RWBY-Crystal trailer-   作:アメリカ兎

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クリスタルファング

 

 

 

 

 ──アダム。私は「ホワイトファング」が好きよ。赤く汚したくないの。

 

 ──さようなら。

 

 

「…………」

 あの日の夢を見る。

 なぜ、いまさら。そんな疑問が胸中に渦巻く。それほどまでに心残りだったというのだろうか。

 アダム・トーラスはグリムの仮面を付ける。

 シュニー・ダスト・カンパニーの列車から大量のダストを奪取した襲撃計画で相棒のブレイク・ベラドンナは姿を消した。

 今にして思えば、彼女の意思を尊重して追いかけなかった事を悔やんでいる。自分の隣には常に彼女がいてくれた。共にホワイトファングの為に戦ってきたというのに、どうして去ってしまったのだろうか。

 

 ヴェイルに身を置きながら活動を続ける一方で、裏切り者としてブレイクを探していた。だが、ホワイトファングのメンバーで彼女を連れ戻すことが出来る人材が自分以外にいるとは考えていない。──もうひとりを除いて。

 

「おい。誰かいるか。この手紙を出してきてくれ」

 いつからだろう、あの男が──クリス・クライングがホワイトファングへ対し非協力的になったのは。

 かつては、自分と肩を並べるほどの実力者であったはずだ。それが今や組織の中の小間使い。伝令役と言えば聞こえはいい。だが実態はパシリのようなものだ。以前は各地を飛び回っていたが最近はレムナントの四王国のひとつ「ミストラル」のウィンドパスに滞在しているらしい。

 

 クリス・クライング──ホワイトファングの実力者の一人だ。自身の権力や組織の地位に興味を示すことがなく、ホワイトファングに拾われて育てられた白狼のファウナス。そんな彼の事を支持する者は多かった。どのような状況でも冷静で、声を荒げる姿を一度も見たことがないほど心穏やかな人物だった。思慮深く、紳士的で、クリスにはアダム自身も一目置いている。

 

 

 

 ──ウィンドパスに身を隠すクリスのもとへ、一通の手紙が届けられた。差出人はアダム・トーラス。

 その文面は簡潔なものだった。ヴェイルへの招集命令。そして、同時に組織から離反したブレイク・ベラドンナをホワイトファングへと連れ戻すために手を貸して欲しい、というもの。

 犯罪者の隠れ家でもあるウィンドパスでここ数ヶ月の間は組織を離れて隠居同然の生活をしていたが、その手紙を読んでからクリスは鼻で笑った。

 ホワイトファングのファウナスは、手紙に視線を落としている白いフードをかぶった男性を観察する。顔の半分を隠すような白いフードに、まるで僧侶のような厚いローブを重ねて着込んでいる姿はまるで魔法使いのようだ。武器を手にしている風でもない。

 噂には聞いたことがある。

 ホワイトファングのクリス──そのセンブランスから彼の戦いは「クリスタルファング」とも呼ばれていた。能ある鷹は爪を隠すように、能ある狼は牙を隠す。一度その牙を剥けば無事では済まない。

 

「クリスさん。あなたの噂は聞いています。どうかご助力を」

「ああ、分かっているよ。すぐに支度をしよう。だがその前に、私に仕事の依頼があってね。そちらを片付けたらすぐに向かうと返事をしておいてくれ」

「助かります。それでは自分たちはこれで」

 クリスは背を向けて立ち去るファウナスがいなくなった事を確認してから身支度を整える。

 ヴェイル。レムナントでも最大のサナス大陸の北東部に存在する都市だ。

 そこにブレイクがいる。ホワイトファングを去ってから、元気にしているのだろうか。

 少なくとも──クリスには、今以外の生き方なんて想像もつかなかった。

 アダムから手紙を受け取った一週間後に、クリスはヴェイルへと到着する。

 

 モンスターの仮面を付けたホワイトファングのメンバーをかき分けて、軽い握手を交わした。

 

「久しぶりだな、クリス。元気にしていたか」

「ああ。君も元気そうでなによりだ」

「ヴェイルに来たということは、返事は期待していいということか」

「さてどうだろうか。私自身の目で見ないことには。ブレイクが組織を去った時、君はその意思を尊重したのだろう。やはり手放すには惜しかったかな、彼女は」

「ああ。だからこそ、こうしてお前を呼んだんだ。手を貸してくれるな、クリス」

「……少しだけ猶予をくれ、アダム。私はヴェイルに来てまだ日が浅いんだ。観光をするくらいの余裕はもらえないだろうか? 幸いにして私は、君のように、君たちのようにモンスターの仮面を付けていないホワイトファングだ。そして、私をメンバーの一人と知っているのはそう多くない」

「長くはないぞ」

「かまわないさ。感謝するよ」

 メナジェリーのホワイトファングは仮面を付けていない。だが、クリスが仮面を付けない理由は自分がそうと悟らせないためであると同時に、ファウナスであることに誇りを持っているからだ。そんな気高いクリスの精神性に惹かれるものは多かったが、今となっては組織内の異端者として一匹狼を気取っている。しかしそれがかえって彼の行動範囲を広げていた。それを有効活用した結果が今の彼だ。

 顔まで覆うような白いフードを外して、クリスは素顔を露わにする。白い髪、狼の耳。穏やかな印象を受ける青い瞳。

 アダムもまた、モンスターの仮面を手にすると再び握手を交わす。ホワイトファングのメンバーであると同時に対等の友人として。

 クリスがフードをかぶり直して背を向けると、すぐに仮面を付け直したアダムもまた背中を見せて立ち去る。

 

 

 

 

