莫名灯火   作:しラぬイ

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小説で戦闘描写は難しい。稚拙かもしれませんが伝われば嬉しい。

最近の映画や神作画と呼ばれるアニメの戦闘シーンは凄いと思う。

ところで実写ロボットCMを出すゲームの最新作はまだでしょうか。




始まります。



File№14

孫堅文台。

 

彼女はこの漢における紛うことなき武人である。

かつての太守を蹴落とし、廃退の一途を辿りつつあった呉をその腕っぷしで立て直した功績は、呉に住む人間からすれば記憶にもまだまだ新しい。

 

加えてその祖先は孫武とも言われ、血統としても他者を圧倒するに相応しい存在。

それに驕ることなく、だがそれすらも利用して己の力一つで揚州という地盤を築いたという事実が、単純なる“武”だけではなく統治者としても優れている事を示していた。

その後も勢力の拡大を続け、今では呉、淮南、盧江の三郡と丹陽郡の北部を統治下に置くその善政。

揚州において刺史の劉耀よりも勢力・影響力共に遥か上の存在となっている。

 

その一方で。

 

「うるぁあああっ!!!」

 

野獣の如き勢いで、眼前に居座る賊を蹴散らして突進していく。

その咆哮、その身のこなし、その眼光。

 

江東の狂虎。それが孫堅の二つ名であり、孫呉当主の実力でもある。

立ちはだかる敵を薙ぎ倒し、無人の荒野を疾走する。

 

「ハッハーッ! 押せ、押せ、押せぇっ!敵は崩れたっ!銅鑼を鳴らせっ、太鼓を叩けっ!!」

 

『ウォオオオオオオオオオオッ!!』

 

孫堅を打ち取ろうと武器を振り上げた時には袈裟から薙ぎへ二太刀。

瞬時に出来上がった振りあげたままの死体を側面から迫る賊へ蹴り飛ばし、逆側面の敵の首を一閃。

 

「オレに続けぇぇええっ!!」

 

倒れた敵など目もくれず、返り血すら気にも留めず、向かってくる敵を狩り飛ばしては敵陣へ突撃する。

意外にも手入れの行き届いている長髪が激しく揺らめくその姿は、孫堅の戦いの気質と相まってまるで炎を纏っているかのようにも見えた。

 

「殿に後れを取るでないっ、我らも進めぇっ!」

 

「左翼から敵を包み込めっ、一兵たりとも討ち漏らすなっ!」

 

孫呉の両翼と呼ばれる黄蓋と程普が号令と共に戦場を駆ける。

賊軍には望むべくもない統率によって動く程普隊。

素人では太刀打ちできないほどの弓術を持つ黄蓋隊。

どちら相手でも一矢報いることすらできず、相対した敵が戦場へと倒れていく。

 

「(す、すごい………相変わらず………)」

 

正に快進撃。

先陣を切る孫堅の活躍は、その立ち位置から必然的に兵達の視界に入ってくる。

それが兵達の士気を高めているのは、戦いの素人である一刀が見ても一目瞭然だった。

 

そして負けず劣らずにその側面をカバーに入る程普と黄蓋。

近づく敵は程普が処理し、距離がある敵には黄蓋隊が先制を仕掛ける。

そして狂虎と呼ばれる所以を存分に見せつける孫堅が敵陣形を瓦解させていくのを、後方から灯火は観察していた。

 

「(流石は江東の狂虎(バーサーカー)。そして孫呉の両翼。いいお手本だ(・・・・・・))」

 

総大将が先陣を切る事に対してではなく、戦いにおける役割分担や連携の話である。

戦場において個人の武が高ければ高いほど良いというのは当然であるが、他の者との連携が取れる事も戦況を有利に進める要因(ファクター)だ。

 

こと“武”において、今眼前で荒れ狂う狂虎よりも上の存在が灯火の身内に居る。

弓を持てば川の対岸の人食い虎を寸分違わずに地面へ縫い付け、鞘より放たれる剣は今や灯火を超える抜刀術。

方天画戟を振るえばそれを万事止められる者はいない。

 

