真由美とレムが通りで待っている間、スバルは真由美に教えられたコインロッカーに屋敷から持ってきた剣をしまい込んだ。お金は何も言わずに真由美が出した。
「一つ聞いていいですか?」
「あら、なあに?」
「なんで、その、俺のぶら下げていた、その」
「ああ。簡単。スタイリストってね、服だけじゃなくて、撮影で使う道具や他の小物も用意したりする時があるのよ。まだアシスタントだった頃、映画の撮影で使うって言って、真剣を借りに行ったことがあるの。だから、ね。重さとか、使い込んだ感じとか、あとはその雰囲気でわかるわ」
「ああ、なるほど——だから……。あ、あの」
スバルの言葉を遮って、
「ここよ、怜夢ちゃん!」
真由美はそう言いながら、綺麗なブティックの扉を開けた。
「いらっしゃいませ! あ、三宅さん、こんにちは!」
「あーこんにちは! 翔子ちゃん、店長さんはいらっしゃいますか?」
「はい。少々お待ちください」
「ここね、私がアシスタントの頃からお世話になってるブティックなの。ユニや男物もあるから、菜月君の分も、ついでにコーディネートしてあげる」
「え? お、俺は別に……」
「何言ってるの! 怜夢ちゃんとレベルを合わせないと、またさっきみたいなことになるわよ! それに、まあ、それほど気張らなくても大丈夫だから。お姉さんに任せなさい!」
奥から出てきた責任者らしき男性と、レムの方を見ながら談笑を始める真由美。
——またここは、俺には超不釣り合いというか、全く縁のない店だな。
だがその隣では、レムがスバルの袖を掴んで、感嘆していた。
「スバルくん、ここは——、レムはこんなにたくさんの服があるお店を見たのは初めてです!」
顔を輝かせて、レムが嬉しそうに言った。
「姉様と一緒ならどんなに——」
「あら、怜夢ちゃん。お姉さんがいるの?」
背後からレムの肩に手をかけ、耳元で真由美が聞いた。
「はい、マユミ様。レムには双子の……」
「おーっと、話はそこまでだ! 真由美さーん、いつまでレムにそのダサいの着させておくつもりですかー? ちゃっちゃーっと、その手腕を見せてもらいたいですねぇ!」
おどけて誤魔化そうとしたこの口調が、この先、苦楽を共にすることとなる、とある人物のそれにそっくりだったことは、この時のスバルはまだ知らない。
「ふふうーん。それはなに? あれ? 私と勝負したいの?」
真由美は胸の下で腕を組むと、スバルの顔をジト目で見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「あー、い、いや、その、決してそんなつもりじゃ!」
「あははは! いいのいいの。菜月君の言うとおりね。さ、怜夢ちゃん、こっちにいらっしゃい」
「はい!」
レムが嬉しそうに答える。やっぱりレムも普通の女の子なんだな。レムの表情を見たスバルは、ふとそう思った。
「菜月君、ちょっとそこで待っててね。あ、あっちが男物だから、そこ見ていてもいいわよ」
「いや、お、俺は……」
そう言うスバルをその場に残して、真由美はレムの手を引いて、あれやこれやと見て回った。スバルはスバルで、所在無さげに、男物を見るともなしに、その辺りをうろうろしていた。
「菜月くん、プロの腕前、見せてあげるわ!」
声をかけられて、振り向くと、手に洋服を抱えた真由美が、レムと一緒に試着室へ消えるところだった。
「そこ、その椅子にでも座って待ってて!」
バッチリとウインクを決めて、ドアを閉める。
そして——。
「うぁぁ、かっわいい! すっごい似合ってますよ! ほら、ほら! どうですか? 可愛いですよねぇ~」
真由美に翔子ちゃんと呼ばれていた女の子が、声をあげた。
——ば、ばか! そんなでかい声出すなよ!
店員とショップの客の視線が一点に集まるのがわかる。注目されているのが自分ではないのはわかっているが、恥ずかしさのあまり、スバルは顔を上げることができなかった。
「ちょ、ちょっと俺、よ、用事が……」
訳のわからないことをつぶやきながら踵を返そうとしたその時、
「どうですか? 似合ってますか? スバルくん……」
レムの声がした。続いて、
「どう? 菜月君? どうよ!」
真由美も大きな声で、スバルに話しかける。
——うううう……。
スバルはようやく覚悟を決めると、ゆっくりと試着室の方へ振り向いた。
「あ……」
細いボーダーラインの入った黒のワンピースに、ふんわりと羽織られた白のカーディガン。
細く綺麗な首と白い手首には、チョーカーとブレスレッド。ワンピースとカーディガンのライン、そして斜めにかけられたピンクの小さなポーチが、レムのその綺麗な胸の形をより強調している。ちょっとだけ短めの裾から覗く真っ白い綺麗な足。その足元は黒のショートブーツ、そして頭には黒のベレー帽。
今、この瞬間。世界で一番可愛いと言っても過言ではない女の子の姿が、そこにあった。年相応のおしゃれをすると、こうなるのだろうか。それともレムが飛びっきりの逸材なのだろうか。
頬をほんのり染めて、はにかみながら自分を見つめる青い瞳に、スバルは自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
「お? あー、か、かわいい。可愛いと、思う。いや、その……本当に可愛い」
真由美はそんな二人をニコニコしながら、見比べていた。