 チーム「RWBY(ルビー)」のリーダー、ルビー・ローズは街にツヴァイの散歩に来ていた。足元から離れずに四本の足で走る飼い犬は嬉しそうに尻尾を左右に振っている。野良犬と間違われないように首輪とリードを繋いでいた。

 

「ふんふんふーん。ツヴァイ、どう?」

 わうっ。名前を呼ばれて返答する飼い犬は機嫌が良さそうにしている。だが、鼻を鳴らして地面のニオイを何度も嗅ぐとルビーの手を離れて急に駆け出した。

 

「わ、わっ。ちょっと、どうしたの! そっちはダメだってば、こっちだってばっ!」

 予定していた散歩コースを外れて、路地裏に向かおうとするツヴァイを引き止めようとする。しかし、足を段差に引っ掛けてルビーが転倒した拍子にリードを手放してしまった。そうなるともう後はどうなるか、言うまでもなくツヴァイは本能と興味が赴くままに猛ダッシュで人気のない路地裏に向かって走り去ってしまう。曲がり角に消えた尻尾を追って、慌ててルビーは立ち上がった。

 

「どこに行くのツヴァイ! 怒らないから戻ってきてー! あぁ、もうこっちから追いかけるしかないかぁ……」

 肩を落としてからすぐにルビーは後を追いかける。

 路地裏を抜けて、曲がり角を抜けた先の道路で左右を見渡す。赤いリードがかすかに見えた。その後を走って追いかけると、ツヴァイは公園に向かって走っていく。その後を追いかけるルビーがセンブランスの高速移動で赤いバラを舞い上がらせながら愛犬のことを捕まえた。

 

「もう! どうしたのってば!」

 舌を出して息を荒げるツヴァイを睨みながら顔を近づける。すると鼻先をぺろりと舐められてしまった。反省の素振りを見せずにじゃれついてくる愛犬に、ルビーは注意することも忘れて抱きしめる。肩に前足を乗せると、そのままスルリとツヴァイは手の中から抜け出してベンチに腰を下ろしていた男性の足元に座り込んだ。

 尻尾を何度も左右に振りながら見上げてくる犬を見下ろしていた白いフードの男性は手を差し出す。ツヴァイが何度かニオイを嗅ぐと、すぐに頭を擦り寄せた。

 

「す、すいません!」

 慌ててルビーが頭を下げる。恐らく先程の一部始終も見られていただろう。そう考えると少しだけ恥ずかしかった。

 

「気にしないで。君の家族かな?」

「はい。ほらツヴァイ。散歩の続きするよ」

 リードを掴んで男性の前から立ち去ろうとするルビーだが、その場に留まろうとするツヴァイの根性に根負けして肩を落とす。

 

「も~。ツヴァイ、どうしたの」

「どうしたんだろうね。すごい勢いで駆け寄ってくるから少し驚いたけど」

「……あの~、もしかしてさっきの見てました?」

「君のセンブランスのこと? それとも、この子が飛び出してくるところ?」

「全部ですね、わかりました……」

 あわよくば見られていなかったと思いたかったが、どうやら残念なことに全部見られていたらしい。離れようとしないツヴァイをどう引き離そうか考えるルビーだったが、男性が立ち上がると今度はリードを咥えて散歩の続きをせがむ。なんて現金な態度だろうか。肩をすくめるが、何はともあれ散歩の続きができそうだ。

 

「よし。それじゃ行くよ、ツヴァイ。レッツ、ゴ」

 伸び切ったリードにつんのめってルビーが目を伏せながら振り返る。男性に寄り添ってぺたんと座り込んでいるツヴァイを睨んでいた。

 

「も~、いつもいい子なのに今日はどうしたの? ご飯足りなかった? それとも遊びたいの?」

 わうわうっ。尻尾を振りながら鳴く愛犬に困り果てていたが、男性が歩き始めるとツヴァイも重い腰を上げて歩きだす。

 

「すいません、ツヴァイがどうにも離れたがらないみたいで」

「かまわないよ。その代わり、少し街を案内してもらってもいいだろうか? ヴェイルに来てから日が浅いんだ」

「私で良ければ」

「助かるよ。ありがとう……えーと」

「ルビー・ローズ」

「では、ルビーちゃんで。ありがとう。私はクリス・クライング」

 互いの自己紹介を終えてから、ルビーはツヴァイの散歩コースを少し外れてクリスにヴェイルの観光案内も兼ねて歩いた。

 自分がビーコン・アカデミーの生徒であること。一人前のハンターを目指していること。チーム「RWBY」のリーダーであること。少しだけメンバーに対する愚痴もこぼしつつ、ルビーはクリスに話し続けた。

 それに何度も相槌を打ちながらも、嫌な顔ひとつ見せずにしきりに頷くクリスは聞き上手に徹してルビーの話に笑みを見せる。

 

「あ、ごめんなさい。私ばかり喋っちゃって……」

「そんなことはない。面白い話ばかりだったよ。ハンターを目指しているということは、やはり武器の扱いも」

「はい。クレセントローズって言うんですけど、狙撃銃と大鎌を組み合わせた私自慢の武器で……あ、シグナルアカデミー在籍中に自作した武器なんですけれど──」

「ビーコンは十七からだけど、君はそれよりもう少し幼く見える。となると飛び級で?」

「は、はい。そうです!」

 矢継ぎ早に武器を語ろうとしたタイミングを外されてしまったルビーは、言い直すのも何だか気が引けた。とはいえ武器マニアとして気になることがある。

 

「クリスさんは、どんな武器を?」

「私かい? ルビーちゃんのように、自作で自慢できるような物ではないよ。それに、ハンターでもない」

「そうなんですか?」

 確かに──言われてみれば、ハンターというような様相ではない。物静かで穏やかな印象を受ける。だが、厚手のコートや白いフードから神殿の神官や、図書館の司書といった風貌だ。戦闘向きではないだろう。動きにくそうだし……。だが、口ぶりから察するにハンターではないが自分の身を守るための道具は持っているらしい。

