第25回の電撃小説大賞に投稿した作品です。一次予選落選でした。
忌憚なき意見を、どうかよろしくお願いいたします。

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―私の友達たちの初恋物語―

 

 

「センパイ、好きです! 付き合って下さい!!」

「うん、いいよ」

「え?」

「え?」

「え、え、え…?」

「えぇー~?」

「「えええええぇぇぇぇぇ!!??」」

 お前ら、会話しろ。

 雪奈の友人であるアヤは、驚きの声をあげるだけしかしていない、誕生したばかりの高校生カップルを呆れた目で見ながらそう思った。

 

「だって、付き合って貰えるなんて思わなかったもの……」

「あ~。まあ、記念みたいなものだって言ってたしね」

 混乱しきった友人をその彼氏からとりあえず引き離したアヤは、ひとまず頭を冷やさせる為に通いなれた喫茶店に移動した。

 頼むのはいつも通りに香りのいいブラックコーヒー。雪奈はまだ注文できるほど冷静になれていないようだったから、これもいつも通りにダージリンにレモンをつけたものを店員にお願いした。

 雪奈はむにむにと自分の頬をもんでいる。夢じゃないことを確認しているのだろうが、一度も混乱していないアヤにはただの奇行にしか見えない。

 そんな雪奈をじっと見つめるアヤ。大人しそうな顔立ちをして、あまりデザインにこだわっていない眼鏡をかけている。少し長めの髪は三つ編みにして、いかにも運動が苦手そうな外見。実際に動くよりも本を読む方が好きという雪奈は比較的頭がいい。綺麗というか可愛い顔立ちもしていて、まあ男受けは悪くない。

「っていうかさ、せつ。告白するから一緒に来てとは言われたけど、それ以外の話はあたし何も聞いていないのよね。結局、どこが好きになって告白したのよ」

「えっ…どこが好きって……」

 アヤの問いに、雪奈は少しだけ顔を赤くして手を口で覆い、あわわと混乱する。このままでは話が進まないと、アヤは強めの咳払いをして雪奈の動揺を収めた。

「えと、あの……。センパイ、野球部で頑張ってるし、格好いいし。それに何より、見ちゃったんだ」

「何をよ?」

「同じクラスの、野球部の男がちょっと乱暴で。他の男の子を、その、小突いたりして笑ってたの。そこに通りかかったセンパイがすごく怒って、一緒になって謝ったんだ。ああいう事ができる人ってステキだなって」

 ぽやーと、その場面を思い出しながらだろう。顔を赤くする雪奈にアヤはため息を吐く。

 この子も悪い子ではないのだが、妄想癖があるというか、理想を見るというか。どうにも現実離れしている。友達として、そこが少し心配ではある。

「まあ、いいけど。頑張りなよ。相談とかならあたしがいつでものるから、さ」

「うん。ありがとうね、アヤちゃん」

 えへへへと、少しだらしない顔で笑ってお礼を言う雪奈。それを見つつ、アヤはふっと微笑みを浮かべる。

 そしてその日はしばらくお茶を飲みながら雑談をするのだった。

 

 雪奈と別れたアヤは自宅へと向かう。特筆するべきところのないマンションの一室が彼女の家だった。

 アヤは自分の部屋の前まで来ると、そこを通り過ぎ、一つ奥の部屋の前に立つ。そして気安い様子でチャイムを鳴らした。ピンポーンと軽い音が鳴る。

 バタバタと足音がして、ガチャと扉が開けられた。

「よ」

「よ」

 挨拶をかわした相手は、雪奈が告白したセンパイ。秀平である。

「今日の事で話がしたいんだけど、いいかな?」

「ああ、いいぜ。入れよ」

「おばさんとかおじさんは?」

「まだ帰ってねー。気にすんな」

 いつも通り、幼馴染の気安さで家にあがりこむアヤ。勝手知ったる他人の家、アヤは勧められる前に椅子に座り、秀平は二人分の緑茶をいれてテーブルの上に置く。

 軽くお茶で喉を湿らせてから、一言。

「シュウが彼女ねぇ」

「んだよ……」

 アヤの言葉に、ちょっと拗ねたような声を出す秀平。秀平は高校2年生でアヤは高校1年生であり、アヤの方が年下ではあるのだが。幼馴染である二人では1つの歳の違いなどあまり変わりがない。実際、離れている差は5ヶ月程で、少し産まれた時期が違えば同じ学年だっただろう。

