莫名灯火   作:しラぬイ

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一体いつから、前話が今年最後の投稿になると錯覚していた?





始まります。


File№06

 

「そうだ、凧揚げよう」

 

「…………?」

 

「凧?」

 

「また始まったのです」

 

趙雲達が客将として訪れてからしばらく。

 

香風達は非番ということで現在恋の自宅にて何もしていなかった。

しかもこの非番。恋・ねね・香風、そして灯火が同じ日に非番になる様に調整して貰った究極の休日である。

恐らく趙雲達三人が来なければできなかった休日だった。

 

いつもなら朝早く起きて朝食の準備をする灯火も、誰も仕事をする必要がないので朝の布団でゴロゴロ。

当然両隣で寝ている香風や恋も同様にゴロゴロ。

ねねも偶さかの休日だし恋も一緒の休み、調整してくれた灯火の事もあって特に何も言わず恋の隣でゴロゴロしていた。

 

しかし流石に丸一日そんな状態であるわけにはいかない。

気のすむまでぬくぬくと布団に包まった後は遅めの朝食。

 

膝の上に乗った香風を抱きながら何をするでもなく、香風と一緒にぽけーっと空を眺めていた。

 

「で、凧とは何なのです?」

 

「糸を使って空中に飛揚させるもの。空中に浮くモノだよ」

 

「空中に?」

 

灯火の説明に香風が食いついた。

空を飛びたいと常々本気で考えている香風にとって、竹とんぼや天灯、紙飛行機など、灯火の出す知識は大いに好奇心を擽る。

 

「興味ある?」

 

「ある!」

 

目を輝かせない訳がなかった。

そんな香風の頭を撫で、立ち上がった。

 

「さて、それじゃまずは材料の調達からだ」

 

 

ところ変わって街中。

両脇に香風と恋、そしてねねを連れて服屋に来ていた。

 

この恋姫世界、服だけは灯火の現代知識と遜色ないほどに見事なバリエーションラインナップ。

となれば当然それ用の布も存在するという訳である。

 

店主と話をつけ、手頃な値段で購入できる布を入手する。

その間は当然暇な恋と香風、ねね。

少し時間がかかるから服でも見ておいで、と言われ三人とも店内散策。

 

とはいえ。

 

「…………」

「…………」

 

香風と恋、二人とも似た者同士。

どこかの曹家金庫番よろしく可愛い服大好きという訳ではない。

むしろ頓着しない部類だ。

 

そんな二人が服を見たところで購買意欲なんか─────

 

「…………」

 

ふと、恋の目にとあるものが目にかかった。

どこか見覚えがあるシルエットだったそれをぼんやりと眺めながら手に取った。

 

はて、どこで見ただろう、と首を傾げる。

 

「これは呂奉先様、いらっしゃいませ。本日は何かお探しですか?」

 

「…………」

 

そんな折にやってきたこの店の女性店員。

元より無口な恋がしゃべる事はないし、それは女性店員とて理解している。

 

その武において並ぶ者無しと言われる恋。

一歩外に出ればそれは畏怖の名である。

 

だが街中ではねねと共に肉まんを口いっぱいに頬張る姿や、机いっぱいに皿を並べた満漢全席を一人で食べる姿を見かけられており外とはまた違った意味で有名人。

ほんと食べてばかりである。

にも関わらずスタイルが全く変わらないあたり、街の若い女性の間ではその体質に羨望を持っていた。

 

「………それは」

 

恋が手に持っていたモノに気付く店員。

それはどちらかと言えばマニアックなモノ。

こんな趣味があったのだろうか、と思った時だった。

 

「これをお求めに………あら?」

 

店員の視線の奥。そこには店主と話す男性の姿があった。

一瞬誰だろうと思ったが、次には目を見開いた。

 

(あれは!呂奉先様の旦那様!!)

 

すっげー勘違いであるが、残念ながらそれを否定する者はどこにもいない。

というより以前から時折この街に姿を見せては恋に腕を引かれ家に入っていく姿を何度も目撃されている。

恋自身別に周囲の視線を気にしない人間だし、灯火も言わずもがな。

巷で天下の呂奉先に想い人がいる、という噂が出るのは当然だった。

というかこの時代まともな娯楽などないため、誰か一人が見たという事を言えばあっという間に広まった。

 

そしてつい最近。

今までは時々しか見る事の無かった呂奉先の想い人を、彼女が連れて街を巡回している姿を大勢の人が目撃している。

 

