コーラ☆モンスター、ついに終幕!
結論から言おう。
このブラウンという男、クロだ。しかも間抜けのボンボンと来た。
旧世界の掘り出し物専門のディーラーというカバーストーリーは中々良い線を行っていたが、偽装の仕方が杜撰だった。
書類関係は法改正前の書面を使い回し、
ハイウェイの走行記録もリアルタイム照会で速攻看破、
おまけにバレバレの二重壁とコンテナ内部に落ちていた人工毛髪がブラウン一味の正体を物語っていた。
彼らは人形狩り集団。
旧世界で言うところの
都会にいた頃は1週間のうち3,4日はこいつら絡みで出動する事が多かったので、人権団体の温床特有の過激派だとばかり思っていたが西部に来てまでもこいつらと関わるとは思ってもみなかった。
信号弾は恐らくこいつらではなく、つまり二重壁の向こうに監禁されているであろう自律人形が打ち上げた可能性が高い。
臨検中にざっと見たところ、一味は高台の狙撃手と観測手を除いて50人。対してこちらは4人。うち1人は保安官補ですらない。
ナガンばあちゃんは自らを歴戦の戦術人形と言ってはいたが、流石に拳銃だけではこの数を捌き切れないだろう。
リー・エンフィールドは前任者の代で狙撃手を担当していたからとはいえ、こちらに来るには時間がかかるはずだ。
ここでかち合うには圧倒的に不利だ。
「どうですか、保安官殿。何か見つかりましたかね?」
ブラウンがニヤニヤしながら訊ねてくる。こちらが手を出せないと分かっているみたいだ。
「保安官……」
M590がブラウン達に聞こえないように耳打ちで囁く。
「あぁ、わかってる。無理はしないさ。心配してくれてありがとうよ」
俺はサムズアップでM590に応えた。
俺たちは法に仕える者として、
俺たちが死んで喜ぶのは悪党だけ。だからこそ死なないように訓練を積んできた。
状況は不利だが、この程度の事、都会じゃよくある事だ
。
今回も何とかなるだろう。
「ミスター•ブラウン、協力ありがとう。臨検は終わりだ」
「こちらこそご迷惑をお掛けしました保安官殿」
俺とブラウン、互いに本心を隠して握手を交わす。
「では保安官殿、こちらをご迷惑をお掛けしたお詫びに受け取ってください」
ブラウンはそう言うと、部下に持たせていた小袋を差し出してきた。
念押しの口止め料のつもりだろうか、流石にカチンときたが段取りを守るため何とか抑える。
「申し訳ないが法執行官の立場なのでね、気持ちだけ受け取っておこう。ただお返しとして、旅行者の安全を祈る言葉を一つ送ろう」
「ほぅ、なんですかな?」
「私の祖父が教えてくれたものでね、大きな声でこう言うんだ。ジェ――」
「敵襲!敵襲!鉄血人形どもだ!ここを嗅ぎつけられた!」
ブラウン一味の側から警戒の声が上がり、場がどよめきだった。
そして何を勘違いしたのか、ブラウンが俺に食って掛かってきた。
「そうか、保安官、てめぇ鉄血とグルだったな?俺たちをハメやがったな!」
「何を勘違いしてるかわからんが、漸く化けの皮が剥がれたなクズ野郎、ジェロニモーッ!」
俺が攻勢の合図を上げた瞬間、四駆に取り付けた6つ擲弾筒から煙幕弾が放たれ、ブラウン一味を襲った。
「M590、牽制射を続けつつ車両まで後退!ナガンと合流したら敵の無力化を開始しろ!あと鉄血とは可能な限りかち合うな。2方面作戦はゴメンだ!」
「了解です!」
「リー、予定通り狙撃手を無力化したらこっちに合流。現場は乱痴気パーティー状態だ、高所からみんなをサポートしてくれ!」
『了解しました!』
「クソ!クソ!撃て、撃ち続けろ!奴らを取り付かせるな!」
「こ、こんなの給料外だ!俺は逃げ……ギャアッ!?」
「スナイパーだ!頭を上げたら殺られるぞ!」
ここは荒野のウェスタン、食うものと食われるものしか存在しない弱肉強食の園。
人形狩り集団の持つ装備は銃火器からブーツの紐に至るまで一流品が揃えられていた。しかし、それを扱う側の人材についてはピンキリとしか言いようが無い。
多くは不自由無い生活に退屈し、スリルを求めてやって来た無謀な都会っ子。実際に軍事訓練を受けてきた軍人崩れは少なく、実戦経験者は更に少ない。
これまでは食う側の立場である彼らも、鉄血人形のギャング相手では分が悪かった。
鉄血ギャング、人類よりも早く西部に進出した鉄血人形の集団はELIDのような脅威を除けば非常に強力な武装集団である。
開拓都市は鉄血ギャングの縄張りを侵犯しないように設置されており、多くの都市は不干渉を徹底しているが、協力関係を築く都市も少なからずある。
