(2)
街中を歩く。
閑静な住宅が並ぶ地区から店が立ち並ぶ商業地区へ。
それだけで周囲には人々の声が溢れ、賑わいある大通りに辿り着く。
「………………」
灯火の手を握りながら香風は街並みをぼんやりと眺め見る。
道幅は洛陽ほどの大通りではないにしろ、活気という点では恐らく洛陽よりも上だ。
その実情はどちらかと言えば洛陽に在るべき活気が萎んでいるせいでもあったりするが、今は置いておこう。
そして無論、その対比評価は比較対象が落ちぶれている事だけが原因ではない。
葡萄美酒という今まで漢の民が知らなかった様なワインなどの飲食品。
明かりに通せば緑色や青色に光る夜光杯といった小道具の数々。
服の素材として使える生地、冬場厳しい冷え込みになる涼州において必須の分厚い毛皮、などなど。
灯火が始めた西域との商談は鶸に引き継がれ、今やこうして西域の品々が仕入先の店に並んでいるのだ。
ここよりも更に西ではもっと種類豊富な品が店頭を飾っている事だろう。
涼州は土地柄決して肥沃な土地ではなく、自前で用意できるモノは平野部と比べれば少ない。
だからこそこの地に住み着いた先祖たちが工夫を熟し農業を始め、都に降りてはモノを得て帰ってくる。
その延長線上がこの街で、今や東西を結ぶ流通拠点の一つとなっている。
都と比べればまだ規模は小さいかもしれない。
だが人が行き交えばモノもそこを通り、店ができ、人が集まる。
涼州を依然として“田舎”と呼ぶ都の役人達に目の前の光景を見せて、彼らは果たして同じことを言えるだろうか。
そして本人は欠片も主張しようともしないけれど、この光景を作り出す一端を担った人が今こうして手を握っている人なのだ。
それを少しだけ、誇らしく感じていた。
「?」
香風とは灯火を挟んで反対側、恋はこの周囲のざわつきに首を傾げる。
自分達の方を見ては小声で何やら話している人たち。
その話の内容までは流石に聞こえない。
「恋殿、どうしたのです?」
「………何でもない」
何を話しているかは分からないが、少なくとも“嫌な感じ”はしない。
であれば気にする必要もない。
そう完結させて灯火の腕を組んだ。
昨日よりも、今日。
目覚めてからずっと心が弾んで、触れ合っていると体が熱くなる。
それは決して不快なものじゃなく、むしろとても心地がいい。
ゆっくりと進む時間。
同じ道を昨日も歩いたはずなのに、今日の方が輝いてみえる。
そんな心を表現するように更に近く、歩くのを邪魔しないぎりぎりまで寄り添って歩いて行く。
それが周囲に砂糖を振りまいているということには気付かない恋である。
急がず、騒がず、ゆったりと歩みを進める。
「これから香風の服を見る訳だけど、せっかくだし恋とねねも何か服を買うか?」
目的地はこの街で一番大きい服屋。
ただ大きいだけではなく中身も大変充実しており、子供服から大人用、紳士服から婦人服、チャイナ服からコスプレまで何でもござれというカオスっぷり。
かくいう三人のコスプレ衣装を購入したのもこの服屋であり、服の種類・質という点において他店の追随は許さないだろう。
“阿蘇阿蘇”を執筆している著者がこの服屋を訪れた、なんて噂があったりするあたり、いずれこの服屋がファッションの流行りの起点となる日は近い。
「………服なら、前に買ったのがある」
「前のかぁ」
恋の言葉に苦笑するしかなかった。
店で購入した服、つまりはバニーガール衣装。
流石にあれを着て外出するのは許可しないし、したくない。
そこには確かにちょっとした独占欲なんてものも含まれていたりする。
「恋殿、“アレ”を普段着として数えるのはやめた方がいいのです」
家に住む人物の中で恐らく一番お洒落に近いであろうねねと同意見だ。
