莫名灯火   作:しラぬイ

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長くなったので分割。
前編となります。

恋の武力が知れ渡ったみたいです。




File№11(前編)

どんな良薬も含み過ぎれば毒となる。

 

目的の人物がいる部屋に入り、その人しかいないことを確認した香風。

ふらふらとまるで誘われるような足取りで近づいていく。

 

「お兄ちゃんー………」

 

都の英雄として活動すること幾何か。

少なくとも長安や洛陽において“英雄”徐公明の名を知らぬ者はいなかった。

 

それに伴う称賛の声。

多少は問題なかったが、それも行き過ぎれば香風にとって褒美にはならない。

身体的な疲弊は皆無だが、精神的な疲弊は香風の思考能力を確かに奪っていた。

 

更に加えるならば官軍の能力の低さと士気の低さである。

徐晃隊と官軍の一隊が同数にして戦えば勝率十割と確信できる。

これで官軍………と香風が何も言えなくなるのは必然だった。

 

「お疲れ、香風。…………官軍達はどうだった?」

 

「だめだとおもう」

 

無慈悲ノータイム完全否定。

情状酌量の余地無しで反論一切聞かず判決が下され閉廷。上訴審なんてありません。

 

一言で全てを叩き斬り、長椅子に腰掛けている灯火の膝に座った。

猫の様な身のこなしで乗った香風は、そのまますっぽりと灯火の内側に収まった。

 

「お兄ちゃん、街の様子はどうだった?」

 

「んー………。賊の脅威から解放された分いくらかマシになったけど、所詮それだけだよ」

 

洛陽を歩いていると目に入る人々の顔には元気がない。

赴任当初と比べれば少しはマシになったが、所詮その程度。

全員が全員そうではないが、割合的には多い方だろう。

 

どれだけ香風や灯火が司隷の賊を討伐したところで、民の明日の不安全てが払拭できるわけではない。

そもそも民の不安は賊だけではないのだから。

 

現在の漢王朝の腐敗の象徴と言えば十常侍を始めとした連中だろうが、漢を守る兵士たちにも腐っている輩は大勢いる。

無論、楼杏や風鈴のように腐らずに真面目に働く者も存在しているため一概に全員が悪い訳ではない。

だが現状幅を利かせているのは腐った連中である。

 

香風は内心溜息をついた。

 

権力者が腐るとどれだけ厄介かが簡単にわかる。それだけ……今の漢は危ない状況なのだと理解させられる。

これを危ないと感じないのはこんな現状で甘い蜜を啜れる一部の輩のみだ。

 

「お兄ちゃん」

 

「んー」

 

「次の予定は?」

 

「………詠が戻ってこないとなんともだけど。いよいよ豫洲じゃないかな。司隷は落ち着いたし、既存の漢の兵士たちでも流石に防衛は出来るだろう」

 

「そっか。………早く喜雨達のところに行かなくちゃ、ね」

 

「ん。それまでは休んでおこう。ここ最近走り通してきたからな」

 

「うん」

 

さらさらとした髪を撫でられ、香風は瞼を閉じた。

都会の喧騒や視線も、ここにはない。

洛陽の中でもっとも心地よいと感じるひと時に、すやすやと心地よい寝息を立てる。

 

それは、この騒がしい乱の幕間であった。

 

◆◆◆

 

 

冀州最大規模の黄巾党は、実質たった一人の将によって殲滅された。

最大拠点を失った冀州黄巾党は、急速に瓦解していくことになる。

冀州各地に散った残党は袁紹軍によって追い立てられ、黄巾党発祥の地と言われている青洲へ逃れる者達、或いは南下し苑州へ逃れる者達がいた。

 

そしてただそれを見守っているほど、苑州一の力を誇る曹操は甘くはない。

北から南へ通り抜けようとする黄巾党らは、まるでろ過装置に繋がれた水の如く、次々と討伐乃至は降伏していった。

ただ流石に散らされた蜘蛛の子全てを捕え切る事は出来なかったため、いくらかは南下を許してしまったが。

 

