原初の御伽噺は神話へ至る   作:黒樹

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ミラジェーン・ストラウスが魔道士になって半年。徐々に確実に強くなっていく彼女の成長は子供故の吸収力というやつだろう。依頼を幾つも成功させ自信に満ち溢れているそういう時期だ。

月に二度大きな仕事をして他の時間を別の事に費やすのが生活サイクルの一部となっている俺がその大きな仕事を終えてギルドへと帰って来た時、真っ先に出迎えるのがミラだ。

 

「おかえり、ローゼン」

「……あぁ、ミラか」

 

長年「ただいま」と言えてないので苦手になってしまった言葉を黙殺し駆け寄って来てくれたミラに生半可な返事をして、マスターへと仕事の達成を伝えに行く。背後にはちょこちょことミラが付いて来た。

 

「まだ話は終わってないぞミラ!」

「あぁ?もういいよそんな話」

 

さっきまでエルザと喧嘩をしていたようだが、ミラの興味は他へと移っていた。不完全燃焼で釈然としないながらもエルザは引き下がっていく。彼女の中の熱も冷めたのだろう。「あぁ、またか……」と諦めた表情をしていた。

 

「今回もご苦労じゃったの」

「然程難しい依頼はしていない」

 

マスターの前へと辿り着き、社交辞令的な労いの言葉をかけられる。

これは会話の切り口に過ぎない。

 

「他の奴らは簡単な仕事でも物を壊したり問題を起こして帰ってくるから胃が痛いわい。特におまえさんに引っ付いてる娘とかな」

「ちょっ、マスター!」

「建物の倒壊六件、器物損壊三件、そりゃ魔道士になって一年も経っていないから仕方ない事だと思うが……おまえさんと仕事に行く時だけじゃからなぁ。いい娘でいるのは」

 

親の仇みたいな目でマスターを睨み付けるミラに視線を移すとなんとも言えない表情になり、彼女はゆっくりと俺から視線を逸らした。頰は薄っすらと赤い。マスターはそんな態度ですらも微笑みで受け流している。

 

「ミラ」

「……脆い建物が悪い」

 

そっぽを向いて拗ねた子供のように言い訳を述べる。チラチラと此方を確認するところが、まるで親に叱られるのを気にしている娘のようだ。

 

「やってしまったものは仕方がない」

「じゃあ、一緒に依頼受けてくれるって話は!」

 

ほぼ毎日のように一緒に依頼に行きたがるので『良い子にしていたら』と約束してある。喧嘩等は仕方ないとして、彼女の懸念は全力でそこに注がれていたようだ。

マスターには「甘い」と言われたが別に甘くしているつもりはない。

子供のように喜びはしゃぐミラの様子を見て、頰は確かに緩んでいるが。それはマスターとて同じだろう。……いや、語弊か、ニヤニヤしてるのが無性に腹がたつ。なんだその温かい目は。我が子を見守るような……。

 

「じゃあこれ、明日ギルドに朝早く集合で!」

 

依頼書を片手に早口に伝えると上機嫌でギルドを出て行く。一緒に住んでいるのだからわざわざ待ち合わせする必要はないというのに、何故待ち合わせる必要があるのか。

 

–––ミラジェーンが未熟だと言われる所以は、俺と一緒にいつまでも依頼をしたがるところにあると思う。

 

 

 

 

 

 

そして、ミラが魔道士になって二年程。

 

「なぁなぁローゼン、一緒にこの依頼受けよーぜ」

 

まだミラは一緒に依頼を受けたがっていた。他の魔道士はチームを組まない限りは一人で仕事をするのが常だというのに、いったいこの娘は何時になったら独り立ちするのやら。椅子に座って魔導書籍の解析をしている俺の背中に凭れ掛かり、首に腕を回し、挙句には胸を押し付けるような恥じらいの一欠片も持ち合わせない行動。顔の横に顔を出して耳元に甘える子猫のような声で囁くものだから、妙な背徳感が背筋を撫でた。

 

–––だいぶ大きくなったな。……ではなく。

 

「ミラ、前にも言ったがそれはやめろ」

「悪い気はしてないだろ」

「……依頼に行ってやるから、離れろ」

「えー、やだ」

 

甘やかし過ぎたのかミラは度々不満を漏らすようになった。昔は素直で良い子であり言うことはなんでも聞いたが、今や遠慮というものを知らない駄々っ子だ。

 

「……」

 

黙って魔導書の解析を進める。

 

「……」

 

ミラも黙って魔導書の解析を眺める。

そしてその光景を遠巻きに眺めるギルドメンバー達。

 

「……っ」

 

落ち着かない。魔導書の解析も進まない。

前に無理矢理引き剥がしたら悲しそうな顔をしたからこのままにしているが、もう限界だ。

特にギルドの者達の顔色が若干気持ち悪いことになっている。

そんな中、俺とミラにトテトテと歩いてくる青い猫が一匹。そいつは口元を抑えてニタニタと笑いながらこう言った。

 

