異世界の異世界デート譚   作:Kuro Maru

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13.「結末」

「バルス! 今すぐ来なさい! どういうことか説明なさい!」

 

 ラムがノックもせずに部屋に飛び込んで来た。今日あった出来事を、頭の中で反芻していたスバルは、突然のことにギョッとして振り向いた。いつものメイド服ではなく、薄いピンク色のネグリジェ姿のラム。そんな彼女の姿を見るのは初めてだったが、それよりも、スバルを睨みつける表情に気づくと、

 

——ごくり……。

 

 スバルは思わず唾を飲み込んだ。ラムは怒り心頭の様子で——まさに鬼の形相でスバルの胸ぐらを掴んだ。

 

「レムに……ラムの妹に一体何をしたの!」

 

「ぐえっ! い、一体何の……」

 

 最後まで言い終わる前に、ドアの外に投げ飛ばされるスバル。ラムがすかさず走り寄り、再度胸ぐらを掴んでスバルを引き起こすと、今度は廊下の壁にその体を叩きつけた。

 

「お、落ち着いて、お姉様。一体何のこと? レムがどうしたんだ?」

 

「どの口が言うの? レムを……レムを……絶対許せない!」

 

「だから、なんの……」

 

「いいわ。自分の目で確かめて、その上で言い訳があるなら、聞いてあげる。そうでなきゃ、殺す」

 

 ラムはそう言って、左手でスバルの襟元を掴むと、三階のレムの部屋へスバルを引きずって行った。

 

 ドアを開けて中に入ると、ベットの上で苦しそうに丸くなっているレムの姿が見えた。

 

「うううっ……」

 

「レ、レム? お、おい、どうしたんだ?」

 

——ぱしっ! 

 

 音とともに、スバルの左ほほに鋭い痛みが走った。

 

「痛ってええ!」

 

「バルス! この通りよ! 何か言うことは? レムに何をしたの?」

 

「な、何もしてないし、何が何だか……」

 

 再び音とともに痛みが走る。怒り狂ったような赤い瞳に涙を浮かべて、ラムがスバルの顔をもう一度ひっぱたいた。

 

「言い訳はもういいわ。絶対許さない!」

 

「い、いや、待った待った。本当にわかんないって! ま、まさか、呪術?」

 

 そう言ってレムの方に顔を向けるスバル。

 

——今日一日、誰と接触したか、全く気にしていなかった。その中に呪術師がいたのか? まさか、あの街で、か?

 

「レ、レム……」

 

「もうそれ以上は、近づかせない!」

 

 右手をかざし、スバルを威嚇するラム。尋常ではないマナの高まりを感じて、スバルが生唾を飲み込んだ瞬間、

 

「す、スバルくん、姉様……」

 

 息も絶え絶えに、苦しそうな声でレムが二人に呼びかけた。

 

「あ、あの……」

 

 レムはそこまで言うと、ガバッと体を起こした。次の瞬間。いきなりベットから飛び降りて、部屋の外に向かって走り出す。

 

 突然のレムの動きに、あっけにとられて、固まる二人。少し間があって、

 

「ま、待ちなさい、どこに行くの? レム!」

「お、おい、ど、どこ行くんだよ! レム!」

 

 二人の声がシンクロした。

 

 レムは廊下の突き当たりにある扉を開けると、

 

「スバルくんは来ちゃダメです! 来ちゃダメですっ!」

 

 と言いながら中に入り込み、バタンとドアを閉めた。

 

「え? あ、あの……」

 

 何が起こったのかわからないスバル。レムの後を追ってドアの前に立ったラムは、閉められたドアの前に立ち、中の様子を伺いつつ、スバルに、

 

「バルスはそこまで。それ以上近づくと殺すわよ」

 

 そう言って、手のひらを向けた。 

 

「い、いや、あの。お姉様。そこって」

 

「黙りなさい。それ以上言うのは許さないわ」

 

「そこって、とい……」

 

 ラムに聞こえないような小さな声で呟くスバル。ラムはドアに耳を当て、中の様子を伺っている。

 

 五分ほど経っただろうか。

 

「……呪いの類ではなかったようね。で、どう言うことなのか説明してもらいましょうか。バルス」

 

 ややホッとした表情で、でも、スバルを睨む目の鋭さは変えずにそう言った。

 

「呪いじゃない? 説明? 一体何のことか……」

 

 そこまで言いかけた時、青い顔をしたレムがドアを静かに開け、

 

「あ、あの……」

 

 と、スバルとラムに消え入りそうな声でそう言った。

 

「レム。大丈夫なの? だいたい事情はわかったわ。バルスのせいね」

 

「えええ? 俺のせい? ってかレム、お前、腹……」

 

「そこまでよ! 悪党! いいえ、バルス! それ以上の辱めは受けないわ!」

 

 わずかに顔を赤くし、下を向くレムを背中でかばうと、両腕を胸の上で組みなおし、スバルにその鋭い眼光を向けた。

 

「いや、辱めって言われても……」

 

「ね、姉様。レムは……レムは……」

 

——ぎゅるぎゅる~

 

 レムのお腹のあたりから音が鳴った。

 

「う、くっ……いやぁぁぁ」

 

 その途端、くるっと踵を返し、再び先ほどの部屋に飛び込んで、バタンとドアを閉めた。かすかに物音が聞こえる。スバル自身も過去に経験したことのある、人には聞かせられない音。

 

「おい、レム……お前、腹下ってんのか?」

 

