と共に前線へ」

 

「………ええ、分かったわ」

 

内心の気持ちを抑えながら天幕から外に出てみれば、後衛にいるハズの袁紹とその御供の二人が居た。

そんな状況に思わず風鈴が声をあげてしまう。

 

「袁紹殿、どうしてこちらへ? これから黄巾討伐です、後衛の指揮を執らなくてよろしいのですか?」

 

「無論指揮は執りますわよ。此方に来たのは最終の確認のため。官軍如きが前衛を、とは言いましたが本当によろしくて? 何なら─────」

 

「構わないのですぞ、袁紹殿。我ら官軍、あの程度の敵など一捻りです。其方は悠々と物見をして下さいです」

 

袁紹の言葉をぶっちぎってねねが断りの言葉を入れた。

遮られた袁紹は子供のようなねねに一瞬不快を感じるが、持ち前のポジティブシンキングですぐさま立て直した。

 

「いいでしょう、そこまで言うのでしたら我々は後衛で官軍のお手並みを拝見させて頂きますわ。後で助けて下さい~などと、言われませんようにね!」

 

お約束の高笑いを決めながら自陣を後にする。

その後ろ姿を見ながら恋は『灯火が苦手そうな人だ』とぼんやり考えていた。

 

「ねねちゃん。ああ言ったけど、大丈夫?」

 

「問題無いのです。それにどうせあのまま話を続けていれば、賂を要求されるのは目に見えているのです。あんなもの、聞くだけ無駄なのですぞ、風鈴殿」

 

まるで自分達が負ける筈が無いという物言い。

確かに飛将軍は凄いのだろうが、ここまで潔いと逆に不安になる。

それは、風鈴自身は決して武に強い将ではないということも関係していた。

 

「しかもいろいろあって今の恋殿は最高潮です。三万と言わず、五万の黄巾党すら凌駕するのですぞ」

 

つい先日届いた司隷の賊鎮圧の報告。

当然ねねや恋にも届いており、灯火から二人に宛てた手紙も入っていた。

 

 

 

眼前に聳えるは古城。

廃棄されたその城は、今や冀州黄巾党の本拠地になっている。

籠城の構えのそれを前に、恋の眼光が僅かに鋭くなった。

 

「………ねね、旗を」

 

「御意!」

 

合図と共に呂布隊が一斉に深紅の呂旗を掲げ、すぐ後ろに立つねねは一際大きな旗を手に取った。

これは歴史の通過点。多くの者がそれを目にする中、ねねはこれまでにない大声で口上を叫んだ。

 

 

 

「遠からん者は音にも聞け!近くば寄って目にも見よーっ!」

 

 

「蒼天に翻るは、血で染め抜いた深紅の呂旗!!」

 

 

「天下にその名を響かせる、董卓軍が一番槍!!」

 

 

「悪鬼はひれ伏し、鬼神も逃げる、飛将軍呂奉先が旗なり!!」

 

 

 

 

「天に、月に!唾する悪党どもよ!その目でとくと仰ぎ見るが良いのです!!!」

 

 

 

ねねの口上と共に呂布隊が叫んだ。

地すら割りかねないその声は遠く離れた地まで届かせんとばかりに空間を木霊する。

籠城する城の最深部にまで届くその声量は、それだけで相手を怯ませるほどの力を持っていた。

 

「………我が使命は獣の屠殺。遠慮はしない。─────全力で殺す」

 

左腰、鞘に収まるは月が有していた宝刀七星剣。

後ろに携えるは恋専用に作り上げられた特注の弓と矢束。

右手で軽々持つのは長年愛用し、なお刃毀れの一つも起こさない方天画戟。

 

完全武装の恋である。

 

古城での籠城など意味をなさない。

そもそも古城とは“古い城”だから古城と呼ばれるのだ。

 

「─────行く」

 

故に恋にとってあのレベルの城での籠城は野戦と相違ない。

補修工事の一つもされない城など、恋の武の前では一撃だけを凌ぐ壁にしかならなかった。

 

 

 

 

「…………あれは何ですの?」

 

目が痛いほどの黄金で身を包んだ女性、袁紹が目の前の光景を見て絶句していた。

最初はねねの口上を聞き、自分もそれらしい口上を考えねば、なんて悠長な事を考えていたのだが。

 

「あれが『飛将軍』呂奉先です。………同じ人間とは思えません」

 

隣にいる軍師・田豊、そして二枚看板と謳われる文醜、顔良も同じく絶句である。

 

「………私の目が曇っていなければ、城の壁を一人で破壊してみせたように見えたのですが、真直さん」

 