ねねも恋があの衣装を着て外に出ようとすれば灯火を大急ぎで呼んで考え直すよう共に説得することだろう。
「………」
灯火とねね、二人からそう言われてしまうと恋としても反論する余地は無く、視線を横に逸らして考える。
服を買いに出かける、と言えば二つ返事でついてきた二人。
こうしてどこかに買い物に出かけると言えば特別何かが無い限りは一緒に出掛ける。
それが例え興味のない服屋であったとしても、である。
「………どんな服がいい?」
おや? と思った。
いつもであれば特に要らないだとか間に合っているだとか興味ないだとか、まあ要するに否定的な言葉が出てくるのがほとんど。
こうして前向きな言葉が出てくる事に素直に驚いた。
「どんな服、か。さて、恋なら何を着ても似合うからなぁ。一番いいのは恋が着たいと思う服だけど………」
「あ、灯火じゃないか」
角を曲がった先で聞きなれた声が耳に届く。
恋に向けていた視線を前に戻すと、特徴的なポニーテール三姉妹とその従姉妹が居た。
「翠か、それに三人も。どうしたんだ、こんな早くに。この街に用事か?」
「おいおい、それはないだろ。こうして灯火が誘ってくれたから朝早くにやってきたってのに」
「む………。ということは協力してくれる、ということか?」
灯火の問いかけに翠の隣に居た鶸と蒲公英が頷く。
「はい。昨日灯火さんから伺った内容をそのまま姉さんや母様に伝えたところ、母様が快諾してくれました」
「まあ仕方がないよね。“人が空を飛ぶ”なんて前代未聞の実験、喰いつかない筈が無いんだから。なんなら母様が一番来たがってたし」
「? 馬騰殿は来られていないのですか?」
「母様は部族集会だよ~。昨日で決まり切らなかった残りの分の話し合い。母様の分までしっかり見届けてこいって言われたの」
ねねの質問に蒼が答える。
馬騰の軍は董卓軍とは違い、涼州の西側に拠点を持っている個々の集団の集まりであり、馬騰はその代表の立ち位置。
定期的に集会を開き互いの状況や今後の方針を話し合って決めている。
その代表が会議をほっぽりだす訳にもいかないため、ここにはやってきていない。
口元に手を当てて熟慮する。
昨日誘ったわけではあるが、あまりに急な話でもあったため来れない事を前提に今日のスケジュールを立てていた。
が、こうしてやって来てくれたのであればもう少し踏み込んだ実験が出来る。
「ありがとう、四人とも。対価は給金でいいか?」
「え? 給金が出るのか?」
灯火の言葉に驚く四人。
そんな様子に逆に驚いて溜息が出る灯火。
「………いや、当然だろ。急な話な上に仮にも馬家当主の娘三人とその従姉妹。ただ働きさせるつもりはないぞ? それとも給金以外のモノを所望か?」
董卓軍で言えば華雄や霞といった将に護衛や周囲の安全確保、実験の手伝いを頼むようなもの。
彼女らは董卓軍の身内ということで気軽に協力してくれたが、目の前の四人は馬家であり董卓軍ではない外部の人間。
いくら交流があって親しいとはいえ、無償のボランティアの様に顎先で起用する気はない。
「給金以外って………何があるんだ?」
「給金以外だと………そうだな、食事を提供とかになるか。一応現物支給も出来るけど、それをするくらいなら素直に給金を受け取って店で買った方が手間も無いだろ」
灯火らが涼州に居たのであれば一日ほど馬騰の下へ出向し、仕事の手伝いなども案に上がったかもしれない。
だが今は洛陽に務める身のためそこまでの時間的余裕は無い。
「食事ってどこかで食べるってことですか?」
「それでもいいし、俺が手料理を振舞うということも出来る。自慢ではないけど恋が満足するだけの腕は持ってるつもりだ。鶸が嫌じゃなければ、だけどな」
「………灯火のご飯は美味しい」
「恋殿、涎が垂れておりますぞ」
「朝ごはん、さっき食べたばっかり」