「ば、ば、バルス! なんてことを! ラムたちのような美人姉妹に! 淑女に向かって言ってはならないことを!」

 

「淑女って、おまえなぁ。んなことより、呪いとかじゃなくて、それって下……」

 

「バ・ル・スぅ」

 

 鬼気迫る迫力に、思わず両手のひらをレムに向かってかざしながら、

 

「い、いや、お姉様。け、決してそう言うつもりでわ。わ、わかった! わかったって!」

 

「その失礼極まりない口を切り落としてあげてもいいのよ」

 

 しばらくそんなやりとりを続けていると、そっとドアが開き、前かがみになってお腹を押さえたレムがそのドアの隙間から、再び顔を出した。

 

「おいレム、大丈夫か?」

 

「は、はい……スバルくん……なんとか……」

 

「レム、バルスに何をされたのか、詳しく言ってちょうだい」

 

 ラムは腕を組んでスバルを睨みつけたまま、レムにそう言った。

 

「あ、あの、ですね、姉様……スバルくん……」

 

「何かに()()()()のか? いやでも、同じものしか食ってないし。向こうでは、たこ焼きとアイスを一個、あとはコーラ。そんなんで腹なんて壊すか? だいたい——ん?」

 

 そこまで言って、ふと思い浮かぶ。

 

「そういえば、レム、お前、あの時、俺の服を選んでもらってる時、外で何してた? お茶を飲んで散歩してただけ、だよな?」

 

「あ、あの……」

 

 モジモジしてなかなか話さない、レム。

 

「お前、まさかとは思うが、まさかのまさか、か?」

 

「え、えーと……」

 

「はっきり言ってちょうだい、レム。ラムはバルスを絶対に……」

 

「ち、違うんです、姉様。実は……」

 

「レム、全部出して……」

 

——ギロリ。

 

「いや、その、全部話してすっきりしろ!」

 

 あの時。スバルが自身の服を選んでいた三十分ほどの間に。

 

「どうしても、味見をしてみたくって。スバルくんにはダメって言われたんですけど……」

 

「で?」

 

「さ、最初に、スロベリのくれーぷ……」

 

「最初って、お前……」

 

「その次に、バニナショコレのくれーぷを……」

 

「で?」

 

「……あの、かきごおりと、あいすくりーむの違う種類、ばにらとマッチャとちょ、ちょこみ——あ! スバルくん、あれは三ついっぺんに重ねてもらえるんですね! レムはとっても嬉しくって……あ……ごめんなさい」

 

「んで?」

 

「あ、あとは……」

 

 レムの声が、どんどん声が小さくなっていく。

 

「まだあるのかよ!」

 

「どおなつと……ぷりんと……」

 

 聞いたことのない単語を連発するレムに、ラムも若干驚いた様子で、

 

「バルス、一体……」

 

 スバルに聞くともなく、口から言葉が出る。

 

「あと、ヤキソバとカラア——」

 

「馬鹿かお前は! ラム、前にも言ったけど、お前の妹はほんっっっとぉおおに、馬鹿だ! そんだけ食えば腹壊すに決まってんだろ! 馬鹿! てか、その細い体で、どんだけ食ってんだよ!」

 

「……ごめんなさぁぁい」

 

 小さくなるレム。そしてすぐに、

 

「あうっ!」

 

 そう小さく叫ぶと、再びドアを閉めてトイレに閉じこもってしまった。

 

 ラムは目を伏せ大きく一つため息をつくと、

 

「そう言うことね。わかったわ。バルス、あの……」

 

 少し言いよどんで続ける。

 

「さっきはラムが悪かった。ひっぱたいたこと、素直に謝るわ……その、ご、ごめんなさい……」

 

 普段あまり耳にしないラムの言葉に、スバルは少しだけ驚いた。

 

「い、いや、まあ、いいよ、それは。レムが心配で仕方なかったって感じだし。そもそも、俺がちゃんと見てなかったせいだし……」

 

「とりあえず、ラムは薬を煎じてくるわ。後、お願い。それと、ちょっとだけ気を使ってあげてちょうだい。これはバルスを疑ってひっぱたいたお詫びよ」

 

「お詫びで命令とは、姉様、何か違くない?」

 

 扉の内側でレムがウンウン唸っている声が聞こえてくる。スバルは扉から——レムのいろいろが聞こえない程度まで——離れて、ピンクのネグリジェの後ろ姿を見送った。

 

——それにしても。

 

「程度があるだろうが。ったく」

 

 そう呟くスバルに、ドアの向こうから消え入りそうな声がかかった

 

「す、スバルくん、そこにいるんですかぁ……」

 

「おう。いるよ」

 

「あ、あの。ごめんなさい。今日のレムはちょっとはしゃぎすぎました……」

 

「もうわかったよ。俺も悪かったし。お前から目を離すんじゃなかったよ」

 

「あの……その……こんな時にこんなお願いするのは気がひけるんですが」

 

「なんだ?」

 

「今日の、その、約束を……その、寝る時に、あの、頭を撫でて欲しいです。それまで、そこにいてもらってもいいですか?」

 

「そんなことなら、いくらでもいてやるけど」

 

「あ! でもでも、少しだけ離れたところで……」

 

「ほんとにめんどくさいな、お前」

 

「うー、ごめんなさい……」

 

 その消え入りそうな声を聞きながら、スバルは頭を掻いて、でも、ちょっとだけ嬉しくも思っていたのだった。

 


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