「悪くはないけどさー。シュウって今まで彼女できた事とかなかったじゃん。中学でももてなかった訳でもないし」

「アヤにだけには言われたくねーな。お前の方が告白された事が多かったじゃねーか。彼氏つくんねーの?」

「興味なーし」

 からからと笑いながら答えるアヤに秀平は溜息をつく。

「まあ、いいけどさ」

「そう、あたしの事はいいの。今日の話はあんたの事よ。今まで彼女つくらなかったのに、せつの告白を受けるなんてどういった風の吹き回し?」

「あの子の名前、せつって言うのか……」

「雪奈だからせつって呼んでる。っていうか、それも知らないで告白を受けた訳?」

 流石に呆れた声を出すアヤ。それにブスっとした声で言い返す秀平。

「んだよ。悪いかよ」

「よくはないんじゃない? 名前くらいは知っとけって話よ」

「自己紹介とかする前に引き離したのはお前じゃねーか!」

「テンパって話が進んでいない方が悪いでしょ、あの場面なら」

 ぎゃーぎゃーと下らない話をしばらくした後、こほんと軽く咳払いをして仕切り直すアヤ。

「で、どういった訳よ?」

「別に? どういった訳でもねーけど。結構好みの子から好きって言われて悪い気はしねーし、いいじゃん別に」

「いいけどね、別に。せつを泣かせないなら。っていうか、シュウってあの子みたいなのが好みだったわけ?」

「ああ。一緒にいる分には、オマエとか運動部の奴等とかの方が気楽でいいけどな。今まで告白してきたのも結構サバサバしてたっていうか、断っても友達付き合いは続くし。

 なんつーか、そうじゃなくて真っすぐに好きって言われたの、初めてだったし……」

 言っているうちに恥ずかしくなったのだろう。秀平の顔が赤くなっていく。

 それを見てアヤは少し安心する。シュウは適当に返事をしたのではなくて、シュウなりにちゃんと考えて付き合いたいと思ったのだと。

「ま、ならいいわ」

「何がならいいんだよ?」

「さ・あ・ね~?」

 シュウを適当にあしらって、アヤは立ち上がる。聞きたい事は終わったし、これ以上ここにいても意味がない。

「ま、頑張れ。相談ならいつでものるよ~」

「おー。ま、雪奈さんの友達なら世話になることも多いかもな」

 ひらひらと適当に手を振り、アヤを送り出すシュウ。それを受けてアヤはシュウの家から出る。

 時刻はもう夜。たった一部屋隣に移動するだけの時間、アヤは見える夜空を見上げた。よく晴れた空は、少し欠けた月と少しだけ見える星が煌めいている。

(うまくいくといいな……)

 そう思いつつ、アヤは自分の家に帰るのだった。

 

 翌日。学校でアヤと雪奈は顔を会わせて挨拶をする。そして雑談。内容はやはり、昨日告白して付き合う事になった雪奈の事。

「えっ!? アヤ、センパイと幼馴染だったの?」

「そだよー。だから昨日はあたしもびっくりしたわ。せつが告白したいから付き合ってって言われて、着いていったらシュウがいるんだもん。しかもOKするし」

「そ、そう。なんか、ごめんね……」

「いや、別にいいけど。っていうかせつ。あんた、どうやってシュウを呼び出したの?」

「え? 話したい事があるから、放課後、中庭に来てくださいって手紙をセンパイの下駄箱に入れたんだけど」

「それに、名前は書いたの?」

「えっと、書いてなかったかも……」

 それを聞いたアヤは、はー、とため息をついた。

「あのさ、せつ。そのせいでシュウはアンタの名前も知らなかったわよ」

「え? …えっ? えー!!」

「あたしが幼馴染で面識があったからよかったものの……。シュウから連絡できないのは良くないわよね」

「き、昨日はアヤが無理矢理連れ出したから……」

「責任転嫁しない。昨日のあの調子で名前の交換とか、連絡先の交換とか、できたと思う?」

「うぅ……」

 雪奈はもちろん、秀平も混乱していた。というか、秀平は雪奈の混乱に引き込まれたというか。

(今思えば、秀平もびっくりしたのかもね)

 あっさりと告白をOKした自分に。さらっといいよと言ってしまった事に。

「まあ、せっかく付き合える事になったんだからさ。連絡先の交換くらいはしておくべきでしょ」

「う、うん……」

 というか、連絡先の交換は基本以前の問題でもあるのだが。

「最初だけはあたしがセッティングしてあげるわよ。せつもシュウの連絡先とか知らないでしょ。あたしが予定を聞いてあげる。

 シュウは野球部で練習もあるし、あまり時間はとれないかも知れないけど、向こうの都合に合わせる感じでいいかしら?」

「うん。センパイの都合でいいよ。私の予定とか、結構つけやすいし」

「りょーかい」

 そう言ったアヤは携帯を取り出すと、メールをうつ。それが終わると携帯をしまい、雪奈に笑いかける。

「これでよし、と」

「ありがとう。アヤ」

「いいのよ、このくらいならいくらでも」

 そこでチャイムが鳴る。つまらない一日がまた始まった。

 