「…………。………垂れてない」
「………だってさ、お姉様。どうする? たんぽぽはどっちでもいいよ。正直給金とかより純粋に空を飛ぶところを見たいと思ったから来たわけだし」
三人のやりとりにクスリと笑い、決定権を持つ翠へ尋ねる。
こういう時の最終判断は長女である翠の役割だ。
「蒼も。あ、でも個人的には手作り料理っていうのは興味あるかな~」
「………私はどちらでも構いません。姉さんの決定に従います」
「とか言っちゃって、実は灯火さんの手料理に興味あるんでしょ~。鶸ちゃんも料理得意だもんね~」
「蒼っ!」
「お前らな………。………灯火、あたしらは別に給金がもらえるから来た訳じゃない。どっちかと言えば見物ついでに警備をする、ってくらいの感じだ。勿論、警備を疎かにするつもりはないけど、その対価として“人が空を飛ぶ”っていう偉業を見れると思ってる。それに加えて給金なんて貰ったら何もしないでお金を得たのと同じになっちまう」
だから対価としての給金はいらない、と。
そうきっぱり断りを入れた。
そんな翠の言葉になるほどと納得するのと同時、少しばかり感動も覚えた。
「………ってどうした?」
「いや、翠のそういう正直で真っ直ぐなところは正直好感が持てるなって」
「は!? な、何言ってんだよ!」
顔を赤らめ声を上げる翠に落ち着く様に掌を向ける。
「いや、お世辞じゃないぞ? 少なくとも長安やら洛陽やらですり寄ってくる連中は、普通に対価として給金を持っていくからな。それが、俺が言った通り“労働に対する対価”という至極真っ当な理由なら別に目くじらも立てないけど、
そんな連中と過去も今もやり合いながら政務に励んでいるのだ。
角を立てない様に断って、溜息を吐き出す都の日々と比べれば、翠の言葉は実に気持ちがよく好感が持てた。
「………なんていうか、大変なんだな。都の方も」
「察してくれたなら嬉しい。………ま、翠の話は分かった。けど、それで“わかりました”と言う訳にもいかない。翠らがどう思っていようとも体外的に見た場合、俺が“依頼者”で翠らが“請負人”である事には変わりないし、“友人”としても“手伝ってくれる人”へのお礼はしたいからな。金銭は重すぎる………っていうなら、せめて感謝の気持ちを込めて手料理を振舞うから、それで手を打ってくれないか? 蒼も手料理に興味があるって言ってたし」
「やった! ね、こう言ってるしいいよね?」
「はぁ………まあ灯火がそれでいいって言うならあたしらはそれでいいさ」
「ん。ならこれで契約成立だ。今日一日はよろしく頼む、四人とも」
互いの代表である翠と灯火が握手を交わす。
一抹の不安要素であった現場の安全性確保はこれでクリアしたも同然だ。
「それで、四人揃ってどこに行こうとしてたの? もしかして早速出発?」
「ああ、いや。今日の実験で着る服を買おうと思って」
「………お兄ちゃんから話を聞いて持ってる服を探したけど、条件に合う服がなかった」
「正確に言えばある事にはあるけど、外で運動する向けの服じゃないってところかな。で、今からあの店に行く」
「なるほど、確かにあの服屋は色んな服を売ってますもんね。揃えるにはぴったりです」
指さされた店を見て納得する鶸。
灯火から引き継いだ西域との交易という役割も担っているため、馬家四人の中ではこの街に一番詳しい。
「ふ~ん………。………そうだ、お姉様もせっかくだし何か一着見繕おうよ!」
「は!? なんでだよ!」
「だって灯火さん達今からあの服屋に行くんでしょ? それまでどうするの?」
「どうするって、別にどうもしなくていいだろ。普通に待ってれば………」
「ダメダメ、時間は有効活用しないと!ただでさえお姉様ってばお洒落に興味持ってないんだから。こういう時にこそ一緒に行くべきだよ!今なら灯火さんの意見も貰えるわけだし!」
