莫名灯火   作:しラぬイ

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新年あけましておめでとうございます。
今年一年もよろしくお願いいたします。






ま、新年始めはね?


始まります。
(追記:誤字報告ありがとうございます)


File№07

涼州は内外から敵の対処に迫られている。

それは内側で発生した賊の討伐という意味であり、北や西から攻めてくる五胡と呼ばれる軍勢達からの防衛という意味である。

 

異民族の侵攻については董卓軍だけでなく、大陸において有名な馬騰率いる一派も対処している。

だがそんな彼女達とはいえ、この広い涼州をカバーできる訳ではないし相手も考え無しではない。

防衛がいないところを突いて侵攻、というのは往々にしてあるものだ。

 

そういう穴を防ぐのが董卓軍である。

 

今までは華雄・霞・恋という三人の武将でカバーしていた。

だが外だけでなく内側もとなればとてもじゃないが手が足りず。

そして軍師として全体指揮をとれるのが詠とねねの二人だけ。

これではいくらメインの馬騰一派が抑えているとは言っても、いずれボロが出るのは明確だった。

 

だからこそ趙雲・戯志才・程立・香風そして灯火らが客将とはいえ参戦してくれたことに大いに喜んだ。

特に内政を含めた全体指揮を実質的に取っている詠の心労はかなり抑えられたことだろう。

 

そして現在。

人数も一時的にとは言え増えた事で精神的にも身体的にも時間的にも余裕が出来た詠は、現在内政に取り掛かっていた。

なにせ人が増えたと言っても一時的なもの。いずれは客将である彼らはこの地を去る事になるのだから。

 

そんな事でつい先日、月を含む六人で内政について話し合った。

現時点で噴出している問題点や改善策、今後を見据えた内政案。

客将の三人にも入ってもらい、よい意見を貰えればと思って始めたモノだったのだが。

 

「………“学校”、ね」

 

灯火が提案した“学校”なるモノを改めて考える。

説明は聞いたし、目的も聞いた。

 

それは明日生きる為の知識を得る為の場所。

 

「月は灯火の説明を受けたとき、凄く喜んでたわね………」

 

自分の君主であり親友でもある月。

この時代において豪族として生まれ、自分にできるならとこうして街を治めるまでに至った。

その心の優しさ、そしてその芯の強さを詠はきっと誰よりも認めている。

そしてそんな彼女が今、乱れつつある漢の情勢を憂いている事も知っている。

 

だからこそ。

『賊をどう討伐するか』ではなく『そもそも賊が生まれない様にするにはどうするか』を提案してきた灯火に、月は感銘を受けた。

その提案が今までに聞いた事の無い提案だったから、自らがどうすればいいのかと悩んでいた問題の、その解決へと繋がる一つだったから。

故に月はあれだけの笑顔だったのだろう、と今になって思う。

 

民全員が必要最低限の教養だけでも受ける事ができれば、文字が読めない事で騙される事もないし。

数字が読めない事で商人に不当な金で農作物を買い取られる事もない。

伝聞頼りの農政だって個々人が書物を読めるようになればより安定した農作物を作れるだろう。

農作物が豊になるということはそれに伴い税収が増える。

税収が増えればそれだけ民の為に道路整備や建物の補修などに金を使える。

 

加えて文字が読めるようになるという事は罪を犯した際の罰則規則の文も読めるということ。

そうなればいざ邪な考えが脳裏に過ったとしても踏みとどまるかもしれない。

もっとも、悪意ある者はその限りではないが。

 

「ボクの意見もちゃんと聞いてくれてたし………」

 

けれど詠には心配があった。

それは教養を受けた者が必ずしも善人になるとは限らない事。

知識を付けた事で悪いことを考えるようになる人物はいるだろう。

その場合、その悪しき知恵が月へ向かわないか、と思った。

 

「………このボクの考えも、元は漢の腐敗が原因、か」

 

自嘲気味に笑う。

ほとほと朝廷共の腐敗っぷりには辟易していたが、自分もまた多かれ少なかれ毒されていたということだ。

 

「───ダメダメ、暗くなる暇なんてない」

 

灯火が出した案は複数あったが、どれもこれも一朝一夕で為せる事ではない。

知識を得られるには時間がかかるし、そもそもそんな金を先に用意する必要がある。

学校以外にも街の防衛計画と称して外壁の更に外側に濠を作るなんて事も案として出していた。

 