正直に言うと一人だけレベルが違い過ぎて、灯火や香風といった“挑戦者”側の鍛錬はともかく。

恋自身の鍛錬になるかと言われると灯火は首を傾げざるを得ないのが現状である。

そんなこともあって、近々恋の為に柔道などの柔術を鍛錬に取り入れようと一人画策している。

そこに少しばかりの憧憬や興味、いつでも武器が手元にあるとは限らないといった理屈など、様々な思惑が内側にあったりする。

 

一方、あの“飛将軍”に対してナチュラルに鍛錬の指南(そんなこと)をする、という行為が周囲の兵からどう見られているのか。

そこに興味を持たず、ただ恋の護身能力向上を考える灯火に対する兵の評価の行きつく先はどっちだ。

 

 

閑話休題(それはともかく)

 

 

いくら個人の“武”の頂点にいたとしても、恋の体力は無尽蔵ではない。

どれだけ頑張っても恋という人物は一人しかいないし、身体も一つ。

どれだけ強くても周囲全てが敵で埋め尽くされては意味がない。

 

今自分達に必要なものは戦場における連携能力の向上。

そう自己分析した灯火が、“孫呉の両翼”の異名を持つ二人に興味を示すのはある種当然だった。

 

「(そして─────流石は北郷一刀(主人公)だよ。まったく………)」

 

もはやこの辺りの“知識”は朧気ではあるが、まだ彼はこの世界での戦に慣れていない。

だからこそ今もこうやって後方で見学に徹しているのだろう。

記憶間違いでなければこれで二度目の戦の筈で、それまでは戦はおろか目の前で人死すら見たことが無い生活を送っていたハズ。

 

思い返すのは初めて人を殺した時。

幼少期のことで、まだ恋の武も灯火より下だった時代に人を殺した。

 

 

『  ─────この人殺し─────  』

─────自衛のため、恋を守るためだ─────

『  ─────もっといい手はあったはずだ─────  』

─────こんな時代だ、珍しい事じゃない─────

 

 

そうやって自分を正当化させても不意に悪夢として見る事すらあった。

一時“知識”を持っている事を呪ったくらいには、自己嫌悪したこともあった。

 

初めての正当防衛(人殺し)は、今後も忘れる事は無いだろう。

 

後にも先にも、その時が一番精神的に不安定だった時期。

自分よりも僅かに幼い恋にその不安定な情緒をぶつけたくもなかったから、一人で何とか処理し続けた。

 

今でこそ感情の受け止め方を心得ている(時間が解決してくれた)からこうして戦場にも立てているが、後ろに控える彼はまだ二度目。

直接的に手を出したわけではない分マシなのかもしれないが、二度目にしてあそこまで気丈に振舞えるかと問われれば否定的な言葉が出てくる。

 

「官軍の使いっぱしりめ!よそ見なんかしやがって!」

 

「そんなに死にてぇのなら、てめェの首から殺ってやるよ!」

 

一瞬だけ視線を一刀の居る後方へ向けた際に武器を持った黄巾党が駆けてくる。

普通ならば戦場、しかも戦闘最中によそ見をするなど自殺行為も甚だしい。

それをするのは自殺志願者だけだろう。

 

「─────ふぅ」

 

小さく息を吐いた。

 

己が官軍の将だとバレていないのは良い報告だ。

相手が此方を格下と見縊ってくれる事はよい事だ。

こんなあからさまな隙(・・・・・・・)をご丁寧に叫びながら突いてくるなんてありがたい話だ。

 

感謝の言葉を脳内に並べるも、感謝の気持ちなど一寸たりとも存在しない。

 

向かってくる相手は二人。

この程度をどうにかできないまま、この時代を生き延びてきた訳ではない。

目を細め、僅かに刀を握る手に力を込めた灯火が手を出す。

 

