莫名灯火   作:しラぬイ

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後編になります。
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File№11(後編)

◆◆◆

 

 

揚州、建業。

 

丹陽南部で起こった黄巾党による乱は、あっという間に鎮圧された。

孫堅はこれで事実上、呉、盧光、淮南、そして丹陽群を加えた四群の支配者となった。

 

現在の本拠地、建業のある丹陽群が丸ごと手に入った事で、しばらく戦から遠ざかり統治に専念しようとしていた矢先の話。

朝廷からの使者によって、建業の城は再び戦支度で慌ただしくなっていた。

 

黄巾討伐の勅命。

場所は豫洲。

揚州から豫洲へ攻め上り、黄巾党を一網打尽にせよ、との命令だった。

 

「此度は大戦になりそうじゃな」

 

長い髪を束ねた宿将、黄蓋が戦準備を眺めながら呟いた。

その視線はこれからの戦規模を見据えたかのように鋭い。

 

「ええ。冥琳、兵站に抜かりはないわね?」

 

「まあ、どうにかな。二万もの兵を動かすのは流石に骨が折れるが」

 

「しかも、他人(ひと)の庭での戦だしねー。官軍の轍を踏まないよう、気合を入れていかないとっ」

 

冥琳と呼ばれた女性、周瑜と隣に立つ蒼い瞳の女性、孫策。

二人もまた此度の戦に参戦する身である。

 

「策殿、近頃の官軍はそう弱くもないようだぞ?」

 

「えー?」

 

「そうだな。冀州では黄巾党を殲滅し、荊州では占拠された城を取り返そうと今まさに奪還作戦中。司隷にいたってはいち早く鎮静化へ向かっている。これまでと比べれば、随分とマシになった」

 

「もー、祭も冥琳も。それ(・・)本気で言ってる(・・・・・・・)?」

 

からからと笑いながら尋ねてくる孫策に、二人は首を横に振った。

 

「じゃが官軍として各地の乱を鎮静化していっている以上、名義上は“官軍”であるぞ、策殿」

 

「そうね、確かに。けど私からしたら“官軍”って言うより、“董卓軍”って言った方が正しいんじゃないかなーって」

 

「雪蓮の言う事ももっともだな。皇甫嵩将軍や盧植将軍といった、元々官軍で活躍していた将らの名はまだ聞くが、それ以外の将はもはや形すら無い」

 

周瑜の言葉に辛辣ぅ~、と軽口を叩く孫策。

だが事実である。

 

「けど………董卓か。今回の共同作戦って、その官軍………というよりかは董卓軍の一軍と行うんだよな?」

 

戦準備を見守る人物の中で一人だけ男性が居た。

揚州にて噂される“天の御遣い”………北郷一刀である。

 

「ああ。朝廷の使者によれば共闘するのは“都の英雄”と謳われている徐晃将軍だそうだ」

 

「………“都の英雄”」

 

その言葉を聞いて再び頭を捻る一刀。

 

「なぁに、一刀。そんな頭を捻っちゃって。どうかしたの?」

 

「………いや。その“都の英雄”ってどんな人なのかなって」

 

董卓と言えば一刀の世界において、ある意味孫堅を超える有名人だ。

無論悪い意味で。

そんな人物が率いる将の中に“都の英雄”なんて呼ばれる人物が、はたして居ただろうか?

 

「(まあ、雪蓮たちが女性になっている時点で、こっちの世界の歴史なんて当てにならないだろうけど)」

 

何とか自分の中の違和感に対して納得させる。

一方で孫策達も一刀の疑問に対して話が出ていた。

 

「そうねぇ。私も名前は知ってるけど、姿形の情報は無いわね。冥琳、どんな人物か知ってる?」

 

「私も詳しくは。一説によれば男だとも言われているが、定かではない」

 

「ほう。となれば北郷にとって良い目標になるじゃろう。なにせ孫呉の重臣は女子ばかり。同性の目標であれば、道筋を立てやすいのではないか?」

 

「…………ソウデスネ」

 

くつくつと意地悪く笑う黄蓋の言葉に片言で答えてしまう。

なにせ現状主な役割が“種馬”である。

トップである孫堅の言により“天の血を孫呉に入れる”という役割だ。

男としては嬉しいのかもしれないが、反面それだけしか価値がないというのは少なくとも一刀には許容できない話である。

故にこうして文武で鍛えてもらっているのだが、一朝一夕で身に着くハズも無い。

 