それまでは噂を噂としてしか考えていなかった者達も、あの噂は事実だったと一瞬で理解した。

 

趙雲達がこの街に来て『聖人』と思わしき人が呂奉先と共に城へ向かったという情報を得られたのはこのためである。

 

「どうでしょう、呂奉先様。一度付けて見ては如何でしょう?」

 

「………これを?」

 

「はい!きっと、というか絶対にお似合いです! 彼方の方も似合っていると喜ばれますよ!」

 

「………灯火?」

 

「はい!」

 

後ろを振り向いた先にいる灯火を見て、尋ねた恋。

テンションMAXな女店員はきっと旦那様の真名なのだろうと口には出さなかったが、力強く肯定した。

店員からしてみればお買い物デート真っ最中としか見えない。

まさかまさか自分が働く店に来てくれるとは思っても無かった事もあり、テンションは振り切っていた。

 

「あ、それとそれを付けられるのでしたら、此方のご衣装もご一緒にどうでしょう?」

 

「………それ着たら、灯火喜ぶ?」

 

「はい!それはもう!」

 

この女性店員を止める人はいなかった。

 

 

 

「ほら、ご所望のモンだ。………だが、流石に最後の“密閉性の高い”ってのはウチじゃ取り扱ってねぇな。その分丈夫な商品は取り扱ってる」

 

「そうですか、わかりました。もしかしたら今後も尋ねるかもしれません。その時はまたお願いします」

 

巻かれた布生地を貰いお金を払う。

店側の準備に時間を取ってしまったが、此方が突然訪問したのだから仕方がない。

 

「お兄ちゃん、終わった?」

 

「ん、ごめん待たせた。香風は何か欲しい服とかなかったのか?」

 

「シャンは特に無い。今ので困ってないから」

 

「そうか」

 

まあ当人が不要と言うのであれば灯火も強くは言わない。

灯火自身もあまり自分の服に頓着しない主義なので特に何かを言うつもりもなかった。

 

「ところで恋とねねはどこ行った?」

 

「さぁ。途中までシャンと一緒だったけど、気が付いたらどこかに行ってた」

 

「まあ、この店のどこかにいる─────」

 

だろう、と探し始めようとした時だった。

駆け足音と共に後ろから一人の女性店員がやってきた。

 

「旦那様!お探ししました!」

 

「…………は?」

 

恐らく初めて会う人物から探したと言う言葉を聞いたが、それ以上に今なんと自分の事を呼んだのか。

 

「えっと、旦那様って俺のこと?」

 

「はい!………あ、もうしわけございません!私の旦那という意味ではございません。失礼いたしました!」

 

「は、はぁ………?」

 

なんだこの人すげぇテンション高けぇな というのが第一印象である。

灯火の苦手な部類だった。このテンションの人について行くのはしんどいのである。

 

「えっと、それで探していたというのは?」

 

「はい!こちらで呂奉先様がお待ちですので、ついて来てください!」

 

「………はぁ」

 

女性店員から恋の名前が出たのでとりあえず大人しく後をついて行く。

店の少し奥に入っていくと、そこは試着室のコーナー。

流石にここまで来たら灯火でも理解するというもの。

 

「ああ、もしかして何か試着を?」

 

「はい!それでぜひ貴方様に!」

 

テンション可笑しいし俺に対する敬称がなんかおかしいとは思ったものの、その話をするのもパワーが必要そうな女性店員。

曖昧に笑いながら試着室の前まで来て声をかけた。

 

「恋? 何か欲しい服があったのか?」

 

恋とは長い付き合いだ。

食に関しては興味津々でよく食べるが、少なくとも服に関しては今まで何かを言った事はなかった。

恋がどんな服に興味を持ったのかというのは気になったし、もしそうなら買ってあげようとも思った。

 

「………灯火?」

 

布で仕切られた先から聞こえてきた声。

女性店員の手解きのもと、ばっちり服は着ており、呼びに行くので少し待ってて欲しいとこの場にいた恋。

そこに灯火がいるのであればこれ以上ここに居る必要はない。

仕切りの布を追い払って一歩外へ出た。

 

「………………………………………」

「………………おー」

 

灯火は完全に硬直し、香風は感嘆の声をあげた。

 

黒いハイヒールに黒網タイツ。

女性水着を思わせる服と言っていいのかかなり不安な服は胸元完全開放。

辛うじて見えてはいけない部分が隠れているギリギリの状態。

腰には大きなリボンが飾り付けられており、クルリと回る際に見えたお尻部分には白い綿の様なモノが装飾されている。

 