その前に。

 

 

「──────────飛べ」

 

 

風切り音にしてはやけに巨大な音。

横合いから現れた発生源であるその大斧によって、黄巾の二名は跡形もなく吹き飛んだ。

 

刃部分ではなく面の部分を当てたのは単なる慈悲。

ただし頭文字に“無”が付くが。

 

とん、と軽い足取りですぐ隣に着地したのは香風。

灯火では運ぶだけで苦労するその大斧を肩に乗せて、敵を吹き飛ばした方角を眺めながら一言。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

傍から見れば先ほどの攻撃と今の雰囲気のあまりのアンマッチに思わず瞠目してしまうが、香風はこれが通常運行である。

一方の灯火は香風でも本気になればあれくらい人は飛ばせるんだなとしみじみ思う。

しかも面で。ミート打ちであそこまで人を飛ばせるなら立派なホーマーだ。

 

「ん。いや、ありがと。ナイスホームラン」

 

ホームランという言葉に首を傾げると薄く笑いながら頭を軽く撫でてくる。

そんな灯火の手を感じながら周囲を一瞥する。

 

いきなりの事で呆然としている敵は香風と視線が合う事で顔を強張らせる。

大よそ見た目と反して生まれた事実に整理が追い付いていないのだろう。

 

「………じゃあやろうか」

 

隣にいる香風にしか聞こえない様な静かな声で、鞘から銀色の刃を抜く。

如何なる時でも手入れを怠らないその刃は、それを見る香風の顔を反射して映し出した。

 

「─────うん」

 

刃へ落ちていた視線を上に戻し、灯火の横顔を見て─────伏せる様に前へ視線を戻した。

 

 

号令は“蹂躙”。

官軍の将二人が、その命令(オーダー)を実行する。

 

 

 

 

大斧を水平に構え、相手へ駆け足。

その巨躯に違わぬ重さであるはずだが、とても香風の姿からそう見て取る事はできない。

 

「っ!びびってんじゃねぇ!相手はたった二人だ、行くぞ!」

 

自分達へ駆けてくる香風と灯火に意識を戻した黄巾党が各自武器を構え同じように立ち向かう。

多少相手が強くとも数で押して押せば倒せる。今までの官軍だってそうだったのだから。

 

「─────」

 

普段の雰囲気は息をひそめ、眉を顰めて相手を睨み─────並走していた灯火を置き去りに、一気に相手へ疾走する。

 

香風の中で明確に意識が切り替わり、身体を一気にトップギアへ引き上げる。

十五メートル(五丈)はあろう距離をたった三歩で踏破し、その変速に瞠目した賊は間に合うことなく一振りで吹き飛ばされた。

その膂力は遠心力を生み、外側へ流されるほどの勢いに任せ、独楽のように回転して側面の敵を薙ぎ払う。

 

「三」

 

三人が地に伏すこの間に一息の呼吸すらありはしない。

着地し、体勢を整え、一気に敵の懐へ入り込み、斬り上げ、跳躍し、振り下ろす。

武器同士の衝突による金切声は一瞬で、かつての官軍から奪った武器は容易く粉砕され、勢いは死なず地面にクレーターを作る。

果敢に振り下ろされる相手の攻撃を右足半歩下がる事で回避し、“氣”を漲らせた拳で敵の脇腹を打ち抜き、追撃に大斧の刃(ギロチン)が落ちる。

 

「七」

 

ここまでで十秒未満。

一連の流れでどれだけの被害が出たか、それを正しく処理把握が追い付く敵はこの場にいない。

ただ分かるのはもはや完全に香風を子供と認識する輩はどこにもなく、相手は子供の姿をした化け物ということだけだ。

 

 

───早く終わらせよう

 

 

相手の顔が恐怖で埋め尽くされるよりもなお早く、武器ごと相手を両断する。

ここが戦場ではないなら脅すだけで済ませた。

 