「まあ何にせよ、徐晃将軍とは会うことになっている。ここで話し合う必要もないだろう」

 

「そうじゃな。儂は共闘するのが袁術軍でなくてよかったと安堵してるところじゃ」

 

「あー、それはそうね。私も祭と同意見」

 

その後如何に黄蓋と孫策が袁術を嫌っているのかを知った一刀は、内心官軍が味方でよかったと安堵したのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

見覚えのある光景を、恋は眺めていた。

 

貧しい村に生まれた恋に今ほどの武は欠片もなく、親もどこにでもいる貧困一般人。

貧しい家に生まれた、普通の家庭だった。

 

日々生きていくために必要な食糧に貧窮し、満足に食べられない日々。

子供だった彼女は『おなかが空いた』と泣き、親に食べ物をせがんだ。

まだ自分の家庭の状況も正確に把握できなかった幼い恋が、その行動を取るのは当然だった。

 

しかし満足に食べられないのは親も同じ。

初めは満足に食べさせられない事に謝りながら宥め、どうしようもなくなった時に同じ村に住む住人から少しだけ食糧を分けてもらっていた。

近隣の住人も、子供が泣いているのは知っていたので自分達が提供できる範囲で少しだけ食糧を分けてあげていた。

困った時はお互い様、という優しい心を持った村の人々だった。

 

だが、何もこの村だけが特別貧困に喘いでいたわけではない。

この村がそうであるならば、当然他の村でも同じ状況に陥っている。

悪天候や冷害による農作物の大凶作は農村部を中心に深刻な疲弊状態。

明日食べるモノにすらどうしようもなくなった者は、匪賊となって周辺の村へ略奪行為を行う。

─────それが、恋のいる村にやってこないハズはなかった。

 

命こそ奪われなかったものの、匪賊との抗争は村に深刻なダメージを与えた。

今まで何とかやりくりしていた恋の親も、怪我を負ったり少ない食糧を奪われたりと、もはや散々な状況だった。

 

そしてこの時代で、こんな貧困の街に医者なんて居やしない。

怪我だって布切れで覆って手当する程度。

衛生環境だって都と比べれば劣悪極まりない。

そんな環境でちゃんとした治療もしなければどうなるか。

 

答えは疫病の拡大だった。

一人が発症したら瞬く間に村中に伝染していく病。

 

ぎりぎり体裁を保っていたこの村は、あっという間に死病蔓延る地獄になった。

顔も覚えていない父親を失った恋は母親に連れられ、宛ても無い荒野をさ迷うことになる。

 

 

だが─────子育てというのは大変なものだ。

 

 

何せ子供は大人の事情を把握しない。把握できない。

それは仕方がないことだからこそ、子育ては大変なのだ。

 

それを、明日食べるモノはおろか、住む場所すら無い荒野の地。

お腹を空かせ、涙を流しながら眠る子。

自分すら生きる事が絶望的な状況である母親に、もう子育てをするほどの余裕はなかった。

 

 

『…………おかあさん?』

 

 

 

 

 

─────目が覚めた。

 

「……………」

 

何の感情もなく周囲を見渡す。

手元には自身の武器が寸分変わりなく置かれている。

天幕内にはねねもいないことから、眠ってからまだそれほど時間は経ってないのだろうと予測した。

 

冀州から青洲へ向かい、既に青洲に入っていた華雄と合流し、陣を構えた。

細かい打ち合わせはねねと風鈴、華雄に任せた恋は一人天幕へ戻り、いつの間にか膝を抱えて眠っていた。

 

『───恋、おはよう』

 

嫌な夢を見たせいだろうか。すぐ傍に灯火がいないだけで心細くなった。

せめてねねがいてくれたなら、まだマシだったかもしれない。

 

灯火と出会う少し前の記憶。

悲しい記憶。

捨てられた記憶。

 

呆然と幽霊のように歩いて、空腹で動けなくなって。

その先で出会った自分よりも少しだけ年上の彼は、生きる事すら諦めた恋を救った。

 

その後は、まぎれもなく幸福だった。

いつも隣にいてくれた人。手をとって遊んでくれた人。

ご飯も食べれたし、寝る場所もあった。そして何より─────独りぼっちじゃなかった。

 

『あー………、これでも勝てないかぁ。─────まいった』

 

武の鍛錬で師匠でもあった少年に、ついに勝ち越したとき。

苦笑いしながら地面から立ち上がった。

 

