原初の御伽噺は神話へ至る   作:黒樹

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失踪

 

 

 

それはいつしか当たり前の光景になっていた。仕事から帰れば家に明かりが点いている。外からでもわかるくらい賑やかな声。家が見える位置に来ると、それだけで少し暖かい気持ちになった。しかしそれも随分と前の話、今では夜暗くなっても部屋に明かりをつけず、ベッドの上に座ってミラは独り何処かを見ている。そんな日が続いた。

 

だから、今日も家に明かりが点いていないのはいつも通りのことなのだ。

 

最近は依頼どころかギルドに顔も出していない。ミラに合わせて俺の生活習慣も少しだけ違っていたりする。だが、いつまでも付き添っていては逆に変に思われるだろうと日帰りの依頼を受けた。それを終えて、帰って来た時だ。

 

家に入ると人の気配がしない。あれから今までミラは外を出たことはなかった。だから、家にいないはずはないのだが……自分が思った以上に疲れているのかと自分の感覚を疑った。

 

「ミラ」

 

特に意味や用などはないのだが、部屋を訪ねてみる。ノックに返事がないのはいつものこと。部屋の扉を開くとそこは月明かりで照らされた幻想的な空間で、ミラの姿はなかった。

 

「……いない、のか?」

 

元エルフマンの部屋、自分の部屋、風呂、トイレ、あの日からずっとそのままにしてあるリサーナの部屋、家中を探したが何処にも姿は見当たらなかった。色々と探し終えてから、思案する。エルフマンのところに行ったか、ギルドか、それとも……大聖堂隣の墓地か。こんな時にこそ役立つ魔法、いや役立てなければもはや無意味とさえ言っていいだろう、遠く離れた地を俯瞰することができる魔法を使用し、墓地とギルド、ギルドの寮を見てみた。が、姿は見当たらない。

 

魔法では情報を取りづらいので足を運んでみることにした。ギルドの方にも顔を出してみた。

 

「誰かミラを見ていないか!」

 

一人一人聞くなんて面倒だ。と、声を出してみたがギルド内は酷い喧騒に満ちていて耳を傾けるものなどいない。急用だったので冷静に頭を働かせて注意を引いてみることにした。魔法でドパンと破裂音を響かせる。それも鼓膜が破れるレベルの荒技、これくらいしないとこいつらは人の話を聞きやしない、と経験則が雄弁に語っている。

 

「むぉ〜。ローゼン、おぬしまで非常識極まりない行動を……いったいどうしたというのじゃ」

 

入り口付近にいる俺に気づいたマスターが耳を抑えながら床や机とキスを交わしている喧騒の原因達を見て、場合によっては叱責するべきかと視線が語っていた。蹲っている奴の中にはエルフマンもいる。

 

「誰かミラを知らないか!」

 

もう一度、全員に聞こえるように大きく問い掛けた。それぞれの顔を見るに知らないと語っているのはよくわかった。次いでエルフマンに視線を向けてみる。

 

「姉ちゃんの姿は最近見てないよ。そ、それで、兄ちゃん、急にどうしたんだよ?」

「ふむ。見ていないといえば見ていないな」

 

それぞれが同じように口を開けばそんなことを口にする。実際、ミラはギルドに一度も顔を出していないし、それよりと興味深そうにマスターやギルドの者達が口にする。

 

「珍しいね、ローゼンが声を荒げるなんて」

「つーか、珍しいんじゃなくて初めて聞いたわ。ローゼンが声を荒げるの」

 

他の者達の反応に僅かながらも親しきエルザとエルフマンが痛む頭を抑えながら、

 

「そこのところどうなのだ、エルフマン?」

「いや、怒っても兄ちゃんって声を荒げないから。つーか、怒ったとこもみたことねぇ」

 

と、顔を見合わせる。

 

「エルフマン、何か知らないか?」

「……え、姉ちゃんがいなくなったのか?」

 

肯定すると、エルフマンの顔がみるみるうちに青褪めていく。

 

「ど、どうしよ!」

「いやしかし、それほど焦る必要もないだろう?」

 

焦るエルフマンに対して、落ち着いたエルザの声が響いた。皆一様に「あのミラだぜ?」と言ってのける。

 

