この話は後編になります。
前編を合わせてお読みください。
前書きに何か書こうとしたのに、何書こうとしたか忘れたんです。
夜更かしダメ、絶対。
始まります。
■
「そもそもこれは唯の鞘だ。滅多に刃は抜かないし、鞘ごと木刀として使えるように都の職人に高いお金払ったからね」
今の所恋の食費を除いたら一番お金をかけた物、と言って抜いた刃を鞘へ戻した。
幼少期、元々居合術を目的として鍛錬している訳ではなかった。
最初はチート能力探し、次に恋に負けない様にと鍛錬を積んでいた頃のこと。
その時は居合術なんてそもそも考えもしていなかった。
そんなある日の事、恋に自身の知識を座学として教えている最中、身を寄せていた村に賊が押し入ってきた事があった。
その当時は空前絶後の武将と呼ばれる程、恋もまだ成長していなかった。
灯火も恋も傍に得物は無い無防備状態。
咄嗟に恋の腕を引き自身の後ろに逃がし、離れた場所に置いていた武器を何とか手に取り撃退をしたというエピソードがあった。
「………そういうことも、あった。あの時はまだ、灯火に勝ったり負けたりしてた。恋も………」
結果二人は無事生き残ったが身を寄せていた村は壊滅状態。
農作物は荒らされ、僅かばかり生き残った住民もその傷から病へ倒れ、或いは村を捨て、一人、また一人と数を減らしていった。
このままでは滅びの道以外に無いと悟った灯火。
恋と共に別の村へ移住しようとするも、少なからず愛着があった村を捨てきれなかった恋と対立。
後にも先にも灯火が文字通り本気で武力に訴えて、恋に勝利したのはこの時だけである。
だが強くなり始めていた恋に勝利したにも関わらず、自分の胸に飛来したのは虚無感だけだった。
気を失った恋を背負い、国境を越えて涼州に。
その頃には恋も目が覚めてお互いに謝罪して共に生きようと決意した。
「………その時に華雄が受けた攻撃を、恋も受けた」
もっともあの頃はまだそれを狙ってやれるだけの技量は灯火にもなく、半ば偶然によって恋が倒れたという次第。
「その後からかな、恋が急激に伸びたのは。あっという間に俺の技術を吸収して。仮にあの時と同じ様に本気でやりあったら、俺死んでるね」
Ahahahaha、と爽やかに笑いながら優雅に茶を飲む。
そこに一種の自虐が含まれている事は見て取れた。
あと国境を越えるにあたり食糧もほぼ無かったので、恋に多大な空腹を味合わせてしまった。
対立といい飢餓といい、恋に無茶させまくったと自認してる灯火はその後お腹いっぱいになるまで恋の為に食糧調達から調理までするようになったという。
都に出稼ぎした遠因である。
「まあ、そんな後悔があったから居合術に手を出した。居合術は座している状態に襲われた時の反撃、強襲が主な目的の術でね。極めた人なら納刀状態から抜刀まで視認出来ないくらいの速度で刀を抜ける。で、居合術っていうのは抜刀と同時に相手を斬りつける術。─────つまり」
「………視認できないほど速い斬撃を繰り出す、というわけか」
「加えて相手は『座している隙だらけの相手に攻撃する』っていう考えの“隙”が出来るから、余計に不可視の攻撃に見える、ということ」
むう、と唸ってしまう華雄と少し不満顔な霞。
華雄は単純に初見だったのと油断、霞は相手が“しゃがむ”という動作を隙とみて追撃してしまったこと。
それが先ほどの手合わせの敗因であると締めくくった。
「いやいやいや。膝をついた状態が本来の武術って言われたって、そんなん普通思わんやん!隙あり言うて追撃かけてまうやろ!」
「戦場で膝などつけばあっという間に矢の的だ。そうでなくとも囲まれる」
華雄と霞がそんな力説をしているが、灯火が一言。
「いや、だから俺は武将じゃないって」
「「………余計納得いかん(わ)!!」」
現在は昼下がり。
昼食を済ませた後、香風と恋とねねの4人で待ったりしているところに他の4人が集まった次第。
「私としては恋とアンタの間にそんな事があったなんて知らなかったんだけど」