もはや意味をなさず完全な装飾となっている首元の蝶ネクタイ。

そして

 

「…………?? 灯火、似合う?」

 

頭には黒と白を基調としたウサギ耳がついていた。

 

上から下、下から上まで余す事なく確認した灯火は完全フリーズ。

思考の“し”の字すら頭が働いておらず、ただの映像記憶装置としてそこに佇んでいた。

 

と。

 

「………恋も、ウサギになった。………ぴょん」

 

 

「ごふっ!!!!!!!」

 

 

とどめの一撃が灯火に炸裂し、膝から崩れ去った。

確かに頭のそれはウサキだけど全体の衣装は完全なバニーガールでというか何でそんな服装着てるの恋恐ろしく似合ってて何もいえねェそもそもなんつぅコスプレ衣装売ってんだこの店!?

と、思考がぐるぐるになったが一言言うならこれはこれで全然OK。

 

「………似合わなかった?」

 

少し悲しそうな表情で見つめてくる恋に即座に再起動。

こんな格好させてその表情させたら罪悪感で死にかねない。

それに恋を見るに結構気に入っているみたいだ。

 

「いいや全然!!むしろ─────」

 

 

だいなみっく………ちんきゅ~~~─────えんとりぃぃぃぃいいいいい!!!

 

 

「ごっふぁぁぉおぉおおおおお!?」

 

説明しよう!

だいなみっく陳宮えんとりーとは、日々灯火に対して放っていた陳宮キックでは速度パワー共に灯火に有効打を与えられないと理解したねねが死角から回避が間に合わない程の速度で飛び蹴りを放つ技である!

 

「なぁにぃをやってるのですかー!!!」

 

蹴り飛ばしたねねが倒れた灯火にのしかかりマウントポジション。

理不尽な暴力が灯火を襲う。

 

「いっっでぇ………、いや俺は何もっ………!」

 

「嘘言うなです!恋殿がこんな格好をするのはねねか灯火のどちらかでしかないのです!ねねが眼を離した隙に!こんなうらやま………もといけしからんことを!」

 

ビシバシ!と頭部に掌を叩きつける。

流石に全力ではないらしくそこまでの痛みは無いが、ここは店内である。

 

「わかった、分かったからどいてくれ。このままじゃ流石に体裁が悪い」

 

「ふん!恋殿にこの様なカッコをさせてる奴が何を気にしてやがりますか………!」

 

そう言いつつも灯火の上からどいたねねがぶつぶつと恋の衣装を見ていた。

もはや何も言い返す気力を失った灯火は溜息をつくしかない。

 

「………ねねは、これ似合わない?」

 

「そんなことないのですぞ!恋殿ならば何を着ても天下一!じゅーぶんっ、似合っております!………ただ、こういう人の往来がある場所ではそのカッコは聊か控えていただきたいのです~。着るとしても家で………」

 

「そうだな、恋。正直に言って物凄く似合ってるし可愛いよ」

 

言いそびれた言葉をしっかりと伝えていく。

変に誤解されたままというのは頂けない。それが恋や香風ならなおさらだ。

 

「…………!うん、よかった」

 

ぱぁ、っと明るい表情で笑う。

彼女を知らない人間が見ても表情が変わったようには見えないだろうが、付き合いのねねと灯火には輝いて見えた。

 

「それで、その服買うのか? 恋が欲しいなら買ってあげるけど?」

 

「…………灯火が喜ぶって聞いたから。これ、家で着たら喜ぶ?」

 

「………まあ、そうだな」

 

バニーガール姿の恋が家にいるときは特に訪問とか、外にそのまま行かない様に見張っておかないと、と決心する。

同時に恋がこの格好になった経緯を悟った。

大方あの“耳”を見つけた恋が手に持ったところに店員が来て、そのまま流れで試着室で着替えたのだろう。

 

「お兄ちゃん、あの恰好が好き?」

 

「ん? ああ、いやそん─────うだな、うん。好きだな」

 

好きか嫌いかで言えば間違いなく好きなのだが、如何せんあれが家の普段着になるのは困る。

この時代はどうか知らないが、少なくとも現代であれを家着として来ている奴はいない。………よね?