 返ってきたメールの返事では、今日の遅い時間なら大丈夫だという内容だった。

 アヤと雪奈は放課後の時間を待ち合わせ場所である喫茶店で潰し、秀平を待つ。やがて時間になった時に秀平が現れた。

「よ」

「よ」

 気安い挨拶をかわす秀平とアヤに、少し縮こまってしまう雪奈。それを見たアヤは肩をすくめて視線で合図を送った。

 アヤの意味深な視線に少しだけいぶかしそうな顔をした秀平だったが、緊張して縮こまっている雪奈を見て、少しだけ顔を赤くして声をかける。

「や、やあ。雪奈さん、でよかったんだっけ?」

「は、はい。雪奈です。アヤにはせつって呼ばれているので、そう呼んで下さい」

「じゃあせつちゃんで。俺は秀平。アヤにはシュウって呼ばれてる」

「じゃ、じゃあ。え、えと……」

「気軽にシュウって呼んでくれていいぜ。その、付き合ってるんだし……」

 照れた顔をかく秀平に、付き合っているという単語に顔を真っ赤にして更に小さくなる雪奈。小さな声で、ごにょごにょと声を出す。

「じゃあ、シュウ先輩って呼びますね」

「お、おう。それでいい」

 初々しい反応を外から見ていたアヤは、ニヤニヤとちょっと趣味が悪い笑みを浮かべていた。

 今まで見た事がない、雪奈と秀平の姿。これが付き合うっていう事なのかと、アヤは楽しそうに二人を見やる。が、そうしているばかりもいかない。

 軽い咳払いで二人を正気に戻らせる。

「はいはい。そろそろ話を進めましょう。これ以上遅くなるのも良くないし」

「そうだな。で、話を進めるって、どういった話をするんだ?」

 きょとんと言う秀平に、アヤはじとっとした視線を向ける。

「そのくらい自分で決めなさいよ、全く。次からのデートにあたしはいないんだからね」

「「デ、デートって!」」

「しないの?」

 2人して狼狽するが、あっさりと言い放つアヤの言葉に黙り込んでしまう。どうにも奥手が過ぎると思わなくもない。

 雪奈はともかく、秀平はもっと気軽な印象が強かったのだが。こう見ると思ったよりも純朴な奴だったんだなぁと、幼馴染の意外な一面を見つけてしまった。

「はいはいはい。まあ、今日はあたしがサポートしてあげるわよ。とりあえず、連絡先を交換して次に会う約束しときなさい」

「お、おう」

「は、はい」

 アヤの言葉に秀平と雪奈はごそごそと携帯を取り出して、連絡先を交換する。

 それを見つつ、ブラックコーヒーをすするアヤ。

「つかさー、シュウって野球部でしょ。デートとかしてる暇あんの?」

「ん~、まあな。別にうちは強豪校じゃねーし。過去ベストが3回戦突破だからな。そこまで厳しくはねーよ」

「うっわ適当。甲子園目指すくらいしないわけ?」

「そういう奴こそ強豪校に行くんだよ。遊んでる訳じゃないけど、プロとか目指して本格的にやる訳じゃねー。楽しく野球をやれればそれでいいんだよ」

 そこでちらりと横を見るアヤ。雪奈は聞き役に回っていて、話に入って来れていない。

 気が付かれないようにため息を吐いたアヤは、雪奈に話題をふる。

「せつはさ、行きたい場所とかどこかある?」

「ふぇ?」

「だからデートの希望よ。せっかくだし、楽しめた方がいいじゃん」

「え、えと。そういうの、考えた事ないし……」

「じゃあ、普段行く場所とかは?」

「アヤと喫茶店に行ったり、図書館で本を読んだり……。後はだいたい家にいるし」

 話が広がらない。今度は秀平が聞き役に回ってしまっている。アヤともう片方とが話をするという形ができてしまっていた。

 雪奈はもちろんだが、秀平も初めて彼女ができたという事で距離感が分からず、話し方が分かっていない。これは無理矢理にでも2人に話をさせないとどうにもならないが、アヤという気安く話ができる存在がいるせいで2人が話し合おうとしない。

(こりゃダメだ)

 そう思ったアヤは、席を立つ。

「お、おい」

「アヤ、どうしたの?」

「なんかあたし、お邪魔虫っぽいし。先に出るわ」

 そう言って自分の会計であるブラックコーヒーの伝票だけ手にして、さっさと場を離れてしまう。

 お節介を焼くのはここまでだ。後は2人次第。

(頑張れよ。せつ、シュウ)

 残されたのは少し顔色を悪くした、付き合いたてのカップル2人だった。

 

 翌日、学校にて。

「じゃあ、初デートは映画館にしたんだ?」

「うん。シュウ先輩が気をつかってくれたんだ。私、あまり運動とか得意じゃないし、本が好きなら映画も楽しめるんじゃないかって」

「ふーん。ちなみにせつって映画好きなの?」

「それが……」

「えっ、嫌いなの?」

「ううん。あまり行った事、ないの。一人じゃ入りにくいし、あまり興味もなかったし」

「あ~。あたしと遊びに行くっていっても、だいたいいつも喫茶店で話をするくらいだしねぇ。こんな事になるなら色々な所に遊びに行っておきゃよかったわねぇ」

「だ、大丈夫よ! シュウ先輩と一緒に色々な所に遊びに行くから!」

「ま、いつまでもあたしとばっかりでも面白くないか。頑張れ」

「ありがと、アヤ。うん、頑張る!」

 

 初デートの日の夜。アヤは自宅のベッドの上で電話をする。

「おー、シュウ。今日は初デートだったとか? どうだった」

『……筒抜けかよ』

「そりゃ、あたしはせつの友達だし?」

『俺は悪くなかったと思う、けど……』

「けど? なんかあった?」

『大した事じゃねーけど。映画館に行く事は決めてたし、そこは良かったんだけど、どんな映画を見るかでちょっとな。

 結局、アクション物とかじゃなくて恋愛物を見たんだけど、俺にはあまり性が合わなかったっていうか……』

「あんたとは相性悪そうよねー。で?」

『映画が終わった後、お茶しながら話をしたんだけど、せつちゃんは気に入ったらしくて色々話してきたんだ。だけど俺は気の利いた事を返せなくてさ』

「そこは本当に分からなったんだから仕方ないんじゃない? でも、嫌な顔はしなかったでしょうね?」

『しなかったよ! けど、やっぱり分かるもんだよな。せつちゃん、段々映画の話をしなくなってさ、どうでもいい話で終わったよ』

「ま、仕方ないんじゃない? シュウとせつ、付き合ったばかりだし。最初は得意な事とか、好きな事とか。嫌いな事とか、ダメな事。そういった事を知る事から始めたっていいじゃない。世間話ができただけ上出来よ」

