莫名灯火   作:しラぬイ

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誤字報告や感想、お気に入り、評価ありがとうございます。


三國志や恋姫における距離概念やらなんやらは分からない部分があったので、
まあこういうものと思ってくだされば。





始まります。


File№12

 

 

司隷洛陽。

黄河中流に位置し、南に黄河の支流となる洛水が流れていることが洛陽という名前の由来となっている。

西に函谷関、東に虎牢関、北に 邙山(ぼうざん)、南に 伏牛山(ふくぎゅうさん)があり、中岳嵩山も隣接する。

南北を山に、東西を堅牢な関によって防備されたこの地は、現時点において最も攻略し難い地の一つである。

 

渭水流域の軍事力と結びついた旧都長安と華北平原の経済力が結びついたのが洛陽であり、後の世に伝えられるシルクロードを構成する地でもあり、それ故に東西南北から多くの商人がやってくる一大物流地点でもあった。

まさしく首都と呼ぶに相応しい人・モノ・カネの集まる場所なのだが、それに胡坐をかいて貪り尽くしているのが十常侍であり、何進でもあった。

 

この時代にここまで経済において必要な要素が揃っているだけに、何と勿体ないことか、と考えてしまうのは現代の知識を持つが故だろうか。

灯火自身は名も顔も知らぬ人々全てを余すことなく救ってみせる、という気概を持った人物ではない。

だが目に見える範囲で暴力が横行していたら不快に感じるし、子供が空腹で泣いていたら手を伸ばす。

それだけの関心性は持ち合わせている。

 

「(………これからどうなることか)」

 

現代の知識を朧気ながらでも保持している身からすれば、現状の洛陽に目を覆いたくなるのは当然だ。

腐ったトップを始め、取り入ろうとする兵士に有力者。

金持ちの道楽で家に人を無理矢理連れ込んで貪り食い、それを兵士は見て見ぬふりをする。

賄賂は横行し金を積んだ者が正義であるというこの今の風潮。

 

己が主の顔を思い浮かべ、これから起こりうる可能性の一つが脳裏を過る。

同時にそれを伝えた時の彼女の親友の憤怒の顔も、だ。

 

「………やめだ。今は“董卓”の名を馳せる事を優先だ」

 

思考をシャットアウトし、周囲の最終確認へ戻る。

 

董卓軍第四師団副師団長。

自分が『師団』なんて名乗りを考えて各将達に提案したのだが、まさか自分までこの肩書を持つ事になるとは考えなかった。

元々中央では繋がりの薄い月の今後の為、大々的に名乗りを上げて地方軍閥の諸侯らの記憶に残るようにと、こうして仰々しい隊名を考案した。

これを提案した時、最初は断られるかと思ったが案外受け入れられた。

 

特に華雄に関しては大喜びであった。

まあ“飛将軍”“神速”“都の英雄”“長安の聖人”という(本人の意思は別として)自分以外の将全員が何かしらの二つ名を持っているのに、自分だけそれが無いというのは武人として悔しかったのだろう。

“猛将”という二つ名がつけられた次に“隊名”もとあれば、生粋の武人である華雄が喜ぶのは当然だった。

 

むしろ俺の二つ名要らないからあげるよ、と思った灯火だったが華雄が“聖人”はナイと即判断を下した。

あと、ねねが考案した第一師団呂奉先の名乗りは、自分よりも全然センスがあると人知れぬ敗北を味わった。

 

という経緯で今この肩書ではあるが、それでも“長安の聖人”などと呼ばれるよりは随分マシだった。

職人気質であまり表情を変えず口数も決して多くない(※恋よりはマシ)香風の補佐になるように、と注力していたら兵達からは“教官”と呼ばれる始末。

まあ元々董卓軍内では“恋の武の師”なんて噂があったくらいだったので、灯火としてももう訂正する気力もなかった。

 

「第四師団、後方!これより出陣する!前方、師団長の隊列から離れすぎるなよ!」

 

『ハッ!!教官殿!!!』

 

やっぱり呼び名変えてもらうかなぁ、と僅かばかり思考する灯火であった。

 

 

 

明朝洛陽を出陣した第四師団は一路東へ進む。

虎牢関を抜けて豫洲へ入り、潁川郡許昌へ到着する。

ここから豫洲陳国の武平を経由し、豫洲沛国の譙へ向かうスケジュール。

 

