莫名灯火   作:しラぬイ

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悩んだあげく、二つに分けました。
遅くなったのはこのせい。
というより書いて見直しての繰り返しである。

後編は近日中に。



前編は恋とねねサイドのお話。


File№15(前編)

 

 

 

 

無窮の空間。

見渡す限りにあらゆるものが存在しない。

知っている事しか見ることは出来ないから、この場所には何も存在しない。

 

ただ言える事は、一つだけ。

 

喜びも悲しみも、苦しみも悪心もない、永遠に実らない無垢の楽土。

 

ここはそういう場所。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────そんな夢を見た。

 

 

「──────────」

 

枕を抱きながら丸まって眠っていた恋は、ゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。

 

特段代わり映えのしない天幕内の光景だが、そこに居るべき筈のねねの姿はない。

隅には丁寧にかつすぐにでも手に取れるようにと飾り付けられた三種の武器。

 

横に視線を向ければ数少ない恋の持参物である袋が置いてあり、中身は丁寧に布に包まれた木箱が一つ。

木箱の中身は既に空っぽで、綺麗に水洗いされた後のモノ。

 

『恋、ねね、これお弁当。日持ちはしないから、お腹が減った時に食べてくれ。………二人とも、無事で帰ってくるんだぞ』

 

それは洛陽出立時に手渡された灯火お手製のお弁当であった。

 

『……うん。ありがと』

 

『ふふん、だーれに言ってやがりますか。天下の恋殿にこのねねもいる状況、さらに我らの策があるこの状況で敗北するなどあり得ないのです!』

 

自信を持って胸を張るねねにそうだなと笑いながら頭を撫でる。

子ども扱いするな、と文句を言いつつもどこか喜色を含んだ声色。

そんな光景に恋も薄く笑みが零れた。

 

『恋』

 

ふわり、と体を抱きとめられる。

腕が恋の背中に回されて、その温かさが伝わってきた。

 

『……………』

 

恋もまた腕を灯火の背へ回した。

瞼を閉じて、十秒にも満たない間で、言葉はお互い一言もなかったけれど。

 

『ちゃんと帰ってこい』

 

『……うん』

 

顔を見合って二人笑顔で約束を交わし、恋とねねは洛陽を出立した。

 

活動をすればお腹が減るのは当然。

自身の為に作ってくれたお弁当を無駄にすることなどあり得ない、けれど今食べるとしばらくは灯火のごはんを食べれなくなる。

そんな葛藤が恋の中に生まれたが、同じ様にお弁当を受け取っていたねねの説得もあって美味しく頂くことに。

 

『………美味しい』

 

『です!』

 

二人してうまうま、と頬張りながら食べたそんなお弁当は─────

 

「…………………」

 

─────当然空っぽである。

 

お腹が減って思わず開けてしまうが食べた弁当が復活している事はない。

既に数回目のチャレンジも常識が覆る事はなく、少しばかり気落ちした恋は飾り付けていた方天画戟を手に取り天幕の外へと出た。

 

「! 呂将軍、どちらへ?」

 

「…………ごはん」

 

「それでしたら現在向こうで食事の準備を整えています」

 

天幕を守る守兵に頷きで返事をしてその場を後にする。

匂いを頼りに歩みを進める中で、周囲にいる兵達の様子を流し見る。

 

そこに見えるのは若干の違和感。

敵が攻めてきたというワケではないらしいが、少し落ち着きがない。

まるで何かを気にしながらとりあえず食事の準備を進めている、といった雰囲気。

 

ねねがいない事と何か関係があるのかとも思ったが、何か重大な事があれば自分にだって連絡はくる。

それがないのであれば、少なくとも今は自分が出る必要は無いのだろう。

 

「! 呂将軍が来たぞ!準備急がせろ!」

 

「おい、マジかよ夢なら覚め─────」

 

「言ってる場合か!量足りねぇぞ!もっともってこい!」

 

急に慌ただしくなったことに微かな疑問を抱きつつも近くにあった椅子に腰かけた。

念のために持ってきていた武器はすぐにでも手に持てるよう傍に置きながら食事が来るのを待つ。

 

流石呂布隊というだけあって、己の長が一体どれだけの大食らいであるかは理解している。

涼州に居た頃に満漢全席を一人で平らげた、という噂話は兵達にも流れてきているのだから。

そんな彼女と同居する“教官”こと莫殿は一体どうやって食事を用意しているのか、というのは兵達の間で噂される七不思議の一つである。

 