いやこの時代でもいると思いたくないのだが。

 

「じゃあシャンも着た方がいい?」

 

「えっ」

 

その後。

上目遣いの涙目(天然)に無言の敗北を喫した灯火は、そのまま香風のバニーガールコスプレ衣装も購入することに。

それを見た恋がねねのもと言って持ってきた時には更に驚いて思わず陳宮キックを回避することになる。

 

なお想定よりもはるかに手持ち金が無くなったため、ひっそりと灯火分の食事量だけしばらくの間減る事になるのだが、彼女達は知らない。

 

 

 

 

なんやかんやあって現在、恋の家である。

周囲は背の高い草壁で囲っているため、周囲の道から庭や家の中が見える事は無い。

 

家でのファッションショーを終えた灯火は、当初の目的を果たすべく工作を続けていた。

その間。

 

「恋殿~。もう着替えていいのでは?」

 

「………今日は、これで灯火と過ごす」

 

「(じーっ)」

 

胡坐をかいて作業する灯火の両隣にウサギが二匹寝転がって日向ぼっこをしていた。

いろいろ言う事をやめた灯火は時折視線が合った恋や香風を撫でながら、作業に集中。

そして。

 

「よしっ、完成」

 

「おー」

 

竹の骨組みに布生地を貼り付け、糸を繋げた人の横幅よりも少し大きい凧が完成した。

しかもこの布生地は無地ではなく。

 

「これ、シャン?」

 

「そ。で、こっちは恋で、こっちはねねだな」

 

デフォルメされた香風と恋とねねが布生地の中央に縫われていた。

この時代は捨てて掃くほど物品は流通していない。

手直しできるものがあるなら例え戦場で使う防具だろうと手直しするのは当然。

であるならば、裁縫のスキルが自然と向上するのも当然だった。

 

「これをもっと大きくしたら、シャンも飛べる?」

 

凧に描かれた自分達を見た香風が尋ねた。

 

「んー………どうだろうか。巨大凧で人が飛ぶことは………ちょっとわからないな。──けど、これの派生なら飛ぶことができる」

 

「ほんと!?」

 

「嘘は言わない」

 

パラグライダー。

原型は現代における宇宙船回収用の柔軟翼。

 

これもまた風を受けて飛行する。

 

(むしろ気球よりもより“鳥の様に飛ぶ”事が出来るかもしれない)

 

現在金銭と相談しながら少しずつ気球に向けて材料の調達や設計図の創作を行っている。

が、やはりと言うべきか難航気味。

涼州はお世辞にも人々が行き交う大都市というわけではない。

流通の点を見るのであれば都洛陽や長安、そこに近い苑州や揚州の海岸線の街の方が物流はいい。

 

(こっちはパラグライダーに向いた地形も多々ある。気球よりも安価に済むし、耐えられるだけの生地も見つけやすいか………)

 

気球プランを凍結するつもりはない。

だが実現性を考えた場合、まだパラグライダーの方が比較的早く実現しやすい。

 

(プランを並行で進めよう。ただメインプランは一旦パラグライダーに変更か)

 

「お兄ちゃん、着替えてきたよー」

 

「…………戻ったら、また着る」

 

外に行く為着替えてくる様に伝えた恋と香風が戻ってきた。

流石にバニーガール姿で外を出歩く勇気は灯火にはなかった。

 

「っし。じゃあ行こう。ねね、戸締りは確認してくれた?」

 

「はい、大丈夫なのです」

 

「じゃ、取り合えず一旦外に行くか」

 

玄関を閉め戸締り。

流石に庭先で凧揚げをするほどの広さはないため、街の外に出る事にした。

 

その道中。

 

「おや、莫殿。それに………みな揃いでどこへ?」

 

「ああ、趙雲殿。街の外にちょっと凧揚げに」

 

今日は街の警邏を担当していた趙雲とばったり出会った。

 

「蛸揚げ………? はて、街の外に商人が来ているのですか? 酒のツマミを買いに?」

 

「あぁ………そっちの蛸じゃないです。というか蛸知ってるんですね」

 

「これでも大陸を旅する者。南東の呉など海に近い街に訪れた事もあります。そこで産地名産の一品を食べるのも、また醍醐味の一つよ」

 

その時の光景を思い出しているのか、うんうんと頷きながら笑う。

確かに旅の醍醐味の一つはその地で食べられる食事だろう。それは現代になっても全く同じだ。

 

「して、莫殿の言う『たこあげ』とは? 徐晃殿が大事に持っておられるモノか?」

 

「ええ。これは『凧』と言って、空に飛ばして遊ぶモノなんです」

 

「ほう、空に飛ばす………」

 

少し興味を示した様子を見せた。

彼女もまた見たことないモノだった。

 