『恋は強いな。俺もいろんなこと試してきたけど、全然ダメダメだったな』

 

そんな言葉に首を横に振った。

 

『………だめだめなんかじゃ、ない』

 

武を教えてもらった。学を教えてもらった。

ご飯もおいしいのを食べさせてもらった。寂しい時はいつも一緒にいてくれた。

眠る時も隣で手を繋いで寝てくれた。

 

彼もまた親を亡くして独りだったのに、自分とは違った。

 

楽しいことばかりじゃなかったし、賊に襲われた時もあった。一時は塞ぎ込んで喧嘩もした。

それでも自分の手を握って、離さないでいてくれた人。

 

人によっては武が、武勇がなければ“英雄”と呼べないなんて考えの人もいる。

こんな情勢なのだから、その論を否定することはしない。

 

武が強くなったのは自分でもわかる。結果的に恋は灯火を超えた。確かに強くなった。今戦ったとしたら全員が恋の勝利を疑わないだろう。

その論で言うならば、恋は紛れもない英雄なのだろう。

 

だが、恋はそう思わない。

自分より武が劣る彼が、“英雄”ではないとは絶対に考えない。

 

他の人にしてみれば“英雄”ではないのかもしれないけれど、そんな事、恋にとって関係がない。強さなんて関係ない。

他人なんて、他者の評価なんて関係ない。

 

 

だって─────紛れもなく恋にとって、灯火はただ一人の“英雄”なのだから。

 

 

◆◆◆

 

 

青洲北部に位置する一角に、その者達はいた。

劉備、関羽、張飛。

正史の三國志演義において主人公一派として後の世に語られる者達である。

 

幽州にて公孫賛の客将を務めていた三人は、この黄巾の乱を切っ掛けに義勇兵を募って挙兵。

公孫賛の後押しもあって実に六千の兵を率い、討伐のためにこの乱世へ乗り出した。

幽州で出会った諸葛亮・鳳統を軍師として招き入れ、決して楽ではない旅路ではあるが、それでも現在順調に荒波の中を進んでいた。

 

全員が女性であることは今更である。

 

本来六千もの義勇兵が州を越境するだけでも大変なのだが、公孫賛の助力もあり大きな問題もなく南下。

黄巾党発祥の地とすら揶揄されるほど、黄巾党の情報が多い青洲に彼女ら義勇兵達はやってきていた。

まさに公孫賛様様である。

だというのに六千もの義勇兵を集める劉備のチートによって兵士集めに苦労する公孫賛はまさしく苦労人である。

草葉の陰で泣いてそう。

 

そんなことはさておいて、劉備陣営の目的は唯一つ。

この黄巾の乱で劉玄徳の名を広め、恩賞を賜ること。

いつまでも公孫賛の元で客将として燻っていては、劉備の理想は叶えられない。

ならばこの乱を利用して独立を果たし、相応の地位を手に入れる。

そうなればもっと多くの人々を救う事ができる。

 

そう提案された劉備らはこうして州を越境して青洲へやって来ていた。

 

「愛紗ちゃん、鈴々ちゃん、お疲れ様。雛里ちゃんも指揮お疲れ様。後方で見てたけど、凄かったよ~」

 

「桃香様も無事でなによりです」

 

「ふふん、鈴々にかかればこんなものなのだ!」

 

「ありがとうございます」

 

青洲に来たのは一重にこの地が黄巾党発祥の地とすら呼ばれるほど、黄巾党の被害が多いからだ。

州が違う公孫賛宛てに救援要請が届いた時は驚いたものだ。

それを受けて劉備達がこうして赴くことになったのだが。

 

青洲黄巾党が一つの塊となっていたのであれば、六千程度の義勇兵率いる劉備達では太刀打ちできなかった。

が、現実は数こそ多いが小規模勢力が乱立しているだけという状況。

 

黄巾党討伐で名を上げようとしている劉備達にとっては、実によい“狩場”であった。

無論そんな言葉を吐き出すほど、軍師である諸葛亮や鳳統は軽い口の持ち主ではないが。

 

「ねえ朱里ちゃん。この後はどうしたらいいかな?………正直兵糧の方は心もとないんだけど………」

 

劉備の一言に諸葛亮だけでなく、全員が頭を悩ませる。

連戦連勝の劉備義勇軍も、食べるモノがなくては戦えない。

流石の諸葛亮も無から兵糧を作り出す事はできないのである。

 

