「じゃあ、またのご来店をお待ちしてますね!」
そう翔子に送り出された二人が向かったのは、大きなトイ・ショップだった。レムのメイド服を売ったお金は、さっきのブティックでの買い物で、ほぼほぼ消えていた。 そんなわけで、スバルが考えていたベアトリスへの土産は、おそらくこのくらいで買えるだろう、そう踏んで残してあったお金で本当にギリギリ、なんとか買うことができたのだった。
「みんなのお土産買って、すっからかん。それに、たこ焼き器、買えんかったな……ま、あのカードが使えるかもだけどな」
ははは、と力なく笑うスバル。
「でも、レムは形を覚えてますから、今度、村の鍛冶屋で作ってもらおうと思います。あの小さなレイピアも、武器屋で手に入るでしょうか……」
「武器屋じゃなくても、大丈夫じゃね? そんなことより、あ、あったあった!」
例の扉が見えてくる。もしかしたら消滅しているかもしれない。そうなったら二人は……いや、スバル自身は元の世界に戻って来ただけだ。だが、レムはどうなってしまうのか。それを考えると、お土産どころか、たこ焼きがうまいなどと言っている場合ではなかったのだ。だが、扉は来た時のまま、そのままの状態でスバルの目に映っていた。
「よかった……」
思わず安堵のため息が漏れる。スバルは、その小さな扉の前に屈んでドアノブに手をかけた。と、その時、
「スバルくん、このまま帰ってしまってもいいんですか?」
レムがつぶやくように言った。
「え?」
「スバルくんは、あの……本当はお屋敷に、帰りたく無いんじゃ……」
「な、なんで、そんな……」
レムの真剣な顔に、スバルもちょっとだけ困惑気味になって。
「だ、だって……街も綺麗で、皆さん優しくて……それに」
「ん? それに?」
「美味しいものがたくさんありますし……」
ガクッと、スバルの膝から力が抜ける。
「そ、そこかよ!」
でも、とレムが続けた。
「スバルくんのご家族だって……も、もしそうなら、レムは……レムはこのままスバルくんと一緒に……その、スバルくんの故郷で……」
小さく震える声で、レムが言った。
「あ、いや……レムがそう言ってくれるのは、う、うれしいけどさ……。でも、このままここにいたって、まず、その、か、金がない。それに……」
もちろん、このまま電車で家に帰って、両親の顔を見にいくことも出来る。でも今は、この青い瞳の女の子のそばに、いや、彼女だけじゃない。彼女の双子の姉、小さなお姫様、そして、紫紺の瞳の少女。彼女たちのそばにいたい。彼女たちの笑顔を見ていたい。だから——。
ここでスバルはハッとした。もし、あのゾーンに気づかずに電車に乗ってたら、一体どうなっていたか……。慌ててそうしなかったこと、それよりも、そのことに思いもつかなかったことに密かに感謝し、同時に身震いをする。そして首を左右に振って、スバルはその想像から逃げ出した。
「それに、ラムだって、レムの帰りを待ってるぜ! 早くみんなにお土産あげたいしさ!」
「そ、そうですね! 変なことを言ってしまって、ごめんなさい……」
「いいって! いいって! あ、そうだ。レム。ひとつお願いがあるんだけど」
「な、なんでしょう?」
「今日見て回ったここが、俺のいたところだってこと、みんなには内緒にしてくれないか」
「え? は、はい。スバルくんがそう言うなら……」
「サンキュ。みんなに色々気を遣わせたくないし、行ったことがない場所だったってだけ、言っておいてくれ。そもそも、だ。ここが本当にそうかどうかもわかんないんだし」
「……わかりました。そうします」
スバルが例の小さな扉のドアを開く。その瞬間、レムにも屋敷のカーペットが目に入った。
「その扉は、何でスバルくんにしか見えないんでしょう?」
「さああ? なんでかね? 俺にもまったくわからん……」
先にレムを屋敷に帰すと、スバルはもう一度、公園を振り返った。あれからたった数週間しか経っていないのに、こちら側が自分にとっての異世界になってしまった。この先再びここに戻ることはあるのだろうか?