『そういうもんかなぁ。っていうか、付き合った事ないくせに、妙に説得力ある事を言うな……』

「あんたらが奥手過ぎなのよ。せつはあまり引っ張るタイプじゃないし、シュウがちゃんとリードしてやりなよ?」

『おう、分かってるって』

 

 日が過ぎる。今度は放課後、喫茶店で雪奈と話をする。

「じゃあ、明日がまたデートなの?」

「うん。今度はボウリングに行くんだ。あんまり運動神経よくないけど、シュウ先輩って運動神経いいし、楽しいかなって」

「いいんじゃない。せつはあんまり運動するとこ行かないし、付き合った相手に合わせて趣味を広げても」

「そ、そうだよね……。けど、私、本当に運動ダメだし、シュウ先輩に迷惑かけないかな?」

「それ気にしたら人付き合いなんてできないでしょ。彼氏なんだし、甘えちゃいなよ。頼りにすればシュウも悪い気はしないでしょ」

「……」

「ん? どしたの?」

「……シュウ先輩を頼りにしたいけど、やっぱりそれだけじゃダメだと思うんだ。

 私も、ちゃんとしないと」

「あー。まあ、そう思うことは悪くないんじゃない。けど、スポーツとか、知らない分野や苦手分野で人を頼るのは悪くないと思うけど」

「う、うんっ! 私ももっとしっかりするね。リードできるところはちゃんとしたいし!」

「まあ、無理しない程度に頑張りなさい。あまり気負ってもよくないしね」

 

 また日が暮れる。

「で、今日はどうだったの?」

『毎度俺に電話するの、やめないか?』

「あははは。じゃあ、今日で最後にしておくよ。で、どうだった?」

『どうもこうもねーけど。まあ、俺は楽しかったよ。ただせつちゃんがなぁ』

「せつがどうかした?」

『別にどうってことはないけどよ。やっぱあの子は運動に向いてねーよ。3連続ガーターとか出すし』

「初めてだしねぇ。そこはシュウが男の子としてちゃんと教えてあげればいいんじゃない?」

『俺はそこまでボウリングに詳しくねーし。フォームとか、ボールの重さとかアドバイスしたら、ピンに当たるようにはなったよ』

「十分じゃない」

『いや、それがせつちゃんは余り納得がいかなかったらしくてな。しょげちまった』

「そこまで面倒は見切れんでしょ。せつが運動が苦手なのは分かってたし、仕方ないんじゃない?」

『仕方ないのかなぁ。やっぱりスポーツ系はあまり選ばない方がいいのかなぁ?』

「さあねぇ、それはあたしは知らんよ。シュウとせつが決める事だし」

『だよな、まあゆっくり頑張るさ』

「ああ、頑張れ」

 そう言って電話をきった。

 

 しばらく穏やかな日々が続いた。

 毎日顔を会わせる雪奈は前よりずっと笑顔が多くなって、たまに話をする秀平は楽しそうに雪奈の話をする。

 上手くいっている。友達と幼馴染の顔を見ながらそう思っていたアヤ。

 けれども。いつからだろう。

 曇った顔の雪奈を見た。多くなった笑顔に隠されて気が付かなったけれど、昔はしなかった深刻そうな表情をするようになった。

 楽しそうに雪奈の話をする秀平。だけど無理矢理楽しく話をしているような、そんな違和感に気が付いてしまった。

 だから、たまにはいいかと深く切り込んだ話をする。

 

 場所はいつもの喫茶店。そこでお茶をするアヤと雪奈。この日は秀平は部活があり、二人の仲を邪魔する事もなく、そして秀平に話を聞かれる事もない。

「ブラックコーヒー」

「ダージリン、レモンティーでお願いします」

 いつも通りのお茶を注文する。そして運ばれてきた飲み物をお互いに一口すすり、一息つく。

「で、どうなのよ?」

「どうなのって……何が?」

「何がって、シュウと。どうなのよ?」

 聞かれた雪奈はちょっと照れたように顔を赤らめて、視線を逸らす。

 そしてダージリンを口にして、言葉を出す。

「悪くないよ。一緒にいて、楽しいし。シュウ先輩、優しいし」

「ふーん」

「ふーんって。アヤが聞いたのに」

「その割には、たまに深刻そうな顔するじゃない」

 アヤの言葉に、雪奈はぎくりと顔を強張らせた。

「き、気づいてたの……?」

「気が付かないでこんな話はしないわよ。せつ、笑顔も多くなったけど、辛そうな顔もするようになった」

 それを聞いた雪奈は、はぁとため息を吐いた。

「もう、アヤには本当に敵わないなぁ」

「話は聞くわ。案外、話しているうちに楽になることもあるしね」

「ん。じゃあ、聞いてくれる?」

「もちろんよ」

「シュウ先輩には、内緒にしてくれる?」

「当然ね」

「じゃあ、言うね。……でも、本当に嫌な事ばっかりじゃないの。むしろ、楽しい事が多いの」

 そう言ってぽつぽつと話し始める雪奈。

「けど、なんていうか。シュウ先輩に引っ張ってもらってばかりで、私から何も返せてないんじゃないかなって。

 シュウ先輩は私に気をつかってくれるけど、シュウ先輩はそればっかりで楽しめてないんじゃないかなって思うの。それで私からシュウ先輩を楽しませてあげようかなってデートを企画するんだけど、シュウ先輩が好きな事は私が苦手だし、私が好きな事はシュウ先輩はあまり好きじゃないみたいだし……」