許昌から先は多少の地形の起伏や河川があるものの平野部であり、山や谷を乗り越える必要はないため行軍自体は比較的楽な部類だ。

が、豫洲沛国までは約百里(※約400Km)。

現代日本の東京京都間が約370Kmの距離がある、と言えばその遠さが理解できるだろう。

 

現代の様に移動手段で新幹線や飛行機というモノがない上、隊全員が馬を保持している訳でもない。

いくら出発に際して先遣隊が道の状況確認や近隣への根回しを行っていようと、せいぜい一日の軍行距離は約十里(※約40Km)が限界だ。

急ぎ足で行けばもう少しだけ距離は稼げるだろうが、戦をしに行くための遠征で戦が出来なくなる程疲弊してしまうというのは本末転倒。

冀州や青洲に向かった恋や華雄の様に船で黄河を行く事も出来ない以上、いくつかの中継地点を設けて休息をとりながら目的地へ向かうのは当然だった。

 

その分近隣の街や村は行軍の物珍しさを見物しようとやってくる民は多い。

特に宿泊するとなる街では総出で対応することになる。

それでもこれだけの軍勢となれば全ての兵に宿を提供する事は不可能だし、食事だって全てを賄う事はできない。

自分達が戦をするために調達した糧食を切り崩しながら行軍を続けていた。

 

「こ、これだけのお金を………本当によろしいのですか?」

 

「何を言う。行軍に際し宿と食事を提供してくれた。ならばそれだけの金は払う。当然だろう?」

 

「し、しかし………兵の皆様を賄えたわけでは─────」

 

「当たり前だ。一体此方がどれだけの軍勢で行軍していると思っている。賄おうとしてここに住む者達の食が失われてはそれこそ問題だ。故にこれには代金と感謝料と謝罪料が含まれている。これを特別と思う必要はない。街総出で出迎えてくれた、その礼だ。大人しく受け取ってくれ、主人」

 

「は、はい………!ありがとうございやす、将軍さま」

 

「………? ああ、名を名乗っていなかったか。そうだな………確かに我々は官軍だがどうせなら一つ覚えておいてくれ」

 

「? はぁ、何をでしょう?」

 

 

「─────我々は“董卓軍”。天子様に仕える『董仲穎』が率いる精強部隊、その第四師団だ。この街の発展を祈るよ、主人」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

幕間 1/

 

 

今まさに黄巾党討伐が漢の大陸で行われようとしている最中、そんなことは他所の出来事と言わんばかりに涼州は今日も平和だった。

いつも通りに西域の商人達と取引を交わし、いつも通り物資を狙ってくる賊を蹴散らし、何言っているか分からない五胡の連中を追い払う。

黄巾党なんて知らんそんな連中五胡の連中にでも食われたんじゃないか、と言わんばかりの日常である。

 

「鶸~? 終わったか?」

 

「まだです。………というより、姉さんも手伝って欲しいんですけど」

 

涼州から洛陽に出向したことでその跡継ぎとなった馬休こと鶸と、その姉である馬超こと翠。

この西涼を我が庭と豪語する馬家が率いる騎馬隊は今日も異常なくその役割を全うしている。

 

「あたしはほら。………鶸や商人の護衛とか、五胡の連中の討伐とか、あるからさ」

 

「そう言うならちゃんと護衛してて下さい。襲ってくる敵がいなくなったワケじゃないんですから………っと、アレ?」

 

「ん? どうした、鶸?」

 

「いえ、積み荷の中に見慣れないモノが………」

 

「見慣れないモノ~?? そんなこと言ったら向こう側が持ってくる大半はあたしらに馴染み無いモノばっかりだろ」

 

「いえ、そうなんですが………。ちょっと確認してきます」

 

主に西域との交渉は鶸の担当だ。

香風と灯火から引き継いだ資料を基に出来るだけ二人と変わらない方法で継続した交流を行っている。

その中で向こう側からの提示内容に、鶸が今手に持つモノは含まれていなかった。

 

とあればこれは間違って積み荷の中に紛れ込んでいる、という可能性があった。

あくどい連中であればこっそりと懐に仕舞うのだろうが、生憎鶸にそんな感性は無い。

それにせっかく前任者たちがここまで築き上げた関係性を自分がゼロにしたくも無かった。

こういう彼女の性格もしっかり見抜いて香風と灯火が彼女主体に引継ぎをしたのだから、二人の采配はまさに的中だったと言えよう。

 

