原初の御伽噺は神話へ至る   作:黒樹

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眩むような光へ

 

 

 

旅立ちの朝は早かった。マグノリアに帰る前日にはあまりにも寝付きが悪くて、眠りについたのは深夜を過ぎた頃だった。それでも私は早くに目が覚めてお世話になった酒場を去ろうと階段を下りる。

 

「おはよう、ミラちゃん」

「ゲイツさん?おはようございます」

 

誰も起きていない時間帯のはず……と思っていたものの、酒場にはマスターの姿があった。

 

「これを弟君と食べなさい」

 

バーカウンターの上には二人分のお弁当が並んでいる。ゲイツさんは優しい笑顔でそれを差し出した。

 

「ありがとうございます。ゲイツさんには色々とお世話になって」

「いいさ。旅は道連れ世は情け、年寄りのお節介だよ」

 

受け取るとなんでもないという風にゲイツさんは謙遜する。

 

「彼と上手くいくといいね」

「はい!お世話になりました!」

 

最後に恋の激励まで貰って私は酒場を出る。本当は昨日のうちに挨拶を済ませていて、朝早くに出るから見送りはいいと言ったのにゲイツさんはお弁当まで作ってくれていた。そのことに感謝しながら、酒場を出たところで外観を全て視界に収められる場所で、私は一度だけ振り返ると一礼する。

 

「……本当にありがとうございました」

 

誰にも聞こえないだろうけれど、感謝の気持ちをこの場所にも伝えたくて。胸が熱いまま顔を上げると反転し、街の入り口へと向かう。そこには柱に寄りかかる男の影。

 

「もういいのか、姉ちゃん」

「ええ。行きましょう、エルフマン。きっとローゼンが待ってるわ」

 

朝焼けに染まる街は、今までで一番綺麗に見えた。

 

 

 

 

 

 

湖畔の街を出て二日、まだマグノリアには着かない。

旅の道中、困ったことに魔物が出ると立ち寄った村から話を聞いて、エルフマンと一緒に討伐に向かった。エルフマンは私に村に残るように言ったけど、私はその提案を拒否して同行した。

今の私はきっと戦えない。だけど、せめて弟の側にいたかった。

それからなんとか魔物を見つけて討伐、村から出て次の街を目指している間に夜になった。今は見つけた泉の側で野宿をしているところだ。

 

「姉ちゃん大丈夫か?」

「平気よ。元魔導師だし、S級だったんだから」

 

姉は弟より強し、と言うとエルフマンも納得はしないながらも引き下がる。

 

「でもちょっと久しぶりだから、少し楽しいかも」

 

ゆらゆらと揺れる焚き火を見ていると、何故か少しほっとする。懐かしいけど、暗闇の中に灯る小さな火に少し寂しさを覚えながら、私はもう一人を幻視する。

 

「でもまたこうして旅をするなんて、思ってもみなかった」

 

そこにはリサーナがいた。

 

「いつか帰る気はあった……のかな。多分、ローゼンが私を見つけてくれないとずっとあそこにいた気がするけど」

「でも、兄ちゃんよく見つけたよな」

 

この広い世界で、私を探して、私を見つけて。一年以上も諦めなかった彼は、今度は私を見守って。それは例えるなら“父親”みたいだなんて思ってしまうけれど、それ以上に私にとってローゼンは特別だった。

 

“家族”なんて言葉は生温い、“特別”の中でも“特別”で。それが“恋”だと気づくのに時間は必要なかった。私は最初から、出会ったあの日から、ローゼンのことを好きになっていた。

 

「早く、会いたいな……」

「じゃあ、明日も早いし寝ようぜ」

「そうね」

 

明日の出発の時間も早い。

寝る前に水を汲みに行こうと立った時だ。

 

「霧が……」

 

急に霧が出始める。それは焚き火を掻き消すと足下を隠し、一際強い風が吹いたかと思うと全身が包まれる。

 

「姉ちゃん!?」

 

まるで私を攫うかのように霧が私と弟を引き離す。エルフマンの声も、姿も、気配も消えた。

足下どころか方向さえ分からず、私は立ち尽くす。

 

「エルフマン!どこにいるの!?」

 

近くにいるはずと思って声を張り上げるも、返事はない。

本当に霧に攫われたようだ。

こういう時、どうすればいいんだっけ?