「呂将軍、お待たせいたしました」

 

ただの兵士であれば自分で列に並んで取りに行く。

だが、恋の場合は手ごろな場所に座ったところへ兵が食事を運んでくる。

何とも優遇されているが、恋の武がずば抜けているというのは呂布隊でなくても周知の事実。言ってみれば董卓軍の切り札。

誰も文句など言わないし、不満に思う事もない。それくらい当然だ、という兵士達の意識が自然と生まれるくらいに恋に対して敬意を払っている。

 

あとそうでもしないと恋が満足するまで食事が続くから、という理由もあったりする。

 

「おお、恋殿。此方に居ましたか!」

 

「………………」

 

もっきゅもっきゅ。もっきゅもっきゅ。もっきゅもっきゅ。

 

リスの様に口いっぱいに食べ物を含みながら無言でねねを見る。

食べながらしゃべってはいけません、という教育の賜物である。

 

「恋殿。少し話があるので食べ終わった後について来て欲しいのです」

 

「………………………ん。わかった。今じゃなくても、いい?」

 

「勿論なのです。恋殿の食事が優先ですぞ!」

 

食べ物を呑み込んだ恋が問うが、それはねねにとって至極当然の返事であった。

此方側でもある程度想定はしていたものの、この時間帯にやってくるほうが悪いと瞬時に結論を出す。

身内以外、何人たりとも恋の食事の邪魔をするものは許さない、と決意しているねねである。

 

「そう」

 

ねねがそういうなら別にいいだろう。そんな結論を出して目の前の食事を消化していく。

不味くはなく、量もあるので満足は出来る。

けれど。

 

「(………………灯火のごはん)」

 

お腹は満足してもどこか物足りなく感じる恋であった。

 

 

 

 

 

食事を終えた恋はねねに連れられ、普段軍議等で使用する天幕へと赴いていた。

恋も何かしらの軍事的な報告や今後の予定などでこの天幕にやっては来るが、逆に言えばそれ以外で来る事はない。

作戦の詳細ならねねから聞けば事足りるし、出席したところで何か発言をするわけでもなく、そこに灯火がいるわけでもない。

 

「………明日のことが、決まった?」

 

「はいなのです。それについては後程伝えるのですが、今向かっている理由はそれとは別件なのです」

 

別件、という言葉に首を傾げる。

恋が軍議用の天幕にいく理由など、そう多くない。

もしあるとすれば、それは─────

 

「…………ねね、中に誰がいる?」

 

外からでは天幕内は見えない。

だが確実に恋の知らない人物が内部にいることは感じ取れた。

ねねが普段と変わらないあたり、中にいる人物は少なくとも現時点で敵対者ではないというのは理解できる。

 

「流石は恋殿。今天幕の中には部外者が居るのです。どうも風鈴殿と旧知らしく、その者が義勇軍を率いて我らに合流したのです」

 

周囲がいつもと少し違う感覚の答えを得た。

それならば兵達がいつもと違いながらも、普段通りの振舞いをしていた事にも納得がいく。

 

「またその者達との話の内容が内容なだけに、恋殿の助力も必要かと思ったのです」

 

「…………ん。わかった」

 

ねねがそういうのであれば、自分が必要な場面があるのだろうと納得する。

恋の了承を得られたねねは目の前の天幕に入り、恋もその後に続いて入った。

 

「─────それで、白蓮ちゃんも………ん?」

 

「あら、おかえりなさい。少し時間がかかったわね、陳宮殿」

 

「呂布殿が食事をされていたのです。食事が終わるまで待つのは当然のこと」

 

中に居たのは盧植こと風鈴。

だが恋がぼんやりと見たのは四人の女性だった。

いずれも呂布隊や華雄隊、盧植隊にはいなかった人物。

 

「………! 此方の方が?」

 

「はいなのです。此方に御座すこの方こそが、“大陸最強”である“飛将軍”、呂奉先殿なのです」

 

ねねの紹介を聞いた見慣れない四人が反応を見せた。

へぇ、と言った感じの反応であったが、その内の一人だけは強い眼光を以て恋を見ていた。

顔色一つも変えず、恋はその既視感のある眼光を思い出す。

 

