原初の御伽噺は神話へ至る   作:黒樹

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テイクオーバーの使い方

 

 

 

突然の出来事だった。両親が死んで、この世界に弟妹と三人残されて、露頭に迷うことになった。家はあったけどお金はなくて一番年上だった私が働いて日銭を稼ぐしか道がなく、また私もリサーナとエルフマンを捨てて一人逃げ出すなんて以ての外だ。だから、三人分の日銭を稼ぐために悪魔退治をした時、運が悪いことにしくじってしまった私は腕が悪魔に侵されたとそう思った。

異形の腕になってしまった私はリサーナとエルフマン共々村を追い出され、仕方なく身一つで流浪の旅に出て、色々な村を周りその日をどうにか教会の屋根の下で過ごすしか雨風を凌ぐ方法は知らなくて。また異形の腕のせいで追い出されて、流浪の旅を何度か繰り返した教会の中で疲れ果て眠っていた時だった。扉が開いたのと、光が差し込んだのは。

 

–––私の前にあいつが現れた。

 

癖のある黒髪、翡翠の瞳、その裏にある何処か悲しそうな雰囲気の人。

 

 

その人は露頭に迷い、困っていた私に手を差し出した。

食べ物をくれた。–––それもあんなにおなかいっぱい食べたのは久しぶりだった。

服をくれた。–––何日も旅をしていたから、清潔な服は久しぶりだった。

住むところを与えてくれた。–––暖かいベッドで眠ったのは久しぶりだった。

 

その日は、何でもなかったはずの日常がこんなにも幸福なものだったんだと今更ながらに実感したわけで、三人一緒になってわんわん泣いたのは恥ずかしながら姉失格だと思う。

 

そりゃこんなところで捨てられても困るし、旅の途中の宿で私達とあの人で部屋を分けられそうになった日には不安で無理やり同じ部屋を取らせもした。私とリサーナがお風呂に入る時、いきなりいなくなられても困るからエルフマンにあの人を見張らせたのは少しやりすぎだったようにも思う。

 

彼の家に着いても大変だった。

部屋をくれたり。大金をくれたり。大凡、私達が生きる為に必要最低限以上のものはなんでも与えてくれて、至れり尽くせりというか申し訳ないというか……信用してないわけではないけど、後が怖い。

私達はこのまま幸せになっていいのか不安になった。

ギルドのメンバーも紹介された。–––といっても、あの人が面倒そうに席を外している間、勝手にギルドの奴らが私達に話しかけてきただけで私としては別によろしくしたいわけでもなかったけど。

今更になってあの人の名前を知らないことに気づいた。

 

そんなこんなで養われて一月程。

 

「……あれ、私達って負んぶに抱っこで完全に役立たずなんじゃ……?」

 

私はダメ人間に近づいている気がした。

 

 

 

 

 

 

『ローゼン・フラメル』18歳。男性。

癖のある黒髪、翡翠の瞳、身長もそこそこ高く今の私は見上げないと無理。S級魔道士で魔法を使うのを殆ど誰もが見たことないらしく、使用魔法は不明。それ以外は戦斧を振り回して戦うスタイルで近接戦闘だけでも強いらしい。月に何度か仕事を請け負いギルドを離れることもしばしばある。……と、私も一ヶ月間何もしてなかったわけではなく、そこそこ彼のことは調べている。

 

彼の名はローゼン。彼がギルドにいない時、暇な私はそれとなくギルドの人達に色々と聞いて回ってみたが案外情報が少なくて知れることなど多くはなかった。何が好きだとか、嫌いだとか、そんな情報すらないのだ。それ以前に誤情報。ローゼンは二日に一回しか帰ってこない。

 

お金は置いて行ってくれるから衣食住は完璧なものの、いくら私でも気づくことはある。ローゼンは私達を避けている。仕事に行かない日は普段家にいると聞いているのに、全然いない。私達が気を遣うどころかむしろ気を遣われている。

 

……それともあれか?女か?女の家に泊まっているのか?