 既存品かもしれないが、それでも会話を切り出した手前。どんな物を持っているのか興味が湧いていた。

 クリスが袖を捲くると手首に何重にも巻かれたブレスレットが擦れて金属音を微かに鳴らす。何か仕掛けがあるようにも見えない。だが、ルビーが目を凝らしてジッと観察する。

 

「これが、クリスさんの武器ですか?」

「アストラル。左手にも巻いてある、このブレスレットが私の武器だ」

「う~ん、一見するとただのアクセサリーだけど、小型の蛇腹剣? ワイヤーを仕込ませてあるとしたら暗殺向きかな。仕掛け武器じゃなかったとすればお姉ちゃんみたいにガントレットに変形? だけどこのサイズからだと展開できるのは手首までかな……」

「そんなに大した事はできない。種も仕掛けもない、つまらない武器で申し訳ないね」

「い、いえそんなこと無いです! え~っと、とてもオシャレだと思いますしこれなら軽量で持ち運びも容易で肌身離さず扱い慣れた武器を身につけていられるっていう利点もありますし」

 ただ、本音を言うと少しだけ期待外れだった。

 

「じゃ、じゃあクリスさんのセンブランスってどんなのですか?」

「それもルビーちゃんほど派手なものじゃないさ。私は至って面白くない武器とセンブランスの持ち主だ」

 クリスが手を叩く。ゆっくり開くと、掌に結晶の薔薇が乗せられていた。ルビーが触れると、それはすぐに雪のように溶けて消えてしまう。

 

「これだけですか?」

「そう。たったこれだけ。心踊らせるようなことができなくて申し訳なく思っているよ」

「あ、えーと……」

 視線を泳がせるルビーの素直な反応に、ツヴァイが一声鳴いた。すると、再三ルビーの手を離れて駆け出してしまう。その先に待っていたのは、散歩に出てから帰りの遅いリーダーを迎えに来たヤン・シャオロン、ワイス・シュニーの二人だった。

 

「お姉ちゃん!? それにワイスも。どうしたの二人とも」

「どうしたの、ではありませんわ。あなたが、帰ってくるのが遅いあまりこうして迎えにきてあげたのです。お昼を一緒に食べる約束をしたのは誰が言い出しっぺだったか覚えてないのですか」

「はい、私です。言い出したのは私だけどさ、ほら人助けしてたんだよ? っていうか二人だけ? 一人足りなくない?」

「あー、チームのミステリアス担当は……」

 ヤンがツヴァイを抱き上げながら視線を逸らした。ルビーもつられてそちらに顔を向けると、物陰に隠れるようにしてツヴァイに近づかないようにしているブレイク・ベラドンナがいた。

 

「それで。私達に内緒で? そちらの方と仲良くデートですか」

「ん? ちょっとーそこのアンタ。いくら私の妹が魅力的で可愛いからといってもまだそういうのは早いよ。いやでも仕方ないか、ルビーは可愛いもんねぇ。で? どうなの、脈ありそう? うまくいくようにお姉ちゃんも手伝おうか? それとも付きまとわれて困ってた? なら言って。今すぐヴェイルの反対側まで吹っ飛ばしてあげるから!」

「いや、お姉ちゃんは何もしなくて大丈夫だから……」

「え~。かわいい妹のために何もするなってそれは新手の反抗期? ねぇツヴァイ」

 きゅ~ん。尻尾を下げながらか細く鳴くツヴァイはルビーに同意なのか、それともヤンに同情しているのか定かではない。しかし、チームのリーダーでもあり最年少でもあるルビーを庇うようにワイスは白いフードをかぶったまま顔を明らかにさせないクリスに歩み寄った。

 

「そこの貴方。顔を隠して私たちチーム「RWBY」のリーダーに何の用事ですか。お尋ね者でもあるまいしフードを取ったらいかがです、失礼とは思いませんの?」

「ちょっとワイス。むしろ私の方が迷惑掛けたくらいなんだからそんな言い方」

「あら、ご自分から他人に迷惑を掛けたと自覚ができるくらいには成長はなさってるんですのね」

「そう? ワイスに褒められちゃった」

「人並みになれたくらいで調子に乗らないでください」

「褒められてなかった……」

「そもそも貴方はチームのリーダーとしての自覚と──」

「ワァ~イス~……またその話?」

「はいはい、はいはいはい。そっちのお二人が盛り上がるのはともかくとして、そちらのおにーさんは顔を見せてくれてもいいんじゃない? 見せられない理由があるならともかく。()()()()もいつまで物陰に隠れてるのさ。ほら、ツヴァイなら私の手の中で大人しくしてるからさ」

 恐る恐る物陰から顔を出して、怯えた表情でヤンとツヴァイを見比べて、それからワイスとルビーを見つめるブレイク。だが、その視線が白いフードの男性で止まると驚いた表情を見せた。

 

「……クリス……?」

「うそ、なに? 知り合い? ブレイクの恋人的なアレ? 感動の再会を祝してチームでパーティ開くべき?」

「ヤンは少し黙っていた方がよくてよ?」

「お姉ちゃん、雰囲気台無し」

「……そう?」

 しかし。ブレイクの知り合いであるということ。それが何を意味しているか一番に気付いたのはワイスだった。

 

