数時間後のワイ「お、見てくれてる人いるなあ。ありがたや、ありがたや」
この時点ではまだお気に入り50ちょっとだったと思う。
木曜日の夕方のワイ「真恋天下(DMMゲーム)で関羽オルタ来たやんけ!引かなきゃ! → 今回もダメだったよ」
その後のワイ「そういえば小説どうなったやろ?」
→ 日間ランキング1位! お気に入り1000超え! 評価8オーバー!
「………ファッ!?」
始まります。
神速と謳われたその足は有言実行とばかりに一日で往復し、帰ってきた。
三人の賊など一捻り、そう思って村に向かってみれば。
「もう討伐された後だった?」
「せや。結局ウチがやったんはその後始末。………賊討伐ならまだしも、後始末だけなら新兵でも十分やっちゅうねん………」
やれやれと溜息。
張遼が直々に向かったのは賊討伐、それとその後ろに他の賊がいるかという確認のため。
本当に三人だけの賊ならば正規兵だけでも十分だったが、背後関係の調査も含めるとなると責任者が同行した方が早い。
いざとなればそのまま戦闘にもなるのだから。
「つまりその三人の後ろには何もなかった訳ね?」
「あの賊を捕まえた旅人が確認して村長に伝えたって言うし、実際賊に問いただしても同じ答え。念のため塒としてるとこ見たけど大規模な跡も無し。村から奪われたっちゅう物品も見つかったし裏はないやろ」
「賊から問いただしたって………、その賊まだ生きてたの?」
「家の太い柱に雁字搦めで縛られとった。聞けばちっこい女に殴られたーとか。………そのちっこい女に一撃で沈められてる己らはなんやねんっちゅう話やけど」
因みにその小さい女とは香風、つまり賊討伐のプロである徐晃将軍。
三人の賊程度がどうにかなる相手ではない。
「とは言え武器持った男三人に素手で挑んで一瞬で倒すあたり、只者やあらへんけどな。ウチとしたら………まあ楽できた、と思うわ」
「そう。まあ賊が生きてた事で背後関係の確認も簡単に出来たことだし、良かったじゃない」
闇雲に周囲を捜索する手間が省けた張遼と、その報告を聞けた董卓軍軍師・賈駆。
賈駆としては、この件はこれで終わりと一安心。
軍師として何より董卓の親友として、この涼州の火種は少ないに越した事は無い。
こうして一抹の不安も残らない仕事の終わりは他の仕事に集中できるので嬉しいこと。
そこは灯火の過去の賊討伐時の経験が生きてたりする。
というより灯火からしてみれば『なんでコイツ等背後関係確認せずに討伐すんの?妖怪首おいてけなの?』という至極当たり前な考えだった。
都の賊討伐が遅々として進まなかった原因である。
まあ腐敗しきった官僚なんてそんなものか、と諦めてた。
なお香風と知り合って協力関係になったことで、都付近の賊は一掃、香風の名を馳せる大成功を収めたので結果オーライ。
現代人で文官なので思考が軍師寄りなのは間違いない。
「ところでねねと恋の姿が見えへんけど、どっか行ったんか?」
「ああ、あの二人ならもう帰った。恋が『今日、来る』とか言ってさっさと出てっちゃって─────」
「それをねねが追いかけていった、っちゅうわけか」
「………まあ最低限の仕事はしてくれたから、私は何も言わないわ」
恋は一騎当千の武将なので平時はそれほど忙しくもないが、“ねね”こと陳宮は軍師なのだから少しくらいは賈駆の手伝いをすべきである。
まあ灯火からそう諭された結果、最近になってマシになってきてるのだがそんなすぐには変わらない。
恋を引き合いに出して論理武装を整えて分かりやすく重要性を伝えてあげれば彼女だって出来る子なんです。
「けど、ウチもちっとばかり興味あんなあ。なんたって恋に武を教えたんやろ?」
「恋の言葉をそのまま受け取るならそうなるわね」
「“あの”飛将軍の師かぁ………。一体どんな強面なんやろか。ねねが言うには恋より弱いってこっちゃけど」
何度か鍛錬ということで恋と戦った事がある張遼。
何を考えているかわからない無表情のまま、気が付いたら眼前まで刃が迫っていた。