「怜夢ちゃん、どう? 自分で鏡見て」
「マユミ様。とっても素敵です。レムはこんなヨウフクを初めて着ました!」
「どう? さっきのメイド服もかなりいい線いってるけど、怜夢ちゃんには、こういう格好が似合うと思ったのよ。どう? どう? 菜月君? うれしいでしょう! 可愛い彼女がもっと可愛くなって!」
真由美も素直に可愛いと思っているのだろう。その言葉には嫌味がなく、選んだ彼女自身の嬉しさが、言葉の端々に感じられる。
「えー、あー、いや、マジ、か、かわいい……です。さ、さすがです……」
顔を赤くしたままのスバルに、
「でしょー! でしょー! もっと褒めてくれても構わないのよ!」
真由美は自分の胸に手を当てて、どこかで聞いたことのある台詞を嬉しそうに口にする。
「じゃあ、怜夢ちゃん、ちょっとここに立ってくれる?」
ポケットからスマホを取り出し、写真を撮り始めた真由美を、レムはやや不思議そうな面持ちで見つめた。
「スバルくん……あの、さっきも見たのですが、マユミ様の持っているのは……」
「これ? 最新機種よ! 綺麗に撮れるのよー」
見当違いの答えを勝手に口にしながら、真由美はレムの写真を撮り続ける。と、そのスマホから、いきなり音楽が流れ始めた。
「あ、ごめん。ちょっと待っててね……」
真由美はそう言うと、「もしもし」と話しながら、カウンターの方へ向かった。
「す、スバルくん……あれってもしかして……」
小声でスバルに問いかける、レム。スバルもまた小声で、
「そう。おそらく最新型の
そこまで言ってはたと気づいて、
「ま、まさか、レム。その……メイド服着ているとき、だけだよな? その……」
「え? あ……、そ、それは、はい……そうなんでしょうか……けど、あれ、なんですか?」
こそこそ話しているところに、真由美が戻ってきた。
「二人とも、ごめん! 私、ちょっと出なきゃならなくなっちゃって……」
「え? そ、それは急ですね……」
「そそ、例のメイド服の件。善は急げ、って言うじゃない? このチャンス、絶対逃さないわよ!」
スバルにそう言うと、今度はさっきの店員に話しかける。
「ごめんねー。菜月君のコーディネートは、翔子ちゃん、任せてもいい? そう、私好みでよろしくね! ああ、そうそう。そんな感じで。ちょびっとリーズナブルで、よろしく! あと、二人の並んだ写真、お願いね!」
真由美はマシンガンのように一人で喋りまくると、くるりとレムに向き直った。
「怜夢ちゃん、あなたならトップアイドルになれるわ。いいえ、世界にだって羽ばたけるわー。気が向いたらいつでも連絡してね。ね! 私、専属スタイリストになるから! ううん、マネージャーもやっちゃうから!」
レムにウインクすると、今度はスバルの方に首を振って、
「菜月君も、連絡ちょうだいね。ああ、怜夢ちゃんに捨てられたら、すぐに、連絡をちょうだい。怜夢ちゃんのその後の面倒はぜーんぶ私が見るから!」
この人はどこまでが本気でどこまでが冗談なのか。
でも、と真由美が言葉を続ける。
「——もう二度と会えない、かもしれない?」
「!」
一瞬スバルが固まる。
「ほんの少しだけどね、そんな気もするのよ」
「真由美さん、あ、あの」
スバルの言葉をまた遮って、真由美が続ける。
「だから、今日、あなたたちに会えて、私は本当にラッキーだったわ! 短い時間だったけど色々ありがとう」
「ま、真由美さん」
言いかけるスバルに、しーっと唇に人差し指を当てて、
「もし、いつかどこかで、そうね、テレビとか雑誌とかで、怜夢ちゃんと同じようなメイド服を着ているキャラクターを見かけたら、私のこと、思い出してね。ぜったい怜夢ちゃんに負けないくらいの可愛い……」
真由美はちらりとレムの方を見ると、額に手を当てて、一瞬ムムム、と唸った。そしてこう言い直した。
「あー、撤回するわ。怜夢ちゃんにはかなわないわね。しかもあのメイド服、私のオリジナルじゃないし……まあそれは、バレなきゃいいかしら。ま、私も頑張るから、二人も頑張ってね!」
うんうん、と、自分で言ったことに、自分で頷く真由美。そして不意にスバルの肩に腕を回して頭を抱え込むと、耳元で囁いた。
「菜月君、これからお姉さんが言うことを、よーく聞いて」
突然、真由美に抱え込まれたスバルは、顔を赤くして狼狽した。そんな彼を全く無視して、真由美が続ける。
「いい? 怜夢ちゃんの手を絶対、ぜーったいに離しちゃダメよ! あんな女の子、もう二度と目の前に現れないわよ」
「な、まゆ……」
「彼女は誰かの手を握りたがってる。そしてそれは菜月君、あなたの手だけなのよ。誰が見てもわかるわ。あなたが怜夢ちゃんの気持ちを知っていて、その上で二人の関係が微妙だって言うのも見ていてよーくわかったけど」
一間あって、
「ま、覚悟を決めて、やることやって、とっととくっついちゃいなさい! 頑張って! 応援してるわ!」
真由美はスバルの体を離しながら、バーン! と、背中を大きく叩いた。
「デート、楽しんでね! じゃ、またね!」
あっけにとられるスバルに、
「そうそう、メイド服の代金、カウンターに預けてあるからねー!」
そう言いながら、ブティックの扉を開けた。
「や、やることって……」
呆然と見送るスバルの隣で、レムが丁寧にお辞儀をする。真由美は手を振りながら、あっという間に人混みに消えていった。