ここは荒野のウェスタン、2062年。
その晩は珍しく雨の強い日だった。
大粒の雨が叩きつける音はあらゆる物音を掻き消してしまうようだった。
寂れたハイウェイのそばに立つ無人のプレハブに、その晩は灯りがあった。
数年前までは近くに掛かる鉄橋の保安事務所として使われていたが、新しい道路ができたお陰で鉄橋は封鎖、それに合わせて人の出入りも途絶え、今では朽ちるのを待つだけの存在であった。
「奴さん、今日も絶好調だねぃ」
「何でもセルゲイのところのヤクを使ってるって話だ。あれなら後3日は無休で動くんじゃねぇか、コール」
「勘弁してくれよ、商品の女をぶっ壊されるのはゴメンだぜ、レイズ」
その晩、プレハブの一階では堅気とは縁遠い風貌の男3人が酒とつまみを持ち寄りカードゲームに興じていた。
彼らは「配送業者」。都市の風俗サービス店従業員の送迎を任せられている、いわゆる雇われの護衛である。
「それにしても戦術人形だったか?あのライフル持ってた自律人形。キレイな顔して大の男よりも強いってなると俺達の立つ瀬がねぇってもんだよ、フォールド」
「うちの組織も事務関係は徐々に人形任せになってるってマリア婆さんがボヤいてたぜ。そのうち俺たち現場の人間もお払い箱さ、コール」
「世知辛ぇけど、時代の流れってやつさ。これからは二階の指揮官様みたいな奴らが活躍して、俺達旧世界の人間はゆっくりと朽ち果てる、このプレハブみたいにな、チェック」
「なんでぇ、随分と詩的じゃねぇか…ん、ちょっと待て」
親役の男が伏せ札を公開しようとしたその時、プレハブの扉を叩く音が聞こえた。
その晩初めての来訪客であった。
親役の男が残り二人に目配せをすると、一人はホルスターの拳銃をテーブルに出し、もう一人はテーブルの下に備え付けた二連散弾銃のトリガーに指をかけた。
「すいません!誰かいませんか!道に迷ってしまったんです!」
親役の男が扉に手をかけようとした瞬間、雨音に負けじと振り絞ったような大声が上がった。
「アンタ、何もんだァ!」
騙し討ちを警戒した男はドアから離れ、来訪者に訪ねた。
「宅配屋です!グリフィンタウンに向かってたんですが鉄橋が封鎖されてておまけにこの雨でほとんど道が分からなくなってしまいまして!おまけに燃料がカラッ欠で立ち往生してるんですわ!」
男は来訪者の言葉を吟味していた。確かにグリフィンタウンは鉄橋の先にある開拓都市だ。しかし今では鉄橋は封鎖されている為、最新のナビシステムを使っていれば新しいハイウェイで向かう事になる。
「どう思う?」
「ナビの更新を怠けたマヌケか古いナビを買わされたマヌケだろう」
「宅配屋ってのは間違いなさそうだぜ。外にでけえトラックが止まってる」
二人の男は来訪者がマヌケの配送屋だと結論を出した。
そして親役の男も僅かな違和感を覚えていたが、概ね二人と同意見である。
何故ならここには金になるものも人もいない。
デリヘル嬢とその客と護衛、送迎役の配送業者。これだけである。
だからこそ彼は扉を開け、来訪者を迎えた。
「いやぁー助かりました!ありがとうミスター、それにムッシュ、セニョールも。私はアレハンドロ・ペトロチカ、フォレスト通販サービスの宅配員です」
アレハンドロ・ペトロチカと名乗った営業スマイルを浮かべる宅配屋の印象は率直に言って怪しい奴である。確かに通販大手「フォレスト通販」の作業服を纏ってはいるが、労働者とは思えない小奇麗に整えられた髪と髭のせいで不信感が募る。
「あんた、人を馬鹿にしてるのか?」
「私があなた方を?もしや、この髭と髪型でご不快にさせてしまいましたか?何と大変失礼いたしました!ついこの前までは勤務医だったのですがリストラに遭ってしまいまして、これらはその名残なんです。確かに今の同僚たちからも不評だったんですが成程、勉強させていただきました」
