「彼女が聖杯を受け取ったら?」がテーマ
逆月に杯。そんな着想から。
こんな感じの話がたくさん投稿される予定です。
祝 3章&モーション改修。
荊軻は月を見上げて酒を呷る。
「ここにいたんだ」
「君か。ああ、そんな気分なのさ」
彼女は聖杯に酒を注いでいた。いつしかそんな話をした覚えがある。
窓際に腰かけて月の光を一身に浴びる彼女は儚かった。
いつもは頼もしいのに、宴会となると暴走するような茶目っ気もある素敵な人。
信条のためなら死さえ恐れない気高い人。それでいてどこまでもマイペースな人。
たしかに命を粗末にしてほしくない。それでも、あなたの生き方は眩しい。
誰かの為に命を賭して立ち向かうあなたが、たまらなく愛おしい。
私の傍に、どこまでも冷静でいることの出来るあなたがいてくれるのが嬉しい。
だから、そんなあなたに聖杯を捧げることにしたんだ。
「それで?私を探していたのだろう?」
「うん。実はこの前の特異点で手に入った聖杯をさっそくと思って」
今まで捧げた聖杯は8つ。
「そうか。じゃあ、そこに座ってくれないか」
そう言って荊軻は対面を指す。
座って一つ外を眺める。そこにはどこまでも透き通った月とその残滓が瞬いて、思わず息をのむ。
「……綺麗」
荊軻はそんな彼女を見ながら一口。
私の在り方を受け入れようとしてくれる貴き人。
死さえ厭わない私の背を、最後には押してくれる強き人。そして私が消えて果てた時に慟哭してくれる友だ。だからこそ私は、君に命を捧げよう。
外に見とれる彼女と目が合う。
「どうしたの?」
そう微笑む君は美しい。
「いや。それより酒を注いでくれないか?」
「うん」
渡された酒瓶を手に取る。
空の聖杯に注がれる酒はキラキラと輝いていて綺麗だった。
注ぎ終わり彼女に酒瓶を渡す。
「次はそちらの聖杯を」
促されるままに聖杯を前に出すと、それに酒を注ぎ始めた。
どうしてか、それがとても神聖なもののような気がして、何も言えなかった。
彼女の動きも流れるようで、とても優雅で、寒々とした廊下に別の空気が流れているようだった。
「聖杯に酒を注ぎ、月を見ながら一杯。独りで飲む酒も良いが、せっかくここには二つの杯があるのだから」
彼女はそう微笑みかける。
「……今日ぐらいは……いいのかな」
「ああ、誰も文句は言わないさ」
「それじゃあ」
二人して酒を呷る。私にとっては初めて飲む酒だった。
身体が震える。鼻を強烈な臭いが突き抜ける。食道の辺りが熱くなり、口の中はまだ酒の味が残る。
「う、うぅ……美味しくない」
彼女が笑う。
「初めて飲むような酒ではないからな」
それでも、酒は美味しくなかったけれど――。
「でも、なんか嬉しいな」
「私もだ」
静かに流れる時の中、向かい合う二人。
月は変わらず天にあり、人を照らす。
それを見上げて一口を含めば、胸が熱くなる。
今までのことが溢れてきて、それでも変わらないことがあるのだと。
「なるほど」
彼女の声に我に帰ると、涙が流れていることに気づいた。
「何も言わなくていい」
「……うん」
酒を美味しいとは思わない。けれど、こうしていたい。
浮かぶ月に心は揺蕩う。それをガラス越しになぞる。
あなたの生き方の鱗片に触れたような気がした。
「ねえ、荊軻」
「ああ」
「少しだけあなたのことが分かった気がする」
「それは良かった。私も少しばかり君のことが分かった気がするよ」
「それは嬉しいな」
また呷ると聖杯が空になった。
本来はここでやめておくべきなのだろう。
「……もう一杯だけ、いいかな?」
だが、この時間を早々に切り上げるのは惜しい。
もうしばらくはこうしていたい気分だった。
「ああ、いいとも」
聖杯を満たす酒を光が燻らす。
月下に花が咲いている。
言葉少なに流れる語らいに火照る心をぶら下げて。