「………以上となります」

 

「そう、わかったわ。春蘭、秋蘭、季衣、十分に休息を取りなさい。ここ最近ずっと出撃していたでしょう」

 

「ええっ? ボクなら全然平気です!」

 

「いいえ、これは命令よ。貴女の考えていることは分かるし、その心は尊いものだけれど………それで貴女が命を投げ打っては意味がない。わかるでしょう?」

 

「そうだぞ、季衣。特にお前は最近働き過ぎだ。ここしばらく、ろくに休んでおらんだろう」

 

曹操と夏侯惇の二人にそう言われては許緒も強く反論できない。

働きすぎというのは事実なのだから。

 

「せめてもう一人兵を率いる事のできる将が居ればよかったのだけれど。無いもの強請りをしても仕方ないわね」

 

夏侯惇、夏侯淵、許緒、曹仁。

兵で言うならば曹純率いる虎豹騎も選択肢に入るが、将である曹純は貴重な文官の一人でもあるため、頻繁に外へ出していては政務に支障を来す。

人手不足というのはこの場にいる全員がひしひしと感じていた。

 

「しかしなぜ苑州にやってくる? 苑州で事を起こそうと考えているならまだしも、連中は何もしないで通り抜けようとしているではないか」

 

「当たり前よ。華琳様がこの苑州内の黄巾党討伐にどれほど力を入れたか、武官である貴女が分からないワケないでしょう」

 

「まあ姉者の言いたい事も分かる。事を起こしてほしいとは思わんが、事を起こさない所為で我らが黄巾党を捕捉しきれない。後になって黄巾党らしき者が居たと言う情報を手に入れるくらいなのだから」

 

夏侯惇の言葉に辛辣に答える荀彧。

それを取り持つ様に夏侯淵がフォローを出した。

 

「………まあウチらはまだ入って間もないから将どころかなあ」

 

「なのー」

 

「………力及ばずで申し訳ございません」

 

「あら、私は貴女達三人には期待しているのよ? なんならこの機に兵を率いてみる?」

 

主の言葉にただ曖昧に笑うしかない。

義勇兵の育成ということで練兵をしたことはあるし、曹操達と合流するまでは義勇兵の指揮を執っていたのは事実だ。

が、参入してそう時間も経っていないのにいきなり正規兵を率いろと言われて萎縮しないほうがおかしい。

元から将兵だったのならまだしも、所詮は義勇兵を纏める程度だったのだから、規模も何もかもが違う。

 

が、そんな事は曹操も理解しているし、理解した上でやらせるつもりである。

 

「けれど、ここ最近になって官軍の力が増したわね。────正直、もう限界だと思っていたのだけれど」

 

「十常侍が涼州より兵を引き抜いた様です。名は董卓。その者が引きつれていた軍がそのまま官軍を名乗り、各地へ討伐に赴いているとの情報が」

 

「董卓………。ふっ、結局“聖人”は都へ戻ってきた、というワケね」

 

前々から気に掛けていた“神童”と呼ばれた男。今だと“聖人”と言った方が伝わる。

彼が徐晃将軍と共に都を抜けたと聞き、どこへ向かったかの調査を行っていた。

結果は涼州の董卓。西ではなく東に来てくれたのであれば傘下に加えたのに、と考えたくらいだ。

無論、この眼でちゃんと確かめた後の話ではあるが。

 

「一つの軍が入っただけですよね? そんなに違うんですか?」

 

「並みの軍なら大差なかったわよ、季衣。けど、董卓軍には“飛将軍”を始めとした精強な将兵が居る」

 

荀彧は一時期冀州の袁紹に仕えていた身。

その時に作った繋がりは今も生きており、命を捧げる曹孟徳の為に有効活用している。

 

「“飛将軍”か。名は私も知っているぞ。いつか一度でいいから手合わせ願いたいものだな!」

 

「………馬鹿は気楽でいいわよね。言っとくけど、一騎打ちだといくらアンタでもお話にならないわよ?」

 

