原初の御伽噺は神話へ至る   作:黒樹

1 / 16
fairy tailの知識が不足しているので変なところがあるかもしれません。ご了承ください。


拾いもの

 

 

ある日、こんな噂を耳にした。

 

『人の皮を被った悪魔がいる』と。

 

高難度クエストを完了しギルドへ帰ろうという時だ。通りがかった村の教会の前に大勢の人だかりができているのを見つけた。それも村総出で囲んでいるのかと思われる数、俺は何の気まぐれかその輪の中へ割って入った。

村長の話によると、悪魔の腕を晒した娘が中にいるらしい。どうやら何処からか流れてきた流浪の旅の者であったが、腕が異形に変形し人間のそれではないのだとか。早くも村から立ち去るようにこうして囲むに至っているというわけだ。

 

関わった手前、一目その娘を拝んでやろうと思った。

村長に魔導師ギルドの者だと紋章を見せると村長は快く全てを任せてくれた。

輪は散り散りになり、やがて一人になる。

俺は野次馬が去ったことを知り、教会の中へ足を踏み入れた。

 

「……っ」

 

そこにいたのは黒いボロローブを被った人影。時折見えるローブの下から、銀髪が揺れている。隣には年端もない小さな少年少女二人。

 

すくりと立ち上がったのはローブの人影だった。

まだ幼い少女の声で、威嚇するように二人の前に出る。

 

「……言われなくても出ていく。だから、放っておいてくれ」

 

そう懇願して黒いフードが揺れた。

相変わらず顔が見えないが、少女が気に掛けているのはその幼子達らしい。

 

「俺は魔導師ギルドの者だ」

「……っ。ダメ、ミラ姉を連れて行かないで!」

 

素性を明かすと何を思ったのか、守られていた銀髪短髪少女が前に出る。その小さな体を大きく広げて精一杯フードの少女を守ろうとしているようだった。

 

「……はぁ。何を勘違いしているのか知らないが俺は別に依頼を受けて此処に来たわけじゃない」

 

スタスタと少女達の方へ歩く。距離を詰めて、手を伸ばせば触れられる位置へと。そこに着いた頃には、小さな少女の腰は引けていて、そしてまた守るように黒ローブの少女が前に出た。

ローブに隠れた右腕を掴む。–––その瞬間、少年少女が腰にタックルをかましてきた。

 

「ミラ姉を連れて行かないで!」

「ね、姉ちゃん、逃げて!」

 

……人の話を聞かないお子様達だ。俺が黒ローブを連れ去るとか考えたのだろうか。子供の短絡的思考ならそれくらいだろう。思い浮かぶ最悪の選択肢は、傷つけられるか奪われるか、どちらかしかない。

必死に腰を押して倒そうとしているようだが、いかんせん子供の力では俺を倒すことは叶わない。

 

「やめろっ」

 

面倒なので黒ローブから手を離して二人の頭に手を置いてくしゃくしゃに撫でてやろうと思ったら、黒ローブから鉄拳が飛んでくる。その右拳は頰に突き刺さった。それは幾多もの目玉が着いた、異形の腕だ。

 

「ったく。早とちりもいいところだ」

「–––っ!」

 

一歩も引かず、怯まず、少女の拳を受け止めた。

まさか当たるとも思っていなかったのだろう、動けずにいた少女の腕を掴む。

俺はそのまま腕を伝い、手に手を添えて、拳を開かせた。

頰に手を添えさせる形で、彼女の手に手を重ねる。

 

「……それは〈接収〉と呼ばれる魔法だ。まだ魔法の使い方が未熟なんだろう。だから、このような形で発動したまま元に戻せず苦心しているといったところか」

「……テイク、オーバー?」

「魔法の一つだ。もっとも原初の名は……だったが。知らずに発動したのか」

 

少女は反芻する。己が発動した魔法の名前を。そして名前を覚えたところで、確認するように聞いてきた。

 

「……じゃあ、私は悪魔に取り憑かれたわけじゃない?」

「正確には悪魔を魔法で取り込んだんだ。我が身の力とするために」

 

その言葉を聞いた瞬間、がくりと膝をつく。

ふわりとフードが舞い、そして–––。

 

「……よかった」

 