「見慣れないモノ………ねぇ。灯火はどうやって価値を把握したんだろ」

 

少なくとも自分では相手が満足するような適正価格を導くのは無理だろうな、と思う翠。

 

護衛隊隊長として任についている翠は鶸の物言いに少し気になりはしたが、あくまでも護衛が仕事だ。

完全に此方側の物品になったというならば遠慮しないが、まだ向こう側のモノとなれば護衛者がジロジロと覗くわけにもいかない。

相手には相手の文化があるから不用意な行動、不用意な言葉は慎みしっかりと考えた上で行動すること。

灯火から念押しに言われた言葉を、翠は素直に守っていた。

 

「ん………? 終わったのか?」

 

「うん。向こう側の人もそんなモノは知らない、だって」

 

「けど、向こう側の積み荷の中に入ってたんだろ? なら向こう側が持って帰らないのか?」

 

「私もそう思って言ったんだけど、いらないって」

 

「なんだそりゃ。じゃあこっちが貰っていいってことかよ」

 

「けど考えても見て、姉さん。しっかり準備して持ってきた積み荷の中に、自分達の知らない積み荷が入ってた………これって向こう側の人からすれば気味が悪いと思うよ?」

 

「うーん………そう、なのか? 蒲公英なら平気でそういう悪戯しそうだけど」

 

「…………そこは否定できない」

 

蒲公英そんなことしないよー! と、どこか遠くの場所で叫ぶ声が聞こえたような気がした。

ともあれ、相手が持って帰らないで此方側に譲渡するというのであれば、気になっていた翠が我慢する理由はない。

積み荷の中を覗き込み、妹である鶸の言っていた『見慣れないモノ』を拝見する。

 

「………んー、確かに見たことないな。宝石か? すごく綺麗な珠だけど。これ、持って帰って向こうで売れば結構いい値段すると思うんだけどなー」

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

豫洲沛国。

その中でも一番西に位置するのがこの譙県である。

 

官軍の最終中継地であり、ここを出立すれば後は孫呉軍との合流地まで一息という場所。

無論沛国である以上、そこの相を務める陳珪にも官軍がやってくるという情報は伝わっている。

 

「予定ではもう間もなく到着するでしょう。………重ね重ねお礼を、曹孟徳殿」

 

「構わないわ。軍の長として少し尋ねたい事があったし、私個人として興味もあった。陳珪の申し出は此方からしてみれば渡りに船ということよ」

 

譙県のすぐ傍に陣を構えた曹操軍。

話は陳珪のいた城が黄巾党三万の賊に包囲されていたところを救出したところから始まる。

 

冀州黄巾党崩壊をきっかけに事態は大きく動くと踏んだ曹操は、予定していた沛国への出兵を早め、陳珪と陳登が居る城へと向かっていた。

そこへ舞い込んでくる陳珪からの使者。

城が包囲されている旨を受け取った曹操は行軍を速め、陳珪の救出に成功した。

 

これだけならばそれで終わりだったが、捕えた黄巾党の一部に意外な人物を発見した。

それが董卓軍の兵であった。

 

『………なるほど。そういう事』

 

董卓軍徐晃の名を出した者は全員で三名。

この報告を受け取った曹操は官軍の考えを看破した。

 

『華琳様。あ奴らの尋問はしなくてもよろしいので?』

 

『不要よ。仮にも“都の英雄”の名を出す者。彼らの名乗りが正しいのであれば下手に尋問するわけにもいかない。逆に彼らがただその名を騙っているだけであれば、遠からず彼らの首は落ちるでしょう。────もっとも、彼らの命は既に保証された様なものだけれどね、桂花』

 

『はい』

 

即ち曹操軍側で保護している董卓軍兵の引き渡しが今回譙県までやってきた理由である。

そのまま野に放ってもよかったが万が一彼らが騙り者であった場合、敵を釈放してしまうという愚行を犯すことになる。

それは曹孟徳の望む事ではない。

故に陳珪が齎した官軍遠征の情報は曹操軍にとっても良い情報だった、ということだ。

 

「華琳様。西の方角に旗を確認しました。旗は“徐”………、間違いないでしょう」

 

