異世界の異世界デート譚   作:Kuro Maru

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6.「初体験」

——確か、この先に。

 

「ああ、あったあった。あれだ!」

 

「いい匂いがします! さっきのはこの匂いです! スバルくん!」

 

 まず最初に目指した場所。それは道路沿いに出ている屋台だった。最初にここまで来ていたので、ゾーンが影響していないということは、なんとなくわかっていた。

 

「おおおお! たこ焼き! レム、たこ焼き食おうぜ!」

 

「タコヤキ? ですか? とってもいい匂いが漂ってます!」

 

「そう、たこ焼き。うまいんだ。ソースとマヨネーズがかかっててさ!」

 

「マヨネーズ! タコヤキにもマヨネーズが?」

 

「いやいや、レムさん。マヨネーズなしのたこ焼きは、ありえないから」

 

 人差し指をレムに向けて振りながら、スバルが続ける。

 

「あの、ソースとマヨネーズの見事なハーモニー。そして外はカリカリ、中は熱々ふっくらなあの食感。そしてプリプリのタコ。うう、よだれが! もし村で、いや、王都でマヨネーズ付きのたこ焼き売ったら、ひと財産……」

 

 ここまで言ってから、はた、と重大な問題に気づく、スバル。

 

——お、俺たち、金持ってないじゃん……。

 

「レム。す、すまん。俺たち一文無しだった」

 

「スバルくん、少しならレムが持ち合わせていますよ!」

 

「ああ、ごめん。ここじゃ、そのルグニカの金は使えないんだよ」

 

「そうなんですか……」

 

 しゅんとして、ちょっと悲しそうな顔をするレム。

 

「本当、ごめん」

 

「す、スバルくんのせいじゃありません。それに、もしかしたら、何かが襲ってくるかもしれませんし!」

 

「あー、ありがとう。そのよくわかんない励ましで、少しは前向きになれるよ。まあ、とりあえずは、もう少し先に行ってみるか」

 

「はい!」

 

「あー、腹、減ったなぁ」

 

「スバルくん、お屋敷に戻ったら、レムが美味しいものを作ります!」

 

「さんきゅー」

 

 そんな会話をしているうちに、二人は駅がすぐ見えるところまでたどり着いた。行き交う人々の視線が痛い。

 

——も、もう帰ろっかな。

 

「れ、レム。もう、もどろ……」

 

 言いかけた瞬間。稲妻がスバルの体を駆け抜けた。

 

「あああっ! あれは!」

 

「な、なんですか? どうしましたか? スバルくん」

 

「こ、コーラ……」

 

「甲羅?」

 

 スバルが見つめていたもの。それは赤くて大きな金属製の箱だった。

 

「こぉらぁー」

 

 独りごちて、ふらふらと吸い寄せられるスバル。そんなスバルにレムは困惑気味について行く。

 

「ああ、金! 大金じゃなくていいんだ! 二百円もあれば! いやたった百六十円で!」

 

「す、スバルくん、これ、なんですか?」

 

「これはだ、ここに硬貨を入れる。次にボタンを押す。そしたら、押したボタンのところにある飲み物が下から出てくるという、まあ、魔法器(ミーティア)、みたいなもんかな」

 

「こ、こんな大きな魔法器が……」

 

 そう言いかけたレムは、何か思いついたように、

 

「スバルくん! レムが試してみます!」

 

 メイド服のポケットから小銭入れを取り出すと、金貨を一枚、自動販売機に入れ込んだ。

 

「あ! ばか! そんな、金貨入れるやつが……幾ら何でも……」

 

 言い終える前に、下の返却口に転がり落ちる、初代剣聖。レムは、音がした下の部分から初代剣聖を救い出すと、

 

「下から出てきてしまいましたよ? 不思議ですね」

 

 自分の手に戻ってきた硬貨をしみじみと眺めて、首を傾げた。

 

「レム、考える前に行動を起こすのは、やめような」

 

「ご、ごめんなさい。スバルくん。れ、レムは、レムは……」

 

 急に涙目になるレム。それを見たスバルは慌てて、

 

「いや! いや、その。うれしい! 嬉しいよ! 俺のために! うん」

 

 そう言いながらも、なんとなく諦めきれない、スバル。

 

「あー、ところで。レムさん? 金貨の他に、なんかある?」

 

「は、はい。ぐすっ……。えーと、銀貨、あとは銅貨があります」

 

「うーん。なんとなくだが、銅貨っていうのは感覚的に十円玉って感じがする。ってことは銀貨を二枚入れれば、それは二百円、じゃないか? ちょっと借りていい?」

 

 スバルは、レムの手のひらから賢者の顔が刻まれた銀貨を二枚手に取ると、硬貨挿入口にその銀貨を入れた。が、賢者もその力を発揮することなくあえなく敗北。

 

「ですよねぇー」

 

——やっぱしダメか。銅貨たくさん入れてもおんなじだろうなぁ。ああ、プリペイドカード。この自販機、カードが使えるのかぁ。あったらなぁ、カード……カード!

 

 スバルは、背筋をピンと伸ばし、姿勢をただすと、胸のポケットから、ほのかに光るカードを取り出した。震える手で、センサーにそのカードを近づける。と。全ての商品ボタンが点灯した。

 

「おおおおお!」

 

 拳を突き上げて、勝鬨を上げるスバル。その拳でボタンを押す。ピッという音に続いて、

 

——がたごとん!