「えっ………」
蒲公英の言葉から予想外の名前が出てきて軽く驚く当人。
今の言葉が聞き間違えでないのであれば、灯火が翠の私服の批評をすることになるらしい。
「なんで灯火なんだよ………って、違う。いや今のは別に灯火に見て貰うのが嫌だって意味じゃないぞ!?」
「あ、ああ………それは話の流れから分かるから」
「大体服なんて、今あるのだけで十分なんだよ。どうせ可愛いのなんて似合いっこないんだから」
いくらかトーンダウンした翠が再度蒲公英をじろりと睨む。
しかし、睨まれた本人はどこ吹く風。
「似合うって。ね、灯火さんもそう思うでしょ?」
「なんでそこで俺に振るのさ………?」
「何でってここに居る中で男の人って灯火さんだけだし。………それで、どう思う?」
「あたしに可愛いのなんて似合わないって。そう思うだろ?」
翠と蒲公英の視線が灯火へ向き、吊られる様に残りの五人の視線も集中する。
到底逃げられる雰囲気ではなくなったので、翠には悪いが素直に答えることにする。
「いや、普通に似合うと思うけど。スタイル………あー、女性として理想的な体型をしてると思うし」
「………はっ?」
傍から見ても翠はスタイル抜群の女性。
特徴的な髪はしっかり手入れされているし、出ているところは出ており、引っ込んでいる所は引っ込んでいる。
現代に仮にこのようなスタイルの人がいれば、確実にどこかのモデルか何かかと思われても不思議ではない。
そうでなくとも告白する男性は数多だろう。
「な、何言って………」
「冗談で言ったワケじゃないからな。………とは言え、だ。本人が着たくないって言ってるところを無理矢理着させるのもよろしくないとは思う。けど、一方で蒲公英がいう事も理解できる。そこで提案」
「提案?」
灯火自身もどちらかと言えばお洒落に興味が薄い、蒲公英が言う翠側の人間のため、その翠を責めるのはお門違い。
かと言って翠ほど頑なではないので蒲公英のいう内容も理解できる。
「二つある。一つはこのまま翠を連れて行って三人が翠に似合う服を選ぶ。いくら嫌だと言ったって、妹たちが真剣に自分の為に選んでくれた服を無為にすることはしないだろ? ならそれを着てみたらいい。最初は恥ずかしいかもしれないけど、本当に三人が翠のことを思って選んでくれたならその服を笑うヤツは居ないハズだ。むしろ自信を持ってその服を着ればいい」
「………もう一つは?」
「“阿蘇阿蘇”って知ってるか? 色んな服の情報を取り扱う情報誌なんだが、先ずはそれを買ってみたらどうかな。せっかく四人いるんだし、一緒に雑誌を見てこの服は似合いそうだとか話し合って、先ずは翠がお洒落に多少なりとも興味を示すところから始める。翠も読まず嫌いをせずに一緒に、最初はどんな服があるんだろう程度に雑誌を眺めてみたらいいと思う。何事も興味が無いと始まりもしないからな。それに本なら買って見ても恥ずかしくはないだろ?」
一通り頭の中で纏めた意見を述べ終えた。
“阿蘇阿蘇”の購入検討は実際灯火も考えていた事なので、すらすらと案が口に出てきた。
「と、これ以上時間をかける訳にもいかないか。じゃあ俺達は先に服屋に行くから、翠の事はちゃんと四人で話し合って決めるように。本屋ならそこの三件となりの店。こっちが終わったら声を掛けるからこの辺りで時間を潰しておいてくれ」
無難に切り上げて恋の腕と香風の手を引いて店へと歩いて行く。
自然に、気負いなく、そのまま十分に距離を取ったところで一つ軽く息を吐いた。
「ふぅ、何とか切り抜けられた」
蒲公英の勢いのまま行くと、下手をすると翠の衣装の意見まで求められかねない状況だった。