一を聞いたら十どころかそれ以上を喋りそうなこの男について、三人組はうんざりして、警戒心も緩んでいた。
「わかった、アンタの髭と髪型の事情にはこれ以上口は出さない。で、何が目的だ」
「おぉ、話が早い。先ほども申し上げました通りグリフィンタウンに向かっていたのですが、近道をしようとしたらどうやら道を間違えたようでして。大変図々しい要求なのですが予備の燃料などありましたら分けてもらえませんでしょうか?あとは雨が上がるまで雨宿りをさせていただけるとこれ以上に嬉しいことはございません」
すると、三人組の一人、散弾銃に手をかけていた男が宅配屋に尋ねた。
「あんた、何処かで見た顔だな。それもここら辺で」
その言葉に残りの二人も宅配屋に注目する。その直後、二階から破裂音が一つ上がる。
それに合わせて三人組の注意は宅配屋から二階に向けられる。しかし、宅配屋は違った。
「ちょっと早すぎたな」
ヒップホルスターから小型拳銃を引き抜いた宅配屋は、テーブルに置かれていた拳銃を撃ち落とし、ドアのそばにいた男を銃底で殴り気絶させる。
二階に気を取られていた二人が銃声に気が付き、再び宅配屋に目を向けると既に銃口が自分たちを向いている事を認識した。
「さて、お二人ともゆっくりと机の上に両手を出して。言う通りにすれば足元で伸びている彼を含めて手荒な真似はしないと誓おう」
宅配屋の降伏勧告に従い、二人は両手をテーブルの上に出した。
目の前の男の優位性は揺らがないだろう。そして二階では破裂音の後から争うような音と罵声が聞こえてくる。
つまり、目の前の男には仲間がいて、あくまで狙いは客のいけ好かない傭兵指揮官なのだろう。
二人は宅配屋の言葉に従う限り命が保障されると思い、少しばかり安堵した。
「あぁ、それとだね。私も君の顔は覚えているよ。着任した時に手配書に君の顔があった。生死不問でね」
そういうと宅配屋の手元から破裂音が起き、額を撃ち抜かれた散弾銃の男が力なく崩れ落ちた。
「野郎、殺さねぇって約束だったじゃないか!」
「撃ち合いになるのを避けたかっただけさ。この制服も借り物なのでね。……ふむ、どうやら上も片が付いたようだな」
残った一人から銃口は外さず、宅配屋は階段へと近づく。
「あぁ、これはいらないアドバイスかもしれないが、二階から降りてきた私たちを殺そうなどとは思わない事だ。外にはライフルを構えた仲間がいるからね。大丈夫だと思うがそこの彼が気が付いたら同じことを伝えておくように」
宅配屋が階段を上りきると一体の戦術人形が廊下の壁にもたれかかっていた。
取っ組み合いになったのか服は破け、所々に裂傷と殴打痕、おまけに毛髪がごっそりと引き抜かれており、元の容貌を知ることはできない。
「強い衝撃が加わって意識が落ちたって感じか……」
その戦術人形が室内から吹っ飛ばされたのであろうことを語る、粉砕されたドアを潜ると3つの人影があった。
「オイオイオイ、派手にやったねぇM590。ケガはしてないな?」
宅配屋が一つの人影、戦術人形に声をかけた。銀髪褐色の彼女はM590。IOP製の高性能戦術人形であり、彼の相棒である。
「えぇ、彼女の反撃は受けましたがかすり傷程度です。ここはターゲットの無力化、そして民間人を保護しました。そちらは?」
「無事制圧だ。ついでに運良く強姦魔の賞金首でボーナスもゲット」
「やりましたね。これで暫くは無添加水素スープとはオサラバです」
「それじゃあご本命様のご尊顔を拝見しようかね」
宅配屋はロープで拘束された下着一枚の男を見やり、懐から一枚の紙を取り出した。
「おい貴様!俺を誰だと思ってやがる!これが本部に知れればただじゃ済ま―――」
