2つめはこの後投稿致します。
炎蓮さん実装おめでとう!(遅)
始まります。
(誤字報告ありがとうございます!修正しました)
File№08
涼州はこの大陸の北西に位置する場所である。
遠いところではひたすら北西へ伸び、大よそ同じ大陸・同じ涼州とは思えない光景が広がっている。
その所為で『涼州は田舎』という呼び名が都で言われる所以の一つである。
また同時に陰で『涼州は流刑地』とも称されていたりする。
北東の幽州同様………いや、幽州以上に五胡の侵略行為が激しい地域だ。
そんな場所に都の役人や将達が望んで志望する事はない。
だからこそ、何かの罪に対する罰として、流刑地に選ばれる事がある。
そんな地で。
『ワインとかマジかよ。こっちは夜光杯に………なんだこの生地。ホントこの世界衣服の類だけは現代と遜色ねぇな』
改めて己の世界の謎の発展に愚痴を零す男がいた。
灯火の案を月と詠が吟味し、調整を加えたうえで実行することになった街の内政。
だが、例えば“学校”。これは豪族など資金力のある者達の子が通う私塾とは違い、お金に余裕のない農村部の人たちに読み書き計算や農学を教える施設。
それは誰か一個人のモノではなく、強いて言うならばこの街を治める月の、広域の言葉を使うなら公的施設だ。
当然私塾の様にお金を募って講義をしようとしたって農村部の住人が受けれるハズがない。
つまり“学校”を設立・運営するには纏まった資金が必要になる訳だが、現状そんな財源は流石に無い。
となれば当然元となる財源をどうするか、という話になり─────
『西側の連中と商いをすればいい』
という言葉が灯火から出る事になる。
元より現代ではこの今の涼州の位置は『シルクロード』と呼ばれた交易路上に存在する。
そのうちの一つ“オアシスの道”がこの涼州だ。
利用しない手は無かった。
無論当初は月や詠を始め、ねねや恋は勿論香風にすら疑われたのは言うまでもない。
彼女らからすれば今まで追い払ってきた連中と商業取引をすると言っているのだから、正気を疑うのは当然だった。
『なら聞くけど。俺達はいつまで五胡の連中を追い払えばいい? 相手が死ぬまでか、殺すまでか。或いはこっちが死ぬまでか?………ただでさえ昨今の内情も怪しいのに、いつまでも内外二面作戦なんて取っていられないのは詠もわかるだろ?』
無論相手が武器を突きつけて、或いは領地内の略奪を行う様ならば灯火とて容赦はしない。
今まで通り五胡討伐に乗り出せばいいだろう。
だが当たり前ではあるが、西域からやってくる人間全員が漢王朝の人間殺すべしと殺意全開略奪心全開の連中ばかりかと言われれば、そうでもない。
『………正直、かなり不安だけど。灯火の言う通りね』
分かりやすく交易する利点を説明し、詠は灯火を西域との交渉役に任命した。
だが流石に灯火一人では不安が過ぎる。
月も詠も大なり小なり関心を寄せている灯火が五胡に万が一殺されたとあっては収まりがつかなくなる。
『香風を護衛に付けるわ。武も申し分無いし、都で役人の仕事をしてたから、そういう取引の場もわかると思うし』
『うん。シャンは大丈夫。何よりお兄ちゃん一人じゃ心配だから、お手伝いする』
『………詠ちゃん。恋さんも連れて行った方がいいんじゃないかな』
『恋を? 恋まで同行させると残りを華雄と霞の二人で対応しなくちゃいけな─────』
月の言葉を聞いた詠が否定的な意見を出そうと恋の顔を見た。
そこにいたのは何か物凄く悲しそうな表情(見知らぬ人が見ても表情の変化はわからない)をした恋が詠を見つめていた。
─────詠が折れるのに時間はかからなかった。
そうして現在。
ねねを含めた四人は涼州最西端である敦煌にて西域の商人達と取引をしている。
商人に化けた侵略者に首を狙われたり、なかなか信用を得るのに苦労したりとあったが、護衛の二人によって今も無事生き長らえている。
