莫名灯火   作:しラぬイ

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恋は六位、香風は七位。
おめでとう!(真恋天下)


軍議回。
というか長くなった。
あと一刀くんアンチとかNTR要素は(今後も)ありませんのでご安心を。

というか週四日仕事の週三日休みになってくれないかな、と思うこの頃。

始まります。


File№13

 

「(納得………これじゃ徐晃ちゃんが一刀を見て固まるわけね………)」

 

孫策を含む孫呉の将ら全員がその結論に至った。

髪型や雰囲気、瞳の色など細かな部分は違うが、だからこそ余計に兄弟の様にも思える。

灯火の方が兄で、一刀が弟………と仮定すれば思わず納得するほどだ。

 

だが孫呉側の驚きは一入、なにせ一刀と瓜二つ。

即ち天の御遣いと瓜二つ(・・・・・・・・・)なのだから。

だからこそ、目の前の男が一刀とは無関係というのも理解できたわけだが。

 

「あー………。先ず始めに断っておくと、其方の人と別に血縁関係ではありません。まぁ、分かるとは思いますが」

 

なんて言葉を言おうか、そんな選ぶ雰囲気で孫呉側の人物達に断りを入れた。

言うまでもなく灯火自身もある種“天の国”からの人物だが、その場所は全く別だろう、というのは感覚で把握していた。

 

仮に一刀の居た世界を“天の国”と称するのであれば、灯火の記憶にある知識は“天上の国”とでも称することになる。

樹形図(ツリーダイアグラム)を思い浮かべれば、灯火の知識が(ルート)になる。

無論、灯火の持つ現時点での知識情報を元に即席で脳内組み立てをした図式のため、それが正しいとは限らないのだが。

 

そういう考えを密に抱きつつ(・・・・・・・・・・・・・)それを意識しないよう生きている(・・・・・・・・・・・・・・・)のが、今の灯火である。

 

「ああ、それはそうだろうな。それで、オマエの名は何という?」

 

灯火の言葉に頷きで返す孫堅が尋ねた。

無関係であるとは言え、こうも似た顔では軍議の前にはっきりとさせておくに越した事はない。

孫堅や周瑜、黄蓋と言った面子は問題無いだろうが、明らかに軍議に集中できなさそうな人物が二人ほどいる。

内一人は仕方がないとしても、もう一人は自分の跡継ぎになる可能性がある人物。

 

「(ったく、雪蓮め………。終わったら一発殴っておくか)」

 

孫策の頭にたんこぶが出来る事が確定した瞬間である。

そんな内心を知る由もない灯火は至って冷静に答えた。

 

「この董卓軍第四師団の補佐を務めています、莫と申します」

 

軽く一礼する。

その名を聞き改めて無関係と分かった孫堅が、一刀へ視線をやり顎先で指示を出した。

 

「─────俺の名は北郷一刀です」

 

何を意味するのかを理解した一刀も、灯火に倣って軽く自己紹介をして一礼した。

灯火からしてみれば『知ってた』案件ではあるが、一刀からしてみればそう簡単に収まるものでもない。

 

が、まあ。

 

「(世界には自分とそっくりな人が三人は居る、っていうからな。三國志の世界に来たらそういうこと(・・・・・・)があっても不思議じゃないか)」

 

目が覚めて起きたらタイムスリップ、しかもパラレルワールドと思わしき世界。

男性と習った筈の有名武将は皆女性で、文字は読めないのに言葉は通じ、天の国の者だと証明するためにスマホのカメラ機能で立ち回り。

最後には天の国の種馬として抱えられるという奇天烈の極みを経験している一刀。

それでも自分に限りなくそっくりな容姿の人物に驚きはしたが、こうして冷静になれば何とか受け止めるだけの思考も戻ってきた。

 

流石主人公だぜ。

 

「………!………貴方が“長安の聖人”ですか」

 

思わず一刀に話かける口調になりかけたのを直前で訂正。

周瑜の言葉に疑問符を浮かべる孫策と一刀。

それに対して─────

 

「………ええ、その人物です。ただ、その二つ名は私には少々荷が勝ちすぎていると思いますけど」

 

渋い表情を見せつつも肯定する。

その原因が灯火の中の“聖人”というイメージと今の自分、それらの乖離が凄まじいからなのだが、それを理解できる人間は一人も居ない。

逆に言えばボランティア精神を働かせただけで“聖人”なんて呼ばれるほど、今の世が危ないという証左でもあった。

 

「まあ、そういった話は後に置いておきましょう。目の前に敵を置いた状況で雑談も何もないですし」

 

「その通りだ。伯符、一刀。これから軍議だ、切り替えろ」

 