けれど、もうこの場はそういう次元では無い。

容赦なく、当たり前の様に、命を刈り取っていく。

 

「こんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ!」

 

為すがままにされる賊達は悲鳴をあげる。

黄巾党にだって孫堅率いる孫呉軍の情報はあった。江東の狂虎、その娘に孫呉の両翼。

それ以外の主だった将はおらず、気を付けるべきはその四人だと聞いていた筈だった(・・・・・・・・・)

だが、では目の前の敵は一体何なのか。

 

 

そりゃあ伝えてないからな(・・・・・・・・・・・・)

 

 

それが最期に聞いた言葉だった。

 

一人の首が宙を舞うのに気付いた黄巾党が、細長い武器に付いた血を掃う灯火を見て驚いた。

既にその後ろに三人ほど物言わぬ死体が出来上がっていたのだから。

 

「こいつっ………」

 

その言葉は最後まで言われる事はなく、首目掛けて一閃されたことすら気付かぬまま絶命に至る。

 

香風の強さも見た目も派手な“武”や、恋の様な最強の“武”でもない。孫堅の様な荒々しいが兵達を鼓舞する“武”でもない。

それでもただ愚直に刀を振り続け、時には最強との鍛錬もこなし、継続を怠らなかった灯火の“武”は、決してそこいらの賊が至れる境地ではない。

 

─────戦場に事の善悪無し、ただ只管に斬るのみ

 

その瞳、その表情に大よそ感情らしいものは見当たらない。

かつては人を殺してその感覚に押し潰されもしたが、今においてそれで刃がブレることはない。

“氣”による補強など望めなくとも関係ない。あの場に香風一人にさせまいと、灯火も敵へ疾走する。

迎え撃つように振るわれた攻撃を半歩で回避し、隙だらけになった敵へ銀色の光が閃く。

 

一人。二人。三人。四人。

武器を手に取り襲い掛かってくる黄巾賊の攻撃はただ空を切るだけに終わり、舞う様な鮮やかさで殺していく。

 

香風の攻撃による風切り音が大きく低い音に対し、灯火の風切り音は小さく高い音。

 

腕を振り上げ、振り下ろす。斜に構え、振り払う。腕を引き、突き穿つ。

敵の攻撃に合わせて身体を傾け、最小の動きで攻撃を躱して最短距離で攻撃を刺し込む。

そこに小難しい動作など一切なく、激しい動作もない。

しかし一連の所作が賊の攻撃を止まって見せるほどの速度であり、香風同様ただの一度も身体は停止しない。

 

無駄は一切なく、すなわち攻撃に牽制など無い。

その一撃は確実に首を刎ねる、確実に致命傷を与える、そういう一撃。

常に命を奪いにいく。

 

「香風、右」

 

「うん」

 

最低限の会話だけを交わし、巨躯の大斧と日本刀擬きが戦場を奔る。

二人合わせると既に十倍以上の敵が物言わぬ屍となって、二人の軌跡を示していた。

 

 

 

 

「…………」

 

厳しい視線で戦場を見抜く周瑜。

戦況は悪くない。いや、賊軍にしては健闘していると、むしろ相手に称賛を送るくらいの余裕がある。

どっちにしろ、あと少しでもすれば相手は無様に潰走するだろう。

もはやそれは予測ではなく確定事項。

此方側にも目立った損害はなく、まさしく完全勝利と言える結果になると踏んでいた。

 

その上で。

 

「雪蓮。あの二人をどうみる」

 

隣に佇む孫策に声を掛けた。

生粋な武人ではない周瑜が見ても、あの二人の武が生半可のモノではないとわかった。

 

「強いわね。徐晃ちゃんのあの膂力なんて、母様が対抗できるかどうか。莫は文官と思って対峙したら一合で首を刎ねられる。そうでなくとも速さなら私よりも上かも。二人そろって詐欺よ、詐欺」

 