侵略者に対しては凄然とした態度で討伐するが、本当に商売をするだけに来た者達とはしっかり話を聞き良い関係を構築する。
その結果今では西域の商人達の間では、商売したいのであればアイツに会え、という話が通っている。
なぜそうなったか。
西域の商人達は商人達で、売り出そうとしているモノの価値を理解しているからこそ売り出す。
対価として自分達の領土では手に入らない、もしくは自分達にとって希少なモノを欲しがっている訳である。
だが、そんな思惑も相手側が持ってきた物品の価値を正しく認識してくれなければ等価交換など望める訳が無い。
その結果がお互い粗悪なモノを売りつけようとする性悪商人ということで、より一層印象を悪くしていた。
しかしそれも無理の無い話だ。
なにせこの時代はテレビも無ければ電話も無い。西側から入ってきた品々の価値など分からないのが普通だ。
だからこそ、受け入れる側は疑い、西域の商人達が求める要求よりも下を提示する。
誰も見た事も聞いたことも無い物々に高い価値ある物品を交換として出すほど、漢の内情は温かくないのだから。
『これは………葡萄酒ですか?………かぁ~、まさかワインに出会えるとは』
が、ここに現代人が入ってくると若干変わってくる。
テレビによって世界の食材や品の知識は詳しくなくとも知っていたりする。
ましてや住処によって人種が違い、その違いによる体格の差など当たり前。言葉が通じないのだってそうだ。
それを知っているのが現代の“常識”である。
結果、西域の商人達が今まで出会ってきた者達の中で、“一番話が通じる人間”が灯火だった。
であれば商人達の間でこの男を相手に取引する、という流れが出来るのは当然だろう。
『お兄ちゃん、積み荷受け取り終わった。中身も確認して問題なかった』
『ん、わかった。─────それでは、本日はこれで。これからもお互い良い取引関係を築いていきましょう』
現代で培った接客をフル活用し、相手に悪い印象を与えないという技術はそのまま商人に転向してもやっていける。
というかそれを活かしてたからこそ、長安でも最悪の事態にならないように立ち回れたのである。
─────のだが、お忘れでは無いだろうか。
彼の嫌いなのは“接客業”である。
『………疲れた』
『お疲れ様です、灯火』
『……………お疲れ』
武だけでなく文も経験し、加えて都時代にも似た仕事を共にしてきた香風が同行してくれたのは本当にありがたかった。
残念ながら恋とねねではそういった手合いは出来ない為、香風がいなければ全部灯火一人でやる羽目になっていた。
商談をするのは敦煌で空き家となっていた家を購入し、改装したもの。
商人が去った後はすり減った精神をこうしてねねと恋、そして積み込み作業を終えた香風に癒して貰っている。
ある時はねねが入れた茶を啜りながら、ある時は恋の膝枕を堪能しながら、ある時は香風と一緒に何も考えずぽけーと空を眺めながら。
回復したところで月達が待つ街へ帰る、というのを定期的に行っていた。
が。
ある事件を切っ掛けに新たなメンバーが増える事となる。
それは─────
『いたぞ!五胡の連中だ!鶸、いくぞ!全軍、突撃ぃいい!!』
『ちょっと待て!俺は涼州の………話聞けぇえ!』
大雑把に言えば上記の様な事が起きた。
五胡と漢側の連中が密会を行っているという噂を聞きつけた守兵隊の馬超達が、現場取り押さえと言わんばかりに突撃してきたのである。
そうして始まる馬超達の電撃戦。
涼州の馬家は幼いころから馬と触れ合っており、馬術ならば誰にも負けないと豪語するだけの実力を有している。
そんな彼女達が馬に乗って電撃戦を仕掛けてきたとあれば、馬を下りて積み荷を確かめていた灯火達では即座に対応できない。
相手は馬に乗っている所為で、その騒音から停止の声も届かず接敵する事になった。
加えて灯火自身は本来装備している刀も恋に預けている。