それなんてホラー。
「………別に“今の”恋より強いとは限らないじゃない。過去の恋の師、っていう事じゃないの」
「まあせやろなぁ。ウチですら一遍も勝てた試しないんやし。………せやけどそんな傑物がおんなら、もっと早うその武の噂が聞こえてきてもええハズなんやけど」
常勝無敗。何人たりとも傷をつける事能わず。
その力は地を割り、その速さは風を斬る。
見る者を魅せる武の舞いは戦場に咲く華であり、触れようものならその技によって命を散らす。
相対した者は何をされたかも分からぬまま絶命する。
活躍に活躍を重ねた恋の噂で、畏怖も込められた『飛将軍』である。
そしてそこまで育て上げた『師』。
武人として気にならない訳がない。
「そういや華雄はどこ行ったんや?」
「………私は見かけてない………」
軍議の場には華雄も居たし、恋の言葉も聞いている。
自制の利く張遼ですら興味をそそられる内容なのに、あの武に一直線な猪が黙っているだろうか。
「………あかん、なんや嫌な予感する」
「………霞、恋の家に向かってくれる? 出来る事なら取り越し苦労になってほしいと願ってるんだけど」
「わかったわ!」
慌てて出ていく張遼を見送ると同時、その扉から董卓が入ってきた。
張遼の走る後ろ姿を見た様で驚いた表情をしている。
「詠ちゃん、霞さんが慌ててたけど、何かあったの?」
「何でもないわ。………“まだ”ね」
「?」
■
香風と共に恋の家に到着した三人。
家で恋が帰ってくるのを待っていた動物達と陳宮こと音々音が出迎えた。
そこで香風と音々音が自己紹介。
共に居たのが徐晃将軍と知り驚くと共に、恋が既に真名を渡していた事にも更に驚き。
恋殿が教えているのなら、という事で音々音も真名を交換した。
『音々音とは呼びづらいでしょうし、“ねね”でいいのです』
そんな会話を横から聞いていた灯火。
『普通はやっぱり真名っていきなり預けないよなあ』としみじみ思っていた。
その子いきなり陳宮キックかましてくるよ。
『………陳宮きっく?』
『な………!そ、そんな事しないのです!するのは灯火だけです!』
『いや、それはそれでどうなの』
なお恋の速度と比べれば子供のソレの為、視認できる限りは回避している。
その所為で最近は死角からの陳宮キックがねねの中で流行っていたり。
まあ灯火自身も彼女のコミュニケーションの一環だと認識してるのでそこまでとやかく言うつもりはない。
なお、お互いが恋を通じて出会った初対面時はコミュニケーションツールではなく、ガチで蹴りに来ていたのだが彼女の名誉の為にも伏せておく。
そんなやりとりも恋の腹の虫によってお開きとなり、食事の準備が始まった。
多少香風の手伝いが入るものの、給仕係は灯火。
長安にいたころは役人仕事を終えてから、家の掃除、二人分の洗濯、食事の準備、家計簿、家の補修。
完全に主夫である。
やることないんだから仕方ないよね。
もし仮に大食い大会なんてものがあったなら優勝どころか世界制覇間違いなし。
そんな説明文が付きそうなくらい、恋は食べるのが好きだった。
が。
「…………」
そんな彼女は机の前に座り、腹の虫が泣いているにも関わらず置かれている食事に手を出さず『待て』の状態。
これを張遼達が見たら驚きのあまり医者を探してしまうだろう。
「…………」
対面に座る香風もそれに倣ってまだ手を出していない。
腹の虫が泣いているのは同じである。
「遅いのですぞ!」
「………先に食べてていいのに」
最後の料理の皿を持ってきた灯火。
机に料理を並べ、香風の隣に座った。
「灯火と食べる時は一緒に食べる」
「お兄ちゃんはいつもシャンが帰ってくるまで待っててくれた」
「恋殿が待つと言ったので、ねねも待ったのです!」
「………じゃあ“ありがとう”って言った方がいいな」
「「「「いただきます」」」」
ちなみにこの言葉は灯火が三人に教えたものである。
大盛に盛り付けられた料理。