どこかで聞いたような気がする。そういえば、こんな話を前にもどこかで……。

霧の中で思案している時だった。

 

「っ、リサーナ!?」

 

銀髪の少女が霧の中を横切る。その後ろ姿は一年前に死んだ妹に似ていて、だが一目で妹だと分かった。リサーナが消えた霧の中に私もまた足を踏み出す。

 

「リサーナ!待って!」

 

必死に呼ぶもリサーナは止まらない。そのまま光に向かって走るリサーナを追って、私も霧から飛び出した。

 

「ここは……?」

 

霧の向こうに広がっていたのは一面の花畑。泉の横に木が一本生えていて、周りを見渡すと遠くには地平線。それも終わらない世界が続いている。

 

リサーナはいない。けれど、代わりに木に寄りかかるようにして男が眠っていた。

 

「ローゼン?」

 

見間違えるはずもない。

高鳴る胸の鼓動に鼓膜が揺れる。

私は心臓が早鐘を打つのを感じながら、彼の側に歩いていく。

そうして隣で膝を落として、私は彼を揺り起こす。

 

「ねぇ、起きて。……起きて、ローゼン」

 

数秒揺すっていると、ゆっくりと目蓋が持ち上がった。

ローゼンは寝惚け眼で私の顔を見上げると、また目を閉じる。

 

「あと十年は起こすな」

「十年もローゼンと一緒にいられるのは嬉しいけど、それはちょっと……」

「わがままだな。俺が創った魔法のくせに」

 

寝惚けているのかローゼンは私を何かと間違える。魔法で創り出した幻と思ったのか、私をいないものとして無視し始めた。

 

「ねぇ、ここはどこなの?」

「……ついに魔法式にバグが発生したか」

 

薄目を開けて木に寄り掛かり直し、ローゼンは私を見る。

それから数秒、ローゼンは目を見開いて驚く。

 

「ミラ?何故お前が此処に……!」

「それが急に霧に包まれたと思ったら、こんなところにいて……」

 

そう説明すると、ローゼンは不可思議な顔をした。

 

「此処に入れるのは一人のみの筈だ。他の人間が迷い込むなどありえない」

 

ローゼンが断言するならば、そうなのだろう。ならばどちらかが偽者か。そんなはずはないと私の心が訴えている。目の前にいるのは間違いなく本物のローゼンだ。

そして、そう感じたのはローゼンも同じらしい。私が偽者という可能性は否定し、別の可能性を口にする。

 

「あぁ、そうか。おまえ俺を嵌めたな」

 

虚空に向かって誰かに呟くローゼンの声は忌々しげだけど、表情はそれほど嫌そうじゃない。

それはそれとして私も気になることが一つ。

 

「ローゼンはどうして此処にいるの?」

 

問えばローゼンは気まずそうに目を逸らした。

 

「その説明をするにはまずは此処がどういう場所か知る必要があるだろう」

「魔法なのよね。これだけの大魔法、普通じゃないと思うけど……」

 

今の私でもわかるくらいこの場所は魔力で満ち溢れている。温かくて、優しい匂いがする、幻想的な世界。それと何故か懐かしさも感じる不思議な気持ちにさせてくれる場所だ。

 

「リサーナに買ってやった童話があったろう」

 

不意にローゼンがそう切り出す。今も私の鞄の中にある、あの絵本。

今はエルフマンが持っているだろうけど、それがいったいどうしたというのか。

–––そして、気づく。

あの童話の話は、此処がモデルになってるんじゃないかと。

 

「じゃあ、さっき私を呼んだリサーナって……」

 

ローゼンは呆れたような顔。

 

「魔法の仕業だな」

「そうなのね……」

 

リサーナは死んだ。そんなの分かりきっていたはずなのに私は期待してしまう。本当はリサーナは生きているんじゃないかと。だけど、この一年帰って来ないあの娘を思うと、その可能性も現実的ではないことは薄々わかっていた。

 

「でもね、なんだかリサーナが私とローゼンを引き合わせてくれたみたい」

 

こんなところで逢える奇跡を神様の仕業じゃないんだとしたら、きっとリサーナが導いてくれたようなそんな気がして、私はローゼンの手に手を伸ばした。

 

「大切な人に逢える場所、本当みたいね」

 