ただでさえ今まで追い払っていた商人達と仲良くしようというのに、その自身が武器を携えていては話し合いもままならないだろうと配慮。
そして外敵がやってきても恋と香風がいるという油断も相まって、武器を手放していた。
『痛ぅ………!!』
咄嗟に後ろにいた西域の商人達を庇ったが、すれ違いざまに攻撃を掠めた。
『お兄ちゃん!』
『灯火!!』
騎馬隊を何とか防ぎ往なしていた香風と、恋に守られたねねが叫んだ。
相手は五胡を幾度となく退けてきた精強部隊。
事前準備の一つもあれば香風でも守る事が出来ただろうが、完全な不意打ちと相手の馬術、自分達は立ち止まった状況、そして思いもしなかった敵。
賊相手に百戦錬磨の香風とは言え、突撃の全てを往なしきる事はできなかった。
そういう意味では馬超達の作戦は完璧だった。
脳筋と言われているけれど、本当にただの脳筋なら五胡相手にずっと勝ち続けられるワケがないのだから。
ただ、その噂の真偽を確認しないまま突撃したのはやっぱり脳筋であり。
そして何よりも気付くべきだったのは─────
『───────────────す』
─────大陸最強の地雷を盛大に踏み抜いた事だった。
過程を語る必要はない。
恋、ねね、香風、灯火、そして西域の商人達は無事という結果が全てだ。
馬超側は“大陸最強”という名の意味を改めて知る結果となった。
同席していた西域の商人達の誤解は解き、そして突撃してきた馬超達の誤解も解いた。
なお、恋のその武の光景は商人達の間でも語り草となり、五胡側にまで名が知られることとなる。
『………ごめんなさい』
後日改めて馬超と馬休が城に赴き、謝罪をし和解となった。馬騰は体調が優れないらしく、文書での謝罪を月が受けた。
月や詠達も灯火や香風から報告は受けており、怪我をした本人も許しているということなので特に大きな揉め事も無かった。
以後五胡の討伐を含めた灯火の商談に馬超と妹の馬休も同席することとなる。
灯火としては“反董卓連合”の一員である馬超達が、偶然とはいえ月達と知り合う関係になったのは想定していなかった。
そもそも知識通り“反董卓連合”が組まれるかどうかは未知数だが、こうして交流を持っておくのはいいだろうと思ったのである。
それに。
『…………灯火』
『ひっ………、りょ、呂布』
『………? 恋は、恋でいい。灯火が真名を交換したなら、恋もそれで』
『あ、あはははは………そ、うだな』
条件反射的に灯火の後ろに隠れた馬超こと翠。
そんな
すれ違いざまに騎乗してた兵二人が気絶して落馬するとか、翠からしてみれば何が起きたのかすら分からないのである。
まあ通常でも一振りで十人単位の人間を吹き飛ばすからね、その子。
『(………翠のメンタルケアはするけど、これはこれで面白いな)』
空回りする翠と普段通りの恋。
その傍で妹の馬休こと鶸が苦笑いし、香風とねねは灯火の隣で商人達との仕事の取りまとめ。
『うん。あれはね、仕方ないよ。翠が失禁したとしても俺は笑わないから』
『い、言うなぁあああぁぁ!』
『姉さん………。いえ、灯火さん。見てた私も同じ事をされたらどうなっていたか分からないんですけど』
『だよな、鶸!あれは仕方ない………んだけど、うぅ~………!』
いつものメンツはどちらかと言えば全員静かなのだが、こういうのも悪くはないと思う灯火だった。
■
何もずっと涼州の最果て、敦煌に居る訳ではない。
初めの頃は交渉や打ち合わせと数日間ずっと出ずっぱりだったものの、相手側の商人と話が付く様になれば日を決めて会う事が出来る。
灯火側も西域側の商人達も、お互いずっと待ちぼうけ、というのは時間の無駄なのだから。
得た交易品は都を主としている商人達に売り払い、この街の財源の一部として機能し始めていた。
特に西域で作られた良質なワインこと葡萄酒や夜光杯など、如何にも上流階級が好きそうな品は少し高めに卸している。