「この青洲にやってきているという官軍と合流し、兵糧を分けてもらう………という手が、今の所一番でしょうか」

 

「官軍………か。公孫賛殿の元に居た頃にいくつか耳にしたが、当てになるのか?」

 

諸葛亮の言葉に疑問を呈す関羽。

彼女の聞く限り、官軍は頼りにならないという思いがあった。

洛陽から遠い幽州の地とはいえど、黄巾党討伐の命令が届いたのは一度幽州内の黄巾党を討伐したあと。

正直今頃命令が届いたのかと呆れたものだ。

 

「少なくとも“今”の官軍は持ち直してきています。十常侍が涼州から董卓軍を官軍に引き入れた後、少なくとも司隷と冀州の匪賊は討伐されたとのことです」

 

「とうたく………? 誰なのだ?」

 

「董卓って………確か星ちゃんが白蓮ちゃんに仕える前に客将として仕えてた人だよね?」

 

どこかで聞き覚えがある張飛が首を傾げた一方で、覚えていた劉備が関羽に確認する。

それに首を縦に振った。

 

「はい。董卓軍の元で武を磨いたとのこと。あの手練れである星ですら赤子扱いだったとのことですから、その者達が官軍として各地の黄巾党討伐に乗り出しているのであれば、納得です」

 

『いやはや、この私が手も足も出ないとは。武に自信はあったのだが、上には上がいるとはこの事。─────そのせいで待ち焦がれたあの者との手合わせは結局できずじまいだったが』

 

趙雲との会話を思い出した。

最後の小声の意味はよくわからないが、あの星を以てしてもそれほどの実力差があったと聞けば関羽も否応なしに記憶するというもの。

武人としてどうしても気になるのである。

 

「あとは兵糧を備蓄している黄巾党を探し出し、討伐して兵糧を鹵獲するかのどちらかかと」

 

「うーん。あまり大きい規模の相手だと私達だけの勢力じゃ万が一があるし………かといって小さい規模だとそもそも兵糧を備蓄してない事もある、か。難しいね」

 

腕を組んで頭を悩ませる。

この義勇軍のトップは劉備である以上、今後どうしていくかの最終決定は彼女が下す必要がある。

黄巾党討伐として立ち上がったはいいものの、その所為でついて来てくれた兵達を餓死させるなんて彼女の選択肢に存在しない。

だからといって規模が違う相手に無茶して相手をすれば、兵の損害は大きくなるだろう。

戦う以上無傷とはいかないと理解しているが、だからといって徒に犠牲を大きくするハイリスクハイリターンな戦法は好まない。

 

「どうされますか、桃香様」

 

「うーん………、やっぱり官軍の人たちにお願いしてみるしかないかな。同じ目標を掲げているわけだし、できれば共同戦線も。そうすればもっと大きい規模の相手も出来るし、ご飯も貰えるし、それにそれに私達の頑張りを直接見てもらえるし。─────あれ? これって結構いいことづくめ?」

 

おー、と自分が言った事に対して驚く劉備に苦笑いする関羽と張飛。

確かに此度の討伐の目標は黄巾党討伐による恩賞を賜ること。

いくら頑張ってもそれが朝廷に届かないのであれば、目的は達成されない。

そういう意味では官軍との共同戦線は決して悪いものではなかった。

 

「ただ問題は、この青洲に来ているであろう官軍の将の方が、どのような方なのか、です」

 

「………残念ながら官軍の中には好ましくない将兵の方もいらっしゃるようなので………。交渉の場を設けてくれる方であればいいのですが」

 

鳳統と諸葛亮が懸念を示す。

流石にこの青洲に来ている官軍の将が誰なのかまでは把握していなかった。

 

「そこは会ってみないとわからないね。───とにかく、先ずはこの青洲に来ているっていう官軍の人たちと合流しよう!」

 

劉備の一声で四人は頷いた。

黄巾党討伐を目標に掲げつつ、兵糧問題を解決すべく劉備率いる義勇軍は進路を変更する。

 

「ところで………官軍の人たちって、青洲のどこにいるの?」

 

諸葛亮率いる義勇軍は進路を平原へ向けたのだった。

 

 

 




恋の過去は独自。

孫呉は袁術共闘ではなくなりました。
やったね、孫策さん、黄蓋さん。

劉備は順調に手柄を積み立てている模様。


遅くなりましたが、これからもまったり更新していきます。

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