「資料だってこの時の為に作ったみたいなモノを渡してくるし」

 

現代においてプレゼンテーションなんてものは社会人であれば規模の大小こそあれど大抵の人は経験することである。

単純にそこで培った経験をそのまま流用しただけなのだが、詠がそれを知る事は無い。

 

都で役人を、しかも上から煙たがられていながらなおその地位に居座っていた、『聖人』の一端を垣間見た気がした。

本人がそれを聞けば十中八九顰めっ面になるだろう。

 

「………恋で釣ったら仕官してくれたりしないかしら」

 

 

 

 

涼州はその立地上、五胡と呼ばれる蛮族達の侵入がされやすい場所にある。

五胡の中には妖術を扱う者がいるという嘘か真か分からない噂があるが、今はまだその域から出ていない。

 

戯志才、程立、趙雲、そして香風。

隊を率いる技量を持つ二名と策を授けられる二名がいることで、五胡討伐の軍編成の自由度は格段にあがる。

度々の同じ防衛戦で戦った仲であるが故、香風自身の性格もあって四名は真名を交換していた。

 

「空を飛びたい、ですか」

 

「なかなかぶっ飛んだ夢を持ってるじゃねぇか」

 

稟に合いの手を挟んだのは(ふう)の頭の上にいる宝譿である。

宝譿がしゃべっている間、(ふう)の口が僅かにもごもごと動いているのだが、気付いていても指摘しないのがお約束。

なお、指摘したところで何事も無く流されるので、指摘するだけ無駄だったりする。

 

「うん。だから今は『凧』で鋭意、とっくんちゅう」

 

初回こそ凧揚げに手間取ったものの、流石は武人とも言うべきか数度手解きすると一人で凧を上げられるようになった香風。

今は凧から受ける風の強さを元により高く上げる事は勿論、風の許す範囲で自分の飛ばしたい方向への操作を練習している。

 

凧と聞いて三人は香風が以前見せてくれたモノを思い出した。

香風とねね、恋が簡素ではあるが布地に描かれた、糸をつないだ物体。

あれで風が吹いている時という限定ではあるが、空へ飛ばすことが出来るという。

目の前で香風が見せてくれた時は驚いた。

 

「私も凧を始めて触ったが、思いのほか『風の力』というのは強かった。………恐らく香風に見せて貰わなければ一生知る事は無かっただろう」

 

良い経験だったと話す星に、香風も同意する。

香風一人だけではその力を感じる事はできなかっただろうし、そもそも鳥の様に飛ぶには鳥と同じように手をぶんぶん振るくらいしか方法は思いつかなかった。

 

「そういえば香風は莫殿のことを“兄”と呼んでいますが、実際血が繋がっている訳ではないのでしょう? なぜ“兄”と?」

 

「義兄妹の契りを交わしたのです?」

 

以前から疑問だった呼び方について稟と(ふう)が尋ねた。

彼女らも件の男の性格は日頃の接触で把握しているため、呼び方を強要している訳ではないというのは感じていた。

 

「うーん…………さぁ?」

 

「さぁ、って………」

 

視線を逸らして恍けた香風に三人は苦笑い。

契りの様な明確な契機があったわけでも、そう強要されたわけでもなさそうだというのは彼女の顔を見てわかった。

 

「何かそれらしい理由はないのか?」

 

「理由………」

 

茶を啜りながら思い出してみる。

一番初めに出会った時は少なくとも“兄”としては呼んでいなかった。

かといって灯火が『兄と呼べ』と言ってきた訳でもない。

気が付いたら香風が『お兄ちゃん』と呼んでいた。

 

「都を出る時には既に『お兄ちゃん』と呼んでいたのであれば、都で一緒に居た時の事を並べてみてはどうでしょう」

 

(ふう)の言葉を受け、都に居た頃を思い出す。

 

一緒に役人の仕事をした時は、疲れ果てた自分を気遣ってくれた。

片づけるのが嫌になる様な役人仕事を時には手伝い、時には終わった後に労ってくれた。

遠征から帰ってきた時は『おかえり』と迎えてくれた。

一緒にご飯も食べたし偶さかの休日も共に過ごした。

最後は一緒の家で生活していた。

 

そこまで思い出して、共通している事を見つけた。

 

「お兄ちゃんと一緒にいると、心がポカポカする」

 

これが理由なのだろうか、と内心首を傾げる。

 

