やっと届いた。夢にまで見た彼と同じ舞台。S級魔道士。
昇格したのは去年の秋頃。
リサーナもエルフマンも自分の事のように喜んでくれた。
相変わらず、ローゼンは「そうか」と呟くだけで多くを語ることはなかったけど。でも、それはある意味、私がS級魔道士になることを疑っていなかったようでそれはそれで嬉しい言葉だった。
本当は一言くらい褒めて欲しいけれど、これがローゼンと私の正しい形だと思う。
それでも悔しかった私はローゼンにいつものように抱き着いた。
「それだけかよ〜」
背後から首筋に抱き着きうりうりとほっぺを弄る。最近はリサーナとエルフマンと組むことが多くてあまり相手にしてもらっていなかったから、少し寂しいというか……。
「……ほら」
鬱陶しいとあしらわれても仕方ないはずなのに、ローゼンは本を閉じると私の鼻先に何かを突きつけた。
花束だと気づいたのは鼻腔を花特有の匂いが満たしてから。思わずいつものローゼンの態度ではないな、と虚を突かれ驚愕したのは私が悪いわけではないと思う。
差し出された花束を受け取って、私は少し恥ずかしげに礼を述べる。
「……ありがと」
でもまさかローゼンが花束とか。いや、そこまで驚くほどでもないな。実際、庭には花壇があり花が育てられてるし、それこそ大陸中に咲く見たことない花達が図鑑のように並べられているのだ。この花束も彩り豊かな花達の集合体で、庭で見た花がいくつも使われている。
「……漢らしくない贈り物だ」
「私はあんなことされたら嬉しいと思うけどなー」
「そ、そうか……?」
「エルフ兄はわかってないなぁ」
と、外野からなにやら話し声が聞こえてくるが私は気にする余裕さえもなかった。
「へ、部屋に飾ってくる!」
私は逃げるようにその場を後にした。
結局のところ、リサーナがお祝いのために作ってくれた夕食を食べないといけないわけで、逃げた意味などほとんどないに等しいのだが。
でも、少しだけ。
今はこんな顔見せられないなぁ、と隠れたくなってしまうのだ。
◇
ローゼンの花壇に秋の枯葉が舞い散る季節、私はエルフマンとリサーナ……それにナツを連れてS級クエストに行くことになった。最近は弟妹を連れて三人で組むことが多く、ローゼンとはあまり一緒に依頼を受けられなくてフラストレーションが溜まっているのも事実、彼を誘ったが全然相手にしてくれやしない。
「いいや、姉ちゃん達を守るのは俺一人で十分だ!」
「ずりぃぞエルフマン!」
それはともかく、目の前では喧騒が繰り広げられていた。
どうやらエルフマンはナツの動向が気に食わないようだ。姉ちゃん達は俺が守るの一点張り、昔からわかっていたことだがシスコン気味だから初のS級は三人で行きたいのだろう。それと、ナツに対して男としてのライバル意識ってやつだ。未だにS級じゃない二人だが、経験としてはナツより先に積みたいらしい。私もエルザ相手に対抗意識を持っていたのは事実、気持ちがわからなくもないのでどう止めたものかと考えているが、結局のところ私は身内に甘かった。
「……悪いナツ。次、連れてってやるからさ」
「……あーくそ、しょうがねぇか。今回は諦めてやる」
渋々と引き下がる理由は次が確約したからだろう。確かに約束してしまったわけで、反故にしたのは悪いが頼んで来た立場というのを少し弁えてはいるらしい。ナツは「次は絶対だからな!」とビシッと指を突き付けて帰って行く。
「ナツには悪りぃことしたかな」
「いいんじゃない。次、連れて行ってあげるんでしょ」
この中で最もナツと関わり合っているのは歳も近いだろうリサーナだ。フォローされているのは私なのかナツなのか、少し複雑な気持ちながらも手荷物を担ぎ直す。
「じゃ、行くか」
「おう」
「うん」
目的地までは馬車で丸一日。ガタガタと揺れる荷台でいつものように家族団欒会話、内容は拾われた頃に始まり今まで受けた依頼の内容とかギルドでの事とか、思い返せば思い返すほど溢れ出てくる。まるで泉から水が溢れ出るように。その流れで唐突にリサーナがぶち込んで来たのは核心を突く言葉。
「で、ミラ姉はいつロー兄に告白するの?」
「な、なんだよ急に!?」
本当に突然のことだったから私の顔は真っ赤。不意打ちにもほどがあるだろ、と文句を言っても仕方ないが私としてもそんなことできるわけもなく……。
「……そんなこと言われても、そんな予定ねぇよ」
「いいの?ロー兄ってカッコイイからそのうち誰かに盗られちゃうかもよ」
「確かに。俺は漢として兄ちゃんのこと尊敬してるからな」
エルフマンまで……。私をからかっているわけではない。エルフマンは本当にローゼンを尊敬しているのだ。魔道士としても、人としても、漢としても、エルフマンが目指すのはローゼンのような強い魔道士。実際、接収の使い方もローゼンに教わっていて私とリサーナとエルフマンはある意味で弟子とも取れなくもない。
そんな憧れの的のようなローゼンに思うところがあるのか、エルフマンは真剣な顔になって言う。
「……兄ちゃんなら、姉ちゃんを嫁にしても……いいと思う」
「バッ、お前はいきなり何言ってんだよ!」
恋人すっ飛ばして結婚だなんて!
