——確か、この先に。
「ああ、あったあった。あれだ!」
「いい匂いがします! さっきのはこの匂いです! スバルくん!」
まず最初に目指した場所。それは道路沿いに出ている屋台だった。最初にここまで来ていたので、ゾーンが影響していないということは、なんとなくわかっていた。
「おおおお! たこ焼き! レム、たこ焼き食おうぜ!」
「タコヤキ? ですか? とってもいい匂いが漂ってます!」
「そう、たこ焼き。うまいんだ。ソースとマヨネーズがかかっててさ!」
「マヨネーズ! タコヤキにもマヨネーズが?」
「いやいや、レムさん。マヨネーズなしのたこ焼きは、ありえないから」
人差し指をレムに向けて振りながら、スバルが続ける。
「あの、ソースとマヨネーズの見事なハーモニー。そして外はカリカリ、中は熱々ふっくらなあの食感。そしてプリプリのタコ。うう、よだれが! もし村で、いや、王都でマヨネーズ付きのたこ焼き売ったら、ひと財産……」
ここまで言ってから、はた、と重大な問題に気づく、スバル。
——お、俺たち、金持ってないじゃん……。
「レム。す、すまん。俺たち一文無しだった」
「スバルくん、少しならレムが持ち合わせていますよ!」
「ああ、ごめん。ここじゃ、そのルグニカの金は使えないんだよ」
「そうなんですか……」
しゅんとして、ちょっと悲しそうな顔をするレム。
「本当、ごめん」
「す、スバルくんのせいじゃありません。それに、もしかしたら、何かが襲ってくるかもしれませんし!」
「あー、ありがとう。そのよくわかんない励ましで、少しは前向きになれるよ。まあ、とりあえずは、もう少し先に行ってみるか」
「はい!」
「あー、腹、減ったなぁ」
「スバルくん、お屋敷に戻ったら、レムが美味しいものを作ります!」
「さんきゅー」
そんな会話をしているうちに、二人は駅がすぐ見えるところまでたどり着いた。行き交う人々の視線が痛い。
——も、もう帰ろっかな。
「れ、レム。もう、もどろ……」
言いかけた瞬間。稲妻がスバルの体を駆け抜けた。
「あああっ! あれは!」
「な、なんですか? どうしましたか? スバルくん」
「こ、コーラ……」
「甲羅?」
スバルが見つめていたもの。それは赤くて大きな金属製の箱だった。
「こぉらぁー」
独りごちて、ふらふらと吸い寄せられるスバル。そんなスバルにレムは困惑気味について行く。
「ああ、金! 大金じゃなくていいんだ! 二百円もあれば! いやたった百六十円で!」
「す、スバルくん、これ、なんですか?」
「これはだ、ここに硬貨を入れる。次にボタンを押す。そしたら、押したボタンのところにある飲み物が下から出てくるという、まあ、
「こ、こんな大きな魔法器が……」
そう言いかけたレムは、何か思いついたように、
「スバルくん! レムが試してみます!」
メイド服のポケットから小銭入れを取り出すと、金貨を一枚、自動販売機に入れ込んだ。
「あ! ばか! そんな、金貨入れるやつが……幾ら何でも……」
言い終える前に、下の返却口に転がり落ちる、初代剣聖。レムは、音がした下の部分から初代剣聖を救い出すと、
「下から出てきてしまいましたよ? 不思議ですね」
自分の手に戻ってきた硬貨をしみじみと眺めて、首を傾げた。
「レム、考える前に行動を起こすのは、やめような」
「ご、ごめんなさい。スバルくん。れ、レムは、レムは……」
急に涙目になるレム。それを見たスバルは慌てて、
「いや! いや、その。うれしい! 嬉しいよ! 俺のために! うん」
そう言いながらも、なんとなく諦めきれない、スバル。
「あー、ところで。レムさん? 金貨の他に、なんかある?」
「は、はい。ぐすっ……。えーと、銀貨、あとは銅貨があります」
「うーん。なんとなくだが、銅貨っていうのは感覚的に十円玉って感じがする。ってことは銀貨を二枚入れれば、それは二百円、じゃないか? ちょっと借りていい?」
スバルは、レムの手のひらから賢者の顔が刻まれた銀貨を二枚手に取ると、硬貨挿入口にその銀貨を入れた。が、賢者もその力を発揮することなくあえなく敗北。
「ですよねぇー」
——やっぱしダメか。銅貨たくさん入れてもおんなじだろうなぁ。ああ、プリペイドカード。この自販機、カードが使えるのかぁ。あったらなぁ、カード……カード!
スバルは、背筋をピンと伸ばし、姿勢をただすと、胸のポケットから、ほのかに光るカードを取り出した。震える手で、センサーにそのカードを近づける。と。全ての商品ボタンが点灯した。
「おおおおお!」
拳を突き上げて、勝鬨を上げるスバル。その拳でボタンを押す。ピッという音に続いて、
——がたごとん!