「恋さん………」
二人の昔話を聞いて目を白黒させている月と詠。
なおその当人二人は終わった事として処理してる。
「恋殿ぉ………どうぞいっぱい食べてくだされぇ~」
ねね、昔話を聞いて食後のデザートと言わんばかりに追加で食事を用意させていた。
それデザートじゃなくて食事だから。一日二食じゃなくて三食通り越して四食扱いになるから。
「そんな事があったんだ」
「うん。だから香風の家見たときは、ね………」
「………うん。ごめんなさい」
どんどん寂れていく村。住んでいた人はもういなく、家というのは手入れがされなければ劣化していく。
この時代なら尚更だ。人の血で汚れ、壁は剥がれ落ち、僅かな食料は腐り、虫や鼠等が湧き、新たな病気の原因にもなる。
人が住んでいるとはいえ、ゴミ屋敷では放置すれば衛生環境はそう変わらない。
半ば強制的に香風を自身の家に住まわせた理由が体験談だったことを知った香風は改めて謝罪した。
「さて、恋はまだ食べてる………というかまた食べ始めたから置いておくとして。二人にはとりあえず仕事をしてもらうわ。香風は霞、灯火はボクが面倒みる。最初は軽いモノを任せるつもりだから」
「ん、わかった」
客将として正式に働き始める。
香風は武官として、灯火は文官としてそれぞれ霞と詠が担当。
約二名から灯火も武官としてという抗議が上がっているが、詠自身文官の増強をしたかったので却下である。
■
小さな女の子と青年男性の二人組を見た覚えはあるか。
そんな問いかけで得た情報があった。
「城に入っていった?」
「ああ。今朝、かの飛将軍と共に街を見回っていたらしい。多くの人が目撃している。そしてその後城に入って行ったと」
「………聞く限りじゃ、董仲穎殿に仕官した様に聞こえますねー。稟ちゃんはどう思いますか?」
「………。十中八九そうではないでしょうか」
「おおっ!かの有名な飛将軍が街の案内をしていたとなると、かなりの待遇ですねー」
飛将軍・呂奉先。
その名は武人である趙雲は勿論、程立や戯志才も知っている。
董卓軍の武将にして大陸最強とも言われる武の持ち主。
かつて五胡の軍勢を一人で撤退に追いやったとすら噂されるほど。
真偽は定かではないが、常人ならば一目で『嘘』と分かる内容が『噂』のまま燻り続けている時点で、その実力は相当なものだと分かる。
「しかし都を出立した日と、この街に着くまでに要した日数を考えれば早くても昨日です。その日のうちに董仲穎殿の元へ赴き仕官を申し出たとして、呂奉先が出てくるほどの待遇になるものでしょうか」
呂奉先は言ってみれば単騎最高戦力。
その最高戦力を伴っての街の視察というのはつまり、『最高戦力を護衛としてつけるだけの価値がある』という意味である。
これが例えば護衛される側が天子様だというのであれば戯志才とて納得はする。
だが星の確認内容が間違っていなければ、その護衛対象は『聖人』と徐晃将軍と思われる。
「存外、ここも人材不足やもしれんぞ?」
「………人材不足で飛将軍を街の案内役にしますか、普通。それこそ案内なら新兵にでも出来るでしょう」
「あるいは個人的な繋がりがあった、と言うことも考えられますねー」
くつくつと笑う趙雲の言葉と程立の言葉を耳にしつつこれからの事を考える。
とは言っても。
「今のままでは路銀も心元ないですし、どのみちいずれかの方法で稼ぐ必要はあるでしょう」
「………そうですね。となれば、ここに来た目的も含めて─────」
「客将として己を売り込む、ということか」
涼州から別の場所へ行こうにも道中に稼げるところは限られている。
趙雲の武ならまだ用心棒で商人達の護衛で役に立つだろうが、残り二人は武に関しては全く貢献できない。
彼女達が稼ぐのであれば、その頭脳を活かせる場所でなければならない。
「おや。星ちゃんは嬉しそうですね」
「無論。『聖人』に会えるかもしれない、というのもあるが何よりここには呂奉先がいる。仮に先の人物が見当違いだとしてとも、利を逸せずに済むのだ」