「ドゥエキテルゥゥゥ〜〜〜」

 

新手の呪文か妙な発音だ。猫特有のものだろうか。ハッピーはクププと笑っているが、ミラはその呪文の意味がわかったのか顔を真っ赤にして猫を追い払った。一目散に逃げる猫。

 

「……俺は帰る」

 

ギルドの居心地が妙に悪いので立ち上がる。ミラはそれでも首に引っ付いたままだ。

二階への階段を横切って出口へと向かっている時、ふと視線を上に向けた。二階にはS級魔導士しか受けられない依頼書が置いてある。その依頼書は高難度なものの報酬は破格。その中でも報酬の中には貴重な魔導書などがある。古の遺産だったり、中身は様々だが。そう言えば最近確認していないな、と思い出した。

階段へ足を掛けるとミラは首から離れた。さすがのミラもマスターの『S級魔導士以外が二階に行ってはならない』という言い付けだけは守るらしい。その調子で纏わりつくのも勘弁して欲しいがそこだけは何故か妥協しないのだ。

 

二階で貼り出されている依頼書を確認する。

珍しい事に、かなり貴重そうな魔導書が報酬として提示された依頼があった。

それにS級の依頼書の中では比較的簡単な方の仕事。

クエストボードから依頼書を引き剥がすとそれを持ってミラの所に戻る。

 

「……また一人で仕事?」

「……来るか?」

「えっ!?」

 

ミラは大きく驚いた。これまで高難度の依頼書の仕事を引き受けた時、ミラを連れて行ったことはないからだろう。それにS級でない魔導士の同行はS級魔導士の許可が必要である。

 

「S級の依頼に連れて行ってくれるのか?」

「おまえにもできそうな依頼だからな。……少しはより高い所を見てみるのも、いいかもしれないと思っただけだ」

「嘘じゃないよな!」

 

何故疑う。と、此方が疑問に思った頃、ミラは子供のようにはしゃいで他の面子に自慢しに行った。

 

「ずりぃぞオレも連れてけー!」

「ナツが行くなら俺だって!」

 

……そうなればナツとグレイの氷炎コンビが喧しくなるのも当たり前である。

 

「ちょっ、連れて行ってもらうのは私だけだぞ!」

「ミラだけずりーだろ!」

「ローゼン俺も連れて行ってくれよ」

「断る。面倒だ」

 

暴走するのが目に見えている上、勝手な事をされても困るので絶対に連れて行きたくない。ミラだけならまだ言う事を聞いてくれるので問題はないだけで。

そのミラといえばさっきまでの上機嫌が天元突破して余裕の表情で二人を軽くあしらっている。

 

「おまえらまだガキだからダメだって」

「ガキじゃねぇ。バカにすんな!つーかそれならミラだってまだガキだろ!」

「私はこの前15になったからガキじゃないですー」

「……そういうわけだ、諦めろ。ギルダーツにでも連れて行ってもらえ」

「諦めろ、ナツ。邪魔すんのも野暮だしな」

 

最近、妙にギルドメンバーから話しかけられるのはきっとミラが原因に違いない。

 

「あい。そうだよナツ、邪魔しちゃ悪いよ」

「でもよー、ハッピー」

「ナツがS級になる方が早いよ」

「それもそうか」

「ハッ、おまえより俺が先だ!」

「なんだとグレイ!」

 

また喧嘩を始める氷炎コンビ。……その背後には、鬼がいた。

 

「その辺にしておけ馬鹿ども。ローゼンの手を煩わせるな」

「「「あい……」」」

 

エルザに引き摺られて二人と一匹は元の場所へ戻っていく。彼女とはよく話す事もあってかギルド内では割と仲が良い方で、対照的にミラとは仲が悪い。

 

「それでローゼン。S級の依頼ってなんなんだ?」

「あぁ、これだ」

 

渡された依頼書の内容をミラが読み上げる。

 

「えっと……闇オークション会場への潜入?」

「何をするのかはっきりと書かれてはいないが、S級にはS級なりの理由がある。おそらく、いや……もしかしなくても闇ギルドと事を構える可能性は十分にあるというわけだ」

「……怪しくねーか、この依頼書」

「よくわかったな。ミラ」

「いや待てって、なんでそんな怪しげな依頼にしたんだよ。詳細は直接会って話すって……」

「しかしそこも罠、という可能性は極めて低いだろう。依頼をしてまで闇オークションの所在を明確にする理由がない」

「まぁ、確かに……私そういう頭使うのは苦手なんだけど」

「少しは使え。……生き残る為にはそういう事も必要だ」

 