灯火と香風だけならば食べきれない量だが恋がいるなら話は別。
口いっぱいに頬張り美味しそうに食べている。
「どうだ、美味しいか?」
「うん。お兄ちゃんの料理はお店では出ないものばかり」
笑顔で答える香風と口いっぱいに含みながら首を縦に振る恋。
この時代で食べられている料理は勿論、前世の記憶を生かした料理も作っている。
塩や醤油・味噌といった日本で使っていた調味料が揃っているのは灯火にとってプラスだった。
「ねねは?」
「美味しいのです。特にこのお汁は飲んでほっと一息つきたくなるような美味しさなのです」
「お吸い物だな。結構作るの大変なんだぞ、それ。涼州じゃ手に入りにくい昆布とか使ってるんだから。商人が偶然持ってきたのを見たときは思わずガッツポーズしたなあ………。価値を見いだせてなかったから比較的安く買えたけど。流石都、長安」
「がっつ………またワケの分からない言葉を。………前々から思ってるのですが、灯火はどうやってこの料理を編み出したのです?」
「あー、それはまた今度な」
それについては答えられないのでお茶を濁す。
ねね自身もあまり深く気にしている訳ではないので、目の前の料理を頬張る事に集中する。
「恋。ねね。いるか?」
と、家の玄関から聞きなれない声が届いた。
首を傾げる灯火と香風、そして聞こえているのか分からないまま目の前の料理を食べ続ける恋。
これ、聞こえてませんね。
「ねね、誰か来たみたいだけど」
「あー………何をしにきやがったのです、アイツは。─────ちょっと出てくるのです」
口の中身を呑み込んで若干不機嫌になりながら声の元へ向かっていった。
不機嫌になった理由はほんの少しでも灯火が作った料理の前から席を外したくなかったが故である。
「ごちそうさま」
「ん、お粗末様。………頬っぺたについてる、香風」
「あ………んむ。ありがとう」
ほんわりと笑う香風を見てつい頭を撫でてると─────
「…………」
口いっぱいになった恋と目が合った。
「………………」
「………どうした?」
ゴクンと呑み込むと一言。
「………………………………恋も」
僅かに頭を下げてきて、意味を悟る。
「…………」
とりあえず開いている右手で撫でておく。
その時灯火は─────
(恋が犬で香風は猫で、後は雉は………ねねなのか? 鬼退治に行くのか。黍団子は俺の料理か)
無意味で意味不明な事を考えてた。
おい、桃太郎の動物で猫はいないぞ。
バタバタとやってくる足音を聞いて手を引っ込めた。
別にねねに見られたからどうという訳ではないが、余計な労力をかける必要もない。
「ねね、遅かったけど一体誰─────………」
振り向いた先にいたのは見覚えのない人物。
否、灯火は知識で知っている。
「お前か? 飛将軍『呂奉先』の師と言うのは」
「………はい?」
董卓軍武将・華雄がそこにいた。
「まったく!食事中だと言ったではないですか!聞いているのです!?」
「ああ、聞いている。だがそれは恋の話だろう。私が会いに来たのはそこの男だ」
ぷりぷりと怒ったねねが後ろから出てきた。
「いや確かに俺は食べ終わってたけど………まずはどちら様?」
「私は華雄という。董卓軍の将に就いている。そういうお前の名は?」
「………莫、とお呼び下さい。将軍殿」
相手が将軍と名乗った以上、相応の態度で対処する。
灯火自身は現在役人でも何でもないのだから。
「さっそく一つ聞きたいのだが。恋の武の師というのは本当か?」
「………………………………………………恋、なんて説明したの?」
「………………………………、恋に武を教えてくれた」
確かに教えた。
“あの呂布”に勝てて調子に乗ってた時代である。
「どうなのだ?」
「いや、確かにそんなこともしてましたけどそれは─────」
「お兄ちゃんってやっぱり凄かったんだ」
「うっ」
香風の純粋な眼差しが転生者の心に突き刺さった。
その眩い瞳が灯火の心に罪悪感を生む。
(なんかすっごく胸が痛む………!)