 たまにする、深刻そうな顔で言葉を紡ぐ雪奈。自分では秀平に釣り合わないのではないか、秀平は自分として楽しくないのではないか。そんな不安が湧き出していた。

 それを読み取ったアヤは、んー。とうなりながら言葉を選ぶ。少なくとも、秀平は雪奈を嫌ってはいないだろう。幼馴染がそういった感情を雪奈に持っているとは思えない。けれども最近はいやに肩肘張った感じも少なくない。やはり、思うところはあるのだろうとも感じていた。雪奈がこうやって動いているのだ、何も感じていないなどという程鈍感ではないだろうし、だからこそ無理をして欲しくないとますます力が入ってしまう事も考えられる。

 少しだけ悩んだアヤは、コーヒーで喉を湿らせてから答える。

「まあ、せつが色々考えてるのは分かったよ。けど、それで楽しくないのは違うんじゃないかなぁ?」

「楽しく?」

「うん。やっぱ、楽しくなきゃ一緒にいられないじゃん? あたしだってせつと一緒にいるのが楽しいし、せつだってあたしといるのは嫌じゃないでしょ?

 ……嫌じゃない、よね?」

「も、もちろんよ」

「うん、良かった。それと同じようにさ、シュウとも楽しくいられたらいいんじゃない、難しく考えないでさ」

「……でも」

「でも?」

「私が楽しくても、シュウ先輩が楽しいかどうか分からないんだもの。シュウ先輩がつまらなくて、そしていつか振られたらどうしようって、考えちゃうの。

 だからシュウ先輩を楽しませてあげたいんだけど……」

 アヤは黙って話を聞いていた。つまり雪奈は秀平を喜ばせたいのだ。秀平が喜ぶ事で自分が必要とされていると、安心したいのだ。

 けれどもそれができないから不安になる。心配になる。いつか、自分が飽きられてしまうのではないかと。

 そんな雪奈に、アヤは笑いかける。

「大丈夫、心配すんなって! せつはそのままで十分だよ」

「だと、いいのだけど……」

 雪奈の言葉の歯切れは悪い。

 結局、雪奈の表情が晴れる事は無かった。

 

 夜。帰宅し、細々とした事を全て終わらせたアヤは電話をかける。

『もしもし』

「よ。シュウ、久しぶり」

『おー、アヤ。久しぶり。どうかしたか?』

「どうかしたって訳じゃないけどさ。最近、せつとどう?」

 電話の先でぐっと言葉につまる音が聞こえる。

『悪くはないと思うんだけどな。ちょっと、ギクシャクしてる、かな』

「あらら。なんかあった?」

『なんつーか。別に悪い訳じゃないんだけど、せつちゃんが色々と企画してデートプランを立ててくれるんだけど――それが終わると、せつちゃんが妙に落ち込んでな』

「シュウがつまんなそうな顔とかしてんじゃなくて?」

『してねーと思うけどなぁ。実際、つまんなくないし。色々と気を利かせてくれるのは嬉しいし。

 けど、それで落ち込むくらいならして欲しくないし。デートプランとかは任せてくれっていうと、なんか複雑そうな顔をするし』

 空回っているなぁと、雪奈から話を聞いたアヤはそう思わざるを得ない。雪奈は頑張りたくて、秀平はそんな雪奈に無理をして欲しくないと言ってしまっている。

 さて、どうしたらいいのか。

「んー。せつもさ、自分で何かしてあげたいんだよ、きっと」

『は? 何かって、何さ?』

「シュウにして貰うばかりじゃなくてさ、自分で動いて楽しんで貰いたい。付き合うってそういう事じゃない? だから頑張りたい」

『別にそこで無理に頑張る必要はないと思うけどなー。それでつまらなかったら本末転倒だろ。一緒にいるだけで楽しいし、好きって言って貰えただけで嬉しいし』

「まあ、そういう意見も一理あるけどね」

 やんわりとしか言えないアヤはこれ以上、言葉を強くする事はできない。雪奈の話は聞いていない前提で話をしているのだから、アヤは簡単なアドバイス以上の事は言えないのだ。

『せつちゃんからもはっきり言って欲しいけど、あの子結構ため込むタイプなのかな。なんつーか、辛そうな顔をしてるのに大丈夫って言うタイプ?』

「あー。まあ、せつは結構他人に気を使うよね」

『そうそう、気を使いすぎなんだよな。こっちも気を利かせてるつもりなんだけど、あんまり効果がないっていうか』

 逆効果だろうとアヤは思う。雪奈は自分から何かをしたいのに、結局は秀平が気を利かせてしまっているのだから。

 けれども雪奈の行動は秀平に有効なようには見えない。少なくとも、雪奈はそう感じられていない。それで落ち込んでしまい、そのフォローを秀平がする。お返しに何かしても楽しそうに見えない。堂々巡りだ。

 雪奈が割り切るか、秀平が少し距離を置くか。そうしたらいいとアヤから見れば思えるが、雪奈は秀平に何かしなくてはと悩んで他に目を向けていないし、秀平も辛そうな雪奈の為に自分が何とかしないとと、近づくばかり。

 外にいるからこそアヤは気が付いたが、外にいるからこそアヤができる事はない。

(歯がゆいなぁ……)