つまるところあの黒い長髪の人物は、霞や華雄が鍛錬で対峙した時に見せる雰囲気である、と。

 

 

 

 

黄巾党の最大の脅威点はその“流動性”にある。

何せ彼らは本拠地というモノを持たない。

必要とあらば城を占拠し、不要とあらば城を放棄する。

これは正規軍には到底出来ない荒業である。

 

また、一塊ではないというのも黄巾党が殲滅しきれない要因の一つであった。

いつの間にか領地内に黄巾党が入り込んで蜂起した、という事例も多数存在する。

孫堅がいる揚州ですらその様な事があったくらいなのだから、治安が良くない他の場所ではその頻度は推し量るべし。

 

だからこそ、義勇軍というのは有効な手立てであった。

何せ各地至る所で賊が蜂起する現状、正規軍だけでカバーしきるには無理がある。

治安が元々良くない地域なら尚更だった。

 

それこそ飛行機や自動車と言った高速移動手段や大量輸送できる手段があればまた状況は変わったのだろうが、無いモノねだりしてもしょうがない。

そんな痒い所に手が届かない状況に活躍する義勇軍という存在は、地方軍閥だけでなく官軍にとっても純粋に便利な存在だった。

 

だが、その状況も一変する。

規模の大小の差はあれど、各地に点在していた筈の黄巾党。

それが姿を消し、見られるのは規模が今までよりも数倍大きい集団ばかり。

徐々に義勇軍単体では対処に困る場面も増えつつあった現状。

 

その原因を、伏竜鳳雛の二人が気付かない筈もなかった。

 

 

「「─────黄巾党の規模が大きくなればいい(・・・・・・・・・・・・・・・)」」

 

 

兵法の基本である、『相手よりも兵力を多く用意する』という内容に真っ向から喧嘩を売る内容であった。

それを一番初めに劉備達に説明した時、三人とも納得がいかない不思議な表情を見せたのは二人の記憶に新しい。

 

「だからこそ、黄巾党相手にはただの勝利ではなく“圧倒的な勝利”が必要だった。今まで官軍相手に勝利してきた黄巾党の危機感を煽る為に」

 

“大陸最強”呂奉先による単騎攻城戦。冀州黄巾党完全壊滅。

 

「そしてその“圧倒的な勝利”という情報を確実に相手側へ伝える必要があり、それが嘘ではなく事実である、という認識を持たせる必要もあった………」

 

内部工作員の潜入。情報統制。

 

一つ一つ、自分達が今まで得てきた情報を元に官軍の戦略を読み解き、その答えを言葉に出していく。

流石にこの場において、この少女達の言葉に口を挟む者はいない。

 

「“官軍を打倒する為に民が蜂起した”という、黄巾党本来の蜂起理由を逆手に取った思考誘導。個々に活動していた黄巾党は来るであろう官軍との戦いに備えるべく、それぞれが合流して人が増え、武器を調達し、糧食を蓄え始めた。………それは自重によって足が重くなり、黄巾党が本来持っていた“流動性”が失われる事を意味します。─────この時点で官軍の目的は達成されることになり、かつ黄巾党はそれに疑問を一切抱かない。兵法としても兵力を集めるという行為は正しいのだから当然です………」

 

「“流動性”が失われた代わり、兵力差は数倍に膨れ上がりました。それを相手する官軍からすれば十分な脅威になったとも言えます。これだけの規模となれば正面突破は不可能でしょうし、外部から何かしらの策を用いようともその巨大さ故に半端な策では通じず。忍び込もうにも数が増えた分外部の見張りも増えて、内部への侵入は困難を極めます」

 

もっとも、と諸葛亮は言葉を続ける。

 

「それは“今から”仕掛ける場合の話です。既に黄巾党内に手の者が潜んでいるこの状況。官軍に対抗するべく集まりこそしたけれど、軍の様に十全な統制が取れている訳ではない黄巾党。その相手に外部から危険を冒して策を弄する必要もありません」

 

相手よりも兵を集めるのは、なるほど兵法の基本だろう。

だがそれは集めた兵を十全に扱えて初めて有用となる行為だ。

真に恐ろしいのは有能な敵ではなく無能な味方である、というのはどの時代・どの世界も同じである。

 