天狗になったしっぺ返しだよ。
「………お前は?」
「シャンは………っと、姓は徐、名を晃、字を公明と申します」
一応灯火も香風も現在は野に下っている。
相手の方が地位は上なのだから礼儀正しくしておくことに損はない。
こうしておけば余計な衝突は避けられる。
都で生き抜いてきた知恵である。
「徐公明………。ん? どこかで聞き覚えがあるような、ないような」
「徐晃将軍!長安にて都とその周囲に巣食う賊を一掃した人物なのですぞ!一時我らの耳にも入ってきたのに忘れたですか!」
「………おお、思い出した! いや何、顔も知らぬ奴の武勇話と思って聞いていたのでな」
「………これだから“猪”と言われるのですよ………」
やれやれと頭を押さえるねね。
この場に賈駆が居れば「五十歩百歩」ときっと言うよ。
その五十歩差はねねの改善されてきている分である。
「なるほど、将軍を連れ歩いているのか。ふむ………莫と、言ったな。さっそく一つ─────」
「イヤイヤ言いそびれたんですが、俺………じゃない、私と恋との武は恋の方が圧倒的ですよ。恋には勝てません」
「そんなことは百も承知だ。というより恋に今戦って勝てるのであれば貴様はとっくに名を馳せていただろう」
「………………? はぁ」
恋に武を教えた師、つまり恋より強いと思われている。
相手は華雄。なら本当に恋より強いのか確かめさせてもらう!的なノリで戦いを要求してくる。
そう考えていた灯火だったが華雄の言葉に肩透かしを食らった。
「では、一体?」
「私と戦え」
「……………………」
訂正。
想像通りだった。
「………一応確認いたしますが、何故です?」
「かの飛将軍、呂奉先は空前絶後の武将だ。霞………張遼はおろか、私ですら数合持たない。だが、そんな飛将軍とて最初からそうであった訳がない。そこに至るまでの道のりがあったハズだ。………となれば恋が言った『師』に興味が出るのは当然だろう。今までその様な話すら聞かなかったのだから」
「………あっ」
目の前にいる華雄の言う事も理解できる。というか一理ある。
灯火からしてみれば恋、すなわち呂奉先とは『後漢時代における最強の武将』という存在。
つまり『最強になる存在』というのを最初から知っていた。
なので灯火の中では『目指せ恋(呂布)超え』だったのである。その後結局“恋”という壁に敗北を喫することになるのだが。
だが、何も知らないこの時代に生きる人間からしてみれば、『灯火と武の鍛錬を積んだことによって呂奉先という人物は大陸最強の武将となった』と映る。
恋本人ですらそう思っている。
(─────あぁー)
その結論が瞬時に頭の中で導き出され、華雄に対する反論が出来なくなり、機能停止した。
多分今の灯火は『ぬ』と『ね』の区別がつかなそうな顔をしている。
猪武将・華雄。転生者を論破する。
どうなってんのこれ。明日世界滅びるんですかね。
なお華雄本人は微塵もそんなつもりはなかった。
こうなってしまうともう『かつての恋の武の師匠』という立場を呑むしかない。
少なくとも『私は転生者です』という荒唐無稽な言葉よりはよほど現実的だ。
「………おい、顔が歪んでるが大丈夫か」
「えぇ、はい。大丈夫です。いや実際何も大丈夫じゃないというかもう混乱の極致なんですけど」
「どっちなんだ」
こうなれば回避策としては『恋の武の師匠』という噂話を流させないだけだ。
流れてしまったら最後、バトルジャンキーな武将達に片っ端から挑まれる立場になってしまう。
例えそれが死を伴わない模擬戦であったとしても十二分に戦々恐々モノだ。
(………幸い董卓軍内だけの話のハズだ。拡散されないようにお願いしよう)
とある武に秀でた旅人に出合う事で広まってしまうんだけどね。
「恋ー!ねねー!おるかー!?」
「この声は霞殿ですな。恋殿はそのまま食べててください」
「…………………うん」
若干呆然自失になっている灯火に首を傾げながらも食べる事は止めない恋。
恋は悪くない。事実を言っているのだから。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「………………常識って大事だなって」
「?」
目の前で疑問符を浮かべている香風の頭を撫でる。
一種の精神安定剤の効果を発揮していた。
「おった。やーっぱりここに来とったか、華雄!」
「霞か。お前も気になって来たのか?」
「ちゃうわ!お前が変な事しとらへんか確認しにきたんや」
「随分と失礼だな。私は何もしてないぞ」
「そない言うなら………ああ、もうええわ。─────そんで、こっちの二人は?」