「わかったわ。………さて、“都の英雄”に“長安の聖人”。どの様な者達なのか、楽しみね」

 

 

豫洲沛国の譙県に辿り着いた。

概ね予定通りの行軍速度であり、明日には孫呉との合流地へ到着するだろう。

 

隊列の先頭を指揮する香風は周囲を改めて確認する。

灯火と二人で練った予定だけあって兵達にも多少の疲れは見えているが、そこまで大きく疲弊している訳でもない。

先遣隊の働きもあって道中で襲われる事もなく、全員五体満足でこの譙県まで辿り着いた。

灯火が指揮を執る隊後方はまだ到着していないが、後半刻もすれば彼も到着するだろう。

 

「徐晃師団長。隊の確認、完了致しました」

 

「それじゃあ───工兵隊は陣の設営を。偵察隊は周囲の警戒。一刻単位で交代し、休息。他は明日に備えて休息。但し、黄巾党本隊も近いからいつでも戦闘態勢を取れる様に」

 

『はっ!』

 

淡々と配下の兵に指示を出す。

元々香風は職人気質なきらいがあり、それゆえ口数は少なく、感情もあまり表に出ない。

それは隊を率いる者としては余り好ましいモノではない。

華雄や霞であれば何も問題ないだろうが、時には大声で隊の統制を図ることも必要になる。

 

だからこそ、灯火が徐晃隊の体制改革を徹底的に行った。

それが千年後の軍隊構図をローカライズした今の徐晃隊だった。

 

師団長近衛隊から始まり、歩兵連隊、弓兵連隊、騎兵大隊、工兵大隊、偵察隊、輜重隊。

大きく七つの隊で構成されたのがこの第四師団である。

こうすることで末端兵一人一人まで指示を出す必要はなく、各隊の隊長に指示を出す事で末端まで命令や情報が行き渡る。

 

指揮系統は香風からの指揮で統一。

各隊長はあくまでも香風の指示をトップダウンで伝え、末端兵まで行動を統制管理し、下から上がってくる情報をフィルタリングして上に伝える役割である。

 

「ようこそおいで下さいました。徐晃殿」

 

「!………陳珪どの」

 

豫洲沛国の相である陳珪と、その後ろには娘である喜雨がいた。

豫洲沛国の譙県は沛国の中でも西端の場所。陳珪が本来いる街ではなかったため、ここにいた事実に少しばかり驚いた香風。

 

「あ、喜雨ー。こんばんは」

 

「こんばんは、香風。………遠いのに来たんだ」

 

「うん。………黄巾党はほっておけないし、喜雨の助けにもなりたかったから。お兄ちゃんも心配してた」

 

「そう。………うん、ありがとう」

 

娘と近い年齢である香風がこうして気に掛けてやってきてくれる。

二人のやりとりを見てほんのりと笑う顔は確かに母親の顔であった。

 

喜雨と香風、そして灯火とは良好な関係にある。

口数の多くない香風と、どうしても言葉足らずな喜雨。

どこか棘を含む形となってしまう喜雨にとって、常人が相手となればどうしても癇に障る部分が出てきてしまう。

だが、口数の少なくそれでいてしっかり頭も回る香風は、喜雨の言いたい言葉を正しく理解してくれるベストな関係だ。

灯火もまた口数が多い方の人間ではなく、言葉も正しく理解し、棘がある物言いになっても受け流してくれる。

総じて喜雨にとって香風と灯火はしゃべりやすく、気が楽になれる相手で、自然と会話も弾む。

 

それをしっかり見抜いている所は母親として流石である、というところだろう。

 

「………灯火さんは?」

 

「お兄ちゃんは隊の後方の指揮を執ってるから、まだ到着してない。………それで二人はどうしてここに? 黄巾党討伐が終わればシャン達がそっちに向かうって手紙を書いたと思うけど………」

 

「ええ、その話は届いているわ。ただ状況が少し変わって、こうして譙県まで来た………という訳なの」

 

「………状況? もしかして、黄巾党?」

 

「まあ、それも関係があるわね。………私達のいた城が一時黄巾党に包囲されてしまったの」

 

黄巾党内部に灯火の手の者が入り込んではいるが、電話や無線機の様にリアルタイムで情報が手に入る訳ではない。

その言葉に僅かに驚く香風だったが、そんな様子にくすりと笑う陳珪。

 

