三宅真由美は、切羽詰まっていた。
スタイリスト——肩書きはかっこいいが、業界、そんなに甘くない。ファッショナブルなこの場所に事務所を構えてみたものの、想像以上に厳しい世界を目の当たりにして、彼女は思い悩んでいた。
そんな折、彼女の元に大きなチャンスが転がってきた。それは、とあるラノベのアニメ化にあたり、そこに登場するキャラクターが着る服のデザインコンペだった。最終的にはラノベ・イラスト、連動アニメだけでなく、担当声優と、コラボアイドルが実際にライブで着用するという、かなり大掛かりなメディアミックス企画。
だが、そのオーダー内容は難しく、個性的でちょっとエロ可愛い、でも健全でエレガントで、子供から大人まで老若男女、すべての年齢層に受けが良い、そんなオリジナルのメイド服——。
「——ってなわけで」
真由美は目を輝かせながら、話を続けた。
「ここでウンウン唸っていたところに、怜夢ちゃんと菜月くんが現れた、ってわけ」
スバルはレムの表情を横目でうかがった。そのレムは真剣に真由美の話を聞いていた。
「でね、教えて欲しいのよ。そのレムちゃんが着ているメイド服。それ、誰のデザイン? 海外で作ったの?」
「こ、これは、ロズワール様が……あ、いえ、最初はグリン——」
「あー、あー、 ちょっといいかな? レムさん」
「なんですか? スバルくん?」
レムの耳元で小さく囁く、スバル。
「ロズッちの名前をここで出すのはまずい。ここは適当にあしらって——」
「こほん。菜月君、それ、聞こえてるわよ」
苦笑いで、真由美が言った。
「あ、あの、ま、真由美さん」
スバルが焦って真由美の方に向き直ると、スバルの言葉を遮って、
「あのね、私はね、あなたたちを困らせるつもりは全くないのよ。そこは安心してくれる?」
一旦言葉を切った真由美は、二人の顔をじっと見つめると、少しの間考えてからこう続けた。
「うーんと、もし言いたくなかったら、無理には答えなくてもいいんだけど、良かったら教えてもらえるかしら? あなたたち、どこから来たの? コスプレイベント会場、じゃないわよね? 多分」
「え……あ、その……」
一体何と言っていいのか。そんな口ごもるスバルのことは全く気にせず、んー、とか、むむー、とか、真由美は一人で唸っている。しばらくそうして、真由美はようやく口を開いた。
「えーとね、正直に言うわ。あのね、私が思うに、その、なんっていうか……二人とも何となくだけど、どこか浮世離れしてる感じがする……のよ。別に幽霊とか別世界のっていうんじゃなくて、ね」
——ぎくり。
「そもそも、なんで怜夢ちゃんは、菜月君に敬語なの? 彼氏? ボーイフレンド? 二人の関係はそれっぽいのに、普通、そんな敬語なんて使わないと思うのよ」
——この人は、この短い時間の中で、よく見ている。
スバルは内心、冷や汗ダラダラだった。自分自身、驚きの表情を隠そうとしてうまくできていない自覚もある。隣のレムは相変わらずきょとんとした表情で、スバルと真由美の顔を交互に見比べていた。
「それに、その衣装。コスプレって一言でいうには、あまりに作りが上質だし、見たことないデザインだし。なんと言っても、あなたたち自身、とても様になってる気がするの。その、なんとかさんっていう人のこともそうだけど、あなたたち二人は、本当は、いいえ、本物のメイドと使用人なんじゃない?」
——ぎっくぅぅ。
そこまで言い切ると、もう一度考えて——。
「もしかして、どこかの領事館から二人で逃げてきた? 駆け落ち? 愛の逃避行?」
さっきどこかで聞いたようなセリフを、ここで再び聞くとは思わなかった。だが、真由美のその表情は、どこかワクワクしていて。
「だったら私が面倒を——」
「うわあああ! ちがう! ちがう! 全く違いますって!」
スバルがあわてて否定する。だが、隣のレムはといえば、なんと、うっとりした目つきでスバルのことを見上げていた。
——ったく!