華雄に言う事を諦め、見覚えのない男女へと視線を移す。
「女の子の方が徐公明、男の方が莫というのですぞ」
「よろしくー」
「………よろしく」
「ふーん………。ウチは張遼っちゅうモンや。よろしゅう」
布をマントみたく羽織っているが胸はさらしを巻いているだけ、腰から太ももにかけても露出がある服装。
露出過多この上ない。
男なら目を奪われる様な恰好をしている。
のだが。
「………ちなみに張遼殿は、どういったご用件で?」
自失状態の灯火には効果はいまひとつだった。
「………なんやえらい覇気無いけど、華雄に何かされたんか?」
「いえ、何も。しいて言うならこの世を憂いていたくらいなので、お気になさらず」
「お、おう………?」
想定していない回答が返ってきたので思わず身を引いてしまった。
食事中にこの漢の情勢について考えていたのか、と。
ソイツそんな事言ってるけど、ただ無気力になってるだけですよ。
「霞、今朝恋が言っていただろう。その男がそうだ」
「! へえ、そうなんや。へぇ………」
上から下まで見定める様な視線を受ける灯火だったが、もはやヤケクソでどうでもよく、ひたすら香風を撫でていた。
華雄に知られているならこの人も知ってて当然なのである。
「………いや」
「?」
ぴたり、と手が止まる。
せっかく涼州に来て、想定してはいなかったがこうして董卓軍の将達と出会った。
であれば、これはチャンスなのではないか。
「それで一度戦ってくれ、と頼んだ。恋の強さの秘訣を知る事が出来るかもしれないと思ったのでな」
「まあ言わんとしてる事はわかるんやけど。何なん? もうそれ決まったことなん?」
「いやまだ返事を貰っていない。聞く前に霞が来たからな」
「そ。まあウチとしては気ぃあるし、見れるっちゅうなら見させてもらうだけやけど」
灯火がこれからどうしていくか、を考えている間に張遼と華雄の間でも話が進んでいた。
張遼や賈駆が危惧していた程、不味い状況になっていた訳でもなかったので一安心である。
例えば戦えと強制して無理矢理襲ってたとか。
あり得そうだと思えるのはきっと間違えではない。
「莫。先ほどの返事なのだが」
華雄と張遼の顔を見て答える。
「そうですね。それでは─────」
■
「灯火の気球講座ー」
「こうざー」
「……………?」
「何を一人盛り上がってるのです」
華雄と張遼が帰った後、食事の後片付けをして現在に至る。
灯火の中でくみ上げた今後のプランの為にも、やっておいた方がいいかと考えてこうして席を設けた次第。
なお場所は青空教室(真っ暗だけどね)の庭であり、足元には水をいっぱい入れた桶が一つ。
後は竹で底部を形成した紙袋と蝋燭、油があった。
『気球について説明するよ』
という言葉を聞いた香風が普段見せない様な勢いで
『聞きたい!』
と言われたからには、期待には応えなければならないモノ。
恋は気球が何かわからなかったが、灯火が何かするということなので自然参加。
恋が参加する以上はねねも参加、という形である。
「さて、そもそも俺と香風は、都での仕事に見切りをつけたという理由で出てきた訳だが、当然それだけじゃない。香風の『空を飛びたい』という夢を叶える為でもある」
「………………空を?」
「そ。恋の場合は、きっと見た後に興味を持ってくれると思う」
「空を飛びたいなんて………そんな事出来るのです?」
「難しい話ではあるが、出来なくはない。ただ、それをするにも先ずはどういうものかを知らなきゃどうしようもないからな。こうして講義の席を設けた」
「お願いします、せんせー」
「よろしい、香風くん」
この転生者ノリノリである。あと香風もノリノリである。
きっとこんな調子で呂布に武術指導してたんだろうね。
香風は空へ飛ぶという事を教えてくれる、ということなので少しテンションが上がっている。
「まず、そもそも気球とは一体何なのか。それはざっくり説明すると、空気より軽い気体を袋の中に詰め、それを浮力として浮き上がる物のことだ」
「………気体?」
「今こうして俺達が呼吸している、その空気のことを気体、という認識でいいよ」
首を傾げる香風に笑いかけながら答える。
まだ『気体』という言葉はないのだろう。
「空気よりも軽い………?空気に重い軽いってあるのです?」
「あるよ。まあその説明をし出すと本格的に路線がズレて、はるか未来の講義になるから今は止そう」
曲がりなりにも恋の軍師という立場のねね。
香風や恋と比べれば灯火の言葉に対して疑問を持ちやすかった。
「その気球を使って人を浮かす。それが当面の目標になるかな………って、恋。寝るなよー」