「まあ、頑張り過ぎてもアレだし。少しペースを落としてもいいんじゃない?」

『ペースを落とす?』

「そうそう。何かをしてりされたりじゃなくて、一人でゆっくり考える時間があってもいいんじゃないって事よ。

 無理に外に出るじゃなくて、家デートとかでゆっくりしてもいいし」

『うーん。ま、考えてみるよ。悪いな、心配かけてるみたいで』

「ぜんぜーん。友達と幼馴染の為だしね。ま、頑張れ」

『ん、頑張る。じゃーな、ありがとう』

 電話を切る。どこかずれ始めた雪奈と秀平の関係に、不安を感じるアヤ。

 

 そしてその不安は的中した。

 段々と、笑顔よりも落ち込む表情が増えてきた雪奈。むしろ無理に笑顔を浮かべているといった様子で、以前よりどんどん辛そうになってきている。

 秀平も難しい顔をする事が多くなってきた。楽しんだ方がいいと自分で言ったにも関わらず、明らかに楽しそうではない秀平。

 アヤはできるだけ2人の話を聞き、アドバイスをしていたがどうにも良い方に話が転がらない。

 

 そんな日々が続き、ある日の夜に雪奈からアヤに電話がかかってきた。

『アヤ、ゴメンね、こんな時間に……』

「気にすんなって。あたしとせつの仲じゃない。で、どうしたの? 今日はシュウとデートだったんでしょ?」

 アヤの言葉に、雪奈は少しだけ言い淀んだが、やがてはっきりと言った。

『うん。それで最後に、別れようって言ったの』

「は…はぁ!? 別れるって、付き合うのやめようって事!?」

『そう。最近、シュウ先輩も私と一緒に居てもつまらなそうだし、私じゃシュウ先輩を楽しませてあげられないし』

「ちょ、待ちなさいよ。なんでそんな急に……」

『急じゃないわ。前からシュウ先輩に私は何もできなかったもの。最初は私から告白したのに勝手だなって自分でも思うけど、これ以上辛いままでいるよりかはいいかなって思って』

 アヤは最初しか2人と一緒に居なかった。いや、アヤが居たらそれはいつも通りの2人の姿ではなかっただろう。そして2人だけの時は、雪奈がこれ以上は無理だと思ってしまう程に空気が悪くなってしまっていたのか。

 結局、アヤにできる事は何もないのだ。

「で、シュウはそれに頷いたの?」

『いいとも悪いとも言わなかったわ。ただ、もう一度は会おうって。私も、私が勝手だった事もあるし、もう一度会うのは大丈夫って返事をしたわ』

「分かった。とにかく、せつもシュウも、一度落ち着いた方がいいと思うよ」

『……うん、ありがと。アヤ』

 そう言って通話を切る。アヤは遅い時間にも関わらず、シュウに電話をかけた。

 数コール呼び出し音がなってから、通話状態になる。

『おー、アヤ』

「やっ、シュウ。さっそくだけど、せつの話」

『だと思った。……せつちゃんに聞いたんだろ』

「聞いたわよ。ったく、急過ぎてビックリしたわよ」

『ハハハ。まー、俺の話も聞いてもらってたし、どうせせつちゃんからも相談を受けていたんだろ? 最近はあまり笑わなくなってたし、急って訳でもなかったんじゃねーか?』

「……嘘ついてもしょうがないわね。覚悟してなかったとは言わないわよ。けど、急なのは急だし、ビックリもしたわよ」

 アヤは、はぁとため息を吐いた。

「で、どーすんのよ、あんた。せつのこと、諦めるの?」

『……このまま終わりにはしねー』

 携帯の奥から真剣な声が響いてくる。機械越しとは思えない迫力がこもった声だった。

『ここで中途半端にしちまったら、良い事は1つもなくなっちまう気がするんだ。

 だから、もう一度会う約束をした』

「気合いは認めるけどねぇ……。あたしに認められても何の意味もないんだし。せつ、覚悟固そうだったわよ。

 そもそも、あの子から別れようって言う程なんだから、相当よ。可能性はあるの?」

『……分かんねー、かな。

 けど、大丈夫だと思うから動くんじゃないだろ? やるだけやるしかないだろーが』

「ま、そりゃそうか。ごめん。で、なんかあたしにできることあるかい?」

『……じゃあ、1つ頼んでいいか?』

「せつをスパイしろって言うんじゃなければなんでもいいわよ」

『もう一度せつちゃんと会う時に、一緒に居て欲しい』

「……は?」

 意外な言葉に、ちょっと言葉を失うアヤである。

「それ、意味あるの?」

『無いかな。言ってみればただのゲン担ぎだよ。せつちゃんと付き合う時にはお前がいたしな。それに、俺たちの事で結構気を使わせたみたいだし、見届けてくれてもいいんじゃねーか?』

「そりゃあたしとしては見届けたいけどさぁ。アンタとせつはそれでいいの?」

『俺はもちろんいいし、せつちゃんは俺が説得するさ。なら、いいだろ?』

「……まあ、2人がOKだっていうなら、いいけど」

 ちょっと腑に落ちない感覚を持ちながら、アヤは断る理由もなく頷く。

 電話を切り、しばらく窓から夜空を眺めていた。眠る気分には、なれない。雪奈。秀平。そして、自分。誰か、何か、間違いをしてしまったのだろうか? 内気な雪奈が勇気を出して告白をしたのに、自分から別れる決断をするなんて。