孫堅の言葉に頷いた二人。

その一言だけでどこか浮ついた雰囲気をにじみ出していた将達が居住まいを正す。

流石は孫堅、と感心しながら隣に座る香風へ視線を送る。

 

視線を合わせた香風が頷くのを確認し、一つ咳を払い、打ち合わせ通り軍議の進行を開始する。

 

「ではこれより軍議を始めます。進行役は私が担当致します。疑問点等がございましたら、一通り説明し終えた後にご質問をお願いします」

 

似た容姿を持つ一刀に対しても分け隔てなく視線を送り、この場にいる全員が軍議参加者であるという意識を浸透させる。

 

「作戦対象はこの地に屯する黄巾軍。一時十八万まで膨れ上がっておりましたが現在は十五万までその数を減らし、この先の平野部に我が物顔で陣を形成しています」

 

懐から紙媒体の地図を取り出し卓上へ広げ、その上に大小の黄色い石を置いていく。

 

「彼らは元々官軍打倒を目的に立ち上がった無辜の民でしたが、現在はその志も地に落ち、周辺の村々へ略奪行為を繰り返す賊軍へと成り下がっています。豫洲沛国の相、陳珪殿が居城する城を包囲し、乗っ取りを計画。その娘である陳登が手掛けた田畑を荒らし、作物を略奪するなど、その行為にもはや正当性は存在しません」

 

先ほどまでとは打って変わって淡々と機械的。

軍議を進める自分とそっくりな人物の口調を聞いた一刀が、そう思わず感じてしまうほどの無感情さだった。

 

「本来であれば我々官軍で対処すべき事柄ではありますが、先ほど申し上げた通り相手は十五万の賊。図体ばかり大きな(数だけは膨大な)、訓練の一つもされていない賊軍ではありますが、その数、その士気は、それなり以上の脅威です」

 

言葉を発しつつ、黄巾に見立てた石を各所に配置していく。

現状の布陣情報と同じように本隊と分隊にわけられておかれた石を見る。

その瞳に感情は見られなかった。

 

「そのため、我々は戦略単位で策を弄しています。冀州黄巾党壊滅から現在に至るまでの流れにおいて、黄巾党内に我々の手の者を入り込ませています。─────黄巾を纏えば賊ですら容易に合流できる黄巾党。………まあ、彼らなど所詮はそんなものでしょう」

 

孫呉側からすれば一刀そっくりの姿でどこか棘のある話し方に違和感を覚えないと言われれば嘘になる。

だが当主たる孫堅が一切動じずに聞き入っている以上、その臣下がヘタに反応するのも良くは無い。

そういった邪魔な思考はとりあえず排除しながら灯火の説明に聞き入る。

 

「現在この地に布陣している黄巾軍は十万の本隊と五万の分隊が存在します。正面に布陣するのが分隊、その奥に本隊が陣を形成しています」

 

地図の下側である南に赤と青、即ち孫呉軍と官軍を示す小石を置く。

この時代地図は貴重なもので、更にそれが持ち運びを考慮した紙の地図ともなればかなり貴重なものだ。

加えてこの地図は官軍、即ち中央が有する地図であるため、地方軍閥や一商人が持つどの地図よりも正確で詳細に記載がされている。

 

「分隊、本隊ともに黄巾の反徒たちは自陣を囲む様に見張りを配置しています。単純で、それ故すぐに異変に気付ける構築です」

 

これらの情報は外側から観察した情報と、内部に入り込んだ者達からの情報。

その二つの情報を重ね合わせて精度を高めたもの。

そのため現状における黄巾党の情報について、どこの地方軍閥よりもアドバンテージを有していた。

 

「ですが既に内部に此方側の人間がいる以上、この見張りに意味はありません。後方に位置する黄巾本隊には我々の行動に応じて黄巾軍陣地内に放火、内部からも損害を発生させる手筈となっています。更に黄巾本隊が位置するより東に、苑州陳留より曹操軍が密かに陣を張っております」

 

曹操、という言葉を聞いた孫堅がぴくり、と反応した。

 

「黄巾本隊は既に“詰み”一歩手前の状態です。故に此度孫呉軍および官軍が行うべきは第一作戦として正面に布陣した分隊の排除。第二作戦として黄巾本隊の壊滅となります。第二作戦については内部工作及び曹操軍の強襲もあることから、我々が如何に攪乱できるかがカギとなるでしょう。その為この軍議ではこの後、第一作戦および第二作戦の擦り合わせを行うことを予定しています」

 

指で各色の石をぶつけ、ぶつけられた黄色い大石を地図上から取り除いた。

 