「………………うん」
「まあ言葉だけじゃ分からないだろうし、実演してみようか」
周囲は既に夜。
教材の準備をしていたらこんな時間になってしまった。
だがこれからの実験では好都合。
「まず用意するのはちょっと細工を施したこの大きな紙袋と、油………に浸した飛ぶために必要となる紙」
「紙を使うのですか。贅沢なのです」
「まあ重要な事じゃないと普段は竹だからね。そう感じるだろうけど。─────で、この油に浸した紙を竹で形作った紙袋の中間部分に設置」
チラリと眠たそうにしている恋に視線をやる。
「?」
「恋、この紙袋を持ってくれないか?」
「………わかった」
紙の端を持ち、上へと伸ばす。
それを確認した灯火が、油を浸した紙に火をつけた。
「な、何をしているのです!? そんな事したら恋殿が燃えてしまうのですぞ!」
「いやいや、燃えないし仮に燃えそうになったら俺が全力で水ぶっかけるから」
「そのための水桶だったんだ」
「そうゆうこと」
紙袋の中心部分で燃え盛る炎。
大きめの紙袋を通して周囲を淡く照らしている。
しばらくして。
「………………!」
自分の手にかかる感覚に違和感を覚えた恋が僅かに反応した。
「ん、そろそろか。恋、手を離していいぞ。俺が下を持つ」
「………わかった………」
「な………恋殿が手を離したら紙が落ちて─────」
「こないんだよな、これが」
恋が手を離したにも関わらず、紙袋の上部は重力に逆らって直立していた。
思わず言葉が出なくなるねね。
少なくとも平時ならば今目の前にあるような光景にはならない。
「凄い、お兄ちゃん」
「まだまだ。こうやってゆっくり持ち上げてみると─────」
「………浮いてる………」
明らかに地面から離れているにも関わらず、その形状のまま香風達の目の前まで浮き上がった。
恋の眠気も吹き飛び、目の前の光景に釘付け状態。
香風もねねもその光景に見入っている。
「さて、最後の問いだ。三人とも」
ニヤリ、と少しばかり意地悪く笑う。
もったいぶるように、けれど何も知らない子供達にでも分かるように。
そして好奇心を刺激するように、ゆっくりと問いかける。
「………俺が手を離したら、この紙袋はどうなると思う?」
ここまでされたら香風も恋もねねも理解できた。
「「「浮く(のです)!」」」
「─────正解!!」
─────手を離した直後だった。
それまでそこに留まっていた紙袋がどんどん上昇し、あっという間に手の届かない高さ。
屋根の高さを超え、どんどん小さくなっていく。
「………す、凄いのです………」
「……………………きれい」
「………………………」
三人とも顔を空に向け、光を目で追っていく。
一言二言の言葉しか出てこない。それほどまでに彼女達三人にとっては幻想的で、驚きのモノ。
「『天』に昇る『灯』と書いて『天灯』。………あれは人を浮かすほどの事はできないけど─────」
視線を空から三人へと戻す。
ねねと恋はまだ空を見上げていたが、香風は灯火を見ていた。
「─────あれをもっと大きくして、人が乗れるようになったものを………『気球』と呼ぶ」
ちゃんと言うなら『熱気球』だけど、と笑う。
「さて、これにて講義は終わり。気球の事はわかっ─────」
◆
「てん………とう………」
誰にも聞こえない程小さな言葉で香風は呟いた。
きっとこの光景は一生忘れないだろう。
─────空を飛びたいと思った。
鳥みたいに、自由に色んな所に行ってみたいと。
そう思った。
きっと都の頃に、周囲にいた人がそれを聞けば笑ったかもしれない。
けれど、今こうして空へ飛んで行ったのを見届けた。
あれには人は乗れないけど、と言っていたけれど。
あれをもっと大きくした『ききゅう』なら、あの
飛びたいと思っていたことが、ただの絵空事じゃなくて。
─────自分が空を飛んでいる姿が、明確に、見えた
◆
「─────っと………」
香風が灯火に抱きついた。
何も言わず、顔は灯火の体に押し当てたまま。
「………香風?」
「お兄ちゃん」
「 ─────ありがとう───── 」
………どういたしまして
その時見た彼女の笑顔は、過去のどの、誰の笑顔よりも。
輝いて見えた。
届けこの可愛さ。
香風を知らない人はぜひ「真・恋姫夢想-革命- 蒼天の覇王」をプレイしてみてね。
多分最後は心が浄化されるから。
あと感想は見てます。
続け感想多くて嬉しかったです。
香風メインの小説なので必然的にベースは「蒼天の覇王」になります。
というかこの話で完結みたいな雰囲気出してるけど、
これまだ黄巾の乱すら勃発してないんだぜ?
多分続く。