「都に居た頃は、自分の身は自分で守らないといけない。誰が敵で誰が味方かわからないところじゃ、自分しか信用できなかった」

 

思えば出会う前まではずっと息苦しかった。

心休まる日なんて一日も無く、隙を見せない様に常に気を張り続けた。

仕事途中のちょっとした眠気によるウトウト状態ですら許されなかった。

 

「けど、お兄ちゃんと出会ってからシャンは一人じゃなくなった。一緒に色んな事をして、見て、食べて、過ごして。お兄ちゃんが傍にいると、シャン、すごく安心できた」

 

けれど、と思う。

では安心できなくなったら『お兄ちゃん』ではなくなるのか、と。

それは違う、と心の中で否定する。

 

「うーん………お兄ちゃんって呼ぶのが、一番しっくり………」

 

分かった様な分からない様な。

香風にしてみれば元々そこまで深く考えた事は無く、考える必要性も感じなかった。

これでいいやと納得した様に茶をゆっくりとすすって自己完結した。

 

が、そのもはや独り言とも言うべき香風の言葉は、同じ卓を囲っていた三人には聞こえている訳で。

しかも香風が自己完結してしまった所為で三人は断片的な情報からしか推測できない。

 

「香風、それって───」

 

「稟、それ以上は野暮というものだ。その先は我々が口にすることではないだろう」

 

「そうですよー。まったく、稟ちゃんは妄想力だけは人一倍なのですから」

 

二人に釘を刺された稟は渋々と口を閉ざした。ついでに余計な一言を付け加えた少女を睨む。

幸い香風はそれについてさして気にしてもいない様子だったため、この話は三人だけに留まる話となった。

 

「にしても、空ですか。普通ならば飛びたいと思っても“思うだけ”で終わりそうなものですが。莫殿は香風の『夢』に対して『できる』と答えたんですよね」

 

「そう。お兄ちゃん、シャンの知らない事をいっぱい知ってて実際に見せてくれた。竹とんぼ、とか、紙ひこうき、とか。後はてんとうって言うのも」

 

「なんと。『凧』以外にもあったのか?」

 

「うん。どれも初めて見たし、どれも空を飛んでた。簡単なモノからちょっと準備がいるモノまで。それでその中には一つも鳥みたいにバタバタしてるものがなかった」

 

その言葉に驚きを隠せない三人。

普通香風の『空を飛びたい』という願いを聞いた所で、『ではどうするか』という具体的な例を示す事すら困難だ。

星は勿論、稟や(ふう)でさえ真剣に考えて方法を提供しろ、と言われたところで不可能なモノだ。

それを一つ提供するだけでもすごいことなのに、あろう事か二つも三つも香風に見せたという。

 

「ごちそうさま。それじゃ、お兄ちゃんのところに行ってくるけど、みんなはどうする?」

 

「ああ。私達はもう少しゆっくりしておく」

 

「わかったー」

 

小柄な彼女の背を見送ったあと、三人は改めて思案顔になる。

内容は勿論件の男のことだ。

 

「………香風のお兄さんは、一体どこでその知識を得たのでしょうか」

 

(ふう)の中で何かが引っかかっていた。

彼女もまた知識は豊富で様々な文献には触れてきた。だがその中に一つとして『空の飛び方』なる書物など無かった。

無論自身が知っている事全てがこの世のすべてなどと言うつもりは無い。

それを差し引いてもこの場にいる三人が全く知らないというのはあり得ない。

 

「そうですね。『人が空を飛ぶ』というのは大偉業です。もし過去に誰かがこの大陸でその偉業を為していたのであれば、それが書物に残っていないなどは考えられない」

 

「だが今の時点において私も稟も(ふう)も。誰一人としてその様な書物を見た・聞いたという話は聞かない。………となれば、その『空を飛ぶ』というのは莫殿が一人で考案したモノ、ということか?」

 

「考えられるとすれば、そうでしょう。ですがそれほどの大偉業を都の政務片手間に出来る事か、と問われれば………」

 

「否ですよ~。流石にそこまで簡単なハズがありません」

 

その言葉に星も稟も頷くしかない。

多少の手間事であればまだしも『空を飛ぶ』という偉業を片手間というわけにはいかない。

 

三人の間に沈黙が流れる。

初めて出会った時も此方の事を知っていた様に話していた。

誰も聞いたことがないようなことを知っているし、空を飛ぶ方法すら知っているらしい。

 

「案外どこからも知識を得ていなかったりするのでは?」

 