「勿論、これだけの事に協力してもらう以上謝礼は用意させて頂きます。それがモノになるか名誉になるかは我々の一存では決定しかねますが、必ず相応の対価を支払う事は約束致します」

 

最後に黄色の小石を地図上から全て取り去り、灯火は改めて孫呉の将達へ視線を向けた。

 

「以上、作戦概要を終了します。何かご質問、ご指摘等ございましたら遠慮なく仰って下さい」

 

簡単な略式ではあったが、言葉だけではない説明に軍議初心者である一刀でもその内容はすんなり頭の中に収めることが出来た。

まるでゲームステージ前のブリーフィングを受けている様な印象を受けたのは、ゲームのし過ぎのせいだと思い込む事にした。

 

「曹操軍が東に陣を張っている、と言ったが、曹操軍は此度の作戦を知っている、ということに相違ないな?」

 

「はい。昨日の時点で同じ内容を向こうにも伝達しております。また伝令兵も遣わせているので緊急事態があれば伝える事も可能です」

 

「ではもう一つ。陳珪が黄巾党に包囲されていた、と言ったが、それをそのまま放置していた訳でもあるまい。曹操が陳珪を救出した、ということか?」

 

「ええ。曹操殿と陳珪殿はこの黄巾の乱にあたって同盟関係を結んでいる様です。此度の遠征もその一環とのことです」

 

灯火の言葉に頷いた孫堅は、聞きたい事は聞いたと隣に座る他の将へ視線を移す。

それに首を振る周瑜と黄蓋と孫策、そして慌てて首を横に振る一刀。

そもそも一刀は経験の為にと連れてこられた身であるため、質問などあるはずもなかった。

 

「………じゃあ、香風」

 

「うん」

 

先ほどまでの機械的な雰囲気を霧散させた灯火が香風に声をかけ、それに頷きで返答する。

 

「………先ず正面の敵についてどうするか、だけど。孫堅どのに、お願いがある」

 

「オレにお願い?」

 

「うん」

 

こくり、と小さく頷いた。

 

その様子に一刀は内心驚いていた。

何せ彼自身、最初に孫堅と出会った時などはその雰囲気に圧倒され内心ビビりまくりだったのだ。

何とか体裁は保ちこそしたし今ならば当初みたいにはならないが、あそこまでマイペース気味な雰囲気を貫ける香風に驚きを隠せなかった。

 

「(………こっちにいる(知っている)将の人の中で言えば穏がまだ近いかな? それでも俺よりも年下に見えるあの子が官軍の将だなんて………)」

 

つくづくこの世界の不思議を目の当たりにする。

因みにそれは灯火も一度は通った道であるが、灯火の場合は幼少期時代に隣にいた人物も相まって“そういうもの”と早々と割り切った事で切り抜けた。

 

「それは?」

 

「先ず正面の五万の黄巾党。………それを孫呉軍で撃退してほしい」

 

その言葉に、黄蓋と孫策の脳裏に嫌な人物の姿が過った。

何かにつけて先陣を此方に押し付けて、美味しいところだけを掻っ攫っていく、というなんとも嫌味な人物だったからだ。

もしや、と二人が思ってしまうのも仕方がない話ではある。

 

が、そんな事は想定の範囲内の反応と言わんばかりに灯火がフォローする。

 

「………捕捉すると。先ほど伝えた通り、元来黄巾党は“打倒官軍”を目的とした集団。その志が落ちたとは言え、それでも“打倒官軍”というのは黄巾党の共通の目的でもあります。無論、此方とてぶつかって負ける事は無い(・・・・・・・・・・・・・・・・)。ですが、相手は此方側の大攻勢の切っ掛けにもなった“飛将軍”の武を正しく聞き及んだ上でなお黄巾に居座った者達。ともあれば我々官軍が出ていけば相手の士気は確実に向上する。………本隊との距離がさほど無いこの状況で、それは聊かマズイ」

 

灯火が渋い表情を見せた。

 

「もしかしたら本隊の方がそれに呼応してこっちに突っ込んでくるかもしれない。………そうなったらシャン達の作戦もダメになっちゃう」

 

或いは華雄ならばそんな思慮をすることなく突撃(只管に突進)をかましていたかもしれない。

或いは恋ならばそれら含めても問題なく蹴散らすかもしれない(ねねがそれを許すかどうかは別として)。

ただここにいるのは猪武将の華雄でもなければ、大陸最強を誇る恋でもない。

 

「ただ、我々が全く参加せず後ろで見守っている………というのも申し訳ない。だから軍そのものは動かせないとしても、徐晃と私。二人が孫呉の兵として一時的に参列に加わる、という案を提案したい」