「そう簡単な話でもないんだ。今のミラは何をするかわからない。……本当は目を離したくなかったのだが、いつまでも傍にいるのもどうかと思って離れたんだが……すまない、エルフマン。ここに来る前に行きそうな場所は探したのだがな」

「いや、でも、兄ちゃんはこの一ヶ月ずっと姉ちゃんについててくれたろ。姉ちゃんがいなくなったのは仕方ねえよ。誰のせいでもねぇ」

 

謝れば謝り返され、もう心当たりを聞こうにも頼みの綱はエルフマンしかいない。その彼も心当たりはないと言う。二人でああでもないこうでもないと議論を交わしていると、マスターがカウンターの方から歩いて来た。

 

「落ち着け。ローゼン、エルフマン」

「俺は落ち着いている」

「どこがじゃバカタレ。魔法を爆発させた挙句、ワシもあんな大声は初めて聞いたわ」

「……」

「おまえさんがそんなんでミラを探し出せると思うとるのか?」

「俺は…いつも通りだ…」

「そこまで心配せんでもよいじゃろう?」

「心配などしていない。ただ、放っておくのも気が引ける……」

「動揺しとるのぅ。何故、ミラを探す必要がある?自分から出て行ったと考えるのが妥当とは思わんか?いつものおまえさんなら去る者追わずじゃろうて」

 

ギルド内の者達が揃って頭を縦に振った。その時、俺の心はまるで一人きりで何処かにポツリと立たされたようだった。そんな俺の心にマスターの声が響く。

 

「ローゼン、おぬしにとってミラがそれほど大切になっておったんじゃの」

「それは、違っ…」

 

「違う」と否定しようとして、最後まで言い切ることはできなかった。いつもの無関心はどこ行った。放っておけばいいじゃないか。今まで通り普通にしていればいい。結局は赤の他人だ。関わること自体無意味だ。切り捨てろ。今まで通りをもう一度やり直せ。もう一度、もう一度……。

 

–––自分を再定義する。

 

もうこの世界に期待など抱いてはいないはずだった。自分の生を無作為に棄てた。生きる屍であれと、自分は自分を呪い誰とも関わらないつもりだった。ミラを拾ったのだって気紛れだ。哀れだなんて思ってない。何とも思っていなかった。慈悲でもなければ正義感でもない。だから大切になんてなりはしないのだ。

リサーナが死んだのだって俺は……。そこに悲しみを抱いてはないはず。誰かを失うのは当然のこと。だというのに、この心臓を刺すような痛みと彼女に対して浮かんだ、この感情は……。

 

「……なぁ、マスター」

「落ち着いたようじゃな」

「……俺にとってミラは、リサーナは、何だったんだ?」

「それを知るのはおぬしだけじゃ」

「……俺は自分がわからない。だが、やることはわかってるんだ。探さなきゃ。俺は絶対に後悔すると何故か思うんだ」

「ローゼン、運がいいことに此処には数だけはある。探すのに手を貸さない者は一人とて居らんじゃろう。だから、お前さんはもう少し冷静になって手掛かりの一つくらい探してみればよいじゃろう。案外、見落としているかもしれんからのう。流石にエルフマンやローゼンに言伝もなしに居なくなるなど、考えはせん」

「……」

 

諭され、俺はまた無言になった。そこに思い出したようにエルフマンが声を上げる。

 

「そういえば、姉ちゃんもリサーナも日記書いてたから、もしかしたら手掛かりになるかも……」

「そうか。探してみよう」

 

踵を返し、ギルドを足早に出る。

モヤモヤと燻る感情に不思議と不快感はなかった。

 

 

 

 

 

それは俺の部屋で見つかった。見慣れない便箋が机の上にあった。その中身はやはり手紙で、筆跡も何もかもがミラのものだとわかる。慎重に開けると中身に目を通した。宛先は俺とエルフマン、たった一言『探さないでください』と簡潔に書かれた手紙を見て何とも拍子抜けした気持ちになってしまう。

 

「……これで別れのつもりか。まったく、適当にも程があるだろう」

 

