スバルは激しく混乱していた。ありえない。ありえないはずだ。
だが、実際目の前にあるもの。それはスバルが生まれ育った場所に、スバルが生まれた時にすでに存在し、スバルもよく知っているものだった。
「れ、れむ……」
「は、はい、スバルくん……」
「こ、ここは……お俺、帰ってきたのか? 戻れたのか?」
「戻れた? もしかしてここは、スバルくんの……」
「そんなはずは……夢か、もしかして。夢なのか? れむ? レム! レム、お前は本物か?」
戸惑いを隠せないスバルにレムは、
「落ち着いてください、スバルくん! レムはここにいます。レムです。スバルくんのレムはここです!」
混乱しているスバルの胸に飛び込んで、体を抱きしめると、顔を見上げてそういった。
「れ、レム……」
ちょうどその時。
——パシャッ! パシャッ!
レムに突然抱きつかれ、困惑気味のスバルの耳に、聞き慣れた音が飛び込んできた。ついで、
「ねえ、あれ! みてみて!」「おお、あれはなんてアニメ?」「女の子、かわいいな!」「男の方、いまいち」「——」「——」「——」
いつの間にか、周りを人が囲んでいる。レムはもちろんいつものメイド服、スバルはといえば、これまたいつもの執事服。どう見ても、使用人とメイドによる、コスプレ色恋沙汰劇場だった。
「げげげっ!」
スバルはさっとレムの手を取ると、さっき来た森林——もとい、由々木公園の奥へと走った。
「おお、愛の逃避行!」「駆け落ち? 駆け落ち?」
そんな言葉が背中から聞こえてくる。
——うるさい! うるさい! も、もうかんべんしてくれ!
しばらく走って、ようやく人影のない場所まで来ると、両手を膝に置き、
「と、とりあえず、落ち着こう」
そう言って、呼吸を整えた。
すぐそばに、例の扉が見えている。レムは、全く訳がわからない、という顔をしている。無理もなかった。スバル自身も、この状況が把握できていないのだ。
「レム、大丈夫か?」
「はい。スバルくん。あの、ここは、もしかして、スバルくんの……」
「ああ、そう。そうだと思う。いまいち自信はないけどな」
とりあえず、扉の反対側——正しければ駅とは反対方向——に行ってみよう。
レムと手を繋ぎながら、先ほどとは反対の方角に進んだ。が、百メートルもいかないうちに、
「ぶべっ!」
何か固いものに顔をぶつけて、うずくまるスバル。
「つぅーっ、なんだ?」
「す、スバルくん」
見上げると、レムがパントマイムのようなことをしている。
「何やってんだ?」
スバルは立ち上がりながら、レムが手を伸ばしている場所に、自分も手を伸ばした。
「!」
壁があった。正確には、透明な、何かがあった。
——な、なんだ、これ?
叩いてみても、返ってくるのはその感触だけで、音も何もない。
「ドーム? か?」
「どーむ? なんですか? スバルくん」
「ああ、前に読んだんだ。王様の名前が付いている人が、書いた本。透明なドームって呼ばれるものにすっぽりと覆われて、外から隔離される話」
「王様の名前……?」
「でも、車も走ってた。人もいた。木も切られていない。これは俺とレムだけに干渉しているのか」
「くるま?」
「ああ、後で説明するよ。とにかく、だ」
——相変わらず状況が読めないが、こっちにはもう進めなさそうだ。逆側はいったいどこまで? 行って、みるか。ああ、携帯を持って来ればよかったかな。取りに戻るか。でも、
「レム。時間がないかもしれないし、ここはひとつ、さっきの方角に戻ろうと思う。どうかな?」
「はい、スバルくん。レムはスバルくんが行くところなら、どこまでも!」
「さんきゅ。心強いぜ。さて、問題はこのドームが……」
——ドーム、んー、ドームねぇ。俺ならそうだな。ああ、そうだ。前にどこかで観た話に、そういう話があった! たしか、あれは——。
「ゾーン……。うん。ゾーンだな。ゾーン。そっちの方がしっくりくる。そう命名しよう。このゾーンがどこまであるのかっていうのが、いちばんの問題だ。そして、だ。レム——」
スバルはレムの顔をじっと見つめた。その眼差しに顔を赤らめる、レム。
「はい、スバルくん?」
続けて、彼女の肩に両手を置くと、ニカッと笑ってこう言った。
「腹、減ってない?」