長い間一緒に暮らしてきた恋やねね、香風の衣服ならともかく、翠のコーディネートに自信はない。
上手く三人………馬家内部の問題へ誘導出来たのは上出来だろう。
伊達に歳は取ってない。
「………灯火」
「ん?」
「ねねと香風が………」
「………ど、どうした………?」
恋に言われるがまま左右にいる二人に視線を移すと若干膨れ気味のねねとどこか気落ちした雰囲気を醸し出す香風の姿。
ねねは稀によくあるのでそこまでではないにしろ、香風がそう言った雰囲気を見せるのは本当に稀だ。
「どーせ、ねね達は理想的な体型ではないですよーだ」
「………やっぱりお兄ちゃんは胸が大きい方が好き?」
「………………」
さて。
何とも言えない空気と共に少しばかり頭痛が奔る。
想定できる普遍的な一般男性の感性を元に代表的な意見を述べただけであって、決して灯火の好みを翠に伝えた訳ではない。
訳では無いのだが、それをどう受け取るかは個々の判断による。
「─────よし。ねね、香風。先ずは俺の話を聞いてくれ」
こうして、有耶無耶にして流す事の出来ない戦いが始まるのであった。
◆
青系の布地に白の太いラインが入った長袖長ズボン、靴は白と桃色の靴。
見た目は完全に現代で言う所の運動着。
「お兄ちゃん、どう?」
「いいんじゃないかな。………うん、良く似合ってて可愛いよ」
服自体に凝った装飾や珍しい刺繍が施されている訳ではない。
それでも香風ほどの背丈で運動着姿を見ると、そんな飾り気のない服も香風の可憐さを引き立てる服に早変わり。
現代であればちょっとした問題になること確実な感想だが、今は西暦が始まってまだ四百年も経ってないのでノーカウント。
「そう? なら、よかった」
ほんわかと笑う香風。
その顔で笑われるとつい頭を撫でたくなってしまう。
「しゃがんだり足を上げたり体を捻ったりしても問題はない? それで走り回る予定だから動いて確認してみて」
「………うん、大丈夫」
狭い試着室の中で器用にくるくると動く香風。
首元に巻いたスカーフにしては長すぎる、そしてマフラーにしてもやっぱり長すぎる布が香風の動きに合わせてひらひらと踊っている。
それはさながら天女が纏う羽衣の様に─────
「? お兄ちゃん、笑ってる。………おかしなところあった?」
「ああ、いや。香風に可笑しなところはない、凄く似合ってる。ただ、ちょっと昔話を思い出しただけだから」
しかも天………即ち“空”に関する昔話だ。
内容の論理的な観点は議題に挙げないとして、今からこの世初の人による飛行………滑空をしようとしている香風に変に結びついた。
そんな連想ゲームみたいなこじ付けに、自分に対して苦笑してしまったワケである。
「すみません、この上下服と靴を買います」
「ありがとうございます。お会計にされますか?」
「いや………他にも買いますので、それとまとめて買います」
「畏まりました。それではこちらは預からせて頂きます」
普段着に着なおした香風から、つい先ほどまで試着室で来ていた服を店員に渡す。
普通であれば竹籠に買うモノを入れておくのだが、この街では上の方の立場にいた二人。
来店と同時に接客にやってきた店員が対応にあたっているので、手を塞ぐことなく店内を散策している。
「さて………香風、他に着たい服とか欲しい服はある? さっきのは運動着として、普段着る服で何か一着」
「え? うーん………特には………」
女性モノの服や下着を取り扱うエリアで二人を探す。
どこかの誰かであればこういうエリアにいるだけであたふたと慌てるだろうが、灯火にそれはない。
手を繋いでいる香風が一緒にいるという事もあるが、幼少期から恋と一緒に過ごしてきた人生である。
当然女性モノの下着の洗濯も経験済みなので、今更店内で陳列されている下着を視界に入れたってどうということもない。