「なんだとぉ!?」

 

また始まった、と夏侯惇と荀彧を除く全員の考えが一致する。

水と油、とまではいかなくともそれくらいにはいろいろ衝突する二人だ。

 

「なら聞くけど。アンタ、たった一人で古城を占拠した黄巾党を殲滅できるの? 城の壁をぶち抜いて籠城の意味を失わせることは?」

 

「な…………何をバカな事!たったひとりで攻城戦など出来るハズがなかろう!」

 

「その馬鹿な事を平然と成し遂げたのが“飛将軍”よ。彼我の戦力も分からないままモノを言うべきじゃないわ」

 

そして口の戦いになれば夏侯惇が勝つ要素は皆無。

必ず荀彧の勝利になる。

いい加減少しは学べばいいのにと思う反面、今日の姉者も可愛いなぁと一人違う事を考えているシスコン妹が居たりする。

 

「ちょ、それってほんまかいな!? いくら“飛将軍”やからって」

 

「ええ。昔の伝手で手に入れた確実な情報よ。冀州からの黄巾党流入があったのもその所為。“飛将軍”と相対することすら恐れて逃げ回ったそうよ」

 

「………沙和も絶対同じことする。一人で攻城戦できる人相手にしたくない」

 

この場で軍師である荀彧が冗談を言うとは考えていなかったが、あまりにも現実離れした戦果に戦慄する李典と于禁。

楽進も言葉にこそ出していなかったが、その表情は絶句そのものだった。

 

「隊を率いていたらしいけど、実質“飛将軍”一人による黄巾党殲滅。共同戦線にあたっていた袁紹すら介入することを忘れて呆然としていたらしいわ」

 

「………まあ、そうなるな。こうして話を聞いているだけでも信じられないのに、それを目の前で見せつけられては」

 

「派手好きの麗羽ですら動けないのも当然か。………はぁ、納得がいったわ。袁紹軍が躍起になって冀州内の黄巾党を追い回しているのは、立てようと思っていた武功を立てる事ができなかったがため。戦場でただ眺めていた、だけじゃ流石に恩賞を賜る事はできないものね」

 

夏侯淵と曹操が溜息をついた。

追い回すのであればもう少しうまく追い回してほしいと。

………まあ曹操達も賊三人を豫洲に逃した事があるので言葉には出さなかったが。

 

「まあ今は味方なのだし、恐れる必要もないでしょう。それよりも気掛かりなのは豫洲よ。桂花」

 

「はい。冀州で袁紹が無茶な追い回しをした所為で、一部が苑州に入り込み、そのまま南下。全体規模は把握できていませんが、豫洲には相当数の黄巾党が集まっていると思われます」

 

「陳珪には半月保たせろと伝えたけれど、状況が変わった。準備を整えて豫洲沛国へ向かう。栄華、糧食の準備は?」

 

視線を横にずらし、曹洪を見た。

その隣には曹純と曹仁もいる。

 

「今からとなれば今日一日は最低でも。万全を期すならもう一日は」

 

「遅いわね………。ならば柳琳と栄華、それ以外で隊を二分する。本隊は明日豫洲へ出陣、柳琳と栄華は後方隊として物資を集めた後に出陣し合流。柳琳は栄華の護衛よ。虎豹騎を上手く使いなさい。栄華はなるべく急いで糧食や武具の調達を。費用は向こう持ちなのだし、あまり額面に拘らなくていいわ」

 

「はい、わかりましたお姉様。栄華ちゃん、よろしくね」

 

「え、ええ。………柳琳はいいんですが、虎豹騎の人達は………。護衛としての力は申し分ないのでしょうけど………」

 

曹操の指示に了解の意を示す曹純と曹洪。

若干曹洪の顔が引き攣っていたが、曹純は気付かなかった。

 

「季衣、秋蘭、春蘭、華侖は休息を取りなさい。凪、真桜、沙和は柳琳に指示を仰ぎつつ戦準備を。出陣は明日。しっかり準備して休みなさい」

 