そんな最中。
「灯火、入るわよ………って」
「─────」
書類片手に灯火の執務室に入ってきた詠。
来客対応用の長椅子に眠る灯火と、その対面席で代わりに書類仕事をする香風がいた。
始めは灯火一人で仕事をしていたが日頃の仕事と昼の陽気も相まって短時間だけ睡眠をとっていたところ、香風がやってきた次第である。
「…………」
そのすぐ後に無言で執務室の扉が開き入ってくるのは恋。
その後ろからねねも入ってきた。
「詠さま、恋、ねね。いらっしゃーい」
部屋の主が眠っているため、代わりに香風が出迎え。
ほんのりと笑って答える恋は、長椅子に横たわる灯火を見た。
「灯火………?」
「寝てる。シャンが来た時にはもう寝てた」
香風の言葉に頷いた恋が起こさないよう細心の注意を払い、灯火の頭を自分の膝の上に置いた。
俗に言う膝枕である。
「詠さまは?」
「ああ………ちょっとボクと月が朝廷に呼ばれてね。どうしても今日中に終わらせなきゃいけないのがあったから、お願いしに来たんだけど」
眠っている灯火を見た詠は少しだけ申し訳なく思う。
西域との商談成功に内政の提案に自身の補佐、“学校”に向けた準備に含まれる農政改革。
つい最近では豫洲に赴いたばかりだ。
「─────………ん、なら───そこの机に置いておいて。見とくから」
「あ、ごめん。起こしちゃったかしら」
「…………寧ろ職務中に惰眠を貪るなって注意しないのか。詠の声が聞こえてびっくりしたんだけど」
目を覚ました灯火が起き上がり詠を見る。
膝枕をしてくれた恋にお礼を言うのも忘れない。
「西に東に忙しいっていうのは知ってるからね。丸一日サボるなら流石に怒るけど、ちょっとした睡眠程度で怒るほど小さい器量じゃないわ」
「それは良かった。そういう詠は軍事方面や朝廷とのやりとりで苦労しているのは分かるけど、ちゃんと寝ているか?」
「寝てるわよ。何、眠そうに見える訳?」
「いいや。夜遅くまで詠の執務室から光が漏れているのを見るからな。夜更かしは美容の天敵だぞ?」
そんな言葉を聞き、僅かに眉間に皺が出来る。
この執務室の窓から詠の執務室は見えない。となれば必然目の前の彼は夜遅くに態々詠の執務室まで来ている事になる。
それがどういう意味なのか、という事はとりあえず考えないで別の話をする。
「………それは、ボクは綺麗じゃない、って言いたいの?」
「まさか。というかそんな事言うヤツが居たら、俺はソイツを指さして笑ってやるよ。お前の目は節穴だ、って」
その表情いつも通りで、しかしその言葉は遠回しに“詠は綺麗だ”と伝えていた。
「………ふんっ!褒めたって何も出ないわよ!はい、コレ!悪いけど、お願いね!」
手に持っていた書類を灯火の胸に押し付けた。
少し強引ではあったが、それに対して何も言わずに受け取った灯火は資料に目を通しながら伝える。
「詠、
「うん、シャンも手伝う。詠さま、もし何かあったら伝えてね。………シャンもお兄ちゃんにいろいろ相談したから、今ここにいるんだよ」
「………そうね。もし何かあれば、相談するわ」
相談してね。
その言葉が嘘でも偽りでもなく、純粋に自分を思って出た言葉だと分かる。
二人はかつて都の役人だったのだから、詠の苦労も理解できるのだろう。
「─────ありがと」
執務室から出る直前に小さな声で呟いて、そのまま部屋の戸を閉めた。
それに気付いたのか気付かなかったのか、灯火は書類に目を通すだけだ。
「………全く、詠殿も恥ずかしがり屋ですな」
香風の隣で同じように机に積まれていた書類に目を通したねねがそんな言葉を呟いた。
隣でうんうんと頷く香風も、その眼は書類に向かったままだ。
「ああ、それと三人とも。昨日は夕飯作れなくてごめんな」
「仕方ないのです。西の商人から始まり、馬超の件、東は豫洲の喜雨殿と農政談義。疲れている時は休むのですぞ。それに豫洲では灯火の美味しい料理を食べたのですから不満などある筈もないのです」