「……………」
「? お兄ちゃん?」
ピタリ、と足が止まる。
当然隣で歩いていた香風も足を止めた。
「香風、よかったらアレ、着てみない?」
「?」
灯火の指す方向。
あったのは腰回りに赤いリボンが結ばれている黒を基調としたオフショルダーワンピースだ。
「これ?」
「そう。あと隣のこれを、その黒い服を着た後で羽織る感じかな」
手に取ったのは隣に飾られていた薄桃色のシフォンボレロ。
無論ここでの名称はそういう名前では無いのだろうが、少なくとも“知識”有する灯火の目にはそれらと同じ様な服にしか見えない。
「うん、いいよ」
一通り見た感じでは香風の目から見ても問題はなかった。
ワンピース………つまりは一枚の大きな布。
それはものぐさな気質がある香風にとっても楽な部類の服だ。
何せこれ一枚着るだけで服装として成り立つ。
灯火から服を受け取って試着室に入り、改めて手に持った服を見る。
「お兄ちゃん、こういう服が好きなのかな」
何せこうして灯火から『この服を着てみないか?』と勧められるのは稀だった。(※そもそも服屋に行くこと自体、香風含めて多くない)
着て脱いで、また着て………というのは正直に言えば面倒ではあったが、今回は例外だ。
「えっと………これはこう、かな?」
横側にあるボタンを外して首回りから足を入れて全身を通してボタンを留める。
付属されてあった赤いリボンを腰回りに巻いて結び、最後に別で手渡された薄桃色の上着を着て姿見を見る。
「おぉ………」
実際に来た自分自身を見て声が漏れた。
ベースの黒、淡い桃色の上着、腰回りの赤いリボン。
いつもが青っぽい色の服を着ているので、その正反対とも言える色合いの服を着ている自分。
どうだろう? と期待半分不安半分で見た結果、想像よりも全然よく見えた。
「─────」
黒色の服がベースのせいか少し大人っぽくも見える。
あまり衣服関係に詳しくない香風では具体的な感想は思い浮かばない。
けれど今着ている服、そしてその服を着ている自分を見ていると自然と頬が緩んだ。
嬉しいんだと、姿見に映る自分の顔がほんのりと笑っているのを見て、自分の気持ちを理解した。
「香風? 着終えた?」
「うん」
「そうか。今ねねと恋も着替えた服を見せに来てくれたから、一緒にお披露目だ」
どうやら着替えている間に二人が合流したらしい。
ねねはお揃いの服を買いたいという要望でいったん別行動をしていたが、果たしてどんな服を着ているのか。
そしてこの姿を見て、どんな反応を見せてくれるのだろうと少しだけ胸がドキドキする。
試着室を仕切るカーテンを掃い、この服を選んでくれた灯火の前に出た。
「おぉ………!」
「……………」
着替えた香風の姿を見た恋とねねが予想外の姿に驚きを隠せない。
「………凄くいい。上品で綺麗に見えるよ、香風」
「そう………? えへへ、ありがとう」
ほんのりと頬を赤らめて笑う香風。
どちらかと言えば普段着よりもパーティ会場でワイングラスを片手に立食しているフォーマルな雰囲気が似合う衣装。
それは普段の香風とはまた違った、可愛さは残しつつも少し大人な雰囲気を見せる服。
「普段着という定義からは少し外れるけど、全然有りだな」
「うん………!ちょっと恥ずかしいけど、これ、気に入った」
頬を赤らめながらほんのりと笑う香風を、何ならこのままデッサンして一枚の絵として描き上げればきっと素晴らしい絵画になる。
むしろカメラがないこの時代、この可愛らしさと上品さを兼ね備えた“美”を残すには絵画にすべきではないだろうか。
今ならばきっとレオナルド・ダ・ヴィンチをも超越してみせる。(※まだ生まれていません)
そんな芸術にすら通じるほどの感動があった。