「ならば取れる策は数あれど、もっとも有効なのは………火計。陣を固めた大軍勢相手には非常に有効な策です………」

 

鳳統がとんがり帽子を深くかぶりなおす。

 

天候にも左右されるし、風向きを見誤れば諸刃の剣にもなる策略。

だが、これは外側から火計を行う訳ではないため、自分達の任意のタイミング、任意の場所で実行に移すことが出来る。

 

火や煙によって死ぬ者は多くは無いだろうが、確実に備蓄していた糧食は火に焼かれるだろう。

加えてこれだけ見張りを立てて、なお気取られる事無く内部が焼かれたとあっては混乱に陥ることは想像に難くない。

火への潜在的な恐怖心も相まって統率は完全に取れなくなり、もはや収拾はつかなくなる。

 

天幕内。

下座に座る諸葛亮と鳳統。その隣で静かに話を聞いていた劉備と関羽。

張飛は自陣にて防衛のため待機中である。

 

「…………」

 

腕を組んで瞼を閉じて思案するねねと、劉備の教師役である風鈴、そして話にも出てきた“大陸最強”である恋。

華雄は陣の防衛の為にこの話し合いには参加していない。

 

「………流石は伏竜と鳳雛と呼ばれる才女ね。現状における情報だけで、そこまで看破するなんて」

 

風鈴が感嘆の声をあげる。

相手は義勇軍であり、正規軍のように情報を簡単に手に入れられる様な立場ではない。

にも関わらずトップシークレットに近い作戦内容をズバリと言い当ててきた。

 

「─────なるほど、想定通りだったのです(・・・・・・・・・・)

 

しかし、肝心のねねはそう大した驚きを伴っていなかった。

 

場の空気がピリリ、と変わる。

戦場における空気とはまた違った、どこか緊張感を伴う場の空気。

 

「諸葛亮殿と鳳統殿の“知”については理解したのです。………で、それを伝えて其方側は何をしたいのです?」

 

「………一緒に戦わせてください(・・・・・・・・・・・)

 

それまで静かに事の成り行きを見ていた劉備。

ぽつり、とそう漏らした静かな語調とは裏腹に、その眼差しは何かしらの決意の色が宿っていた。

 

「今まで私達は義勇軍みんなの力で、敵をやっつけてきました。苦しいこともあったけど、それで助けられた人も大勢いました。………けど、今の状況は私達の力だけじゃこの乱を鎮める事は出来ない。私達は義勇軍だからどうしてもやれることに限界はあるし、その中でやれることをやってきたつもりです。でも、それだけじゃいつまでもこの乱は収まらない。今は一刻も早くこの乱を鎮める事が大事だと思うんです」

 

「………だから“共闘”をしたい、と?」

 

「はい」

 

彼女が率いる義勇軍。

今迄の活動実績を聞く限り、全くの無能というワケでも無い。

七千の自軍に対して一万の黄巾党を相手に勝利できるだけの“知”も“武”もあるというのは聞いた話。

少なくとも“知”については問題ないだろう。

目の前の劉備についても、自分の力を過信し驕って敗走する様な者でも無し。

 

思考する。

劉備という存在は、北の公孫賛からの報告然り、青洲刺史からの報告然りで情報は得ていた。

そこに“諸葛亮”の名は無かったが、果たしてどこで知ったのか。

ひどく曖昧ながらも、ねねが最も信を置く男性である灯火からその存在は既に知らされていた。

 

つまるところ初めからねねにとって、この接触は全くの想定外ではなかった、という事だ。

年齢的に大差ないであろう軍師が、もしかしたら自分よりも上の能力を有しているかもしれない、というのを彼の口から聞いた時は少々不機嫌になったが。

 

「あ、あと糧食もちょこっとだけ分けていただけたらなぁ………って。勿論、食べた分の働きはしてみせるので!」

 

「………分かり易い裏であれば、此方としても無駄に考えなくて済むのです」

 

あはははは………と苦笑する劉備。

 

まあそれでも。

大した“武”を持ってもいないくせに、高慢な中央の連中と比べれば全然マシである。

 

「仮に“共闘”するとして、其方は何を考えているのです?」

 

「………火計を成功させるには種火の用意、放火場所の確保、そしてそれを行う人物の安全確保が必要となります。あれだけの規模となれば、全く人目に付かずに事を為すのは難しいでしょう。多少ならば強引に推し進めて後は闇夜に紛れて逃げればいいですが、それも周囲が逃げられる状態である必要があります」