頭の中で考えた結果、ふとそんな言葉が出てきた。

 

「? どこからも知識を得ていない、というのはどういうことですか、(ふう)

 

「言葉通りなのですよ。香風のお兄さんは別にどこかで書物を読んだわけでも、自らその知識を開拓した訳でもない、ということです」

 

「では何か。莫殿は最初から『空を飛ぶ』という方法を知っていた、というのか?」

 

「現状ではそう考えるしかないですね。もしくはお兄さんが超人染みた要領の良さを持っていて、都の仕事の片手間に『空を飛ぶ』という大偉業を手掛けているかのどちらかでしょう」

 

「………まだ後者の方が考えられますね。流石に『最初から知っていた』というのは少し納得しかねます」

 

稟の呆れた言葉と共に自然解散となった。

星も一種の冗談だと思っているらしく、大して気に掛けていないようだ。

 

「……………」

 

ただ一人以外。

 

 

 

 

城の中庭に来ていた。

きょろきょろと視線を動かしてみれば長椅子に寝転がる人物を見つけた。

 

「灯火さん」

 

「ん………月か」

 

昼寝をしていたのか薄く目をあけた灯火が体を起こした。

あくびを噛み締める姿を見て少しだけ罪悪感が募った。

 

「すみません。起こしてしまいましたか?」

 

「いやいいよ。それで、何か急ぎ?」

 

「いえ、急ぎというほどではないのですが………、少しお話したくて。よろしいですか?」

 

「俺はいいけど、その前に。それは俺一人の方がいい? それとも誰か一緒でも?」

 

「え? 私は特にどちらでも大丈夫ですが………」

 

「そう」

 

そういって目線が月の後ろに向けられるのを見て合わせて振り返る。

 

香風がそこにいた。

手招きに合わせぴょこぴょことやってくる姿は小動物のよう。

 

「お兄ちゃん、今大丈夫?」

 

「大丈夫」

 

「ん、よかった」

 

灯火を挟んで月とは反対側に座った香風がそのまま体を預けてきた。

頭を撫でる様子を微笑ましく月が見つめる。

 

「ん? 月もご所望か?」

 

「へっ? えっ、あ、違います。仲がいいな、と思って………」

 

「それは残念。 あぁ、けど月の頭を撫でたら詠がすっ飛んでくるか」

 

冗談か本気でそう思っているのか、そんな灯火の言葉に小さく笑う。

一息ついたところでお互いが長椅子に座り、何事もなく庭師が丁寧に手入れした木々花々を眺めていた。

 

「灯火さん、この間はありがとうございました」

 

「この間? 何かしたっけ」

 

「はい。文官で集まった際の内政について、です」

 

内政、と聞いて思い出す。

その記憶は残っているし、そこでやたらめったら月が笑顔だったのは覚えている。

終わった後は別の予定が有りあまり話せなかったが、お礼を言われたのは覚えていた。

 

「いや、別に礼を言われるような事はしてないつもりだけど」

 

「そうかもしれません。ですが私がそう思い、感じたから。お礼を言いたいと思いました」

 

「それなら改めてどういたしましてと言っておきますよ。───して、月は大層喜んで俺の提案を肯定してくれてたけど、何がそんなに気に入った?」

 

灯火からしてみれば現代システムを可能な限りこの時代に合わせた形にマイナーダウンして提案しただけだ。

それでもこの世界の住人にしてみれば画期的に見えるあたり、時代の流れは凄いなと他人事の様に考えていた。

 

「全部です」

 

「………全部」

 

「はい」

 

きっぱりと満面の笑みで言うものだから何とも言えない。

確かにあの提案をした際に自分の考えも織り込んで伝えたのは事実。

その中には若干希望的観測も含んでいたが、決して不可能なレベルではなかったハズと今でも思っている。

頭を悩ませるとしたら初動に必要となる資金集めくらいだろう。

もっともそれもあの場で提案していないだけであり、いくつか見当はつけていたのだが。

 

「………民は農業で命を繋ぎ、税を納め、今を懸命に生きている。そんな人達が集まって出来上がったのがこの街です。活気があって、皆が生き生きとしている。勿論中には喧嘩をしたり、というのもありますが、皆笑って暮らしている」

 

瞼を閉じてみれば街中の光景が目に浮かぶ。

笑い合う顔に客寄せの為の声。それらはいつか月が夢みた光景のそれと同じだった。

 

「けれど、外に目を向ければ民は重税で日々の生活すらままならず、賊に身を落とし、他者から略奪を行っている。………元は同じ民なのに」

 

賊を討った。

民を守る為に、賊に堕ちたどこかの民を討った。

守った民には感謝され、穏やかな平穏が戻ってくる。

 

一方で討った賊は?