討伐系の依頼ばかりこなしているミラはそういう腕っ節が必要な依頼を好み、他の仕事には目も当てようとしない。もっともそれは彼女らしい生き方というものだ。口を挟むつもりもない。

やがて読み進めていくミラがある一行に目をつける。少し頰を赤くして、上目遣いに俺を見上げた。

 

「その…男女ペアの方がいいって…」

 

依頼書にはこう書かれていた。

『異性と組み仕事を受けるべし』と。

 

「…その、それは…私が良かったってことか?」

「……おまえ以上に信頼できるやつなど、そうはいないからな」

 

求めていた答えだったのかはわからないがミラは満足げに頷いていた。

 

 

 

 

 

 

依頼主の名は『ベルトルト・ガードナー』この時代における金持ち貴族というやつだった。貴族らしくギルドホームよりも大きいのではないかと思われる豪邸に住む、その街近隣の盟主らしい。依頼を受ける前に噂を聴き込んだところ、家族構成は三人、妻と娘と暮らしているらしく、そして近隣の住民達に慕われる人物だという情報が入り、依頼主として怪しいところはなかった。

そのガードナー家に足を運んだ俺とミラは応接間へと通され、夫妻に話を聞いていた。

 

「……娘を取り返して欲しいのです。拐われた娘を、どうか……!」

 

話を要約するとこうらしい。娘が数日前に誘拐され、なんとかして足取りを掴むもそこは危険極まりない闇オークションが行われる市場で、容易には足を踏み込めないのだとか。娘を助ける為に情報なら何でも揃えたが、生憎と埃を叩いて出てくるのは状況が一方的に悪くなる報せのみで、自力で頑張ろうとしたが断念したらしい。

そこで魔導士ギルドに依頼が飛んできたわけだ。

闇ギルドが多く集う闇オークションでは、人身売買や闇の書、禁呪指定魔道具、その他危険物資の取引が行われているらしく、闇ギルドの規模が強大過ぎるのだとか。

厄介なことに、娘を誘拐するよう命じたのは同じく貴族の者で、ガードナー家を疎んでいる者の仕業だと。最近、結婚を迫ったのを断固拒否すればそれから数日のうちに拐われたので、拐った賊に多額の金を積めば、その手のものが依頼者だと情報だけはくれたらしい。……もっとも娘は帰ってこなかったが。

 

「今現在の安否の保証はできないが、取り返してくると約束しよう」

「そ、そうか。頼まれてくれるか!」

 

危険度の高い依頼だったため、ギルドから魔導士が駆け付けても半信半疑だったガードナー卿の目に絶大な信頼の灯火が点火。

 

「私も助力は惜しまない。隣の部屋に正装を用意したから、一着貰って行ってくれ。敵の目を誤魔化すにはちょうどいいだろう」

 

隣の部屋に通されれば、上品なスーツやドレスが所狭しと並べられており、メイド達も手伝って全員が変装に全力を注いでいた。本当に協力を惜しまないつもりだった。その上、ガードナー家の名でオークション会場に侵入する手筈も整っているという。

 

「……さすがに複数の闇ギルドを相手に事を構えるのは不可能と判断したか」

 

何も無理矢理取り返してくれ、とは頼んでいない。娘が帰ってくればそれでいい。そう判断したか。だが、あと一歩がどうしてもどうにもできずに困っていたらしく、魔導士ギルドに頼まざるを得なかったか。……少なくとも、彼らの話に嘘はない。準備が良過ぎるとは思ったが、それも確認済みだ。

 

「旦那様、奥様の支度が整いました」

 

着せられるまま高級なスーツに身を包むと『夫婦』という設定なのかミラが別の部屋から現れる。振り向いたその時、俺は不覚にも不意を突かれてしまった。

 

「…ど、どうかな、ローゼン」

 

そこには、真紅のドレスを纏ったミラがいた。

 

「……」

 

いつもの露出高めのラフな格好とは違い、膝が露出しない程度の丈のスカート、胸元の薔薇のように咲いたフリル、それも袖がなく肩紐の類も存在しない鎖骨が完全に露出していて……辛うじて胸元だけは隠れている状態だ。こういうドレスを何と言ったか?とにかく、その色合いも含めてミラの魅力を全面的に引き出していた。

 

「や、やっぱ似合わないよな…」

「……そんなことはない。綺麗だと思うぞ」

「絶対嘘だ。さっきの間は何だよ」

 

突然、怒り出すミラ。と、思えばスカートの裾を引っ張って少し頰を赤くして、文句を言い始めた。

 

「それにこれ……足元がスースーするし、なんか落ち着かねぇし」

 

いつものミラじゃない。恥じらう姿がとても可憐な花のように感じられた。

 

「……」

 

こんなミラも可愛いなとは思っても絶対に口には出さないと、危うく出かけた言葉を呑み込んだのだった。

 

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