「アンドレイ・ペトロフスキー・スモレンツェフ、29歳。首都の一流大学を卒業後、米国系PMCコヨーテ&クルツ社に就職、戦術人形部隊指揮官として数多くの功績を出し続ける同社期待の新人」
宅配屋が読み上げたのは下着男のプロフィールだった。そして彼はさらに続けて読み上げる。
「右目元の泣き黒子、口元から左顎にかけての火傷跡が特徴。連邦司法局及び企業連合法務局が認定した以下罪状により指名手配とする。物資横領、民間人への脅迫、違法薬物の売買、業務妨害、脱税、密輸、自律人形の権利を侵害した罪……すごいな、この暗さじゃ読めないが細かい字で残りの罪状もびっしり書かれてる。よくバレなかったもんだ。懸賞金は3000万、ただし生きたままの捕縛が条件。ではミスター・スモレンツェフ、何か言いかけてたみたいだが……」
宅配屋は紙―懸賞金ポスターをしまうと足元の男に尋ねた。尋ねられた男は青褪めた顔で目を見開き、口をパクパクさせていた。
「特に無いみたいです」
「そりゃそうだろう。これまでパーフェクトに事を運んできた本人の知らぬところで悪事全てがいきなり表に出てきたんだ。パニックとストレスで声が出ないのさ」
そしてふと思い出したように、彼はベッドの上にいた人影、賞金首の相手をしていたであろうデリヘル嬢に声をかけた。
「それと君、夜が明けたら下で待っている男性に送ってもらうように。あぁ、こんな辺鄙なところまできて手ぶらでは格好がつかないな。取り敢えずこの男の財布を預けておこう。カード以外は何に使おうが問題ないだろう」
宅配屋はその場に脱ぎ捨てられていたズボンから財布を抜き取ると毛布にくるまって震えていた彼女に投げ渡した。
「それじゃあ失敬するよ。M590、彼を丁重に扱うように。戦術人形もIOPに引き取ってもらうから後で運んでくれ。俺は下の階から死体を運ばにゃあいかん」
「了解です、腰に気を付けてくださいね?」
「ぬぐぐ……言うようになったなお前」
宅配屋と賞金首を担ぐM590が階段を降りようとした時、デリヘル嬢が思い出したかのように尋ねた。
「あ、アンタ達、何者なんだい……?」
訪ねられた宅配屋は振り返り、答えた。
「グリフィンタウンの新米保安官とその相棒さ。詳しいことは町の保安官事務所で聞いてくれ」
▼登場人物
・保安官(宅配屋)
主人公。ドルフロの指揮官ポジ。アレハンドロ・ペトロチカはその場で考えた偽名になります。
保安官になる前は警察に所属していましたが、中央の腐敗が嫌になり、M590と西部に活動場所を移し、グリフィンタウンに行き着きました。
そんな彼がなぜ賞金首を追いかけていたのか、その理由は次回明らかになります。
・M590
保安官の相棒。褐色銀髪好き。最高。
警察出身の戦術人形でその頃から保安官の相棒です。
とても温和な性格ですが、時と場合によっては銃よりも先に躊躇なく鉄拳を振るいます。
・三人組の男(ミスター、ムッシュ、セニョール)
モブ。命名は保安官。
ちなみに殴られたのがミスターで撃たれたのがムッシュ、懸賞金200万。セニョールは詩的なセリフを言った人です。
・コヨーテ&クルツ社の指揮官(3000万の賞金首)
モブ。かなり頭の回る男で、世が世なら国際規模のフィクサーとして君臨できたであろう逸材。
そんな彼の悪事がいきなり明らかとなり、保安官に捕捉されてしまったのか、そこらへんも次回明らかになります。
・ボコボコにされた戦術人形(犯人はM590)
RFタイプの戦術人形という設定しか無い名無しの人形。ある意味オリジナル人形では?
指揮官の副官兼護衛であり、倫理観を狂わせるウィルスを仕込まれていたという裏設定持ち。(今後活かせるかは作者次第)
・デリヘル嬢
モブ。今後出番はないと思います。