 

「です」

 

これが香風と灯火、二人の案だった。

無論不要と言われたならば大人しく後ろで待機するつもりである。

 

「………一つ、尋ねてよろしいか」

 

周瑜の言葉に頷きを以て返答する香風と灯火。

 

「そちらの言い分は理解した。だが、孫呉軍の兵力は二万。それに対して正面の黄巾は五万。それを理解した上で、官軍は動かない、と申すか?」

 

その問いに答えたのは香風ではなく、灯火だった。

 

「はい。正面の五万は第一作戦で掃討が出来ればいいと考えますが、別に無理に掃討しきる必要も無いです。本隊側に合流するのであれば、それでもいい。最終的に本隊にて我々の策が成るのですから」

 

「その兵力差である以上、此方の被害も少なからず出る。そうなった場合、動かなかった官軍として、どう考える?」

 

「官軍が加われば確実に敵の士気が上がる。そんな連中相手に官軍が動いた場合の損害と、動かなかった場合の損害。孫呉筆頭軍師殿がその天秤を計り(・・・・・・・・・・・・・・・)間違えることはしない(・・・・・・・・・・)と思っている。それに、此方に損害の補填を要求する必要(・・・・・・・・・・・・・・・)があるほどの実力しかないのであれば(・・・・・・・・・・・・)、それは“私”の把握不足。出来る限りの補填はさせていただきましょう」

 

その言葉に、少し前まで一般市民だった一刀は思わず頬が引き攣った。

灯火の言葉を額面通りに受け取る人物は孫呉の将内には居ない。

一刀ですら意味を察する事が出来るレベルなのだから、当然である。

そしてそれを良しとする者もこの場にはいない。

或いは現代ならばその言葉を利用する人物は居るだろうが、この時代の武人気質な人物はそれを利用しない。

 

この時代を一番外から俯瞰できる(眺めていられる)灯火だからこそ、確信していた事でもあった。

 

「ふ………公瑾、もういいか?」

 

「はい、申し訳ありません」

 

そう。

軍師であれば、天の御遣いであれば兎も角。

孫堅が、黄蓋が、孫策がそれで良し、と言うハズがない。

それは周瑜も一刀も理解していた。

 

「(………少なくとも、袁術の様な人物ではなさそうじゃの、策殿)」

 

「(ええ、そうみたい。………というか、あんなのが何人もいてほしくないんだけど)」

 

「其方の内容は把握した。その申し出は此方としても問題ないが、如何様にする? 今日の明日では流石に兵を率いる事はできないだろう?」

 

「シャン達は一兵士で参列に加わることでいい。そっちの隊のどこかに所属させてくれれば、大丈夫」

 

「………へぇ」

 

何でもない様子でそう答えた香風。

だがそれに驚いたのは孫呉側である。

 

「………確認しますが、徐晃殿。将としてではなく、一兵士として、でしょうか」

 

「? うん。今から急に将が増えても、そっちの兵士達は戸惑うと思う。なら、単純な増援兵として扱った方が、混乱はないと思う………」

 

その言葉も理解できる話ではある、と周瑜は考える。

軍である以上、ある程度の上意下達(じょういかたつ)ができるのは必然でなければならないし、指揮系統も統一しなければならない。

明日にでも戦闘を開始するという直前になって今日出会った者が将として参戦すれば、兵士達は少なからず混乱するだろう。

 

全く以て正当な考えであるが、目の前に座る二人は仮にも官軍を率いる将、その頂点だ。

その官軍の将が一地方軍閥の増援兵扱い。

これを官軍の将自ら提案する、この異常。

 

「………ちょっと、えっと、莫、殿? 貴方はそれでいいの?」

 

「? ええ。特段此方に不都合はないですよ、孫策殿。最前線でも遊撃隊でも、どこへでも。無論、其方に何か不都合があるのであれば仰って下されば」

 

「そ、そう………」

 

黙って聞いていた孫策が思わず灯火に声をかけたが、こちらも至極当然と言わんばかりの反応。

思わず此方の考えが可笑しいのかと思う孫策だったが、むしろこの時代にそぐわないのは灯火側である。

 

 

決行は明朝。

それに合わせて官軍は後方待機し、香風と灯火は孫呉兵として戦闘へ参加する。

流石に明日に向け各人でやることがあるため、軍議後の雑談もなく解散の流れとなった。

 

行軍からこの地へ到着し、すぐさま軍議。

孫呉との軍議を終えて戻ってきたら明日の予定を各隊の隊長へ通達、およびそれに伴う一時的な権限移譲。

漸くして自分達の天幕に戻ってきた香風も流石にヘトヘトだった。

 