「………あの時食べた灯火の料理、おいしかった」
「確かに美味しかった。普段のお兄ちゃんの料理も美味しいけど、やっぱり食べ物が良いとより美味しくなる」
香風の言葉にウンウンと頷く恋とねね。
そんな会話が切っ掛けに、話は進展する。
「それにシャンはお兄ちゃんと色んな所に行けただけでも、じゅうぶんうれしいし、楽しかった」
「………恋も」
「ねねもですぞ。最初灯火に言われた時は驚いたのですが、いっぱい遊べたので満足です」
三人全員が少し前の出来事を思い出して笑い、それを見た灯火もよかったと改めて安堵する。
灯火の言った“きゃんぷ”とは何ぞや、と三人とも疑問符を浮かべていたが過ぎてみれば『いつかもう一回』と思っていた。
こんな賊が跋扈するご時世でキャンプ等正気を疑うのだが、そこは武力チートの恋と十二分に強い香風の二人。
結果論で言えば襲ってくる賊は居なかったが、居たとしてもすぐさま討伐されていただろう。
因みにお供する兵は居ない。というか要らない。
恋と香風だけで十分戦力オーバーだし、“馬超突撃事件(命名:灯火)”で反省した灯火もちゃんと武器は手元に残していた。
なおこの事件の命名をした時、当の本人である翠から少しばかり非難の声が出たのだが
『“アレ”よりマシだろ?』
という言葉に顔を赤らめて黙ってしまった。
なおこの事はあの場にいた灯火達しか知らない。西域の商人達もそこまでは確認できていなかった。
余計な気を使う人がいないこともあってか四人いつもの雰囲気での遠征だった。
お腹を空かせない様にと多めに用意した食糧。
だが約一名が大食いなため、現地調達が可能ならばしっかりとしていく。
野宿となれば四人が眠れる程度の小さな天幕を張り、付近に川があれば持ってきた竿で川釣り。
焚き木で火を起こし、灯火の料理に舌鼓を打ち、夜の星空を眺めた後に四人川の字になって天幕内で眠る。
風があれば香風の凧揚げをしたし、紙飛行機でどれだけ遠くに飛ばせるか競ったし、竹とんぼでどれだけ高く永く飛ばせるか、なんて事もやった。
香風達にとって天幕などちょっとした遠征でよく見かけるものだが、その大抵はどこかに攻め入る為の拠点となるところ。
こういう風に何も気負わずに、というのは中々ない。
今までやってそうでやっていなかったな、と思った灯火。
まあどうせ行くならこういう事してみようぜ、と画策してある程度余裕を持ったスケジュールを組み上げたのである。
無論この事は事前に香風達にも話していたし、月や詠にも話していた。
流石に軍の備品を使うので無断でこんなことをするわけにはいかないためだ。
が、聞いた詠は半分呆れていた。
『─────アンタ、豫洲に行って農業の話してくるのよね?』
『………いいなあ』
『月!?』
こんなやり取りがあった事を記載しておく。
勿論しっかり豫洲に赴き、今後の農業・農政に関する情報を集めてくるという目的は忘れていない。
喜雨………陳登の名前が出てきたのは香風が都時代に行っていた役人仕事の中に、農業に関する報告があったのを覚えていたからである。
農業に関して、と頭を捻った時、香風が書簡を思い出したのだ。
この時代の産業は紛れもなく農業。川や海が近ければ漁業もあるだろうが残念ながらこの地では多くは望めないため、力を入れるのは当然農政となる。
農民が農作物をより収穫するにはそれ用の情報を纏めた書物を読むか教わるかする必要がある。
が、教えて回るには手間も時間も人手も現状足りないし、書物を写本し配布しようも識字が低い農村部。
灯火発案・月が指導者となって詠とねねの四人で事前準備を進めている学校づくりが、その問題の解決策。
しかしこの学校を作る為にはお金が要り、お金を増やすには民から税を徴収するしかない。
税を増やすには農作物の改良が不可欠。その改良も識字率が低いため一村一村回る必要があり、手間も時間もお金もかかる。
