異世界の異世界デート譚   作:Kuro Maru

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10.「ヨウフク」

 真由美とレムが通りで待っている間、スバルは真由美に教えられたコインロッカーに屋敷から持ってきた剣をしまい込んだ。お金は何も言わずに真由美が出した。

 

「一つ聞いていいですか?」

 

「あら、なあに?」

 

「なんで、その、俺のぶら下げていた、その」

 

「ああ。簡単。スタイリストってね、服だけじゃなくて、撮影で使う道具や他の小物も用意したりする時があるのよ。まだアシスタントだった頃、映画の撮影で使うって言って、真剣を借りに行ったことがあるの。だから、ね。重さとか、使い込んだ感じとか、あとはその雰囲気でわかるわ」

 

「ああ、なるほど——だから……。あ、あの」

 

 スバルの言葉を遮って、

 

「ここよ、怜夢ちゃん!」

 

 真由美はそう言いながら、綺麗なブティックの扉を開けた。

 

「いらっしゃいませ! あ、三宅さん、こんにちは!」

 

「あーこんにちは! 翔子ちゃん、店長さんはいらっしゃいますか?」

 

「はい。少々お待ちください」

 

「ここね、私がアシスタントの頃からお世話になってるブティックなの。ユニや男物もあるから、菜月君の分も、ついでにコーディネートしてあげる」

 

「え? お、俺は別に……」

 

「何言ってるの! 怜夢ちゃんとレベルを合わせないと、またさっきみたいなことになるわよ! それに、まあ、それほど気張らなくても大丈夫だから。お姉さんに任せなさい!」

 

 奥から出てきた責任者らしき男性と、レムの方を見ながら談笑を始める真由美。

 

——またここは、俺には超不釣り合いというか、全く縁のない店だな。

 

 だがその隣では、レムがスバルの袖を掴んで、感嘆していた。

 

「スバルくん、ここは——、レムはこんなにたくさんの服があるお店を見たのは初めてです!」

 

 顔を輝かせて、レムが嬉しそうに言った。

 

「姉様と一緒ならどんなに——」

 

「あら、怜夢ちゃん。お姉さんがいるの?」

 

 背後からレムの肩に手をかけ、耳元で真由美が聞いた。

 

「はい、マユミ様。レムには双子の……」

 

「おーっと、話はそこまでだ! 真由美さーん、いつまでレムにそのダサいの着させておくつもりですかー? ちゃっちゃーっと、その手腕を見せてもらいたいですねぇ!」

 

 おどけて誤魔化そうとしたこの口調が、この先、苦楽を共にすることとなる、とある人物のそれにそっくりだったことは、この時のスバルはまだ知らない。

 

「ふふうーん。それはなに? あれ? 私と勝負したいの?」

 

 真由美は胸の下で腕を組むと、スバルの顔をジト目で見ながら不敵な笑みを浮かべた。

 

「あー、い、いや、その、決してそんなつもりじゃ!」

 

「あははは! いいのいいの。菜月君の言うとおりね。さ、怜夢ちゃん、こっちにいらっしゃい」

 

「はい!」

 

 レムが嬉しそうに答える。やっぱりレムも普通の女の子なんだな。レムの表情を見たスバルは、ふとそう思った。

 

「菜月君、ちょっとそこで待っててね。あ、あっちが男物だから、そこ見ていてもいいわよ」

 

「いや、お、俺は……」

 

 そう言うスバルをその場に残して、真由美はレムの手を引いて、あれやこれやと見て回った。スバルはスバルで、所在無さげに、男物を見るともなしに、その辺りをうろうろしていた。

 

「菜月くん、プロの腕前、見せてあげるわ!」

 

 声をかけられて、振り向くと、手に洋服を抱えた真由美が、レムと一緒に試着室へ消えるところだった。

 

「そこ、その椅子にでも座って待ってて!」

 

 バッチリとウインクを決めて、ドアを閉める。

 

 

 そして——。

 

「うぁぁ、かっわいい! すっごい似合ってますよ! ほら、ほら! どうですか? 可愛いですよねぇ~」

 

 真由美に翔子ちゃんと呼ばれていた女の子が、声をあげた。

 

——ば、ばか! そんなでかい声出すなよ!