『御意!』

 

 

◆◆◆

 

 

洛陽の中庭にて香風は灯火の膝の上に座っていた。

灯火がそれについて何かを言う事もなく、抱き込む様に机の資料を見ている。

もはや定位置と化したその状態に、対面に座る月も詠も何かを言う事は無かった。

短くない期間、この光景を見続けていればもう慣れたものだし、それくらいなら何も問題ないと許す月の優しさでもある。

 

「荊州の南陽黄巾軍は霞、楼杏の官軍と、太守である袁術の三隊で宛城を包囲。もうまもなく決着するでしょうね」

 

「袁術の兵の力量はわからないけど、まあ三隊が囲んでるならチェックメイトだな。籠城したところで援軍なんか見込めないし、そもそもただの賊が霞や楼杏さんの隊相手にいつまでもそのままでいられるワケがない」

 

「………ちぇっくめいと?」

 

「詰み、っていう意味だよ、香風」

 

こうしてたまに香風の知らない言葉を口にする灯火。

それを尋ねては脅威の記憶力を持つ頭にインプットしていく。

単純に灯火の話の中で意味が理解できない単語は無くしていきたいと考えている香風である。

 

「袁術なんて当てにしてないわよ。自分の領地内の城を黄巾党に占拠されているくらいだもの」

 

ふん、と鼻を鳴らす詠に苦笑する月。

特に目立った反応はしなかったが香風もまた内心同意である。

 

「冀州については恋がやってくれて、残党は袁紹が追いかけ回している。その所為で主に青洲の方へ残党が流れていってるから、当初の予定通り(・・・・・・・)恋とねね、風鈴らを青洲へ向かわせて、華雄と合流してもらう流れになった」

 

「また公孫賛殿から劉備………と名乗る方が義勇軍を率いて、青洲に向けて黄巾党討伐を行っていると報を受けました」

 

劉備、という言葉にぴくりと反応した灯火。

当然膝の上に乗っていた香風もその反応に気付いたが、とりあえず今は流す。

 

「兵站の方は?」

 

こっちも予定通り(・・・・・・・・)十常侍が支援に回ってくれたおかげで、今の所大丈夫。他州でも補給が受けられるように取り繕ってくれた」

 

自然な会話に灯火と詠が視線を合わせた。

一瞬だったが香風はその違和感に気付いた。

 

「残りは豫洲と徐州で、そのうち豫洲の陳珪殿からは官軍の救援要請が届いています」

 

「ん。………となれば俺と香風が向かうべきだよな」

 

「ええ。二人が司隷を離れる事については趙忠と何進から了承を得てきたわ」

 

詠の言葉に頷いた月が心配そうに言葉をつづけた。

 

「ただ冀州黄巾党壊滅の煽りで、豫洲の黄巾党の規模が受け取った報よりも増えている可能性があります。流石に灯火さんと香風さんだけでは厳しいと思って、揚州の孫堅殿と共闘して、任に当たってもらう事になりました」

 

「………孫堅? って、揚州の州牧だったっけ?」

 

孫堅と共闘とはまたなんとも大物が、と小声で零した灯火がふと尋ねた。

それに首を振ったのは詠。

 

「いいえ。揚州は刺史の劉耀よ。………けど、劉耀は揚州内で蜂起した黄巾党に敗北して揚州南部へ退散したわ」

 

「………自分の城から追い出されたのか」

 

「悲しいけど、これが現実なのよ。………何進は何進でその事を把握してなかったし。灯火はまだいいけど、大将軍であるアイツが把握してないってどうなのよ!」

 

顔も知らぬ劉耀とやらになんとも言えない気持ちになる灯火。

香風もまた灯火と同じように疲れた顔をする。

詠は先ほどまでの軍議で溜まっていたフラストレーションを発散させるかのようにぶちまけて、月に宥められていた。

 

「─────」

 

そんな様子を盗み見る影があった。

中庭という覗きやすい一方で、物陰からは距離がある所為で話す内容を聞き取りづらい。

そんな中で聞こえてきた言葉を盗み聞いた影は気付かれない様にその場を後にした。

 