「では明日、城に赴いてみましょう。幸いこの涼州は五胡との闘争が止まない地。無碍に帰されるということは無いでしょう」
■
「………ありません」
城内一室。
賈文和こと詠にあてがわれた一室にて、詠と灯火は盤を挟み、対面していた。
「………ボクの、勝ちね」
「ああ。流石は軍師様、だな。現役軍師の思考には追い付けなかった」
長時間に及ぶ対戦は詠の勝利で幕を閉じた。
横で対局を見守っていた月がお茶を出してくれた。
「あ、月。ありがとう」
「ありがとうございます」
「ううん、私もいいものが見れたから」
茶を啜りながら対局の途中からずっと思っていた事を灯火に尋ねた。
「ねぇ、灯火。アンタ本当に打つの初めて?」
「ん? 都に居る時はこうして盤を持つ事もなかったからなあ。相手もいなかったし」
都の誰かと打つなんてことは無かった。
そんな事する相手もいないし、そんなことをするのであれば賄賂の為の金策を考えている連中ばかりだったから。
かといって時折帰ってきた時で居るのは恋とねねだけ。
相手になるとすればねねだが、そもそも盤を持ってないので打つこともできない。
都で香風と出会った後であれば、対戦相手にもなったのだろうが、生憎と碁を打つという発想はなかった。
ちなみに。
灯火は生前とある漫画の影響から碁を嗜んでいたこともあった為、実は初心者ではない。
この世界においては初心者なので初心者と名乗ってはいるが。
あと知識の碁と詠と行った碁はルールが異なっている。
間違えた手を打ったり考慮外の行動が可能だったりしたこともあって敗北した訳である。
(………コイツ、ちょっと説明しただけでこれだけ打てるっていうの? というか初心者に打ち負けたら軍師失格じゃない!)
なお、前世の記憶云々は言えない為黙っている。
その所為で詠の中での灯火の評価が若干凄いことになっているのだが、知る由は無い。
「まあ、いいわ。灯火が来てくれたおかげで今日中の仕事が終わったし。こうして打てるだけの時間の猶予も出来た訳だし」
「それはよかった。ま、伊達に都で役人してた訳じゃないからな」
「香風さんも役人でしたよね? 彼女も文官のお仕事は出来たりするのでしょうか」
「出来ますよ。けど香風はあまり好きじゃないので、こういうの」
都で机に向かって書簡と戦っている香風の顔を思い出した。
まあ確かに好きじゃないというのもあるが、内容が上奏文だったりした。
そんなのばかりだったら、好きになる筈が無い。
「おーい、恋。終わったぞ、起きろー」
「…………ん。終わり…?」
椅子の上で膝を抱えるように丸まって眠っていた恋を起こした。
なお恋の部隊についてはねねが霞の部隊と合同で訓練に付いている。
「恋さんとは本当に仲がいいんですね、灯火さん」
「まあ気が付いたら既に横にいたくらいだから。………そうだな、月と詠に似たような関係だと思うよ、きっと」
「………恋一人でボクの部屋に来て椅子に丸まって眠るなんてしたこと無かったくらいだし」
盤を戻し、茶も飲み終えた三人。
明日からは本格的な仕事が待っている。
「流石に客将扱いだから詳しい内部情報の仕事は回せないけど、それ以外はバンバン振っていくから」
「………お手柔らかにお願いします」
「あはは………。あ、灯火さん、何か必要なモノはありますか?」
「必要なモノ、ですか?………それなら─────」
■
武将に必要なものは数あれど、まずは己の武である。
時には先陣に立って兵を率いていく以上、武将が弱くては話にならない。
「はぁぁぁあああ!!!」
「くぅっ─────!!」
大斧同士がぶつかり合い、火花が散った。
灯火との闘いとは違い、力と力のぶつかり合い。
両者その気迫は戦場と変わりない。
状況は華雄が劣勢。
力だけで言えば互い譲らないが技術面で香風が勝る。
そもそも都に居た頃は“速さお化け”こと灯火と鍛錬をしていた。