控えめに言ってちょっと何言っているか分からない精神状態の灯火である。
「二人は………」
「恋殿とお揃いの猫耳の服ですぞ。………とは言え、香風殿のその服を見てると………」
そこに居たのは猫。
桃色と黄色の猫耳パーカーをそれぞれ被り、服もその色に合わせたノースリーブタイプの服。
色こそ違えど来ている服は同じ種類。
「………恋はこの服好き。ねねとお揃い。似合ってる」
「そうそう。ねねの明るい雰囲気と恋の可愛らしさ、それを表現する黄色と桃色の猫耳パーカー。香風の着てるのが“上品”さなら、今二人が着てるのは“可愛らしさ”だ。二人とも可愛いと思うよ。な、香風?」
「うん。ねねも恋も、似合ってる」
「ぅ………ありがとうです」
先ほどまで自信満々で恋と一緒に見せに来たというのに、今は三人から素直に褒められて赤面するねねである。
そんな胸の奥がほんのり温かく感じるひと時を経て、会計を済ませに行く。
ルンルン気分で歩くねねと恋の背中を眺めながら、男性向けの服を扱うエリアを見向きもしない灯火に尋ねた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんの服は買わないの?」
「ん? 俺の服はいいかな。今着てる服で間に合っているし、三人のを買ったらいい値段になるだろうから」
「そっか………」
出来る事ならば選んでくれたお礼に灯火にも何か服を………とも考えていた香風だが、お金の事を言われると引き下がるしかない。
それに香風自身、服に詳しい訳でもない。
「じゃあお兄ちゃん」
「ん?」
「次来るときはお兄ちゃんの服を買おう? その時はシャンが選ぶから」
「え? ………はは。その時は是非とも香風のセンスに期待するよ」
「センス………ってなに?」
「…………なんて言えばいいのかなぁ」
ともあれ、一つ香風は決心する。
“次、来るまでにお兄ちゃんの服の勉強をしよう”と。
先ほどの馬家の四人との会話を思い出し、先ずは“阿蘇阿蘇”を買う事を決心する香風であった。
──おまけ(自宅・台所にて)
灯火「弁当作り手伝ってくれるのか?」
鶸「はい。私達も含めると人数が多くなりますから。ぜひお手伝いさせてください」
灯「わかった。因みに料理の経験は?」
鶸「ありますよ。姉さん達の食事を作ったこともあるくらいです」
灯「そっか、それは頼もしい」
鶸「はい、任せて下さい。それに灯火さんと食事を一緒に作る事ってなかなかない機会ですから」
灯「じゃ、遠慮なく手伝って貰おうかな。使う食材は、これ(ドンッ!)」
鶸「…………すみません、量がおかしくないですか?」
灯「おかしい? もしかして翠らってそんなに食べる?」
鶸「逆ですよ!量が多すぎはしませんかって」
灯「………そう?(感覚麻痺)」
鶸「えっ………い、いえそれにこれだけの食材だと切るだけで時間が」
灯「…………料理をしてると、振り返るとそこにいつも恋がいるんだ」
鶸「?は、はぁ………」
灯「匂いにつられて、でもつまみ食いも必死に我慢して。その恋が目を輝かせて俺に聞いてくるんだ」
灯「『どんな料理が出てくるんだろう』『どんなご馳走がでてくるんだろう』」
灯「─────ってさ。あの目は裏切れない」
灯「あの目に映る俺は、いつだって最高の料理人で最高の料理を提供する俺じゃなきゃいけないんだ」
灯「つまり、この台所は戦場だ」
鶸「……………」
灯「美味しい料理を作るのは料理人として当たり前。失敗は許されない、それは当然だ」
灯「その当然に加えて、恋が満たされるだけの量も必要」
灯「そして料理というのは出来たてが一番美味しい」
灯「故に必要なのは………“技術”と、“速さ”」
灯「鶸─────ついて来れるか」
鶸「…………(無理そう)」
多分、今の灯火なら料理漫画でも生きていける