「お兄ちゃん」

 

無論、それに香風が気付いていないワケがない。

香風が灯火の手の甲に掌を重ね、監視者がいなくなったことを伝えた。

 

「………ま、お疲れさん、詠。月も。とりあえず監視の目は無くなったから、ゆっくりしてくれ」

 

「─────はあ。全く、ほんとここは話すのにも苦労する場所ね」

 

やれやれと眉間を解す。

詠を労る様に気を使いながら月が尋ねた。

 

「私はどこに間者が居たのかはわかりませんでしたが………、監視者は?」

 

「まあ十中八九十常侍の手の者だろう。現状俺達はかなり十常侍側(・・・・・・・)だけど、連中はこういう事(・・・・・)に手は抜かないから」

 

「…………」

 

「大丈夫よ、月。月は何があってもボクが守るから」

 

「………うん。ありがとう、詠ちゃん」

 

そう笑う月ではあるが、どこか思いつめる様な陰があった。

それを見ているとやはりこの都はダメだと思う香風。

 

月だけじゃない。

詠も灯火もどこか疲れた様な表情が窺い知れる。

 

「お兄ちゃん」

 

「うん?」

 

「お兄ちゃんも、無理しないでね。………お兄ちゃんは、シャンが守るから」

 

そう言って視線を上げた先にいる灯火の顔を見る。

香風の言葉に虚を突かれた様な表情を見せた灯火だったが、すぐに優しい笑顔になった。

 

「ん、ありがとう、香風。けど、香風も無理はするなよ?」

 

「………うん」

 

はやくこの乱を終わらせよう、そう願う香風だった。

 

 

◆◆◆

 

 

豫洲沛国。

城の一室で喜雨は手紙を読んでいた。

差出人は以前ここにやってきた人物、灯火である。

 

一枚目は向こう側の近況報告。会えてよかったという旨の感謝の意。

董卓が中郎将になったことで向こう側で進めていた内政計画は一旦凍結。

そのお詫びの言葉が添えられていた。

 

二枚目は豫洲の黄巾党について。

母親である陳珪から救援要請を受理したので、司隷の賊を鎮圧し次第向かうのでもうしばらく耐えてほしいという内容だった。

 

「………ボクは農政しかできないけど、灯火さんや香風は軍を率いれるから。この時ばかりは羨ましいよ」

 

軽くため息をついて、手紙を大切にしまう。

農政や農業で真剣に取り合ってくれる彼らは、喜雨にとっても良い相談相手になっている。

 

「あら、ここにいたのね」

 

「………母さん」

 

部屋に入ってきた母親である陳珪は、手に持っていた書簡を喜雨に渡した。

陳珪にとっても待ち望んでいた報せが届いたのだ。

 

「莫殿と徐晃殿が兵を率いて豫洲にやってくるそうよ。ただ、流石に彼ら一軍だけじゃ戦力不足だから南の揚州から孫堅殿と共闘して当たるみたいね」

 

「………ボクは別に誰でもいいよ。賊を追い払ってくれれば」

 

「あらあら。せっかく莫殿と徐晃殿が大急ぎで司隷の賊を鎮圧したのに、喜雨がそんな態度じゃダメじゃない」

 

「…………」

 

流石に今のは、と自分も思ったのだろう。

視線を逸らすだけで何も言わなかった。

 

「────ねぇ、喜雨。少し尋ねてもいい?」

 

「…………? 何?」

 

「貴女は曹孟徳か、莫殿………というよりは董卓殿かしら。もし下につきたいのであれば、どちら?」

 

母親の言葉に、一瞬戸惑った。

様々な疑問が一瞬で浮き上がって、けれど何も言葉にできないまま同じ単語が出てきた。

 

「下につくって………どういう意味?」

 

「そのままの意味よ。もし主として仰ぐなら曹孟徳殿か、莫殿の主である董卓殿か………。参考までに聞かせてほしいの」

 