「………それが麗羽さま一人の見間違いなら、どれだけよかったでしょう」

 

「ねぇ、真直ちゃん。何か爆発音が聞こえたのですが、私の気のせいでしょうか?」

 

「二枚看板である斗詩さんが聞こえたなら、それはきっと気のせいではないです」

 

眼前に広がる光景は見間違えるハズがない。

 

籠城の構えだった黄巾党はあっという間にその前提を崩され大混乱に陥った。

今や後続の軍が入りやすい様にと一部の壁は原型すらとどめていない。

 

恐れ逃げた者は悉く矢で打ち抜かれ。

立ち向かう者は方天画戟の一撃で上下が泣き別れる。

それを投げ槍の如く投擲し城の壁を貫いたと思えば、宝刀が抜刀され首が転がり落ちる。

装飾を目的にした宝刀を実用レベルで使いこなすのは恋以外にいないだろう。

 

一振りで十名以上の黄巾党が絶命し、一度の射で放つ三つの矢は三名の頭蓋に突き刺さる。

宝刀に至っては何時抜刀したのか袁紹軍の誰一人として分からない。

それだけの武装を有しながらその機動性は全く失われておらず、赤兎馬の足音だけが戦場に木霊する。

 

「………正直、この光景を見ていると軍師としての立ち回り、ほぼ不要ね」

 

ねねの後方で同じ光景を見ている風鈴も呆然としていた。

もはや袁紹軍が出る幕など微塵も無いだろう。出陣する事すら忘れて言葉足らずのまま眼前の光景を眺めている。

むしろ後詰めである盧植隊ですらその場から一歩も動いていない。

 

「誰が官軍などに!!蒼天すでに死す、黄天まさに立つべし!!」

 

『おおおおおーーー!!!』

 

元より黄巾党は官軍に対して立ち上がった者達だ。

官軍に対する敵対心はより高い。

 

普通ならばこの人数とこの士気に後れを取るだろう。

少なくとも今戦う事すら忘れて観戦している袁紹軍は。

 

だが。

 

相手が致命的に悪い。

むしろこれだけされてなお士気を上げる黄巾党を称賛するほどだ。

それほどまでに、相手が悪かった。

 

「………蒼天は死なず」

 

翻る深紅の旗。

刻まれた一文字は『呂』。

古城には今や呂旗が翻り、黄巾党の拠点だった様子など微塵も視られない。

 

「しかして駆けるは羽虫にあらず」

 

あれだけの敵を薙ぎ倒しながら、顔色一つ変えず、返り血の一つも浴びない。

ただその眼光だけは敵対する者全てを圧倒するほどの鋭さを放っていた。

 

「蒼天は龍が駆け、灯が光り、月が輝く場所。………そこに羽虫の居場所は無い。だから─────」

 

 

 

 

「─────羽虫は死ね」

 

 

 

 

 

数名の黄巾党に連れられて、三人の少女が城から脱出していた。

 

「はぁっ、はぁっ、は─────」

 

命からがらとはまさにこの事だろう。

だがまだ安心できない。できるハズが無い。

少なくともこの冀州から脱出しなければ、夜すら眠れなくなる。

 

「姉さん!早く!」

 

「う、うん………!」

 

「でも、どこに逃げるの? このまま南に行ったら苑州だよ!? 苑州は─────」

 

「なら更に南の豫洲に行くしかないでしょっ!」

 

運だけは本当に良かった三姉妹。

恋が一息で城の深部までたどり着いていたらどうなっていたかわからなかった。

普段一番冷静な張梁ですら後先考えず城を抜け出してきたのだ。

 

「豫洲には同じ仲間が居ります。そこまで逃げれば、少なくともあの呂布は追ってこないでしょう」

 

「………そうだといいわね」

 

この時ばかりはこの場にいる全員の気持ちが一致した。

兎に角逃げねば。

ただそれだけである。

 

「………これからどうなっちゃうのかなあ」

 

不安げに呟いた張角の言葉に、妹である張宝と張梁は答えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 




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原作との変更点
香風:武が恋と灯火基準となり武力向上。また原作よりも思考の回転がいい
恋 :武力チートが更にチート化。恋姫界のオーバードウェポン。トラウマ生産人
ねね:思慮能力や部隊運用能力が向上。飛将軍専属軍師の名に相応しくなりつつある

香風も恋も可愛いけど、かっこ良くも書きたいよね
なお宝刀は三国志演技から。最終的に董卓の手に渡ったんだしいいよね、っていう(にわか)


次回:袁紹軍を除く各陣営を………書けたらいいな

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