 

「私は豪族に生まれ、勉学し、今こうしてこの街を治めています」

 

人は言う。

賊になった奴が悪いと。

 

確かにそうだ。犯罪に手を染めていい理由はない。

他者が生きるために懸命になって耕した田畑を荒らし、人を殺し、略奪していい筈が無い。

罪には罰を。故に討たれる事は必然。

 

だが言うまでも無く、賊とは民だ。民が堕ちたものが賊だ。

 

ではなぜ民は賊へ堕ちた?

純粋な悪意を以て賊へ自ら堕ちたのなら関与はない。

だが賊の全てがそうであるのかと問われれば、月も、灯火も否である。

 

「豪族の身である私に出来る事があるなら、その思いで漢に仕えました。………決して、賂を数える為に仕官したのではありません」

 

語調は強い。

灯火や香風はほとほと辟易し都を離れ、月は強い不満を抱えながら朝廷と自らの街を行き来して政務に励んでいる。

逃げた者と留まっている者、それを糾弾したいのではない。

 

「灯火さんが提案してくれたものはどれも私が望んでいたモノです。“そもそも賊にさせない体制”作り。───灯火さんもそれを思っての提案だったのではないですか?」

 

「………まあ、否定はしない。けど、あれはあくまでこの街での話だ。都でやろうとは俺も思わない。そもそも許可される筈もないからな」

 

そもそも今の漢では難しいだろう、というのは提案時にも伝えた事だ。

目の前の彼女が治める街内でひっそりとやる分にはきっとうまくいく。

しっかり統治されているし都の民の様にこびへつらう様な顔はしていない。

 

「そうですね。───ただ、それでも思うんです。きっとそれが実現できれば、後の世に光を照らす事ができると。………私も詠ちゃんも、灯火さんの様な内政案は出せませんでした」

 

やはりというか。

どれだけ頭脳明晰であっても、大元の知識が異なれば提案とて異なるということだろう。

そういう意味では詠や戯志才、程立でも思いつかない案だ。

 

「私はこの乱れる世を何とかしたい。今はその方法は思いつかないけれど、いつか灯火さんの案を実現したいと、そう思ってます」

 

「それはこの街だけに、という意味では無くて?」

 

「はい。結局、どれだけこの街が良くなろうとも、他からの賊がやってきては意味がないですから」

 

その通りだ。

いくらこの街、ひいては涼州内の治安が改善され賊がいなくなったとしても、隣の州から賊がやってこない訳ではない。

むしろ豊かになるにつれて賊がこの街を標的にして次々やってくるかもしれない。それでは意味が失われる。

 

 

「ですから────灯火さん、そして香風さんも。………客将ではなく正式に仕官してはくれませんか」

 

 

そんな思いもよらない言葉に灯火も香風も驚く他なかった。

将とはいえ客将。恋といくら身内の関係とはいえ、まさかこの街トップの人物から直々に仕官の誘いがあるとは流石に考えなかった。

 

「………驚いた。まさか話というのが勧誘話だったとは」

 

「シャンもびっくり」

 

灯火の膝枕の上でウトウトとしながら聞いていた香風もこれには目を覚ました。

まさか彼女から直接勧誘を受けるとは香風も思っていなかった。

 

(けど………)

 

ウトウトしながらも月と灯火の話は頭に入っていた。

そこで感じていた一つのこと。

 

「けど、月さまの言う事も、分かる気がする」

 

「え?」

 

「そうなのか、香風?」

 

灯火も月も香風の言葉に目を丸めた。

 

「月さまは、今の漢の情勢を何とかしたいって言った。────けど、月さまだけじゃ、その『何とか』が分からなかった。………シャンはお兄ちゃんが出てた会議には出てないから分からないけど、お兄ちゃんが言った内容は月さまのその『何とかしたい』っていう“夢”に近づけるものだと思ったんだよね」

 

膝枕されながら、というなんとも言えない状態で話しているが、その表情は真剣だ。

その雰囲気を感じた月もまた真剣な表情で肯定する。

 