「けど安心して頂戴。今私達はこうしてここに無事で居る訳だし、包囲していた黄巾党も追い払ってくれたから」

 

「………追い払ってくれた(・・・・・・・・)?」

 

 

「─────ええ。同盟を組む者として、同盟者が窮地に陥っていれば助力する。当然の行為でしょう?」

 

 

視界の外。後方からその声はやってきた。

凛とした声量は決して大音量ではないが、聞き洩らす事も決してない。

香風が振り返った先に居る金髪の少女。そのすぐ後ろには二人の女性が控えている。

 

「初めまして、“都の英雄”殿。─────私の名は曹孟徳。陳留にて太守を務めている者よ」

 

曹孟徳。

その風格は香風よりも年齢は僅かに上ながら、既に覇者の風格を纏っていた。

凡人が彼女の前に立てばただそれだけで恐れ多く膝をつくだろう、その風格。

 

「初めまして。………董卓軍第四師団師団長、徐公明。此度は官軍として黄巾討伐の任に就いています」

 

だが香風とて武人であり、師団長でもある。

曹孟徳が如何な覇者であったとしても、それに畏怖する事は無い。

堂々としていることこそ、師団長に求められる風格なのだから。

 

一切の怖気も見せない香風の姿に曹操の口角が僅かにあがる。

曹操の中で比較された名前を覚えるのも無駄な官軍の将と、目の前の少女。

このやり取りだけで彼女が曹操の知る官軍の将よりも全てにおいて上であると決定づけた瞬間だった。

 

「私がこの譙県に居たのは勿論二人を迎える為というのもあったのだけれど、曹孟徳殿が話がある、と言われてね」

 

「ええ。こうして陳珪・陳登の二人を護衛するという名目も兼ねて譙県までやってきた、ということ。───にしても」

 

視線を官軍へと向ける。

ここが最終目的地ではないため陣の設営等も最低限しか行っていないが、それでも曹孟徳が知る官軍とはその動きが一つも二つも異なっていた。

 

「陣の設営、周囲の警戒、武具の点検、食事の準備。休息をとる者はしっかりと取らせ、それでいて誰一人遊んでいる人物はいない。───流石の統率力ね」

 

目に見える範囲だけで全てが見える訳ではないが、それでもそう断言する。

本来の官軍の姿を知っている身からすれば、目に見える範囲だけでも十分に評価が出来るほど差があった。

 

「シャンの部隊はお兄ちゃんも手伝ってくれてるから。シャンも随分楽になったし、隊の動きも良くなった」

 

この時代、武功を積んだものが名を馳せ、将となり兵を率いる。

それは決して間違いではないのだが、兵の数と兵を率いる将の数が釣り合わない場合、組織全体としての生産性は落ちる。

1人の管理者が管理可能な部下の数には限度があり、概ね管理可能な人数は最大でも10名程度である、という知識。

奇しくも灯火は発言すればそれが案として上司と話し合える立場だった。だからこそ、こうして今の徐晃隊がある。

 

「さて、徐晃殿。あまり其方の負担を増やすのも此方の望む所ではないし、どこかで話をしたいのだけれど」

 

「………それは、端的にどういう話?」

 

「そうね………貴女達がこれから向かう黄巾討伐。その策について、かしら」

 

曹操の言葉に、しかし香風は動揺しない。

香風は武官ではあるが、決して武しか出来ない者ではない。

その頭脳は十分文官として活躍できるレベルであるし、故に万事を想定する事は出来なくともこの話の流れからしてある程度の推測は立てられる。

 

「なら、もう少しだけ待って。お兄ちゃんが到着するから。多分、そっちの方がいい」

 

「………気になっていたのだけれど。徐晃殿に“兄”がいるのかしら。つまり兄妹で隊を率いている?」

 

「ううん」

 

曹操の言葉に首を横に振る。

 

 

「─────董卓軍第四師団副師団長。“長安の聖人”って呼ばれてる人。………曹孟徳どのなら、知ってると思うけど」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

譙県にて陳珪、陳登、そして曹操軍と対面し、今後の話を行った灯火と香風。

結果としてプラスに働いた一日を過ぎ、官軍は豫洲沛国内の予定の地に陣を構える孫呉軍と合流する。

 