以上のようなループが発生してしまう。
そんな事があったから灯火が西からやってくる異民族商人達と接触したり、全く以て自信がない前世の農業の知識を絞り出した次第。
特に農業に関しては前世ではほとんどノータッチ。
前世の祖母が農家だったのでその頃に見た物や教えてもらった物を朧気ながらに再現したものの、『実際どうなの』と言われると即答できない。
そこで出てきた恋姫農業改革者、陳登の名前。
『この時代の専門家にお墨付きを貰えばええやろ!』と、疲労の所為で若干テンションが高めになっていた灯火が月と詠の許可を貰い豫洲へ。
この言葉を聞いた霞が『ウチの真似か? 似てへんなぁ!』と笑いながら酒を飲み合っていたのは余談である。
同伴は
西涼の件もあって詠も恋がついて行くのに何かを言う事もなかった。
『え? ボク宛てに………!?』
一方これに驚いたのは豫洲の陳珪と当人である陳登。
陳珪は豫洲沛国の相であり、陳登の母である。相とは言ってみれば王の代理人であり、もしかしなくてもトップクラスの人物。
そんな人物の元へ『娘さんと農業談義したいので今から会いに行きます(意訳)』という知らせが届いて驚かない訳がない。
まだ近場の苑州とかならわかるが、涼州からとなれば都を挟んで反対側だ。
しかも訪れる名の欄に呂奉先の名前があるではないか。
『今すぐ来る使者を調べなさい』
こう指示を出したのも無理はない。
ましてやその相手が自分ではなく娘というのだから急がせるのも必然だった。
並行して都でのコネを伝って調べてみれば『天下無双の武人・呂奉先とその専属軍師陳宮』、『賊退治の英雄・徐公明』、『長安の聖人・莫』という事が判明。
一応文官扱いの男がいるが、残り二人は完全な武人だし専属の軍師いるし、『あなたたち本当に農業談義なの?』と陳珪が訝しむのも無理はなかった。
なお、灯火が前世の記憶を頼りに作り出した千歯扱きや焼いて灰にして撒く刈敷など、『作ってみたけど、これ実際どう?』的な確認もしたかったのもあって会いに行った次第である。
『初めまして。私は董仲穎様に仕えております莫と申します。こちらは呂布とその専属軍師である陳宮、この子が徐晃です』
出会って話を進める中でそれらを見た陳登。
流石に刈敷についてはやってみないと分からないという事で涼州と豫洲でそれぞれやってみることになった。
千歯扱きについては…………
『物凄く便利。………けどこれ、脱穀を収入源にしている人達が反乱を起こしかねないよ』
という言葉を頂くぐらいには専門家の御眼鏡にも適っていた。
無論良かれと思った結果反乱を増長させては本末転倒のため、どうすれば農業に更に利となるか、という話し合いにまで発展することになる。
政治家嫌いな陳登、当初は聖人などと呼ばれていた(と聞いている)灯火を警戒していたものの、千歯扱きや刈敷という肥料など農業をより発展させる、陳登自身思いつかなかった案を持ってきた事に驚き、話を進めていくうちに自身の母親から感じる政治家像と結びつかなくなった。
気が付けば御供として同行していた三人とも仲良くなっていた。
一方で最早農業ではなく農政の域にまで話が進んでいるのを傍で見守っていた陳珪。
最初はそれとなく目を光らせて何か仕出かさないか見張っていたのだが、まるで見張っている此方が馬鹿馬鹿しく思えるくらい普通に農業に関する話しかしてこないのを見て、影に控えさせていた部下を元の仕事場へ戻した。
その過程で陳登も驚いていた千歯扱きや刈敷を見て同様に驚いたりもした。
そして同時に思う。
『(都での政策をいくつかまとめた書。疑っていたけど、本物かもしれないわね………)』
政治家という立場上、都との癒着もある分ちょっと手を入れて調べてみれば灯火が書き残したと言われている政策の書物の情報も簡単に手に入った。