当然、都会の人間である人形狩り集団の面々や着任したての保安官は知らない事であった。
「保安官、ご無事ですか!?」
M590達に指示を出してから間もなく、岩陰で様子をうかがっていた俺のもとにM590とナガンばあちゃんが四駆を移動トーチカ代わりにして合流してきた。
四駆はラジエターパネルやドアパネルに防弾ベストが括り付けられていた。
「あぁ、さっきから流れ弾がビュンビュン飛んできやがるがなんとか無事だ。それにしても鉄血ってのはおっかねぇな。きっとアパッチやコマンチの生まれ変わりに違いない」
「冗談言っとる場合か!ここら辺りは奴らの縄張りじゃなかったはずじゃ。ここまで出張って来るのであれば原因はあの人形狩りどもにあるはずじゃな。もしかしたら共闘関係を築けるかもしれん」
「それは名案ですねナガンさん。とりあえずコーラを手土産に交渉してみますか?」
「むむっ、顔に似合わずなかなか辛辣なことを言うのぅM590」
「漫才やってる場合か!二人とも、一番おっかなそうなのが近づいてきてる。あそこの装甲車まで移動するぞ」
一番おっかない鉄血、いわゆるハイエンドモデルと呼ばれる個体が接近しているのを確認した俺は自然な流れで漫才を始めている二人を引きずって装甲車の近くまで移動するのだった。
「誰一人も逃がすな!ひとり残らずだ!ひとり残らず血祭りに上げろ!」
鉄血ギャングのハイエンドモデル、処刑人(エクスキューショナー)は激怒していた。
あろうことか同胞に危害を加えた極悪非道の
処刑人には難しいことはわからぬ。
処刑人は頭目のひとりである。
大頭目の代理人に日頃から不要な衝突は避けるようにと言われていたが、人一倍義侠心にアツい彼女は独断で精鋭部隊を引き連れて襲撃を仕掛けたのである。
「処刑人、偵察狙撃部隊からIOP製人形を連れた第3勢力が紛れているとの報告があります。クズ共とは敵対しているようですがいかがしましょう?」
「なんだって?……わかった。オレ直々に見定めてやる。クズの同類であればその場で叩き斬ってやる……!」
『保安官、不味いことになりました。鉄血の頭目、処刑人がそちらに近づいてきてます』
「なんだって!?あぁクソっ!こっちはこっちでブラウンの私兵と戦闘中だ!ばあちゃん、残りの火炎瓶は何本だ!?」
「さっき投げたので看板じゃあ!あとはコーラぐらいしか残っておらんぞ!」
「おべべの立派な案山子ばかりかと思いきや、野郎、虎の子の部隊を隠し持ってやがったか…!M590、残弾は?」
「バックショットが30発、スラッグが10発です。どちらにせよジリ貧ですね……、どうします保安官?」
交戦が始まって1時間、人形狩り集団は悉く鉄血ギャングに蹂躙されていたが、ブラウン本人と最後の取り巻き達は未だ健在だった。
あえて逃げ道を立つことで狙撃されるリスクを減らし、装甲車両2台をトーチカにした籠城戦の構えだ。
奴らにとっては簡易的な砦だろうが、現状の装備で攻略するのは至難の業だ。
「鉄血の注意がむこうに向いたままなら漁夫の利を得られたんだろうが……そうだ、この装甲車で突破でもするか!」
ネガティブな空気を少しでも軽くしようと弾除けに使っていた車両を強めに叩くと、中から反応が帰ってきた。
『ちょっと!外に誰かいるの!何が起きてるのか教えてよ!』
「んんっ?その声、コルトSAAじゃな!そんなところで何をやっておるんじゃ!?」
いち早く声の主の正体に気がついたのはナガンばあちゃんだった。
『コーラが切れたところを捕まったんだよぉー、ナガンー、ここから出してぇー!』
「おぅ、ちぃと待っておれ!……保安官、この車の中に西部でも超最高のガンスリンガーがおる。どうじゃろ、ここは一つ奴にかけてみるというのは?」
「リボルバーだけでライフルやマシンガンで武装した集団を討れるっていうのか?」
賭けと言うには無謀な提案に当たり前の疑問を投げかけると通信機の向こうからリー・エンフィールドが答えた。
『保安官、以前の同僚としての立場からも腕前は保証します。コーラを飲んだ後の彼女は暴走中のマンティコアよりもおっかない。相手にすると思っただけでもゾッとします』
マンティコアという喩えは大げさに思えたが、リー・エンフィールドの言葉には真剣さが滲んでいた。
コルトSAAに纏わる伝説が与太話か否かは別として、今は一人でも増援が欲しいのは事実。迷いようもなく、俺は決断を下した。
第三勢力と目された一団を目にした瞬間、処刑人達はあっけに取られていた。
「んぐ、んぐ……ぷはーっ、おかわり!」
「まだ飲むんですか?これで最後ですよ」