いや、そういう問題じゃないんだけど。
つーかなんでエルフマンの許可がいるのか。
いつになったら姉妹と離れてくれるのやら。
急激に上がった体温を冷ますように手で煽りながら私は無視を決め込もうとしたが、リサーナだけは私を逃してくれなかったようで顎に指を当てて虚空を見つめる。
「じゃあ、私がロー兄を貰っちゃおうかな」
「「!?」」
衝撃発言をして、こちらの様子を窺うようにチラチラと見てきやがった。思わずエルフマンと顔を見合わせる。采配は全て託すと言わんばかりに肘で弟を探りに出す。
「……その、なんだ……が、頑張れ。姉ちゃんは強敵だぞ」
そうしたらいつになくヘタレた様子でしどろもどろになるエルフマンに私とリサーナは呆れた。
「おまえ、どっちの味方なんだよ」
「そーだよエルフ兄、どっちがロー兄と結婚したらいいと思う?」
「え、えーっと、その……ど、どっちでもいいんじゃないか?どっちが兄ちゃんと結婚しても、うん、俺は悪くないと思うぞ」
でも、実際、私としては私なんかより全然女の子っぽいリサーナの方が相応しいと思うわけで、エルフマンのシスコンが姉妹両方に向いているからこうなるのもわかっていた。
「まぁこんなエルフ兄は放っておいて」
蚊帳の外にエルフマンを追い出して、リサーナは言った。
「本当にミラ姉がいらないんなら私が貰うよ」
そう宣言する瞳を見る。マジか。マジなのか?からかっているのか、そうでないのか、私には判断がつかず、真意を知ることなんて弟妹のことを何でも知っているつもりの私でも到底不可能だった。
もしも……。そんな予感がして、私は目を逸らしながらリサーナに対抗する。
「……わかったよ。告白するよ、この仕事が終わったら」
「ミラ姉、それ何回目?」
「こ、今度こそ本当だっての!」
過去に何度も煽られては告白すると宣言しているが、自信とか何もない私はいつも肝心なところで怖気付いて未だに告白できないままでいた。ついでにこの会話も何回目か。頭ではわかってるんだけど、行動できない私がいる。そして追い詰めるようにリサーナは前回の事を口にするのだ。
「前は15歳になったら告白するんだ、って言ってたよね」
「……まぁ。そうだけど」
「でも、そうなってやっぱりS級魔道士になってから、って」
「……そ、それは今考えてたとこで」
「で、S級魔道士になったけど、計画性のないミラ姉は今更……というか昔から怖気付いちゃってるわけだ」
うぅ。言い返せない。
「S級魔道士になったのも同じ場所に立ちたかったからでしょ。言い換えればそこに行かなきゃ自信がないから、自分が誇れるものが欲しかったから、って先延ばしにして、まだ足りないの?」
今日はやけにグイグイくる。
「……だって、私女の子らしくないし」
「ミラ姉、料理上手でしょ」
「……私は別にリサーナみたいに可愛くもないし」
「そうかなぁ。ミラ姉可愛いと思うけど」
「……私はリサーナみたいにお淑やかでもない…」
「そう?ミラ姉は優しいから私は好きだけど」
「そ、そうだよ姉ちゃん。他にも姉ちゃんにはいいところがいっぱいあるって」
ようやく復帰したエルフマンが私を持て囃す。中身のない言葉に「例えば?」と聞いてみると、一瞬考え込むように黙った後、焦ったように大声を上げた。
「ね、姉ちゃんはかっこいいし漢前なところがいいんだよ!」
「……ぐすっ」
「わー、ミラ姉泣かないで、エルフ兄が馬鹿なだけだから!物差しがあれなんだよきっと。ちょっと残念なの、エルフ兄の基準とかアテにならないんだから!」
よりにもよってあの泣き虫だったエルフマンに泣かされるなんて。一番末の妹に抱き締められて慰められるなんて姉失格だ。
「大丈夫だよきっと。ロー兄はちゃんとミラ姉のことを女の子として見てるって。それにミラ姉が不安なのは、私もちゃんと理由はわかってるつもりだよ。ロー兄に拾われたから、でしょ」
「!」
私があいつに告白できないもう一つの理由。
自分に女としての自信がないのと、私達の関係性にある。
だから相応しくなるために、同じS級魔道士を目指した。
少しでも子供扱いされないために。果ては一人の女として見られたいがために。
拾われた私は、どうも恩というものが纏わり付いて素直な気持ちを吐き出さずにいるのだ。
まるで親子みたいな関係。それに近い、特別な絆。
私が告白できない最大の要因は、妹にはバレバレだったみたいだ。隠し通せていると思ったのに。
「そんなの気にしないほうがいいよ。ロー兄だってもう私達のこと、子供だなんて思ってないよ。まぁ少し過保護なところもあるけどね」
うん。知ってる。あいつは無愛想で無関心に見えて、意外と気を割いてくれるのだ。そういうところも好きになった理由だけど。
「本当にミラ姉がいらないんだったら私が奪っちゃうからね」
「……わかった。もう逃げないって。そういうの理由に逃げるのはもうやめた」
この感情が燻ったのはいつの日からか。
「じゃあ、ミラ姉指切りしよ」
「あぁ……って、何を誓えばいいんだよ」
リサーナが差し出した小指に自分の小指を絡めて、ふと疑問を持った。
「うーん。取り敢えず、逃げることかな。今のミラ姉、楽しそうなのに時折辛そうなんだよね。そういうの妹としては見過ごせないというか、ミラ姉には幸せになって欲しいし」
「なんだよそれ。……でも、まぁ、妹に心配されるような姉じゃあダメだよな」
その日、私は夢にも思わなかった。
これがリサーナとまともに話した最後の会話になるなんて。