異世界の異世界デート譚   作:Kuro Maru

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12.「帰還」

「じゃあ、またのご来店をお待ちしてますね!」

 

 そう翔子に送り出された二人が向かったのは、大きなトイ・ショップだった。レムのメイド服を売ったお金は、さっきのブティックでの買い物で、ほぼほぼ消えていた。 そんなわけで、スバルが考えていたベアトリスへの土産は、おそらくこのくらいで買えるだろう、そう踏んで残してあったお金で本当にギリギリ、なんとか買うことができたのだった。

 

「みんなのお土産買って、すっからかん。それに、たこ焼き器、買えんかったな……ま、あのカードが使えるかもだけどな」

 

 ははは、と力なく笑うスバル。

 

「でも、レムは形を覚えてますから、今度、村の鍛冶屋で作ってもらおうと思います。あの小さなレイピアも、武器屋で手に入るでしょうか……」

 

「武器屋じゃなくても、大丈夫じゃね? そんなことより、あ、あったあった!」

 

 例の扉が見えてくる。もしかしたら消滅しているかもしれない。そうなったら二人は……いや、スバル自身は元の世界に戻って来ただけだ。だが、レムはどうなってしまうのか。それを考えると、お土産どころか、たこ焼きがうまいなどと言っている場合ではなかったのだ。だが、扉は来た時のまま、そのままの状態でスバルの目に映っていた。

 

「よかった……」

 

 思わず安堵のため息が漏れる。スバルは、その小さな扉の前に屈んでドアノブに手をかけた。と、その時、

 

「スバルくん、このまま帰ってしまってもいいんですか?」

 

 レムがつぶやくように言った。

 

「え?」

 

「スバルくんは、あの……本当はお屋敷に、帰りたく無いんじゃ……」

 

「な、なんで、そんな……」

 

 レムの真剣な顔に、スバルもちょっとだけ困惑気味になって。

 

「だ、だって……街も綺麗で、皆さん優しくて……それに」

 

「ん? それに?」

 

「美味しいものがたくさんありますし……」

 

 ガクッと、スバルの膝から力が抜ける。

 

「そ、そこかよ!」

 

 でも、とレムが続けた。

 

「スバルくんのご家族だって……も、もしそうなら、レムは……レムはこのままスバルくんと一緒に……その、スバルくんの故郷で……」

 

 小さく震える声で、レムが言った。

 

「あ、いや……レムがそう言ってくれるのは、う、うれしいけどさ……。でも、このままここにいたって、まず、その、か、金がない。それに……」

 

 もちろん、このまま電車で家に帰って、両親の顔を見にいくことも出来る。でも今は、この青い瞳の女の子のそばに、いや、彼女だけじゃない。彼女の双子の姉、小さなお姫様、そして、紫紺の瞳の少女。彼女たちのそばにいたい。彼女たちの笑顔を見ていたい。だから——。

 

 ここでスバルはハッとした。もし、あのゾーンに気づかずに電車に乗ってたら、一体どうなっていたか……。慌ててそうしなかったこと、それよりも、そのことに思いもつかなかったことに密かに感謝し、同時に身震いをする。そして首を左右に振って、スバルはその想像から逃げ出した。

 

「それに、ラムだって、レムの帰りを待ってるぜ! 早くみんなにお土産あげたいしさ!」

 

「そ、そうですね! 変なことを言ってしまって、ごめんなさい……」

 

「いいって! いいって! あ、そうだ。レム。ひとつお願いがあるんだけど」

 

「な、なんでしょう?」

 

「今日見て回ったここが、俺のいたところだってこと、みんなには内緒にしてくれないか」

 

「え? は、はい。スバルくんがそう言うなら……」

 

「サンキュ。みんなに色々気を遣わせたくないし、行ったことがない場所だったってだけ、言っておいてくれ。そもそも、だ。ここが本当にそうかどうかもわかんないんだし」

 

「……わかりました。そうします」

 

 スバルが例の小さな扉のドアを開く。その瞬間、レムにも屋敷のカーペットが目に入った。

 

「その扉は、何でスバルくんにしか見えないんでしょう?」

 

「さああ? なんでかね? 俺にもまったくわからん……」

 

 先にレムを屋敷に帰すと、スバルはもう一度、公園を振り返った。あれからたった数週間しか経っていないのに、こちら側が自分にとっての異世界になってしまった。この先再びここに戻ることはあるのだろうか?