 

「必要なのは陽動。相手が全力を出さず、しかし一定の戦力を充てる程度の陽動でなければならない。陣内に兵が少なくなりすぎては相手全体に与える恐怖心は薄くなり、多すぎれば失敗するか成功しても火を総出で消され、かつそれを行った兵も脱出できない。………ですが、我ら義勇軍ならば」

 

可能です、と言い切ってみせた軍師二人。

 

ここで“もし相手が全力を投入してきたらどうする”という無意味な問いは投げかけない。

青洲黄巾党の内部に入り込んだ者からの情報は、楽観的な会話が聞こえてくるという報告があったからだ。

そういう所が所詮は烏合の衆である黄巾党の限界でもあるのだが、それを指摘する必要もない。

 

問題はそれを相手は知らないにも拘らず、そう言い切るだけの胆力があるということだ。

まあ恐らく全力で掛かってくる事はないと分かっているからなのだろうが、それを元手に強気な発言は中々出来るモノではない。

よほど自分達の“知”に自信があるのだろう。

 

此方としてのメリットも無い訳ではない。

陽動要員をそのまま本命や後詰めと言ったところへ配置できるし、単純に数が増えれば包囲もしやすくなる。

そして何より“義勇軍”という存在は相手の思考を誘導させるいい旗印(・・・・・・・・・・・・・・・)にもなる。

 

例えば義勇軍と官軍で包囲殲滅を行った時、包囲された黄巾党がどこへ向かうか。

それに気付かない目の前の二人でもあるまい。

 

つくづく計算されていると考えるねね。

彼女だって詠の後塵を拝してはいるが立派な軍師だ。

 

なんか最近文官なのに軍師みたいな役割をしている知人の男性に、ちょっとばかり言葉にし難い感情に襲われてポカポカと腹部を叩いた事はあったけど。

 

つまり今の言葉は、義勇軍は吸収しないで欲しい、ということなのだろう。

“共闘”とはつまり、そういう事だ。

ねねだから気付けた様なものを………と思うのは己惚れでも何でもない。

 

瞬時に義勇軍を加えた際の戦術を構築していく。

難易度は少々上がるが、上手くいけば単純な包囲殲滅よりも安全で、より容易に敵を撃破出来る。

そうなった場合の問題はただ一つ。

 

「我らの“餌役”を買って出るというのであればその心意気は買いますが、お帰り願うのです。呂布殿に汚名を着せる様な義勇軍であれば、いない方がマシというモノ。そうではなく“共闘”を所望と言うのであれば………」

 

自信満々に、不敵に笑う。

そこにあるのは絶対的な信頼。

 

 

「先ずはその“武”を見せてみやがれです。─────其方の名だたる“武”の持ち主、その全員で」

 

 

 

それは、香風と灯火が黄巾党と戦う数日前の事だった。

 

 

◆◆◆

 

 

場所は戻り豫洲某所。

 

日が傾き、既に周囲は夕暮れ時。

明朝より仕掛けた戦は孫呉の完勝という形で決着がつき、その事実は黄巾党側にも伝わっていた。

 

「気楽な旅芸人だったのが、あの書のせいでいつの間にかこんなことに………」

 

「ええっ、お姉ちゃんの所為にする気!? ちーちゃんだって乗り気だったし、参考にしようって言ったのはれんほーちゃんだしっ!」

 

黄巾党本隊の中でも最も堅牢な布陣が引かれている天幕内に、張三姉妹は言い合っていた。

冀州の官軍襲撃から逃げ延びてここまでやってきたのは良かったが、今ではさほど変わらない状況に陥っている。

 

「いったい誰と誰が戦ってるの?」

 

「ここにいる黄巾党と………孫………なんとかと………官軍」

 

「その官軍って、あの時の官軍?」

 

「分かんないよ。外に出ようにもあの将軍達が出してくれないし………」

 

「黄巾党の将軍にいいように利用されているからね。あの人たちは私たちの歌を使って兵士を集めて、漢王朝に乱を起こしたいだけなんだから。そんな私たちをみすみす自由の身にはしないでしょ」

 

三人寄れば文殊の知恵、という言葉があるが、今この現状を打破する知恵は思い浮かばない。

いくら元々気楽な旅芸人だったとはいえ、今の状況が如何に良くないかというのは理解している。

 