 

 店員とショップの客の視線が一点に集まるのがわかる。注目されているのが自分ではないのはわかっているが、恥ずかしさのあまり、スバルは顔を上げることができなかった。

 

「ちょ、ちょっと俺、よ、用事が……」

 

 訳のわからないことをつぶやきながら踵を返そうとしたその時、

 

「どうですか? 似合ってますか? スバルくん……」

 

 レムの声がした。続いて、

 

「どう? 菜月君? どうよ!」

 

 真由美も大きな声で、スバルに話しかける。

 

——うううう……。

 

 スバルはようやく覚悟を決めると、ゆっくりと試着室の方へ振り向いた。

 

「あ……」

 

 細いボーダーラインの入った黒のワンピースに、ふんわりと羽織られた白のカーディガン。

 細く綺麗な首と白い手首には、チョーカーとブレスレッド。ワンピースとカーディガンのライン、そして斜めにかけられたピンクの小さなポーチが、レムのその綺麗な胸の形をより強調している。ちょっとだけ短めの裾から覗く真っ白い綺麗な足。その足元は黒のショートブーツ、そして頭には黒のベレー帽。

 

 今、この瞬間。世界で一番可愛いと言っても過言ではない女の子の姿が、そこにあった。年相応のおしゃれをすると、こうなるのだろうか。それともレムが飛びっきりの逸材なのだろうか。

 頬をほんのり染めて、はにかみながら自分を見つめる青い瞳に、スバルは自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。

 

「お? あー、か、かわいい。可愛いと、思う。いや、その……本当に可愛い」

 

 真由美はそんな二人をニコニコしながら、見比べていた。

 

「怜夢ちゃん、どう? 自分で鏡見て」

 

「マユミ様。とっても素敵です。レムはこんなヨウフクを初めて着ました!」

 

「どう? さっきのメイド服もかなりいい線いってるけど、怜夢ちゃんには、こういう格好が似合うと思ったのよ。どう? どう? 菜月君? うれしいでしょう! 可愛い彼女がもっと可愛くなって!」

 

 真由美も素直に可愛いと思っているのだろう。その言葉には嫌味がなく、選んだ彼女自身の嬉しさが、言葉の端々に感じられる。

 

「えー、あー、いや、マジ、か、かわいい……です。さ、さすがです……」

 

 顔を赤くしたままのスバルに、

 

「でしょー! でしょー! もっと褒めてくれても構わないのよ!」

 

 真由美は自分の胸に手を当てて、どこかで聞いたことのある台詞を嬉しそうに口にする。

 

「じゃあ、怜夢ちゃん、ちょっとここに立ってくれる?」

 

 ポケットからスマホを取り出し、写真を撮り始めた真由美を、レムはやや不思議そうな面持ちで見つめた。

 

「スバルくん……あの、さっきも見たのですが、マユミ様の持っているのは……」

 

「これ? 最新機種よ! 綺麗に撮れるのよー」

 

 見当違いの答えを勝手に口にしながら、真由美はレムの写真を撮り続ける。と、そのスマホから、いきなり音楽が流れ始めた。

 

「あ、ごめん。ちょっと待っててね……」

 

 真由美はそう言うと、「もしもし」と話しながら、カウンターの方へ向かった。

 

「す、スバルくん……あれってもしかして……」

 

 小声でスバルに問いかける、レム。スバルもまた小声で、

 

「そう。おそらく最新型の魔法器(ミーティア)……。俺のはちょっと古いやつ……ああ、そっか。さっき事務所でもメイド服着ているところ、撮られたのか」

 

 そこまで言ってはたと気づいて、

 

「ま、まさか、レム。その……メイド服着ているとき、だけだよな? その……」

 

「え? あ……、そ、それは、はい……そうなんでしょうか……けど、あれ、なんですか?」

 

 こそこそ話しているところに、真由美が戻ってきた。

 