「ああ………疲れた」

 

「………シャンもー」

 

寝台に倒れ込んだ灯火の隣へ同じように香風も横になった。

 

蝋燭の灯りが時折吹き入れるすきま風によってゆらりと影を揺らす。

そんな天幕の天井をぼんやりと眺めていた時、ふと香風の質問を思い出した。

 

「香風、軍議前の質問だけど────」

 

そう声を出して隣へ視線を向けた。

だが、そこにいたのは

 

「…………ふみゅ………?」

 

もう半分以上夢の世界へ旅立とうとしている香風だった。

相変わらず眠るのが早いと、思わず苦笑し香風の体を優しく抱きしめた。

 

「…………お兄ちゃん………?」

 

「いいや─────何でもない」

 

「…………?」

 

その言葉に僅かな疑問を抱きつつも、抱きしめられた感覚を受け入れて頬を胸にあてた。

耳から聞こえてくる心音が、この場所が天幕内であることすら忘れさせてくれる。

それだけで、香風は十分だった。

 

「おやすみ、お兄ちゃん………」

 

 

◆◆◆

 

 

自陣の天幕で上機嫌に孫堅は笑っていた。

 

「面白い事になった。なあ、冥琳?」

 

「ええ。やはり今までの都の警備ばかりをしていた元来の官軍とは全くの異です。此度の軍議でそれを思い知りました」

 

周瑜は軍議を思い返して、改めて董卓軍という存在に脅威を覚えていた。

例えば冀州黄巾党壊滅を利用してこの豫洲黄巾へ間者を潜り込ませた、という話。

さらっと向こう側は流す様に話していたが、そこへ至るためにどれだけ事前に手を打たなければいけないか。

それに思うように黄巾を追い出せなければこの策も成り立たない。

 

「俺はもうこの軍議でいろいろありすぎて………」

 

「あははっ、まあ一刀はそうなるわよね。私ですら最初の一刀そっくりさんで驚いちゃったのに、冥琳の言葉を軽く往なして、最後には自分達が孫呉軍の一兵士として参戦する、なんて。流石の私も頭の整理が追い付かなかったわよ」

 

ひりひりと痛む頭を撫でながら笑う。

なぜたんこぶを作っているのかはここでは触れないこととしよう。

 

「そうだな。流石のオレも一刀と同じ顔が出てきた時は多少驚いた。冥琳、あの二人について分かっている事は?」

 

「(………母様だって驚いたのに、なんで私は殴られなきゃいけないのよ………)」

 

「何か言ったか、雪蓮」

 

「なんでもありませんっ」

 

「オレの跡継ぎになるんだったら、いつまでも動揺するな。さっさと切り替えてりゃ、オレも何も言わなかった」

 

「聞こえてるんじゃないっ!」

 

頬を膨らませながらブツブツと文句を言う孫策と、そんなこと知らんと態度を崩さない孫堅。

そんな親子のやりとりに苦笑しながら、周瑜が現在持ちえる情報を改めて展開する。

 

「先ずは徐晃殿。字を公明。董卓軍の将の中で最も新参の将です。ただ、それ以前は長安で騎都尉として務めており、その頃に行った賊討伐は都周辺に一時期平和を齎したと言われる程の手腕の持ち主です」

 

「………あの子が」

 

周瑜の説明に面食らってしまう一刀。

明らかに自分よりも年下な(のように見える)のに、“平和を齎した”と言われる程の実力の持ち主だという。

一体あの小さな身体でどのように戦うというのだろうかと疑問が尽きない。

 

「もう一人の北郷似の人物は莫殿。かつては長安で文官役人として務めており、都で貧困に喘いでいた民へ不定期に食事の提供や、私塾紛いの事を行っていたと聞きます。それらを無償で行っていた事から、施しを受けた者達が“聖人”と呼び始めた事により“長安の聖人”という二つ名がついた模様です」

 

「ほう………。その割にはその名前で呼ばれた時、あんまり良い顔をしてなかったがの」

 

「そうですね。まあ彼が言っていた通り、自分には似合わないと思っているのでしょう」

 

黄蓋と周瑜が思い出すのは、その名を呼んだ時の灯火の表情である。

苦虫を潰したような表情を見て、あまり良い名と思っていないのだろうと簡単に予測はついた。

 

「というかちょっと待って、冥琳。あの人、文官なの? 文官なのに最前線でもどこでもいいって言ってたの?」

 

「ああ、文官というのは間違いではないらしい。だが此度の官軍で徐晃殿に並んで兵へ指揮する姿も確認できている。実力の程はわからないが、全く戦えないというわけではないのだろう」

 