ローゼンの手の甲を指先でなぞり、探るように指先を指へと絡める。するとローゼンは戸惑いながらも手を裏返して優しく握り締めてくれた。

 

予想だにしなかった反応に、私の心臓が跳ねる。

 

「ねぇ、ローゼンは誰と逢ったの?」

 

此処で。この場所で。誰と。

聞こえているはずなのにローゼンは沈黙したままで、この反応には覚えがあった。

答え難い質問に対して、答えを探している時の逡巡。

答えは決まっているはずなのに、どうしてなのだろうと思うまでもなく、私の頰は真っ赤に染まる。

 

「……私?」

 

ピクリと指先が震える。まるで心臓の鼓動が血管を通って指先に伝わったような反応に私は確信する。

 

「そっか。ふふっ、なんだか恥ずかしいわね」

「俺は何も言ってないんだが」

「もう何年一緒にいると思ってるの?ローゼンが考えてることくらい、ちょっとはわかるわよ」

 

そう指摘されるとローゼンはバツが悪そうな顔になる。

 

「……だけど、知らないこともあるわ」

 

ローゼンの過去、秘密、あげるとキリがない。

エンジェルに比べると、私はあまりにも知らなさすぎる。

 

「私はもっとローゼンのこと知りたい」

 

誰に願ったわけでもないけれど、私はそう告げた。

取り敢えずは、そうね……。

 

「ねぇ、あの日言ったこと……どういう意味?」

 

あの日の真意を知りたい。言葉に込められた意味を。

 

私が顔を向けるとローゼンはちらりとこちらを視線だけで確認する。それからゆっくりと首を動かして、正面から私を見た。伏し目がちなんて彼らしくもない。

 

「……一度しか言わないから、よく聞け」

「は、はい」

 

ただ目だけは真剣で私も尋常ならぬ雰囲気に姿勢を正してしまう。

 

いったい何を言われてしまうのかと身構えていると、彼はそっと私の耳元に口を寄せて、

 

「–––愛してる」

 

と、愛を囁いた。

 

「ふぇ……?」

 

ここまで言われて言葉の意味がわからないはずがない。

私の心臓は狂ったように早鐘を打って、全身が熱くなるのを感じていた。

すると間髪入れずに私の頬に手が添えられる。今もなお繋いでいる手とは反対の手で、気づけば私の唇に違和感。

息ができなくて、苦しくて、無限にも感じられる長い時間。

ローゼンの顔が至近距離にあると気付いて、私はそっと目を瞑った。

 

甘く蕩けるような感覚に浸り、溺れていく。

 

「……慣れないことをするものではないな」

 

唇が離れて、ローゼンはそんなことを僅かに顔色を赤くしながら呟いた。

 

「さて、帰ろうか」

 

余韻に浸る間も無く、ローゼンは私の手を引いて。

そして私は、そんな彼に思いっ切り抱き着いた。

 

「おい」

「そういえばまだ話の途中なんだけど」

「?」

「どうしてローゼンは此処にいたの?」

 

もっと抱き着いていたくて会話を引き伸ばしてみる。

するとローゼンは、私の背中に腕を回す。

 

「あぁ、出られなかったんだ」

 

抱き締められる感覚に甘えていると、なんだか聞き逃してはいけないような単語が聞こえた気がする。

 

「出られなかった……?」

「特に心配する必要はない」

 

不安に思っていると、頭を優しく撫でられる。

昔もこうしていてくれたような気がする。

いつだったか忘れたけど、前にも何度か同じことがあった。

 

「ここから出る条件は“帰りたいと願う”こと。死者に囚われず、今を生きようと思えば誰だって出られる」

「それってつまり、私と一緒にマグノリアに帰りたいってこと?」

「まぁ、そうなるな」

 

素っ気ない返事をして、ローゼンは私の手を引く。

 

「帰るぞ、俺達の家に」

「……此処で私が帰らないって言ったらどうする?」

「無理矢理にでも連れ帰る」

 

いつもは見せない強引な姿に、私はずっとドキドキして、そんな私の頬を撫でるように光が過ぎていく。

 

「ありがとう」

 

眩い光が私達を包み、魔法が解けていく。

私は明るい未来へ向けて、彼と共に歩き出した。

 

 




これで第一部は完結です。
あとは第二部までの間に閑話とか。
第二部はリサーナ編……未完の未来が見える。


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