「M590!SAA!早くしてくれぇ!弾幕が持たねぇ!ナガンばあちゃん!弾、弾持ってこーい!」
コーラを飲む人形と飲ませる人形、人形の代わりに銃手を担当する人間とサポートする人形がいた。
「なんだこれ……」
処刑人を始め、彼女が引き連れてきた多くの鉄血ギャングが抱いた感想はその一言に尽きた。
唯一人を除いて。
「ほぅ、天然物のコーラですか……たいしたものですね」
処刑人のすぐそばにいた鉄血人形がメガネを持ち上げながら感心していた。
「おい、一体何の話を……ん?お前メガネなんてかけて無かっただろ?」
「昨今の主流となっている人工甘味料のコーラに比べ天然物のコーラはエネルギー量が高く、戦闘前に愛飲するコルトSAAも多いとか」
「シカトかよ!」
メガネの鉄血人形が憤慨する処刑人を尻目に、散乱しているコーラの空き瓶と専用のボトルケースに目をやっていると、別の鉄血人形が口を開いた。
「でもよぉ、相手は籠城中の一個部隊だぜ?」
それに反応したのか、再びメガネの鉄血人形が語り出した。
「それに高級志向の銘柄を1ダース分、コルトSAAの最大効率を発揮させるには十二分と言える量です。それにしても辺境の地だというのにあれだけのコーラを調達できるのは
突然出てきた「グリフィンタウン」という言葉について問い詰めようとした処刑人だったが、その前にコルトSAAが上げた雄たけびに振り返ってしまった。
「コおぉぉぉラあぁぁぁぁ!!!」
1ダースのコーラを飲み切って一息ついたかと思うや否や、コルトSAAは突如雄たけびを上げ、目にもとまらぬ速さで飛び出した。
「大丈夫なんですか……」
「言ってる場合か!M590、コルトSAAの攪乱に乗じて向こうの装甲車まで前進だ。シールドを展開して俺とナガンばあちゃんを援……」
その瞬間、4発、遅れて2発の銃声が上がり、それまでけたたましく唸っていた機関銃の銃声がやんだ。
「……どうやら終わったようじゃな」
「終わったって、何が」
「わからんのか。まぁいい。実際見るのが早いじゃろう。ほれ、鉄血のも一緒に来たらどうじゃ?」
まるで見物に誘うかのようなノリで物陰に隠れていた鉄血ギャングの面々に声をかけるナガンばあちゃん。
これには流石の
そこに広がっていた光景は、何となく想像できていたが、それでも信じがたいものだった。
俺たちを寄せ付けまいと唸りを響かせた機関銃は暴発によるものであろう、どれも銃身が引き裂かれ花弁のように広がっていた。
俺たちが顔を覗かせようとすれば仕掛けてきていた狙撃手は利き腕とライフルを撃たれ再起不能に陥っていた。
そしてコルトSAAは
そう、コルトSAAは文字通り単身で一味を制圧してしまったのだ。
付け加えて言うならば6発の銃弾で。
「クソ……クソォッ!誰でもいい、あいつを撃て!たった一体だ、何を怯えてやがるっ!?」
まず静寂を破ったのはブラウンだった。
だがそれに応えて撃ち始めるものはおろか、構えるものすらいなかった。
「早死にしたくなきゃ私に銃口を向けない事、さもなきゃ
そう言い放ったコルトSAAは古き良き
構えて、狙い、撃つ。射撃に必要な3動作の内1つを済ませ、人間以上の反射神経を持った戦術人形を相手取るヒーロー気取りは誰一人としていなかった。
だがこれ以上緊張状態を長引かせる訳にもいかず、M590とナガンばあちゃん、遅れてやって来たリー・エンフィールドを引き連れて介入する事にした。
「グリフィンタウン保安官だ。ミスター・ブラウン、貴方たちを公務執行妨害、誘拐、暴行、人形の権利を侵害した罪の現行犯で逮捕する」
一番の働きを見せたコルトSAAの手柄を横取りするような形になってしまったが、これで西部でのはじめての大仕事は幕を閉じた。
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後日談
「保安官、スプリングフィールドさんから請求書を預かってきたので確認おねがいします」
「請求書?あぁ、コルトSAAのコーラ代か。どれど……れ?」
M590から受け取った請求書を見た俺は背筋が急激に寒くなるのを感じた。
多いのだ。思った以上にゼロの数が。
「M590、四駆の修理はしばらく無理だわ」
「えぇ……」
コルトSAA。
数々の伝説を打ち立てた西部一のガンスリンガー。
その戦力と燃費の悪さは正しく「
コルトSAA登場の描写少ない……少なくない?
細かい描写を書いては削ってってやってたらこうなってしまった。
次回の「ホワイトマンティコアを追え!」ではそうならない様に気をつけるんで!