 

その根拠がこれだ。

 

「ローゼン、今日も手合わせ願えないか?」

「……いいぞ」

 

毎日、赤毛の……名前はなんと言ったか。エルザ。そう、エルザだ。

私とそう変わらないくらいの歳の女の子の誘いに乗って、剣の修行に付き合ってやっているらしい。

ローゼンが帰ってくるたびに剣の手合わせを願ってやがる。

あいつ、隙あらばいつもローゼンと仲良くしてやがる。……なんか羨ましい。

 

「おっ、また始めんのか」

「今日こそはローゼンに魔法使わせられるか」

「無理だろー。まともに魔法使わせられたの、ギルダーツくらいだろ」

「何戦何敗だっけ?」

「今やってるのがちょうど百戦目で九十九敗だ」

 

そうこうしている間に二人は手合わせを始めてしまった。ローゼンは巨大な戦斧、エルザは様々な武器を魔法によって換装して戦うシンプルながらもとても強い魔法で。

時に素早さで翻弄したり、パワーで撃ち合ったり、手数で押したり、エルザは武器の数ほどの戦法を駆使するがそれを戦斧とフィジカルだけで上回るのだから、根本的な強さの違いがわかるというもの。呆気なくローゼンの勝利で終わった。

 

「……っ、強くなったつもりなのだがこれでもダメか……」

 

「ありがとう」というエルザの言葉を聞くまでもなくローゼンは隅の席に移動してしまった。エルザには構ってるのにこっちには構ってくれなくて、私は席を移動してローゼンの隣に座る。彼は本を読んでいた。

 

「なぁ、ローゼン」

 

反応はないが話は聞いてくれている。ここ数日でわかったことだが、これがデフォルトってやつらしい。

 

「……その、私に魔法を教えてくれないか?」

 

私がエルザのように構ってもらえるとしたらそんなことくらいしかない。それにもうお世話になりっぱなしは嫌なのだ。だから、魔道士として働けて、正式にギルドの一員になれるように頑張ろうと思った。この魔法が少なからず嫌いだけど、そうするしか選択肢はあまり残されていないだろう。

本をパタリと閉じて、数秒目を瞑りローゼンは何処かを見据える。

ダメだったか……と、邪魔した謝罪をしようとした時、不意に彼がぼそりと何かを呟いた。

 

「–––これが一部だけを変化させる〈接収〉だ。まず基礎の基礎だな。これが制御できて第一段階だ」

 

そう呟いたローゼンの頭には白い狐の耳。腰辺りには、白い尻尾が生えていた。

 

「……え、なんか可愛い」

 

思わず本音を漏らせばローゼンは無言で固まった。フリーズだ。

少しきゅんときてしまったが、それはしょうがないだろ。あのローゼンが狐耳に尻尾だ。

 

「なぁ、触っていいか?」

「……断る」

「触ってみないとよくわからない」

「…………好きにしろ」

 

なんとか触る許可を貰って耳と尻尾に触れてみる。もふもふしていて手触りが良くて、思わず何度も何度も撫で回してしまうのは不可抗力だと思う。ローゼンはとても気難しい顔で座っているが、私に触られて嫌ではないらしい。尻尾に抱きついたりしても怒る様子はまったくないので、満足するまで頬擦りしてから離した。

 

「なんていうか、本物みたいだな」

「テイクオーバーはただのコピーではないからな」

「コピーじゃない?」

「本物を吸収して使役するんだ。元となった動物は宿主と生命を共にする。分離する方法もあるがな」

「げっ、てことはあのキモイ目玉の腕も生きたやつ使ってんのかよ」

 

思い出すだけで身震いしてきた。その点、ローゼンの接収は可愛いのでいいな羨ましい。

 

「そして、部分的接収の先–––」

 

ローゼンの身体を光が包む。

 

「–––これが全身接収だ」

 

光が収束して、姿を現したのは。

椅子に礼儀正しく座る、白い狐だった。

 

人間のサイズではない。普通の動物サイズ。もふもふした毛並みは艶やかで品のある上質そのもの。翡翠の瞳は彼の証だろうか、人間の時の名残がむしろ愛らしい。

 

「っ、可愛い!」

 

そう叫んだのは誰だったのか。私ではない。いつのまにか隣にいたリサーナだ。

 

「いっしょにあそぼっ」

「キュッ!?」

 

白狐姿のローゼンを拉致して走り出す。両腕で抱いてエルフマンやエルザに見せに行く。

羨まし……じゃなくて、早く追いかけないと。

私も抱っこしたいと言う前に、取り返さなくてはならない。

 

「リサーナ!」

 

私は慌ててローゼンを奪還しに行った。

 

 

 

結果を言えば、ローゼンを取り返す事に成功した。危うく子供達の玩具にされそうだったがそこは熟練の魔道士がなせる技か全然捕まらず壁際に逃げてエルザの手に堕ちようという時、割って入った私の肩に飛び乗るとマフラーのように巻き付いてきた。あの残念そうなエルザの顔は少し気分が良かった。

少しで良いから抱かせてくれ、と頼んでくるあいつ割と動物好きなんだなぁと思ったが貸すわけにはいかない。それは何より私が面白くない。

 

「……ほんと災難だよな」

 