華雄ほどの力はないが、速度や技術の高さは全員周知の上。
だからこそ、力で互角なら負けるわけにはいかない。
「なめ、るなぁあ!!」
だが体の体躯では華雄が有利だ。
いくら香風が氣で力を補おうと、体格差は埋められない。
「っ………!」
押し返され、後方へ跳ぶ。
互いに距離が開き、再び武器を構える。
息が上がっている華雄と、まだ余裕が残る香風。
力に大差が無いなら、体格で押し込むか、速さと技術で押し込むか、そのどちらか。
「そこまで!」
霞の号令で両者武器を地面に下ろした。
これはあくまでも模擬戦。だがもしここが戦場で敵同士だったならば、華雄は苦戦を免れなかっただろう。
「ま、香風の力は分かったな。華雄、満足したか?」
「むぅ………先ほどに比べれば、な」
先ほどの内容は無論灯火のと戦いの事である。
相手の武を確かめるという点においては、まあ確認はできたわけだが華雄本人としては不完全燃焼であった。
「お疲れ様、三人とも」
修練場に灯火がやってきた。
後ろには恋もいる。
「おう、灯火。詠のはどうやった?」
「仕事の内容は役人の延長だから。やっていけると思う。………香風の方は、見た感じ大丈夫?」
「せやな。まあ都で賊退治したっちゅうくらいやから、最初からそない心配してはなかった。武も用兵も文句無しや。むしろ華雄の方がいろいろ問題見えてきてなあ………」
「ぐっ………!今日はたまたま調子が悪かっただけだ!」
「はいはい、分かった分かった。とりあえず華雄はもう一回兵法書を読まんとな」
「それはまあ………」
知識では籠城すべきところを突撃してしまうような人物である。
入ったばかりなので強くは言えないが、もう一度そこら辺は自制が効くようにすべきだろうなあと考えていた。
「恋殿~。………ここに居られましたか。こっちは既に終わったのですぞ。あと、霞と華雄は今日の報告だけするようにと詠から言伝を貰ったのです」
「了~解。そんじゃ、ウチらは先にあがるわ。いくで、華雄。さっさと報告済ませて酒や!」
城内に戻っていく二人を見送って、手に持っていた布を香風に手渡した。
「お疲れ、香風。これで汗拭いて、帰ろうか」
「うん、ありがとう」
◆
今日は恋の自宅の一角に作り上げた風呂の日である。
豪族でもない限り自宅に風呂なんて持てないこのご時世。
んなこと知るか俺は日本人だ風呂が無いなら作ってやるわあ な暴走状態に陥った過去の灯火がノリと勢いと情熱だけで時間をかけて作り上げた。
檜風呂なんて立派なモノではなく、近場にあった森林から(恋の力で)木を伐採し、(恋の力で)木材をカットし、(恋の力で)材料を持ち運び組み立てた。
設計図?
そんなものありません。
おかげで組み立てたはいいが、少しずつ水が漏れてたり。
水に強くない木を使ったせいで気が付いたら一部が腐り始めてたり。
水を焚こうとして浴槽が燃えたりと散々な状態だった。
その度にガックシと肩を落としていた灯火の後ろで、それでも恋がどこか楽しそうに笑っていたのは恋以外誰も知らない。
そんな紆余曲折を経て完成したお風呂は木と石を使った風呂である。
ほぼ全て恋の力である。コイツ呂布の使い方間違ってるぞ。
作りは簡単。
少しだけ高い場所に作った巨大鍋(というかもうドラム缶である)に綺麗な水をため、石竈にて焚き木する。
いい感じに水が温まってきたら貯めていた巨大鍋の下部分の栓を外し、そのまま水の通り道を通って木桶風呂に湯が溜まるという仕組みである。
その都合上温度調節が出来なかったり再加熱するにはもう一度水をためて其方から湯を足すという処理をしなければならない。
流石に豪族の様に使用人を召し抱えて湯の準備なんていうのは出来ないので最初の頃は湯が冷めないうちに間髪入れずに交代で入っていた。
そのうち一緒に入った方がいいという恋の行動により、ねねが家にやってくるまでは一緒に入っていたりした。
流石にねねが来てからはその回数は減った………ワケはなく、陳宮キックが飛んできて、恋がねねを叱って結局一緒に入るのだが。