「お待ちなさい。貴方、ブレイクの知り合いということは──もしや、と思いますが」

「……ええ。考えている通りで間違いないかと」

「えっ? ワイス、どういうこと?」

「はぁ~……貴方は本当に戦闘センスと武器の知識以外は鈍いですわね? そんなのも考えてわからないのですか。ブレイク、あの方とはどういった関係ですか」

「……ホワイトファングの同志だった人よ。組織の中では「クリスタルファング」とも呼ばれているわ。でも、なんで貴方が」

「君が元気そうで何よりだ、ブレイク。顔が見たかった、と言っても信じてもらえるかどうか」

 白いフードを外すと、隠していた白狼の耳が跳ねる。それを見てツヴァイが尻尾を振っていた。だからあんなにも懐いたのか、とルビーは一人で納得する。しかし、ホワイトファングと言えばモンスターの仮面を付けているとばかり思っていた。

 

「……一応聞いておきたいんだけどさ、ブレイク。やっぱり強いの?」

「ええ。とても。チームで勝てるかどうかは分からない。馬鹿な真似はやめておくことね、ヤン」

 すぐにフードをかぶり直して、クリスは両手を上げる。

 

「昔の話さ。今はすっかり隠居しているよ」

「ですが、ブレイクのように組織から抜けたわけではないみたいですね」

「ホワイトファングは私の家族で、帰る場所だからね。コレ以外の生き方は知らないし、する気もない。どうかご理解いただきたい、シュニー・ダスト・カンパニーの令嬢」

「組織の操り人形というなら結構ですわ。ブレイクは渡しませんわよ」

「ワイス、違うの。彼はホワイトファングの中でも誇り高い人で──」

「私はチームのために言っているんです! 今の貴方はチーム「RWBY」の一人でしょう!?」

 喧嘩腰のワイスをなだめようとするが、一度こうなると中々難しい。こちらが引き下がるべきと即座に判断して、クリスは頭を下げた。

 

「ヴェイルには短い間だが、滞在する。気が向いたら会いに来てくれ」

「クリス──」

「ホワイトファングに居た頃よりも、今の君はとても素敵だ。逢えてよかったよ、ブレイク。ルビーちゃんも、観光案内ありがとう。楽しかったよ。ツヴァイも元気で」

 踵を返してチーム「RWBY」の前から去っていく背中を追いかけようとしたブレイクだが、すぐに立ち止まる。

 遠ざかるクリスに向けて、ツヴァイが別れの挨拶とでも言うように鳴いた。

 

 

 

「……クリスは、ホワイトファングの中でも有権者に数えられる人だったわ。だけど、組織のトップが変わってからは活動を控えるようになって、権力を剥奪されてからは私も詳しくは……」

「でもさ、ブレイク。ホワイトファングは皆モンスターの仮面をかぶっているじゃん。あのー……クリスは素顔のままだったけど、なんで?」

「それは、彼がファウナスであることに誇りを持っているからよ。クリスが戦うのは決まってグリムか、同志を守る時。人を傷つける事を好まない人なの」

 寮に戻ってきてからブレイクは、自分の記憶にあるクリス・クライングのことをワイス達に話し始める。

 穏やかな人だった。何度か共に行動をしたことがある。争いを好まず、人類との和平を本気で実現しようとホワイトファングに尽力してきた。だからこそ、数年前に自らが築き上げてきた地位も名誉も全て返上している。

 

「ワイス、謝った方がいいんじゃない?」

「ホワイトファングであることに変わりないなら、下げる頭などありませんわ」

「ちょっと」

「……ですが、そこまで貴方が言うのなら話くらいしてあげてもいいでしょう。信頼していい方なのですわね?」

「ええ。今から彼に会いに行くなら、私も」

「彼がなぜ貴方に会いに来たと思っているかおわかりで? ホワイトファングから抜け出した貴方を連れ戻すためではないのですか? そんな相手にみすみす連れて行くような真似は得策とは思えませんわ。伝言くらいなら聞いてあげてもよろしくてよ」

「だけどこれは私の問題で」

「チームの、ですわ。間違えないでくださいます?」

「……」

 ミルテンアスターを持ち、部屋を出ようとするワイスの肩をヤンが叩いた。屈託のない笑みを浮かべて自信満々に自分へ親指を向けている。

 

「なんですか、ヤン?」

「もう日が暮れてるし、足が必要になるんじゃないかと思って。今なら安くしとくよ」

「結構ですわ」

「それにワイスを一人にするわけにもいかないし、夜のボディーガードも兼ねて」

「ハア……好きになさい。二人も、大人しく私達の帰りを待つこと。いいですわね」

「よーし、それじゃルビー、ブレイク。行ってくるよ」

「言っておきますけれどチップは払いませんわよ」

 ワイスとヤンが部屋を出ていってから、ルビーは頭を悩ませていた。

 

「ブレイク。クリスさんってそんなにすごい人? 持っていた武器も、センブランスも戦闘向きって感じじゃなかったけれど」

「彼の戦いを見たら、そんなこと言えなくなる」

「でも、小さな結晶を作るぐらいで」

「その結晶が、なにで造られていると思う?」

「…………オーラじゃないの?」

「──ダストよ。彼のセンブランス特性は「結晶操作」なの。ダストをオーラで結晶化させて扱う。だから彼は私達のように武器を持たない。「力の根源」を自分の意思で操作する事がどれだけ脅威だと思うの? 彼は全身にダストを仕込んでいる。服飾にも織り込んで、旧来の使用方法で自分の能力を高めてるわ。こと戦闘においてホワイトファングでは「天才」とまで称されたほどよ」

「でも、そこまでの人がどうして隠居なんて」

「さっきも言ったでしょ。今のホワイトファングとは“毛色”が合わないから」

 窓に頭を預け、ブレイクは外の景色を眺める。

 

「ホワイトファングの同志を守るために、一人でデスストーカーを完封するほど。と言えばハンターとしてはどれだけの腕前か貴方にもわかるでしょ?」

「……嘘」

「ホントの話」

 ルビーがそこで固まった。

 デスストーカーといえば、サソリの大型グリムだ。アカデミーの入学試験の際にもルビー達が戦ったことがある。それを一人で完封……どんな戦い方をするのか興味があった。だが、そんな表情を目聡く感じ取ったブレイクは視線を向けて引き止める。