何を考えているのか、娘である喜雨はわからなかった。

それに答えた事で一体なにになるというのか。

 

「仰ぐも何も………ボクは董卓って人のことを知らない。灯火さんや香風の主ならきっといい人なのだろうけど、知らない人を主として仰ぐっていうのは出来ないんじゃないかな」

 

「───なるほど。確かにそうね。なら、質問を変えましょう。曹孟徳殿は、喜雨にとって主として相応しい御人?」

 

「………母さんが何を考えてるかは知らないけど。少なくともボクの知る限りまともな太守だと思うよ。ちゃんと農業についても視察にくるくらい、気にしているみたいだし」

 

「それを言われると、耳が痛いわね」

 

喜雨の隠された嫌味に苦笑する。

実際はちゃんと間者を使って報告は聞いているが、本人が直接見に行くということはしていなかった。

 

「ありがとう、参考にさせてもらうわ」

 

微笑みかけ、喜雨の部屋を後にする。

結局最後まで自分の母親が何を考えているかわからなかった。

変な事には使わないのだろうと思うが、何ともいえない疲労感を味わい思わずベッドへ倒れ込んだ。

 

「何を考えてるんだろう………」

 

溜息を吐かずにいられなかった。

 

 

陳珪もまた冀州での出来事は把握していた。

その影響で一部の黄巾党がこの豫洲にやって来ていることも。

 

「…………」

 

一人執務室で瞳を瞑り、考える。

その姿は見る人が見ればまるで絵画の一つのシーンであるかのように美しい。

とても一児の母であるとは思えない様相である。

 

曹孟徳。

祖父に曹騰持ち、今や苑州の陳留太守という立場。

その統治能力は州を超えて噂としてやってくるほど。この近辺では呉と同等の治安の良さ。

このことから考えても武や政治手腕は苑州一であることは明確で、今や太守という立場でありながら実質州牧の振舞いをしている。

街は厳格なる統治のもと発展を続け、陳留は大陸の中でも最上位の治安の良さを誇る。

 

「龍は老い、もはや蒼天に轟かず。ならばこの先この地を守るは大樹。………そう思っていたのだけれど」

 

董仲穎。

豪族の出で涼州にて太守を勤めていた。曹孟徳のように朝廷と繋がりがあったわけではなく、一辺境の将にすぎなかった人物。

彼女自身は曹孟徳のような覇気はなく性格は温厚で、統治していた街もそれを反映した様な街作り。

一方配下には天下一と謳われる飛将軍を始め名だたる将が居る。

“聖人”と“都の英雄”を迎え入れてからは統治していた街の防衛機能強化など軍備にも力を入れているよう。

また内政にも力を入れ始め、西域との商売、農政にも着手し、極めつけは“学校”なる、大陸全土でやろうものなら現体制が大きく変わりそうな計画。

現在は十常侍の引き抜きによって中郎将として洛陽に従事。

勢力としては十常侍側だが、大将軍と目立った衝突も無し。現状の判断材料から十常侍寄りの中立。

 

「老龍は死すとも蒼天に輝くは陽と月、舞う紅龍が翅を焼く。………呂奉先の冀州黄巾討伐は衝撃的ね」

 

陳珪には多くの繋がりがある。

大よそ外には出せない様な繋がりだが、こと情報を集めるのであればこの繋がりは非常に有用なものだ。

 

「曹孟徳………あれは英雄であるのだろうけれど、果たして大樹なりえるのか。もう少し、見極めなければならないわね…………」

 

 

 

 

 




呉ルートにおける陳珪さんって、どう思ってたんでしょうね。

そして曹操様陣営は香風がいない所為で将不足。
呉ルートでも散々将不足に悩まされてるけど、覇王様なのできっと大丈夫でしょう。
その分三羽烏にしわ寄せが行く(無責任)

袁紹殿は活躍の場を恋に奪われ、賄賂の話もないため功績無し。

その余波で豫洲の黄巾が酷いことになってる。


後編へ続く。
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