彼女の素顔が明らかとなった。美しい銀髪をポニーテールにした、自分より年下の少女の幼くも綺麗な顔が、涙で滲んでいるのを俺はただ眺めていた。

 

 

 

泣きじゃくる少女が漸く涙を収めたところでぐぅと可愛い音が鳴った。その音が聞こえてきたのは、先程まで泣きじゃくっていたローブの少女である。続けて隣の少年少女からもお腹の音が鳴る。どうやらお腹を空かせているようだ。

英国風のスーツケースを開きパンを取り出すと少女達は食べ物を凝視する。右に動かせば視線も右へ、左に動かせば視線も左へ、ほらよと投げ渡すと三人はパンを分け合う前に、一番年上であろう少女がおずおずと問いかけてくる。

 

「……いいのか?貰っても」

「あぁ、その前に名前聞いてもいいか?」

「……私は、ミラジェーン・ストラウス。で、こっちの弟がエルフマン。そんで、妹がリサーナ」

 

それぞれ自己紹介してくれるが、話半分にミラの右手を取る。

 

「悪い。ミラ、先に謝っとく」

「は?何言って……って、なぁっ!?」

 

ミラの手の甲に口付けをした。そう、キスだ。彼女は大慌てであとずさるとキスされた右手を左手で隠す。

 

「な、なな、いきなり何すんだよっ!?か、体を許した覚えはないからなっ」

「あっ、ミラ姉、手!」

「手ェ?あっ……」

 

リサーナに言われて気づいたのだろう。ミラの右手は普通の人間の腕に戻っていた。

 

「応急処置だ。その腕では何かと不便だろう。本来なら自分で制御する以外に方法はないのだが……まぁ、どう説明してもおまえらにはできないだろうから説明するのも手間だ、不可能とだけ覚えておけ」

 

釈然としない面持ちながらもパンを齧る。ミラという少女は一つ以外の残りのパンを全部妹弟に与えていた。

 

「っ、どこ行くんだよ」

 

立ち上がると不安そうにミラが見上げる。まるで捨てられた子犬のような目で俺を見上げて、涙は……まぁさっきので枯れていて、上目遣い涙目という心臓に悪いコンボを喰らうことはなかったが。俺はその様子に重くため息を吐いて聞いた。

 

「親は?」

「……もう、とっくの前に死んだよ」

「そうか。ついてくるか?」

「……な、何が目的だよ?」

「俺の気が変わらないうちに決めるんだな」

 

己が身を抱いて警戒しているのでそう伝えてやると、未だ警戒しながらも考え込んでいるようで数秒俺を睨むように見ているので、立ち去ろうとするとミラは慌てて立ち上がった。

 

「ついてく。ついてくから待てって!」

 

リサーナとエルフマンを急かせばパンを口に詰め込む。

そんな必死な様子に俺は多少口元を緩めながら、自分の気まぐれに呆れれて声も出ない。

「まったくなんでこんな拾い物をしたんだか」と。

口に出さないまでも、そう思わずにはいられないのだ。

 

 

 

 

 

 

何日かの旅を終えて、ギルド『フェアリーテイル』の門をくぐれば、騒めいていたギルド内が一気に水を打ったように静かになった。元々一人であるのが常日頃な俺の後ろをちょこちょことついてくる三人の子供が珍しいのだろう。遠巻きに眺めて絶句している面々を他所にバーカウンターの前に座る老人の前へ俺は真っ直ぐ進んだ。

 

「マスター、仕事は終わった」

「ほう、ご苦労じゃったの。毎度毎度、おまえさんは物を壊さんくて助かるわい。少しは他の面子にも見習ってほしいものじゃ」

 

子供よりも身長は低いのではないのだろうか、髭をなで付ける老人マスターマカロフはしかしなぁと俺の背後にいる三人の子供達を見やる。

 

「……しかし、そのガキどもはどうしたんじゃ?」

「拾った」

「まさか一人でいるのを好むおまえさんがのぉ」

 

簡潔に述べると興味深げにマカロフは子供達と俺を見比べた。そして、すぐさま俺に視線を戻した。

 