 

「だめ?」

「ワイスに言われたでしょ。大人しく帰りを待つこと。それに」

「それに?」

「……貴方が出ていったら、誰がその子を相手するの?」

 ブレイクにとってグリムにも勝る天敵のツヴァイは、ルビーの膝の上で眠っていた。

 

 

 

 ヤンのバイクに乗せられてワイスは、クリスを探しに夜のヴェイルへと駆り出したものの相手がどこで何をしているかまでは伝えてもらっていない。困った時に頼る相手と言えば心当たりがあると自信満々に言っていたヤンに、何やら嫌な予感がしていたワイスの予感は的中した。

 開店して間もないジュニアのクラブの扉を開けた瞬間、赤いサングラスを付けた手下達が硬直する。そして、その顔を見るなりクラブのマネージャーであるヘイ・ションは額を押さえた。

 マラカイト姉妹の二人も顔を見て、すぐにそっぽを向く。

 

「やぁジュニア。儲かってる?」

「まーたお前さんか……今度は何だ? 何が望みだ。言っておくが冷やかしは無しだ。……? これはまた、珍しい連れを」

「ちょっと、ヤン。貴方ここで何を」

「細かいことは気にしない。ワイス、何か頼む? 私はストロベリーサンデー!」

「同じのでいいですわよ」

「ってーことだからよろしく!」

 客らしくない来客とはいえ、注文してくれるだけまだマシになったと思うべきか。アカデミーの生徒がこんな店に足を運ぶとあってはあらぬ噂も立つ恐れがあるものの、早めに退店してもらえるのをジュニアは願うばかりだった。

 

「ホワイトファングを探してるんだ。知らない? 白いフードをかぶった、狼のファウナスなんだけど」

「知るかよ!? というかうちの店をなんだと思ってるんだ“金髪(ブロンディ)”! 大体なんであんな過激派集団のケダモノ探してんだ」

「ちょっと話があって。ヴェイルに来てから日が浅いらしいし、それっぽいのでもいいから」

「だからなぁ、お前さんはどうしてそう──」

 新たな来客に、ジュニアが顔を向ける。二人の目の前に大盛りのストロベリーサンデーが差し出されると、テーブルに手をついて深く、呆れたため息を吐いた。

 

「よかったな。待ち人来たれり、だ。何度も言うがうちの店は待ち合わせ場所じゃねぇんだぞ」

「うっひょー、美味そう! いただきまーす」

「ちょっとヤン」

「んぅ~、この甘さが……ん、なに? ワイスも食べたら?」

 早くもストロベリーサンデーを頬張るヤンだったが、ワイスに肩を叩かれて店の入口に視線を向けると、探していたクリスが店内を見渡している。

 

「わぉ。ヴェイルって広いと思ってたけど、予想より狭いね」

「そうですわね」

 賑やかな店内では浮いているローブ姿のクリスが、二人に気づいてカウンターへと近づいた。ジュニアは明らかに厄介事の臭いしかしない状況に、どうにでもなれと思いながら視線を逸らす。店を壊さないようにとできるだけ願う。

 しかし、クリスはカウンター席に座ると気にせずにカクテルを注文した。ファウナス、それもホワイトファングと言えど金を払うなら客に違いない。

 

「奇遇だね、クリス」

「ええ、まったくの偶然ですわ。どうしてこんな店に?」

「こんな店で悪かったな……」

「偶々さ。ヴェイルの“情報屋”と言えば、ここだと聞いたのでね」

「言っておくがな、ファウナス。お前に売る情報はねぇぞ」

「情報が欲しいわけじゃなければ君たちに危害を加えるつもりもない」

「……ふん。ま、ビーコンの生徒がホワイトファングのやつと何の話かは知らないけどな。店だけは、壊すな」

 勝手に待ち合わせ場所にしやがって、と小言をもらしながらジュニアは三人に背を向けた。

 

「貴方の事をブレイクから聞きましたわ」

「あまり、良い話じゃなかっただろうけど」

「近年のホワイトファングとは一線を画した、旧来の善良な団体としての活動を重んじる誇り高い方であると」

「……」

「ですが、それでも。ブレイクを連れ戻しに来たのなら、チーム「RWBY」の仲間として断固拒否させていただきます。一人の友人としても」

「流石は。気づいていましたか」

「当然です。見くびらないでいただきます?」

 自慢げにしながらも、ストロベリーサンデーを食べる手は止めない。ヤンは頬張りすぎて頭痛に襲われているのか眉を寄せていた。

 

「ホワイトファングの友人から、彼女を連れ戻すように命令を受けている。だが、今の彼女を見てから返事を決めようと思っていた」

「では、答えは?」

「諦めるよ。私には、今の彼女の笑顔と人生を奪う権利はないからね。……間の抜けた顔をしているけれども意外かい?」

「些か拍子抜けというだけですわ」

 本当にホワイトファングかと疑問が浮かぶほどだ。しかし、ブレイクの話が嘘ではなかったことにワイスは安心していた。

 

「……ワイス・シュニー。私は君に謝罪しなければならない。シュニー・ダスト・カンパニーに少なからず経済的打撃を与えた事は、紛うことなき事実だ。それはホワイトファングという組織そのものでもあるし、私個人のことでもある」