「二人とも、ごめん! 私、ちょっと出なきゃならなくなっちゃって……」

 

「え? そ、それは急ですね……」

 

「そそ、例のメイド服の件。善は急げ、って言うじゃない? このチャンス、絶対逃さないわよ!」

 

 スバルにそう言うと、今度はさっきの店員に話しかける。

 

「ごめんねー。菜月君のコーディネートは、翔子ちゃん、任せてもいい? そう、私好みでよろしくね! ああ、そうそう。そんな感じで。ちょびっとリーズナブルで、よろしく! あと、二人の並んだ写真、お願いね!」

 

 真由美はマシンガンのように一人で喋りまくると、くるりとレムに向き直った。

 

「怜夢ちゃん、あなたならトップアイドルになれるわ。いいえ、世界にだって羽ばたけるわー。気が向いたらいつでも連絡してね。ね! 私、専属スタイリストになるから! ううん、マネージャーもやっちゃうから!」

 

 レムにウインクすると、今度はスバルの方に首を振って、

 

「菜月君も、連絡ちょうだいね。ああ、怜夢ちゃんに捨てられたら、すぐに、連絡をちょうだい。怜夢ちゃんのその後の面倒はぜーんぶ私が見るから!」

 

 この人はどこまでが本気でどこまでが冗談なのか。

 

 でも、と真由美が言葉を続ける。

 

「——もう二度と会えない、かもしれない?」

 

「!」

 

 一瞬スバルが固まる。

 

「ほんの少しだけどね、そんな気もするのよ」

 

「真由美さん、あ、あの」

 

 スバルの言葉をまた遮って、真由美が続ける。

 

「だから、今日、あなたたちに会えて、私は本当にラッキーだったわ! 短い時間だったけど色々ありがとう」

 

「ま、真由美さん」

 

 言いかけるスバルに、しーっと唇に人差し指を当てて、

 

「もし、いつかどこかで、そうね、テレビとか雑誌とかで、怜夢ちゃんと同じようなメイド服を着ているキャラクターを見かけたら、私のこと、思い出してね。ぜったい怜夢ちゃんに負けないくらいの可愛い……」

 

 真由美はちらりとレムの方を見ると、額に手を当てて、一瞬ムムム、と唸った。そしてこう言い直した。 

 

「あー、撤回するわ。怜夢ちゃんにはかなわないわね。しかもあのメイド服、私のオリジナルじゃないし……まあそれは、バレなきゃいいかしら。ま、私も頑張るから、二人も頑張ってね!」

 

 うんうん、と、自分で言ったことに、自分で頷く真由美。そして不意にスバルの肩に腕を回して頭を抱え込むと、耳元で囁いた。

 

「菜月君、これからお姉さんが言うことを、よーく聞いて」

 

 突然、真由美に抱え込まれたスバルは、顔を赤くして狼狽した。そんな彼を全く無視して、真由美が続ける。

 

「いい? 怜夢ちゃんの手を絶対、ぜーったいに離しちゃダメよ! あんな女の子、もう二度と目の前に現れないわよ」

 

「な、まゆ……」

 

「彼女は誰かの手を握りたがってる。そしてそれは菜月君、あなたの手だけなのよ。誰が見てもわかるわ。あなたが怜夢ちゃんの気持ちを知っていて、その上で二人の関係が微妙だって言うのも見ていてよーくわかったけど」

 

 一間あって、

 

「ま、覚悟を決めて、やることやって、とっととくっついちゃいなさい! 頑張って! 応援してるわ!」

 

 真由美はスバルの体を離しながら、バーン! と、背中を大きく叩いた。

 

「デート、楽しんでね! じゃ、またね!」

 

 あっけにとられるスバルに、

 

「そうそう、メイド服の代金、カウンターに預けてあるからねー!」

 

 そう言いながら、ブティックの扉を開けた。

 

「や、やることって……」

 

 呆然と見送るスバルの隣で、レムが丁寧にお辞儀をする。真由美は手を振りながら、あっという間に人混みに消えていった。

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