「恋人も作らず先に子供たぁ恐れ入ったわい」

「別に気まぐれだっての」

「おまえさんのことだから途中でほっぽり出すような心配はしてないが、これからそいつらはどうするんじゃ?ギルドに入れるのか?」

「それはこいつらが決めることだ。別にギルドに入ろうが入るまいが面倒は見るつもりだ。だから、まぁ、体験ってことでこいつらがギルドに出入りするのを許可して欲しい」

「うむ。宿は決まっておるのか?」

「ギルドの者でない限り寮は使えない。そうでなくとも少しの間は俺の家で十分だろ。あとは勝手に決めればいい」

「自由に選ばせる、か……」

 

子供達に視線を戻すマカロフ。

 

「こやつはこう見えて案外優しいやつじゃ。言い方は少し誤解を招くようじゃが、邪険にしとるつもりはないし多少不器用なだけでの。甘えられるだけ甘えたらええ」

「……マスター、余計なことは言うな」

「ほれ、照れとるだけじゃわい」

 

頰を掻いてそっぽを向く。ミラとリサーナ、エルフマンのいない方に視線を向けたが別の人間と視線が合ってしまって即座にマカロフへと視線を戻した。

 

「今日はもう帰る」

「ま、色々あるじゃろ。親の心というものを学ぶいい機会じゃ」

「……親になった覚えはない」

「そんなつもりはなくとも、なるようになる。……まぁ、親の心を知ってほしいのはあいつらになんじゃがな」

 

マカロフの逸らした視線の先ではどんちゃん騒ぎが再開されていた。あいも変わらず騒がしいギルドだ。

 

 

 

ギルドを出てマグノリアの街並みを歩き、森の一角にある一軒家。数日帰っていない我が家へ入って三人はキョロキョロと周りを見渡していた。簡素にテーブルや椅子にソファーが置いてあるだけの必要以上にものを置かない家だ。素っ気なく見えるのだろう。しかし、至る所に本が積まれていたり、ぎっしりと詰まった蔵書の本棚があり、それほど殺風景ではないはずだ。

とてとてと走って行って、手近な本を手に取り開けるリサーナ。それに驚いたミラが声をあげた。

 

「おい、リサーナ!」

「別にいい。本は大切に扱え。それだけだ」

 

連日甘いものやらご飯やらと面倒を見ているとリサーナだけは懐いてくれて、徐々にだが心を開いてくれている。もっともそれがミラには居心地が悪いようだが。リサーナ以外遠慮がちで馴染めていないのが現状だ。

 

「ついてこい」

 

二階に上がって部屋を与えた。空き部屋の一つだ。それぞれにひとつずつ。自由に過ごしやすいようにと計らいのつもりで与えてみたが、やはり少し遠慮の抜けない対応に困った反応をする。

必要資金としてこの国の金銭を渡せば追い討ちになってしまったようだが、渋々受け取るミラもお金がないことは痛感しているのだろう。だから「悪魔退治」なんてしていたわけだし。

 

「–––ってこれ、いくらなんでも多過ぎるだろ!」

 

今回の仕事の報酬を全額渡したら、流石に貰えないと半分突き返してくる。

 

「気にするな。あっても使わない。宝の持ち腐れだ」

 

地下に金庫があり、そこには山ほどの金貨や紙幣や宝石がある。仕事を適当に請け負っているうちに溜まったものだ。もっともそれは見せてはいないが、全財産か何かと思っているのだろう。子供には手にしたことのない金額だったらしい。

 

「服や食事や他にもいるだろう。……特にミラは生理用品とか」

「へ、変なこと言うなバカァ!」

「ミラ姉、せいりってなーに?」

「……お、大きくなったらリサーナにもわかる」

 

妹に聞かれてはぐらかすように答えるミラ。同じくわからないエルフマンは聞くべきか聞かないでおくべきか迷ったように困った顔でその場に佇んでいた。

 

 

 

 

 

そう。ただの気まぐれだった。別に理由などなかったのだ。ミラとリサーナ、エルフマンを拾ったのは。

同情でもなく、哀れみでもなく、親切でもなく。

俺の心から抜け落ちた何かを埋めるためでもない。

失ったものは二度と取り戻せないように、一度空いた穴を別の何かで埋めることなど到底出来はしないのだから。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。