「その謝罪にどれほどの意味があるとお思いで?」

「私の気が晴れる。それが、君の人生と家族を歪ませたことについても」

「本気でそう考えているのならば、為すべきことは組織を正すことではないのですか」

「ブレイクの話じゃ、ホワイトファングでも実力者だったらしいじゃん?」

「……昔の話だ。今の私は、地位もなければ付き従う部下もいない」

「またのし上がればいいだけではありませんの? よくは知りませんけれど」

「そう考えられるだけ、君は私を気にかけてくれるのか。ありがとう」

「別に貴方の為ではありませんわ。貴方が組織を持ち直せば、ブレイクも喜ぶでしょう? 随分と慕われていたみたいですし。彼女のためだと思って、考え直してはどうです?」

 グラスの氷を鳴らし、クリスはカクテルを飲み干す。

 

「……正直に白状しますと。貴方がホワイトファングではなく、ファウナスでもなければ私は高く評価していましたわよ?」

「ありがとう、ワイス。だが私は、ホワイトファングであり、ファウナスであることに誇りを持っている。それを捨ててまで君に評価されたくない」

「筋金入りの、正真正銘、徹頭徹尾。頭から足の爪先まで組織の為に捧げた方ですこと。そこまで来ると驚きですわ」

「すまない。だがどうかわかってほしい。私は彼女のように、強くはないんだ──」

 何かを言いかけて、思い直したように口を閉ざした。

 ワイスは、そんな姿を過去の自分に重ねる。シュニー・ダスト・カンパニーの言いなり、望まれるままに振る舞っていた頃のように。

 一歩踏み出せば、きっと自分たちのように変われるかもしれない。だが、クリスはそのようなことを望んでいないだろう。ホワイトファングがこれ以上血を望むのなら、それを正すべきだ。それが出来ない理由がきっとある。

 

「クリス、貴方は──」

「私の答えは変わらない。二人の分も出しておこう。それと、大した物ではないが……」

 ワイスの言葉を遮るように席を立ち、グラスの氷から結晶の花を作り上げると差し出した。

 

「……私に?」

「チーム「RWBY」に。私からできる感謝の気持ちだ。ブレイクの笑顔を初めて見たよ。思えばこの気持ちは、ただの初恋だったんだな。彼女がホワイトファングを去ってから気がついたよ」

「────」

「ルビーちゃんも、ワイスも。君も。最高のチームメイトだ。私は君たちの前に二度と姿を現さない。だから今日という日を忘れてくれて構わない。良い一日だったよ、ごちそうさま」

 クリスは、もう一度だけフードをかぶり直してから二人の代金も支払ってジュニアのクラブを後にする。

 渡された結晶の花は、トゲを持たない四本の薔薇だった。

 

 

 

 ──ホワイトファングの隠れ家に戻ってきたクリスを迎えたのは、アダムとその部下たち。

 

「観光はどうだった、クリス」

「ああ。ヴェイルは良い場所だな。もう少し長く滞在したかったところだが」

「答えを聞こう。協力してくれるな」

「断る。今の私に、今の彼女の幸福を奪う権利も無ければ、義務もない。すまないが、アダム。君に任せよう」

「そうか……」

 協力を断られてもアダム・トーラスは落胆する素振り一つを見せなかった。まるでその答えを予想していたかのように。

 手下に目配せをすると、クリスへ銃口を向けた。完全に包囲された状況に加えて、此処は地下坑道で逃げ場もない。

 

「……これはどういうつもりだ、と聞くのが定石か。アダム」

「お前の存在は、ホワイトファングの輪を乱す。不穏分子は早めに片付けておく必要があるからな──俺の計画のためにも」

「なるほど、そういうことか。いずれはこうなると思っていたよ」

 クリス・クライングは目蓋を閉じる。思い浮かべるのは、新しい場所で生活をするようになってから穏やかな表情を見せてくれたブレイクのことだった。チームメイトと肩を並べて、あんなにも強く思われている。信頼と絆で繋がった、仲間であり、それは「家族」のようでもあって。

 

「生きて帰すな」

 アダムの指示に、ホワイトファングのメンバー達は一斉に引き金に指をかけてトリガーを引く。吐き出される銃弾と硝煙、そして薬莢が無数に落ちていった。マガジンが空になるまで撃ち続けていた銃がやがて静まり返る。

 白煙に呑まれてクリスの姿は定かではない。仕留めただろうか……? 不安そうに顔を見合わせるホワイトファングの部下達に、しかしアダムだけは居合刀の鯉口を切っていた。

 

「──生きて、帰すな? おかしなことを言うな、アダム・トーラス」

 煙が晴れていくと、動揺が広がっていく。

 クリスは健在だった。それどころか無数の銃弾は一発も届いていない。優に数千発は撃ち込まれていたはずだが、その全てが地面から生えている結晶の壁に阻まれている。

 

「俺の生きる場所も、帰る場所も。ホワイトファングの他に何処にもないというのに……お前は俺から、俺の全てを奪うというのか?」

 手首のスナップと共に指を鳴らす。

 ──パキィン! 小気味良い音を立てて、砕けた結晶から銃弾が撃ち返された。まるで鉛玉の壁が迫ってくるが、逃げ出そうとする部下に一瞥もくれずアダムは「ウィルト」を抜刀する。

 

「ハッ、ハッハ……! あの程度で倒れるとは思っていないさ」

「嗚呼。そうだろうな。小手調べにもならないぞ」

 納刀する頃には、アダムだけが立っていた。

 ホワイトファングの中にあって、決して血に染まらぬ「結晶の牙(クリスタルファング)」とまで呼ばれた男の存在は今後の障害になる。もしも行動を起こされていればどうなっていたかわからない。しかし、それだけの実力を持ちながらクリスは過激な運動を静観に務めていた。それもそのはずだ。

 クリス・クライングのオーラのセンブランス「結晶操作」は、レムナントに満ちる力の根源を自らを介して一時的に操作するものだ。オーラは魂の顕現。その発現も維持も常軌を逸する。だからこそ、本人が一番理解していたのだろう──自分の寿命は長くはないのだと。

 ホワイトファングが血に汚れていくのをただ見ていくことしかできなかった。その苦痛に比べれば、胸の痛みなどどうということはない。

 

 ──貴方が組織を持ち直せば、ブレイクも喜ぶでしょう?