「よし、輜重隊はすぐに食事の準備に取り掛かれ!工兵隊はみなご苦労だった!しっかり休んで明日に備えよ!今後の指示は追って伝える!」

 

『はっ!』

 

隊列後方の指揮を執っていた灯火は、後方に属していた輜重隊に指示を出し、陣の設営をいち早く完了させた工兵隊に休息を指示する。

黄巾党本隊にほど近い場所故に見張りを立てない訳にはいかないし、黄巾党内部に入り込んでいる間者とのやりとりも怠る訳にはいかない。

だがそれらは隊列先頭を指揮していた香風の指示によって既に行われている。

 

「香風」

 

「あ、お兄ちゃん。おつかれさまー」

 

「香風もおつかれさま」

 

張られた天幕の一つに入ればそこに香風がいた。

一応師団長と副師団長の天幕ではあるのだが、その見た目大きさ共に他の天幕と変わりはない。

違いと言えば近衛隊が周囲を見張っている程度だろう。

 

「ちょいと休憩………」

 

流石の灯火でもこれだけの長距離行軍となれば疲弊する。

天幕である以上洛陽のモノと比較すれば随分劣悪なモノであるが、今は少しでも体の疲労を抜きたかった。

寝台へ仰向けで倒れた。

 

「………お兄ちゃん。一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」

 

「んー? いいよ、何?」

 

天幕寝台で一時ばかりの休息と横になっていた灯火の横に腰かける。

 

じっと灯火の顔を見つめる香風。

その視線に気が付いた灯火もまた寝台に腰かけた香風の顔を見つめ返す。

お互い無言の時間が少しの間だけ経過して─────

 

 

 

「─────お兄ちゃんって、胸が大きい人が好きだったりする?」

 

 

 

なんて、香風が言葉にした。

 

「…………………………………………………、うん?」

 

一瞬何を聞かれたのか分からなかった。

胸が大きい人と言ったのだろうか。

 

「ごめん、香風。俺の聞き間違えじゃなかったら“胸の大きい人が好きか”と聞こえたんだけど」

 

「………うん」

 

コテン、と背中から倒れてきた。

胸あたりに頭が乗った香風の頭を撫でながら、その体勢上視線が香風の体の方へと逸れていく。

香風が何を思ってその質問をしたのかは謎だし、出来る事ならば気にしなくていいのだが………

 

「胸の大小で好き嫌いの判断をするつもりはない。一緒に居たいと思える人であれば小さかろうが大きかろうが気にしない」

 

完全完璧なる模範解答だが、彼自身事実の言葉でもある。

思考に耽るとすればなぜそんな質問をしてきたのか、という方にシフトするべきだろう。

 

「(………思春期!?)」

 

時にポンコツな思考へ至る灯火だった。

 

「そう。………お兄ちゃんは気にしなくていいよ。ただシャンがそう思っただけだから」

 

「…………香風がそう言うなら」

 

香風と恋、ねねにも全幅の信頼を寄せている。

彼女が気にしなくていいと言ったのであれば気にする事はしない。

気にする事は無いが、物凄く気になった。

 

ここ最近は行軍ということもあってなかなか構ってあげられなかったのが原因だろうか、と割と本気で自分の行動を鑑みる。

そんなこと言ったら長期間離れ離れになっている恋がいろいろとマズイことになっているのだが、そこにはまだ気付かない。

 

「…………それと」

 

「うん?」

 

「さっき、孫呉の人たちがこっちに来てた。今、天幕の方で待ってもらってる」

 

「それを先に言おうな、香風」

 

 

 

 

 

 

孫堅、周瑜、孫策、黄蓋、そして北郷一刀。

官軍と地方軍閥という関係性である以上、孫堅がこうして官軍の陣に来るのは当然だった。

程普に陣の防衛を一任した孫堅達はこうして軍議用の大きめの天幕に通されて席に着いて、官軍の責任者が来るのを待っていた。

 

「けど、まさか“都の英雄”があんな女の子とは思わなかった………」

 

「ホントねー。仲謀よりも年下なんじゃないかしら」

 

一刀の声を拾った孫策がカラカラと笑う。

てっきり男性と思っていた二人は、実際出会った時の衝撃に未だ驚きを覚えていた。

 