「どーしてそう落ち着いていられるのよ!相手は“あの”官軍でしょ!? ちょっと考えれば勝てるワケないって、分かるじゃない!逃げるが勝ちよ!」

 

次女である張宝が頬を膨らませながら文句を零す。

三人は冀州に居た頃に官軍の襲撃に遭っている。

幸い此方に気付いた様子はなかったため無事にここまで逃げる事が出来たのはよかったが、その時の光景は三人に小さくないトラウマを残していた。

 

「逃げるって言ったって、どこに?」

 

「うっ………く。それは、ちー達のことを知らないところに………」

 

張梁の問いかけに語尾が弱弱しくなっていく。

そもそもこの豫洲に来たのだって冀州の襲撃から逃れての事である。

西へ赴く事は官軍の膝元に近づく行為のため論外。

北は烏丸の襲撃とそれを防衛するための公孫賛が云々という事を聞き及んだ事があったので却下。

となればもう東か南しかなく、その内の南を選択した三姉妹。

 

東に行っていたらもれなくトラウマ()との再会だったよ。

 

道中通過した苑州も警備がかなり厳しく、彼女達が無事に抜ける事が出来たのだって運がよかっただけに過ぎない。

 

ようやく一息落ち着けたと思えばそこに噂となって耳に入ってくる官軍による各地黄巾党討伐の情報。

まるで自分達の首が少しずつ絞められてきている様な錯覚にも陥っていた。

 

「うう………これからどうしよう」

 

今いる陣営は三人の目から見て、到底勝てる気がしない泥船。

そして所謂軟禁状態なため、その泥船から逃げる事もできない。

どこまで行っても三人は“武”なんてもの無縁な少女であるため、武器を持った敵一人にだって勝つこともできやしない。

 

「ちー達………死んじゃうのかな」

 

「やだー!お姉ちゃん死にたくなーい!」

 

「…………」

 

どれだけ叫んだって状況は変わらない。

それを分かっているからこそ張梁はただどうするべきかをずっと考え続けている。

けれど、彼女は軍師ではない。武芸者でもなく、戦場のノウハウを持っている訳でもない。

 

結局、その場しのぎにどうにか逃げ切る方法を見つけ出そうとするのが精いっぱい。

三人の内側に悲壮感だけがゆっくりと広がっていくだけで、具体的な解決方法は見つからない。

 

だがそれは何も三人に限った話ではなく、黄巾党本隊に属する兵士達の士気も同様に下がりつつあった。

意図的な情報統制と情報の流布、それを利用した内部での離間の計。

黄巾を脱ぎ捨て、闇夜に紛れて抜け出して農民へ戻っていく者達。

 

あくまでも自然に、あくまでも秘密裏に、それでいて確実にダメージを与える様に誘導するさまはまるで毒の様。

内部工作が順調に進んでいる証拠であった。

 

そういう意味では黄巾党内部でも特別な役割を担ってしまっている三姉妹は、どれだけ不安に駆られても抜け出す事は叶わない。

或いは正式な軍であれば何かしらの手を打ち、現状を打破する為に知恵を絞って有効な一手を弾き出す者も居たかもしれない。

 

だが─────

 

「失礼します、大賢良師さま」

 

「………何?」

 

「はっ。実は大賢良師さまのお力をお借りしたく思いまして─────」

 

─────この組織における彼女達の役割こそが黄巾党が取れる最善手だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、お気に入り、評価、誤字報告ありがとうございます。

気付く人は少ないだろう小ネタを少しだけ挟んでいくスタイル。
気付かなければノーカウント。別に問題ありませぬ。



家の都合上抱き枕を手に入れる事は叶わない。
なので恋と香風の抱き枕写真で満足しています。


絶対(この衣装を)いつか話に登場させてやるという意気込みを込めて後編へ。

※察しの良い人なら分かると思いますが、もし検索をかけるなら自分の周囲に人がいない事を確認してから実行しましょう



~次回予告~
なんか日常系書きたい衝動が凄まじくて執筆が思うように進まずに燃え尽きちゃう!
ここで止まったら香風との約束はどうなるの?
ガンバレ筆者、あと1~2話分で日常系に戻るから!

次回、「    」。デュエルスタンバイ!







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