ちなみに今は香風、ねね、恋が入っている。
流石に4人同時に入れるほどの大きさは無い。
特に何をするでもなく、ぼーっと月夜を眺めていた。
「………灯火」
風呂から出てきた恋が隣に座った。
髪はしっとりと濡れていた。
「髪乾かさないと風邪ひくぞ」
「………うん」
恋の家は広い。
それは別に恋がお金の使い方を間違えて広い家を手に入れたとか、そういう訳ではない。
この家には恋が拾ってきた犬やら猫やらの動物がいる。
住む人間は今で4人だが、動物を含めれば結構大所帯だ。
「………どうした?」
そんな動物達も夜は基本静かだ。
というか恋の天然調教により恋の言葉を的確に理解しているかの如く言う事を聞いている。
灯火が犬のセキトをもふっている内に眠った時、セキトに『どいて』と言えばそそくさと場所を明け渡し、そこで恋が眠ったりする。
それくらい恋に従順なペット達である。
「…………何でもない…」
頭を灯火の肩に乗せ、もたれかかる。
それに何を言うもなく、ただ静かに時を過ごす。
「ああ、そうだ」
「…………?」
懐にしまっておいた紙を取り出し、徐にその紙を折っていく。
この時代、紙はまだまだ高級品。
よっぽど重要な内容でない限り竹が使われる時世である。
それを惜しげもなく消費していく。
「灯火殿~、お風呂空いたのですぞー」
「………お兄ちゃん、何してるの?」
「ま、見てて」
香風は空いている灯火の横に、ねねは恋の横に座り、灯火の手元を見た。
「………紙?」
「また何かするのです? ………昨日もそうですが、紙は貴重品なのですぞ」
「いいんだよ。費用は俺が払ったんだから。─────できた」
作ったのは誰でも一度は作った事のある紙飛行機。
現代人なら記憶のどこかで一度は作ったことはあるだろう。
だが。
「…………??」
「お兄ちゃん、それなに?」
「紙飛行機」
この通りこの時代の紙はまだまだ貴重品。
大量消費国日本のように掃いて捨てるほど、生産されているわけじゃない。
であれば当然、『紙飛行機』なんて代物は普及しない。
「昨日見た“天灯”の様にはいかないけど、その分遊ぶにはお手軽。………こんな風に」
軽く宙に向かって投げれば、後は空気抵抗によってふわふわと飛んでいく。
「「「……………」」」
「………あれ。お気に召さなかった?」
なんの前触れもなく唐突に、何でもない様にさらっとやってのける光景に三人は口を閉ざした。
そうこうしている内に庭先に紙飛行機が着陸し、それを回収して戻ってくる。
「はい、香風にあげる。さっきみたいに投げれば飛んでいくから。お風呂入ってくるよ」
「うん。ありがとう、お兄ちゃん」
廊下を風呂場に向かって歩く。
肩越しに後ろを見てみれば、先ほど灯火がしたように庭先に向かって紙飛行機を飛ばす香風がいて。
どこか楽しそうに見えた。
◆
「あー………」
幸い沸かしてからそれほど時間は経過していなかったため、現在ゆっくりと風呂に浸かっていた。
当たり前だがシャワーなんていう便利グッズは無いため、幾分かは減ってはいるが。
「都にいたころは井戸水やら川での水洗いが限度だからなあ………」
上流階級ともなれば入れたのだろうが、残念ながらその恩恵に授かった記憶はない。
こういう至極の一時になると、あの時苦労して風呂を作った甲斐があったなあと過去の自分に感謝するのである。
勿論全面協力してくれた恋にも。
「……………」
「ん?」
風呂場の戸が開く音がし、其方へ目をやる。
勿論だが脱衣場と風呂場は別々で分かれている。
その風呂場の戸が開かれたという事は当然入ってくる人もその場に相応しい恰好をしているわけで。
一瞬だけ視界に入れた灯火は何も言わず体を横に向け、視界から外した。
「恋、お風呂は入ったんじゃなかったのか?」
「…………もう一回、入る」
相も変わらずな調子で灯火の隣に入った。
お互い無言の時間が過ぎる。