「えー、あ、あのですね、真由美さん。わかりました。正直に話します。まあ、言えるところだけ、ですけど」
「ふん、ふん」
「真由美さん、かなりいい線いってます。俺と、このレムは——」
「うん、うん」
「とある大きな屋敷で働かせてもらってます。見た目通り、俺は
「うん! うん!」
満足げに頷く、真由美。
「で、今日は、その、普段あんまりこっちに出てこないので、社会見学というか、あー、一般常識の勉強というか」
「なるほど」
「まあ、そんな感じのところを、あっという間に囲まれちゃって……」
ふうん——。
「わかったわ。もうそれ以上は聞かない。いいのいいの。それで充分よ。さて、話を戻しましょうか」
真由美の目がじっとレムに注がれる。
「単刀直入に言うわ。怜夢ちゃん、あのね、そのメイド服、私に譲ってくれない?」
「え? レムのこの服をですか?」
「そう。もちろん、お金は払うわ」
「あ、その、お金って言っても、ちょっとその」
慌てて口を挟むスバルに
「そうね、うーん、七万、いえ、十万でどう?」
と、真由美が値段を口にする。スバルもレムもどう答えていいのかわからずいると、
「うー。今月、結構厳しいのよね。じゃ、じゃあ、それプラス、私が怜夢ちゃんのファッション・コーディネートしてあげる、って線でどう? もちろん洋服はプレゼントで。裸で帰すわけにはいかないし。ね? どう?」
「服、ですか」
彼女の着ているものを見て興味が湧いたのか、そう小声で呟いて、スバルの顔を伺うレム。確かに、この真由美という女性の着ている服は、彼女の雰囲気にあっていて、明るく華やかだ。
「そう! そのメイド服も素敵だけど、絶対もっと可愛くなると思う! ね? ね?」
この人は、耳がいいな。そう思いながら、
「どうする?」
スバルの袖を掴んだままのレムにそう聞いた。
「レムは、あの、少しだけ気になります」
その言葉を聞いた途端。真由美は、ぱぁっと顔を輝かせた。
「じゃ、交渉成立ね! さあ、レムちゃん、こっち! 菜月君は、えーと」
彼女はスバルに顔を向けて、一瞬うーん、と考えると、
「ここで待ってて」
そう言って、レムの手を引いて事務所の奥に消えていった。
「なんだか、妙なことになったな」
一人ポツンと残された事務所で、スバルは独り言ちた。
——あれよあれよと言う間に、ここに連れ込まれ、彼女の言うとおりにしてしまっている。そもそもあのメイド服、値段ってつくものなのか? まあ確かに、何着もあるって言ってたけど。それに、もしかして今、ここで着替えてたりしたら、レムって、その、今は……。
「おまたせー」
真由美が戻って来て、スバルの思考を遮った。
「じゃじゃーん!」
頭と手足のついていないマネキンのようなものに、さっきまでレムが着ていたメイド服が着せられていた。空いている手に、ブリムと靴を持ち、あろうことか、ガーターベルトとストッキングまでぶら下げている。
その手にぶら下げらたものを目にした瞬間、スバルの顔が赤くなった。真由美がそれに気づかないわけもなく、
「怜夢ちゃん、抜群にスタイルがいいのね。あんな綺麗な体つきの子、ざらにはいないわ。菜月君、見たことあるの?」
と、さらりとスバルにそう言った。
「な! な、な、なにを……」
スバルは真由美の思わぬ発言に、顔をさらに赤くしてしどろもどろになった。
「ふふーん? そういうことね。そうか、そうか」
真由美はトルソーをごとりとデスクの横に置くと、ニヤニヤしながら、スバルの顔を覗き込んだ。
「い、いや、あの、真由美さん、そういうことは……」
「怜夢ちゃん、これ脱いじゃったから、ねぇ。どう? 気になる?」
白いガーターベルトとストッキングを、スバルの目の前でチラつかせる。
「い、いや、気になるって、い、言われても」
「怜夢ちゃん、早くこっち来て!」
「ええええっ」
あわてて、奥の扉の方を向くスバル。
——いや、そっち向いちゃダメだろ。逆向かなきゃ。見ちゃダメだ! レムの、レムの……。
そう頭では考えていても、奥の扉から目が離せない。やばいやばいやばい!
と。ブカブカの灰色のスエット上下を着たレムが、ひょいと奥から顔を出した。それを見てスバルの体からガクッと力が抜ける。ひどい。あまりにもダサすぎる!
「あははは! ごめん、ごめん! ちょっと意地悪だった?」
「真由美さん……」
「怜夢ちゃんが着られそうなのが、今これしかないのよ。超ダサいけど、どうせすぐ着替えるから! さ、準備ができたら行きましょう!」
これまたダサいサンダルをレムに履かせて、
「その前にコインロッカーに行ったほうがいいわね」
「え? コインロッカー?」
「そ。菜月君、それ、ロッカーに入れたほうがいいわ」
スバルの腰にぶらさがっているものを指差しながら、真由美が言った。
「見つかったら銃刀法違反で逮捕されるわよ、きっと。だって、それ」
真由美はスバルにウインクしながらこう言った。
「本物でしょ?」