負けるつもりは無いけどね、と呆れる様な口調で軽口を叩く孫策。

けれど我が親友が聞きたい事はそれだけじゃないというのも分かっている。

 

「けどそれ以上に、あれだけ暴れておきながら二人とも常に冷静さを保ってるところが凄いわね。………私ならちょっと無理かな」

 

「ちょっとどころか私の言葉すら聞かんだろう、雪蓮は」

 

「むっ、ちゃんと聞いてるわよ」

 

「聞いていてなお無視しているということか? なるほど余計に質が悪い」

 

「ちょっと、辛辣すぎない?」

 

孫策が前線へ立つ孫堅を咎める様に、孫策が孫堅の立場になると孫策の立場に周瑜が立つことになる。

話が逸れたことを自覚した二人は改めて眼前の光景を見つめた。

 

「問題はあの二人が董卓軍の四隊における内の一隊の将、ということだ」

 

「………あと少なくとも三人はいる、ってこと?」

 

後ろで同じ光景を見ていた一刀が尋ねる。

 

「ああ。その内の一人は確実にあの二人よりも上のハズだ」

 

「その内の一人って………ああ、呂布か」

 

すぐさま思い出した。

何せまだ建業にいた頃に、評定で議題として取り上げられたくらいだ。

一刀の国でも呂布という存在は飛びぬけて武が強い存在としてゲームやら何やらで扱われている。

曹操、劉備と言った三國志のメインと並ぶほどには有名だ。

 

「(………目の前のあの二人でも、十分凄いのに)」

 

戦斧を軽々と振り回して相手を薙ぎ倒していく自分よりも幼く見える少女と、自分と瓜二つの姿をしながら日本刀の様な武器で相手を斬り伏せていく青年。

特に青年の方については一刀自身も剣道を嗜んでいたから、その強さは良くわかる。

戦場での剣と、どこまでいっても試合としての剣道でしかないものでは何もかもが違うだろう。

けれど、それでも。

 

迸る剣舞。

並んで振るわれる巨躯の大斧。

時には一人で、時には背中を預けて戦う“もう一人の自分”。

 

相手は自分達よりも遥かに多い。

止まればあっという間に囲まれて肉塊になるであろう黄巾の中、躊躇うことなく敵を斬り伏せていく姿。

 

その姿に一刀は目を離すことが出来なかった。

 

「あの二人で董卓軍の全てを推し量れるとは思っていないが、それでも遠からずの情報は精査できるはずだ。“武”では呂奉先を除くとしても、他の将の指標にはなるはずだ」

 

「まあ、程度くらいは測れるでしょうね。けど、冥琳。その言い方だとまるで董卓軍を“仮想敵”として見ている様にも見えるわよ?」

 

「否定はしないさ。それに炎蓮様も言われていただろう。中央の連中とやり取りをするときは、もう少し頭を使えとな」

 

孫策と周瑜が何かを言っていたが、今の一刀にそれを理解するほどの思考は残っていない。

ただ、いつの間にか足の震えだけは止まっていたのだった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

戦闘開始から終わりまで終始孫呉軍のペースだった。

 

開始直後は黄巾党の士気も高かったが、切り込み隊長である孫堅がそんな彼らを鎧袖一触。

結果出端を挫かれた黄巾党と、孫堅の作った勢いに乗る孫呉軍。

最後には敵が逃げ出して戦闘は終了した。

 

「お兄ちゃんに怪我が無くてよかった」

 

終始優勢であったとは言え、二万対五万。

それだけ倒すべき敵が多くなるということであり、それだけ戦の時間も長いということ。

戦闘終了直後は流石に頬を上気させ、僅かばかり肩で息をしていた香風。

 

「おー、怪我は一つもない。香風のおかげかな、ありがとう」

 

「うん。………はー、つーかーれーた~………」

 