 

 よりにもよって、ワイス・シュニーに言われてしまった。シュニー・ダスト・カンパニーと言えばホワイトファングのテロの被害者としても代表的だというのに、その跡取り娘に。気づくのが遅すぎた。考える事を放棄していた。組織に従事することが至上の喜びだった操り人形の自分には至らなかった考えこそが最も自分が理想としていた答えだったというのに。

 どうしたら彼女は戻ってきてくれるのか。どうしたらブレイクは帰ってきてくれるだろうか。そんなことは、単純だったというのに。

 

「アダム。君の計画は、今以上に血を流す事になる」

「それが? 俺たちをそうさせたのは人類だ。そうなることを望んだのもアイツ等だろう? クリス、お前は人類が憎くないのか」

「その仮面のように怪物(グリム)に成り下がるくらいなら、私はファウナスであり続けることを選ぶ。例え人類にどれだけ差別されようともな。そこで刃を向けたらいつまでも変わらない。共に歩むのならば、私は手を差し伸べたいと思っている」

「……残念だ、クリス。お前の実力だけは高く買っていたのだが」

「ああ、お別れだ。アダム──だが、最後に「クリスタルファング」をその身に刻んでいけ」

 ただで刀の錆になるつもりはない。

 

 ──地下坑道から、戦いの場所は地上へと移動していた。

 ウィルトの高速抜刀術をアストラルの結晶片で凌ぎながら、アダムとクリスの戦闘は続く。

 足元を払う抜刀から、中段、上段へと立て続けの三連撃。この全てを地面を踏み鳴らした土属性のダスト結晶で防ぎ切ると、掌底で破壊して破片を撃ち出す。

 アダムは即座に横っ飛びで散弾のように発射される結晶を避け、左手で「ブラッシュ」を銃へ変形させて引き金を引く。弾丸をあろうことかオーラを纏った素手で掴み取り、勢いを回転しながら殺すと親指に乗せてクリスは撃ち返した。

 バギンッと指弾で撃ち出されたとは思えぬ重低音に、納刀するウィルトで銃弾を防ぐ。だが、刃に食い込んだ銃弾から結晶が花開いた次の瞬間、アダムの手元で弾丸が爆ぜた。

 衝撃にたたらを踏み、居合刀が宙を舞う。痺れる右手に舌打ちをもらし、後方に飛んでいったウィルトを拾いに行こうとするアダムの眼前にクリスの掌底が迫る。ブラッシュですかさずガードすると、衝撃を利用して飛び下がった。

 手を伸ばして柄を握ろうとするが、結晶の弾丸に腕を弾かれる。どうあっても拾わせるつもりがないクリス目掛けて牽制で銃を撃ちながら弾き飛ばされたウィルトを転がるようにして拾い上げて納刀すると整息し、その場から更に飛び退いた。一瞬前まで自分のいた場所から突起状の結晶が突き上げている。もう一歩遅ければ串刺しになっていたところだ。

 クリスが手首のスナップと共に指を鳴らすたびに結晶が地面から無数に生えてくる。アダムはそれを足場にして跳躍しながら距離を詰めてウィルトで目にも留まらぬ抜刀術で肉薄した。だが、腕に結晶を薄く纏わせてクリスはこれを防いでいた。

 一撃、二撃、三度の攻防を繰り広げておきながら刃は一度も届かず、拳も届くことはない。

 流石は「クリスタルファング」と呼ばれるだけある──。アダムはその実力を改めて痛感していた。オーラの強さ、技能の練度、センブランス特性、そのどれもが一流と称賛する。同時に口惜しいとさえ思う。それが勿体無いと思えて仕方ない。

 

「ッ──!」

 わずか、その刹那の隙があれば抜刀には十二分。苦痛に顔を歪めたクリスに、アダムはウィルトを抜いた。対処が遅れるも、オーラで防御したのか出血は免れる。しかしこれで膠着状態から戦況が傾く。

 

「……、ガフッ! ゴフ、ゴホッ……!」

 咳き込み、口を手で押さえていたクリスの指の隙間から血が滴り落ちる。限界のはずだ。どれほど強力なセンブランスを持っていようとも、ダストを自在に扱えるはずがない。それは少なからず使用者の命を脅かす。だからこそ、成人して間もなくに隠居することを選んだのだ。

 アダムは勝機を逃さず、口角をつり上げながらクリスに回復させる暇を与えずに居合刀の鯉口を切って接近する。だが、ここまで素手同然の相手に苦戦させられるとは思いもしなかった。もしも自分のように、或いはハンター達のように高度な武器を手にしていたとすれば怪しかっただろう。

 抜刀と同時に上段から振り下ろす。しかし、クリスはこれまで精製していた結晶の全てを還元させた。その代わりに、結晶を薄く伸ばした刃でウィルトを弾き返す。

 両手にカタールのように構えた結晶に、アダムは渋い表情を見せた。ウィルトの抜刀、ブラッシュの銃撃、双方を合わせた遠近両方に対応した攻撃。それをクリスは結晶武器だけで凌ぎ切ってみせた。結晶操作だけでなく、本人自身の肉弾戦における戦闘能力の高さも相まって手数で押し切るのは難題だった。

 オーラの消費を抑えると同時に、自在に変形する結晶の武器。カタールからグレイブ、レイピアに大鎌と次々に形を変えながらアダムと互角に打ち合う。居合刀によって削ぎ落とされる結晶の破片を弾丸代わりにすることで銃撃にも対応していた。