「恋、何かあったのか?」
沈黙戦に敗北した灯火が尋ねた。
これまで様々な事を二人で経験してきたが、二回もお風呂に入るというのは記憶違いでない限り今回が初めて。
「…………灯火、恋とずっと一緒って言った」
ポツリ、と零した言葉を聞いて一瞬で記憶を洗い出す。
幸い少し前に月達に昔話をしたのですぐに思い出せた。
………“あの時”の言葉。
決して鈍い系男子ではない。
今の言葉から大体の恋の言いたい事、考えている事を推測する。
「………寂しかったか?」
こくり、と頷いた。
恋も食べ物を食べるにはお金が必要という事はわかっている。
だから灯火が恋の食費を、恋が拾ってきた動物達の食費を稼ぐために給金が良い都の役人になる必要性は理解していた。
だが。
─────どれだけ理屈を並べ、それを理解していても─────
─────心がそれを受け入れられるかは、別である─────
「ごめん」
湯舟の中で抱きしめた。
いずれ飛将軍と呼ばれる、英雄となる前に見た少女にしたのと同じように。
都に居る時に一度、賊の犯行現場と出くわした事があった。
その灯火の生い立ちから、賊に対してよい感情は何一つ抱いていない。
だが賊もまたこの重税に耐えかねた者の末路であるというのは理解していた。
していた、その賊が。
まだ年端もいかない少女を。
■■うとしている光景を見て。
気が付いたら─────賊の首が無くなっていた。
後になって思えば自分もまた頭で理屈を理解していても、感情までは制御できていなかった。
その時は某有名なロボットアニメの台詞を思い出したものだ。
「………恋、灯火の言葉、信じる」
都に出た後も、往復に数日を要するが定期的に帰省していた。
恋が軍に入って今の街に家が移った後も、ねねがこの家に住み始めた後も。
恋ならきっと大丈夫だろうと思っていた。動物達もいる、ねねもいる。
それでも。
「………一人で入るお風呂、寂しかった」
恋が灯火を抱き寄せた。
今まで足りなかった分を取り戻す様に。
「大丈夫」
恋が軍に入ったと言った時点で、涼州に戻っていればこうはならなかったかもしれない。
けれど、そうすればきっと
それは“たられば”の話。
「恋。─────絶対、離さないから」
明日から、今から。それを取り返していけばいい。
生きている限り、それは出来るのだから。
◆
「よし、それじゃ寝るぞー」
四人一つの部屋に川の字になって眠る。
城にあるような天蓋付きのベッドなんて、豪族でもない限り自宅には無い。
「…………」
「? 恋、どうしたの?」
香風の顔をじっと見つめていた恋。
「恋殿?」
既に布団に入ったねねも同様に見つめて。
「ねね、こっち」
「? こっちで寝ろということです?」
「しゃんふーは………そこ」
「?」
「灯火は………ここ」
「あ、ああ………。恋は?」
「恋は、そこ」
突然始まった恋による寝る場所指定。
端から香風、灯火、ねね、恋 という順。
よくわからないまま明かりを消し、横になった。
「れ、恋殿!?」
「こうして………くっつけば、胸があったかい」
ねねを軽く抱えた恋が灯火の横にすり寄ってきた。
「しゃんふーも、くっつく」
「………。なるほど」
恋の突然の行動に目を丸くした香風だったが、恋の真似をして灯火にくっついた。
「─────なんだこれ」
「………こうすれば、みんなあったかくて、幸せ」
「お兄ちゃん、あったかーい………………」
すうすうと寝息を立てる香風。
ねねはねねで驚きはあったものの、特に何も言うことなく瞼を閉じてもうすぐ夢の彼方へ。
「─────灯火、おやすみ」
「………ああ、おやすみ」
そういって瞼を閉じた恋も、しばらくすると規則正しい寝息が聞こえてくる。
(………問題は、この身動きできない状態で眠れるかどうかなんだけど)
幸い今日は体を動かしたし、頭も働かせた。
瞼を閉じれば、気が付いた時には眠っているだろう。
「おやすみ、三人とも」
この小説はR-18ではない。いいね?