 

 恐る恐る取り出し口に手を入れると、確かな手応えを感じる。

 

「す、スバルくん?」

 

「れ、レム。やった。やったぞ! 俺たちついにやったぞ!」

 

 高々と掲げられたその手には、一本のコーラが握られていた。

 

「うぉぉぉぉぉおっ!」

 

「よ、よくわかりませんが、スバルくんが嬉しいことは、レムも嬉しいです!」

 

 なんだなんだと、人が集まって来た。二人の様子を遠巻きに見ている人たちもいたが、スバルは全く気にもしていなかった。

 

 震える手で、スクリューキャップを回す。

 

——プシッ。

 

 小気味いい音とともに、香りが漂ってくる。スバルは腰に手を当てると、ボトルに口を当てて一気に喉に流し込んだ。

 

——ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ!

 

 スバルの喉を黒い液体が潤す。久しぶりの爽快感が、身体中を駆け巡る。

 

——げっふぅぅぅ。

 

「くー、生きててよかった! ベア子、愛してるぜ!」

 

 その様子を不思議そうに見ていたレムに、

 

「ほい、レムも」

 

 ボトルを差し出すスバル。

 

「え?」

 

「ほれ、ぐぐ、ぐいーっと!」

 

 レムは差し出された黒い液体のボトルを手にとって、

 

「これ、飲むんですか?」

 

 戸惑い気味にスバルの顔を見つめた。

 

「そそ。飲んでみな!」

 

 パッと顔を赤くして、

 

「こ、このまま、ですか?」

 

 聞き直すレム。

 

「もちろん。毒じゃないから。美味しいから!」

 

 レムは、何でできているのかわからないそのボトルの飲み口を、じっと見つめたまま顔を赤くした。そんなレムの戸惑いの理由を勘違いしたまま、スバルはほれほれ、とレムを煽っている。

 覚悟を決めたレムは、そのボトルに恐る恐る口をつけると、顔を上げて、一気にその黒い液体を口に流し込んだ。刺すような刺激がレムの口の中にいっぱいに広がって——。

 

 次の瞬間、口の中の液体が、ブワーッと膨れ上がった。

 

「あ!」

 

 気づいた時はいつだって手遅れ。

 

 ボトルを咥えたまま、餌を頬に溜め込むげっ歯類のように両頬をいっぱいに膨らませて、涙目になっているレム。スバルは慌ててボトルに手を伸ばすと、レムの口からコーラをひったくった。

 

「むーっ! むーっ!」

 

「れ、レム! 吐き出せ! 口から吐き出せ!」

 

 レムは涙目のまま、両手を口に当てて、何かもごもご言っている。スバルはポケットからハンカチを出すと、レムの口を隠すようにあてがった。

 

「げほっ! げほっ!」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「ううう、げほっ」

 

「そんな一気に。あー、ごめん。俺が一気に口に入れたから……。ご、ごめん」

 

「す、スバルくん、れ、レムは、げほっ、し、死ぬかと思いました、ごほっ」

 

「ごめん、ごめん、ごめん! だ、大丈夫か?」

 

「ごほっ、ごほっ。だ、大丈夫、げほっ」

 

 炭酸のせいだけではない、その涙目に、土下座する勢いで謝るスバル。

 

「ほんっと、ごめん! 俺が悪かったっ!」

 

「も、もう大丈夫です。けほっ。でも、死ぬかと思ったのは本当です」

 

「ああああ、すまなかった! なんでもするから! 許してくれ!」

 

「けほっ。なんでも?」

 

「する、する! なんでもする!」

 

「じゃあ、レムがして欲しい時に……けほ、レムが呼んだらいつでもそばに来て、頭を撫でてくれますか? こほっ」

 

「そんなことでいいなら、お安い御用だ! 本当にごめんな」

 

「じゃあ、許してあげます。約束しましたからね!」

 

「わかった。その約束は守る!」

 

「それにしても……こほ」

 

 レムの視線がスバルの手の中の黒い液体に移動する。

 

「その、甲羅、すごいです。毒薬みたいです。もしかして相性とかあるのでしょうか?」

 

 その言葉にスバルは苦笑いして、

 

「まぁ、たしかに毒みたい、かもしれないな。も一回ためしてみる、か?」

 

「うっ」

 

 一瞬固まって、

 

「す、スバルくんがどうしてもっていうなら……」

 

「じゃ、今度は少しずつ、な。ゆっくりちょっとずつ飲んでみな」

 

 恐る恐る、口をつける。そっとボトルを傾けると、口の中に黒い液体が少しだけ流れ込む。

 

 しゅわーっ。

 

 不思議な刺激が、レムの口を満たしていく。眉間にしわを寄せ、再び涙目になって、

 

「す、スバルくん。これがスバルくんの好きな味ですか?」

 

 なんとも言えない顔で、レムはスバルにそう言った。

 

「そっかぁ、初めて飲んだらこんな感じかぁ。これ、病みつきになるんだよな」

 

 スバルはレムからボトルを受け取ると、再びゴクゴクと喉にコーラを流し込んだ。

 

 「ぷはーっ!」

 

 その横では、レムが真っ赤な顔をしながらスバルのその顔を見つめていた。

 

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