ふにゃふにゃ言いながら寝台に腰かける灯火の内側に香風はすっぽりと収まり座る。

とても先ほどまで戦斧を振り回していた様には見えず、只々緩い雰囲気で灯火に背中を預けてくる。

そんな姿に薄く笑いながら、ふと髪が汗で濡れているのに気付いた灯火が手拭いで汗を拭きとる。

風呂場やシャワールームといった便利部屋などあればよかったが、生憎そんなモノはどこにもない。

 

「んっ、ふふっ………くすぐったいよぅ」

 

髪と顔、そこから首元へ。

首元に手拭いが触れた事でピクッと身体を震わせた。

 

「ん? なら、自分で拭く?」

 

「……………………シャン、一歩も動けなーい」

 

「………ほぅ」

 

戦が終わったあとの出来事。

 

『お兄ちゃん。シャン、戦がんばったからおんぶしてー』

 

そんな言葉をかけてきた香風。

断る理由はそこらにあった。共同作戦中だとか、大斧も持って帰るのはしんどいだとか。

けれどそれ以上に。

 

『ああ、いいよ』

 

いつもと変わらないその姿に、どこか安堵する己が居た。

 

『ん~………』

 

顔や頭をぐりぐりと押し付けてくるのを感じながら自陣へ戻れば、その光景に困惑する人は当然いる。

 

『えっ。なんで徐晃ちゃんが背負われてるの?』

 

『………どこか怪我を?』

 

孫策と周瑜が二人の状況を見て声をかけてきた。

気になったのか一刀も後ろから覗いてくる。

 

『んーん。戦で頑張ったから、お兄ちゃんにおんぶしてもらってる』

 

『……………………………………………………………………………………………ああ、なるほど』

 

戦で頑張ったから。

お兄ちゃんに。

おんぶしてもらう。

 

周瑜は一瞬前後の脈絡に疑問符を浮かべたが、戦終わりで時折発症する孫策のとある症例の対処相手にもなっている身なので何となく理解できた。

なお周瑜が想像したソレが正しいとは限らない。というよりそこまで思考が飛躍するのは凄い。流石は軍師。

あと一刀くんは単純に兄に甘える妹、と解釈していた。

 

孫策らに次の軍議は休息後にと伝えて、官軍の天幕へ戻ってきた二人。

 

 

そんな途中経過を経て今この状態に

 

 

 

 

 

─────少しだけ、火がついた。

 

「っ!にゃあ………!く、くすぐった────」

 

おおよそ灯火が知る限り人間の擽りポイントである箇所へ手ぬぐい攻撃を開始する。

ビクン、と一際大きな反応を示した香風が灯火の魔の手から逃れようとくねくねと身体を捩る。

だがその程度では逃げる事は適わない。

 

「ほらほら、動いてたら汗を拭きとれないぞ?」

 

恍けるように香風へ声を掛けながらある程度加減をしながら攻撃を継続する。

しかし勘違いしてはいけない。

これはあくまでも汗を拭きとる為の行動であり、決して擽る為にやっているわけではない(自己弁論)。

 

元々敏感な香風は痛いのは我慢できても、擽りの我慢はめっぽう弱い。

ぞわぞわとした感覚が神経を犯してきてその反応で身体を捩るせいで髪が振り乱れる。

 

「ひにゃっ………」

 

脇腹部分に手拭いが触れてびくんと跳ねた。

 

「んみゃっ………」

 

背中にあたった手拭いからぞわぞわとした感覚が伝わってくる。

天幕であるためか外に声を漏らさないように我慢しているらしい。

 

「はい、終わり」

 

要望通りある程度の汗を拭き終え、うー、と小さく唸る香風の頭の上にポンと掌を置いた。

そのまま背中から寝台へ倒れ、灯火も自身の休憩に入る。僅かばかりの達成感があるのは内緒だ。

………それをただ眺めているほど、香風も甘くはない。

 

「………じゃあ、次はシャンの番」

 

その言葉に反応するよりも早く、脇腹に香風の手が触れたのを感じて─────

 

「くっ!? く、は………っ。こ、こら香風………って、無駄に“氣”を使ってる………!?」

 