少しばかり信じられない、という表情を見せる孫策。

一方それを聞いた程普も兵から聞いた話を思い出した。

 

「それ、私も兵から聞いたわ。なんでも一刀くん似の人が官軍の指揮を執ってるって。その時“教官”って呼ばれてたとか、なんとか」

 

「教官? 文官なのに、兵から教官と呼ばれておるのか?」

 

「………文における教官、とか?」

 

「さあ。流石にそこまでは分からないわよ」

 

黄蓋と一刀の言葉に肩をすくめた。

ほぼ同じ顔という衝撃も、これだけ一刀と差異が見受けられれば、全員既に落ち着きは取り戻していた。

そんな様子を見ながら周瑜は懐から紙を取り出した。

 

「官軍である以上、ある程度の情報は容易に入手できる。今ここに来ているのは徐晃殿率いる“董卓軍第四師団”。徐晃殿はその師団長で、莫殿は副師団長を務めている。それ以外に董卓軍には残り三つの隊があり、それぞれ“第一師団”“第二師団”“第三師団”がある。いずれも各地の黄巾党討伐に赴いていて、もはや語り草にもなっている冀州黄巾党壊滅はその内の“第一師団”、大陸最強と言われている“飛将軍”呂奉先が率いる隊だ。残りの隊も“神速”張遼、“猛将”華雄といった将達がそれぞれ隊を率いている」

 

「“飛将軍”、“神速”、“猛将”、そして“英雄”………。なに? 董卓軍の将になるには必ず二つ名が呼ばれるほどの武功が必要なの?」

 

「そういう訳ではないだろうが、そういう者達が自然と集まるのが主である董卓という人物の器なのだろう」

 

そこに文官で“聖人”と呼ばれ、兵からは“教官”と呼ばれているという自分にそっくりな人物もいる。

孫策と周瑜の話にまだ見ぬ董卓という人物像を改めて思い浮かべる一刀。

董卓という名前は一刀の世界でも悪い意味で有名で、だからこそなんか悪そうなマイナスイメージが存在する。

 

だが、そういった名だたる将が自然に集まる董卓と言われると、どうも一刀の中で持つイメージと合わない。

加えて今日出会った二人から、危なそうな印象も受けなかった。

それどころか自分そっくりの人物と、どこかほんわかのんびりとした雰囲気を醸し出す少女。

 

「(………もしかしなくても、この世界の董卓ってやっぱり女の子なのか?)」

 

むしろここまで来たらそちらの方が正しいとすら思える。

こうなってくると本格的に自分の持つ未来知識は当てにならないなあ、と黄昏てしまう。

いや主である孫堅に言うなと止められているので言うつもりもないのだが。

 

「向こうの理由は至極まともなモノだ。筋も通っている。だが、それ以外にも考えがあるのだろうよ」

 

「考え、ですか?」

 

程普の言葉に頷きで応え、周瑜へ視線を向けた。

 

「冥琳、董卓という人物について分かっている事は?」

 

「………元々小さな豪族の出で、時折朝廷での仕事にも携わっていた様です。ただ、そのほとんどが裏方で、表立った功績は今までありません」

 

「だろうさ。それに涼州と言えば馬騰だ。董卓という名前が馬騰を抑えて出てくる事はなかった。その一方で“飛将軍”やら“英雄”やらと武力は整っている。知略についてもこの戦の十五万という大敵を前に、“詰み一歩手前”と言い切るほどの手腕。ならばなぜこれだけの猛者を揃える董卓が今まで無名だった? そんな連中が中央で今まで通り生きていけるか? そんな董卓の将らが何もせずにあの蠱毒壺に踏み込むのか?」

 

孫堅の問いに一同押し黙る。

だが別に将達に答えてほしいから問うた訳ではない。

要はそこへの疑問に行きつけば、孫堅はそれでよかった。

 

「雪蓮。ここまで考えろとは言わん。だがオレの跡継ぎになるのであれば、官軍や中央の相手をする時はもう少し背景や踏み込んだ考えを抱ける様になっておけ」

 

「む………、単純に考えすぎってことは無いの?」

 

「考えすぎで済むのであれば構わんさ。─────さて、この初戦。官軍は我ら孫呉に花を持たせようとしている。何せ向こうがわざわざ御膳立て、しかもご丁寧に発破までかけてくれやがった」

 

上機嫌に笑っていた孫堅の雰囲気がゆらりと変わった。

笑っているのは変わりないが、その笑みは得物を見定めて笑う狩人の笑みだ。

 

「良いか、貴様ら!官軍が策を用意しているとはいえ、この戦いが孫呉の戦であることに違いはない!今の形勢を決定的にさせる、その初戦だ!敵前衛五万を徹底的に叩き潰す!連中に我らの強さ見せてやれっ!」