結果として都の上役にとって諸手を挙げて迎える様な政策ではなかったため、日の目を見る事ないままお蔵入りしていたが。
『ああ、どうですか、陳珪殿。貴女もご一緒に食べられますか?』
思考に耽っていた時に食事の誘いを受けた。
一体どこからその話へ発展したのかと思えば、娘である陳登が作った農作物で料理をするとのこと。
護衛で一緒に来ていた恋や香風にねね、そして野菜の生産者である陳登が食事するのに、その母親だけ除け者は流石に出来ない。
ましてや沛国の相としてこうして都合をつけてくれた礼をという事もあって提案したのだった。
『………ええ、それではお願いしようかしら』
なお、その時食べた料理は政治家である陳珪を以てしても美味であると、そう絶賛するくらいには美味しかった。
『………態々遠路から。大変だったんじゃない?』
『ううん。“きゃんぷ”しながら来たから全然。………都の遠征はただ疲れるだけ。でもお兄ちゃんが考えた“きゃんぷ”は疲れるけど、楽しい』
香風の話の中に出てきた聞きなれない単語を尋ね、道中の事を陳登に伝える。
豫洲に向かっている間は香風も恋もねねも完全に仕事の事を忘れて遊んでいた為、長めの日程だったにも関わらずあっという間に感じたくらいである。
であれば話す内容も表情も、楽しそうに見えるのは当然だった。
それを聞いていた陳珪が思考の片隅で『農業談義するために来たのよね?』と改めて思うのだが、口に出す事はなかった。
最終的に陳登は恋や香風達と真名を交換するに至ったのである。
「それで、喜雨。貴女はどうする?」
「どうって………灯火さんの言ってた“がっこう”の講師のこと?」
「ええ。今はまだ体制づくりの真っただ中だから今すぐの話ではない、とは言ってたけど。………興味、あるんじゃない?」
「あるか無いかで言えば、あるよ。─────けど、まずは沛の農家をよくしていかないと」
「………照れなくてもいいのに」
まるで微笑ましいモノを見る様に笑う陳珪。
見られた陳登がむっと母親の顔を見るのは仕方のないこと。
「………なんで照れてると思ったのさ」
「喜雨が今まで努力してきた事が遠く離れた涼州にまで伝わって、貴女の意見を貰いにやってきた。………こんな時世、武勇で名を馳せる事は出来ても喜雨みたいに農業でとなるとそう簡単じゃないのよ? それがどういう事か、わからない貴女ではないでしょう。───それに、気が付いている?」
「………なにが」
「莫殿と農業や農政の話をしてた時の貴女の顔、随分と生き生きしてたわよ?」
「……………」
顔を母親から逸らして手元の茶を啜る。
自身の顔が生き生きしていたかどうかは別として、久しぶりに農政や農業についての話が出来たと思ったのは事実だ。
自身が農民らに農業を教える事はあっても、意見を交換してよりよくしていく、というのは滅多になかった………というか記憶にない。
もっぱら書物を元に試行錯誤を繰り返して独自で発展させてきた陳登だ。
新鮮味が有ったか無かったかと問われれば前者になる。
「まあ、向こうには大陸最強と名高い呂奉先殿や賊討伐の英雄と言われる徐公明殿もいらっしゃるみたいだし、そういう繋がりから見ても私は反対しないわよ?」
なんだかあの子達、莫殿に相当懐いているみたいだし、と付け加えた。
正直期待していなかったのだがそれを裏切る様な形で、様々な収穫があった談義。
灯火の人物像は勿論、武勇の噂ばかりが先行する呂奉先と徐公明の人物像も知れて、出会う前と今では全然印象が違っている。
「………母さんのそういう政治家みたいなの、ボクは考えたくない」
「ふふっ、ごめんなさいね。喜雨がそうであるように、私もまた政治家だから。まあ喜雨はしっかり考えておきなさい」
苑州から賊が入った………という知らせが陳珪に届くのはこの直ぐ後である。
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