思わぬ利益で抱っこできたので得をした気分で椅子に座る。あとでリサーナは褒めてやろう。

名残惜しいが白狐は椅子に飛び移るとローゼンの姿に戻った。

 

「やろうと思えば質量のコントロールさえ可能なのがこの魔法の特徴だ。変幻自在、故にどんなものだろうとなれる。だが、それをやると騒ぎになるのでやめておこう」

 

彼はまだ何か魔法を隠しているらしかった。

私も追求したいわけではないので、しつこく聞くことはやめた。

 

「……さて、ここまで講義をして今発動しろと言って接収を発動できるか?」

「んー。……無理、全然わからん」

 

試しに接収を発動させてみようとすれば何かもやっとしたものが蠢くだけ。魔法そのものは発動しない、それに抽象的に説明されたって魔法の発動自体わからないのにどうしろってんだ。

 

「ならわかりやすく教えてやる。手を出せ」

「えっ……」

 

手を出せと言われて思い出したのは、初めて会った時にされた手の甲へのキスである。顔を真っ赤にして身を引いてしまうのは仕方のないことだと思う。

ローゼンは強引に私の手を掴むと繫ぎ合わせようとした。が、もたもたと何かを躊躇しているようで、焦れったいだかなんだか私から指と指を絡めてやった。

 

「ふふっ。……ローゼン女の子と手を握ったこともないの?可愛い」

「ある。煩いマセガキ」

 

–––それはエルザか?

 

思わず拗ねて手を離そうとした不機嫌な私の手を強く握り逃さなかったローゼンの男らしい力強さに少しドキッとして、慌てて言い返す。

 

「私もう13だからガキじゃねー」

「ガキだな、自分一人で生活できないような奴は」

「ちょっ、人が気にしてることを!」

「一生養ってやろうか?」

「私をいつまでもガキ扱いすんな。今に見てろ」

 

15歳が成人扱いなので正直に言うと彼からしたらまだ子供なのだろうが、私はなんとなく納得がいかない。

 

「まずそのためには魔法を使うために魔力の存在を知るところからだな」

 

手を握り合い至近距離で見つめ合ってしまうような形でいるものだから、冷静になって考えてみれば少し恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。

 

「……なにすんだよ」

「まず魔力を知覚しなければいけないんだが、手っ取り早く注ぎ込む事にした」

「……は?」

「取り敢えず、感じろ」

 

いやちょっと待っ–––。

 

「–––ひゃん!」

 

繋いだ手から膨大な量の液体のような何かが流れ込んできた。

思わず嬌声を漏らしてしまった私は身悶えてプルプルと震えていた。

魔力注入を一旦停止させられたのがわかったが……。

いきなり身体の中に流れ込んできた慣れない感覚に未だ動けない。

ギルドのみんなはこっち見てるし。おっさん連中はニヤニヤしてやがる。

 

「すまん。加減を間違えた」

「絶対わざとだ」

「ほんの一滴のつもりだったんだがな」

「……あれで一滴?」

「それは置いておけ。で、どう感じた?」

「……そりゃ、まぁ、水みたいな」

「イメージとしてはそれでいい。空気中にも元となるものがあるが……まぁ、今は必要ない」

 

つーかいきなりなんだもん。びっくりしてあんな声が出るのも必然。今度は「もう一度だ、感じろ」と言われたので魔力が注がれるのを待った。暫くして、森の葉から一滴の雫が落ちたように身体中を魔力が波紋していくのがわかった。

 

「……これがローゼンの魔力?」

 

何故だろう。とても冷たくて、哀しくて、暗い色をしている。

目の端から流れ出る温かい水滴は最近も流したものだ。手で拭うと思った通り、魔力ではなく涙だった。

なんで泣いてんだろ……。

ぐしぐしと目元を拭うと彼は淡々と言う。

 

「なら、次は自分の魔力を探せ。流れる先を辿ればわかる」

 

言われた通り探せば、自分の魔力が自分の体を巡っているのを感じることができた。

 

「……そこまでできたならあとは簡単だ。腕に魔力を集中させろ」

「そう言われても、これが、なかなか、うまく…?」

 

やっぱりダメで匙を投げかけるとローゼンは仕方ないと言うように握った手とは違う手で私の手の甲に指を添えた。

 

「こればかりは感覚で掴むしかないからな」

「いや、なにやって……ひゃ、くすぐった…!」

 

またいきなり。繋いだ手とは反対の手で手の甲から手首、腕となぞる。しかも手はしっかりと繋いだままだから逃げようにも逃げられない。

 

「ちょっ、さっき可愛いって言ったのは謝るから……!」

 

これが〈接収〉を会得するまで延々と続いた。

 


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