 

「「「応!」」」

 

「お、おう!」

 

孫堅の号令と共に将の全員が気合を入れ、それに倣う形で一刀も気合を入れた。

何せ一度目の戦では最終的に失神してその後数日体調を崩してしまっている。

次はそんな無様な姿を晒すまいと、震える足に力を入れた。

 

ただ─────

 

「(炎蓮さんの言った『連中』って………誰の事なんだろうな)」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

闇深い夜が、空の端から少しずつ色を取り戻していく。

 

明け方と言うだけあって少し肌寒くも感じる。

この時間ならまだ温かい布団の中でぬくぬくと包まって眠っている。

 

─────いつもと比べたら随分な早起き

 

香風はぼんやりと空を眺めていた。

 

今日もまた一日が始まる。

今日という一日は昨日とは違う。

きっと多くの血が流れるだろう。

 

殺したくて殺すわけではなく、倒すべき敵だからこそ倒す。

この戦いはまだ見ぬ漢の人々の安寧を守り、これまでに被害に遭ってきた者達への鎮魂の為でもある。

官軍とは、すなわちそれを大陸全土で為す存在。

故にこの漢で生きる力なき民、生ける全ての命は香風達に弱さを許さない。

 

「香風」

 

暁時の静寂を壊さない様な静かな声が聞こえた。

振り返ってみればいつもとは少しだけ様子の違う灯火が立っていた。

 

「………それも?」

 

腰にはいつも使っている刀とは別に二握りの剣が携えられている。

香風や恋のメインの武器とは違い、灯火の武器は力で叩き潰す得物ではない。

故に香風の武器よりも繊細であり、例えば刃に着いた血糊を拭きとらないまま放置していると、いずれ斬れなくなって鉄の棒如きにまで劣化する。

故にこういったある程度の乱戦が予想される戦では、予備武器というものを持参しておくのが灯火の常だ。

 

「ああ。念のため、だな。俺は香風や恋みたいに“氣”とやらは使えないから」

 

香風と恋の二人は “氣”を扱える。

 

扱いを熟せば武器に纏わせて武器そのものの硬度を上げることは勿論、矢に纏わせて特注の弓で放てば虎を地面へ縫わせることもできる。

“氣”そのものを放って攻撃に転化させることすらできる、そういう代物。

それを一片たりとも使えない灯火では、武器の耐久を“氣”で補う、という超常染みた手段は使えない。

つまり、例えば鉄球を武器として飛ばしてくる敵(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と相対したら、もれなく灯火は逃げ回るしかできない。

 

そして残念なことにその灯火の天敵とも言える人物が曹操軍に居る事は確認済みである。

 

─────“氣”って何だよ

 

そう哲学染みた討論を脳内で開催してしまうくらいに内心引き攣っていた。

あれを平気な顔で受け止めたり吹き飛ばしたりできるのが、この世界の武将である。

 

そりゃあ文官です、って言い張るのも当然だろうと灯火の中で完璧に帰結していた。

 

「─────大丈夫。お兄ちゃんはシャンが守るから」

 

「ははは………、頼りにしてる」

 

ふんす、と気合を入れる香風に苦笑しながら頭を撫でる。

ただ孫呉軍に加わる以上、ただ香風に守られているだけというのは格好がつかない。

幸い黄巾党内にそういう手合いの人物は確認できなかったという報告を受けている。

油断は禁物だが、そこまで悲観する必要もないだろうと結論を出した。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「うん」

 

 

闇深い夜に太陽が姿を見せる。

周囲が少しずつ明るくなっていくその明け方、暁時に孫呉軍は凄然とした表情で号令を待っていた。

 

そこに眠気に襲われる兵は一人も居ない。

それだけで孫呉軍が如何に訓練された兵士達であるかがよくわかる。

 

「孫策どの、よろしくお願いします」

 

「ああ、うん。よろしくね、徐晃ちゃん」

 

「(………でかい)」

 

一刀が現れた二人へ視線を向けて、そのままその視線が香風の持つ大斧へ固定された。

その光景だけで一気に様々な疑問が頭の中に噴出する。

 

その自分の身の丈くらいはありそうな大斧は重くないのか。

そもそもその武器を扱えるのか。

なんで雪蓮はその光景に何も言わずに平然と受け入れているのか。

筋力ありそうに見えないのにどうやって持っているのか。

 

が、そんな一刀の脳内疑問に答える殊勝な輩は居なかった。

 