「シャンも同じ。………シャンの“夢”は『空を飛ぶ』こと。でも、シャン一人じゃ“飛びたい”と思っても、その方法も何もかもわからなかった。けどお兄ちゃんがシャンの“夢”を叶える事が出来るって言ってくれて、見せてくれて。シャン、すごくうれしかった」

 

今でもその光景は忘れない。

その感動も忘れない。

 

「だから、月さまのそういう気持ちはよくわかる。自分だけじゃどうしようも届かなくて、けどそれを助けてくれる人がいたら………きっと手を伸ばしたくなっちゃう」

 

目を瞑れば色を伴って鮮やかに思い出せる。

自然と笑みがこぼれ、穏やかな表情で灯火の顔を見上げた。

きっとどれだけ月日が経ったとしても、あの日の出来事は鮮やかなまま忘れる事はないだろう。

 

「………香風は月になら客将ではなく、仕官してもいいと、そう思ってるのか?」

 

「うん。月さまの事は見てきた。都で見てきたどの将達よりもずっときれい。………お兄ちゃんが仕官するなら、シャンも異論ない」

 

ふにゃりと笑い、そう締めくくった。

頭を撫でられながら気持ちよさそうにウトウトする、そんな香風を見て月も穏やかに笑う。

言葉で説明をされればなるほどその通りだ。

 

「勿論この件は拒否もできます。無理矢理にでも、という訳ではありませんから」

 

今の香風の言葉でもわかったが、結局それは月側の要求だ。

意訳すれば夢の為に貴方の力を貸してほしい、という意味であり決して無理強いさせたくはない。

 

「……………はぁ。まったく─────内向きなのか芯が強いのか。いや、それが月の良いところか」

 

そんな月を見て特大の溜息をつき、と思えば月の頭を優しく撫でた。

苦笑しながら視線をやれば

 

「へぅ………」

 

頭を異性に撫でられるというのは経験がないのか、頬が赤く染まっていくのを見て薄く笑い、手を引いた。

こういうのを見ると本当に内向きな性格をしていると実感する。

 

「………ここに仕官したのも、今香風が言った『空を飛ぶ』って願いを叶えるためだ。別に月の所じゃなきゃダメっていう訳じゃないけど、逆に他の所じゃなきゃダメってわけでもない。───まあ、なら。そこまで俺を求めてくれるというのであれば、答えないのは男じゃない」

 

「………!で、では」

 

「そうだな。香風と俺。客将から正式に仕官ということになる。………董仲穎様、貴女の夢が叶うよう出来る限り力添えさせて頂きます」

 

「いただきます」

 

のんびりした声が後に続く。

どちらもが柔らかく笑顔で月の想いに答えた。

 

「ありがとうございます………!」

 

自然と、月にも笑顔があふれていた。

 

 

どうにかしたい、どうにかしよう、どうすればいいのか。

 

そんなことを考えては、いつまで経っても出てこなかった答え。

その一端とは言え道筋が見えた。

 

踏み出せなかった一歩を、明確に踏み出せた気がした。

 

 

 

(………さて。どうするか)

 

本格的に寝入った香風と、手をつないだ月を感じながら、一人。

ただ遠くを見ていた。

 

今まで、それこそ前世の時から流される様に生きてきた。

結果董卓陣営の一人として本格的に参戦することになった。

 

 

なぜ客将という立場だったのか。

 

 

単純に『保険』だ。

もし今後知っている通りの『反董卓連合』が出来上がった時、自由に動ける様に、と。

打算。

 

 

一方で、そんな軍に恋が、ねねがいる。

いざと言う時に客将という立場を理由に逃げ出せたか、と問われれば。

Yesという答えを出すのは難しいだろう。

 

自嘲する。

人間とはこういう生き物だと理解する一方で、だからこそ香風や月みたいに、『本気で夢を追いかける人』というのは眩しく見えた。

 

だから追い込んだ。

いつか来るだろう心の決心を、今決めた。

 

で、あれば。

 

(出来る限り、やってみるさ)

 

 

 

 

 

─────そうして長いようで短い時間が過ぎ、世に黄巾が現れるようになる。

 

 

 

 




次話から黄巾の乱編に入りまする。

あとあくまで「香風の話を参考にするのが」蒼天の覇王という意味であり、必ずしも魏ルートになるとは限らないです。(ならないとも言っていない)

つうか今現時点でもろに魏ルートじゃないですしおすし。



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(追記:誤字報告ありがとうございます)

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