恐る恐る取り出し口に手を入れると、確かな手応えを感じる。
「す、スバルくん?」
「れ、レム。やった。やったぞ! 俺たちついにやったぞ!」
高々と掲げられたその手には、一本のコーラが握られていた。
「うぉぉぉぉぉおっ!」
「よ、よくわかりませんが、スバルくんが嬉しいことは、レムも嬉しいです!」
なんだなんだと、人が集まって来た。二人の様子を遠巻きに見ている人たちもいたが、スバルは全く気にもしていなかった。
震える手で、スクリューキャップを回す。
——プシッ。
小気味いい音とともに、香りが漂ってくる。スバルは腰に手を当てると、ボトルに口を当てて一気に喉に流し込んだ。
——ごきゅっ、ごきゅっ、ごきゅっ!
スバルの喉を黒い液体が潤す。久しぶりの爽快感が、身体中を駆け巡る。
——げっふぅぅぅ。
「くー、生きててよかった! ベア子、愛してるぜ!」
その様子を不思議そうに見ていたレムに、
「ほい、レムも」
ボトルを差し出すスバル。
「え?」
「ほれ、ぐぐ、ぐいーっと!」
レムは差し出された黒い液体のボトルを手にとって、
「これ、飲むんですか?」
戸惑い気味にスバルの顔を見つめた。
「そそ。飲んでみな!」
パッと顔を赤くして、
「こ、このまま、ですか?」
聞き直すレム。
「もちろん。毒じゃないから。美味しいから!」
レムは、何でできているのかわからないそのボトルの飲み口を、じっと見つめたまま顔を赤くした。そんなレムの戸惑いの理由を勘違いしたまま、スバルはほれほれ、とレムを煽っている。
覚悟を決めたレムは、そのボトルに恐る恐る口をつけると、顔を上げて、一気にその黒い液体を口に流し込んだ。刺すような刺激がレムの口の中にいっぱいに広がって——。
次の瞬間、口の中の液体が、ブワーッと膨れ上がった。
「あ!」
気づいた時はいつだって手遅れ。
ボトルを咥えたまま、餌を頬に溜め込むげっ歯類のように両頬をいっぱいに膨らませて、涙目になっているレム。スバルは慌ててボトルに手を伸ばすと、レムの口からコーラをひったくった。
「むーっ! むーっ!」
「れ、レム! 吐き出せ! 口から吐き出せ!」
レムは涙目のまま、両手を口に当てて、何かもごもご言っている。スバルはポケットからハンカチを出すと、レムの口を隠すようにあてがった。
「げほっ! げほっ!」
「だ、大丈夫か?」
「ううう、げほっ」
「そんな一気に。あー、ごめん。俺が一気に口に入れたから……。ご、ごめん」
「す、スバルくん、れ、レムは、げほっ、し、死ぬかと思いました、ごほっ」
「ごめん、ごめん、ごめん! だ、大丈夫か?」
「ごほっ、ごほっ。だ、大丈夫、げほっ」
炭酸のせいだけではない、その涙目に、土下座する勢いで謝るスバル。
「ほんっと、ごめん! 俺が悪かったっ!」
「も、もう大丈夫です。けほっ。でも、死ぬかと思ったのは本当です」
「ああああ、すまなかった! なんでもするから! 許してくれ!」
「けほっ。なんでも?」
「する、する! なんでもする!」
「じゃあ、レムがして欲しい時に……けほ、レムが呼んだらいつでもそばに来て、頭を撫でてくれますか? こほっ」
「そんなことでいいなら、お安い御用だ! 本当にごめんな」
「じゃあ、許してあげます。約束しましたからね!」
「わかった。その約束は守る!」
「それにしても……こほ」
レムの視線がスバルの手の中の黒い液体に移動する。
「その、甲羅、すごいです。毒薬みたいです。もしかして相性とかあるのでしょうか?」
その言葉にスバルは苦笑いして、
「まぁ、たしかに毒みたい、かもしれないな。も一回ためしてみる、か?」
「うっ」
一瞬固まって、
「す、スバルくんがどうしてもっていうなら……」
「じゃ、今度は少しずつ、な。ゆっくりちょっとずつ飲んでみな」
恐る恐る、口をつける。そっとボトルを傾けると、口の中に黒い液体が少しだけ流れ込む。
しゅわーっ。
不思議な刺激が、レムの口を満たしていく。眉間にしわを寄せ、再び涙目になって、
「す、スバルくん。これがスバルくんの好きな味ですか?」
なんとも言えない顔で、レムはスバルにそう言った。
「そっかぁ、初めて飲んだらこんな感じかぁ。これ、病みつきになるんだよな」
スバルはレムからボトルを受け取ると、再びゴクゴクと喉にコーラを流し込んだ。
「ぷはーっ!」
その横では、レムが真っ赤な顔をしながらスバルのその顔を見つめていた。