 旗色の悪さにその場から大きく飛び下がったアダムの仮面に赤く浮き上がる紋様。髪と服の一部が赤く発光する。

 クリスが回転しながら遠心力を乗せたハチェットによる強烈な一撃を与えると、同時に結晶が爆発して衝撃で大きく後退させた。

 結晶武器を新たにアストラルで精製して、口元から垂れる血を拭うこともなくクリスが片膝を着いたアダムに駆け寄る。

 

「ハッ──迂闊だったな!」

「……!」

 センブランスによって受けた攻撃を吸収し、威力を上乗せした抜刀術は先程までよりも桁違いの速度でウィルトを抜き放った。間合いより離れたクリスの胴を薙ぐ刃が半ばほどまで切り込み、そこでダストによって造られた分身であることに気づく。

 背後の着地音にブラッシュを向けるが、裏拳で弾かれてしまった。その勢いのままに顔を横殴りの回し蹴りが直撃し、アダムが地面を転がる。

 

「迂闊だったな。私がセンブランスを見抜けないとでも思ったか?」

 倒れた相手にトドメを刺そうとするが、一歩踏み出したクリスの視界が歪む。平衡感覚を失った酩酊状態にも似た感覚に、思わずその場に膝をついた。眼の前に地面が迫る、咄嗟に手をつくと体内からこみ上げてきたものを吐き出す。

 吐血を繰り返し、その中に結晶となったダストが混じっていた。体内で精製されて、元に戻らなくなった細かな結晶によって、クリスの身体は引き裂かれてすでにボロボロとなっている。

 何度も咳き込み、その都度に血液が吐瀉物と混じって吐き出されていく。それを堪えて立ち上がろうとするクリスの首に刃が押し当てられた。

 

「…………」

「言い残すことは、あるか?」

「──嗚呼。そうだな……」

 顔を上げて、血の気の引いた青い顔で笑ってみせる。

 

「アダム・トーラス──私は、“白い牙(ホワイトファング)”が好きだ…………血で汚したくは、なかったよ」

「────」

 その言葉は、いつか聞いたものと一緒だった。

 別れの言葉を告げようとする口は、二度と開かれることはなかった。だが、クリス・クライングの表情は穏やかな寝顔のようで。

 きっと、良い夢を見ているのだろうと思うとアダムはそれが少しだけ羨ましかった。

 血振りを行ってから、納刀する。

 血に濡れたホワイトファングの只中にあって、尚も自分の信念を曲げることがなかった気高い白狼は、群れから追放された一匹狼として朽ち果てた──惨めな最期であったとしても、その牙は最後まで誇りを守り続けていた。

 

 

 

 クリスと別れてから、ビーコン・アカデミーに戻る帰路に着いていた二人は歩いていた。結晶で造られた四本の薔薇を持ったワイスと、バイクを押して歩くヤン。

 

「呆れましたわ。これはどう呆れたらいいかわからないほど、怒りを通り越した呆れを無事に通り越して、もうなんと言ってあげたらよろしいでしょうか」

「あっはっはっはっは……」

「燃料切れってどういうことです、ヤン?」

「いやぁほら。ねっ。そういうこともあるってことで此処は一つ」

「ですから貴方はどうしてそういい加減なんですか! 自分一人だけならまだしも他人にも迷惑を掛けて、あぁもう姉妹揃って人様に迷惑を掛けることに関しては一流で右に出る人はヴェイル中を探してもそういないと思いますわよ!」

「夜のドライブもムードがあるけど、夜の街を歩くのも中々ロマンチックだと思うんだけど」

「えぇそうですわね。バイクがガス欠でなければ」

 手厳しいワイスだが、手にしていた結晶の薔薇を眺めているうちに気が変わったのか、ヤンの失態を今回だけは大目に見ることにした。

 

「ま、いいですわ。せっかく私達に渡された贈り物が壊れるよりは──」

 ワイスがヤンに結晶の薔薇を見せた、その直後にヒビが入る。

 ピシ、パキッと無数の亀裂が走ってから間もなくして、薔薇が砕け散った。

 

「……ワイス」

「…………ヤン。この事は、ブレイクには秘密に」

「でも」

「彼は、きっと望んでいませんわ」

 

 ビーコン・アカデミーに戻ってきてから、二人はブレイクにどうなったか話を聞かれた。当然のことに、ワイスは咳払いを挟んでから腕を組んで少しだけ砕けた調子で話し始める。

 

「貴方に逢いたかっただけ、みたいでしたわ」

「本当に? ホワイトファングは関係ないの?」

「ええ。確かに組織に所属していることに違いはないみたいでしたが、それとは何の関係もないようで、ただの旅行でヴェイルに来ていたようです。観光を終えたら帰ると仰ってましたもの」

「そうそう。それにあの変な仮面もダサいから付けてなかったってさ」

「ヤン、お黙りなさい」

「いやーん。なんつって? どう、身を張った私渾身のギャグ。百点満点?」

「氷点下で言えばゼロ点満点ですわね」

「わーぉ、キレッキレ。ちょっとルビー聞いた? ゼロ点満点なんて私初めて」

 ルビーに絡むヤンにブレイクとワイスは顔を見合わせてから肩をすくめた。

 

「チームのためとはいえ、損な役回りです」

「……ワイス。なにか言った?」

「別に? あんな方ばかりでしたら、今頃貴方もビーコンには居なかったと思うと少し寂しいと考えただけですわよ」

「…………そう」

「もっと嬉しそうにしたらどうです?」

 なんと言っても、チーム「RWBY」は最高のチームなのだから。

 ──四本の薔薇を渡された意味を、ワイスは知っている。

 

「……ちょっぴり、妬けますわ」

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