孫呉軍へ加わる事になった二人は孫策と周瑜、そして一刀の居る隊へ編入される。

先陣は孫堅が務め、両脇に程普と黄蓋の両隊が布陣。

その三隊全てを戦局に応じてフォローするのが孫策・周瑜隊である。

 

総大将である孫堅自らが先陣を切るという行為には若干疑問を覚えるが、他所は他所のスタンスでとやかく言わない。

そもそも成り行きで恋の“単騎攻城”を行った此方側が指摘できる様なモノでもないのだから。

 

「莫殿は何故帽子を?」

 

「誤認を防ぐため。北郷君とは無関係な立場とは言え、傍から見て似たような顔が戦場に居ては咄嗟の時に困るでしょう? 戦場で髪色や瞳の色を見ろと言われても見れるものではないですから」

 

なあ? と同意を求める様に自分ですら似ていると思う一刀へ声をかける。

 

「え、っと。そ、そうですね」

 

不意を突かれたのか一瞬挙動不審になった一刀に、流石に昨日の今日では気軽過ぎたかと反省する。

そもそも所属こそ不明ではあるが存在の可能性を考えていた灯火と、まだまだ此方の世界に慣れていない一刀とでは精神的な余裕にも差があった。

 

「では改めて。お二人には我らと共に戦場へ。役割は先陣を切る孫堅、黄蓋、程普隊の援護。我らは損害を抑えつつ五万を殲滅する勢いでこの時機に仕掛けます」

 

「………孫堅どのが、先陣を切るの?」

 

「よねー? 徐晃ちゃんもそう思うわよね? 兵を鼓舞する為だとか言って、いっつも先陣切って敵に突っ込んでいくの!」

 

香風のささやかな疑問に大層大袈裟に反応する孫策。

やっぱり自分の意見は間違っていなかったと香風の手を握る傍らで、周瑜がお前もなと思っている事には気付かない。

 

「莫殿。今回の相手の中に其方の手の者はいないのか? 我らでは判別できないのだが」

 

「そちらについてはご心配なく。昨夜のうちに本隊の方へ移動するように伝えています。間違って同士討ちをすることもないでしょう。………ところで、随分と攻撃的な布陣ですけれど。孫呉はいつもこうなのですか? 周瑜殿」

 

「我らが主の命でもあります故。………それに、我らが賊軍に手傷を負う事はない(・・・・・・・・・・・・・・・)其方も同じである以上(・・・・・・・・・・)攻撃的な布陣になることもないでしょう(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「………なるほど」

 

周瑜と灯火のやりとりに耳を傾ける一刀。

どうしてかうすら寒い感覚が背中を駆け巡るが努めて無視することにした。

というか自分と似た顔でそんなことをされると恐れ多く感じてしまうので、やめて欲しいとちょっぴり祈る。

 

そんなやりとりに気付いていない孫策は香風に疑問になっていた事を尋ねる。

 

「そうそう。あの莫って人、文官って聞いたんだけど、ほんと?」

 

「うん、ほんとう」

 

「………こういっちゃあれだけど、戦えるの?」

 

孫呉軍には陸遜という人物がいる。

彼女は軍師で文官寄りの人間ではあるが、一応賊退治が出来る程度の武は持ち合わせている。

或いは彼もその類の人物なのだろうか、と少し期待する。

 

「うん、そこは大丈夫。時間があればシャンとかれ………呂布殿と一緒に鍛錬してるから」

 

「………“あの”呂奉先と?」

 

「うん。シャンもまだまだ教えてもらえる事いっぱい」

 

「─────へぇ」

 

香風の言葉に偽りはない。

ただ、その認識の重さが香風と孫策とで全くの同一かと問われれば否であった。

 

 

そんなやりとりが行われている遥か前方。

空が赤く滲み始めた頃に、業物“南海覇王”を握った孫堅が静かに佇んでいた。

 

余計な言葉は不要。

作戦は既に全軍へ通達済み。

右翼には黄蓋、左翼には程普、後方には孫策と周瑜という布陣。

 

後は号令一つで野を駆ける。

ならば、孫呉当主たる孫堅が発する言葉は一つのみ。

その視線は、限りなく獰猛で残忍だった。

 

 

「全軍、蹂躙せよ!!!」

 

『────ウォオオオオオオオオオオッ!!』

 

 

容赦なく躊躇なく断固と轟く孫堅の号令によって、二万対五万の戦の幕は切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




???「そちらにとっても、悪い話ではないと思いますが」


このネタが分かる人はフロム患者。
別にわからなくても問題無いです。


お気に入り、感想、評価、誤字報告ありがとうございます。

今後もゆるりと更新を続けてまいります。
というか、話のテンポ遅すぎ………?



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