「よかったら見に来ますか………と、言えればよかったのですが。趙雲殿は警邏途中の様ですし、またの機会ですね」

 

「そうなる。流石に客将の身で仕事をサボったとあっては路銀に響いてくる。また今度時間がある時に私にもご教示くだされ」

 

「ええ、いいですよ。………まあ上手くいけば外壁の外の空を眺めてください。今日はいい感じに風も吹いてますから、見れると思いますよ」

 

「外壁よりも高く飛ぶ、とおっしゃるか。───なるほど。それでは見える事を期待しながら待っておく事にしよう」

 

 

外壁。

街を囲うように建てられた大きな壁である。

 

「それで、どうやって飛ばすの?」

 

キラキラワクワクという擬音が聞こえてきそうな表情を見せる香風。

それに薄く笑いながら香風から凧を受け取った。

 

「香風はこっちの糸を持って。これを飛ばす方法は、風が吹く方向に向かって走ることだ」

 

「走る………それだけ?」

 

「俺が凧を持って、香風の後ろを走る。で、頃合いを見計らって手を離す。凧が風を受けて揚力得られるから、糸を伸ばしながら操作。上手くいけば糸の長さが続く限り空へ空へ飛ばせるよ」

 

「………難しそう」

 

灯火の説明を受けた香風だったが、少しイメージが付かなかったらしく不安顔。

これには灯火も苦笑するしかない。

 

「何事も経験だな。凧が壊れない限りは何度でもやり直せるから、一回やってみよう」

 

 

風は良い程度に吹いている。

周囲の足元は特に問題無し。視線が上になりがちなので、目視でもいいので確認しておく。

 

「よし。香風、準備はいいな?」

 

「うん、大丈夫」

 

「………行け、走れ!」

 

灯火の合図と共に疾走する。

風が吹いていた方向へ、正面から走り込む。

 

「行けるか?」

 

凧を持って追従していた灯火が手放した。

 

「─────っ」

 

走りながら振り向けば手放された凧は確かに宙に浮いている。

が、高さは人の背程しかなく今にも地面につきそうだ。

 

(走りが、足りないっ?)

 

「いや、香風!止まって紐を引いて風を受けろ!」

 

少し離れた場所にいた灯火が叫びながら香風の方へと駆け寄ってくる。

体を反転させて紐を握るが、『風を受ける』という感覚が分からない。

 

「紐を引いてっ………うぅ」

 

なかなか上にあがらない。

確かに浮いてはいるのだが、低い位置を漂っているだけだ。

 

「─────っはぁ、捕まえた」

 

息を切らして追い付いた灯火が、香風の手を上から優しく握った。

もう片方の手は香風よりも凧に近い位置の紐を。

 

「まあ、最初は誰だってそんなもんだ。慣れれば走る必要もない………ふっ!」

 

ぐいっと力いっぱい凧を引き寄せ─────

 

「あっ」

 

次の瞬間、香風と恋とねねが描かれた凧が、大空へと舞った。

 

少し離れた場所から見ていた恋とねねも合流する。

全員の顔が空を舞う凧へ向けられる。

 

「香風、紐から風の力は感じるか?」

 

「うん。………力強くて、不思議な感じ」

 

「なら香風。その『力強くて、不思議な感じ』は忘れないこと。今までのは一度飛ばしてそれで終わりだったからわからなかったけど、いずれ空を飛ぶのならその“風の力”をよく理解して、利用しなくちゃいけない。空を飛ぶ鳥ですら、その力を利用してるんだ。………きっと、今の香風には手ごろで一番分かりやすい教材になるはずだよ」

 

「うん………! シャン、空を飛ぶために頑張る………!」

 

 

嬉しそうに、けれど力強く頷きながら紐を巧みに操り、凧は空高く上がっていく。

 

 

 

 

 

「おや?………あれは」

 

街の喧噪の中、莫殿が出ていった方向をふと見上げてみた。

別に意図した訳ではない。

気にはかけていたが、意識して見上げた訳ではなかった。

 

一つの何かが空を漂っていた。

あれが言っていた凧なのだろう。

 

「………ふっ。彼らの顔はここからは見えんが─────」

 

 

───今、どんな顔をしているのかは手に取る様にわかるな。あれは───

 

 

 

 

 

悠然と空を漂っている。

 

 

描かれた三人の笑顔が、今の香風達を示す様に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。

前話の反動が大きすぎて速攻次話投稿してしまいました。

反省も後悔もしていない。


バニーガール恋の元ネタは真恋天下からです。



それでは皆様、良いお年を。
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