——わりぃ、父ちゃん、お母さん……。
スバルはゆっくりとドアに向き直ると、その小さなドアをくぐり抜けて「元の世界」に戻って行った。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「てな訳で。無事生還しました。みなさま、ただいま!」
そういいながら立ち上がると、スバルは、念のため、そのドアがきちんと閉められているかどうかを確認した。
「スバルも! どうしたの? その格好!」
戻ったスバルの姿を見て、エミリアが声をあげた。すでにレムは女性陣に囲まれて、顔を赤くしていた。
「ま、いろいろあってさ……。とにかく、無事に帰ってきた。そうそう、お土産、あるぜ!」
「まずは、ベア子。ほい!」
スバルは背中に隠していたものを取り出すと、
「うれしいだろ! 特大パックだ! ま、ちょっと違うところもあるかもだけど、その辺は大目に見てくれい!」
そう言って、ベアトリスと大きさのほぼ変わらない、
「な、なんなのかしら、これ」
一瞬、見た目年齢相応の表情を浮かべるベアトリス。それから、あ……と小さく言って。
「そ、その、どうしてもって言うなら、もらってやってもいいのよ。そ、それよりもその……」
「そうそう、例のカード、サンキュ! バッチリ役にたったぜ!」
「一体、何の役にたったのかしら? そもそも一体これは何だったのよ?」
「ううーん……ま、一言で言えば魔法のカード、ってとこかな。なんだか、金の代わりに使えたぜ? おかげでちょっとだけ食いもんが手に入った。 今度機会があったらまた貸してくれ。まだ使えんだろ? きっと」
ふううん。そんな顔つきでカードをまじまじと見つめるベアトリス。次の瞬間、そのカードがベアトリスの手の中からすっと消えた。
「ふん……」
ベアトリスは肩をすくめると、改めて、大きなパック風ヌイグルミを抱きかかえ、
「き、今日はこれから、これの使い道を色々考えることに決めたのよ」
誰に言うでもなく、そうつぶやいて、部屋の扉から禁書庫に姿を消した。
「まったく素直じゃねーなぁ」
もうそんなことはとっくにわかっている、そんな表情でベアトリスを見送るスバル。
「スバル、何でそんなにニコニコしてるの?」
エミリアが不思議そうに口にした。スバルは慌てて首を振ると、
「そうそう。次はエミリアたん! エミリアたんには、これ! これ!」
エミリアに高級そうな包みを渡す。
「これ、私に? 今開けても、いい?」
「もちろんだよー。エミリアたん! これ、レムもおすすめだって! な、レム?」
「はい、エミリア様。きっとお似合いかと」
手渡された包みを開けた瞬間、エミリアが声をあげた。
「うわあ、ショール? 綺麗! とっても綺麗! これは何でできているの? 不思議な素材ね!」
「あ、シルクって、ないの?」
「しるく? よくわからないけど、スバル、レム、とーってもありがとう!」
嬉しそうに羽織ると、体をくるっと回転させてポーズをつけるエミリア。そんな様子を鼻の下を伸ばし気味にスバルが見つめている。なぜだかレムも嬉しそうだ。
黙ってそれを見ていたラムが、ようやく口を開いた。
「で、バルス……結局あの森はどこだったの?」
ちょっとだけイライラしている口調。
「いや、それなんだけど、あの森の先に、ちょっとだけ大きめの村があってさ……。レムも俺も見たことない感じで。まぁ、そこでいろいろ……」
ごにょごにょ言うスバルを、何か探るように軽く睨みつけるラム。その視線から逃れるように、
「そ、そうそう! ラムにもちゃんとお土産、用意してきたぜ!」
「そ、そんなことでラムは……」
「まあ、まあ。とにかく、ラムの分はレムから……な、レム」
「は、はい、スバルくん」
その言葉にラムは、振り上げかけた拳の下ろし処を見失ったまま、レムの方に振り返った。
「姉様、これ、スバルくんとレムが選んだんです」
笑顔でラムに紙袋を手渡す、レム。
「い、いったい何を……?」
困惑気味にそう言って、大きめの手提げ袋の中をのぞいたラムは、ちょっと驚いた表情を見せた。レムは頬を染めて、そんなラムの顔を見てにっこりと笑っている。
ラムの口元がわずかに緩むのを見たスバルは、ああ、やっぱりこの姉妹は仲がいいんだな、と、改めてそう思った。
「さあて、と。あの扉なんだけど……」
そう言って扉の方に向こうとした瞬間。
「あ……」
レムが小さく叫んだ。
「ん? どうした?」
レムの視線の先をみて、スバルだけでなく、その場にいた全員が絶句する。
「え? な、なんで……」
スバルはゾッとして、言葉を絞り出すように呟いた。
「もしかして、これ……ギリギリ戻ってこれたって事、か?」
ドアがあったはずのその場所には、ただのっぺりとした白い壁があるだけだった。