 

——わりぃ、父ちゃん、お母さん……。

 

 スバルはゆっくりとドアに向き直ると、その小さなドアをくぐり抜けて「元の世界」に戻って行った。

 

 

※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※

 

 

「てな訳で。無事生還しました。みなさま、ただいま!」

 

 そういいながら立ち上がると、スバルは、念のため、そのドアがきちんと閉められているかどうかを確認した。

 

「スバルも! どうしたの? その格好!」

 

 戻ったスバルの姿を見て、エミリアが声をあげた。すでにレムは女性陣に囲まれて、顔を赤くしていた。

 

「ま、いろいろあってさ……。とにかく、無事に帰ってきた。そうそう、お土産、あるぜ!」

 

「まずは、ベア子。ほい!」

 

 スバルは背中に隠していたものを取り出すと、

 

「うれしいだろ! 特大パックだ! ま、ちょっと違うところもあるかもだけど、その辺は大目に見てくれい!」

 

 そう言って、ベアトリスと大きさのほぼ変わらない、()()()()()()()()のぬいぐるみをベアトリスの鼻先に出した。

 

「な、なんなのかしら、これ」

 

 一瞬、見た目年齢相応の表情を浮かべるベアトリス。それから、あ……と小さく言って。

 

「そ、その、どうしてもって言うなら、もらってやってもいいのよ。そ、それよりもその……」

 

「そうそう、例のカード、サンキュ! バッチリ役にたったぜ!」

 

「一体、何の役にたったのかしら? そもそも一体これは何だったのよ?」

 

「ううーん……ま、一言で言えば魔法のカード、ってとこかな。なんだか、金の代わりに使えたぜ? おかげでちょっとだけ食いもんが手に入った。 今度機会があったらまた貸してくれ。まだ使えんだろ? きっと」

 

 ふううん。そんな顔つきでカードをまじまじと見つめるベアトリス。次の瞬間、そのカードがベアトリスの手の中からすっと消えた。

 

「ふん……」

 

 ベアトリスは肩をすくめると、改めて、大きなパック風ヌイグルミを抱きかかえ、

 

「き、今日はこれから、これの使い道を色々考えることに決めたのよ」

 

 誰に言うでもなく、そうつぶやいて、部屋の扉から禁書庫に姿を消した。

 

「まったく素直じゃねーなぁ」

 

 もうそんなことはとっくにわかっている、そんな表情でベアトリスを見送るスバル。

 

「スバル、何でそんなにニコニコしてるの?」

 

 エミリアが不思議そうに口にした。スバルは慌てて首を振ると、

 

「そうそう。次はエミリアたん! エミリアたんには、これ! これ!」

 

 エミリアに高級そうな包みを渡す。

 

「これ、私に? 今開けても、いい?」

 

「もちろんだよー。エミリアたん! これ、レムもおすすめだって! な、レム?」

 

「はい、エミリア様。きっとお似合いかと」

 

 手渡された包みを開けた瞬間、エミリアが声をあげた。

 

「うわあ、ショール? 綺麗! とっても綺麗! これは何でできているの? 不思議な素材ね!」

 

「あ、シルクって、ないの?」

 

「しるく? よくわからないけど、スバル、レム、とーってもありがとう!」

 

 嬉しそうに羽織ると、体をくるっと回転させてポーズをつけるエミリア。そんな様子を鼻の下を伸ばし気味にスバルが見つめている。なぜだかレムも嬉しそうだ。

 黙ってそれを見ていたラムが、ようやく口を開いた。

 

「で、バルス……結局あの森はどこだったの?」

 

 ちょっとだけイライラしている口調。

 

「いや、それなんだけど、あの森の先に、ちょっとだけ大きめの村があってさ……。レムも俺も見たことない感じで。まぁ、そこでいろいろ……」

 

 ごにょごにょ言うスバルを、何か探るように軽く睨みつけるラム。その視線から逃れるように、

 

「そ、そうそう! ラムにもちゃんとお土産、用意してきたぜ!」

 

「そ、そんなことでラムは……」

 

「まあ、まあ。とにかく、ラムの分はレムから……な、レム」

 

「は、はい、スバルくん」

 

 その言葉にラムは、振り上げかけた拳の下ろし処を見失ったまま、レムの方に振り返った。

 

「姉様、これ、スバルくんとレムが選んだんです」

 

 笑顔でラムに紙袋を手渡す、レム。

 

「い、いったい何を……?」

 

 困惑気味にそう言って、大きめの手提げ袋の中をのぞいたラムは、ちょっと驚いた表情を見せた。レムは頬を染めて、そんなラムの顔を見てにっこりと笑っている。

 ラムの口元がわずかに緩むのを見たスバルは、ああ、やっぱりこの姉妹は仲がいいんだな、と、改めてそう思った。

 

「さあて、と。あの扉なんだけど……」

 

 そう言って扉の方に向こうとした瞬間。

 

「あ……」

 

 レムが小さく叫んだ。

 

「ん? どうした?」

 

 レムの視線の先をみて、スバルだけでなく、その場にいた全員が絶句する。

 

「え? な、なんで……」

 

 スバルはゾッとして、言葉を絞り出すように呟いた。

 

「もしかして、これ……ギリギリ戻ってこれたって事、か?」

 

 ドアがあったはずのその場所には、ただのっぺりとした白い壁があるだけだった。

 

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