探さないでと言われれば探すわけにもいかない。俺は探さないことに理由を付けた。何故か納得いかないが、この時は少し様子を見てみることにした。

 

 

 

–––それも、一週間が過ぎて。

 

 

 

「ミラを探しに行こうと思う」

「……兄ちゃん、探す必要はないとかなんとか言ってなかったか?」

 

ついに、ミラの置き手紙も無視して俺はこんなことを言い出した。マグノリア近辺を捜索したが手掛かりの一つすら見つからず、ギルドメンバー達は仕事の合間に探してくれることになっている。

 

「それに兄ちゃん、働き過ぎだよ。こんなんじゃ姉ちゃん見つける前に兄ちゃんが倒れる。無理し過ぎだ」

「俺はいつも通りだ」

「……いや、いつも通りって毎日依頼を何個も受けて碌に家に帰ってないだろ」

「ミラを探してるのもついでだ」

 

俺も依頼の合間にミラの姿を探していた。なんというかあいつには一言何か言わないと気が済まないのだ。だから、必死になんてなってないし、見つかればいいな、くらいにしか考えてない。

 

「それにしてもギルドの皆が方々に散って、兄ちゃんでも見つけられないなんて……」

「ついでだからな、簡単に見つかるなら苦労はしない」

 

遠方を俯瞰する魔法はあれど、人を探す魔法は持っていない。故に探そうと言って簡単に見つけ出せるわけもない。しかし、あまりこの手は使いたくはなかったのだが……。懐から一冊の本を取り出す。鍵付きの本。ピンク色の冊子のかなり可愛らしい品だ。

 

「それは……姉ちゃんの」

「他人の手記を読むのは気が進まないんだが……」

 

そうも言ってられない上に置いて行ったのはあいつだ。もうこの際どう思われようが構わない、優先順位はミラを見つけ出すことなのだ。鍵がないので鍵は氷の造形魔法で代用する。冷気を放つ透き通った氷の鍵が手に現れたのをエルフマンは瞠目した。

 

「グレイの氷の造形魔法!」

「……言っておくが、俺をあの裸族と一緒にするなよ。脱がないからな」

 

氷の鍵を鍵穴に差し込み解錠する。そうすれば意外にもあっさりミラの秘密の日記が開いた。

 

「さて、と……」

 

パラパラと捲ってみる。最初の記録はミラが魔導士になった日、そこからこの手記は始まっている。

 

『私は魔導士になった。初めての依頼はローゼンと一緒に魔物退治だ。初めて魔導士としての報酬を貰って、何を買うか迷ったけど私はこの日を書き記す為に、これからのことを書き記したいから、日記にしてみようと思った。これから何かあった日には、日記をつけていこうと思う』

 

最初の日付はミラと出会ってそう経っていない。そこから頁を捲り、読み進める。意外にもミラはほぼ毎日日記を書いているようだった。それも他愛のない話。誰かと喧嘩したこと、誰かと何かをしたこと、気に入らなかったこと、楽しかったこと、嬉しかったこと、感情を書き殴るようなもの、それはまるでミラの感情を秘密裏に解き放った玩具箱のようだった。どんなことだって感情が左右されれば書き記している。喜怒哀楽余すことなく触れていた。

 

しかし、なんだ……俺に関してのことが多いように思う。八割程日記の内容には俺が絡んでいるのだ。

 

次々と読み進めていくうちにあの日の頁へ。しかし、白紙になっていて記録はつけられていない。前の頁へと戻れば、それはリサーナを失う前日。そこから先は何度捲っても書かれてはいなかった。

 

「……なんというか、客観的に俺を見ているようだな」

「で、兄ちゃん、何か手掛かりはあったのか?」

「いや、まったくだ。俺の事以外に書くことはなかったのか?」

「……あとで怒られねぇかなぁ。姉ちゃん、ごめん」

 

急に顔を伏せて謝罪を述べるエルフマン。認めたくはないが、俺はエルフマン以上に必死になってミラを探している。それもこれもあんな状態で去って行ったあいつが悪いのだ。心配するなという方が無理だ。

 

「……まったく世話の焼けるやつだ」

 

ミラの日記帳を閉じ、誰にも聞こえない声で呟いた。


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