『………工兵隊、陣の設営を始めて。最後尾の輜重隊が来るまでには完了させるよーに。偵察隊は黄巾党の状況把握急いで』

『騎兵・弓兵隊は装備の最終点検。問題があってもなくても各隊長へ報告。えーっと………それが終わったところから一次休憩。後から来る歩兵隊にも同様の指示を通達』

『輜重隊についてはおにい………じゃない、副師団長が指揮を執ってるから。工兵隊はその後副師団長の指示に従って二次休憩。一次休憩者は二次休憩時点から、この陣及び孫堅軍周囲へ各隊二小隊単位で周囲警戒態勢。半刻(※現在の約一時間)間隔で各小隊持ち回り担当。緊急の場合は騎兵隊長に一時的な指揮権限を付与し、第四師団を纏めるよーに。─────以上、行動開始』

 

怒鳴り声をあげるのでもなく、目の前に規律良く並んだ兵達に指示を出す。

孫策くらいの年齢ならばまだ何も思わなかっただろう。

だがそれよりも恐らくは年下であろう少女が大斧を軽々と担ぎながら、淡々と指示を出す姿は一刀に少なくない衝撃を与えた。

 

「あの齢で大したものだな。雪蓮よりも仕事が出来そうだ。そう思わんか、冥琳?」

 

「そうですね。必要な指示を端的に素早く、しかも緊急時における権限移譲まで指示に出していた」

 

「指示をされた兵達も誰一人遊んでいる者はおらんかったしのう。我らの兵が劣っているとは思わんが、見習わせたい働きぶりじゃった」

 

三人が冷静に分析する傍らで、件の人となった孫策はぶすっと頬を膨らませていた。

 

「………母様に冥琳、酷くない?」

 

「どうみても事実だろうが。真昼間から酒に酔って街中うろつく奴が何を言う」

 

「そう言うなら仕事を放棄して木の上で隠れて酒を飲まないで欲しいわね」

 

「うっ………」

 

「はっはっはっはっはっ!」

 

孫策の抗議の声も孫堅と周瑜の冷静な言葉で切り返され、何も言えなくなる。

そんな様子に笑う黄蓋と声に出してこそいないが苦笑する一刀。

街中で酒に酔っているところを思いっきり殴られた場面も、木の上で酒を飲んでいる所に書簡が飛んできて叩き落された場面も。

その両方を直接見た一刀はただただ苦笑するしかない、自業自得なのだから。

 

「─────失礼、します」

 

一頻り孫策を弄ったところに先ほど出会った官軍の長、徐晃が天幕に入ってきた。

先ほどまでの雰囲気は一瞬で霧散し、すぐさま軍議で見る雰囲気になる。

そのあまりの早い切り替えに一刀が動揺するが─────

 

 

「失礼」

 

 

その声に。

天幕にいる徐晃以外の全員がぴくり、と体を震わせた。

それは一刀も例外ではない。

 

「(………え?)」

 

声色からして男性。だがそれは別に珍しい事でも何でもない。

有力な武将こそ軒並み女性になっているが、男性でも兵を率いる将はいる。有名になっていないだけで。

だからこうしてこの場に官軍の男性の将が出てきたって何ら不思議ではない。

 

その声色がよく聞く声に似ていなければ、の話だが。

 

「───────────────」

 

少女の後に入ってきた男性を見て、今度こそ孫呉の全員が絶句した。

あの孫堅ですら言葉を発するのを一瞬忘れてしまったくらいの衝撃だ。

 

「…………」

 

入ってきた男性も孫呉の五名を見た直後一瞬足を止めたが、反応としてはそれだけ。

何事も無かったかのように徐晃の隣に座り僅かばかりの沈黙が天幕を支配する。

 

髪は短めの完全な黒で、雰囲気は少しだけ大人びている。

だが顔や先ほどの声からして多少の差は見受けられるものの、まさしく北郷一刀のそっくりさんといっても遜色のない人物。

そんな人物が孫呉の前に現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

ただ、その人が遠い目をしているのはなぜだろう、と疑問を抱いたのも全員同じだった。

 

 

 




孫呉の将達を見て
灯火「(………ああ、うんなるほど)」



喜雨が真恋天下に新規参入に喜んだけど、まだ一度も当たってない事実。

あと筆者はミリオタではないので隊に変なところがあるかもしれませんが、お手柔らかにお願いします………

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