 分からない答えをぼんやりと考えてしまう。

 ピロンと携帯がなる。着信したメールに日時が記載されていた。明日、日曜日の正午。いつも喫茶店にて。

「明日、か」

 雪奈が告白した日から、まだ3ヶ月も経っていない。これで終わるには早すぎる。

 そう思うけれども。部外者であるアヤには、眺める事しかできない。

 

 翌日はあいにくの雨模様。

 ただでさえ憂鬱な気分なのに、それに拍車をかける天気だ。まあ、今日は晴れなら晴れで太陽が忌々しいと思ったかも知れないが。

 休日に外出するのであるからして、軽いお洒落くらいはアヤもする。そうして身支度を整えたらアヤは家から出る。秀平とは家が隣だが、一緒に出るなんて中学に入った頃からしていない。

 雨の街を歩く。天気が天気だが、日曜日という事もあってか人通りは少なくはない。混雑しない程度の道を歩き、喫茶店へと向かう。

 人はみんな足早で、雨降る街を通り過ぎる。アヤも同じくさっさと歩く。こんな気分は早く抜け出したい。そう思っても、きっとかかる時間は変わらないけど。やがて、いつの間にか。待ち合わせの喫茶店に着いてしまった。傘をたたんで店の中に入る。

「いらっしゃいませー」

 店員の声が耳に届く。さらりと店の中を見渡すが、どうやら2人とも着いていないらしい。

(あたしが1番、か)

 適当なテーブル席を選び、座る。すぐに店員が寄ってくる。

「ご注文は?」

「コーヒー……ミルクもお願いします」

「分かりました」

 下がる店員。アヤは珍しくブラックでコーヒーを飲まない事にした。今日くらい、甘くてもいい気がした。

 運ばれたコーヒーに口をつけながら、待つ事少し。店のドアが開いた。視線を向ければそこには雪奈。アヤと同じく、ちょっとしたお洒落をしている。白いブーツをはいて、その上には長いピンクのスカート。黒いベルトでキュっと腰を締め、蒼い上着を羽織っていた。全体的に淡い色で占められた色調に、梳かして流した黒い髪とベルトがアクセントになっている。今までアヤが見た事ない、女の子らしい雪奈だった。

 そんな友人をボケっと見るアヤに気がついて、笑いながら近づく雪奈。

「ごめんね、アヤ。折角の日曜日なのに……」

「いや。全然構わない、けど」

「けど、どうしたの? アヤ、なんかちょっと変よ?」

「せつ、綺麗……」

 アヤの口から漏れた本音に、はにかんで笑いながら雪奈は答える。

「ありがとう。シュウ先輩に見て欲しかったから、ね」

 付き合って、3ヶ月に満たない時間。それだけでこんなにも変わってしまうのだと驚いてしまう。秀平と雪奈が付き合い始めてから、アヤとは学校かその帰りくらいしか会わなくなっていた。そうなると見るのは制服ばかりになるので、雪奈の私服を見たのは久しぶりといえば久しぶり。

 まじまじと雪奈を見ているうちに、ダージリンのレモンティーを頼む事をすませてしまう。そしてアヤの手元を見ると、少し驚いた顔をした。

「アヤ、今日はブラックじゃないんだ?」

「え、あ、うん。なんか、気分じゃなくて……」

 照れ隠しにコップを口に運ぶアヤ。雪奈はそれを見ても何も言わず、同じようにコップを傾ける。

 沈黙が、重い。けれども、言葉が、出ない。そんな時間が少しだけ、続く。

 また店のドアが開く。現れたのは秀平。キョロキョロと店を見渡し、アヤと雪奈を見つけると笑顔で歩き寄ってくる。

「悪い悪い、待たせたか?」

「ううん。今来たとこ」

 まるで彼氏彼女のような言葉を、アヤは初めて聞いた。そして、これが最後になるかも知れない。

 出てきた考えを振り払い、時計を見る。正午にはまだ数分の猶予があった。

「遅刻じゃないし、いいんじゃない?」

「ちょっと気合い入れ過ぎたかな。あやうく遅刻するとこだったよ」

 言いながら座り、ドリンクをオーダーする秀平。コーヒーを頼み、砂糖を2つ入れてかき混ぜる。その格好も、仕草も、アヤには見慣れたもの。雪奈は3ヶ月で大分変ったように見えるが、秀平はそうでもないらしい。もしくは、幼馴染では分からない部分が変わったのかも知れないが。