寝転がった上にマウントポジションを取る形で跨る香風から容赦ない擽り攻撃が飛来した。

咄嗟に身体を動かそうとして、しかし全く起き上がれない状況に驚愕する。

体重は重くないはずなのに、うんともすんとも言わない自分の身体。

そりゃあ香風の拳一撃で大の大人が沈むわけだと納得する一方で、香風の攻撃が続いている。

 

「むぅ………お兄ちゃん、まだ余裕そう」

 

「その分起き上がれなっ………く、いんだけど………っ!」

 

僅かに口角をひくつかせながらも、灯火は逆転の一手を打つ。

身体は動かなくとも腕は健在。

ならば攻撃目標は香風の脇腹。

 

「っっ! ひにゃぁっ………!」

 

「やられたらやり返す、倍返しだっ」

 

「く、ぅ………!シャンも、負けないっ………」

 

 

 

いや休憩しろよ。

 

ツッコミ不在の天幕内。

外に僅かばかり二人の笑い声が聞こえてきた、というのは天幕の守兵の言質である。

 

 

 

 

「はぁ………疲れた」

 

「………シャンも」

 

とうとう“氣”で押さえつける事ができなくなった香風がこてん、と灯火に重なるように倒れ、見事灯火は香風に勝利した。

最後の部分だけみれば武人として天才の域にいる香風に勝った文官ともとれるが、その内容があまりに下らないのはご愛嬌。

 

「ん~………」

 

何も考えず、ぐりぐりと頭を動かす。

そんなぐだぐだで下らないやりとりだからこそ、香風は嬉しかった。

今自分の下にいる人は、いつも通りに戻っているから(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

戦っている最中まで何かを言うつもりは無い。

けれどそれでも戦っている最中の灯火は、香風はあまり好かない。

 

気を抜けば香風ですら追い付けない攻撃を、寸分違わずに敵の急所へ振るう。

無駄な動きもなく、攻撃は武器が弾き出せる最短距離で敵へ到達し、絶命させていく。

大よそ攻撃の最適解を常に出し続け、敵を屠っていく。

 

そんな表情は、“(カラ)”。

 

感情を削ぎ落としたような。

それは、嫌だったから。

 

 

 

─────早く戦、無くならないかなぁ………

──────────それでお兄ちゃんと一緒に空を飛ぶ実験をして……

───────────────色んな所………行ってみたい、なぁ………

 

 

 

「香風」

 

その言葉にはっと瞼を開けた。

いつの間にか眠っていたらしい。

 

「そろそろ起きて。孫呉軍と軍議もあるから」

 

灯火の言葉は聞こえているが、イマイチ頭の中に入ってこない。

ボーっとしながら、作業を進める灯火の横顔を眺める。

 

「………ん? もしかしなくても寝ぼけているな」

 

寝つきがいいのは羨ましい、と苦笑して香風へ手を差し伸べた。

自分よりも大きい掌を見つめ、掌を重ねた。

そこから伝わる掌の温かさはいつも通りで、安心できる。

ぽかぽかと温かくなる。

 

「お兄ちゃん」

 

「うん?」

 

「おんぶして?」

 

「…………」

 

「………だめ?」

 

「…………いいよ」

 

溜息一つ吐くも嫌な雰囲気は見せず、苦笑しながら背中を向けてくれる。

自分よりも大きい背中にもたれ、温かさの中で瞳を閉じた。

 

 

 

今はただ、この温もりを感じて過ごしたい。

 

そう思う香風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




香風「(背中で寝ちゃった………)」

周瑜「(背負われて帰って行ったと思ったら、手を繋いでやってきた。徐晃殿の顔も少し赤く見える。これはやはり………)」

作者「(R-18は多分)ないです」



お気に入り、感想、評価、誤字報告ありがとうございます。


香風を抱きしめながら布団に包まって眠りたいだけの人生だった。
戦闘描写はなかなか難しい。

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