 黒い液体を一口飲み、ちらりとアヤを見る秀平。

「いきなりだけど、いいか? アヤには見届けて欲しいんだが」

「え、うん。黙ってればいいのね?」

「悪いな。呼びつけておいて、黙ってろなんて」

「むしろなんか喋れって言われる方が辛いわよ」

「それもそーか」

 少しだけ笑う秀平。まるで緊張をほぐすように。そして、真っすぐに雪奈の瞳を見据えた。見られた雪奈は少し怯えながらも、視線は逸らさない。

「なあ、せつちゃん」

「……はい」

「最後かも知れないから、はっきり言って欲しい。俺と一緒にいるのはつまらなかったか?」

「ううん。シュウ先輩と一緒にいるのは楽しかった、です」

「そうか……。俺もだ」

 少しの沈黙。間を持たすように秀平はカップを持ち上げてコーヒーを飲む。

「けど、楽しいよりも辛い方が大きくなったんだな?」

「え、ええと……。はい」

「そっか」

「私から告白して、勝手だなって、自分でも思うんです。けど、だけど……」

 言いたい言葉が見つからず、小さくなった言葉。紅茶を飲んで誤魔化してしまう雪奈。それを優し気に見守る秀平。

「いーよ、別に。辛い事を辛いって言ってくれる方が、ずっと嬉しいかな」

「でも、私、勝手でっ……」

 今にも泣きそうな雪奈だが、秀平は変わらずに見守るだけ。

「……それを責める権利は、俺にはないかな」

「なんで、ですか。シュウ先輩は、どうして怒らないんですか?」

「俺も、勝手だったから」

 秀平の言葉に、思わずきょとんとしてしまう雪奈。

「シュウ先輩が勝手って、そんな事ないじゃないですか。勝手なのは私の方で……」

「勝手だよ、俺も。好きって言ってくれた女の子に甘えて、苦しんでるのに何もしなくてさ。

 付き合ってるじゃん、俺たち。なら、せつちゃんが辛いのを支えてあげなきゃいけなかった」

「……シュウ先輩が頑張っていたのは、私がすごく知っています」

「頑張っただけだよ。やらなきゃいけない事を、ずっと誤魔化してた」

 そう言って、真剣な顔をした秀平は。雪奈を見つめて、その言葉を口にした。

「せつちゃん、好きだ」

「…、あっ」

 初めて聞くその言葉に、目を見開く雪奈。言葉にした秀平は顔を赤くして頭をかく。

「言わなきゃいけなかったんだよな、本当ならもっと早く。せつちゃんは最初に言ってくれたのに、俺はずっと照れくさくて言えなかった。もっと早く言えてれば、せつちゃんはここまで苦しまなかったかも知れないのに。

 ……勝手だよ、俺は」

 秀平のその言葉を聞いて、雪奈はゆっくりと噛み締めるように、目を閉じた。

 しばらく時間が経つ。時計の音。人の声。靴が鳴る。椅子がこすれる。息づかい。耳に届く音が、遠くて大きい。

 やがて目をあけた雪奈は、フラットな表情で秀平を見返していた。

「私も勝手でした。シュウ先輩に理想を押し付けて、思い通りにならなかったら駄々をこねて。挙句、辛いから別れて下さいなんて……。勝手です、勝手でしかないです。

 けど……」

 みるみるうちに雪奈の瞳に涙が溜まり、崩れた顔は笑顔を咲かせる。

「やっぱり、私も好きです。シュウさん」

 笑った雪奈を見て秀平も微笑んだ。その笑顔が、何よりも答えを教えていた。

「じゃあ……」

「じゃあ――」

 

「「さようなら」」

 

 

 

「意味分かんないんだけど」

 秀平は本当にそれだけ言って、店から立ち去っていった。時間は10分も経っていない。せわしない男である。それを見送ったアヤは、ブスっとした顔で残る雪奈に声をかける。

「ってか、最後に来て最初に帰るなんて重役か、あいつは」

「本当にゴメンね、アヤ。けど、本当に黙って見届けてくれて、ありがとう」

 涙をぬぐい、さっきより、3ヶ月前よりしっかりとした顔をするようになった雪奈。その顔を見ては文句を言いようがない。

「ま、せつとシュウが納得してるなら結果はいいんだけどさ。こっちは見ててさっぱりなんだけど。

 解説が欲しいわ」

「解説って言っても難しいわ……」

「んー。じゃあ、あたしから聞いていい?」

 アヤの言葉にこっくりと頷く雪奈。

「まず、本当にせつとシュウは別れたのよね? あの笑顔で」

「うん。シュウ先輩が別れてくれるか怖かったけど、ちゃんと別れられたわ」

「なんで? なんで別れちゃうの? あれで? 全然納得ができないんだけど、傍から見たら」

 アヤのその言葉に、少しだけ考え込む雪奈。

「言葉にするのは難しいけど、それが私たちにとって一番だったから、かな?」

「は?」

「苦しいから別れるんじゃなくて、このまま付き合い続けるよりも別れた方がいいなって、自然に思えたから別れられたの」

「最後に、お互いに好きだって伝え合ったのに?」

「うん」

 ためらいなく頷く雪奈。その心境が全く分からないアヤは混乱するしかない。

「わっけわかんないなぁ」

「好きだから、別れられた。嫌いになる前に、苦しくなる前に。

 アヤも誰かと付き合ってみれば分かるわよ」

「ふつー、こんな綺麗な別れの場面は見れないと思うんだけど」

「それはアヤのおかげね」

 雪奈の言葉に、きょとんとした顔をしてしまうアヤ。

「あたしの? 文字通り何もしてないよ」

「そんな事ないよ。アヤがいたから、怒鳴ったり叫んだりしないですんだかな。今までずっと見守ってくれたのに、最後もちゃんと見守ってくれていたのに、情けないところは見せられないもん」

「……わっからんなー」

 同じ言葉を続けるアヤ。本当の本当に、アヤにはどうして理解できない話だった。そしてきっと、この先も理解できる気がしない。

 これは雪奈と秀平の心の問題だから。2人とは違う心を持つアヤには、決して分からない。そんな確信がある。

「で、これで2人の関係は終わりってこと?」

 アヤの問いにふっと笑う雪奈。

「それは――」

 窓から外を見る。相変わらずの雨模様、変わらぬ天気。

 

「――まだ、誰にも分からない、かな?」

 

 だけど、明日の予報は晴れだった。

 

 

 


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